エンジェルリング(はるかなる想いを告げて)

熱血教師がある日突然超能力が使えるようになり、
生徒達、学校、家族を取り巻くSFドラマ

熱血教師が命を懸ける物語!

先生のMAXパワー
 
四月二十一日火曜日

赤い夕日が緑ヶ丘高等学校の校庭をゆっくりと赤く染めていく。
優しい春風が吹きぬける運動グラウンドでは、男子陸上部員21人と女子陸上部の部員21人がトラックの中で、息を切らしながら全力で走りこんでいる。
 400メートルグラウンドをラスト一周近くになると、
「 ラストスパートじゃ 」
気合の入った大声を張り上げ、目の前を走り行く部員達を見守る、副顧問の高橋勝司と、
「 後一週よ、頑張って 」
ゴールラインで待つ顧問の福石香奈枝が、走っている部員達を見守っていた。
勝司も香奈枝も陸上部部員達、皆、一丸となって、この夏に実施される全国駅伝大会めがけて、厳しい練習を積み重ねていた。
 勝司は学生時代に全国大会マラソンで3位という記録を持っていたのだが、48歳という歳には勝てず、今では、二年C組担任の佐藤隆一24歳に男子陸上部の顧問を、そして女子陸上部の顧問を26歳という若さの福石香奈枝に預け、勝司は、男子女子両方を掛け持つ副顧問となり、陸上部員達の指導をしていた。
部員達がゴールラインまで後200メートル近くになると、部員達は一斉に全力で走り始め、勝司はいつものように、ゴールラインからさらに100メートル離れたところで待ち構えた。
部員達が全員ゴールラインを超えて、勝司の所まで走り終えると、それまで厳しい表情をしていた勝司と香奈枝の顔に小さな笑みがこぼれ、
「 皆、お疲れ、お疲れ 」
勝司が部員達一人一人の肩を叩いて回った。
勝司がキャプテンの有田さんの前まで来ると、勝司は有田さんの肩を叩いて言った。
「 有田、今日もいい走りをしていたな、お前の夢がどんどん近づいていくな。オリンピックに出て金メダルを取って、スポーツトレーナーになることだったな。お前なら絶対に金メダルを取れる、わしはそう思っているから、この調子で頑張って行けよ 」
勝司は有田さんの顔を見て、笑顔をこぼしながら期待を膨らました。その様子を見ていた香奈枝も、
「 皆、お疲れ様、今日もよく頑張ったわね。」
部員達を見渡しながら、香奈枝は、勝司と顔を見合わせると、勝司はわが子を見るような優しい眼をして部員達を見渡しながら、元気のある声で部員達に言った。
「 ストレッチが終われば今日の練習は終了じゃ 」
「 はい 」
息を切らしながら、若々しい返事を返す部員達を見て勝司と香奈枝も、さらに笑みをこぼした。
そこへ、まだ学生気分が抜けない、隆一が男子のタイムを計り終えて、勝司達に駆け寄って来た。
「 高橋先生 」
「 やあ、佐藤先生 」
「 高橋先生、この分だと次の地区大会女子の部は、優勝は狙えそうですね、それに有田はいつ見ても良い走りをしていますし、皆をまとめ、引っ張っている 」
隆一から、そう聞かされると、勝司は、
「 みんなよく頑張っていますから、地区大会どころか、全国大会も目じゃないですな、きっと、地区大会は優勝出来ますよ、佐藤先生、ところで男子の方はどうですか 」
勝司が隆一に尋ねると、隆一は少し下を見て自身なさそうに言った。
「 男子の方は、部員達は、それぞれに精一杯頑張っているのですが、記録の方が余りよく無くて、僕は僕なりに頑張ってはいるのですが、何しろ陸上部の顧問を始めてから、数日しか立ってないので、生徒達に何をどう教えていいのか、良くわからなくて、ただ生徒達と一緒に走り回っているのが精一杯で、高橋先生にもっといろいろ教えてもらいたいことが沢山あるんですが 」
勝司はそんな隆一の情けなさそうな顔を見ると、
「 いやいや、それでいいんですよ、佐藤先生、記録に拘らずに、まず最初は、佐藤先生らしく部員達と向き合うことだとわしは思います。そのうち、一人ひとりの頑張りや癖が判るようになり、子供達に一人一人に何を教えればいいのかが判って来ます。佐藤先生もわしと一緒で、子供達を見守る目は、良い目をしています。人を信じる目、子供達を信じようとする目、人一倍、良い目、良い気持ちを持っているとわしは感じました。わしはそんな佐藤先生だからこそ、男子達を任せたんですよ。お互いに頑張りましょう、佐藤先生、福石先生 」
「 はい 」
隆一は元気を取り戻すかのように、返事を返し、三人は顔を見合わせ微笑んだ。
香奈枝は勝司の微笑ましい顔を見ると前々から、自分が顧問の席が不適格だと思っていたことを、勝司に思い切って尋ねてみた。
「 高橋先生ひとつお聞きしてもよろしいですか 」
「 はあー何をですか、福石先生、」
「 高橋先生、本当は陸上部の顧問をしていた方が良いのではないですか、私はこの春から陸上部の顧問をさせてもらっていますけど、佐藤先生や私のような新米教師が副顧問で、高橋先生のような全国大会マラソンで三位と言う素晴らしい成績をお持ちの方が顧問を担当するのが、やっぱり筋のように思えるのですが、」
「 いやいや、これでいいんですよ、福石先生、男子も女子も先生方のような若い先生が子供達を引っ張って行けば、きっと今のわしよりも、子供達は伸びます。わしも、もういい歳ですから、この先どこでどう倒れるかもしれません、子供達に教師の倒れる情けない姿を見せるわけには行かないんですよ。もし見せれば子達のやる気も失せてしまいます。教師なら教師らしく自分のことをちゃんと理解し、子供達のことを、もっともっと理解してやって、子供達に今の高校生活を満喫してほしいとわしは思っています。部員達、いや、生徒一人一人に人生があり、その一つ一つの人生の主人公が自分なんだと言うことを気がつかせてやりたいんです。どんなに傷ついた時でも、自分自身で自分の道を歩いていかなければいけない、思い切って駆け抜けていかなくてはならない、この先、迷うことは沢山あると思いますが、踏みとどまることなく、自分自身の道を生徒達一人一人が、しっかりとあるいて行ってほしいんですよ。福石先生 」
勝司は満足そうに笑って言った。
「 高橋先生 」
香奈枝は、勝司の寛大な話を聞かされ、胸打たれる思いを受けたのでした。

 日も沈み、街のビルや家の明かりが目につき始め、ここ緑ヶ丘商店街の電灯の下を、緑ヶ丘高等学校の制服を着た生徒達、三人が歩きながら下校していた。その中に、今年高3に成る勝司の娘、恵理が学校の友達と楽しそうに話をしながら歩いていた。
それから、しばらく恵理たちが歩くと商店街の外へと出て、そこから又5分ほど歩いて行くと、道路の左側に恵比寿神社がありました。恵理達は話に夢中で、神社の前を何も気にすることなく通りがかると、神社の石段入り口右側で見慣れない白いレースを頭から掛けた冷たい雰囲気を漂わせる女の占い師が白いクロスを掛けた小さなテーブルの上に両手を組み椅子に座っていた。
恵理がその占い師の前を通りがかると、恵理は友達との会話を楽しみながら一瞬、その占い師と目が合った時、
「 お嬢さん待ちなさい」
占い師が恵理達を呼び止めた。恵理達はその場で立ち止まり、その占い師に目を向けた。
占い師は、恵理達と目を合わせることなく、テーブルを見つめたまま、話しを始めた。
 「 そこの目の綺麗なお嬢さん、あなたの身の回りにいる人に危機が訪れようとしている 」
占い師が言うと、恵理は腹を立たせ口をとがらせ、占い師に近寄って言い返した。
「 いきなりそんなこと言わないでください、誰に危機が来るというんですか、いい加減なことを言ってお金を取ろうとしても無駄だからね 」
恵理が言うと占い師は、右手人差し指と中指で、テーブルの上の金のリング滑らせ恵理に差し出した。
「 お金は要らぬから、これをお持ちなさい 」
恵理は薄気味悪い占い師の言葉を無視して友達とその場を離れようとした。
「 菜奈美ちゃん、悦子ちゃん、こんな変な人ほっといて帰ろうよ 」
恵理が菜奈美と悦子の腕を取り、歩き出した時、占い師は冷たい薄気味悪さと、気合の入った早口で恵理達に言った。
「 このリングをはめられた者だけがきっとあなた達だけの命だけではなく、この世界を救うことが出来るかもしれないのですよ、それでも良いのか、お嬢さんは 」
占い師から言葉を聞かされると、恵理達の足は止まり、テーブルに差し出されたリングを手に取り、違和感を感じながら見つめた。
占い師はゆるやかな口調に戻り恵理達に言った。
「 そのリングを指にはめる者が現れた時、最初に願いを込めたことが叶えられる、きっとその者から、周りに居る多くの者たちが変わっていくはずです、お嬢さん、何も言わずにそのリングをお持ちなさい 」
占い師が言うと、
「 わかったわ 」
恵理は不思議な思いに包まれたまま、気が進まなかったが、占い師にお辞儀をして、それぞれに足を早め家に帰えって行った。
恵理が家に帰って、食事の時間に占い師のことをお母さんの咲に話を持ちかけると、
「 ねえ、ねえ、お母さん 」
咲は洗い物をしていた。
「 うん、どうしたの恵理 」
「 このリングお母さんにはめられる? 」
咲は洗い物をしていた手を止めて、はめてみたが、大きすぎて、咲の手にはめることが出来なかった。
「 どうしたのこのリング? 」
咲が恵理に話を聞くと、
そこへ湯上りの爽快な気持ちを言葉にしながら勝司が食卓に着いた。
「 あーいい湯だった、疲れた時は、風呂が一番だな、なんだ、二人でこそこそと 」
勝司がそう言うと、流し台の前で立ち話をしていた二人は、いつものように食卓に着き、咲は勝司の向かいに座り、恵理は咲の右となりに座り、勝司に、悩ましい顔を向けると、勝司は恵理の顔を見ながら、
「 恵理、彼氏でも出来たんか 」
「 お父さんも、お母さんも、ちょっと聞いてよ 」
恵理が話を始めだすと、勝司は立ち上がりすぐ近くの冷蔵庫へと行き、中にある缶ビールを一つ取りだし、食卓の自分の席に着くと、
「なんだ、彼氏の話じゃないんか 」
冗談を言いながら、勝司は缶ビールのリップを開けた。恵理は、勝司の半信半疑の態度にあきれて言った。
「 ちーが―うー 」
「 じゃー、なんの話しなんだ、恵理? 」
勝司は尋ねると、恵理は勝司と咲の顔を見ながら、話を進めた。
「 お父さん、緑ヶ丘商店街の近くに恵比寿神社があるでしょ 」
「 あー 」
「 そこにね、今日、変な占いの人が居て、その占いの人が、私に向かっていきなり話しかけて来て、身の回りの人に危険が来るとか、世界を救うとか言って、持っていけって言って、これくれたんだけど、どう思う、お母さん、何か私、薄気味悪くって 」
恵理の話が終えると、勝司は恵理の子供心に、気持ちを寄せて言った。
「 ほーう、そうか 、それは変な話だなあ、それで恵理、そのリングはお前にはまらないのか 」
勝司が聞くと、
「 んー、さっきからお母さんも私もはめてみたんだけど、大きすぎてはまらないんだけど、お父さんならはまるんじゃないの?」
恵理の気味悪がっているわりには残念そうにする姿を見た勝司は恵理からリングを受け取り、
「 どれ貸してみ、お前達よりもわしの手のほうが大きいのは大きいけどなあ 」
興味本位で勝司は試してみることにした。
勝司は左手小指からはめ始めると、
無理なくするっと左手小指に入ったのに抜こうとしたら抜けなくなり、勝司はあせった。
「 あー 」
勝司は声をはき、
「 抜けなくなってしまったどうしよう、こんなリングを学校にしていくわけにもいかないし 」
勝司は困りはてた。
恵理は勝司に占い師に言われた願い事を思い出し、話をした。
「 ねえ、ねえ、お父さん、その占いの人が言ってたんだけど、願い事をすると、人を救ったり、世界を救ったり出来るんだって 」
勝司は 抜けなくなったリングを外すのを止めて、リングを右手で触りながら、ちょっと頭を下向きにして願い事を考えたがわからず、恵理に言った。
「 お父さん、この年になって願い事なんかないなあ 」
恵理に、目を細め、笑みをこぼした。

四月二十二日
 翌朝、妻の咲が先に目覚めて勝司を起こそうとした時、布団からはみ出した、勝司の指にはまったリングを見ると、恵理が言っていた、願い事の話を思い出し、勝司を起こさずに、咲は自分の両手で勝司の手を包み込んで、咲は目を閉じ心の中で言った。
 「 もしこの人に、人を救うことが出来るのなら、私達だけじゃなくて、この人の心の強さ、温かさで、この世界を変える人になってほしいわ、私達は今でも十分幸せだから 」
咲が目を開け、勝司の寝顔を見ながら笑みをこぼすと、リングは咲の手の中で勢いよく光り輝いた。
( ピカー! )
咲は余りにもまぶしく光るリングに、勝司の手を離し、自分の目の前の光りを手で遮ったが、その輝きで勝司が目を覚ました。
「うーん眩しいなあ 」
といいながら勝司はリングを見るとMの様な文字がきざまれていた。
二人は顔を見合わせて口をぽかーんとあけて驚いた。

 勝司は学校に行って、自分が担任する3年B組の生徒達に現代社会の授業を進めていた。
勝司が右手にチョークを持ち、黒板に授業内容を書き始めると、教壇左前に座る、月山さんが、勝司の持ち余した左手のリングに気が付いた。
「 先生、左小指にリングなんかはめて、どうしたの 」
「 うん、これか 」
勝司は黒板に書いていた手を止めて、振り返り、左手のリングを見ながら、仕方なく、昨日のことを生徒達にも話した。
「 昨日、娘が占い師からもらって来た物なんだが、遊び半分でこのリングをはめたのは良いんだけど、それから取りたくても、わしにも取れなくてなあ 」
勝司が言うと、生徒達も欲しがり場所を聞いてきた。
「 先生、私もそのリング、ほーしーいー 」
月山さんが言うと、
「 先生、俺もほしいなー、そのリング、どこで貰ったんですか? 」
海崎が聞いてきた。
勝司は、自分に対しても、生徒に対しても情けなく思い、すぐに言い返した。
「 娘がもらって来たものだから、わしにもよく分らなくてなあ、 まあそんなことよりも授業じゃ、授業じゃ 」
勝司は厳しい顔を見せ、ごまかしながら授業にはいっていった。
一時間目の授業を終え職員室の引き戸を開けて入った勝司。
勝司が左手に教本を手にし、自分の席に戻った時、勝司の指にはまるリングに気が付いた、同じ三年を担任する神 幸太郎は、そのリングを見て驚いていた表情をこぼして勝司に言い寄った。
「 高橋先生その指輪、いや、そのリングどうなさいました 」
「 これですか、実は昨日娘が占い師から貰った物で、冗談半分ではめてみたら、はずれなくなってしまって、恥ずかしいことです 」
勝司は、手で頭を撫でながら恥ずかしがっていると、幸太郎が語りだした。
「 いや、私もそのリングに似たものを持っていましてね 」
勝司は聞かされると、驚いた表情を見せて、
「 神先生も占い師からもらったのですか 」
と言い返すと、勝司の胸のうちで神先生と仲間意識が生まれたのだが、
「 いいえ、私の場合は先祖代々から伝わる家宝みたいなものですが 」
「 はあーそうですか 」
勝司はそう聞かされると少し残念そうにし肩を落とした。
「 古くから伝わる物でね、何代前かは判らないのですが、そのリングをはめた祖先は天下を治める時に、とても良い活躍をしたと聞かされていいます、ただそのリングをはめた者が、どういう理由でこの世を去ったのかは伝えられていなくて解らないのですが、ただその者が息を引き取ったと時に、リングが自然に外れたということが、言い伝え残されていまして、私も高橋先生と同じように興味本意で、以前試したものの、やはりうまくはまりませんでしたよ 」
「 はあー、そうですかー 」
勝司はため息交じりの言葉をこぼし、神先生の不思議な話に返す言葉も見つからなかった。
「 高橋先生 」
「 はい、何でしょう神先生 」
「 もし私が持っているリングと同じ物なら・・・ 」
言い難くそうにする幸太郎に勝司が、聞きなおすと、
「 もし同じ物なら、何でしょう、神先生 」
幸太郎は、目を大きくし、笑みをこぼして、勝司に言った。
「 生きている限り外れませんよ 」
勝司は驚く表情をして、
「 生きている限り外れないと言われても、わし・・・ 」
「 いつか機会があればお見せしますよ 」
幸太郎は少年の様な目をして微笑んだ。
「 はい、神先生 」
勝司は困った表情をして、幸太郎を見ていた。
「 では是非いつか 」
勝司達は次の授業の準備を急がせた。
その二人の会話を聞いていた隆一が自分の座っていた席から、勝司に近寄って来た。
「 高橋先生、私にも見せていただけますかそのリング 」
「 人にお見せするほどの物じゃないですよ、佐藤先生 」
「 そんなことを言わずに、お願いしますよ 」
勝司の左手を掴み、リングをじろじろ見て、うらやましがった。
勝司は、隆一の子供のような好奇心を感じると、顔に皺を寄せ、自分が本当に情けなく思った。

