南の方の青々とした海の上を真っ白な羽の大きな海鳥が二羽、夫婦のように対になって海の奥の方へと羽ばたいていた。目の前に限りなく広がる海からは強い風が、鼻を突き抜けるような潮の匂いをまとって砂浜に吹いている。風は健斗の体にとめどなく吹き付け、羽織っている赤と青の線の入った薄いシャツをなびかせていた。砂浜に波がやってくるたび、耳心地のよい音が辺りに響きわたり、風の音と重なり合っていた。それは大きな音だったけれど、辺りはとても静かに感じた。彼のすぐ隣には純白のワンピースを身にまとい、髪を後ろで縛っている綾香が夕焼けに照らされた小麦色の砂浜に腰を下ろしていた。綾香の着ている服も風が吹くたびになびき、その度に裾を手で押さえていた。彼らの遠くには赤々と強い光を放つ橙色の太陽が見え、太陽の縁は蜃気楼のようにぼんやりとして曖昧になっていた。空は太陽の赤さと空のもつ青さが、あるところを境にして混じりあっていた。宇宙に存在するはずの太陽が、地球の中に含まれているようにも見えた。その景色は心の底から安らぎを感じさせ、言葉では表現できないような美しさをもっていた。太陽はとてもゆっくりと、人間の目には空の中に静止しているように見えるが、確実に水平線の奥へと沈んでいった。太陽の丸い輪郭の内、下の部分だけが海の中に消えていて、平らになっていた。それと比例するように、辺りは少しずつ暗さを増していき、空の青さは深くなっていった。空は深い青色と澄んだ水色のグラデーションになっていて、まるでプラネタリウムを見ているようだった。
「今までに数えきれないほど、空を見てきたけど、今見ている景色が一番美しいと思う」
「本当に綺麗な景色ね。写真で撮っていつまでも残して置きたいけれど、きっと今この目で見るのが一番いいのよね」
「今夜はこの辺りに泊まろうよ。明日も休みだし、今から帰っても夜遅くになるだろうし」
「さっきここへ来る途中によさそうな旅館があったからそこに行ってみましょ。車で行けばそんなにかからないと思うわ」
 綾香はそう言って砂浜から腰を上げて、ワンピースに付いた砂を丁寧に手で払った。砂の粒は風に乗り遠くへと飛んでいった。きめの細かい砂はさらさらとしていて、歩くたびに少しだけ靴が沈んでいくのを感じた。海の向こうにはさっきまであったはずの太陽がほとんど沈んでしまい、わずかな赤い輪郭だけが、水平線上から辺りを暗く照らしていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-01

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