私、メリーさん。

私、メリーさん。

仕事中に思いつきました。

悲しい使命を背負ったの

この話は1本の電話から始まる。 携帯の画面には非通知と表示されていて、普段の私なら出ないんだが、今日は気分がよかったから出てしまったんだ。
「もしもし?」
「………」
今流行りの無言電話だろうか。切ってしまおうと思い、通話終了のボタンを押そうとした時、向こうから返事があった。
「私、メリーさん。今、あなたのマンションの前にいるの」
そこで通話は切れてしまった。
なんの予告電話なのかと思ったが、この街に伝わる都市伝説の一つに似たようなものがあったなぁと、気付いた。
『メリーさん』
彼女はターゲットに電話をかけて、名前と自分の現在位置を伝えたのちに切り、最終的には、ターゲットの後ろに移動して、振り返ったその額に、ナイフを突き刺さす。
そういう都市伝説だ。それがまさか私にかかってこようとは。
伝説によると、約15分おきに電話をかけてきて、4.5回の通話後に殺される。つまり、一回目の電話がかかってきたということは、残り45分から1時間の間に、私は殺されてしまうわけだ。
こうしちゃいられないと、私は机と椅子を出し、ある準備を始めた。

しばらくして、また電話がかかってきた。
「私、メリーさん。今、2階にいるの」
そして切られた。感覚としては2秒の無音後に切られた感じがした。
2回目の電話は確かに15分後にかかってきた。私の部屋は6階で、今2階にいて、4.5回の電話があるということは…。マンション前、2階、4階、6階、玄関or私の後ろ。計5回。私に残された時間は45分だと確定していい。十分だ。全ての準備を整えよう。そして次の仮説も実行してみようじゃないか。メリーさんは話せるのかという仮説だ。私は携帯をキッチンの濡れない場所におき、ボールに入っている卵黄と生クリームと粉チーズと塩を、泡立て器で混ぜ合わせた。

しばらくして、3回目の電話がなった。
「私、メリーさん。今、4階にいるの」
4階。予想通り。
「メリーさんか」そう言って、仮説を実行する。「このマンションはセキュリティが厳しいからそこまで来るのは大変だったんじゃないか?」
そこまでで2.6秒。通話は──。切れていない。
「私、メリーさん。そんなのは私にとって容易いもの。大変じゃない」
無言で2秒。通話は切れた。思わぬ収穫だ。まさかメリーさんが話してくれるとは。そうなってくると、さらに次の仮説が立てられる。15分間話し続ければ、メリーさんは移動できないのではないかという仮説だ。しかしこれには代償があり、15分毎に移動するとなっていたら、電話が繋がったまま事が進むという可能性がある。そうなってしまえば、15分間が無駄になる。それを避けるためには、私自身も作業しながら、通話し続けなくてはならない。
そこでだ。私はハンズフリーのワイヤレスイヤホンをつけた。これで何もかもうまくいく。計画通りに事が進むのを祈りながら、カリカリに焼けたベーコンを皿に移し、鍋に湯を沸かした。

かけておいたタイマーがなって、麺をフライパンの上に移し替えた頃、4階目の電話がなった。
「私、メリーさん。今、6階にいるの」
ここも予想通り。さて、次に来るのは、私の背後か玄関か。そこで気付いた。わからないなら、聞いてしまえばいいんだと。
「やぁ、メリーさん。さっきぶりだね。どんどん私に近づいてきているみたいだが、次はどこに現れるんだい?」
3.2秒。通話は切れていない。これで完全証明だ。メリーさんは話をしている間は、切らない。
「私、メリーさん。次は、あなたの部屋の玄関前に行くの」
しめた。次が玄関前となると、今回は6回の電話になる。残り時間が15分間長くなったわけだ。
「そうかい。それではメリーさん。次の次はどこに来るんだい?」
「私、メリーさん。次は、あなたの後ろに行くの」
「私の後ろに?それはどういう事なのかはよく分からないが、そうだな…。一つ、質問してもいいかな?」
「私、メリーさん。一つ、質問してもいいのよ」
「君は都市伝説のメリーさんなのかい?」
「私、メリーさん。みんなが言ってる、人殺しのメリーさん。気まぐれに現れて、気まぐれに殺す、メリーさん」
都市伝説の真偽まで証明してしまった。しかし、ターゲットが殺されるなら、どうやってこの都市伝説は広まったのだろうか。
「なんで殺すんだい?」
「私、メリーさん。それが私の運命だから。使命だから」
「それじゃあ、私が殺されるのは何か悪い事をした罰というわけかな?」
「私、メリーさん。それは、私にもわからない」
ちらっと時間を確認すると、まだ3分しか経っていなかった。ここまでで15分の仮説は止めた。
「分かった。それじゃあ、君が来るのを心から待っているよ」
「私、メリーさん。今、6階にいるの」
そして切れた。
一つため息をついて、できた料理の味見をした。我ながら、よくできているなと思えた。こればかりじゃ味気ないと思い、冷蔵庫にあった粗挽き肉と、大根とポン酢を出して、調理を始めた。

