亡くなった父と語る時間が増えてゆく

高木繁美

生前の父はウザかった

亡くなった父と語る時間が増えてゆく

 私の亡き父は、戦争に行って兵隊として戦っていたそうだ。大学の「教育学部」を卒業して、生徒指導の仕事を考えていたが、私が住む三重県は日教組の組織率が100%という日本一の日教組王国だ。つまり、ここで教師をするためには左翼組織に入ることが必要。
 これ、ムリ。私は皇軍の兵隊あがりの父のもとで育った。それに、アメリカにいる時に思想・信条の自由が身に染み付いた。
 あなたは告白されたことがあるだろうか。もし、その返答が
「あなたの遺伝子ではなくて、もっと優秀な人の遺伝子が欲しい」
 と言われたら逆上されるだろうか。これは、私の想像ではなくて塾生の女子が日常的に口にする言葉だ。
 もし、1学年158人中テストの順位が157番目だったらどう感じますか?
「まだ後ろに1人いるから大丈夫」
 と思うのだろうか。それとも、屈辱感を感じるのだろうか。
 よく大人は中学生や高校生の子に
「キミは甘い!」
 と言うが、それはどういう意味だろう。私も塾講師だからそういう説教を垂れる立場なのだろうが、言わない。
 20年塾講師をやった頃に、
「人は説教では変わらない」
 と痛感した。人は、スゴイ人を見ると
「あんな人になりたい!」
 と思うものだし、逆に大きく傷つくと自分を振り返って
「なんで、こんなことになったんだ?」
 と考える。そして、チョッピリ変わる。だけど、説教なんかでは人は変わらない。反発されるだけ。
 私の塾生の子たちは、よく
「今日は自習だけだから、学校に行かなかった」
 と言う。気の毒なことに、スゴイ仲間や先生がいない。また、学力順位を隠蔽されて屈辱感も感じない。つまり、成長の機会が奪われている。
 これでは、学校に行く理由がない。
 こんなことを思う自分は、左翼の先生のようにはなれない。どちらかというと、誇り高い武士に共感するのだ。
 小学生の頃に読んだ手塚治虫さんの「鉄腕アトム」は嘘がつけないロボットだった。だから、アトムは信頼できるのだけれど
「人間に近いロボットほど優秀」
 という基準で言うと、ウソをつけるロボットの方が優秀ということになる。そういエピソードがあったように思う。
 後で、浦沢直樹さんが「PLUTO」で悪の因子に触れてもいた。
 小学生の頃に、そういう漫画に触れてよかった。お陰で、中学校で日教組の左翼系の先生たちが人間を聖人君子のように語るのを聞いても
「ウソつけ!」
 と思っていた。人間はウソもつけば、悪いことも考える。
 ウソもつけない、悪い心も全くない人間は意思決定が出来ない。使いものにならない。
「自分は大人になったら、絶対にウソはつかない」
 そう決意したものだ。

「受験生ブルース」―高石友也
作詞 中川五郎
作曲 高石友也
  おいで皆さん聞いとくれ 僕は悲しい受験生 砂をかむよな味気ない 僕の話を聞いとくれ
  朝は眠いのに起こされて 朝飯食べずに学校へ 一時間目が終ったら 無心に弁当食べるのよ
  昼は悲しや公園へ 行けばアベックばっかりで 恋しちゃならない受験生 ヤケのヤンパチ石投げた 
  夜は悲しや受験生 テレビもたまには見たいもの 深夜映画もがまんして ラジオ講座を聞いてるよ
  「今晩は英文法 テキストは58ページを開いてください それでは木枯し裕次郎先生 お願いいたします。」
  テストが終れば友達に ぜんぜんアカンと答えとき 相手に優越感与えておいて 後でショックを与えるさ
                                  1968年(昭和43年)
  受験は
「アイツが受かれば、自分が落ちる」
  という世界だから、相手を陥れたいと考える子もいる。難関校に合格していく子たちは、そういう現実に挑み続ける。
 その一方で、
「オレの成績が上がらないのはすべて先生のせい」
 とクルクル塾を変えていく生徒もいる。
  私の敬愛するブルース・リーはその著書の中で
「敵をよく見ること。実際の戦いの間、決して敵から目をそらしてはいけない」(KKベストブック社)
 と書き残している。受験でも勝利を得ようと思うのなら、競争の実態から目をそらしたらいけない。
 父は男前だった。若い頃は女性にもてたのではないだろうか。
女子が性能の良い男子を求めるように、男子も美人に弱い。例外もいるだろうが、ほとんどの男子は美人でスタイルの良い女子に弱い。基本的人権に反しようが道徳に反しようが、そんなこと関係ない。
  それは、おそらく「人類」という種を残すために必要だという遺伝子に組み込まれた本能なのだ。

世界大学ランキング、京大が国内トップに 東大を逆転
2015年9月25日(金)12時42分配信
 英国の大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ」が2015年9月に発表した世界大学ランキングで京都大学が38位に入り、日本の大学のトップになった。東京大学は39位で、京都大学を下回った。
 同ランキングは、学術的評価や論文被引用数、学生1人あたりの教員数、企業による評価などを評価基準に世界の大学を評価したもので、毎年9月に発表されている。
15日に発表された2015/16年版のランキングでは、米国のマサチューセッツ工科大学が4年連続の1位に輝き、2位には米ハーバード大学、3位には英ケンブリッジ大学が選ばれた。
日本のトップは昨年36位だった京都大学で、38位に入った。昨年31位だった東京大学は39位となった。このほかトップ100には、東京工業大学(56位)、大阪大学(58位)、東北大学(74位)がランクインした。

