魔法学校ゴーレム科

朱瑠兎

  1. 1.
  2. 2.
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  6. 6.(END)

1.

 不純物を完璧に取り除いた土を、自分の体重と同じくらいの量。
 ほんの一つまみも、一滴の狂いもなく調合した薬品を一瓶分。そして――自らの血を大さじ二杯。
 これらを混ぜ合わせ、自らの中に流れる魔力を少しずつ注ぎながらこねていく。
 これまでの授業で学んだことを今日やっと実践しているわけだが、いざやってみると非常に地味な作業だった。
 古より伝わる魔導人形『ゴーレム』の生成を、この俺――ターロ・アレクシオは行っている。
「ふう。飽きたな……」
 つい口から漏らした俺は、一応手は止めずに周囲を見回す。
 辺りには俺と同じように土をこねている同級生達の姿がある。青空の下、みんな額に汗して土をいじくっている。
 今日は、エクスペリオン高等魔法学校ゴーレム(魔導人形)科一年生の『初生成』の日なのだ。

 俺の生まれたこの国は、古くより魔法による国家の繁栄が絶対であると豪語する魔法立国だ。
 そのため、次代を担う魔法使い達の育成にも心血を注いでいる。
 俺がこの春より通うようになったエクスペリオン高等魔法学校は、より優秀な人材を育成する国家プロジェクトの中で設立された全寮制の学校だ。
 この学校を設立した狙いは「若い内からある一分野に関して集中的に鍛錬を積むことで、その分野のエキスパートを生み出す」というものである。
 そして、俺が在籍するゴーレム科はその名前が表す通り、『ゴーレム』の生成、使役に特化した人材を育成する学科だ。ちなみに、このゴーレム科は全学科中最低の人気を設立以来維持し続けている学科でもある。
 なお、ここ数年の間で一番人気に輝いているのは召喚魔法を主に学ぶサモン(召喚)科だ。
 このゴーレム科に入った生徒はまず、ゴーレムに関する基礎知識を一ヶ月かけて頭に叩き込まれる。そして、『初生成』の日を迎え、晴れて自らのゴーレムを持つに至るのだ。
「はぁい。それでは『形成』に入りなさい!」
 生徒達の頭上を、教師が飛び回りながら指示を出した。ゴーレム科の教師なので、空飛ぶ人型ゴーレムの背中に乗って俺達を見下ろしながら、随時指示を行っているのだ。
 『形成』とは、魔力を注ぎながらこねた土を綺麗な山の形に盛り立てていく作業のことだ。この薬品と生成者の血と魔力により活性化した土の山の中から、ゴーレムは現れ出でるのだ。
 教師の指示を聞き、俺もさっそくその作業に移ることにした。
 薬品と血のおかげでしっとりとしてきた土は、上手い具合に形ができていく。この作業を終えれば、いよいよ今回のゴーレム生成も佳境に入る。
「形成が終わったら、各自のタイミングで『文入れ』を行うように!」
 あとは『文入れ』のみとなった。今回のゴーレム生成は、数あるゴーレム生成術の中でも一番簡単で作業工程の少ないものだ。
 術者が念を込めながらそのゴーレムの名前を書いた羊皮紙を山の表面に張り付け、短い呪文を唱えれば後は山からゴーレムが生まれて来るという仕組みだ。
 この羊皮紙の張り付けと呪文の詠唱のことを総じて『文入れ』と呼ぶ。
「周りの様子を見てからにするか……」
 土をこねている間もどこか上の空で、山の形成も表面がデコボコなうちに終えてしまった俺は、羊皮紙を片手に辺りを見回した。
 できれば、一番最初にゴーレムを生成して周りから注目されるのは避けたい。
 終始適当な気持ちで取り組んできた俺では、ろくなゴーレムなど生み出せないだろう。
 だから、周りが続々と生成を始めた頃にさらりと自分も済ませてしまうのがベストだと、最初から決めていた。
「きゃあああ! やったあ!」
 そうこうしているうちに、さっそくどこかで第一号のゴーレムが生成されたようだ。他の生徒も作業を止めて歓声が上がった方に目を向けた。
 記念すべき第一号のゴーレムを生成したのは隣のクラスの女子だった。ちなみに、ゴーレム科は不人気なため今年の新一年生は三クラスしかない。(他学科はどこも十クラスくらいはある)
 彼女のゴーレムは身の丈は一般的な男子生徒と同じくらい。しかし、全身が漆黒に包まれ、肩口から巨大な角が生えているという威圧感のあるゴーレムだ。その頭部に人間と同じようなパーツはないが、彼女の姿を確認したようで跪いて自分を生み出した人間に忠誠を誓ったみたいだ。
「ゴ主人サマ、ドウゾ、ゴ命令ヲ、ナンナリト……」
 口がないためどこから声を出しているのか定かではないが、ともかくゴーレムから忠誠を誓う言葉が発せられた。静まり返っていた周囲の生徒はそれを聞いて一気に大歓声を上げた。
 なるほど。今のはまさに教科書で習った通りの、ゴーレムによる『忠義の開示』だった。
 ゴーレム生成は、ある程度の術者じゃない限りどのような形のゴーレムができるのかコントロールすることはできない。しかし、どのようなゴーレムでこの世に生まれた直後に、自分の生成者に何らかの方法で忠誠を誓う。それを『忠義の開示』と呼ぶのだ。
 成功者第一号に触発され、他の生徒も次々と文入れを始めた。
 よし、俺も頃合いかな?
 手にした羊皮紙には、昨日のうちに魔力を込めながら書いた念字と呼ばれる特殊な文字で、これから生成するゴーレムの名前が記されている。
 羊皮紙に書いたのは「キェーン」という俺の地元の郷土料理の名前だ。パッと思い浮かんだ単語をさっと書いただけなのだが、今思うと全寮制のこの学校での生活で、地元の料理が食べられないという寂しさがあったのかもしれない。
 まあ、そんなことなんてどうでもいいのだけれど。
「どうしたんだい。タ―ロ君」
「……あっ、ユージン先輩」
 物思いにふけっていた俺に、背後から声をかけてきたのはゴーレム科三年のユージン・ハーリンク先輩だ。
 一年生の行事になぜ三年の先輩がいるかというと、ゴーレム科は不人気学科なため今年に入って教員不足が深刻になり、一年の行事に学科の先輩方が何人かサポートに入るように決まったからなのだ。
「我ながらずいぶん安易に名前を決めたよなあと、羊皮紙見てたら思っちゃいまして……」
「ふむ。変に凝って後から後悔するより、シンプルな発想で付けるのもありだと僕は思うけどね」
 後輩に対しても物腰は柔らか、サラサラの髪の美少年といった感じのユージン先輩はゴーレム科一の実力を持った逸材だ。
 先輩のゴーレム「ペッパード六式」は、身の丈は俺の三倍以上あり用途に応じて驚愕の五段変形をするという、我が校でも最強と噂されるゴーレムだ。今だって、先輩の頭上を待機モードと呼ばれる直方体の姿をしてふわふわと浮いている。
「先輩! 先輩! 見てください、私のゴーレムっ!」
 俺が先輩と会話を交わしていると、見るからに快活そうな少女が駆け寄ってきた。
 明るい色をしたショートカットで、顔もなかなか可愛らしい。引き締まったボディがどうのこうのと、男子の間でもかなり人気の高い彼女の名はユリィ・ドルフーレンだ。
「ああ、ユリィ君か。初生成が終わったみたいだね」
「そうなんですよっ! これも先輩のアドバイスがよかったおかげですっ!」
 あーあ。語尾を跳ね上げやがって……
 ユリィはユージン先輩に対してだけこのような調子でしゃべるのだ。逆に、俺達同級生の男達に対しては明らかに見下した態度を取る。なんというか、本当にわかりやすい女だ。
「これがユリィ君のゴーレムか。忠義の開示はしてきたかい?」
「はいっ! この子は喋れないみたいなんですけど、私に握手を求めてきましたっ!」
「ふむ。握手ね。忠義の開示によくあるパターンだ」
 ユリィの横には、球形をしたゴーレムらしきものがいる。人間くらいの大きさをしていて色は黄土色一色。本体と同じ黄土色をした腕が生えており、それは形だけなら人間と同じだ。
「あーららら、ターロはまだ文入れしてないの? 落ちこぼれなのは知ってたけど、まさか初生成の日でもビリを飾るなんてことは……」
「ユージン先輩と話してたから、まだ済んでないだけだっつーの。今からやるんだから向こうに行ってろよ」
「ふんっ。じゃあ、私も見せてもらおうかしら」
 ユリィの挑発的な言葉などいちいち相手にせず、俺はようやく文入れを始めることにする。
 こいつに見学されてしまうのは不本意だが、今は無視しよう。
「つーかあんた、もう少し土は綺麗に盛りなさいよ」
「まあまあ、ターロ君も集中を始めたみたいだし黙っていてあげようよ」
「はいっ! わかりましたっ!」
 脇から聞こえる声が気になるが、とりあえず羊皮紙を盛り立てた土に張り付けた。
 目を閉じて軽く精神を集中し、呪文の詠唱を始める。片手にはカンペを装備だ。
 
