始まりの秋

始まりの秋

青春時代の「あのとき、あーだったら、こういう事になっていたかもしれない世界線」を書きました。
「あぁ…」ってなって下さい。

妙に明るい電燈の下で

「それじゃあみんな、今日の19時半から『烏合の衆』に集合な!そんじゃ!解散!」
その掛け声とともに、先生のいなくなった教室から一斉に飛び出した高校三年の秋。最後の文化祭も無事に終わり、僕は帰宅した。これまでにいろんな行事とかやることがあった。それの全部に「最後の」ってつくもんだから、終わった後にちょっとした寂しさがある。三年になってから気づいてしまった。僕は意外にもこのクラスが好きなんだなって。このまま無事に卒業まで行きたいと思う反面、このままずっと続けばいいのになと、たまに思う。

僕のクラスは男女合わせて36人のクラス。定員割れで入学してきた僕らにクラス替えなんかあるわけがなく、どんなに嫌いな奴だろうが、どんなに苦手な奴だろうが、もれなく三年間付いてくると入学式が終わってからのホームルームで知ったとき、僕は誓った。
「敵も味方もつくらずに、ただただ普通に三年間を過ごそう」と。
その誓いは自分でもびっくりするぐらい順調に進んだ。学校ではあまり喋らず、目立ったこともせず、テストの順位も10位内をさまよい、休み時間は読書か自習、昼休みはひたすら読書、放課後はまっすぐ帰宅。ちょっとしたイレギュラーは何回かあったが、普段限りなく目立たない僕が起こすイレギュラーなんて、クラスのみんなにとっては、しょうもないことで、すぐ忘れられる。そうした努力が功を奏して、今に至る。僕はごくごく普通の高校生になれたんだ。
時計を見ると、18時が少し過ぎていた。打ち上げに行こうかどうか迷っている僕は、いつまでたっても決められずにいた。日課のジョギングとお風呂をすませて、部屋のベッドでボーッと天井を眺めていると、携帯のメール通知がなった。同じクラスの畦道美嘉からメールが来ていた。
『みなみ君今日の打ち上げ、行く?』はてなの横にはどんな感情かわからない絵文字が3個あった。女の子からメールが来るなんて年1の行事なのでこれから先、ほかの女の子からメールが来ることはないだろう。悩みに悩んだ末に『行く』と返した。それからはいくら待ってもメールは来なかった。

19時10分には家を出た。自転車をこいで、住み慣れた街の、よく行くファミレスに向かう。高校を卒業するまでにあと何回ここを通るんだろう。そんなことを思いながら自転車をこいだ。商店街を抜けた先の大きな橋を渡ってすぐそばにあるのが『烏合の衆』
その意味を知ってから、ファミレスの名前にしてはどうなのと思ったことがあるけど、中に入ってみれば、その名前がぴったりだと理解できる。なんせここは、田舎の中高生が集まる、唯一のファミレスだからな。
中に入ると、既に7人のクラスメイトが来ていた。この7人こそ、どんな行事にも積極的に参加して、休み時間は外や廊下を駆け回って、授業中はすやすや寝て、だいたい先生に怒られてるクラス中心人物だ。とんでもないアウェーな空間に来てしまった。時計を見ると、19時23分。一体いつからいたら、フライドポテトの皿が3皿も積み上がるんだろうか。
「あ、みなみ!お前来たのか!よくやった!今年こそは来るだろうってみんなで話してたんだよ!」
お店の中でもお構いなしの声量で、僕に声をかけたのは、今井太陽。名前が人間になったような奴で、この打ち上げを企画したのも太陽だ。恥ずかしくても他人のフリはできないから、仕方なく空いてる席に座った。
「みなみー!ほんとによく来た!ほら、乾杯」
レモンソーダの入ったグラスを僕に渡して、勝手に乾杯される。
「太陽くんはどこでも元気だね。とりあえずお疲れ様」
「そうだろ?俺は筋金入りのバカだからな」
そう言って、コップの中に入ってるドス黒い謎の液体を太陽は飲み干した。
とりあえず僕はなくなったコップにレモンソーダをいれて、テーブルにあったポテトを2.3本食べた。