  受験生なら、この日本一の「京都大学」に憧れるだろう。京大がムリなら東大、東大がムリなら阪大、阪大がムリなら名大、・・・・ Fランクまで落としたら、就職も結婚も厳しいことになることが多い。
 こういう話を書くと、すぐに
「人間は学力だけがすべてではない!」
 という反論が出る。そんなことは、分かっている。学力が人間の価値の全てを決めるわけがない。
 しかし、自分が経営者や人事部長の立場で社員の採用をする現場にいたら、同じことが言えるだろうか。
 金髪ピアスのジーンズ男と、スーツで正装している男が面接場に現れたと想像して欲しい。目の前に、京大卒の女性と聞いたこともない大学卒の女性が現れたらどうだろう。
 もちろん、服装や学歴が人間の全てを決めることはない。質疑応答をするだろう。さて、あなたはそれでも
「人間は見かけや学歴じゃない!」
 と言って金髪ジーンズ男と、聞いたこともない大学卒の女性に自分の会社の将来を託せるだろうか。。
 リアルに考えて欲しい。私の父は、戦前派らしく質実剛健を愛しており、西條秀樹ていどの長髪さえ
「なんじゃ、あれは!」
 と怒っていたものだ。
  私の塾生の多くは私以上にリアルに考える。しかし、たまに学校の先生の言葉をそのまま真に受けている子もいる。
「人間は見かけや学歴じゃないんだ」
 それでは、自分の家族や社員が路頭に迷うリスクが増す。自滅するのは構わないが、巻き込まれるのは御免だ。
  頑張って、頑張って、頑張り抜いても危機が必ず訪れる。チャレンジをし続ける人は、特にそうだ。いわゆる「どん底」を経験しない成功者はいない。
 なぜなんだろう?
 それは単純な理由だ。「失敗は成功の母」という古来からの原理だ。
失敗は成功の母
【読み】 しっぱいはせいこうのはは
【意味】 失敗は成功の母とは、失敗してもその原因を追究したり、欠点を反省して改善していくことで、かえって成功に近づくことができるということのたとえ。
  私は英語をマスターしたいと決意して受験英語を頑張った。しかし、話せない。それで、大学では学内のLL教室に通い、下宿ではNHKのラジオ講座を聞いた。それでも話せない。親に頼んでお金を出してもらい、ECCに通い、リンガフォンを購入し、出来るだけの時間を勉強にてた。しかし、話せない。
 英語をマスター出来ないうちに大学を卒業して社会人になった。残るは留学くらいだが、金はない。それに、退職して帰国したら「無職、貯金なし、資格なし、恋人なし、何にもなし」になってしまうではないか。悶々とした。
「もともと自分には才能なんかなかったんだ・・・・・」
 これがたどり着いた結論だった。
 ところが、その時に受けまくっていたお金のかからない留学試験の一つに受かった。願書に健康診断書が必要なのでレントゲンを受けまくる必要があり
「オレ、被爆して死ぬかも」
 と思っていた頃だ。
「もう何もかも捨ててもいい」
 そんな藁をもつかむ思いだった。これが最後のチャンスと思っていたので、アメリカでは猛烈に勉強した。帰国後に、英検1級に合格したが通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級などに挑戦したのは
「ここでモノにしなかったら、オレは何のために・・・」
 という思いだった。
  私はアメリカから帰国して、アメリカの友人を家に招いたことがあった。しかし、考えてみたら父はアメリカと戦争をしていた。よくよく考えてみたら、敵国だった国に私を送り出したのだった。
 とても、父にはかなわない。
「自分は全く才能がない」
 この認識は苦いものであっても、直視しないと前に進めない。絶望すると、人は謙虚になる。謙虚になると、前に進める。それを学んだ。それを胸に刻んだ。
そういう目で見ると、聞くだけで英語が身につくとか、ウチに任せれば難関大をラクラク合格なんて聞くと
「ウソつけ!」
 と思う。しかし、笑って見過ごすようにしている。インチキ商法は自滅するので怒る必要はない。
  人間は
「もうダメだ・・・・・!」
  という最大のピンチに立たされないと、火事場の馬鹿力が出ない。ピンチは最大のチャンスだと、よく言われる。私もピンチに立たされなかったら、京大を7回も受けたりしなかった。数学Ⅲまで勉強しなかった。
  ここまでこだわると、左翼の先生だけでなくて右翼の先生にも引かれる。つまり、組織の中では生きられない。だから、自分の塾を開設するしかなかった。
  母によると、父は生前こんな私を自慢していたそうだ。ウザイと思っていたが、親孝行になっていたのだろうか。父が亡くなってから、父と語る時間が増えた。

 自分は、小学校の時に誓った「本当のこと」を語っているだろうか。

 私の娘たちも、いつかこういう時をむかえるのだろうか。だとすると、亡き父のようでありたい。私は父が誇れる息子だったのだろうか。私は、娘が誇れる父になれるのだろうか。

亡くなった父と語る時間が増えてゆく

亡くなった父と語る時間が増えてゆく

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-28

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