 まったくユリィのやつは……先輩に対しては猫を被ってるなら、徹底しろよ。俺に向かって毒づくのはいいが、隣に先輩がいるじゃねえか。
 そういや、タンケルは初生成をもう終えたのかな。あいつの夢は美少女ゴーレムのハーレムを作ることらしいが、その第一号はどんなゴーレムなんだろうか。
 ユージン先輩はすげえ優秀だって学内でも有名だけど、なんでゴーレム科なんかにいるんだろう。エリート集団のクエスト科からわざわざゴーレム科に移ってきたとかいうし、理解に苦しむ。
 俺なんて、ここに入ることが決まるまでは本当に……

 ――そんな雑念まみれで呪文を詠唱していると、羊皮紙を張り付けた土の山に変化が起きた。
 これも事前の授業でならった通り、煙が発生したのだった。
「あれ? 先輩っ、なんか煙の量が少なくないですかっ?」
「たしかにちょっとねえ……」
 そんな会話が聞こえた所で呪文の詠唱が終了。ゴーレム誕生まで土を見守り続けることになる。
 しかし……
「あの、ユージン先輩。なかなか次の変化が起きないんですけど……」
 煙がちょろちょろと出てはいるが、一向に次の段階に進みそうにない。
 本当ならこの次は、土の山が大きな変化を起こすはずなのだ。その変化は人によって様々で、山が膨らんだり、色が変化したりするそうなのだが俺の山は煙を吐き続けるだけだ。
「ふむ。ターロ君、きちんと集中して詠唱したのかい?」
「そ、それは……」
 先輩の問いに俺は上手く返せない。
 すいません先輩。全然集中してませんでした……
「あんた、落ちこぼれなのはしょうがないことだけど、せめて真面目に取り組みなさいよね! ユージン先輩も呆れてるじゃない!」
「ユリィ君、僕は別に呆れては――ん?」
「どうしたんですか先輩っ! って、ええ? ちょ、ちょっとターロ! あんた何やったのよ!」
 急に二人が慌てだした。何事かと思い山をよく見ると――
「なんだ、これ……」
 俺が盛り立てていた土の山が、黒い煙をもくもくと立てていた。こんなの授業で習ったのと違うぞ? 普通は白い煙が出るはずなのだが……
「ターロ君! そこからすぐに離れて!」
 次の瞬間、ユージン先輩が普段の先輩らしからぬ大声を上げた。
「ペッパード六式、防御特化モード!」
 あれよあれよという間に俺の目の前に先輩のゴーレムが着地し、変形を開始した。
 直方体から人型に変形。続けて二本の足が一本に組み合わさり、その先端から強力な防御結界を発生させた!
 そして、俺のこねていた土の山の方に結界を差し向ける。
「せ、先輩? なんで急に――」
「タ―ロ君。君の盛り立てた土、明らかに反応がおかしいんだよ。少なくとも僕はこのような状態になった土を見たことがないし、何か危険な状態になっているのかも知れない」
 先輩は一気にそう言うが、俺にはよく理解できない。
 なぜ俺なんかの土が先輩の言う変な状態になるんだ? まさか、ろくに気持ちも込めないで作業を行ったせいでこうなったとか?
 うわあ……周りのみんなも注目しちゃってるし……
「来たっ!」
 先輩がそう叫んだ直後、目の前が光に包まれた。思わず俺は顔を背ける。
 とてつもなく眩しいし、どうなるんだいったい――
「ありゃ?」
 眩しい光が収まり、おそるおそる光がしていた方に顔を向けると、そこには何者かが立っていた。あれって……俺の土があった場所じゃ?
「――タ―ロ君。どうやら、僕の思い違いだったみたいだ。
 君のゴーレムは無事に生まれたよ。さあ、忠義の開示を受けてきなよ」
「え? あ、はい……」
 先輩は警戒を解いて、俺にそう促した。
 俺は土を盛り立てていた場所に駆け寄った。
 そこに立っていた俺のゴーレムと思われるそれは、息を飲むような美少女の姿をしていたのだった。

 俺は緊張した面持ちで彼女の前に立った。
 彼女――といっても、見た目には十歳とそこそこの少女といった感じだ。
 背丈は俺よりもグッと低い。
 だが、よくよく見ると明らかに普通の少女とは違う雰囲気を持っている。
 長く伸びた髪の毛はピーンと張りつめたように真っ直ぐな銀色。
 小さな頭にはどれも印象的なパーツばかりが揃っている。
 大きな瞳は人間離れをした黄金色をしていて、キラキラと輝いている。その目つきは、まるで近付く者を全て跳ね返さんばかりの力強さだ。
 まだ普通の少女っぽいかなと思わせる小さく形のよい鼻の下には、キュッと閉じた口。それはやはり力強さを感じさせ、俺を緊張させる。くそ、ちびっこいくせにユリィよりも全然すごいぞ……
 そして、何より特筆すべきはその肌の質感だ。肌色を通り越して乳白色とさえいえそうな色をしたそれは、表面が特殊な加工をしたんじゃないかというくらい艶がある。
 よく考えれば、こいつは人間じゃなくてゴーレムなんだよな。ならば人間離れしていて当然か。一応服のようなものは身に着けているがそれは薄汚れた黒いローブで、果たしてその下には何か身に着けているのか……
「ねえ」
「え?」
 少女ゴーレムの目の前に立って釘づけになっていた俺は、聞き覚えのない声を耳にした。
「あんたよ。あんた」
 ――その声の主は、目の前の少女ゴーレムだった。つーか、「あんた」って言ったぞこいつ。
「あんたって、俺のこと?」
 一応確認を取ってみると、今度は心底不機嫌そうな顔で少女ゴーレムは返してきた。
「そうよ。このアタシの前に間抜けな顔で立っているあんたよ」
「なっ!」
 なんだこいつ!
「すまないけど、さっさと下がってくれる? 邪魔」
「下がるって、お前は俺の生成したゴーレムなんだぞ? 生成者様であるこの俺に、なんて態度をとっているんだ!」
 思わず俺は激高した。ゴーレムは生成した人間――生成者――の忠実なしもべになるというのは授業で習ったのに、話が違うからだ。
 様々な理由から俺はゴーレム科に在籍していることを不本意に感じているわけだが、忠実なしもべという存在ができること自体は悪くないとも思っていたのに……
 そして何より、自分より明らかに年下である少女の姿をしたゴーレムにこんな態度をとられてしまっては、ちっぽけな俺のプライドが許さない。
「おら、さっさと生成者である俺様に忠義の開示をしろ! 繰り返すが、お前は俺のゴーレムなんだ! キェーンって名前まで付けてやったんだからな!」
 俺がそう言い立てた後、少女ゴーレム――キェーン――は自分の手を確認したり、髪を両手でくしゃくしゃやったり、頬をつねってみたりといった動作を行った。
 そして、一通り気が済んだのか手を止めて俺の方をまた睨んでくる。
「最悪ね。なんでこんなパッとしない男の所に、このアタシが降り立ってしまったのかしら」
 ぽつりとそう呟いた。
「――んだとこらあっ!」
 俺は再び激高し、キェーンの頭を押さえ付けにかかる。
 傍から見れば、十代半ばの少年が幼い少女に暴力を振るおうとしているというとんでもない光景だが、これはゴーレムの生成者とゴーレムの関係だ。本来あるべき主従関係を、あろうことかゴーレムが拒否するようなことをぬかしたのだから、怒らないわけにはいかない。
 それに、しつこく繰り返すが、こいつの見た目は俺より明らかに年下の少女なのだ。目下の人間にパッとしない男なんて言われたらちっぽけな俺の自尊心が……
「ふんぎーっ」
「ぐえっ!」
 キェーンの頭を両手で掴んだところで、腹にパンチを入れられた。
 それでも負けずに、頭を掴んだまま思いっきり揺さぶってやる。その間キェーンの髪や体に触れたが、その感触が普通の人間とほとんど変わりないことに格闘中ながら驚いてしまった。
「おらあっ! 服従しろ服従しろ服従しろ服従しろおっ!」
「い、や、よおっ!」
「があっ!」
 揺さぶっている途中にアゴめがけて蹴りを入れられ、俺は思わず手を離してしまった。
 そこに――
「はい。そこまでね」
 気が付くと、制服の襟首をペッパード六式の大きな手に掴まれていた。
 宙吊りの状態で地面を見下ろすと、キェーンもペッパード六式によって地面に押さえつけられている。
 どうやら、この事態を見かねた先輩が自分のゴーレムで俺達を止めたようだ。
「タ―ロ君。こんなに可愛らしいゴーレムが生まれたんだから、大切にしてあげなきゃダメだよ?」
 先輩は宙吊りの俺を見上げながらそう話しかけてきた。
「せ、先輩……だってこいつ、ゴーレムのくせに態度悪いんですよ!」
「生成者に対して反抗的なゴーレムが生まれるってケースは、たまにあるんだよ。だからこそゴーレムに対して生成者が毅然とした態度で接してあげないといけないんじゃないかな」
「わかりました! わかりましたから下ろしてくださいよ……」
 ここは素直に従おう。
 ユージン先輩ってたまに後輩に対して容赦のないことやってくるんだよな。しかも、普段と物腰が変わらないままだから余計に怖い……
「君も、ゴーレムなら生成してくれた人に従わなきゃいけないよ?」
 続いて先輩は地面に伏せられたままのキェーンにそう声をかけた。
「ぐっ、くそ――わ、わかったわよ……」
 キェーンは抵抗を試みていたが、ペッパード六式の腕力の前では無駄だとわかり観念したようだ。
「じゃあ、早く先生達の所に集まってくれるかな? もうほとんどの一年生は生成を終えたみたいだからね」
「はい……」
 先輩に言われて辺りを見回すと、他の生徒達は続々と校舎前に集合していた。俺とキェーンもすごすごとそれに続くことにした。
 途中で余計な言い争いをしなかったのは、俺達の背後からペッパード六式に乗った先輩がついてきたからだったのは言うまでもない。