「お前そういえば恵里とどこまでいったんだよ」
「それは言わねぇよ!いったらお前らが羨ましがるからな」
「おいおいずりぃよ!俺はこの前キスしたって話しただろ?」
「え?俺それ聞いてないんだけど」
「あれ?まじ?…まぁ、そういうことだ!」
なんて居心地の悪い空間なんだろうと思う。全く話についていけない。誰かが喋ればそこに一人、また一人と参加者が増えていく。こんな感じにできたら世界はもっと明るいのかもしれない。
19時30分を少し過ぎた頃女子の集団が来店した。僕たちのテーブルから少し離れた所に座ってそれぞれ着ていたコートを脱いで椅子にかけた。この女子達は女子版の中心人物たちだ。僕ら側の静かな女子ではない。いつも5.6人のグループで行動して、あまり単独行動はしない元気な奴らだ。もちろん僕の苦手な子達さ。その中でもみんなを引っ張っている柊澪那が太陽に絡みに来た。
「ポテトの皿が5皿も空いてるけど、あんた達何時に来たの?」
さっきの数分で更に2皿空いた。持ってきた店員さんの嫌そうな目を僕は忘れない。
「19時には集まってたな。俺たち以外はみなみが一番だった。20分頃には来たよな?みなみ」
僕の方を見ながら言った。僕は黙ってうなづきながら、すでに飽きたポテトを口に入れた。
「へぇ…みなみ君来たんだ。毎年来てなかったのに」
「うん。最後だから」
その返事に何も答えないまま、澪那は帰っていた。僕はやっぱりあの子が苦手だ。妙に上からなのが腹立たしい。
口に入ったポテトをレモンソーダで無理やり流し込んで、新しい飲み物をとりに行こうとしたとき、美嘉からメールが来た。
『もうみんな来てる?』
相変わらず感情のわからない絵文字が3つ。
『大体は揃ってるよ。美嘉は来ないの?』
僕も使ったことのない絵文字を3つ付けた。返事は数分で来た。
「なにその変な絵文字笑。じゃあ、今から行くね」
メールが来てから30秒足らずで、美嘉は来た。全体を見渡して、澪那達とは違うグループの子たちに混じった。
『早いでしょ?』
しばらくしてメールが来た。美嘉の方を見ると、僕を見て少し微笑んだ。
『お店の外にずっといたの?』
『ううん。トイレにいたよ笑。ちょうど20分くらいに着いちゃって、まだ太陽君達しか来てなかったから隠れてた』
相変わらずの絵文字。

それからしばらくたって、みんな揃った。僕同様に、毎年来ていなかった男子も女子も、みんな参加して、クラス36人がワイワイガヤガヤしながらの打ち上げが始まった。
いろんな会話が飛び交う中、僕は注文したチーズハンバーグプレートを、隅っこの席でこれでもかというほどゆっくり食べていた。楽しそうな会話、愚痴、笑い話、痴話話。別に嫌いじゃないが度が過ぎてる。一応、僕にもそういう話をする友達はいる。でも、ある一定のラインがあって、そのラインを超えて話すことは決してない。それがボロを出さないことにも繋がる。誰にだってそうだったはずだった。でもあるひとつの感情が、そのラインを少しだけ超えてしまって、そこから僕のボロは少しずつ漏れていった。
「隣、いいかな?」
まだいいとも言ってないのに、美嘉が僕の横に座った。
「やっぱりクラス会ってみんなでやればやるほど、煩いね」
そう言って笑う。僕のナイフとフォークが、小刻みに揺れる。
「そうだね。でも僕は初めてだからかな。これが普通だと思うけど。クラスって大体こんな感じじゃない?」
「…言われてみれば確かに。みなみ君ってそういうとこの観察眼すごいよね」
「そうかな?でも三年間も見てきたからね。このクラスを。大体は把握してるつもりだよ」
そこで美嘉が吹き出す。
「なんか先生みたいだね」手で口を押さえながら笑う美嘉「ちょっと外行かない?酔っちゃったみたい」
「え?お酒飲んだの?」
「お酒じゃなくて、人に。飲むわけ無いでしょ?あんな美味しくないやつ」
席を立って入口の方に歩いていく美嘉。とりあえず僕は残っていたハンバーグとライスをレモンソーダで流し込んで、外に向かった。僕たちが席を外したことは誰も気づいていない。それぐらいみんなは盛り上がっていた。