発動


その日の授業も、陸上部の部活も終えた勝司は、学校近くの公園のそばを通りかかると勝司が担任する3年B組の林君が、ブランコに一人、背を丸め、肩を落とし座っていた。
「 あれ、あれは林じゃないのか? 」
勝司は、帰宅する足を止めた。
「 何をしているんだ、こんな所で 」
林君の寂しそうな姿を見ると、勝司は、林君へと足を運んだ。勝司が林君の前で立ち止まり、ブランコに座る林君を見下ろし話かけた。
「 どうした林、何かあったのか、うん? 」
勝司が行っても悲しい顔をして下を向くだけで林君は何も話さなかった。
「 何でもいい、先生に話してみろ、林 」
勝司は林君の今の心の悲しみを少しでも軽くしてやりたかった。
「 どんなことでもいい、今のお前たちの年頃はいろんなことが起こるものだから、わしら先生はな、出来るだけそんなお前達の気持ちをちょっとでも軽くしてやりたい、わかってやりたくてな 」
勝司は、隣の空いているブランコに腰を落とし、語り続けた。
「 悩みがあるんだったら、何でも良いから言ってみろ、一緒に一つ一つ解決して行けば、お前も先生も、又ひとつ大人になるとわしは思うし 」
勝司が林君の肩に手を当てた時、
勝司の脳裏に、林君がお母さんと一緒にお父さんの部屋の掃除をしていた時のビジョンが脳裏に映し出された。林君がお父さんの大事にしていた壷を壊して落ち込んでいる姿をキャッチした、勝司は林君の肩から手を離し、驚いた。
それを見た林君が、
「 先生大丈夫 」
「 わ、わ、わしか、だ、だ、大丈夫じゃ 」
言葉を詰まらせながら笑みを浮かべてごまかした。勝司はリングに目を向け右手の親指と人差し指でリングを触れながら林君に言った。
「 林、お前なんか大事な物でも壊したのか? 」
勝司がそう言うと、林君は目を大きくして驚いた。
「 先生なんでそれを 」
「 なんとなくそんな気がしたんだけどな、先生もな、お前たちの年頃は、そんな様な事の繰り返しだったからなあ 」
勝司は、懐かしそうな表情をし、眼を少し細め林君に言ったが、
「 けど、お父さんきっと許してくれないと思うし 」
林君は元気の無い声でつぶやいた。
勝司は、何とか、林君を元気付けたくて、話しを続けた。
「 けど大丈夫じゃ林、親父さんに思い切って謝ってみろ、自分の子よりも壷が大事だというのなら明日、先生がお前の家まで行って話をしてやるわい 」
元気付ける勝司だが、
「 でも、家のお父さんすごく怖くて、あんまり話もしないし、笑ったところ最近見たことないし、殴られるのはいやだし 」
弱音をはく林君は下を向き、元気が無かった。
「 勇気を出して言ってみろ、林 」
勝司は言って、林君の肩にもう一度手を当てて見ると、林君のお父さんが笑っている姿が勝司の脳裏に映し出された。
勝司は、不安を抱いている林君に言った。
「 逃げるな、思い切って親父さんにぶつかって来い 」
勝司は、わが子を見守る優しい目へと代わり、林君を励ました。
「 林、お前の親父さんだろう、きっとお前の気持ちは解ってくれるはずじゃ、殴りたければ殴らしてやれ、そんな気持ちでぶつかって来い 」
「 さあ今日はもう遅いから家に帰ろう、早く帰って林対親父さんのバトルを明日先生に聞かせてくれんか、楽しみにしてるぞ、ははははは 」
勝司は笑っていた。
「 先生そんな簡単に言わないでよ 」
泣きそうな表情を勝司に向けたが、勝司は気に留めず、林君の手を取り、
「 さあ帰ろう、帰ろう 」
二人は立ち上がりそれぞれの家路へ向かった。
林君が家に帰ると林君のお父さんは自分の部屋で会社から持ち帰った仕事を進めていた。
林君はすぐにお父さんの部屋の前まで行き、立ち止まった。
勝司に言われたことを思い出して、勇気を手にこめて、ぐっと握り締めて、ドアノブを回して部屋の中に入った。
林君はお父さんの背を見つめているだけで言い出しきれずその場で立ち止まったままだった。お父さんは、林君が部屋に入って来た事は気づいていたが、気にせずに仕事を続けていた。
林君は目を閉じて手をもう一度握り締めて思い切って言った。
「 お父さんごめんなさい、大切な壷を壊してしまって、本当にごめんなさい 」
林君は体中に力を入れて大声を出して謝った。
それを聞いて背を向けたままの林君のお父さんは、
「 はあー 」
ため息をこぼし、林君に話しかけた。
「 博人なぜもっと早く言わなかった、わざとした訳じゃないだろう、お母さんから聞いて、知っていたけど、お前がなかなか言ってこないし、まあ、父さんの帰りがいつも遅いのもあるけど、まあ、仕方ない、壊れたものをお前を叱ったところで元に戻るわけじゃないし、でも、博人、ちょっと見ない間に大きくなったなあ、立派になったなあ、たくましくなったなあ 」
振り返る林君のお父さんの目は皺をよせ、わが子の成長を温かく見守る優しい目をして微笑んでいた。
それを聞いた林君も心の恐怖心も消えて、お父さんが普段話をしなくても、合わなくても、ちゃんと考えてくれていたのが分り、うれしく思い、笑みを浮かべた。
勝司が帰宅して風呂から上がって、居間のソファーに座ると、
「 今日はなんか疲れたなあ、歳のせいかなー 」
大あくびをして、ゆっくりと首を左右に振りながら首筋を伸ばしていたのだが、勝司はいつもより頭と体に重い疲れを感じていた。
次の日、勝司は咲に何度も何度もゆすり起こされたが、なかなか目を覚まさなかった。
勝司が目を覚まし、目覚まし時計を見ると、
「 大変だあ、遅刻だあ! 」
勝司はベッドから飛び降り、Yシャツのボタンを止め、背広を脇ではさみ、ネクタイをしながら、家を飛びたした。
勝司が、学校の校門近くで、林君を見かけると、足を速めて、林君の側に近寄った。
「 おはよう、林、どうだった昨日は 」
林君は勝司の顔を見てニッコリとした。
「 先生の言った通りに、思い切って謝ったら、お父さんに、大きくなったなあって、言ってくれて、先生それにね、ぜんぜん怒らなかったんだよ、父さん 」
「 そうか、先生の言った通りだったか 」
勝司は少し考えた表情をしたが、気を取り直して、林君の顔を見て言った。
「 わが子を心から嫌っている親なんか居ないから、なあ 」
と話していると、チャイムは学校内だけではなく、周りの家や街に朝の始まりを響かせ、知らせるのだった。
勝司は林君の背中をトンと押して、
「 さあ授業じゃ、授業じゃ 」
元気な表情を浮かべて、勝司は職員室へ、林君は教室へと足を急がせた。

勝司は、昼休みに校舎屋上で、香奈枝と隆一に昨日の林君との出来事を、勝司は長椅子に座り、リングを見て、右手親指と人差し指で触れながら話をした。
「 私にも、どうしてあの時、林の気持ちが理解出来たのか・・・ 」
勝司は、眉間に皺を寄せ考えたが、ちゃんとした回答が見つからないまま、話を進め、
「 そして、その後、あいつの身に起きることが、何故、分ったのかが、わしにもよく分りません・・・それに、今、こうして自分のこの先のこととか考えたとしても、いつも道理で、今までの自分と何にも変わらないし・・・ 」
勝司は口を少し尖らせて考え込んだ。
香奈枝は何か思いついたような表情をし、勝司の前をゆっくりと歩きながら、推理していった。
「 高橋先生は林君のことを思って林君の肩に触れた 」
勝司は、香奈枝の口調に合わせてうなずいていた。
「 そうすると林君の心の思いを見ることが出来た、そして、今度は林君の未来を高橋先生は気にされて、もう一度林君の肩に触れた、そうすると、林君に起きる未来を見ることが出来、先生が励ました。ということは、高橋先生は、何らかのキッカケで超能力を身につけることが出来たと、言うことになりませんか 」
香奈枝の突拍子の無い言葉に勝司は、
「 超能力だなんて、そんな馬鹿な・・・ 」
勝司は信じられないという思いに包まれ、首をかしげていると、隆一が目を輝かせながら言葉をはずませて言った。
「 高橋先生が超能力、すごいですよ、すごいですよ、すごいですよ、本当に、高橋先生、僕にも何か超能力を使って見せてくださいよ、お願いしますよ 」
隆一の子供の様にハシャグ姿を目にした、勝司は困り果てた。
「 お願いしますと言われてもわし・・・ 」
「 体のどこかに力を入れたというわけでもないし、かといって、念じるといったことをしたわけでもない、わしにも使い方がよく分らないんですわ、ただ、あの時は、林の事を気に掛けたら、林の色んな事が、分ることが出来た、いつものわしが、普段道理の気持ちを生徒達に向けただけだったのに、このリングをはめてから・・・ 」
勝司は自分がまともじゃないのではという疑問をいだき始め、頭を下に向けたのだった。
「 高橋先生、僕のことを何か気に掛けてくださいよ 」
隆一が言うと
「 何か気に掛けろって、言われてもなあ 」
勝司は面倒くさそうにいった。
「 何事もやって見るべしですよ、高橋先生 」
「 すまない本当に分らないんじゃ、佐藤先生 」
「 それじゃー、いつでもいいですよ、高橋先生が僕のことを気にすることがあればいつでも、言ってください、先生の協力はいつでもしますから 」
三人はその場を離れ職員室へとむかった。
夜になり勝司は寝室のベッドの上で、枕を背にして座り、考えていた。
そこへ、咲が寝室に入り、勝司の横にすわって、勝司の両手を手にしながら、咲は勝司を励まそうとして、話しかけた。
「 勝っちゃんどうした 」
咲に聞かれて、勝司は昨日自分に起きたことを話した。
「 昨日生徒が悩んでいたので肩に手をかけたら生徒が何に悩んでいるのかが見えてな、・・・それだけじゃなくて、どうやら、その後のことも見えてな・・・、家に帰ってきたらすごく疲れてるし・・・、自分の体なんだけど、なんか今までとは違うような気がして、わしの体なのに、そうじゃないような気がしてな・・・、この先どうなるんだろうと思っててな・・・ 」
咲の目を見ることが出来ずに、力を落とす勝司は、肩を落とし、悩み、情けなく思っていた。
「 勝っちゃん、でもその子はどうだったの 」
「 何が 」
勝司は咲の意外な発言に、少し驚きの表情を見せた。
「 その子は勝っちゃんのことを気味悪く思っていたの 」
「 いいや、先生ありがとうって喜んでいたんだけど 」
「 じゃ、良いことしたんじゃないの、勝っちゃん 」
「 まあそう言ったらそうなんだけど 」
勝司が言うと、咲は勝司の手を軽く握り、優しくゆすり励ました。
「 勝っちゃんは間違ったことはしてないと思うは、悪いことをしたわけじゃないでしょ 」咲が言うと、勝司は、少し笑みをこぼし照れた。
「 でもいーい、私を残して先に死ぬなんてこと考えたら、私もすぐに後を追ってやるからね 」
「 何も死ぬなんてそんに大げさに言わなくても 」
勝司は困った顔をして言うと、
「 冗談よ、冗談、冗談、さあ寝ましょう 」
咲は布団から顔を出し、目を閉じると、勝司は少し元気を取り戻し、
「 寝るとするか 」
布団で身を覆い、咲の背中側から両手で抱きしめて眠りについた。
二人が眠りに着くと、雨が小さな音をたてて降り始め、夜を深め、町を湿らせて行った。