 校舎前に集合後、ゴーレム科主任の先生から初生成を迎えたことで君達はようやくゴーレム科の生徒として認められたとかどうとか色々話をされ、最後に今後の予定を聞いてから解散となった。さっきの騒ぎのせいかは知らないが、他の生徒が先生の話の間にこちらをチラチラと見てくるのがうっとうしかった。
 いつもより早い時間で本日の日程は終了し、この後は各自寮に戻るなり、学内の施設を利用するなりしていいことになっている。
「やることもないし、部屋に帰るか……おい、キェーン!」
「ああん? 何よ?」
 どうやら「キェーン」という俺が付けた名前で呼べばちゃんと反応するようだが、その反応の仕方は最悪だ。眉をしかめ、大きな瞳でギロリと睨み付けてきやがる。
 だが、ここは生成者様らしくいちいち怒らずに指示を出すことにしよう。うん、どうどうと構えていなければダメだ。
「部屋に戻るって言っているんだ。黙って一緒に来い」
「戻る? どこに?」
「この学校は全寮制で、俺達はあの建物で生活してるんだよ。部屋に入れる大きさのゴーレムは、生成者と同じ部屋で生活するのがゴーレム科のルールだ」
 ああ、もう面倒くさい! これならユリィみたいに人語を使わないゴーレムが生まれてきた方がよかった。なんでこいつは生成者の命令にいちいち疑問形で返してくるんだ!
「……じゃあ、一応ついていってやるわよ」
「な、てめえ……」
 またも反抗的な態度を見せるが、俺は自分に冷静になるように言い聞かせた。
 キェーンは俺の数歩後ろを無言でついてくるが、途中で横に逸れたりキョロキョロしたりで落ち着かない。しかも、俺の部屋につくまでの間、通り過ぎる人がみんなこちらに注目していたからたまらなかった。
 ある者はキェーンを見てニヤつき、またある者は怪訝そうな顔をする。
 みんなが俺のことを年端も行かない少女を連れて歩く変態野郎だと勘違いしていないことを願いながら、自分の部屋に到着した。
「ここが俺の部屋だ。まあ、そんなに酷い部屋だとは思わないけどな」
 部屋の中にキェーンを通すと、こいつは奥に進むでもなく入り口に立ち止まって室内を見回す。
 実際、この学校の寮は国が力を入れて建てた魔法学校の施設だけあって、国内でも上位に入る豪華さだ。しかもゴーレム科は、その不人気が手伝って基本的に一人一部屋の環境を確保できている。
 他の科の寮では二人で一部屋が普通と聞くし、肉体派の多いマジックファイター(魔法戦士)科に至っては、一年生の間は野外にキャンプを張っての生活を強いられるのだ。
「――狭いわねえ。部屋の風合いも全体的に地味だし……あんなベッドじゃ寝る気が起きないわ……」
「いや、お前はベッドで寝る気なのか? あれは俺のだぞ」
 なんとなく不平不満を述べるのは予想していたが、ベッドを我が物にしようと考えているとまでは予想できなかった。それ以前に、ゴーレムって眠るのか?
「あん? アタシに床で寝ろっての?」
「ゴーレムは就寝中の生成者様を守るのが仕事じゃねえのか!」
「そんなの知らないわよ!」
「いてっ!」
 キェーンは俺の脚にキックを放った。そして、俺が反撃するより先にベッドの方へ走って行く。なんてゴーレムだ!
「てめえ! まちやがれえええ」
「はんっ、このベッドはもう私の物よ。地味だしそこまで綺麗じゃないけど、我慢して使ってあげるから安心なさい」
「ふざけるんじゃねえぞ!」
 ベッドの上に座り込んだキェーンに俺は飛びかかった。
 そこから押しつ押されつ、くんづほぐれつの取っ組み合いになり、ベッド上での大乱闘となる。
「どうだあっ!」
 頭突きを俺に避けられ、それによりキェーンはバランスを崩した。その隙を突いて俺は背後に回り込んでキェーンの細い足首を掴むことに成功する。
 そして、そのまま体格差を活かして逆さ吊りにしてやった!
「くそ! 離せこの野郎!」
「何がこの野郎だ。――いてっ!」
 逆さ吊りにされてもなお暴れるキェーン。仕方がない、こうなったらベッドか床にこいつの体を叩きつけるしか……
「ターロくぅーん! 噂の美少女ゴーレムを見せてくれよぉ!
 ――って、うおおお!」
 その時、部屋のドアが勢いよく開きよく知る顔の男が入ってきた。
 そいつの名はタンケル・イグニス。ゴーレム科のクラスメイトで、入学後最初に仲良くなった奴でもある。タンケルは部屋に入るなり俺の姿を見て絶叫、そして硬直した。
「タ、ターロ……てめえ、さっそくお楽しみかよ……」
 ん? こいつ何か勘違いしてるみたいだぞ?
「違うんだよタンケル。こいつがゴーレムにあるまじき態度をとるもんだから、生成者としてそのお仕置きをだな――」
「お、お仕置きときたか! くあー、お前がそんな一段上の楽しみ方をしやがるとは……」
 やばい。冷静に弁解してみたら、さらに誤解を生んでしまったようだ。
「いや、だから違う!」
 俺はキェーンを解放し、タンケルに駆け寄る。
 その隙にキェーンはその場にどかんと座り込み再びベッドを占拠してしまったが、今は気にしている場合ではない。
「ベッドの上で美少女の足掴んで、違うも何もないはないだろうが!
 どう考えてもよからぬことの真っ最中じゃねえか!」
「だからって逆さ吊りにするかよ?」
「逆さ吊りにできる体格差があるなら、男としてやってみたくなるのは当然のこと。
 ターロだって例外じゃないはずだ」
 こ、こいつは……
「本当にそれは誤解だって。つーか、お前の常識を俺に当てはめんな……」
 そう。こいつの価値観は所々で偏っていたり、常軌を逸しているのだ。
 それを除けば気さくでいい奴なのは確かだが……
「オーケー。お前が美少女ゴーレムを手に入れて早速それを堪能しようとしてたことは、みんなには黙っとくよ。ただし、俺に彼女を観察させてくれればの話だがな」
「いや、だから――わかった。わかったから、もうこれ以上言わんでくれ……」
 まだ勘違いはしっぱなしだか、もう諦めた。とりあえずこの場を落ち着かせよう。
 それにしても、キェーンの観察ときたか。さすが美少女ゴーレムを大量に生成してハーレムを作ることを夢見ているだけあるな。
 タンケルがゴーレム科に入学した目的は、人型(それも美少女に限る)ゴーレムを大量に生成してハーレムを作ろうという親御さんがかわいそうに思える内容である。
 そんなスケベな野望を周りに堂々と語っているのだから、なかなかいい性格をしていると言える。これはある意味こいつの魅力なのだろう。
 まあ、目的があってゴーレム科に入ったという時点で俺なんかより全然立派だが――
「へー。キェーンちゃんっていうんだ! ターロが名付けた割には、お洒落な響きでいい名前だね」
「うーん。そうかしら?」
 タンケルは鼻の下をこれでもかと伸ばしながらキェーンと会話を弾ませている。キェーンは楽しそうな様子には見えないが、普通に受け答えしてやがる。
 俺はやることもなく、ベッドの反対側にある椅子にかけて奴らの会話に耳を傾けるしかなかった。
「俺にもキェーンちゃんみたいなゴーレムができればよかったよ。本当に……」
「タンケルのゴーレムってどんなの? そういえば一緒にいないわよね」
「いや、それはね……」
 急にタンケルがおとなしくなった。自分のゴーレムの話になった途端、言葉に詰まった様子だ。気になったので、俺も横から口を出してみた。
「おい、今日は自分のゴーレムと一緒にいないとダメなんじゃないか?」
「――頼むターロ。今日はここに泊めてくれ」
「いやいや、会話が繋がってないから。お前のゴーレムはどこにいるんだよ」
「そ、それは……」
 タンケルが返答に困っていると、閉まっていた部屋のドアが再び開いた。
 いや、開いたというより蹴り破られた……
「ダーリン。こんな所に隠れるなんてひどいじゃないか」
「なんでここがわかるんだよぉ……」
 タンケルはさっきまでとは打って変わって萎縮してしまった。
 部屋に入ってきたのは、長身の女性。
 存在感がものすごい大きな胸、それに反して華奢な腰、長くなめかましい脚……それはもう下着ではないかという露出度の高い服を着ているせいで、その体の全てがよく見てとれるのだった。
 こ、これは――目のやり場に困る!
「ダーリンの居場所は感覚でわかるのだよ。フッフッフッ、私はダーリンのゴーレムなのだから言わずもがなさ!」
 彼女は長い黒髪をふわさと揺らし、挑発的なポーズと目つきでこちらを見てきた。
 ん? ダーリンのゴーレム? ああ、そうか。彼女はタンケルが生成したゴーレムか。
「お姉さん、すいません……」