外は思った以上に寒かった。時間はずでに22時前。ほかの高校生にとってはゴールデンタイムと言っていいと思うんだけど、生憎僕からしてみれば、早く家に帰って、お布団に入って寝たい時間だ。街の灯りもほとんど消えて、この辺一体は真っ暗になっていた。その中で唯一光を放つ電燈が一本立っていた。その下には歴史を感じる木製のベンチがあり、そこに美嘉は座っていた。寒さに体を丸めながら、僕を見つけると、少し笑った。
「ごめん。出てくるの遅くなった」
「ううん。いいよ。でもちょっと寒かったかも」両肩を手で抱いて、寒いのポーズを取る美嘉。「とりあえず、座りなよ」
ポンポンと、手で隣を叩く。僕はそこに恐る恐る座った。
「気分どう?少しは良くなった?」
緊張を紛らわせるコツは、意外にも口を動かすことらしい。何かの本で読んだことがある。
「うーんどうかな。でもさっきよりはいいかも」
「ならよかった」
会話が止まる。
「…寒いね。缶コーヒーでも買ってくるよ」
「あ、いいよ。大丈夫」
「遠慮しなくていいからさ」
そう言ってベンチを離れようとしたとき、美嘉が僕の袖を掴んだ。
「…いいってば」
その目はいつにもなく悲しげだった。
「…どうした?何かあった?」
僕はそんなことぐらいしか聞けない。ラインの上からじゃここまでが限界なんだ。
「…別に。とりあえず座ってよ」
どこか悲しげなその目に、負けてしまった。袖を引っ張られて座ったせいで、さっきよりも僕たちの距離は近くなる。
「あのね、みなみくん。これから私が話すことは、ただの仮説なんだけど、ちゃんと聞いてくれる?」
悲しい目から、何かを諭すような目に変わっていた。どこか懐かしさのある目をじっと見ながら、僕は頷いた。
「ある人物についてなんだけどね、理由はわからないけど、その人はたぶん『限りなく普通な学生を演じよう』って入学式の最初のホームルームで誓ったと思うの。そして、それは自分が思っている以上に順調に進んで、クラスではあんまり目立たない分類に入ることに成功した。でも、その人自身は気付いてないけど、体育祭や、文化祭、その他の行事ごとに関して、意外にも、積極的な部分が出てしまっていた。『ここでこういう意見を出しておけばクラスがまとまるな』とか、そういう意見を出せるのは静かな分類の人には、失礼だけど不可能。そこで私は、今までのその人を振り返ってみて、気付いた。『この人、普通以上に普通すぎる』ってね」
ごほんっと、一つ咳払いをして、こっちを向き直す。「ここまでは大丈夫?」
「大丈夫」
僕はいたって冷静に聞けていた。いつの間にか鼓動の高鳴りも消えていて、ひたすら楽しいことをやっていた中学時代を思い出していた。
「そして私は思ったの。 どこまでも普通になりたいこの人の、イレギュラーになろうって。化けの皮を剥いでやろうって。しかもそれは、私にとって容易いことだった。ある人物が時々見せる行動の一つ一つを、影からじゃなくて鮮明に照らしてあげるだけでよかったんだから」
なるほどなって、自分で納得してしまった。この“ある人物”の苦労に関しては痛いくらいわかるんだ。学年が上がった2年の時に、学級委員長に無理やり推薦されたり、体育祭のアンカーにされたり、ギャグ連発の役を文化祭でやらされたり。『失敗の許されないポジション』に置かれて、よくハメられていた。それのせいで、太陽やその仲間たちである日向組との絡みにまで発展した。
「そして、ある人物は今、昔の自分が抑えきれなくなりつつある。絶対に参加しなかった打ち上げに、ついに来てしまった」そこまで言って、美嘉が僕の方を見てイタズラに笑った。「私からのメールに乗せられて」
そう。ある人物とは御察しの通り僕だ。そして今、美嘉の口から話されたことは、仮説ではない。答えだ。今まで3年間、僕の身の回りで起きたすべてのイレギュラーは、意図して行われていたのである。
だけど──
「これも僕の仮説に過ぎないんだけどさ」美嘉をみて僕も笑った。「美嘉も僕と同じなんじゃない?」
「…どういう意味?」
「そのままだよ。美嘉も入学式の日にこう誓ったんだ。『敵も味方もつくらずに、ただただ普通に三年間を過ごそう』ってね。違う?」
「…根拠は?」
「まさに美嘉の言葉をそっくりそのまま返すよ。美嘉も隠しきれてないんだ。時折見せるジミーズ離れした発言力。僕を3年間も苦しめたその行動力。どれをとっても、僕から見れば普通じゃない」
「ただ、もとからそういう性格というか…それが本当の私だっていうことかもしれないよ?静かで、大人しくて、陰で色々と暗躍するのが私みたいな」
「…それがそのまま答えみたいなもんだろ?僕もそうだよ。君と全く同じ。日向上がりのジミーズさ」
美嘉も僕も笑った。
つまり僕たちは、お互いにお互いの素性を知りながら、3年間を共に、過ごしたんだ。もっと詳しく話せば、こういう機会はいくらでもあった。2年生で一緒に学級委員をやったとき、日誌を書くために放課後一緒に過ごしたこともあった。文化祭の時だってそうだ。僕たちは相対する役だったけど、一緒の場面に登場し、セリフが他の人たちに比べて多かったから、体育館の舞台で一緒に練習したこともあった。今年の体育祭もそうさ。アンカーの僕にバトンを渡すのは美嘉だった。結局僕は、美嘉にだけはラインを作れなかったんだ。僕と同じ匂いがしたからが、表向きな理由だけど、裏返せば、好きになったからだった。君だけは特別だったんだ。入学式の次の日に、メールアドレスをくれたあの日からね。
「…なんか、僕たちバカみたいだな」
「そうだね。本当にバカだ」
「そこで、僕から提案がある」
「どんな提案?」
「これからゆっくりと明るかった自分達に戻るのさ。残りの4ヶ月でね」美嘉が悪戯っ子のように、いや、きっとあの頃の美嘉の顔で笑った。
「2人で取り戻そう。表向きの青春を」

