三題噺「魔神」「ローズマリー」「エンドレス」
「そこのお前、叶えてほしい願いはあるか?」
ある日、私の前に現れた魔神が言った。
私は言った。
「あるわ。でもあなたにそれができるかしら?」
魔神はその言葉に機嫌を損ねた。
「ああ、できるとも! 今のわしにはどんな願いも叶える魔力があるからな!」
千年に一度、魔神は溜めこんだ魔力を放出する必要があるらしい。
そうしないと肉体が内部から崩壊してしまうのだそうだ。
そのために、魔神は魔力を使って片っ端から願いを叶えているという。
でも、私にはそんなことは関係ない。願いを叶えてくれるならばそれで良いのだ。
「それじゃあ、一分前に私を送りなさい」
魔神は拍子抜けしたようだった。
「なんだ、そんなことで良いのか?」
「ええ、そのかわりあなたは一分前の私の願いも叶えてちょうだい」
魔神はその願いに首をひねりながらも私を過去へ送った。
「そこのお前、叶えてほしい願いはあるか?」
一分前の”私”の前に現れた魔神が言った。
一分前の”私”は言った。
「あるわ。でもあなたにそれができるかしら?」
「ああ、できるとも! 今のわしにはどんな願いも叶える魔力があるからな!」
「それじゃあ、――――」
そしてその流れはエンドレスに続いた。
「そこのお前、叶えてほしい願いはあるか?」
長い長い時間をかけて”私たち”は願いを叶えた。
隣には二回目に出会ったローズマリー。後ろには八回目に出会ったローズマリー。当然、私もローズマリー。
小高い丘には一面”私”が咲き乱れていた。
「……それじゃあ、私たちをあそこへ連れていってちょうだい」
私には好きな人がいた。
けれど、風の噂で私は彼が戦地へ赴くことを知った。
そんな時、私は魔神と出会った。
私は彼に祝福を与えるために過去へ飛び、私を増やすことにした。
「それじゃあ、いってきます」
丘の麓にある家で、軍服姿の青年が家族に見送られていた。
「……おや?」
青年が空を見上げると、そこには色とりどりのローズマリーの花が舞っていた。
――彼が、戦地で怪我をしたりしませんように――
――彼が、戦地で辛い思いをしませんように――
――彼が、戦地で任務を果たせますように――
――そして彼が、無事にここに帰ってこられますように――
こうして一輪のローズマリーの大きくて小さい願いは一人の青年に十分な祝福を与えた。
魔神はいつの間にか消えていた。
三題噺「魔神」「ローズマリー」「エンドレス」