「なんだい少年? おっと、もしも少年がダーリンを意図的に隠していたというなら、こちらにも考えがあるが……」
 俺が横から口を挟むと、彼女にジロッと睨まれた。
 うわ、俺が見上げてしまうくらいデカいぞこの人。いや、人じゃないか。
「いえ、隠すつもりなんて……お姉さんはタンケルのゴーレムなんですよね?」
「いかにも。私はあそこに座っているダーリン――タンケル・イグニスが本日生成したゴーレム! ダーリンからはクローブという素晴らしい名前を授かったので、私のことは遠慮せずにクローブと呼んでくれたまえ」
「はあ……」
 俺の問いに対しクローブは、大きな胸を揺らしながら自信満々に口上を述べた。
 これがタンケルの生成したゴーレムなのか……なんかすげえな、色々と。その雰囲気に飲まれて俺ってば敬語を使ってるし。
「ところで少年。ダーリンの件だが……」
「あ、別に俺はあいつをかくまっているわけじゃありません。あいつは俺のゴーレムを勝手に見に来ただけなんで、連れ帰りたいんならどうぞご自由に」
「そうか。ありがとうな」
「ターロ! お前、友達を裏切るのかよ?」
 そう言うとクローブはタンケルの襟首を掴み、片手で軽々と持ち上げた。
 入室時のドアの件といい、このクローブはかなりの怪力の持ち主なのがわかる。そこら辺はさすがゴーレムといったところか。
「さあ、ダーリン。お友達に迷惑をかけるのはこれくらいにしておこうか。
 それと――」
 クローブは話の途中で目線を下にやり、ベッドに座っていたキェーンを見た。
「な、何よ……」
「お嬢ちゃんもゴーレムのようだが――ふん。そんなちんちくりんの体で、うちのダーリンをたぶらかさないでくれるかな?」
「はあ?」
「それに、お嬢ちゃんはあの少年のゴーレムじゃないのか。だったらあの少年に尽くして尽くして尽くしまくれ。それがゴーレムの本分というものだろう」
「うっさいわね。あんたにどうこう言われる筋合いはないわよ!」
 何やらゴーレム同士の口論が始まった模様だ。
 しかし、両者の身長差はすごいな。クローブの長身に対し、うちのキェーンときたらベッドの上に立ってやっと目線が並ぶくらいだ。
 あっ、身長だけじゃなく体のラインも対極的だな……
「従者のくせに反抗的な態度を取る――そういうのを好むマニアックな主人もいるそうだが、お嬢ちゃんの生成者はそうなのかな? それなら合点がいくのだが……」
「あんた何言ってんの? アタシはとにかく、アタシという唯一無二の存在があんな冴えない奴のもとに降臨したのが認めたくないだけ!」
「ふん。しかし、お嬢ちゃんのそのちんちくりんな体には、あの少年の血と魔力が注がれているわけだ。それは紛れもない事実だぞ?」
「そ、それは……うぐぐっ……」
 口論はキェーンの劣勢となってきたみたいだ。とはいえ、クローブはゴーレムとして当たり前のことを言っているだけで――
「あっ! ちょっとクローブ!」
「どうした少年。自分のゴーレムが言い負かされるのは見ていて辛いかな?」
「そうじゃなくって、タンケルが!」
 俺は二人の口論に慌てて割って入り、クローブの手元を指した。
 彼女が片手でぶら下げていたタンケルが首吊り状態となっていて、青白い顔でぐったりとしていたのだ!
「ん? おお、これは大変だ。すぐに蘇生措置に入る――ぞっ!」
 そう言うとクローブは、タンケルを両腕で抱きかかえた体勢に移り、唇を重ねた!
「ぶはあっ! げほっげほっ……」
 唇を重ねたままクローブは大きく呼吸をし、タンケルは意識を取り戻したのだった。
「おはようダーリン。目は覚めたかな?」
「あれ、俺って何やってたんだ? 急に体が宙に浮いて、その直後に首が絞まったような記憶があるんだけど」
「まさか! そんなことがあるわけないだろう。ダーリンは今日、私を生成したせいで疲れているんだ。そんな日は意識が突然落ちてしまうこともあるさ。さあ、今日はもう部屋に帰って体を休めようじゃないか」
「――わかったよ。まあ、明日も早いもんな」
 すげえ。キェーンどころか、自分の生成者まで言いくるめてやがる。
「どうだお嬢ちゃん。ゴーレムたるもの、生成者の命を全力で守りきるのが常識中の常識! 今日はこれで勘弁してやるから、それだけは肝に銘じておくように」
「ん? 命ってなんだ?」
「なんでもないぞダーリン。それじゃあ少年にお嬢ちゃん、明日また会おう。
 おやすみ!」
「お、おやすみなさい……」
 こうして、タンケルとクローブは部屋から出て行った。
 部屋のドアは壊れたままで、キェーンはクローブに言われっぱなしだったのが気に入らないのか、俺の枕に八つ当たりをしている。どうするんだこの状況……
 俺が呆然としていると、今度は窓の方から音がした。ガラスを叩く音か?
「今度はなんだいったい……って、先輩?」
「こんばんは。ちょっと夜の散歩がてら気になったので寄ってみたよ。ゴーレムの調子はどうだい」
 窓の外にはユージン先輩がいた。俺は窓を開け応対する。
 ここは建物の三階で、先輩は空を飛んでいるペッパード六式の上に乗っていたのだった。
「どうもこうも、部屋に入れて早々ベッドを占拠されちゃいましたよ」
「ほほう。それは大変だね」
 先輩はキェーンの方に目をやった。キェーンはびくっとなって枕で顔を隠す。
 こいつ、昼間に先輩のゴーレムに押さえつけられたのが怖かったのか?
「あのドアも君のゴーレムがやったのかな?」
 今度はクローブにより蹴り破られたドアを指摘した。
「いえ。あれはタンケルのゴーレムが入室時にぶち破ったんです」
「この寮のドアをあんな風にできるとは、彼もなかなか力強いゴーレムを生成できたってことか。ははは」
「笑い事じゃないですよ……」
 先輩の言った通り、クローブの力は半端ではないことは確かだ。
 このエクスペリオン魔法学校の施設は、長い年月の使用に耐えられるように建物全体に強化魔法がかけられている。寮も例外ではなく、ドアや窓ガラスは軍の使う砲弾を受けても少し傷が付く程度だ。
「それもそうだね。ドアのことはともかく、わがままなゴーレムに困っているのなら応急処置ができるけど、どうする?」
「本当ですか? ぜひお願いします!」
 これはもう頼むしかない。俺が申し出ると、先輩はポケットから何かを取り出した。
「そ、それは……」
「魔導ロック式の首輪だよ。取り付けた人間が魔力を注ぐことで完璧にロックされ、取り付けた人間が再び魔力を注がないとそのロックは解除されない。サモン科の連中が召喚獣と散歩する時によく使うマジックアイテム(魔導具)さ」
 それは素晴らしい! その首輪には鎖が取り付けられていて、これをキェーンに付けてどこかに繋いでおけばベッドを取り戻せる!
「ありがとうございます!」
「ははは。本当なら、首輪無しで言うことを聞かせることが一番なんだけどね。まあ、これは今度返してくれればいいよ」
 先輩はそれだけ言うと、ペッパード六式に乗って夜空に消えて行った。真面目なようだけどけっこう自由にやってる先輩なんだよな……本当ならこの時間はもう外出は禁止なんだけど。
 ――それはさておき。
「ふっふっふっ」
「あ、あんたまさか……」
 キェーンはすでにベッドの上で警戒態勢に入っている。そう、そのまさかだ!
「てめえをベッドから引きずり降ろし、これを付けてやる!」
「げ、外道がっ!」
 もう何と言われようが気にしない。幼い少女相手に首輪を片手に迫る俺の姿は、とても実家の両親に見せられない姿である。だが、これはゴーレムと生成者の問題なのだ。
「うおおおおお!」
 格闘の末、なんとかキェーンに首輪を取り付けた。そして、ベッドのある反対側の壁に鎖の端を括りつけ、遂にキェーンをベッドから引き剥がすことに成功した。
「おとなしくしていれば明日の朝には外してやる。抵抗は無駄だから、今日は黙ってそのまま寝るように! ゴーレムの本分とは何かもよく考えろよ」
 俺はベッドに堂々と陣取り、繋がれた状態のキェーンにそう宣言した。
「く、くそ……」
 キェーンはぶつぶつと何かを言い続けていたが、やがておとなしくなった。
 うん。これでゆっくりと眠れるな。
「あーあ。疲れたな……」
 ベッドに寝転んだが、体の所々が痛い。これもキェーンとの格闘のせいだな。
 しかし、もしキェーンにクローブと同じくらいの腕力があったなら俺はさっきの喧嘩で重傷を負っていただろう。そう思うとキェーンが非力なゴーレムで助かった。
 ゴーレムが非力ってのもけっこう考え物だよなあ。
 いや、たとえ非力でなくとも、俺は別にゴーレムなんか……

