The Lightning wasn't Miss. Owen?

The Lightning wasn't Miss. Owen?

開始、オワリ、はじまり

さて、どこから話せばいいだろうか。

君には聞いてもらわなければいけないことがたくさんある。

残念ながら拒否権はない。

君だって、ここに連れてこられた理由を知りたいだろう。

教えてあげる。何もかも。

そして、君の心が何処へ向かうか、ボクも知りたいんだ。

今日は月も随分と綺麗だ。スーパームーンとでも言うのかな。

さあ、前置きはもう十分だろう。

まずは、そうだ、あの稲妻が落ちた日のことから話そう。

”Show must go on”だ。

Day1:The Lightning wasn't Miss. Owen?

暑い。
茹だるような暑さで、すれ違う人のほとんどは額を光らせ、唇をへの字にしている。

私もその例外に漏れず、汗水垂らしてシャツが肌に張り付き、下着がうっすら透けているのも気にせず、履き古したブーツで痩せた土を踏みしめ、歩みを進めていた。
本当なら既に目的地についているはずだったことを思うと、なんとも遣る瀬無くなる。

9時間のフライトの後、電車を5時間かけて乗り継ぎ、目的地までようやくあと車で1時間ほどというところまで来た。
しかし、現地コーディネーターとの待ち合わせ場所に来ても、手配されているはずの車はおらず、炎天下、30分も屋根のないベンチで待ち呆けた。しびれを切らしてコーディネーターに電話したところ、到着日を勘違いしていたという何ともお粗末なミスが発覚した。

この周辺に宿なんて気の利いたものはない。
民家が6軒あるだけで、彼らはギリギリの自給自足生活を送っている農民に過ぎず、残念ながら他所者を泊めてくれるような温情も余裕も持ち合わせていない。
宿のある町にはここから20分徒歩で駅まで戻り、少なくとも再び3時間また電車に揺られなければならないのだ。
コーディネーターにクレームを入れると、宿代はいくらでも出すから許して欲しいと懇願する情けない声に嫌気がさし、とりあえず1万ドル振り込んでおけと乱雑に電話を切った。

そんなこんなで、私は汗と土埃とすれ違う男のぬめつく視線に塗れながら、歩き続けていた。

結局、白土に申し訳程度の緑が添えられた、変わり映えしない車窓を3時間眺め続けた後、ようやく宿のある町まで私は戻ってきた。
車内でPIO(Personal Information Organizer)を通してクレジットを確認すると、早速1万ドルが振り込まれていたので、贅沢など何も意味のない旅だが、迷うことなくスイートを予約した。
二流ではあるが、世間的には名の知れたホテルで、現地に着くと駅の近くに建っていたのがなんとも有難かった。

「お待ちしておりました、アイネ様」

エントランスに到着すると、スイートを御予約の上客だけに、50代中頃だろうか、若い頃には異性から少なからぬ声かけをいただいていたと確信がもてる、秀麗眉目な銀髪の支配人によるお出迎えがあった。
ポーターに30分後に部屋に届けるよう言いつけて荷物を預け(と言っても、背負ってきたリュックひとつだけだが)、フロントで部屋のパスコードをPIOに受け取り、このホテルが如何に素晴らしいものかを語り続ける支配人にうんざりしながら、その後を付いて部屋に向かう。「それでは、ごゆっくりと」という声の後にドアが締められる。
ようやく、私一人の時間。
日は完全に沈んでしまっていた。
地上47階建ての最上階から臨む鄙びた街の景色は、夜景と呼ぶにはあまりに悲し過ぎた。
幾重にも塗り込められた闇に星も隠れていたせいで、時折ちぎれた雲間に、少し欠けた黄金色の月が見え隠れするだけだった。

ただ、今の私には、それでちょうど良かった。

シャワーを浴び、ポーターから唯一の荷物であるリュックを受け取ると、前ポケットから本を取り出し、ベッドで続きを読む。
老若男女にPIOが普及した現在において、夥しい文字列がプリントアウトされた紙を折り目正しく纏めたそれは、珍品とも言われるほどに廃れてしまったデッド・メディアだが、私は幼い頃からなんとなく手放せなかった。
これもわざわざ、国に3件しかない製本業者の1つに、趣味で個人的に注文したものだ。
元は未完の作品だったが、原作者の死から数十年後、その当時人気を得ていた作家によって書かれたリメイク作品で、タイトルは『さよなら、黒い鳥』。数世紀以上も昔の作品だが、筋書きがなかなかに面白く、何度も何度も読み返してしまう1冊だ。

1時間ばかり読書に耽った後、宙で右手の中指をトントントンと、3回叩いてPIOを起動した。
まずはスケジュールの再調整。
向こう13日間のスケジュールを1日ずつずらす。

次に、衛生写真を利用した目的地の現状把握。
[Search : 41°24'12.2"N 2°10'26.5"E]
これまでにこの座標の写真を今までに何度見ただろうか。
何もないようで、写真を見るたびに、常にここでは何かしらの”変化”が起きている。
写真と同時に、PIOが生物反応、熱反応、放射能などについてのパラメータをホログラム表示する。
「B-7区域で新たな熱反応、一方でD-23区域から一切の反応の消失、か。予測より2日早いな。」
作業を始めると、独り言が多くなるのは私の癖だ。
職場では気をつけているが、プライベートでは気に止めず独り言をこぼし続ける。

一通り、目的地の各区域の詳細なパラメーターを参照し終えると、一日の締めくくりに日記を書き付ける。
これもPIOでなく、時代に逆行してノートブックに行っている。
それも、万年筆を用いて。


30th,Sep

はじまりの町まであと少しのところで、思わぬ足止めを食らってしまった。気持ちは速るばかりだが、仕方ない。コーディネーターの無能さを呪う。いや、PAMの人事を恨むべきか。長旅とトラブルで、流石の私も少々疲れたらしい。早めに寝て、明日からの本番に備える。
備考:B-7区域で新たな熱反応、一方でD-23区域から一切の反応の消失。予測より2日前倒しの変化を確認。変化PTの誤差がさらに広がっている。変化PTについて再考が必要。

The Lightning wasn't Miss. Owen?

The Lightning wasn't Miss. Owen?

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-30

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