カンナ
彼と出会った頃を思い出すと遠い昔のような昨日のことのような…不思議な感覚。
出会えたことが運命なら
こうなることも決まってたのかな?
神様はあまりにもやさしく
そして冷たかった。
三月二十日
中学校を卒業して入社した会社の初出勤日
朝5時に起きバッチリメイクで気合いを入れる。
こんな時間に起きるなんて中学時代じゃ考えられない!!
そんなことを思っていると
「もぉ7時やん!!」
新品のスーツにそでを通しもう一度鏡の前に立つ
「よし!完璧!!いってきまぁす(^O^)/」
緊張より好奇心が勝ち会社に向かう。…が(・。・;
さすがに会社の前に立つと心臓がバクバク(>_<)
中に入ると女の子が二人と男の子が一人、緊張で顔が固い!!
笑いを堪え席に着くと
ガチャっとドアが開き
「ウソ!うちが一番最後!?」
と入ってきた、なんとも活発そうで可愛い顔の女の子。
その子が席に着くと
「新入社員のみなさん揃いましたねぇ~」と分厚いメガネをかけた男性が入ってきた。
「では、ただいまより平成17年度新入社員研修を始めます。」
研修表が配られ長い長いお話…目がトロォ~ンとしてきた時に
「では、15分間の休憩を入れます。」
「良かった~」と胸をなでおろしていると
「なぁなぁ!名前なんてゆうん?」とさっきの可愛い子
「シーナです。」
「めっちゃ可愛い名前やな!うち恵☆よろしく(^v^)」
この可愛い顔の女の子
メグミ
どんな辛いことも彼女の存在が私を救ってくれた。
私の大切な友達。
どんな時も「シーナは悪くない!」と私の見方。
自分が悪いことなど自分が一番分かってる。
「自分がされてイヤなことは人にしてはいけません。」
誰もが子供の頃に親に言われ育った教訓だろう。
私だってもう子供じゃない!分かってるし知ってるよ。
それでも動物の中でも人間だけが持っている感情。
一番厄介な気持ち。
一緒にいて楽しいがいつの間にか恋心に変わり
傍にいられるだけで幸せがいつの間にか貪欲になり嫉妬に変わる。
醜い感情。
それでも、その醜さが美しさなのかもしれない。
好きな人にしか感じない気持ち。
人の美学に「感情を露わにしない。泣きたくても顔では笑いこぶしを握れ」と聞いたことがある。
伝えたくても素直じゃなく言葉に出来ない人。
こらえることが出来なくて何でも伝えてしまう人。
まだそんな感情になれる人に出会ったことのない人。
あなたの美学は何ですか?
気持ちの変化
入社二日目
会社での朝の掃除中
「お前男おるんか?」
って突然話しかけられ、しかも初対面の男の人からのこの質問
ビックリしたのもあるけど
心の中では『なにコイツ?』と少しイラッとした。
彼氏がいたにもかかわらず本当のことを言うのも癪だと思い
「いませんよ」っと笑って答えた。
コイツ呼ばわりしてしまったこの人が上司だと知るのは
この後のこと
仕事中先輩に
「下の名前何て読むん?」
と話かけられたので
「シーナです」
と言うと
「珍しい名前やなぁ!!」
と盛り上がった。
いつものことだ。
子供の頃は変な名前だとからかわれ
自分の名前が嫌いな時期もあったけど
年齢をかさねると共に自分の名前が大好きになった。
まず人とかぶらない所
覚えてもらいやすい所
響きが可愛い所
母の愛情がこもっている所
今では自分の名前に誇りを持っている。
そんな会話をしていると
「シーナ!!」
っと後ろから呼ばれた
クセで「はぁい」とすぐ振り返るが
この会社に『シーナ』と呼ぶ人は恵しかいない
普通の男性より少し低いクセのある声
恵がそんな声な訳もなく
振り返ると『コイツ』呼ばわりしてしまった彼がいた
イタズラっぽく笑うその顔は
年齢を感じさせない
少年のようなあどけなさが残っていた。
私より17歳年上の
しかも男性に可愛いと言う言葉は適切ではないだろうけど
母性本能をくすぐる危険な男の香りがした。
彼の名前は
神埼豊(かんざきゆたか)
役職課長
背が高く雰囲気がカッコイイ
顔は柴犬に似ている(笑)
正直言ってタイプじゃなかった
私はなぜか背の低い男性が好みだったからだ。
だから
油断した
危険信号がなっていることに気付きながらブレーキを踏まなかったのだ。
会社に行くと毎日からかわれた。
彼氏とはどぉだとか
一回でいいからデートしてとか
イタズラな笑顔でどこまでが本気か分からない口調で。
入社間もなく付き合っていた彼氏に別れを告げられた
大好きだったけど
引き止めることもできず笑顔で別れた。
彼を好きだと思う気持ちよりも
自分のプライドを守ったのだ。
泣きつくなんてかっこ悪いと思い込んでいた幼い私
プライドを捨ててでも
相手にぶつかる方がずっとカッコイイのに
そんなことも分からない
誰かを好きになっても
その人の支えになれない
幼い幼い臆病な私。
仕事中彼氏と別れたことを神埼課長に報告した。
「泣くなよ!!」
って言いながら
「最近の子は内容のない子が多いやろぉ」
と少しおじさん発言(^_^;)
背の高い彼が私の後ろの荷物を取る時に
一瞬抱きしめられるのかと
ドキッとしてしまった気持ちは誰にも内緒。
一週間と少しが過ぎ私は誕生日を迎えた
祝ってくれる相手がいないと誕生日もシケたもんだ。
神埼課長に声をかけられそばに行くと
「お前本間に祝ってくれる男おらんねんな?」って聞くから
「いませんよ」と答えると
「お菓子買って来たから仕事終わったら渡しに行くから電話番号とアドレス教えろ」
と思いがけないことを言われ驚いたけど
単純に嬉しかったから笑顔で答えた。
仕事が終わり彼が家の近くまで来てくれた
コンビニのお菓子だと思っていたら
ケーキ屋さんの立派な包装がされていた!