 俺が生成したキェーンというゴーレムのこと。
 壊されたままのドアのこと。
 ゴーレム科に今俺がいること。
 実家のこと。
 ――色々と考えているうちに頭が痛くなってきた。
 もういい、今は何も考えずに寝てしまおう!

2.

「ん、もう朝――って、ええ?」
 窓に光が差し込んでいたが、どこか様子がおかしかった。
 全身に堅い感触。なんと俺は床に転がっていたのだ!
 そして、続けざまに驚くべき光景が俺の目に飛び込んでくる。
「おい、どうしてだ?」
 ベッドにはキェーンの姿があった。実に気持ちの良さそうな顔で眠っていて、その首には昨夜付けていたはずの首輪がなかった。
「ふわあ……」
「キェーン! どうしてお前がそこで寝てるんだ!」
 俺はキェーンの体を揺すって起こし、事情を説明させる。
「ああん? それはあんたをベッドから引きずり下ろしたからよ」
「そうじゃなくって、首輪をどうやって外したんだよ? あれは、取り付けた俺にしか外せないんだぞ」
「寝起きなのにそんな騒がないでよ。あの首輪は外せたから外したの……」
 そう言いながらキェーンはまたベッドにうずくまる。
 外せたから外せたって――だからあの首輪は、そう簡単に外せるものじゃないはずなんだよ。
 とりあえず俺は外された首輪を確認してみた。
「やっぱおかしいよな。これって……」
 首輪は鎖の端が壁に括りつけられている以外は、昨夜先輩から渡された状態と変わっていない。無理矢理壊したというわけではないようだ。
 もしかして首輪は不良品だったとか? いや、あのユージン先輩がそんな物を持ち歩いているわけがない。先輩がそんなミスをするなんて考えられないが……
「――今はいいか。飯を食いにいかないと」
 今日も授業があるのだった。だから、早いところ学食で朝食を取らないといけない。
 急いで着替え、キェーンを叩き起こしてから学食に向かった。首輪のことは、今はもう気にしないでおこう。マジックアイテムのことなんて俺にはわからん。
 勉強道具を鞄に詰めて、まだ寝ぼけ気味のキェーンを引っ張りながらドアを開けて部屋を出る。
 ――あれ? 今、何か違和感が……

