君を包むこの香り

 甘い甘い、その香り。

ナグチャンパ

 君に出会って、変わったことがある。
 数えてみれば、沢山、僕は変わった。
 ブラックコーヒーを飲むようになった。美味しい喫茶店を開拓するようになった。言葉遣いが穏やかになった。姿勢が良くなった。
 いろいろ。ほかにもいろいろだ。
 年齢の割に渋いものが好きな君に、なんとなく合わせたい。何が好きなのかどこを好きなのか、知りたい。
君はお香を焚くのを好んでいる。
君の部屋に行くと大抵いつも良い香りがする。僕が部屋に着く前に、お香を焚いてくれているということを以前話していた。様々なお香の香りを君は好んでいて、部屋にはお香のストックが沢山ある。
中でも一番のお気に入りは、ナグチャンパ、というお香だ。
スティック状のそのお香の香りを君は一番好んでいて、ナグチャンパ、と名前の付くお香をいくつも揃えている。
甘い甘い、ごくごく甘い花の香り。
火をつける前のナグチャンパの香りは、ちょっと耐え難いような甘ったるさだ。と以前感想を漏らしたら、君は笑って同意した。
ナグチャンパというのはインドあたりに育つナグという花から作るお香だ。その甘い香りは、少し僕には苦手に思えた。そして君も苦手なんだろうね。そういえば、あまり甘すぎるものは得意ではないはずだ。
けれども火をつけると、砂糖が焦げるような香りに変化し、その甘さの裏側に、神秘的さや不思議さを同居させている。お寺で嗅いだことがあるような気がする、そんな香りだ。
君は渋すぎる人なんだけど、こういったお寺っぽい香りを何より好んでいる。
そうしてお香の香りで、心身を癒している。
そんな君のことを僕は放っておけない。
出会った頃も、何かに疲れた様子でいた。
人が誰かを好きになる理由は様々で、それがポジティブな理由だけとは限らない。何が心惹かれる要因になるのか、それは誰にもわからないのかもしれない。ともかく僕は、疲れ切った君と、それを押し隠す君と、自分一人で何とかしようとする君に心惹かれたのだと思う。僕の心の何かがそれを感じ取って、好意という感情で僕を君のところに引き寄せたんだと思っている。
君はナグチャンパを常備している。欠かさない、と言っていただけのことはある。
僕はそれに倣った。わけではない。
自然とお香に興味を持って、その流れでナグチャンパも手に入れたし、良く嗅いでいるだけあって好きになっていたのだ。
君はあまり自分自身を人に見せないタイプだと思う。好きなこと、趣味、経歴といった自分自身を紹介出来る物事を、極力知らせずに生きているように思える。意図的にそうしているように思えて、なぜそんな風にするのかと疑問に思ったこともある。深い理由はなくて、単に自分のことを話すのが得意ではないから、というだけのことかもしれないけれど。
そんな君が僕にはいろいろ見せるから、そのことがとても嬉しい。
お香を焚いてリラックスすることさえ自分の弱さだと君は感じているんだろうか。
と、僕は想像する。
ナグチャンパの甘い香りは、君を許す。
僕が君のことを何もかも許していることを、君は知らない。
全ての君を愛していることを、君は知っているだろうか?

君を包むこの香り

君を包むこの香り

お香は賃貸物件ではなかなか焚けないですね・・・ ナグチャンパは良い香りです。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-04

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