「うわ~!!めっちゃ嬉しい☆ありがとうございます(*^_^*)」
「たいしたモノちゃうぞ!家帰って食えよ」
ぶっきらぼうな言い方をするけど
やさしい人
「メールも送るわ」
と言って帰って行った。
この時の私は神埼課長のことが人として好きだった。
お兄ちゃんのような存在
次に彼氏が出来たら一番に報告しようと思った。
そんな存在だった神埼課長に恋心を抱くのは
誕生日から二ヶ月後のこと…
初めてのキス
いつからどろう?
2人で逢うようになったのは…
いつからだろう?
2人きりになりたいと思ったのは…
この想いは告げてはいけない
告げてしまえば彼はもう逢いに来ないだろうから。
季節は初夏
ノースリーブを着て
冷たいお茶を2本買い
彼を待つ
今年の夏は日陰に居ても
額から流れる汗が止まらない。
「あっつー(>_<)」
団扇で扇ぎながら思わず声に出てしまった。
向こうから向かって来る
大きいハイエースに思わず笑みがこぼれる
「お疲れ様です!!」
「お疲れさん☆」
車に乗るとクーラーがよくきいていた
さっきまでの汗が一気に引き
少し肌寒さを感じた。
車の中で流れる曲は洋楽だ。
彼の好きなモノは
車
単車
映画
洋楽にカスタードクリーム
知り合って数カ月だけどお互いの好きなモノは知っている。
いつものように
他愛もない話をしながらニコニコ笑う
私はこの時間が何よりも好きだった。
少しの沈黙があり
彼が私の方を向く
「シーナもう逢うのやめようか」
「何でですか?」
「俺お前のこと好きやねん
だから、もう会えん」
「私も好きですよ!
何もしなくていいから
たまに会って話すぐらい
いいじゃないですか」
「でも…」
「私がいいって言うんだからいいでしょ」
「…分かった」
彼が何か言いたげなのを
気付かないフリをして
笑って話題を変えた。
もう逢えないと言われて
心臓がビクッとした。
私は今の幸せの為に
何もかも見ないフリをすることに決めた。
彼が好きだから
彼も私を好きだと言ってくれた。
それだけでいい
夕日が沈み
車は私の家の下に着いた
「ありがと☆楽しかった!!また明日も会社でね」
車のドアを開けた時
彼にキスされそうになった。
とっさに顔を背けてしまい
「何よぉ!!やぁめてよぉ!」
と笑って言う。
もちろん心臓はバクバクだ(>_<)
「チッ!かわしやがった!」
と舌打ちをする彼
「また明日ね」
と車を降りたら
「お前本間にキスさせへんの?!」
「え~恥ずかしいじゃないですか!!」
もちろん彼にキスしてもらえたら嬉しい
けど、少し焦らしたくなったのだ。
それに、彼氏彼女と言う束縛が欲しかった。
現実に叶わなくてもいい。
彼の口から言ってくれるだけで私は舞い上がってしまうだろうから。
「あっそ!もういいわ!!」
まさかの逆ギレに愛しさを感じた。
「はい!チューして!」
と言うと
少し照れた顔をした彼。
愛しい
幼い私の中で女が生まれた瞬間だろう。
『ガチッ』
唇の感触ではない??
