マフラー

久々です。一久一茶です。今回は、ちょっと早とちりな男の子の物語です。

ある夕暮れ、君の横顔は茜の光を浴び、いつにも増して可愛く、そして儚げに見えた。
秋も深まり、町の人たちの服装も段々秋物に変わる頃、僕たちは晴れて交際二ヶ月目を迎えた。とは言え、二人でささやかにお祝いをする以外、普段と全く変わらない幸せな日常を僕らは送っている。
と、表向きは見えるだろう。でも、僕らには・・・少なくとも僕には少し不安要素がある。
「綺麗だね、夕焼け」
夕陽を見ていた君が、ふとそう呟いた。
「お、おう。そうだね」
僕が虚を突かれたようにそう返すと、君は首を傾げ、こっちを見た。
「どうしたの?」
「い、いやなんでもないよ。綺麗だね」
不安要素があると言ったけど、こうして僕を心配してくれる君を見ると、どうでも良くなってしまう。
ついつい、聞きたいことを聞けなくなってしまう。

またある日、僕は目を疑う光景を見た。
君を見た。近くのショッピングモールで。僕はたまたま、読みたかった本を買いに来たのだが、偶然にも君を見かけた。でも、見かけたのは君だけじゃなかった。
隣に、僕の男の友人・・・早瀬がいるのだ。君はそいつと二人きり、なにやら親密そうに話しては、時に真剣そうな面持ちを、時に無邪気に微笑む面持ちを・・・って、あの二人は何をしているのか?
僕が数日前から持っている不安要素、それは何やら僕に隠れるように君が男と喋っているということだ。別に、君が誰と喋ろうが彼氏である僕にそれを咎める理由はないのだが、僕に『隠れて』というところが気になる。そんなことが積もっていたところに、今回のこれはその疑惑を確信へと変えるパワーがあった。
自分は浮気をされている。
今まで、浮気をされたことはおろか、ろくに彼女がいたことの少ない僕・・・この胸に刻まれる痛みの理由をスグに見分けることは出来なかった。
その場から逃げるように帰った僕。自室のベッドに身を投げ、しばらくしてやっとこの胸の痛みの意味が分かった。分かった途端、悔しさが瞼から零れ落ちた。
僕は平凡とも言い難い、虫けらのような人間だ。それは分かる。
僕より優れた男なんぞ、この世にごまんといる。それも分かる。
そんな優れた男に比べ、僕がモテるはずもない。それもよく分かっている。
でも、いくら分かっていても、いくらそれを自分に言い聞かせても、悔しくて悔しくて仕方がない。
僕は君を信じたい。でも、僕は今の君を信じれるほど強くははない。

しばらく経った。スマホの時計を見ると既に深夜、今日はこのまま寝ようかと、寝間着に着替えようかと立ち上がったその時、スマホの画面が光った。見ると、君からのメッセージだった。
『明日さ、いつもの河川敷に、五時半に来て^_^』
この文面、普段の僕なら素直に返事できるところだが、シチュエーションが酷すぎた。色んな事が頭を駆け巡る。河川敷・・・夕暮れ時・・・それに最後のこの絵文字・・・駆け巡り、掻き回された結果、出た結論は・・・
『うん。分かった。』
素直に応じる事だった。素直に、おそらく振られるであろう待ち合わせ場所に向かう約束を交わすことしか、今の僕には出来なかった。
悔しさが頬を伝い、スマホの画面に粒を作った。

そんな僕だから、河川敷で君に紙袋を渡された時は、思わず口を開けてしまった。
「ん、どうしたの? もしかして驚いちゃった?」
ふふふ、と言った感じで僕の顔を覗き込む君。その無邪気な笑顔に、僕は情けなくなった。こんなに、大好きな彼女を信じてあげれなかった。
「中身、見て?」
急かす君。僕が中身の封を切ると、マフラーが出てきた。僕の好きな、チェックのマフラー。そうだ、今日は僕の誕生日だったんだ。
「ちょっと早いかなって思ったんだけど、早瀬が『いいや、マフラーが一番だ』って聞かなくて」
なんだ、あの日の二人は僕へのプレゼントを探してくれてたんだ・・・僕が心配する必要なんて、なかったんだ。
その時、僕の胸に浮かんだ感覚は、これまた今までに感じたことのないものだった。安堵感、情けなさ。そして、その二つを飲み込むほどの・・・
「ちょ、泣くほど嬉しいの?」
気づけば、涙が頬を濡らしていた。だけど、その涙は、昨日流したそれとは全く違うものだった。

最後の言葉を、君は覚えているだろうか。君へのせめてもの償い。そして、君への溢れるほどの思い。それが、僕の脳内で変換されるのを待たず、思わず口をついて出ていた。涙で滲む視界。でも、はっきり見えてたよ。
君の満面の笑み。僕へ向けたありったけの笑みを・・・

マフラー

読んで頂けて、とても嬉しく思います。ありがとうございます。
一久一茶として、いくつかの作品を乗せてきましたが、そのどれも、自分自身日常生活を送る中で『寂しさ』を感じた時に書き上げたものです。そして、このスローペースな制作スピードは、この寂しさを感じる機会が少なくなっていたのだと最近気づきました。
今回の作品は、充実した日々の中で、ふとできた心の隙間・・・ふと感じた寂しさを大事にして一時間ほどで書き上げた掌編です。

僕の敬愛する、とあるロックバンドのギタリストは言っていました。いい曲、いい詞は圧倒的な劣等感、孤独感を味わった時に生まれる、と。
彼と比べるには未熟ですが、心に響いて頂けたなら幸いです。

マフラー

ふと起こる、不安。自分に自信のない『僕』は、『君』への些細な不安を持っていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-01

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