 学食で飯を腹に詰め込み、始業開始の鐘が鳴るまでになんとか教室に入れた。
 俺とキェーンが教室に姿を現した瞬間、なんだか教室中の視線がこちらに集中したような……
 俺はなるべく意識せずに席に向かった。昨日もそうだったが、やっぱり人間と見た目が同じゴーレムは注目を浴びやすいのか。
「おーっす。おっ、キェーンちゃんもおはよう!」
 タンケルは相変わらず元気だ。そして、横には長身の美女――タンケルのゴーレムであるクローブがどっかりと座り込んでいた。ちなみに、タンケルは俺の隣の席だ。
「おはよう少年。昨晩はそこのちんちくりんのお嬢ちゃんとお楽しみだったのかな?」
「なっ!」
 クローブがさらっとそう言うと、教室にいた全員がこっちに注目をしてしまった。
 俺は慌てて反論する。
「そんなことしてねえよ! この馬鹿が反抗的なもんだから、首輪付けて――あ……」
 「首輪」という単語が俺の口から出た瞬間、教室の空気が変わったような気がした。こちらに向けられていた熱い視線が一転、冷たいものへと変わって行くように感じられたというか――
「いや、首輪と言ってもね? 決して変な意味じゃなくて……」
 クローブではなく、俺は教室にいる全員に対して弁解を試みたがみんなが視線を合わせてくれない。
 くそっ、タンケルもクローブも発想が同じじゃねえか。
 そういえばクローブの服装が昨夜と比べて少し変化している。お世辞にも綺麗と言えない大きな布を肩に羽織っていて、下半身には革製の腰巻を装着している。その下には下着のような際どい衣服があるのは変わっていないようだが……
「ん? 少年、そんなにジロジロ見ても私はダーリン以外の男に体を触らせる気はないぞ?」
「いや、その布や腰巻はなんで着けてるのかなあって」
「ああ、これはダーリンからのプレゼントだよ。どうやらダーリンは、私の体が他の男達からジロジロ見られるのが嫌なようでな」
 クローブは腰巻の裾をひらひら見せつけながら話した。ユージンの方に目をやるが、バツが悪そうな顔をしていて話に入って来ない。
「んー。やはりダーリンは素晴らしい。男の中の男だ!」
「や、やめろクローブ……」
 クローブは人目をはばからずにタンケルに絡み付きはじめてしまった。
 ほほう。タンケルにしちゃ珍しい行動じゃないか。しかし、布や腰巻の羽織り方がラフなせいか、動く度に胸や太ももが見え隠れして余計に気になるという……
「――いてっ!」
 急に背中を小突かれた。すぐに後ろを振り向くと、不機嫌そうな顔をしたキェーンが立っていた。
「ねえねえ。やたら人間もゴーレムも集まってるけど、今から何するの?」
「ああ、これから生成者とゴーレムが一緒に授業を受けるんだよ。生成者にゴーレムが付き従うのは当然だから、授業の間も生成者の隣にいるんだ――俺は嫌だけど……」
 俺がそう言うと、キェーンは少し不機嫌そうな顔をして椅子をいじり始めた。
 ゴーレム科の一年生は今日から、初生成によってできたゴーレムと共に授業を受けて行くことになる。そのため、ここの教室の机は通常のものより幅広で、ゴーレムが掛けるための椅子も用意されているのだ。
「ふーん」
 うちのクラスの生徒はほとんど集まっているようだ。もちろん、彼ら彼女らのゴーレムも一緒にいて、友人同士でお互いのゴーレムを見せ合ったりしている。
 小さな球体が繋がって人型を成しているゴーレムや、四足獣のような姿をしたゴーレム、ヘビのような見た目で生成者に巻きついているゴーレムなどその姿は様々だ。
 しかし、見た目から肌の感触まで人間と間違えてしまうようなゴーレムはどうやら俺のキェーンとタンケルのクローブくらいのようだ。ああ、やっぱり目立って嫌だな……
「おーっす」
 俺達の会話にクラスメイトの少女――ユリィが入ってきた。後ろには黄土色をした球形のゴーレムを引き連れている。
「おっ、君がターロのゴーレム? うーん……」
「な、なによあんた」
 ユリィは腰をかがめてキェーンに話しかけた。キェーンは身じろぎし、怪訝そうな顔をする。
「私は君の生成者の真後ろの席に座る女! ユリィ・ドルフーレンよ!」
 そんな大げさな名乗りを上げたユリィ。
 そう。こいつは俺の真後ろで授業を受けているのだ。それが原因で入学時より俺はこいつに絡まれて困っている。なんでも、目の前でやる気のないオーラを出されているとイライラするとか。最近ではもう慣れっこだが、やはりうっとうしいことに変わりはない。
「アタシはキェーン。たしかにアタシはこいつのゴーレムとして生まれちゃったみたいだけど、まだ納得がいってないわ。なんでこんな奴のところに……」
「あっははは。言うじゃない! でも、気持ちはわかるよ。そしてこっちは――」
 続いてユリィは隣の席に目をやった。
「おはよう、お嬢ちゃん。私は彼のゴーレムで、名前をクローブと付けられた。ダーリンの学友ということはこれから顔を合わせる機会が多いだろうがよろしく頼むぞ」
 ユリィが話しかけるより先にクローブが挨拶をし、手を差し出した。
「あ、うん……よろしく」
 堂々とした態度を取るクローブにさすがのユリィも引き気味のようだ。
「先生が来たぞー!」
 ドアの近くにいたクラスメイトがそう言うと、急いでみんな席に着いた。
「ちょっと! この椅子、ガタガタするんだけど」
「うるせー。もう黙ってろ」
 キェーンが椅子について文句を言っていたが俺はもう無視した。
 担任の教師が部屋に入ってきて、挨拶の後で簡単な連絡事項を述べてから早速授業が開始した。
「えー。みなさんは無事に初生成の日を終え、ゴーレムを始めて手にしました。言うまでもなく、そのゴーレムと共にこれから多くのことを学んでいくことになるのですね。
 はい、そこで一番最初にするべきことは何でしょう? ――はい、そうですね。それは、自分のゴーレムについて知ることです」
 自分のゴーレムについて知る? それならもう嫌というくらい知っているさ。
 俺のゴーレムは、まるでゴーレムとは思えない尊大な態度を取りやがる。はっきり言って最悪だ。
「えー。知るというのは具体的に言うとゴーレムの特性、能力を把握することです。自分のゴーレムが何をできるのか、どのような特殊な力を有しているのか、これを知ることからみなさんに始めてもらいたいわけですね」
 特殊な力か。そういや、初生成の日の前からうちの担任がゴーレム生成の魅力としてこれを挙げていたな。
 ゴーレム生成には様々な方法があるが、大きく分けると二種類ある。
 一つ目は、生成者が土と薬品、そして血を混ぜ合わせた物からゴーレムを生成するタイプ。
 二つ目は、血を混ぜないで生成するタイプだ。
 このうちの一つ目が、俺達が昨日行った方法なのだが、これらは作業の手間が少なく初心者でも非常に成功率が高い。しかし、その分多くの不確定要素が発生し、どのような姿形、個性を持ったゴーレムが生まれるかコントロールができず、生成者によって生まれてくるゴーレムの特性も多種多様なわけだ。中には、とんでもない能力を秘めたゴーレムも生まれるとか。
「そこで、今日からの三日間を使って自分のゴーレムの能力を調べてもらいます。外で実験するもよし、図書館で文献を漁って参考にするもよし、やり方はみなさんにお任せします。そして、作業の過程と結果をレポートにまとめて提出をしてくださいね。では、本日は終礼の鐘が鳴るまで作業に励んでください」
 教室はにわかにどよめいた。俺はキェーンの方に目をやったが、案の定眠そうにしていやがる。
「おい、今の聞いてたか?」
「ん……よくわかんなかったわ」
 そう言うとキェーンは本当にそのまま眠り出そうとした。こいつ……
 担任の合図で作業開始となったが、果たしてどうしたものか?
「おいターロ。俺は外の実験場に行くけどお前はどうする?」
「うちのダーリンったら、もう閃いたらしいぞ。我が生成者ながら、惚れ惚れするほど頭が切れる!」
「そんなんじゃねえって……」
 席についたまま考え事をしていると、タンケルが声をかけてきた。どうやら外の実験場に行くみたいだ。
「じゃあ俺も行こうかな。キェーン、ついてこい」
「ふにゃあ……また移動? 面倒くさい……」
 外の実験場は言ってしまえば校庭のようなもので、基本的にゴーレム科専用の施設である。
 こんな寝ぼけゴーレムに何ができるかなんてまったく予想が付かないが、周りの状況を見るには最適だと思い俺はタンケルとクローブについていくことにした。

