諜報

2012/04/09

 国境の森付近で、小隊が姿を消したと聞く。早急な調査が行われているが、何の成果を得ることもなく時間ばかりが過ぎていった。隣国からの公的文書の内容にも手がかりはない。戦争の火種となるような事態が回避される様、為政者の間で早急な協定が交わされたことだけが、唯一の救いと言えるだろうか。隣国は王位が継承されたばかりであるというのに、鮮やかな手際だと舌を巻く。
 小隊はどこへ消えたのだろう。遭難する程の深い森でもなく、言わば豊かな自然という態の片田舎でしかない。現在の調査人員では力不足があり、近いうちにそちらへ赴かなければならないことは目に見えていた。思い当たる節があり、いくつかの可能性を鑑みてはいるが、雲を掴むような作業である。しかし非効率的であっても、他に当てがない以上、この作業を選択せざるを得ない。
 珍しい収穫もなく、古代神話の表紙を閉じて書庫に戻す。その出典から目星をつけた書物を探すためには、奥のゲートを通過する必要があり、そこには管理人が控えていた。彼に免許を差し出すと、幾つかの手段で適性を確認される。
「はい、よろしいですよ。お疲れさまです」
 そう言って免許を返されたので、同様にお疲れさまですと言って受け取った。一般に開放された地上の図書とは違い、地下に降りるゲートを通過する度に閲覧規制図書の階級が上がる。地下へと踏み入れる者は階級や職業上で近しい関係にあることから、身内であると意識するのか、お疲れさまですと挨拶を交わすのが常だ。
 基本的には書物や軍隊の情報が開かれた国ではあるが、歴史上貴重である文書の管理は厳重だ。食事はおろか水ですら、規定の場所でしか許されていない。ゲートの横に設置された茶器に手を伸ばし、一口分の茶を含む。甘く舌触りの柔らかい茶だ。この国では最も一般的で、しかしながらこの国以外ではほとんど流通しない茶葉である。
 いつもより人の多い地下書庫の一室には、何か違和感があった。周囲の顔を盗み見ながら何冊かの厚い本を重ねて選び、備え付けられた机の上に置く。背後のゲート付近が何やら騒がしい。
「免状なんぞ、普段は使わないからな。ちょっと待ってろよ。ちゃんと持ってるよ」
 見覚えのある顔だ。国境付近の警備と調査を担う隊の長ではなかったか。装いはただの町人だが、体つきや立ち振る舞いは武人のそれだ。通常、文官ばかりが集うこの場所には些か不似合いではあるが、この一室に私服の兵隊が交ざっていることと、何か関わりがあるのだろう。そして例の事件とも、何か関わりがあることだろう。彼からは死角の机で文書を開きながら、耳をそばだてる。
「はじめてですね。その飲み物はご自由に召し上がって頂いて構いませんが、枠の外には持ち出さないでください。書物の扱いに関する注意事項は一般公開エリアに準じております。右側に書架の案内板がありますので、ご利用ください。はい、どうぞ」
 問答無用で初回の説明を挟む管理人の手腕に若干驚きつつも、彼は案内板へ向かった。位置を心得たのか、書架を闊歩しはじめる。
「ああ、こちらの書籍、少々宜しいですか」
 今気付いたかのような表情で面をあげた。眼鏡の似合う端正な顔がこちらを見下ろしている。件の隊長の右腕、兵士でありながら研究者としての側面を持ち合わせる男。彼は少々危険だ。
「構いませんよ。必要な時はこちらから声をかけます」
「すみません。ではお言葉に甘えて」
 柔和な笑みが向かいの椅子に腰かけた。目を付けられたか、それとも単なる偶然か。少なくとも当たりを踏んだと見積もっても良さそうだ。何食わぬ顔でページをめくりながら、手元の手記に彼の持つ書物の題名の走り書きを残した。

諜報

続きません

いつか物語になればと思います

諜報

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-04-09

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