パーソナルエリア men's side.
半同居人ができた。
僕より早く家を出て、僕より早く家に居る。
一人暮らしを始めてから家に人が居るって事を忘れていた自分にとって、家の中に身内以外の人が居るのはなんとも不思議な感覚だ。気持ち悪いとか、気分が悪いってわけでは無くて。ただそこに君がいる感覚が、なんとも言えず、心地が良い。
今日も自宅に着いたのは二十二時過ぎ。
面倒くさがってちゃんとご飯を食べない君のために、好きだと言っていたお店でスープを買ってきた。いつも起きている君の事だから、何の気なしに家に入って少し驚いた。
僕は家に帰ってゆっくり寛ぎたくて、一人にしては大きいソファを買った。そのお気に入りのソファの上で、猫みたいに君は小さな寝息をたてていた。
少し呆れた様に鼻でクスリと笑ったあと、タオルケットを掛け、ソファに縮こまる君の前に読みかけの本を持って座った。音楽も何もない、外の雑踏と君の寝息と上の住人の足音だけが部屋の中に響き渡る。
1時間くらいしただろうか。君は目を覚ました。額を僕の背中に擦り付け起きてるよ、構ってよ、と言わんばかりの催促をする。ほんとに、猫か。って言いたくなるけど言うとまた拗ねるから、言わずに本を閉じながら振り返る。
「起きた?」
「うん、お腹すいた。」
それきた。としてやったりな表情をしながらスープを買ってきたことを話しつつ、レンジに向かう。タオルケットをかぶり直し、目をこする君の仕草を眺めて心臓がきゅーっとなる。
男の僕がこういう言い方をするのも気落ち悪いけど、今までこんなに人に対して感情が動くことなんて無かったから、それを噛みしめる事くらいしても良いと思う。
君はよく僕に対して、パーソナルエリアに入ってくる人は苦手だとか、嫌いだとか言うけど。僕にはもとよりあんまり近づいてくる人も居なかったし、近づかれても去られてもそんなに気にならなかった。どちらかといえば君は僕のパーソナルエリアに入ってくるような人だったし。
でも、なんとも思わなかった自分の中に、君はどこか人と違うところがあった。そんなことを考えながら君が目をこする仕草や肩を伸ばす姿をぼーっと眺めていると、時間を調節しようと長めに設定したレンジが僕を呼ぶ。文字通り猫舌な君の為に、普段からレンジで何かを温める時は細心の注意を払っていたのに、なんだろう。今日は予想外のことが起きていたせいなのか、注意力が散漫している。
「ごめん、あっためすぎた。そっちで食べる?こっち来る?」
ほんとはお気に入りのソファの上で何か食べられるのは嫌だけど、今日は君が甘えるならそれを聞いてあげたかった。
「そっち行くけど、熱いと食べられない。」
多分、僕が普段からソファの上で物を食べるのを懸念しているせいか、甘えてこない君を少し残念に思いながら耐熱容器に移し替えたスープをテーブルに置いて君の近くまで行って、手を差し出した。
「ほら。」
いつもは家の中で手を繋ぐことなんてない君が、おずおずと僕の小指と薬指を掴む。たった数歩の距離を歩く僕たちの中にいつもとは違った空気が流れる。君は少し拗ねたような、照れたような表情をしてるけど、僕には君の少し熱を持った耳が見えるから、少しだけ優越感に浸って君をテーブルまでエスコートする。
テーブルに置かれたスープマグを両手で持ち、冷ましながら口に運ぶ君を満足げに眺めていると、僕を一瞥してそっぽを向く。猫みたいな仕草をする君に、もう、いい加減にしてよ。と言わんばかりに僕は笑って言う。
「ほんと、猫みたい。」
少し体に力が入り、こう言ってそっぽを向く。ほら、それが猫みたいってことだよ。
「どこがよ。」
面白くなって、君の表情が変わるところをもっと見たくて、続ける。
「そういうところ。すぐそっぽ向くくせに、すり寄ってきて。すぐ眠た
くなって、俺をみてお腹すいた、って。」
半分ほど平らげたスープマグをテーブルに置いたのを確認して、君の柔らかい髪をくしゃくしゃに撫でて、微笑む。
僕は人にパーソナルエリアに入られても平気だけど、君は違う。でもそんな君が、僕が触れたり、僕の近くに近付いて来てくれたり。それだけで、僕は今まで感じたことのないくすぐったさや心地よさを感じる。
よくふてくされた君が拗ねて僕にパンチをしてくるけど、俗にいう猫パンチだと僕は思ってる。構って欲しいけど、そうじゃない。構ってやってるんだからね、って。
猫は人に飼われてるんじゃなくて、猫が人を飼ってる、なんて何かのコラムで見たけどその通りだな。と心の中で一人納得する。
僕のパーソナルエリアも、君のパーソナルエリアも、お互いきっとお互いの中だもんね。拗ねるから、言わないけど。
パーソナルエリア men's side.
わりと好評だったパーソナルエリア。
なんとなくこれは男の子側からも書いてみたかったので、同じ瞬間を目線を変えて書いてみました。