「うおりゃあああああ!」
「おおおー!」
 またもブロックが粉々に砕かれた。
 沸き上がる歓声にクローブは手を振って応えた。タンケルはその様子を見ながらちょこちょことメモを取っている。
 実験場には様々な実験道具が用意されており、今粉々になった人の大きさくらいあるブロックは、持ち上げたり引きずったり破壊したりすることでゴーレムの腕力をはかる物である。一つあたりの重さも大人一人と同じくらいだったかな。
 そんなブロックをクローブは空中高く放り投げ、頭に落ちて来る寸前で拳を突き上げ破壊したのだ。魔法でも使わない限り、人間にはとても真似できない行為である。
「フッフッフッ! どうだダーリン、見直したか? 惚れたか?」
 クローブに向かって歓声を上げていたのはほとんどが男子だ。これは彼女の見せたブロック破壊に対してではなく、破壊をしている彼女の姿に対して叫んでいるに違いなかった。
 下半身の腰巻はそのままだが上半身を覆っていたボロ布を今は着けていないため、その豊満な胸が……それはもう躍動して止まないのだった。
 とても土からできたとは思えない、見事な弾力性を宿した胸であった。
「クローブ、その辺でいいよ。あと、それ羽織れ」
「おお。ダーリンが言うならそうしよう」
 メモを取り終えたタンケルはまた布を身に着けるようにクローブに命令した。周囲の男子はあからさまに不満の声を漏らす。
 タンケルは実験場に来るなりクローブにブロックを持ち上げて壊すように指示をして、さっきからブロックをいくつも破壊させていた。ここに来る途中に「こいつの特性の見通しはついてる」と言っていたが、どうやらそれは正解だった模様だ。
「タンケル、順調じゃないか。やっぱりクローブの能力って――」
「ああ、見ての通りの怪力だな」
 確認してみたがやはりそのようだ。
 昨夜見せたような、部屋のドアを蹴り破ることやタンケルを片手で軽々と持ち上げるといったようなことからも、クローブの尋常じゃない怪力は彼女のゴーレムとしての能力だというのは簡単にわかる。
「わかりやすくていいけど、面白みがないよなあ」
 タンケルは書いていたメモを確認しながらそう言う。
「いや、ゴーレムらしくていいんじゃないの? 色々な場面で役に立ちやすいじゃん」
 怪力というのはゴーレムの能力において最もポピュラーな部類に入る。
 そもそも、ゴーレム生成の技術が確立された頃から、この怪力こそが一番役に立つ能力と言われているのだ。危険な現場での作業、重労働、そして戦闘においてこれほど有用なものはない。
「そうだぞダーリン! ダーリンに危険が迫った時にはこの剛腕で身に降りかかる脅威を全て振り払ってみせよう」
 腰巻についたホコリを払ってから、クローブは拳を掲げて力強く宣言した。うーん、実に頼もしい……
 その一方で俺が生成したキェーンときたら――なんとも頼りない。その小さな身体通りというか、非力そのものである。
「なあ、お前はあのブロックを持ち上げられるか?」
 俺は積まれたブロックを指差してそう話を振ると、キェーンは険しい表情をしてからブロックの方に走って行った。
 そして、
「ふぎぎぎぎぎ! ふぎぃーっ!」
 ブロックの端に手をかけ、ありったけの力で持ち上げようとし始めた。
 だが、ブロックはほんの少し浮くだけでしばらくするとキェーンは手を離してしまった。
「くそう……」
「なんだよ。生成者様の期待に応えようとしたのか?」
 すごすごと戻ってきたキェーンに俺はそう声をかけた。
「期待に応える? アタシのプライドの問題よ……」
 キェーンは仏頂面をしてそう吐き捨てた。またこいつは!
「お嬢ちゃんは言うまでもなく怪力を有してはいないようだな。まあ、それを自覚して他のことで頑張るべきだな」
「キェーンちゃんはもうその可愛さが唯一無二の特性、能力だよ!」
 横からクローブとタンケルが茶々を入れてきた。キェーンは言い返せない。
「ダーリン、この私を差し置いてそんなことを言うなんてひどいじゃないか」
「う……こ、これから調べたいことがまだあるから、図書館に行くぞ! また後で会おうぜターロ、キェーンちゃん!」
 タンケルはそう言うと、絡んでくるクローブを払いのけながら実験場を後にした。
 あいつ、意外と熱心に取り組んでるんだな。
 タンケル達がいなくなってからは、キェーンはぶすっとしたまま実験場の端に座り込んでしまった。俺も特に何かやろうとは思わなかったので、実験場にいる同級生達の様子を見ていることに決める。
 一応、生成者とゴーレムが離れているのが見つかるとまずそうなので、少し距離を取りながらも隣り合うようにして俺はキェーンの横に座った。
 ――お互いにしばらくの間沈黙。横目でキェーンを見ると、不機嫌な様子はなくなったようだが何を考えているかわからない表情をしている。
 うーん。それにしてもこいつにどんな力が……とりあえず腕力がないのは明らかになったが……あっ!
 ここで俺は、ポケットの中に入っていたあれのことを思い出した。
「おい! お前はそんなに力がないのに、どうしてこれを外せたんだよ?」
 そう言いながらキェーンの目の前に突き出したのは、朝になって外されていた首輪だ。魔法によってロックされていたこの首輪を、あんなに非力なキェーンが力任せで外せるわけがないはずだ。
「あー、それね……いいわ、もう一回アタシにかけてみなさいよ」
「え?」
 キェーンは自身に満ちた表情でそんなことを言ってきた。さらに続ける。
「それで、もしアタシが自力で首輪を外すことができたなら、部屋のベッドをアタシに明け渡しなさい!」
「なんだってえ?」
「どうする? 逃げるの?」
 この挑発的な態度が非常にムカつくが、賭けの代償がベッドというのも……
しかし、今はこいつの自信の根拠を知りたいというのが正直なところだ。
「よーし、わかった。お前の挑発に乗ってやろうじゃねえか。早速取り付けてやる!」
 俺がそう宣言すると、キェーンはニヤッと笑ってから後ろを向いた。そして、長い銀髪を持ち上げ、真っ白な首を露出させる。
「――来なさい」
 その仕草に一瞬ドキッとしてしまったが、すぐさま冷静さを取り戻し俺はキェーンの首に首輪を付けた。
 留め金を確認した後、魔力を注ぎ込みロック。これで再び魔力を注がない限り、この首輪が外れることはないはずなのだ――普通ならば。
「ふん。やっぱりこの程度なら楽勝みたいね」
 取り付けられた首輪を引っ張りながら、キェーンは余裕綽々といった感じ。俺はキェーンの手元に注目をする。
「ほいっと!」
掛け声の後、キェーンの指が留め金の部分を数回なぞった。そして、気が付くと首輪は解かれていて、どうだと言わんばかりにキェーンは手に持ったそれをこちらに見せてくるのだった。
「いかがかしら? これでベッドはアタシの物よね」
 ――今はベッドのことは二の次だ。見せ付けられた首輪は無理に壊された様子はなく、ごく自然に、正規の方法で外されたようにしか思えない。
「い、いったい、どうやって……なんでそんなことが……」
「外せるんだからしょうがないじゃない。んー……でも私ってば、こういう物をいじくるのが得意みたいなのよね。どうしてなのかしら?」
 どうしてって、知りたいのはこっちなんだが――
「あと、あんたの部屋のドアも直しておいたわよ。覗かれたりしたら私も嫌だもん」
「あっ! ――ドアってもしかして!」
「ちょ、ちょっと! いきなり何すんのよ!」
 俺はキェーンを小脇に抱えて寮へと走った。

「はあ、はあ……やっぱりそうか」
 部屋のドアは、昨夜クローブにぶち破られたはずだったのに何事もなかったかのように元通りになっていた。何度か開閉したが、使用に問題もないみたいだ。
「今朝、部屋を出た時の違和感の正体はこれだったんだな」
「つーか、普通はすぐ気付くでしょうが……」
 キェーンは呆れ顔でこちらを見ている。
「これを直すのに、何か道具を使ったのか?」
「いいえ。素手でちゃちゃっとやっただけよ」
 首を横に振って答えたキェーンは、足をバタつかせる。ああ、そういやキェーンを抱えっぱなしだったな。
 キェーンを解放すると、俺はさっきの首輪の件も含めて今一度キェーンの力について考えてみることにした。
「こういう物をいじくるのが得意」とキェーンは言った。
 魔導ロック式の首輪に、魔法により強化されたドア――
 この二つの共通点は、マジックアイテムということだ。
 何らかの魔法の力が付与されていたり、使用者の魔力に反応して特別な動作を起こしたりする道具の総称をマジックアイテムというわけだが、どうやらキェーンの言う「こういう物」とはマジックアイテムのことではないだろうか。
 ちなみに、先程の実験場で、キェーンが押しても引いてもびくともしなかったブロックはマジックアイテムでなかった。
「よし、ちょっといくつか試させろ!」
 思い立った俺は机からいくつかのマジックアイテムを取り出した。
 発光効果のある魔法石を使用した筒状のハンディライト、強化魔法の施された燃えにくく刃物でも切れにくいロープ、使用者の意思に反応して柄が伸縮するホウキの三点。これらは実家を出る時に両親が半ば強引に持たせたマジックアイテム達の一部だ。
「これ全部、好きにいじっていいぞ。気に入った物があったらお前にやる」
「え、本当に? どれどれ……」
 突然の俺の申し出にキェーンは驚いた様子を見せたが、すぐにマジックアイテム達に飛び付いた。そして、無邪気にそれらで遊び始めた。
 ハンディライトを付けたり消したり、ホウキを部屋いっぱいに伸ばしたと思ったらすぐに縮めたり、どちらも使い方を教えたわけでもないのにもう使いこなしてやがる。
「キェーン、そのロープはどういう物かわかるか?」
「これ? これは魔法の力で普通より丈夫にしてあるんでしょ。材料となる繊維に魔法の影響を受けやすいよう薬草の汁を染み込ませてあるわね」
 こいつ……本当に手に取っただけでわかったのかよ。
 その後も、ハンディライトを分解してすぐにまた元通りの形に組み直したり、強化魔法が施されているはずのロープを力も入れずにぷつりと断ち切ったりと、俺の取り出したマジックアイテムを思う存分いじくり倒した。しかも、全て素手でだ。
 うーん。やっぱりこいつの能力って、マジックアイテムを好き勝手扱うことができるって能力なんだろうか……
「――ちくしょう、なんだよそれ」
 生き生きとした顔でマジックアイテムを手にしているキェーンを見ていると、胸の辺りがモヤモヤしてきた。
 ――こんな光景は、見ていて腹が立つ――
「あれ? あんたどこ行くのよ?」
「昼飯だよ……ついてきたけりゃ好きにしろ」
 食堂が開く時間まではまだ少しあるが、今はとにかくこの場にいたくなかった。
 くそっ、もうこんなことでウジウジするのは嫌だったのに。
 いや、このゴーレム科にいるうちは、俺はずっと――