四月二十五日金曜日

朝の太陽は生き生きと輝き、街一面、草や木に残る雨上がりの雫が光り輝く。勝司が家を出て学校に向かう途中に、目の前に広がる町並みは昨日までの不安を打ち消してくれるほどに、眩しく太陽の輝きは、街をも光り輝かせていた。
「 よーし、今日も一日頑張るか 」
気合を入れ、勝司は、学校へ向かう足取りを速めた。
勝司のクラスの森田君が慌てて、家を飛び出し、学校へと走っていた。
しばらく行くと、いつも登校している道が通行止めになっていた。
森田君は、今、自分が居るところから、遠回りをして学校行くとすると、20分ぐらい掛かるので、通行止めになっている所を通って近道をした。通行止めを入って、すぐに、解体中らしき、工事現場の近くを森田君が、通りがかると、森田君に続き、自転車に乗った男が、勢いよく自転車こぎながら、森田君の側面を通り抜け様とした時、男が乗った自転車が石を踏みつけ、バランスを失い、森田君とぶつかった。
「 わー 」
森田君と男はその場に倒れ、森田君が持っていた、学生鞄の中身が辺りに飛び散っていた。
「 おい、君、大丈夫か 」
男が言うと、森田君は体に着いた汚れを手で叩きながら立ち上がり、
「 うん、大丈夫だけど 」
森田君が言うと、
「 すまんな、おじさん急いでいるから 」
男は慌てて自転車に乗り、素早くその場を去って行った。
しかし、森田君は先ほどのぶつかった勢いで、鞄の中身が工事現場の中に入ってしまい、仕方なく小さな金網上のフェンスの扉をあけて、工事現場の中へと入っていった。
工事現場を入ると左側には、青いビニールシートが敷き詰められていて、その周りに立ち入り禁止の標識が立てかけられていて、誰も入らないように、ロープで区画整理もしてあったにもかかわらず森田君は、ビニールシートの上に有る、自分のペンシルケースに目を向けた。森田君は、何とか手を伸ばせれば届くところにあったので取ろうとした時、森田君は支えていた左手を滑らして約3メートル下まで、ビニールのシートに包まれて落ちて行った。
学校では勝司が3年B組の教室に入り生徒たちに席につくように伝えた。
「 おはようみんな早く席につけ出席を取るからな返事をしろよ、朝から小さな声を出してたら、今日一日がつまらないからな、出来るだけ大声で返事をすること、いいな 」
「 じゃあ出席を取るぞ 」
「 青木、 はい」
「佐々木、はい」
「田中、はい 」・・・・・
生徒たちはいつも道理のだらけた返事を返していた。
「 林、はい」
「森田、・・・、」
勝司が呼んだが森田君の返事が返ってこなかった。勝司が森田の席に目を向けると、森田君は席に居なかった。
「 誰か、森田の欠席の理由、聞いてないか 」
クラスの誰からも返事が返ってこなかった。
「 森田のやつどうしたんじゃ連絡もしてこないで 」
森田の席を見ていると、
「助けて、助けて、」
助けを求める声が勝司の脳裏に駆け巡った、
勝司は、大きく目を開き教室内を見渡し、聞こえる声に気持ちを集中した。
「 この声は、 も り た く ん」
確信すると、勝司は黒板に自分の身を向け、
「 どこに居るんじゃ森田 」
勝司は目を閉じると、工事現場の映像と、森田君が狭いところから抜け出せずに苦しみもがいている姿が脳裏をかけめぐった。
勝司は生徒たちに振り返り焦る気持ちを抑えて言った。
「 一時間目はわしの授業だったんだけど、自習にするからみんな、やっててくれないか 」勝司は教室を飛び出し事務室で車を借りて、工事現場へと車を走らせた。
「 大丈夫じゃ森田、先生がきっと助けてやるからな 」
ハンドルを握った手に力が入った。
それから5分くらいで勝司がイメージとして見た工事現場の通行止めの看板の前にたどり着くと、
「 この工事現場じゃ間違いないな、よし 」
気の焦りを抑えきれず勝司は通行止めの中に入り、工事現場のフェンスの扉を開けて中へ入っていった。
「 森田、森田どこじゃ 」
「 先生ここ 」
と言う声が掘削していた穴の中から聞こえてきた。穴の中を覗くと奥の方から森田君が出られずに、もがいている姿を見つけると、
「 先生早く助けて、ここから出して 」
「 わかった、ちょっと待っとれよ 」
勝司はその穴から離れ、
「 なんかないか、なんか 」
勝司が周りを見渡すと、左壁沿いに、木の板で覆われた小屋らしきものを見つけた。勝司はすぐに駆け寄り、
「 この中に助けられる道具みたいなものは、入っていないのか 」と想った時、中にあるものが勝司には見えた。勝司は慌てていたので、小屋の中が透視見えたことを気にする間も無く、その小屋の中を見渡すと、中に2メートルぐらい長めの梯子を見つけ、
「 有った、これじゃ 」
小屋の入り口に勝司は近寄り、ドアを開けようとするのだが、小屋の扉には鍵が掛かっていた。勝司がその鍵を手にすると、
「 カッチ 」
鍵は開いた。勝司は小屋の中に入り中から梯子を持ち出して、森田君の入る穴に駆け寄って、梯子を穴の中に入れた。
「 森田、梯子を登ってこられるか 」
勝司の慌て焦る声が、穴の中に響き渡ると、
「 うん 」
と言う返事が返って来た。
森田君は穴の外へとゆっくりと登って出て来た、
「 そら手を出せ 」
勝司は自分の右手で森田君の右手をしっかりと握り締めて穴の外へ引っ張り出す事が出来た。
「 体は大丈夫か、どこか怪我でもしてないか 」
息を切らしながら会話をする勝司に、
「 肘と膝を少しすりむいただけ 」
森田君は助かったのがうれしく、目に涙を浮かべていた。勝司はそんな森田君を見ていると、笑みを見せて、
「 そうか大丈夫か、じゃー先生が学校まで送って行ってやるから、さあ車に乗れ、森田 」勝司は森田君の背中をトンと叩き、二人は工事現場を出て、車に乗り学校へと走らせた。
車の中で森田君は勝司に聞いた。
「 先生、どうして僕があそこに居ると分ったんですか? 」
勝司はハンドルを握り締めて、前を見ながら考えたのだが、簡単な言葉が見つからず、
「 先生にも、よく分らないんじゃ、出席を取っていたら、お前の声が聞こえてきてな、あの工事現場が、頭の中で見えて、慌てて来たから、わしにも、よく分らなくてな 」
「 ふーん 」
勝司と森君が話をして居ると、二人を乗せた車は学校に到着すると、  
勝司は森田君を保健室に連れて行った。
「 しばらくここで休んでいろ、落ち着いたら授業に出て来い 」
と言って勝司は保健室を去りB組に戻って行った。
勝司がB組の教室の扉を開け、教壇へと足を進めながら、
「 やあーみんなすまんな、それでは自習は終わりじゃ、授業を始めるぞ 」
勝司が教壇に立つと、一時間目終了のチャイムが鳴り、生徒達は、
「 やったー 」
と言って喜んでいたが、勝司は肩を落とし、ため息をついた。
勝司にとっては、目が舞うほどに忙しい時間を、送ったのだから。



陸上部の練習も終えて勝司と香奈枝がタイムカードを押し職員室を出ると、勝司は疲れきった体を重く引きずるような感じで歩いていたのを見て香奈枝はゆっくり歩く勝司の歩調に合わせて勝司に言った。
「 高橋先生、大変お疲れの御様子ですけど大丈夫ですか、もし先生さえよければ、明日は土曜日だし、陸上部の方は私一人で見ていますので、明日は御自宅でゆっくりとなさってください 」
香奈枝が勝司に気使うのでした。
「 そういう訳にも行きませんよ 」
「陸上部の地区大会も日迫るのもを感じますし、明日も必ずでて来ますので一緒に頑張りましょう、福石先生 」
勝司は疲れきった表情に精一杯の笑みを浮かべて、香奈枝に答えるのでした。
勝司が何とか重い体を引きずり家にたどり着き、背広を脱ぎながら咲に言った。
「 すまんが、今日はすぐに飯を食って、その後すぐ風呂に入って寝るわ 」
咲は勝司に優しい笑みを浮かべ、
「 大丈夫よ、全部用意してあるわよ、勝っちゃん 」
やさしく咲が答えると、勝司は目をこすり今にも眠ってしまいそうな顔をして言った。
「 すまんな、本当に・・・ 」
勝司は立っていることがやっとの自分に、情けなく思えただが、
「 明日、陸上部の練習に行くから、咲、すまんが、もしわしが起きて来なかったら、起こしてくれ、たのむな 」
食卓につき、無理やり口に食事を運ぶ勝司でした。



「 あなた、あなた、あなた、起きて、起きてよ、勝っちゃん 」
咲は勝司の頬を叩いた。
勝司は大あくびをしながらすがすがしい顔をして目覚めた。
「 おい咲、何が何でも叩かなくても、いいだろ 」
ベッドの上で背伸びをしながら勝司は言って、勝司は咲の顔を見ると咲きは怒っていた。
「 どうしたんじゃ、そんな泣きそうな顔をして、悪い夢でも見たんか 」
「 勝っちゃん、なに言っているのよ、人に散々心配掛けておいて 」
「 心配掛けてってどういうことなんじゃ 」
「 どうゆうことって、勝っちゃん今日、何曜日だか知ってる 」
咲はあきれ返った口調で勝司に問いただした。
「 何曜日って言われたって 」
と言いながら時計を見て勝司は答えた。
「 土曜の7時半だろう 」
自身ありげに勝司が言うと、咲があきれはてた言葉を、勝司に返した。
「 今日は日曜よ 」
「 日曜、そんなばかな 」
と言いながら勝司は目を大きくして咲を見て疑った。
「 日曜の7時半よ 」
「 日曜の7時半と言っても、わし昨日お前に陸上部の練習に行くからといって起こすように頼んだじゃないか 」
「 そうよ、頼まれたけど、昨日、勝っちゃん、私が朝から何度も何度も起こしてもぜんぜん起きないし、昼も、夜も起こしたけど起きてこなかったんだから、どれだけ心配したと思っているの 」
「 勝っちゃんは学校の生徒たちを思う気持ちは、私十分に分っているつもりだけど、その前に恵理のお父さんであり、私の夫だということを忘れないでね、お願いよ 」
咲は今にも泣きそうな表情をして、勝司に抱きより、勝司の腕の中で泣いてた。勝司は両手で咲を抱きしめた跡に右手で咲の背を叩きながら、
「 すまない、すまなかった 」
と勝司は謝ってはいるが、寝起きの爽快感と丸一日眠っていたことを聞かされて、不思議な思いに包まれる勝司でした。



四月二十八日火曜日
朝から4時間目の授業が終了するまで、勝司にも生徒達も、いつもと代わらい平凡という言葉が似合うぐらい半日が過ぎて行き勝司が教壇の自分の教科書をまとめて立ち去ろうとすると、高崎君が目を大きくしうれしそうに勝司に近づいて来て言った。
「 先生、最近の先生ってなんかすごくないですか 」
勝司は高崎の幼稚そうな質問にあきれた。
「 どこがすごいんじゃ 」
高崎は自慢ありげに言い続けた。
「 林の事といい、森田の事といい、二人から話を聞いたけど、先生は、俺らのヒーローや、スーパーマンや 」
高崎の言葉には幼い心が溢れ出ているように感じ取れたが勝司は、厄介でこまりはてていた。
それもそのはず、生徒達の身に何かが起これば、勝司の体に不思議なことが起こり、あげくの果てには、身体中に重い疲れがのしかかり、その後、爆睡してしまうという、ありさまの自分が、勝司には英雄を気取る余裕もなく、それどころかこの先に起きる自分の身を気使う思いの方が強かった。
「 高崎ちょっとでも先生のことを思ってくれるんだったら、お前はお前らしく今のままでいいから、高校生活を精一杯楽しんでくれよ、それがお前らへの、わしの思いじゃ 」
高崎の肩をトンと叩き、勝司は教室を出て職員室へと向かった。



赤色に染められていく街並、夕日もゆっくりと地平線に沈みはじめていた。
勝司は陸上部の部員を集めて、
「 今日はこれで解散 」
勝司は男子陸上部部室に自分のタオルを忘れているのを思い出し香奈枝に言った。
「 福石先生 」
「 何でしょう高橋先生 」
「 わし陸上部の部室にタオルを忘れてきたので取りに行って来ます明日は天皇誕生日で祝日で学校も休みになるので、先に職員室の方に戻っていてください 」
勝司は陸上部部室へと走っていった。
勝司は部室の中に入ると長椅子の上に置かれていたタオルを手にした時、以前と変わらない日々の自分が戻って来て、
「 やっぱり普通の暮らしがいい、この暮らしがやっぱり好きだ 」
頭をうなずかせながら自分の心の中で確信した時のことでした、
「 キャー見てあそこ 」
生徒が叫ぶ声が聞こえて勝司は、部室を飛び出し、騒ぎが起きている校舎まで走っていった。勝司が駆けつけると、校舎四階屋上のフェンスを乗り越えている生徒を見つけた。小林校長も本田教頭も生徒から聞かされ校舎の下に集まっていた。
勝司がその生徒に目を向けると、自分のクラスの佐々木君だった。佐々木君は普段からおとなしく、自分のほうからはあまり積極的に発言をするということをするような子では、なかったが、そうといってもクラスの中でもみんなに嫌われているということもなかった。
「 でもなんで、そんな佐々木がどうしてじゃ 」
と思った時、佐々木君はフェンスから手を離し、校舎の屋上から身を投げ出した。
「 キャー 」
生徒も先生達も目をふさぎ叫んだ。
勝司が佐々木君のところへすぐ掛けより、佐々木を抱きしめて言った。
「 誰か救急車じゃ、おい佐々木、佐々木、なんて馬鹿なことをするんじゃ 」
勝司の目には、涙が一杯になっていた。
「 まだまだお前の人生はいろんな楽しいことが待っているというのに、どうしてなんじゃ、おい佐々木 」
勝司の頬にいくつもの涙が流れ落ちた。
「 先生僕、家に帰っても一人だった 」
苦しそうに言い始めた佐々木君。
「 いつも夜遅くまで僕の両親は働いていて、学校に居てもみんなが楽しんでいるように、僕も楽しめなくって、ずっと寂しかった 」
佐々木君は息を引き取った。
勝司は自分のクラスにこんなに寂しがっている子が居たのに気付いてやれなかった自分に悔しかった。
「 佐々木、佐々木 ! 」
勝司の懸命な呼び声が辺り一面に響き渡り、勝司は佐々木君をもっと強く抱きしめた。
「 なぜなんじゃ、わしよりも先に死ぬという馬鹿なことしやがって、何んでじゃ、お前が死ぬぐらいだったら、わしが死んだほうがましじゃ、何とかしてくれ、この子を元に戻してくれ 」
勝司が佐々木君を抱き泣きすくんだ時、
勝司は、そよ風が吹く、校舎の屋上に居た、それも佐々木君がフェンスから手を離す前にまで、時間が戻っていた。
校舎の下から
「 キャー 」
悲鳴が聞こえ、佐々木君がフェンスから手が離れた瞬間、勝司の右手が佐々木君の手を掴んだ、
香奈枝は校舎の下から勝司が佐々木を掴むところを見えた。
勝司は少し息をき切らせた声を吐きながら、
「 馬鹿なことをするんじゃない 」
勝司は佐々木君をフェンスの内側に引き込み、二人は屋上の床に転がった。
 勝司が佐々木の顔を見ると、その目には、涙が溢れていた。
「 先生ほっといて 」
佐々木君は泣きながら言った。勝司も目に涙を浮かべながら、佐々木君を説得した。
「 ほっとけるわけがないだろう、なんで自分より若いやつが先に死んで、わしみたいな年老いたものが生きていないといけないんじゃ、どんなに寂しくても、どんなにつらくてもそれは、今だけじゃ、それに、佐々木、お前のお父さんやお母さんだって、本当はお前と楽しい時間を過ごしたいのと違うか、お前のことを心のどこかで思いながら、お父さんもお母さんも、一生懸命働いているんじゃないのか、話をする時間がないのなら手紙でも書いておけ、お前の気持ちが、お父さん、お母さんに伝わり、お父さんお母さんの気持ちがお前に伝わるだろ、馬鹿な真似をするな、自分の命を投げ出そうと思う時があれば、その気持ちを、わしにぶつけてこい、佐々木、いつでもわしはお前のそばにいる、みんなのそばにわしは居たいんじゃ、だから、佐々木、馬鹿なことは辞めて、わしと約束をしてくれ 」
「 約束? 」
「 ああ約束じゃ 」
「 わしよりも先に死のうなんて絶対にそんな馬鹿な気を起こさぬこと、それと、いつでもどんなときでもいいから話をしてこい、つまらないことでもいいから、お前や、みんなとの、いろんな話しや出来事を、聞きたいんじゃ、お前達の色んな話や出来事は、わしにとって、大切な思い出になるから、それにお前や、みんなは、わしにとって、親子みたいなもんだからな 」
勝司はそう言って佐々木君の方を( ポンと )叩くと、
「 親子 」
「 そうじゃ、なぜならな、この時代、この世界、同じ時間を歩む人間として、お前たちと一緒に生きている仲間であり、家族だとわしは思っている、だからわしは、お前たちと居たいんじゃ、居させてほしいんじゃ、これが、わしの願いであり、お前との約束じゃ、いいな、佐々木 」
勝司は立ち上がり右手を佐々木に差し伸べて、佐々木君の右手をしっかりと握り、佐々木君を引き起こし肩を組んで歩きだした。
二人の涙を流した後にこぼす笑顔は、輝いていた。
校舎の下に居た香奈枝は目を大きくし驚いた。
「 あら、さっき屋上にいたのは高橋先生では ? 」
勝司の行動に違和感を覚えた。
それもそのはず
「 部室に忘れ物があるからといって高橋先生は部室の方に走って行ったはずなのに、なぜあんな所にそれも、佐々木君のすぐそばにいたのかしら 」
香奈枝は考えてみたものの、答えをだすことが出来なかった。
勝司はすぐに帰宅し今回も食事とお風呂を早くも済ませて、重く疲れた体を引きずりベッドまで行くとそのまま布団をかぶることなくベッドに倒れこんだまま眠ってしまった。