「歯あたった!!最悪!!」
私たちのファーストキスは
なんとも色気のないモノで終わった(^_^;)
「また明日ね!!」
私は嬉しいのと恥ずかしいので
ろくに彼の顔も見ず走って家に帰った。
私はこの日のことを鮮明に覚えている。
着ていた服や
肌を突き刺す夏の暑さを…
幸せでした
私は幸せだったんだよ。
プライド
次の日
仕事中の彼が目の前にいる
いつもなら嬉しいはずなのに
今日は恥ずかしくて顔があげれない。
ソワソワしている私に彼も気付いたのだろう
イヤッ!最初から気付いていて
1人テンパる私をおもしろがっていたのだろう(`´)
少しムッとして彼を見た。
目が合った瞬間彼が微笑んだ
イタズラそうに笑う訳でもなく
やさしい目で
やさしく笑う
彼はよく笑う人だ。
賑やかなのが好きなのか
仕事中は部下の男も子達とくだらない話をして
豪快に笑う
まるで男子校のような雰囲気
かと思うと
必ず1人になる。
人を必要以上に近づけない
近寄らせない
彼のテリトリーがある。
でも、その背中に
ふとした瞬間の表情に
孤独を感じる。
寂しいと泣いているように見えた。
人にはそれぞれに孤独があるだろう。
人には言えない自分だけの孤独が。
私は彼の心の中を見てみたくなった。
言葉では表現出来ない
私は彼の孤独感に強烈に惹かれてしまった。
ある日の休憩時間中
1人でタバコを吸う彼を見つけた。
「何でそんな寂しそうなんですか?」
恥ずかしげもなく直球で聞いてみた。
すると鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした彼。(笑)
よほど驚いたのか少しの沈黙があり
「別に」と一言。
私は彼から目が離せなくなった。
一匹オオカミだけど
寂しがり屋
そんな彼が私の問いに答えるのは
2人きりの車の中。
「俺人からあんなこと言われたの初めてや」
「そうなんですか?」
「思っとっても誰も言わんやろ」
「一線引いてここから入ってくるなってテリトリー作るから?」
「…そぉやな」
「寂しいくせに」
「お前みたいに人の心の中土足で入ってくる奴本間おらんで!!」
「私だって誰でもかれでもそんなことせえへんわ!!
何か知らんけど気になってしゃーないねん!」
「初めて言われたけど、嬉しかったわ」
「アラそうですか」
「本間にもっと早く…せめて後一年早くお前に出会いたっか。」
「妻子持ちには興味ありません!!」
そう。
彼には家庭がある。
奥さんがいて
子供がいる。
幸せなハズなのに
彼の寂しさはどこからくるのか…
彼の拠り所になってしまったのはいつからだろう?
私を抱きしめ
何度もキスをする。
まるで心の隙間を埋めるように。
彼の帰る車を見送らなくなったのはいつからだろう?
決して引き止めない
振り返らない
せめてもの私のプライド。
どんなに望んでも彼との未来は見ることが出来ない。
休日のデートも
電話もメールも
友達と恋愛話も出来ない
誰にも祝福されない
最低なことをしているという罪悪感
全てを我慢して得ることが出来るのは
2人きりになれる車だけ
おままごとのような
2人だけの世界
その世界が私達の全てだった。
大切なモノ
週末は嫌いだ。
特に予定もないから
メイクもしない。
鳴るはずのないケータイを
何度も開いては閉じる。
「あーイヤだ!!美容院行ってこよ」
私は月に一度
ひどい時は二週間に一度
美容院へ行き髪型を変える。
カラーで髪色を金にしたり
黒く染めエクステでロングにしたり
パーマをかけたり
ショートにしたり…
髪型を変えると
新しい自分になったような感覚になる。
それがとても落ち着くのだ。
こんなに変身願望が強いのは
情緒が不安定なんだろう。
お昼に美容院に入り
夕方すぎに終わった。
帰り道にケータイを開くと
3件のメール
すぐに開いてみると
彼からのメールだった。
1件目
俺のこと大切か?
2件目
俺のこと好きか?
3件目
シーナ好きや
彼から好きだと言われると
とても嬉しい
でも今はその言葉よりも
1件目のメール
〝俺のこと大切か?〟
がひっかかった。
彼に何かあったのかもしれない。
とてもとても寂しがり屋の彼。
でも自分からはけして口にしない
弱気な言葉。
何かあった
もちろん〝家庭で〟だろう。
深く考えると苦しくなるから
「あなた以上に大切なものなんてないよ。あなたが大好きです。」
と、だけメール画面に打ち込み送信ボタンに指をおく。
ふと時間が気になった
メールが送られてきたのは
最後のメールでも1時間以上前だ
『今メールを送ってもいいのか』
そんな悲しいことが頭に浮かぶ。
何度も消去ボタンを押そうとするが
休日にメールが来るなんて今まで無かった
彼の心が1人にならないようにと願いを込めて
送信ボタンを押した。
大切なものと
大事なもの
あなたにとって
守るものはどちらですか?
これは私の考えだけど
『大切なもの』
自分が〝これ大切〟と思い
その手のひらで愛でるだろう。
でも『大切なもの』が壊れてしまっても
「大切だったのにな」って
一粒ぐらいの涙の価値なんだと思う。
『大事なもの』
「これ大事やからな!大事に持っとけよ」って
人から与えられたものなんだと思う。
捨てたくなっても
「大事にしろ」と人の言葉が重い…
責任なんだと思う。
彼にとって私は大切な存在なのだろう。
もし私が消えたら
あなたは涙を流してくれますか?
それとも
その価値すらないのだろうか。
カンナ