その日僕たちは、高校生になって初めてエスケープした。今頃僕たちがいないことが、店の中で話題になってるのかなとか、思いながら。
「じゃ、帰ろっか」
「うん」
僕の差し出した手を美嘉の暖かい手が握る。そのまま僕たちは明かりの消えた真っ暗な夜の街を手を振って歩いた。
ゆっくりと。
ゆっくりと。

始まりの秋

この世界は「もしそうなら良かったな」が妥協した結果です。ほんとなら僕たちは理想の「こうだったら」を作れるんです。ただそれを心が制御するだけ。そして後悔する。その後悔で出来たのが、今の「フラストレーション世界」なんです。
大人になってから「学生の頃はよかった」と振りかえるのは、少なからずも、自分の理想が送れていたからなんです。学校に通って、友達と話して、一緒に勉強して、みんなでご飯を食べて、時には力を合わせ、時には泣いて。
これだけでも立派な物語がかけます。ですが大人になってみて、いざ現実と向き合ってみると、その取り返しようのなさに落胆します。
だからももし学生がこれを読んだら、もっと青春してください。
もし大人がこれを読んだら、まえがきでも書きましたが、「あぁ…」ってなって下さい。それでは。

始まりの秋

それは二人だけの秘密の会話

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-05

Public Domain
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