勝司がふと、目を覚まし、
「 おはよう 」
朝の食卓に着いて新聞を手に取った。
「 咲、もしかして今日は水曜か 」
冗談半分で言うと咲はご機嫌斜めでした。
「 そうよ、今日は水曜日、昨日も一日中寝てたのよ、勝っちゃん、いい加減にしてよね、こっちが心配で逆に眠れなくなりそうだわ 」
「 いやー ははははは、昨日が祭日でよかった 」
のんきに新聞を読みながら言う勝司に咲は腹立たしい思いでいっぱいだった。
「 はははははじゃないわよ、本当にこっちの気も知らないで 」
小言をこぼす咲でした。
勝司は学校に着き、職員室の引き戸を開けて、
「 おはようございます 」
大声で挨拶した。
「 おはようございます 」
各先生方からの返事も帰ってきた。
勝司は、香奈枝と隆一が話しをしている所まで行き挨拶した。
「 おはようございます福石先生、佐藤先生 」
笑みをこぼし元気な顔をして挨拶する勝司、
「 おはようございます高橋先生 」
二人は動揺を隠しきれないまま挨拶をし、香奈枝がこの間の佐々木君の事を勝司に問いただした。
「 この間の佐々木君とのことですけど、ちょっとお聞きしてもいいですか 」
「 はあー 」
勝司は香奈枝に驚くような目をし、言い返した。
「 佐々木がどうかしましたか福石先生 」
何事もなかったように言い返す勝司、
「 先生、あの時部室に忘れ物を取りに行かれましたよね 」
「 はあーそれがどうかしましたか 」
「 どうかしましたかって 」
動揺していない勝司の態度に香奈枝は動揺した。
「 どうして校舎の屋上にいたのですか、それも佐々木君のすぐそばに 」
勝司も香奈枝に言われて少しは考えたのだが、やはり適切な言葉が見つからず、
「 うーん、わかりません 」
にこっ、と笑って軽く会釈をし、勝司は自分の席に着いた。
そんな勝司の姿をみて、香奈枝と隆一は互いを見合わせ、首をかしげるしかなかったが、
隆一は、勝司の栄光を聞かされ、席に着くと、勝司を見ながら、勝司の力を自分の目の前で、見たくて仕方がなかった。
昼休みになって隆一が校舎屋上で、長椅子に座りこみ、両腕を組み、勝司の力をどうすれば見られるのかを考えていた、
「 そうだ 」
と言って隆一は立ち上がり、歩きながら考えをまとめて言った。
「 俺が何か危険な状況に立たされれば、きっと高橋先生が駆けつけてくれるはず 」
「 そうすれば高橋先生の力が見られるぞ 」
隆一は考えた。
「 さて、そこでどんな状況を演出するかだな・・・ 」
「 佐々木と同じように校舎から飛び降りるとか 」
隆一は屋上から下を見下ろすと自分が、高所恐怖症のことを思い出し、
「やっぱりちょっと高いよな、ここから飛び降りると、痛いよなあ、きっと ・・・いやいや、もしものことを考えて、いきなりこんな過激なことはやめて、森田と同じ工事現場で何かトラブルに巻き込まれるか、だな、でもこんなことしたら、工事現場の人に迷惑掛けるし、下手をすると、学校側にも迷惑がかかも知れないし、んーどうしたらいいのかなあ、林のように高橋先生の前で落ち込んでいれば・・・、でも、今の俺に、落ち込む理由もないし、どうすればいいんだ、俺は・・・ 」
隆一は、勝司の力を見たい一身で真剣に考えるのだが、まともな考えが浮かばなかった。
「 畜生 」
全身を使って悔しがり、隆一は職員室へ戻って行った。
隆一は、職員室で勝司が現代社会の本に目を通している姿を見ると、自分の気持ちが抑えられなかった。
そこへ、香奈枝が、
「 高橋先生、私今からお茶を入れますが、先生もご一緒に飲まれますか 」
香奈枝との話を聞いて隆一が、自分の席を立って勝司達に近づいて、行った。
「 福石先生、高橋先生、そういうことなら、僕がお茶を入れますよ 」
「 でも、佐藤先生、私が誘ったのですから、やはり私がお茶をお入れしますよ 」
香奈枝の言葉を聞き入れず、隆一は、職員室の端にある小さなテーブルに向かい、ポットのお湯を急須に注ぎお盆に載せ、湯のみも三つ載せて勝司達へと向かった。
「 じゃ、これが、高橋先生で、これが、福石先生で、これが僕の分 」
と隆一は勝司から湯飲みにお茶を注ぎ始めた時、
「 熱い 」
隆一は、ワザと勝司の目の前で急須をひっくり返した。
「 わー 」
勝司と香奈枝は叫び、勝司は飛び跳ねるように自分の席を立ち上がり、勝司は運よくお茶を体に浴びることはなかった。
隆一はその場でしたことをとても恥ずかしく思い、反省も兼ねて、全力で謝った。
「 すいませんでした、本当にすいません 」
勝司は隆一を怒ることもなく、濡れた机を拭いていた。
隆一は勝司の姿を見て心から反省した。



五月二日金曜日
勝司は下校中の有田さんと陸上部部員達の後ろを歩きながら、
部活も終わって、元気に笑いながら歩く有田達の姿に見せられて、
「 若いって本当にいいなあ 」
自分の皺よる手を見ながら、歳を少し感じるのでした。
しばらくして住宅街の交差点に有田達が指しかかろうとした時、
勝司は有田さん達を見ると、勝司の脳裏にものすごい勢いで左側から右へと白い車が暴走し、有田さん達が、巻き込まれるビジョンが描かれた。
勝司はとっさに有田達に言った。
「 おーい有田こっちへ来てくれないか 」
勝司が言うと、有田達は足を止め、振り返り
「 先生、なにー 」
と言った時に、
そこへ交差点の左側から白い車が猛スピードで右側へと暴走して行った。
有田さん達は、
「 キャー 」
悲鳴を上げながら、
「 なんて、危ない車なの 」
その場で立ち止まり話していた。
勝司が有田達の所に駆けつけると、
「 お前ら、大丈夫か 」
勝司が言うと有田さんが、
「 さっき先生が引きとめてくれなかったら、私達、さっきの車に跳ねられる所だったわ、それで、先生、私達に何か用事 ? 」
勝司は戸惑いながら有田達に言った。
「 すまんさっきの騒ぎで何を言おうと思っていたのか、忘れてしまったな、有田、すまん 」と勝司が言い訳をすると、
「 いいよ、先生、先生のおかげで私達、車に跳ねられなかったから、気にしないで 」
有田達は、また楽しそうに会話を弾ませながら帰宅していった。
その後姿を立ちどまり見送る勝司は下を向き、息を吐いた。
「 はあー どうしてこう、次々と色んな事が起こるんだ 」
勝司は情けなく思い、又、自宅へと向かった。
勝司は赤い夕日を浴びながら、自分の前に広がる街を見ながら、
「 自分自身でコントロール出来ない力かあ 」
気を悩ませ歩きながら、自宅へと足を向かわせた。勝司が、家の近くまで帰って来た時、家から後五十メートルほど手前に交差点に、通りがかると、左側から自転車が勝司目掛けて突っ込んできた。
「 わー 」
勝司が叫び何とか自転車を避けると、
「 すいません 」
という隆一の声が聞こえ、勝司は驚いた表情をして、隆一を見た。
「 どうしたんですか、佐藤先生 」
隆一は勝司だということに気がつき、
「 御怪我はなかったですか 」
隆一の気遣う言葉を聞いたが、
「 怪我はしていないけど、どうしたのじゃ、こんなところで 」
勝司が言うと、
「 この近くのスーパーが安売りをしていて、買いにいったのですがもう売り切れで、夜のメニューを何にしようか考えていたところを、高橋先生とこうなってしまって、本当にすいません、高橋先生 」
「 このところ、佐藤先生もいろいろと注意したほうがいいですな、わしの家はそこなので、じゃ失礼します、 」
勝司は会釈をし、自宅へと向かった。



五月三日夜
夕日も沈み、空には幾つかの星が輝いていた。
勝司は、久しぶりに、今日一日を、家の中で、ゆっくりと、くつろぐことが出来た。
勝司は食事を済ませ、風呂から上がってくると、
「 このところ、色んーな事が毎日起きて、久しぶりにゆっくりさせてもらったなあ 」
冷蔵庫へと向かい、ビールを飲もうと冷蔵庫の中を覗くと、ビールが無かった。
「 おーい咲、ビールの買い置き無いのかー 」
と言いながら勝司は食卓の椅子に座った。
咲は、食事後の洗い物と、後片付けを、恵理としていると、咲は手を止め、勝司と向かい合い、話をした。
「 今日買い物行った時、何か忘れていると思ったら、それだー、いいわ、まだ7時過ぎだし、酒屋さんに行ってくるわ、踏切を越えたところの酒屋さんは、確か8時までやっているから行って来るわ、恵理、後は片付けるだけだから、お願いね 」
咲が言うと、勝司が、
「 でも咲、ここから、その酒屋まで行くのに10分ぐらいかかるだろう 」
咲は自分が忘れていたことを気にして、
「 でもー、すぐだから 」
「 いーいー、行かなくて、わしが行ってくるから 」
それを聞いていた恵理が、
「 お父さんも、お母さんも家に居て、その酒屋に同じクラスの菜奈美ちゃんが居るから、それに話したいことも有るし、私が行ってくるから、お金ちょうだい 」
仲のよい勝司と咲の会話を聞き、恵理が言うと、勝司は尻のポケットから二つ折りの財布を取り出し、恵理にお金を手渡した。
「 長話するんじゃないぞ 」
「 うん、わかった、じゃあ行ってくるね 」
恵理は靴を履いて家を出て行った。
それを食卓の椅子に座り目で見送る勝司は、
「 恵理も一日中友達のことばかり考えるようになったんだなあ、ちょっと前まで、紙おむつのヨチヨチ歩きだったのが、もう色んな事を考え思うようになっているからなあ、道理でこっちが歳をとるわけだ、ははははは、咲、お前も結構歳を感じるのとちがうのか、物忘れが激しくなって来たんじゃないのか 」
勝司は、冗談交じりに微笑みを浮かべ咲に言うと、
「 そんなに年寄り扱いしないでよね、勝っちゃんよりは、数年若いんだからね 」
「 歳をごまかそうとするところが、もう歳だと言うことなんじゃないのか 」
「 もう勝っちゃんの意地悪 」
咲は、歳甲斐も無く可愛く口を尖らせた。
「 まあそう言うなよ、ははははは 」
そう勝司たちが話しているうちに20分ぐらいが過ぎ、恵理が友達の菜奈美ちゃんと話を済ませて、お金を払いお店を出ると、すぐ近くの踏切の警報音が鳴り始め、恵理が遮断機の手前で止まって待っていた。
ゆっくりと遮断機が降り始めた時、一人の黒っぽい背広を着たサラリーマン風の男が酔っ払って恵理に勢い酔いよくぶつかった。
恵理と手に持っていた袋の中のビールが踏み切りの中に転がり落ちて恵理は、
「 お父さんのビールが 」
と思った時、
勝司は恵理の気配を感じ取り、異様な不安感に包まれ、咲との会話の途中ではあったが、その不安感に気持ちに集中した。
恵理は手を伸ばし転がったビールを拾い踏み切りの外に出ようとした時に、線路に足元を奪われて、恵理は足を挫いてしまい倒れた。
電車はヘッドライトを光らせて、だんだんと恵理に迫り、恵理は、踏み切りの外へ出ようと立ち上がるが、うまく立てなかった。
「 痛い 」
恵理が言った瞬間、
勝司の脳裏にも恵理の声が届いた時、
食卓に座っていた勝司の姿が、咲の目の前から、突然消えた。
「 あなた、あなた、勝っちゃん、あれ、どこに消えちゃったのかしら 」
咲は自分の居る食卓から周りを見渡しても、勝司の姿が見当たらず、キョトンとして食卓の椅子にすわりこんでしまった。
そして消えた勝司は、恵理のそばに居た。
家では、突然居なくなった勝司のことを心配し、咲にも異様な胸騒ぎを感じ思い、食卓のテーブルの上で、勝司の無事を、手を合わせ祈った。
「 恵理、大丈夫か、父さんにつかまれ 」
と言っている内に電車のライトが二人を襲いかかった。
勝司はすかさず恵理の左手を肩に回し、立とうとした時、電車のヘッドライトを見て、
「 駄目だ、もう間に合わん、すまない咲 」
と思い二人は強く抱き合い、目を閉じうずくまった。
すると、二人は先ほどの緊迫した雰囲気から、静かな雰囲気へと変わっているのに気がつき、ゆっくりと目を開けると、二人は食卓のテーブルの脇でしゃがんでいた。
勝司と恵理はゆっくりと立ち上がると、
「 やったあ、お父さん、助かったんだ 」
「 おー、やった、やった、わしら助かったんじゃ 」
勝司と恵理は抱き合い大はしゃぎ、家に居た咲は、何がなんだかわからず、ただ呆然と、はしゃいでいる二人を見ていた時、恵理はまた、足の痛みを感じた。
「 痛い 」
恵理はうまく歩くことが出来ずに、勝司の腕手に掴まって、勝司は痛がる恵理の足を見ることにした。
「 ここに座って足を見せてみなさい 」
勝司は言って食卓の椅子を恵理に座り易いように向け、恵理を座らせて、靴下を脱がせ足を見ると、足首の辺が少し赤くなっていた。
勝司は、恵理の足首をゆっくりと動かしながら、
「 どうだ、まだ痛むのか 」
「 うん ちょっとまだ痛むけど 」
恵理が言うと、勝司は恵理の足首の赤みを指すところを、手で覆い、軽くなぜながら、足首の状態を診ていると、恵理の足首の赤い部分が少しずつ、元の色に戻っていくのでした。
恵理も、だんだんと足の痛みを感じなくなって来て、痛がる顔も、苦痛な表情から、いつものスマイルへと変わって行った。
しばらくして、気も落ち着き、三人はテーブルを挟み、恵理が、先ほどの出来事を、咲きに話した。
「 ビールを買って踏み切りの前で待っていたら、酔っ払った男の人にぶつかって、私が踏み切りの中に入ってしまって、そこから出ようとしたら、足を挫いてしまってね、焦っていたら、お父さんが私のそばに居て、そこへ電車にはねられそうになって、もう駄目って思った時、家にいたって言うわけなのよねえーお父さん 」
恵理は驚きと、うれしそうな顔をしながら、勝司に缶ビールを手渡した。
勝司は恵理の話を、ただうなずいて聞いていて、缶ビールのリップを開けると、
「 プッシュー 」
ビールの泡が勢いよく吹き出して、勝司の顔と着ていたトレーナーにかかった。
「 あっ、お父さん、ごめん、そのビール、さっき私が落としたやつやわ 」
恵理は、収納タンスに駆け寄り、引き戸の中から、タオルを持って来て、勝司に手渡した。
勝司は、顔とトレーナーにかかったビールを拭き、一人、惨めな思いを心に抱いていた。
咲と恵理はそんな勝司の姿を見て、顔を見合わせ微笑んでいた。



