ため息の海
秋のひやりとした月とともに
いつからだろう。君の不幸がおいしく感じられるようになったのは。
いつからだろう。君の不幸がおいしく感じられるようになったのは。
人の不幸は蜜の味というけれど、僕にとってのそれはチョコレートのように甘ったるくて、鼻に抜ける何とも言えない苦みが気持ち悪い、癖になるものになってしまった。
ため息が溶けていく夜は、なんにもないようであった。ほんとに。なんにも。
ふと考えた。
この星の広い広い海に一滴の毒物を垂らしても、大事にはならないだろう。
この広い海に、タンカー一隻分の劇薬をたれ流したら、少しは影響が出てくるかもしれない。
この海に、世界の真水と同量の毒が流入したら多くの生き物が死ぬだろう。
この海に、いったいいくらの毒をたれ流したら、海は毒薬と同じものになるのだろう。
じゃあこの空気は、と僕は思った。
僕らはいつも誰かのため息を吸っているのだ。
70億人という人間が、ほぼ毎日吐き出すため息は、
もはや空気を汚し、幸せを殺し、何もかもを失くして、ため息に変わっていくんだ。
きっとこれが、誰もが本当に幸せになれない理由なんだと思った。
君の不幸がくれる、君のため息は、僕の空気なのだから。
さぁもっと、ため息を。
ため息の海
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
読み終わったあと、皆さんも気づかないうちに
毒を吐いてしまっていたらこっちのものです