5回目の電話がなった。
「私、メリーさん。今、あなたの部屋の玄関の前にいるの」
「はっはっはっ。そうかい。そんな距離にいながら電話をしているなんて、おかしいとは思わんかね」
「私、メリーさん。少し、おかしいと思う」
「そうじゃろー?不思議な気分じゃな。若い頃を思い出す。そういえば自己紹介が遅れたね。カフィール・モルトアだ。モルさんとでも呼んでおくれ」
「私、メリーさん。私は、メリーさんっていうの」
「あー知っとるよ。もう何回も聞いた。それより今どんな気分なんだい?見知らぬ男の家に、入り込もうとする気持ちは」
「私、メリーさん。割と複雑なものよ」
思わず笑ってしまった。メリーさんは軽いジョークも言えるらしい。
「私はとても嬉しいよ。まるで孫が遊びに来るかのような気分だ。それじゃあ、待ってるよ。すぐおいで。メリーさん」
「私、メリーさん。今、あなたの部屋の玄関の前にいるの」
そして切れた。私はすぐに調理の仕上げに入った。と言っても、あとは盛り付けて、前に作っていたやつをレンジで温め直すだけだ。ここまでする意味があったんだろうか。できた品々を見て、思う。
私は胸ポケットにそっと携帯をいれて、席に着いた。

そして時はきた。新記録なのかは分からないが、6回目の電話がなった。ワイヤレスイヤホンのボタンを押して、応答する。
「もしもし?」
『私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
こりゃ驚いた。後ろから聞こえる声と、イヤホンの声が重なったからな。そこで私はイヤホンをとって、テーブルに置いた。
「よく来たねメリーさん。本当に後ろに来るとは。驚いたよ。だから私からもサプライズだ。メリーさんも後ろを向いておくれ」
「…私、メリーさん。これは、何?」
メリーさんの動きを耳をすませて感じ取る。メリーさんは、後ろを向いて、テーブルに置かれたカルボナーラと、大根おろしのみぞれハンバーグと、コールスローを見ている。
「それは、家に来てくれたお礼だよ。さぁ、座って。食事をしよう」
メリーさんは椅子を引いて、私と背中合わせで座った。
「背中合わせですまないね」フォークとスプーンを手にとって、ハンバーグを切る。「メリーさんも食べていいからね」
「私、メリーさん。いただきます」
カチャカチャと、後ろで食器とナイフの擦れる音がした。
「おっと、待ってほしい。メリーさん。せっかくなら、カルボナーラから食べてくれないかい?久しぶりに作った自信作なんだ」
「私、メリーさん。分かったわ」カチャっとフォークが皿をつく。クルクルとスパゲッティが巻かれているのだろうか。ややあって、返事が返ってくる。
「私、メリーさん。おいしい…」
「そうだろう?自分でもびっくりだよ」
思わず笑みが溢れてしまった。

それから私は、メリーさんにいろんな話をした。ハンバーグに関しては、自慢の嫁が教えてくれた料理だということ、一人で料理をするのは3年目になるということ、家事の大変さを知ったこと、一人の寂しさを知ったこと。今まで愛されていたんだと気付いたこと。その度にメリーさんは、丁寧に相槌をうってくれた。
「そうだ。飲み物の用意をしてなかった。喉が渇いただろ?今用意するよ」
私が席を立とうとした時だった。
「やめて」
メリーさんの声が部屋に響いた。話し始めに『私、メリーさん』を付けずに言葉を発したのは、初めてだった。
「…私、メリーさん。あなたを…殺したくないの。だから、立たないで欲しいの」
少しながら嗚咽が聞こえた。
「…いいんだよ。メリーさん。君が気にすることじゃない。どうせ老い先短いこの命だ。好きにとってくれて構わないさ」
立ち上がり、冷蔵庫の方へ向かう。
「私、メリーさん。そのままもう振り返ってはだめ。そのままで、次は、私の話を聞いてほしいの」
メリーさんはいつの間にか私の背中に背中を合わせていた。
「私、メリーさん。天国へ人を導く、堕天使。あなたのお嫁さんから、あなたを連れてくるように言われて、ここにきた。悲しいあなたの顔は、もう見たくないって。でも、私、気付いた。あなたも、お嫁さんも、死んでからもお互いを愛し合い、思い合ってる。その中に、私が入るわけには、いかない」
私の目に涙が滲む。
「そうだったのか…君は…そういう使命を持って、生まれてきた子なんだね。辛かったね…辛かったね…」
「私、メリーさん。117代目のメリーさん。私たちは、未練を残して死んだ、少女の魂。任された使命を全うできなかったら、次の魂に使命が移り、前の魂は消えるだけ」
メリーさんの背中が離れる。
「私、メリーさん。使命、果たせなかった。でも──」
“あなたに出会えてよかった”

急いで振り返ったが、そこには誰もいなかった。
そこにあったのは、食べ残しのない綺麗になった皿と、人一人分の隙間が空いた椅子だけだった。

私、メリーさん。

あなたのメリーさんは、どんなメリーさん?

私、メリーさん。

今、あなたを殺すことが決まったの。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-04

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