五月五日
勝司は大きな力を使った次の日はいつもの様に、丸一日、暴睡して、こどもの日の朝を迎えるのでした。
「あーあー 」
勝司は両手を上に伸ばし、大あくびをして、すがすがしく目覚め、ベッドから起き上がり、リビング横にある居間の方へと歩いて行き、居間のソファーに腰を下ろすと、久しぶりの休日を咲達と一日ゆっくりと、楽しみたいという思いに包まれ、咲が朝食の用意をしている姿を眺めながら、勝司は優しい表情をし近づいて、今日一日の楽しみ方を考えていると、しばらくして、咲が勝司の視線に気が付くと、
「 なーにー勝っちゃん 」
「 ん、いやな、このところ、休みのたびに、わしは眠ったままで、家の事は咲、お前にまかせっきりで本当にすまんな、お詫びといっては何だけど、久しぶりに、今日一日、恵理と一緒に、何処かへ出かけてみないか 」
「 お詫びって言われても・・・ 」
「 咲、わしは、お前と恵理と今日一日、一緒に居たいんじゃ 」
勝司の優しい気持ちを、咲はそう聞かされると、少し考えて、勝司に言った。
「 勝っちゃん、じゃー、今日のお昼は、外で食べましょうよ、駅の近くに新しいパスタ屋さんが出来たの、誰かと一度言ってみたくてー 」
「 咲、誰かって、誰とじゃー、お前わしが居ない時に、まさか・・・ だめだぞー、わしが世の中で愛しているのは、恵理と咲、お前だけなんじゃー 」
「 勝っちゃんよく言うわよねー 」
「 何がじゃ 」
「 いつも学校から帰って来たら、あなたはクラスの子供達の事を考えて、あの子には、あーしたほうが良いのかなー、この子には、こうしたほうがいいのかなーって言っているじゃないの、それに、もっとひどくなれば、他校の生徒さんまでも、世話していたこと有ったじゃないのよ 」
「 他校の生徒までもか? 」
「 そうよ、いつだったか、あなたと二人で駅前の信号で待っている時に、ジョギングをしている男子高生を見て、走り方のホームがこうだの、どうだのって、話してたじゃないのよ 」
「 そういうことも有ったかもしれないなー 」
「 結局、勝っちゃんは、なんだかんだと言っても、私達よりも、学校の子供達のほうがいいのよー 」
「 なんだよー咲ー、そういう言い方をしなくても、でも、焼いてるのかー 」
「 話をそらさないで 」
「 すまん、すまん、学校の子供達の事を考えると、ついほっとけなくてなー、お前達には本当に悪いとおもっていても、つい・・・ 」
「 つい何よー・・・、ほらね、結局、世界で誰よりもって言っている割には、私達だけじゃなくて、勝っちゃんは、みんなのことが好きなのよ、愛しているのよ 」
「 そう面と向かって言わなくても 」
勝司は、咲の言葉に返す言葉もなくなり、困り果てた。
「 でも私、そんな優しい勝っちゃんが好きで、一緒になったんだもの、時々寂しく成るけど、学校が終われば、私達の所に、この家に必ず帰ってきてくれる、私それでもいいの 」
「 咲、そんな惨めなことを言わなくても 」
「 私は周りにどう思われても、勝っちゃんの奥さんだし 」
咲は勝司の手を取り、
「 それに、勝っちゃんのやっていることに、いちいち気にかけていたら体がいくつあっても持たないし、それにね、今こうして、一緒になんて居ないと思うし、あなたの事を信じて、いつも真っ直ぐに生徒さん達とまじめに向き合っている勝っちゃんの姿を見せられると、私も何かお手伝いが出来ないかなとか、逆に元気をもらったりする時もあるのよ、そういう時、あー勝っちゃんの奥さんでよかったって気がするの、大変だけど、私は、勝っちゃんの奥さんで良かったなって思うことが出来るから、いいのよ気にしなくて 」
勝司は、咲の本心を聞かされると、涙で潤む思いに包まれ、心の中で咲に感謝をしながら、咲に言った。
「 咲、すまない本当に、お前がそれほどに、わしのことを思っていてくれていたのに、わし・・・、お前の気持ちを、初めて、気がつかされたような気がする、本当にすまなかった 」
勝司の細めた目には涙が浮かび、勝司は自分の今の思いを伝えようと、咲の肩に両手を添えて、咲の唇に勝司の唇がだんだん近づいて行く、その時、恵理が二階の自分の部屋から元気よく降りて来て、居間に入って来た。
「 やだー、お父さんも、お母さんも朝から何をしてるのよ 」
勝司はとっさに下手な言い訳をした。
「 目が覚めてから、目が痛くて、何かゴミでも入っていないのか、お母さんに見てもらっていたんじゃ 」
半信半疑で聞いていた恵理は、
「 ふーん、キスでもしているように見えたのに・・・ 」
「 キスなんか・・してない・・、もしするとしたら、夜・・・・ 」
恵理はすかさず突っ込んだ。
「 夜? 」
「 まあまあ、そんなことはどうでもいから、さっき、お母さんと話をしていたんだけど、何処かへ行こうという話になったんだけど・・・ 」
勝司は立ち上がり、恵理に近づくと、恵理も以前から行きたいところが有ったみたいで、目を大きくして、落ち着かない気持ちを抑えられずに、勝司に気持ちを打ち明けた。
「 どこへ行くの、何処かへ行くとしたら、お昼、外で食べない、駅の近くにパスタ屋さんがあるの、一度行ってみたくって 」
「 お前もパスタか、じゃー決まりじゃ 」
「 やったー 」
恵理は、大喜びしたが、
「 でも、お父さん? 」
「 何じゃ? 」
「 目のゴミ取れたの? 」
「 何んでじゃ 」
「 さっき、目にゴミが入っててお母さんに診てもらっていたんじゃないの、話し違ってない? 」
「 まあまあ、そう言うなー、さあー出かける準備じゃ 」
勝司は立ち上がりクローゼットの方に、弁解しながら逃げていく勝司の姿を見て、咲は微笑ましく思うのでした。



三人は町に繰り出して、大きな交差点の歩道で待っていると
黒澤学園の制服を着た男子がガムをかみながら、勝司たちを見て、小ばかにするかのように笑っていた。
勝司は、さっきの約束を思い出して、その子達に注意をすることはやめ、歯がゆい気持ちをこらえながら、駅の方へと足を速めた。

街のゲームセンタでは、我を忘れて、ゲームに夢中になる、先ほどの黒澤学園三年の生徒達三人がいた。
その内の一人が、レーシングゲームをプレイしている安藤零次が、仲間の加藤雄(かとうゆう)と舞啓(まい けい)に、
「 おーい雄、啓、そのゲーム終わったら、ちょっとこっちへ来てこのゲームやってみないかー、すっげー、おもしれーぜ、こっちに来て次ぎやってみなよ 」
雄は、
「 おう、分かった、でもよ、こっちも今良いとこなんだぜ、なあー啓 」
雄も言うと啓は、
「 俺ももうすぐ終わるからよーちょっと待っててくれよなー零次 」
啓が答えると、零次は、
「 もうすぐ俺が終わるからよー、誰かにこの場所先越されちまうじゃねーかよー 」
零次が笑いながら言うと、加藤が、
「 先を越された時は、零次、決まってるじゃねーかよー 」
その言葉の後に続いて、啓は、
「 そいつが、俺達のゲームに成ってくれるから、いいじゃないかよー 」
今度は零次がその言葉の後に続いて、
「 これぞ一席二丁(一石二鳥)ってかー 」
加藤は、
「 よっ、さすが零次うまいねー 」
その後、零次達は、大笑いしていた。
しばらく三人でゲームを楽しんでいると雄が
「 さっき大通りの交差点のところでよう、緑ヶ丘高のセンコウが居たんじゃなかったかー 」
「 そういえば、そうそう いたいた なんてったっケー えっと・・・・」
啓も一緒になって考えていると、零次が、
「 高橋っていう奴じゃなかったっケー 」
「 そうだ、緑ヶ丘高って言えば、中学の時に、俺達とよくつるんだ海崎と留畑が入るところじゃなかったかー 」
啓が嬉しそうな表情をこぼしてい言った。
「 懐かしいなー、あいつら今何やってんだー、見に行ってみないか・・・・」
「今度、会いにいってみようぜ 」
と零次が言うと、
「今は、この面クリヤーしようぜ 」
三人はゲームに集中した。



五月八日金曜日夕方

勝司は、陸上部の生徒達とは別に一人で校庭を走り終えると、

「 高橋先生、本当に走るのがお好きなんですね。 」

香奈枝が言うと勝司が、

「 ええ好きです、走るのは、・・・

わしは、大学を卒業するまで、

夏休みが来るたびに、岡山の叔父と叔母を訪ねて、

緑も多く、空気が澄み切った道を走るのが好きでした。

本当に生きているって感じがするんですよ。

気が付けば、全国三位という記録もあったのですが、・・・

でも、いいもんですよ走るっていうのは、・・・ 」

陸上部員達がグラウンドを走る姿を見つめながら、
目を細め、笑みをこぼし、また、語り続けた。

「 陸上競技の中でも、マラソンと言うのは、

自分自身との戦いだとわしは思っています。

毎日、自分の記録に挑戦し続けて、

何度も何度も、挫折感を味わって、

何度も何度も、達成感を味わえる。

同じ道を行く仲間と励まし合ったりもします。

自分の目標に向かって達成できなかった時、

悔しくて流す涙・・・、
達成できて、
うれしくて流す涙・・・、

マラソンは私にとって、

人が生きていく為に、必要な気持ちを身に付けさせてくれました。

たぶんマラソンだけではないとは思いますが、

どのスポーツ競技においても言えるのではないでしょうか。

スポーツ競技には必ず記録と言うものがあります。

でも記録にばかりとらわれて、前に進めなくなってしまう時もあると思います・・・。

確かに記録は大事だと思います・・・。

しかし、記録に向かって、目標に向かっても、たどり着けない者も中にも居ます。

残念なことに、

でも、頑張るからこそ、頑張ったからこそ、昨日の自分より誰もがたくましく成長してい 

けるんじゃないでしょうか

人間一人一人が、自分自身と戦うことが出来、

一つ一つの困難な壁を、乗り越えて行くことが出来、

そういう気持ちを身に付けることが出来ると思います。

何か一つ行動を起こせば、

必ず、歩んだ分だけ、

( 人は成長するということを伝えてやりたいんです)

自分だけじゃなく、周りの仲間達も一緒に、成長して行くということを・・・、

自分自身との戦いだということを、わしは子供達にも伝えてやりたい・・・、

口で言うほど簡単なことじゃないですが・・・、

わしからすれば周りの生徒達全員が我が子のように思えるんですよ福石先生。

人生の先輩として、

限界に挑戦し続け、限界を超え続けて行けるような子供達に、

わしはしてやりたいんですよ 」

勝司は笑みをこぼし、グランドを走っている陸上部員達を見ていた。

「 高橋先生 」

と口ずさむ香奈枝は、
勝司の生徒達を見ている姿に、
人のたくましさというものを感じ、
微笑ましく思うのでした。

赤い夕日が校庭を駆けている生徒達や、勝司達を優しく輝やかせていた。

そのころ、隣街の桐ヶ丘にも、
赤い夕日の光が、ビルの谷間に流れ込んでいた。
街に住む人達も夕日につられたかのか・・・
あちらこちらでジョギングする姿が見られた。
黒澤学園の学生達の下校時間も過ぎ、
零次達も帰宅しながら三人で話をしていた。


「最近この辺、やたらと走っているジジババ多くないか、」零次が言うと雄が

「でも健康に良いって言うことだぜ」
零次はすかさず

「じゃあお前も健康のために走るか」

「俺はこれ以上健康になったらヤバイだろう」

「それもそうだ。」楽しそうに啓も言って、

「ははははは・・・」三人は笑っていて雄が、

「そう言えば、ジョギングって言えばこの間、

隣街の緑ヶ丘高の先コウいたろ」

「いたいた」

「シンキクサイ、先コウだったな」

「そうそう、でも緑ヶ丘高に海崎がいるんだろう」

「なつかしいなー」

「でもよ、海崎のやつが、あんなシンキクサイ先コウに

教えてもらうって考えるだけで可哀相だよなー」

「なあなあ、今からちょっと海崎に会いに行ってみないか、

「長いことあってないなー」

「どういう風に変わってるか、知りたくないか」

「よーし、じゃあさー

今から海崎んちいってみようぜ」

「サンセイー」

零次達は海崎の家へと向かった。
しばらくして、三人が駅近くを指しかかると、
部活を終えた、帰宅中の勝司とでくわした。

「君達はこの間の、・・・

お前達は、いつもこの辺をふらふらしているのか」勝司が言うと、零次が、

「うるせんだよ先コウ、ふらふらって何だよ、」

「俺ももう50近くになるがお前たちはまだ十代だろ、

いろんな可能性があるときじゃないか。

何をしていいのかわからないようなら、

わしがいる、緑ヶ丘高に来てみないか」勝司が言うと啓が、

「この先コウ馬鹿じゃないか、

他校の生徒がよその学校に入れるなんてこと出来るわけないだろう」

そう話をしていると、
勝司の目の前を偶然に緑ヶ丘高の部活を終えて帰宅する子供達

「あそこに、体操服を着たのが、歩いているだろう。

あの体操服を着たうちの陸上部のやつらと一緒に走ってみないか

わしは陸上部の顧問をしている高橋と言うもんじゃ。

いつでも来いよ」

「うるせーんだよ、一人でべらべらとよ」

「まあそういわずに、黒澤学園との合同練習と言うことでもいいからさ、

今の自分がはっきりしないのなら、

それを探しに、わしのところへ来ないか、

わしと一緒に走って、

お前らの、見つけたいもん、一緒に探してみないか」

「なんだ、こいつ、一人でなに盛り上がってんだよ」

零次は
「啓、雄、こんなやつほっといていくぞ」

零次達は、勝司の側をはなれしばらく歩いた。

「零次―、俺今ので海崎のところへ行く気なくした・・・」

啓が言った後雄も、
「俺も・・・」

零次は、
「それよりも、このないだのゲームセンタへいかないか。

新しいモンハンのゲームが入ったって、誰かが言ってたし、

今の俺、なんかモンハンやりたいって気分だし、

みんなで一緒に行かないか、」

啓がポケットから財布を取り出し中を見て言った。

「えー、俺もちあわせそんなにないし、」残念そうにしている啓に雄が、

「モンハンのゲームだけしたら、後でみんなでバイクを転がさないか」

零次も、

「そうだな、俺も何んか海崎に会いたい気分も失せたし、

そんじゃ、みんなでゲーセン行って、後でバイクを転がすとするか」

「おうー」

零次達は右手を元気に上げ、緑ヶ丘駅のほうへと足を向かわせた。


夜・・・

有田さんはジョギング練習のために家を出た。
緑ヶ丘公園に入るところを、
一人を後ろに乗せた二台のバイクの男達が有田さんを見つけ、

「おい、あれ緑ヶ丘高の体操服じゃないのか」

「今走っているって事は、陸上部かなー」

「よし、少しからかってやるか」

そう言って、二台のバイクは有田さんの背後に迫った。
有田さんが後ろを振り返ったとき、
バイクを運転している男と目が合うと、
バイクの男は、有田さん目掛けて突っ込んできた。
有田さんは、力の限り公園を逃げ回っていたのだが、
五歳くらいの女の子が居る一組の家族に近づいた時、
五歳くらいの女の子は、バイクが走って来ていることにも気が付かずに、

「 パパ、ママ、綺麗なお花が咲いてるよ 」

逃げ惑う有田さんの目の前で、女の子は、しゃがんで花を触れようとした時、

「 危ない 」

有田さんは少女を手で跳ね避けたが、有田さんは逃げ遅れて、

「 う! 」バイクに撥ねられてしまった。

「 えーん、えーん、えーん、パパ、ママ、和美怖かったよ 」子供の父親が、有田さんを抱きかかえて、

「 おい君、大丈夫か、しっかりしろ、おい!幸子、救急車だ、電話だ、電話しろ 」

子供の母親は、慌ててバッグから携帯を取り出し、

「 もしもし、119番ですか、救急車をお願いします、えっ!場所!場所は緑ヶ丘公園

の・・・ 」

周りのざわめきが、有田さんの意識をだんだんと、遠のいていった。
その頃、勝司は書斎部屋で、次の駅伝大会の出場メンバーを選出している途中だった。

「 男子Aグループの一区は、気力面や持久力の面などでは、水巻だな、最近のタイムから

して・・・水巻で間違いないだろう。えーっと次の二区は、・・・」

勝司は選抜するメンバーを、メンバー表に記入していると、
勝司の家に一本の電話の呼び出し音が鳴り響いた。
しばらくすると、慌てて咲が書斎部屋のドアをノックもせずに入ってきた。
「 あなた、あなた! 勝っちゃん大変よ、大変 」

「 大変、大変って、いったいどうしたんじゃ、ノックもなしで 」

「 どうしたんじゃないわよ 」

「 勝っちゃんのクラスの有田さんがバイクに跳ねられたって 」勝司は目を大きく見ひらき驚いた。

「 撥ねられたって、いつじゃ 」

「 一時間半ぐらい前だって、今、有田さんのお母さんが病院から電話をしてくださったの 」

そう聞くと、勝司は電話口まで駆け寄り、

「 もしもし、担任の高橋ですが、お母さんでいらっしゃいますか、それで、有田は、恭子

さんの様態はどうですか 」

電話から聞こえる有田さんのお母さんの声には、動揺と悲しみを感じさせるほどに、聞き取りづらかった。
勝司も思わず、

「 今から、私もそちらに向かいます、それで、どちらの病院に行けば・・・ 」

勝司の表情にも不安感が広がり、有田さんのお母さんの受け答えをしながら、

「 はい・・・、はい・・・、緑ヶ丘病院!・・・はい・・・、では直ぐに私もそちらに伺いますので 」

勝司が受話器を置くと、

「 じゃー咲、わしちょっと病院まで行ってくるから 」

勝司は、スカイブルー色のジャージ上下を着たまま、家を飛び出し、病院へと走っていった。

「 有田、無事で居てくれよ、頼む、無事で・・」

勝司は全力で走りながら、心の中で願った。
勝司が病院にたどり着くと手術中のランプがちょうど消え、手術から院長先生と一緒に有田さんが出て来て、院長は勝司と有田さんご夫婦の目の前で立ち止まり、マスクをはずし、

「 ご家族の方ですか 」

勝司達は、落ち着かない気持ちをこらえながら、

「 はい 」

と言った後に、有田さんの父親はすかさず、

「 先生、娘は、娘は大丈夫ですか 」

院長は深刻そうな顔をして、

「 詳しい説明は・・、診察室の方で・・ 」

院長は、重苦しい気配を背中に漂わせながら、勝司達の前を去って行った。
 勝司は、有田さんご夫妻に、自分も同行出来る様に願い出た。

「 わしも一緒させてもらっても良いですか? 」

力のない声で有田の父親は、

「 えーどうぞ、では、高橋先生も一緒に・・・ 」

勝司は診察室の中で、両膝を付き、大きなため息を吐いた。

「 あーなんてことだ、
先生、何とかなりませんか、
あの子には、有田には、オリンピックに出るという夢があるんです。
いや夢とかじゃなくて、あの子ならオリンピックに出て優勝できるほどの実力があるんです。
先生何とか、何とか、お願いします・・・ 」

勝司は膝まずいて頼んだが、

「 残念ですが、
こちらもやるだけのことはやったのですが、

腰骨の一部が折れて神経を圧迫していて、

何とか元の状態に戻そうとは試みたのですが、残念ながら・・・、

他の神経も傷つけてしまいそうな場所にあるために、こちらとしても・・・・、

残念です 」

勝司も医師の先生から、そう宣告されると、

「 そんなー 」

勝司は身体中の力が抜けたように、落ち込んでしまった。
有田さんのお母さんは涙ぐみながら、勝司の肩に手をかけて、

「 先生、ありがとうございます、

どうか今日のところはお帰りください。

娘はしばらくの間、入院させますので、

どうか学校の方はよろしくお願いします 」

悲しみをこらえた小声の有田さんのお母さん、
勝司は小さく頷き、診察室を出て、病院を後にした。
勝司はしばらくして、自宅へと戻り玄関のドアを閉め、靴を脱いでいると、咲は玄関まで出て来て、

「 勝っちゃん、ねーえ、勝っちゃんてば 」

咲は、有田さんの容態があまりよくないことを、勝司の元気のないしぐさで悟った。
咲は、少しでも勝司の気持ちを察しようとして、勝司に言った。

「 勝っちゃん、明日・・・私ね、病院に行こうと思うの、そこで、有田さんの好きなもの、

何か分る勝っちゃん 」

勝司は頭を少し下げたまま、元気のない声で、

「 そうか、そうしてくれるのはうれしいが、わしが明日・・・学校が終わって・・・、

病院にいくから、咲、すまんが、今日は・・もう先に・・寝るよ・・・ 」

勝司はため息を何度か吐きながら、寝室へと向かい、
寝室に入るとジャージを着たままベッドに横たわり、
あまりにもの突然の出来事に、よく眠れぬまま、
次の日の朝を迎えるのだった。
その日勝司は、陸上部の部活を香奈枝と隆一に任せて、
有田さんの様子を見に、病院へと向かった。

病院へと向かう途中の街並みは、いつもと変わらない。

人ごみやざわめき、それに車の流れが、

平凡に流れている。

勝司の背中から、重苦しい雰囲気が漂っていた。

その頃、有田さんの病室でお母さんが、
朝から食事を取らない、有田さんの為に、
ベッドの横で林檎の皮を剥いていた。
勝司は、その日の授業を終えて、有田さんの病室の前に着き、
励ます言葉が見つからず、病室の前で、考えていると、
病室の中で有田さんを元気付けようと励ますお母さんの声が聞こえた。

「 さあ、恭子、朝から何も食べないんじゃだめでしょ、

あなたの為に林檎の皮を剥いたから、これを食べて 」

お母さんが差し出すと、有田さんは手ではらい除けた。

「 ガシャン! 」

食器が床に落ちて壊れる音が病室の外に居る勝司まで聞こえた。
勝司は心を決めて、ノックをして、病室の中に入ろうとすると、有田さんが

「 何んで私の足、動かないのよ、何んで、教えてよ 」

「 病院の先生はしばらく時間が懸かるけど、直るから安静にしてて、と言っていたわよ 」

お母さんが励ましの言葉を掛けられても、有田さんの気持ちは、おさまることなく、

「 お父さんも、お母さんも出て行って 」

「 やめなさい、恭子 」

有田さんの取乱した声と、お母さんの悲しい声を聞かされた勝司は、
病室のドアを開けることが出来ず、
ドアの前で、入る様子を伺っていた。

「 私のことなんかほっといて、

皆出て行って、お願いだから出て行ってよ 」

有田さんは、両手を使って布団を引っ張り、頭までかくした。
娘の哀れな姿を見るお母さんは、
涙をこらえながら、病室を出ると、
勝司の存在にも気づかずに、
口元を手で押さえながら、去って行った。
有田さんのお父さんが、
勝司とすれ違いざまに、
軽く会釈をして、奥さんを追いかけていった。
病室のドアは開けっぱなしだった。
勝司は有田さん夫妻の惨めな姿を、見ていることしか出来ずに、突っ立っていた。
勝司は、病室に足を踏み入れ、ベッドの布団の中にもぐっている、有田さんに目を向け、ゆっくりと歩いて行った。

「有田、わしじゃ、高橋じゃ、」有田さんは勝司の声を聞いても、

「高橋先生も帰って、今は誰にも会いたくない、」勝司は何とか心を開いてもらおうと、

「有田そう言わずにわしの話を聞いてくれ・・・」

「誰の話しも聞きたくないって言ってるのに・・」

有田さんはそう言って、布団の中から出ずに一人泣いていた。
勝司は仕方なく、

「また明日来るから」

と言い残してその場を立ち去った。
勝司はその足で自宅まで帰り、
ソファーの上にカバンと背広を脱ぎ捨てて、
ソファーに座り込んだ。
咲は、いつもにない勝司の元気のない姿にやさしく声をかけた。

「あなたらしくないわねーいつもの勝っちゃんはどこへ行ったの」

勝司は首をかしげながら有田さんのことを伝えた。

「そういうことだったのー、今はそっとしといてあげて、明日といわずに、しばらくそっ

としてあげるほうがいいわよ」

「じゃがなー、わし有田に明日行くからといって病院を出てきたし・・・」

「でも、明日行ったところで、今日と同じことになるだけよ勝っちゃん、女の子はね男の

子と違ってそんなに強くないんだから」

勝司は今回だけは咲が言っている言葉を素直に受け入れることにした。

「わかった、お前の言う通り、しばらく様子を見るよ」

勝司は立ち上がって服を着替えに寝室へと向かっていった。



次の日
職員室の中で、勝司が次の授業の準備をしていると、隆一が、海崎君のことで話しかけてきた。

「 高橋先生 」

「 何でしょう、佐藤先生 」

「 実は海崎が、このごろ、部活をさぼりぎみなのですが 」

「 海崎がですか 」

勝司は、隆一に、軽い驚いた表情をして答え、

「 はい、海崎は自分よりも、高橋先生のことをかなり、慕っているみたいで・・・、

私が指導しても、聞き入れてもらえないことが多くて 」

勝司は、口をとがらせ、少し悩ましい表情をし、

「 はあ、そうですか、本人と後で話してみます 」

勝司は少し笑みを浮かべ、次の授業に向けて、職員室を後にした。
その日の夕方、勝司は、隆一と香奈枝に部活を任せて、課業が終了するのを待ち、海崎の後を追いかけることにした。
海崎は一人家の近くの河原の丘を歩いているところを勝司は見つけると、海崎に近づいて行って、

「 よう、海崎、わしと一緒にかえらんか 」

海崎は勝司が自分に部活のことで会いに来たことは分っていたので足を止め、勝司の来るのを待った。

「 いいよ、先生 」

「 お前、最近、練習出たり、出なかったりだと聞いているけど、どうした 」

勝司達は河原の丘の上を歩きながら話を進めた。
「 陸上部をやめようかと思って 」

海崎は単刀直入に答えると、
「 面白くないのか 」

勝司も、単刀直入に言った。
そうすると、海崎は、少し笑みを浮かべて、勝司に話し出した。

「 先生、俺、中学の時に、陸上部じゃなくて、野球部に入ってたんだ、でも、打っても、

守っても、力が入りすぎっていうか、周りに居る奴らはだんだん俺から離れて行って、

チームの皆に逆に馬鹿にされたりして・・・、

頑張りだけで野球を続けていたんだけど・・・、

その内にだんだんと、やる気もなくなってきて、

部活を出なくなって、野球部も辞めて、

自分がどう生きていいのか分からなくなって、人と喧嘩するようになって、

沢山の人をいじめるようになって、傷つけもしてきた、

でも、人を傷つけた分、自分が傷ついて、人を殴った分、

自分の胸の中が何倍にも痛む気がしたんだ。

なんか、自分を殴っているような気がして、そんな自分がいやになったんだ。

そして、高校受験で、どの学校にするか考えていた時、うちの親が緑が丘高の、( 迷っ

た時は、自分の限界に挑戦しろ、と言う )陸上部に高橋先生が居るというのを聞いて、

先生に会ってみたくて、一生懸命勉強して、緑ヶ丘高に入って陸上部に入部したんだけ

ど・・・ 」

「 したんだけど何じゃ 」

「 先生、何で、今年から、男子女子陸上部の副顧問なんですか、やっと今年、レギュラー

になって、先生と一緒に今の自分をもっと延ばそうと思ったのにー、先生に観てもらっ

ているだけで今の自分が、どんどん何でもやって行けそうな気持ちになれたのに 」

海崎は少し悔しげに言った

勝司は、微笑みながら、海崎の肩を叩き、
「 まあ、そう言うな海崎、心配するな、お前ら男子のことは、佐藤先生からちゃんと聞い

ているから 」

「 えー、いやだつーの、あんな新米 」

二人は立ち止まり、流れる川を見つめながら河原の端に座り、話を進めた。

「 まあ、まあ、そう言わずに、俺じゃなくても、佐藤先生でも、陸上部の先生は先生じゃ、

それにな海崎、わしが去年までの二年間、お前達男子を見ていたから、お前達が強くな

れたんじゃなくて、お前達が、いや、お前自身が、頑張ったからこそ、今のお前さんが

居るんじゃないのか、お前達の人生はお前達の物だから、その一度しかない人生を、思

い切り、生きてほしいからわしは、お前達を見ているだけなんじゃ、凄いのはわしじゃ

なくて、海崎、お前自身なんじゃ 」

「 先生 」
海崎は、目を大きく開き勝司をみると、勝司は、目の前に広がる夕日を浴びた川の流れを見ていた。

「 佐藤先生は、わしの若い時そっくりなんじゃ、お前達とならきっと、うまくやっていけ

る、何事もネガティブに思うことよりも、ポジティブで歩めば、未来は色んな可能性を

見せてくれるはずじゃ、お前達の年頃は、頑張りひとつ、やる気ひとつで、未来が色ん

な風に変わっていくもんじゃ 」

「 未来が色んな風に変わるってそんな事かんたんに言われても 」

「 だから、お前達は、一つ一つのことがとても、大きく見えて、大事に思うことが、毎日

あるのじゃないのか 」

勝司の自身ありげな言葉を聞かされると、
「 んー、やっぱり先生は凄いよ 」

「 わしがか? 」

「 うん!なんて言うか・・・、こうやって話をしていると、先生には悪いんだけど、友達

のような気持ちになって、色んな事を話できるし、毎日毎日、グラウンドを走っている

とさ、時間に流されてるっていうか、なんか面白くなくなって、諦め掛けたりすると、必ず、先生は・・・ 」

「 わしが、何かしたか 」

「 先生はいつも、後100メートル走って、休もう、もう後100メートルまで走って、

水を一緒に飲もうとか言って、そうやって少しでも、僕達のことを引っ張ってくれたよ

な 」

「 そんなこともあったなー でもな海崎、お前が頑張ったから、お前の手となり足となり、

体になっているんじゃないのか 」

「 そうだけど 」

「 わしは、お前達一人一人に教えることではなくて、お前達自身の体で、学んで欲しいこ

とが一つだけあるんじゃ 」海崎は不思議そうな顔をして勝司を見た。

「 先生、何、その一つだけって 」

「 勉強と今を何とか生きることもとても大事だけれど、あきらめない気持ちを身につけて

欲しい 」

「 あきらめない気持ちかー 」

海崎はその言葉を聞いて、自分には少し重い言葉のように思えて、頭を少し下げていると、
勝司は優しい目をして見ていた。

「 海崎、あきらめない気持ちってそんなに、大変なことじゃないぞ 」

「 先生だからそう言えるんだよー 僕達からすれば、すっごい大変だよ 」

その言葉を聞いて、勝司は、
「 ははははは 」

「 先生自分で、押し付けて、笑うなんて、ずるいや 」

「 ずるくはない、お前達が難しく思いすぎているだけなんじゃ 」

「 先生どういうこと 」

「 そうーじゃなー、お前にわかりやすく言うとしたら、例えば、マラソンで42.195

キロ走ることとして、ゴールまで後5キロの所で、体を悪くしたとしたら、そこで、

もしあきらめてしまえば、努力も、頑張る気持ちも、そこまでの成長でとまってしまう

んじゃないのか、でも、歩いてもいい、休みながらでもいい、最後まであきらめずに、

ゴールすれば、頑張る気持ちも、体も、強くなると信じて頑張った。

一つの困難という壁を乗り越えることが出来て、今のわしがあるんじゃ 」

「 うん、そうだけど 」

「 そうだろう!わしがお前達に気付いてほしいのは、ただそれだけじゃ 」

「 んーなんとなく解ったような気がする、結局先生が言いたいのは、陸上部の先生が、佐

藤先生じゃなくても、高橋先生じゃなくても、僕が頑張った分だけ、僕の考え方や、体

は、強くなり、大人に近づくって事かな 」

「 そうじゃ、その通りじゃ海崎 」

勝司は、海崎の頭をなぜながら、微笑んでいた。
「 まあ、わしがお前たちのころは、何もなかったし、何度も何度も挫折感を味わってな、

今のお前と同じように、何んにもできないと、思い込んでいてな、でも、その当時のわ

しが出来ることといえば、

人を傷つけないことと、

自分がどんなに苦しくても、

人に、当たらないことと、思っていたし、

若い分、色んな不満や悩みもあったが、

たまったストレスを力にして、

マラソンに注いだんじゃ 」

勝司は、夕日に輝く、川の流れを、目を細めて見つめ、海崎に話をし続けた。

「 それで、わしは、全国大会でも一位を取れるぐらいのタイムを出していたんだけどな、

試合の当日に、ひざを痛めてしまって、普段から体の手入れを

怠っていたせいか、ゴール寸前で二人に抜かれてしまって、

わしの記録が三位と言う訳なんだけど・・・

体をいじめすぎたなあーあの時は・・・ 」

勝司は当時の無念を語りながら左手のリングを右手で触れながら、
今の老いた自分を慰めるかのように言った後、
過去の思いを断ち切るかのように、海崎に話し続けた。
「 それで、今こうやってお前たちに、毎日一緒に頑張っていられる自分が本当に幸せだと

思う、お金とか、目の前にある色んなものが、もし無くなったとしても、わしの家族と

お前達がわしの側にあるだけで、本当に幸せな気持ちになれる。そして、そんなみんな

と、毎日、今の自分を越える、今の自分自身を越えること、自分自身の限界を超える、

( Max )、わし自身の今日と言う一日を心と体で自分の限界を超えて、そしてお前達

と一緒に、心と体の限界をぶつけ合って生きていくことが、

今のわしの希望であり、

夢であり、

お前達と築き上げた日々の思い出は、金では買えない、良い思い出になる。

だからわしはこの体で走ることが出来る限り、

お前達とともに、自分の人生を、お前達と

良い思い出を作る為に、わしは、自分の人生の限界に挑戦し続けて、走ってやりたいん

じゃ、

たとえ今の勝負に負けたとしても、

今こうやって生きていることが、お前達と一緒に、

今日を戦い生き抜いたことになるからな、

お前達も自分の人生を生き抜いたことになる、

Wienerになるんじゃからな、

この先、どんなことが起こっても、大丈夫だ、

今のままでいい、お前らしくやっていく事が、大事なんじゃ、

わしら先生はいつもお前達を応援している、

わしの若かった時を思い出しながら、・・・・

お前達のことを色々と心配せずには要られなくなるのは、

先生だからじゃなくて、

一人の人間として、人生の先輩として、お前達のことを考えてしまうんじゃ、

だから、たまに口うるさいことを言う時もあるかも知れんが、

お前なりに頑張ってくれよな、

お前の人生はお前だけのものだからな、

わしは、お前の代わりには、歩いてやれないんじゃ、

解ったか海崎 」

勝司と海崎君は立ち上がり、
「さあ帰ろう、明日からお前さんの頑張っている姿がまた見られるんじゃ」

と勝司は、海崎君と肩を組んで、夕日の河原を歩いていった。



数日後の夕方

勝司は学校を背に歩いていると、後ろから
「先生―」
手島が勝司の所まで駆け寄ってきた。
「先生、もう帰り?」
勝司は立ち止まり
「久しぶりに有田のところへ行ってやろうと思ってな」
二人は横に並んで歩き出し・・・
「有田さんか・・・残念なことになったね」
「あー今のわしにはどうしてもやれんのだが」
但馬さんは勝司の顔を見てにっこりして、
「今の先生って、スーパーマン見たいになんでも出来るんでしょ」
勝司は首をかしげながら
「スーパーマンみたいって・・・」
「それとも、超能力者、エスパー、それとも・・・」
「おいおい手島、わしをからかわんでくれー」
「高崎君が学校中に噂してるよ」
「困ったなーあいつにも」
「でも先生」
「何じゃ」
「その力で有田さんの体を直して上げられないの?」
「わしもそうしたいんだけど・・・」
「どうやって直していいのかわからないんじゃ」
「ふーん」
「じゃあ、森田君や林君や佐藤君の時はどうだったの?」
「そうじゃなー・・」
「いつもそうだなー・・・あいつらのことを考えて必死だったからなあー」
「じゃあそれが、先生の力を引き出すキーワードだよきっと!」
「キーワードって簡単に言うけど・・・」
「先生、いつも私達に言ってるじゃない」
「最後まであきらめるなって」
「そうじゃがー・・・」
「この変な力と、お前達のことは、またべつもんじゃないかー・・・」
「でも今の先生は、その力を持っているんでしょ
じゃあー頑張って、今の有田さんには、今の先生が必要なんだから」
「私もついって行って上げるから」
勝司を微笑み励ました。
「はあー」
勝司はため息を吐き、夕日を見ながら、病院へと足を進めた。
二人は有田さんの病室に近づくと、手島さんは勝司をほっといて、病室の中へ入って行き、勝司は、病室の前で入るタイミングをうかがっていた。
「手島さん」
「有田さん着てくれたの」
手島さんは、有田さんの近くに駆け寄り
「今日は先生も一緒なの」
「高橋先生・・・」
有田さんは勝司の顔を見ると、無念のあまりか目に涙を浮かべた。
「先生ごめんなさい、ごめんなさい」
と言って、泣き出した。
勝司は、かわいそうで、いたたまれなくなり目に涙を浮かべ、有田さんの肩に、左手を当て励ました。
「きっと良くなる、いつかきっとよくなる」
有田さんは両手で肩の勝司の左手を掴み、
「先生―・・・」
有田さんは涙をこぼし続けた。
勝司は有田さんに左手をつかまれたまま、
「有田本当にすまん、こんなかわいそうな目に合わせてしもうてー」
勝司がそう心に思ったとき、
「ピカッ」
その場に居た皆は、目を閉じ泣いていたので、左手のリングが光ったのが見えていなかった。光は勝司と有田さんを包み消えると、
有田さんの足先が、かすかに動くのが布団の上から見えた。
手島さんはそのことに気づき、泣くのが止まると、
「有田さん、今・・・、今足動いた!」
「手島さんこんな時にそんなひどい事言わないでよ」
「でも、ほら!」
有田さんも自分の足が動いているのが見えた。
「えー、どうなってるのー」
勝司も有田さんも涙が止まり、
驚きの表情で足先を見るとやはり動いていた。
「有田さん、高橋先生、やったー」
「もしかして、歩けるようになったのか?」
「わからないけど、やってみる」
有田さんは恐る恐る、ベッドから足を床におろすと
先ほどまで動かすことも、立つことも出来なかった足が、立てたのです。
「少し、歩いてみないか」
「うん」
希望に膨らませた勝司の顔が・・・
有田さんの歩く姿を見ることができたとき、満面の笑みをこぼしたのでした。
「よかった、よかった、本当に良かった。これでまた、お前の元気な姿がみれるようになるんじゃな」
「うん」
元気な返事を返した有田さんだった。



数日後の日曜日

部活も休みで、海崎君と留畑君が駅近くを差し掛かると、
黒学(黒澤学園)の零次達とはちあわせになり海崎は、

「零次、 お前まだふらふらしてるのかよ」

「海崎、お前のようにシッポふって学校に行ってねえんだよ」

「・・・・・」

「海崎、また俺達と一緒に暴れまわらないか」

「スカッとするぞ!」

「お前達、いつまでこんなことやっているんだ」

「ずっとだよ」

「まじめになったつもりだろうが、海崎、お前の過去は消えないんだぜ」

「中学の時にこの辺いったいの番張っているやつをみんな半殺にしてたじゃないか」

「忘れたとは言わないよな」

「なあなあ、またさー、中学の時みたいに俺達と一緒に・・・」

「やらないよ」

「やらないといっても、こうなったら防げねーだろ」

零次は、海崎に殴りを入れたときに、横から留畑のパンチが、零次の頬に決まると、
零次は吹っ飛び倒れた。
それを見ていた雄と啓は、留畑にパンチとキックを入れたが、海崎が手ではらいのけ、キックを相手の腹に蹴りこんだ。
三人とも倒れたままで海崎と留畑を見ていた。

「お前ら、もう俺達にかかわるなよ」

と言って海崎と留畑は去っていた。

「覚えてろよ海崎―」

悔しがり地面に自分の手を叩き付けた零次は、

「この恨みはきっと・・・」二人の後姿をにらんでいた。



数日後

学校の帰宅途中海崎君が留畑君と別れるところを後をつけていた零次達は、人通りの少なくなるところで、木刀を持ち回り道をして待ち伏せていた。
交差点の角を右へ曲がった時、

「うわー」

海崎君の頭めがけて木刀が・・・・
雄のキックや啓のパンチが海崎君が倒れるまで続けられた。

「バタッ!」

海崎が地面に倒れこんだ。
そこへ通りがかったサラリーマンのグループが、

「お前らーなにやっているんだ、警察だ、早く警察に電話しろ」

と同僚の者に言っていると、零次達はその場から逃げていった。

次の日海崎君は、傷ついた体を引きずりながら、教室に入ると、
留畑君と手島さんが一目散に寄って来て留畑君は、

「どうしたんだその傷―、お前もしかしてーこの間のやつに・・・」

「あいつら待ち伏せしてやがって・・・」

手島さんが海崎君の手のあざを軽く触れながら、
「痛そうー」

「痛いに決まっているだろうバカ!」と留畑君が言うと、

「今度会ったら絶対に許さないぞあいつら」海崎君が机を叩くと、

「あっ痛いっ」

「そんな怪我で机叩けばだれでも痛いっーの」

「海崎、今日も狙われるといけないから家まで送って行ってやるよ」
「じゃあ、私も、」

「おまえもー?」

「なんでー、やなの?」

「そうじゃなくて、お前女だろう」

「女だからなによ、何にも出来ないって言うの、

大きな声で叫ぶことぐらいは出来るのよ!」

手島さんは調子に乗って

「誰かー、助けてー!」

「やめろよ教室で」

「じゃあ一緒に帰るってことで決まりね!」

「しょうがねーなー!」

「まあ、お前が危なくなったら、俺が助けてやるから!」

留畑君が自慢げに言うと海崎が、

「はいはい、こんなところでご馳走様、仲良いとこ見せびらかすなよー」

手島さんが海崎君の肩を軽く叩き言った。

「悔しかったら、海崎君も早く良い人見つけてね!」

「痛いて、て て て て て・・・」



夕方、海崎君と留畑君と手島さんは、
学校の帰り道にいつも通る河原を歩いていた。
海崎君の歩く先に五センチくらいの石が落ちていた。
海崎君がその石を前へ軽く蹴ると、
その石が割れて、中から黒色混じりの銀のリングが出てきた。

「 これもしかして高橋先生と同じようなリングじゃないのかなあ 」

海崎がそう言いながら、しゃがんでそのリングを手に取り、

「 先生は左手の小指にはめていたんだよな 」

海崎君は、勝司の真似をして自分の左手小指にリングをはめると、
海崎君の目が一瞬紫色に光ったように見えた。
それを見ていた、留畑君と手島さんは息を呑んで海崎に言った。
「 おい海崎、大丈夫か 」

「 ねえ海崎君、大丈夫 」

二人の心配も気にすることなく海崎君は、

「 疲れたから先に帰る 」真顔で、言い返した。

留畑君と手島さんは急変した海崎の後姿を見ていることしか出来なかった。

しばらくして、海崎君のたどり着いた所は、黒学の校門前だった。
中央で立ち止まり、零次達が出てくるのを待った。
零次達が校庭の校門近くまで出てくると、
海崎は、零次達をにらみつけ、右手を左右に振ると、
突風のような衝撃波が零次達を襲い、
一瞬で三人とも地面に叩きつけられ気を失った。
海崎の髪は逆立ち、緊迫した恐怖感が黒学全体に張り巡らした。

黒学から緑ヶ丘高校まですぐに連絡が入った。

「高橋先生」

「海崎が黒澤学園で・・・」

勝司は、慌てて職員室を飛び出した時、
神先生に呼び止められた。

「高橋先生」

「あー、どうなさいましたか神先生」

「実はこれを」

幸太郎は勝司に、家宝のリングを見せた。

「じゃあ神先生も一緒に・・・」

「高橋先生、残念ながら・・・」

幸太郎は、勝司の目の前で、そのリングをはめて見せた。

「この通りはめることが出来ないんですよ・・・」

「だったらどうして・・・」

「このリングをあなたにと、思いまして」

「わしに・・・」

「そうです、ひとつのリングであれほどのことが出来たのです。

もし、もう一つのリングをつけることが出来たらと思いまして・・・」

「神先生のリングをですか?」

「はい、一度つけてみてはどうですか?」

「はあー」

「どうぞ!」

「では、お預かりします」

勝司は左手の、どの指にもはめてみたのだが・・・

「わしには、はまりませんね」

「では、右手の指ではどうですか?」

「右手ですか?」

勝司は右手小指からはめてみると」
勝司の小指にフィットして、左小指のリングと共鳴するかのように、

「ピカッ」

二つのリングが輝いた。
勝司は、体の奥深いとこから、力がみなぎるのを感じるその顔には、
自信、闘志に燃える熱いマナザシが見えた。

「神先生!」

勝司は幸太郎に頭を下げ、海崎のところへと駆け出していった。

そのころ海崎は力に酔い知れたせいか黒学の建物も衝撃波で破壊していた。
しばらくして、大きな笑いとともに、紫のシールドのような半球体が海崎を包み、
中に居た海崎君は紫の半球体と共に姿を消した。

街のビルの谷間に二車線の道路中央に紫の半球体が現れ消えると、
海崎君は立っていた。
突然現れた海崎君を引きそうになった車が、
左右のビルに弾き飛ばされ、突き刺さった。
それを逃れようとして海崎の前後から近づく車は、
クラクションを鳴らしながら、

「ドン、ドン、ズドーン!」

急ブレーキを踏み、衝突していく車、

その頃、勝司は校門から駆け出しながら、
「海崎、待っていろよ、わしがきっと何とかしてやるからな!」と思った瞬間、
勝司も、青い半球体に包まれ共に姿を消した。
海崎から少し離れた道路中央に青い半球体が現れ消えると、
勝司が立っていた。

「海崎!」

と言うと、海崎君が勝司の顔を見て、にらみ微笑んだ。
その時、辺り一面の空が急に暗くなり、
強い風が吹き、土埃は舞い、周りの木々は荒れ狂い、
人が住む世界ではなくなっていた。

「 高橋、俺は究極の力を手に入れた、

この力で俺は何でも出来る、すべてが思いのままだ・

どうだ、お前よりも凄いだろう 」

勝司は何かに取り付かれたような海崎君の姿に、悲しみを感じ憶えた。

「何も凄くはない!」

「うるさい!」

海崎君は、勝司をにらみ付けると

「わー!」

体を勢いよく、後ろに弾き飛ばされた。

そこへ、駆けつけた留畑君と手島さんは、勝司の前に出て海崎君を説得した。

「 海崎、やめろ 」

「 海崎君、もうやめて、こんなことしたら私達の住む街がむちゃくちゃになってしまう、

お願いだからやめて 」

息苦しい風の中を海崎君に言うと、海崎君を哀れに思い、涙を流した手島さんに、

「 うるさい 」

と言って海崎君は留畑君と手島さんを睨み付けると、
二人は体を勢いよく、後ろに弾き飛ばされ

「 わぁー 」
「 きゃー 」

叫びとともに、二人はそれぞれ道路に倒れた。
苦しみながら起き上がろうとした二人に、
海崎君は手島さんの近くにあるビルのガレキを力で持ち上げ投げつけた。
勝司がとっさに自分の両手を左右に伸ばし、手島さんをかばったが、
ガレキは勝司の左胸にあたった。

「 うー 」

勝司は右手で、左胸を押さえ、その場に左片膝をついて、立ち竦んだ。
痛みをこらえながら、海崎君に言った。

「 海崎、お前こんなことして、なんになるんじゃ、留畑も手島もお前の大事な友達だろ、

何でこんなことをするんじゃ、海崎 」

「 先生、今本当に気持ちがいいよ、俺、思いのままに、何でも出来るよ、人だって操れる

しね 」

海崎君は、又にらみ微笑みにらむと、留畑君と手島さんが立ち上がり、彼らたちの意思とは別に、勝司の所へ歩き出した。

「 どうなっているんだ 」

「 どうなっているのよ、体が勝手に 」

と言いながら二人は勝司をおそった。

「 先生お願いだから逃げて 」

手島さんの手が勝司の首を絞めた。

「 二人ともやめろ 」

勝司は、どうする手だてもなく、ただもがき苦しむだけだった。

「 先生助けてください 」
「 先生助けて、お願い 」

それを聞いた勝司は、

「 このままではこの子達が危険じゃ、何とかしてやらないと 」

勝司は手に力を入れ握りしめ思うと、
青みがかった、透明な大きな半球体が勝司、留畑君、手島さんを包みこむと、二人の自由は元に戻った。

「 ここは危険だから、ここから離れていなさい 」

勝司が言うと、透明な半球体が消え、二人は、慌てて、近くのビルの陰に隠れた。
それを見た海崎君は、

「 ふん、生意気なことを・・・ 」

と言って微笑みにらむと、
地面にあるいくつかのガレキが勝司に襲い掛かった。
勝司は逃げる間もなく、ガレキの直撃を受けて倒れてしまった。。
勝司の口や左腕から血が流れていた。

「 何だ、さっきのシールドみたいなものは、もう使えないのか、はははは 」

と海崎君は大笑いした。
勝司は左片膝をつき、顔を真っ赤にし、苦しそうに、息を切らしながら、起き上がり海崎君に言った。

「 はあ、はあ、海崎、本当に今気持ちがいいのか、はあ、はあ、本当に今、楽しいのか、

俺には、そう見えんな 」

生唾を飲み込む勝司、

「 お前は今、自分の欲望に取り付かれているだけだとわしは思うけどな、はあ、はあ、お

前は、誰よりも積極性もあって、誰からも好かれていると、わしは思っている、それにな、

お前自身、よく知っているだろう、人を傷つけることは、自分の体を傷つけ、人を殴るこ

とは、自分の心を何倍にもして自分を殴ってしまうということを、海崎、思い出せ、みん

なと、楽しく過ごしていた時のことを 」

勝司が言うと、
海崎君は歯を食いしばり、怒りの表情へと変わった。
海崎君は黒い妖気を体にまとうと、
ふわっと、宙に浮いた。
勝司は歯を食いしばり、
息を切らし、
苦しい顔を浮かべ、

「 はあ、はあ、海崎、このまま自分のやりたいようにやって、どうする、世界を、もし自

分のものにしたら、その後どうする気だ、そんなことをしても、人との心の通った話はで

きないんじゃないのか、それに心温まる仲間との友情も、そして、お前のお父さんやお母

さんも、一緒に住めなくなるんじゃないのか、本当に、そんな世界を手に入れても、楽し

いと言えるのか、海崎 」

勝司が言うと、

「 うるさい 」

ビルに刺さっていた車が勝司めがけて飛んで来た。
勝司は傷ついた体全身に力を入れ、左足を後ろへ一歩下げ踏ん張り、右手を目の前に構え、
飛んで来た車を受け止めた。
ゆっくりと道路に下ろし、車の前に周り立った瞬間、

海崎君は、激しい怒りを見せ、ビルに突き刺さったもう一台の車を勝司にぶつけた。

「 わー 」

勝司は叫び車を交わそうとして、痛んだ体を動かし、その場で倒れ込んでしまった。
起き上がろうとしたが、なかなか起き上がれず、顔や手に、血筋を浮かべ、ヨツンバイになるのが精一杯だった。
息を切らせながら、顔を上げた勝司の左頬には、
車と一緒に飛んできた破片で、
傷を受け赤い血を流していた。
ビルの陰から見ていた、手島さんが心配して心に勝司のことを思うと、

「 先生 !」

呼びかけが勝司の脳裏に届いた。
手島さんの心配する呼びかけだけではなく、
勝司のクラスの子供たちや娘の恵理、そして、妻の咲の呼びかける声が聞こえた。
林君の
「 先生 」

森田君の
「 先生 」

佐々木君の
「 先生 」

恵理の
「 お父さん 」
咲の
「 あなた 」

と言う、みんなの声が届き、

痛みをこらえながら、勝司は顔中に皺を寄せ、

「 はあ、はあ、はあ・・・ 」

大きな息を吐きながら立ち上がった。

「 今ここで、倒れるわけにはいかんなあ、わしにはクラスのみんなや恵理や咲が居る、

そして、海崎もじゃ、

このままにして放って置けないしなあ、こいつらを今、正しい道へと導いて

やれるのは、たぶんわししか居ないだろうしなあ 」

肩についた埃を軽く手で叩きおとして、勝司は哀れな目をして海崎君を見て心で囁いた。

「 神よ、わしはもうどうなってもいい、目の前に居る子供と、わしが愛する子供たち、そ

れと、わしの家族を守る力をくれ、皆が元気で暮らせる学校やこの街、この世界を守り抜

くだけの力を、わしにくれ 」

勝司は、歯を食いしばり、今の己の未熟さに、目に涙を浮かべた。

「 今のままのわしでは、みんなどころか、わしすら守ることが出来ない、お前たちの為に

この命を投げ出せば、何とかなるかもしれない、すまない、みんな、もっとみんなと一緒

に居たかった、もっと生きたかった 」

勝司の脳裏に、皆との楽しかった日々の思い出が駆け走った。
林君、森君、佐々木君勝司が、助けた後の喜んでいる顔や、海崎君や留畑君、手島さんや泉君に、吉村さん達が、仲間同士で笑っているビジョンが勝司の心を強くした。
勝司は、涙をこぼし、自分の左手を見て、力強いコブシを作り、口元へと、コブシを運んだ。
そして、左手小指のリングとウェディングリングに同時に、口付けをしたまま、勝司は目を閉じた。

「 咲、恵理を頼むな、いつまでも咲、お前を愛しているからな 」

勝司の目からは、愛するもの達への別れの涙が流れた、
右手小指にはまった、リングが輝くと、共鳴するかのようにもう一つのリングも輝き、
勝司の体が宙に浮いた。
勝司は右手にも力強いコブシを作り、
両手のコブシを胸の前で合わせ、
目を閉じ心と体に己の思いをこめると、
勝司はまた、一しずくの涙をこぼしながら、言った。

「 みんな、さよならじゃ、

さあ行くぞ、海崎! 」

勝司は最後の覚悟を決めた。
ゆっくりと、両腕を左右に開くと勝司の胸の中心からは、白く眩しい光が広がり、
勝司を大きく包み込んだ。
海崎君は右手人差し指を天に向け、稲妻を呼んだ。
空一面にすさまじい勢いで響く雷と風、
海崎君がその右手を振り下ろすと、

「 ピカッ、ピカッ、ズ・ド・ド・ド・ドーン! 」

稲妻は勝司を包む光に直撃をした。

「 うー 」

苦しさをこらえる勝司。
光りの中で辛そうな表情を浮かべながら、ゆっくりと海崎君へと向かった。

海崎君は両腕を左右に伸ばし、
天を睨み付けると海崎君に向かって稲妻がやむことなく落ち始め、

「ピカッピカッピカッ・・・・・・・」

その稲妻を体にまとい、両腕を勝司へと向けた。
体から腕へと流れ始めた稲妻は、海崎君が腕に力を集中すると、
衝撃波は「ビリッビッビリリ・・・・・・・・・」と音をたて、
海崎君が手の甲を勝司に向けた瞬間、
稲妻が真っ直ぐに勝つしめがけて走りだした。
「ズド・ド・ド・ドドードン!」
勝司は稲妻の直撃を受け歩みを止められ、光りの中で衝撃を受け続けた。
稲妻の衝撃を受けて、頬や手肩に太ももからは赤い血が滲み出ていた。
背広も色んなところが、切り刻まれていた。
衝撃をこらえ食いしばる勝司の口からも、血が流れだしていた。
勝司はだんだん重い疲れと、深い眠りが襲い始め、首を左右に振り眠気を払った。
空中で激しく衝突しあう光、
クラスの子供たちや咲や恵理、街の人達も、勝司の戦いを応援しようと、集まってきた。

「 高橋先生 」

佐々木君の、
「 高橋先生 」

留畑君の、
「 高橋先生 」

手島さんの、
「 高橋先生 」

有田さんの
「 高橋先生 」

月山さんの
「 高橋先生 」・・・

そして、
「 あなた 」

と言う咲の声が、
勝司の脳裏に再び浮かび集まった人達、

声と励ます思いが勝司に届いた。

「 お父―さんー 」

娘の恵理の声と、呼びかけが脳裏にまた描かれると、勝司は、

「 ここで参っている場合じゃない、

この身がどうなっても守り抜くと誓ったんじゃ、

こんなことで、参りはせん 」

勝司は心で囁くと、両手のリングは、色の分別がつかぬほどに輝き、
「ピーカーッー!」
疲れ始めた体は、息を吹き返し目が覚め、再び元気を取り戻すことが出来た。
多くの人達の緊迫する思いを感じた勝司は歯を食いしばり、
左右の手を全力で握り締め、その左右のコブシを海崎君に向けた。
すると、勝司を包む光から、海崎君に真っ直ぐ光の衝撃波が走った。
海崎の稲妻と勝司の放つ光の力とが激しく衝突し合う。
その衝撃が、街の道路は、地割れを起こし、建物は粉々に崩れ落ちていた。
勝司は衝撃波を放ちながら、海崎君へと向かった。
やがて、海崎君は体から邪悪な黒い妖気が体の前に集まり始めた。
黒い妖気が顔裸子ものに変わり、一つは眼のような、もう一つは口のような、
薄気味悪い動物のような姿をした化け物だった。

「 こ の ー、人 間 の 分 際 で ー ! 」

化け物の不気味で低い声が響くと、
勝司が放つ光りの力は、邪悪な気を包み突き抜けた。
化け物の、邪悪な気は、薄黒い蒸気のようなものに変わり始めた。
化け物は形を少しずつ崩れて行き、
勝司は、光の力を放ちながら歩みを止めることなく、
ゆっくりと、海崎君に近づいていった。
すると化け物は、

「 わ ― 」

と大きく叫び響く。
勝司が放つ光りの中で邪悪な気は消滅した。
勝司は大きな光に包まれたまま、
海崎君を自分の光の中へと入れ、両腕を軽く広げ、
勝司の厳しかった目から、悲しい目へと変わり、
やがて、わが子を見つめるかのように、涙交じりの優しい目へと変わった。
勝司の強く握られたこぶしが開き、両腕は軽く広げると海崎君は、

「 くるなあ! 」と叫ぶ。

勝司は海崎抱きかかえ様とした時、
二人を包んだ光は、太陽の様に激しく光り輝いた。
「ピーピーピーピカッー!」
荒れ果てた街一面にも、その光が広がって行った。
海崎君はその光の中で、正気を取り戻し、いつもの高校生らしい表情に戻った。

「 なんて温かい、なんて温かいんだ、先生の光 」

海崎君は先生と笑っていた時のことを思い出し、一滴の涙が流れた。
すると、海崎君のリングは紫の光を失い、

「スルッ ―」指からはずれ、破壊された街へと落ちていった。

「 これが・・・愛情・・・、これが・・・先生の・・・愛情・・・ 」

光の中で海崎君は言い残して気を失った。
勝司は両腕でしっかりと、海崎君を抱きかかえた。
しかし、勝司が空から見下ろす地上は、
海崎君との戦いで、
ビルも道路も崩壊し、
砂埃が舞い上がり、
煙も立ち広がり、
炎も燃え盛り、
荒れ果てた街だった。
勝司は悲しい思いに包まれ、

涙が一しずく・・・、二しずく・・・、

頬をつたわって・・・、

小さく見える街へ・・・

静かに、流れ落ちて行った。

唇に皺を寄せ、

荒れ果てた街を見下ろしながら、

平和だった頃の、

生徒達との生活や

街の人達との、生活を思い出していた。

「 みんなで笑いながら登校する道も、花屋さんも・・・、パン屋さんも、・・・

なんじゃ、この街は、

何もかもが破壊されて、人が住めなくなってしまっている・・・ 」

「 そうじゃ、・・・まだわしは生きとる、

このままみんなのところに戻っても、どうにもならん 」

「 今のわしなら・・・、

このみんなを愛する気持ちで、

なんとか出来るような気がする・・・。

勝司は、ゆっくりと目を閉じ、顔を空に向け、

「神よ・・・、天使よ・・・、

天使のリング・・

いや、angel ringよ、この思いとこの命と引き換えに、

わしや、みんなが知っている元の街に戻ってくれ、おねがいじゃ、頼む、」

勝司は、自分が楽しく暮らした日々を思い浮かべた。
すると、体を包んでいた光が太陽よりも眩しく真っ白な光を放ち、街中を照らした。

「わ ― ― 眩しいー !」

あまりにも眩しくて、誰もが目をあけられないほどに輝いて、

道路や街は・・・

ゆっくりと、復元されて行き、

再び、人が住む世界へ戻って行った。
人々がその眩しさから開放されると、
街中すっかり元に戻っていた。
海崎君を抱きかかえた勝司は、力尽きたのか、
ゆっくりと地上へと下りて行った。
地上に降り立つと、体から出ていた光は消え、
海崎君をその場で寝かせると、
勝司は力尽きて、海崎君の上に覆いかぶさり倒れた。

「バサッ!」

勝司の両手にはめられたリングは、

「 チャリーン、チャリーン 」と音を立てて、

指から外れころがり落ちた。

しばらくして、海崎君が目覚めると、
自分の体の上に眠る勝司を、仰向けにして、ゆすった。

「 先生、起きて、起きてください、先生 」

正気に戻った、海崎君の懸命な声にも反応することなく、
血の気が引いた表情から、目覚めることはなかった。

「先生―・・・」

と泣き叫ぶ海崎君。

勝司の首に絞められたネクタイが、穏やかな風になびいていた。

クラスの子供たちも、恵理や咲も勝司のところに集まった。

勝司は目をさますことなく、太陽の光を浴びていた。

その場に居るみんなは、

勝司と元気に笑い合っていた時のことを

助けてもらった時のことを、

みんな、一人一人、思い浮かべた。


エンディング


それから夏休みも終わり、街並みが夏の終わりを告げるかのように、オレンジ色の秋の夕日の中で、陸上部の部員達は、グランドを走り、ゴールラインを目指し走っていた。
その様子をじっと見守る香奈枝と隆一でした。
部員達が、ゴールラインを越え走り続けた先には、

部員達が掛け抜けていく姿を、

いつものように勝司が肩幅ぐらいに足を広げ待ち構え、

両腕を組んで、待っていた。

「 さあ、もう少しじゃ 」

目を細め、優しい笑みをこぼし、

「 さあ、お疲れ様、お疲れ様、よく頑張ったな、軽くストレッチをして、今日は終わりじゃ 」

と勝司は到着して来た部員達の背中を軽く叩いていた。

そんな勝司の姿を見て、香奈枝は隆一に言った。

「 佐藤先生、本当に一時は、高橋先生が、どうなるかなと思いましたよね 」

「 ええ、本当に、福石先生 」

「 夏休み中、高橋先生、自宅で眠られていただけで、本当によかったですね、佐藤先生 」

そう話しているところへ勝司が、駆けつけて、

「 何を話しているんですか、今日はもう終わりじゃ 」

勝司が嬉しそうな目と頬に皺をよせて、

部員達がストレッチをしているところまで駆けて行き、

生徒達の中にはいって勝司は言った。

「 今日は、ここまで、解散じゃ 」

勝司の後姿を見て、香奈枝と隆一は笑みをこぼした。


勝司の両手には二つの指輪ははめられていなかった。

陸上部部員達は全員立ち上がり、

「 先生― 」

勝司に、駆け寄り、押し競饅頭をするかのように、勝司に寄り添った。

「 おいおい、何するんじゃ 」

勝司の顔いっぱいに、笑みがこぼれるのでした。



穏やかな夕日が、勝司と生徒達を照らし、


街、そのものに、平和な日々が戻って来たのでした。

エンジェルリング(はるかなる想いを告げて)

高橋先生の思いは子供達や家族の心に刻まれ、
普通の人間らしく生きていくことの大切さを学んでいく。

エンジェルリング(はるかなる想いを告げて)

高橋勝司の一人娘恵理が、占い師から譲り受けたリングが、人間の潜在能力を引き出すリングとなり、家族、学校街全体をも変えてしまうほどの力を持つが、一方では欲望を増すリングも登場し、学校も街も破壊される中、子供達と街を守るために勝司は一人立ち向かう。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-29

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