 キェーンは俺に少し遅れて食堂に到着し、その姿を見つけてタンケルが駆け寄ってきた。もちろん、その背後にはクローブの姿もある。
「ダーリン、私が席を確保しておこう。中庭が見下ろせる二階のテラス席がいいかな?」
「ああ、頼むよ」
 クローブはそう言うとテーブルの方に向かっていき、その姿を見ていたキェーンは俺の顔を一瞥してからクローブの後を追っていったのだった。
 大盛りのパスタとサラダを食堂のおばちゃんから受け取り、俺とタンケルはクローブが確保していたテーブルに着席した。
 食堂はゴーレム科以外の生徒から教員、果ては学校の警備員も分け隔てなく利用するので多くの座席が必要なため、三階建ての建物になっている。
「タンケル。お前、図書館で何調べてたんだ?」
 パスタを食べながら俺はタンケルにそんなことを聞いてみた。
「ちょっと引っかかることがあってな。なあ、クローブ。少しの間席を外してくれると有りがたいんだけど……」
「うむ。男同士の話を邪魔するのは野暮というものだ。お嬢ちゃん、君も一緒に来るんだ」
「あ、ちょっと――」
 クローブはあっさりと了承し、キェーンを片手でつまみ上げるとなんとテラスから飛び降りて中庭に着地した。そして、呆気に取られた俺達に笑顔で手を振るのだった。
「お前のゴーレムってなんというか豪快だよな……その、見た目通りというか……
 それで、引っかかることってなんだ?」
「ああ、クローブのことさ」
「なんだよ。もう彼女の能力はわかったんじゃねえの?」
 もうクローブの能力はあの怪力だと判明したはずだろうが。
「まあ聞いてくれ。さっきまで調べてたのは、あいつの見た目や性格に関することだよ」
 そう言うとタンケルは鞄から古ぼけた本を取り出した。
「『ゴーレムの性格と容姿への生成者の心理反映説』……?」
 こりゃまたずいぶんと難しそうな本だ。
「さて、本題に入る前に言っておきたいんだが……俺は美少女が好きでしょうがないということは知ってるよな?」
 いきなり何言ってんだこいつ。そりゃあ知ってはいるが――お前の将来が不安になるくらい。
「それは知っている。で、美少女ゴーレムを大量に生成して、ハーレムを作るのがお前の夢なんだろ? 初生成でクローブができたおかげで夢に近付いたみたいじゃん」
 俺がそう言うと、タンケルは身を乗り出して反論してきた。
「違うんだ! クローブは違う! 確かにあいつの見た目は美女だ。だがな、俺の好みである美少女ではない! 色々と――デカ過ぎるんだよ!」
「わかったから落ち着け! まあ、少なくともあれは少女って感じじゃないな。大人の色香漂う豊満な美女って感じで……」
「そうなんだっ!」
 今度はバンっと大きな音を立ててテーブルを叩き、タンケルは唸った。
「ああいう年上のナイスバディはむしろ苦手なんだよ! 俺を子供扱いしているようで、そこら辺も気に食わん! あと、あけっぴろげに愛を語るのも正直好かない! 俺の好みは小じんまりとしているというか、見た目も中身も幼いというか、性格は慎ましやかというか――」
「落ち着けって! 周りの目を気にしろお前は!」
 どんどん語調が強くなっていくタンケルを制す。こいつ、自分の趣味嗜好の話になると途端に熱くなるな。
「つまり、俺は自分の好みと正反対のゴーレムが生まれてきてしまったことに納得がいかなかったんだ。それで、図書館でその原因を解明できそうな文献を探して――たまたま見つけたのがこれ!」
 やっと本題に戻ってくれたみたいだ。タンケルは『ゴーレムの性格と容姿における心理反映説』をパラパラとめくり出した。
「この本はゴーレム専門の魔法研究家の論文をまとめたものなんだけどな。簡単に言うと、俺達のした生成方法によって生まれたゴーレムの見た目や芽生える性格には、生成主の心理が影響しているって説について書かれてあるんだよ。あっ、心理っつーのは本人でも把握できてない深層心理を含むみたいだ」
 ――生成者の心理?
「じゃあ、タンケルはその説を知ってクローブみたいなゴーレムが生まれてきたことに納得できたっていうことなのか?」
「うん。全て受け入れられたってわけじゃないけどな。でも、この本に載っている実例を見たら色々と納得できる部分も多くてさ。例えば、小さい頃に猫に食いつかれて以来猫が苦手な奴がゴーレムを生成したら猫型ゴーレムが生まれてきたとか、天使に憧れを持ってるちょっと夢見がちな女の子がゴーレムを生成したら人型に羽根の生えたゴーレムが生まれたとかな」
「そんな……俺達がやった方法はどんなゴーレムが生まれてくるのかコントロールできないんじゃ……」
 そうだ。手順さえきちんと踏めば成功率が非常に高くなる代わりに、どんなゴーレムが生まれてくるか操作、予測できないというのが、俺達が初生成で行った方法なわけだが……
「うーん。俺だってこの本を読んで全部内容を理解できたわけじゃないけど、コントロールできないからこそ生成者の心理が変に反映されちゃうんじゃねえの? 気になるならターロも読んでみろよ。あと、読み終わったらついでに図書館に返しといてくれ」
 タンケルはそう言って俺に本を渡すと、立ち上がって中庭の方に目をやった。
「まあさ、ちょっと頭に引っかかってたことを晴らすヒントを見つけたから、俺としてはよかったよ」
「知ったところでクローブがお前好みの小じんまりした美少女になるわけでもないだろ」
「ははは。たしかにそうかもな。でも、何も知らないで過ごすよりは実りがあることなんじゃねえかな? ま、根拠はねえけど!」
 タンケルはそう言うと笑顔を見せた。こいつ、ただの美少女好きかと思いきや前向きで探究心が強い。そこら辺が、時々すごく眩しく感じる……
「おーい。クローブ! そろそろ部屋に戻るぞ!」
 中庭に向かってタンケルが叫ぶと、次の瞬間にはテラス席にクローブが着地していた。
 中庭から二階のテラスまで易々と跳躍してしまうクローブの脚力は、腕力同様やはり人間離れしている。
「お、少年。お嬢ちゃんはまだ下にいるぞ。組み合ってじゃれているうちにバテてしまったようだから、少年が迎えに行ってやれ」
「あ、ああ……」
 クローブに言われて中庭の方を見ると、キェーンが芝生の上で転がっていた。タンケルから渡された本の内容が気になっていた俺は、キェーンの姿を見て複雑な気持ちになってしまっていた。
 
 心理反映説――俺のケースも当てはまっている予感がしてならない。

「ふう……」
 部屋に戻った後、タンケルから借りた本も気になったが、俺はまずレポートの作成に取りかかる。とりあえずキェーンの能力がどういうものかわかったので、さっさとレポートをやってしまって残り二日をダラダラと過ごそうと思ったわけだ。
 その間キェーンは俺が与えたマジックアイテムをいじっていたわけだが、さすがにマンネリ気味になってきたのか不満を口に出すようになった。
「もうこれ触るのも飽きたんだけどー!」
 伸縮自在のホウキを伸ばし、柄の先で俺の頭を小突いてきやがった。
「うるさい! だったらあそこの窓でもいじってろ! この寮全体がマジックアイテムみたいなもんなんだから、どうにかできるだろ?」
「ああ、そういやそうだったわね」
 この寮は魔法で強化されており耐久性が上がっているわけだが、これにより寮全体がマジックアイテム化しているといえるのだ。魔法による強化を受けた物体というものは大小関係なくマジックアイテムなのだと、以前父親から聞いたことがある。
 実際キェーンは壊れたドアを直してしまったようだし、あの窓もいじくれば何らかの反応をするだろう。実は、俺の部屋の窓はメンテナンスを怠ったのか元から雑に作ってしまったのかは知らないが、立て付けが悪いのだ。
 キェーンの暇潰しのついでにそれが直れば一石二鳥である。
「よし。これでしばらくはおとなしくなるか」
 さっそくキェーンは窓をペタペタと触りだし、そちらに夢中になってしまった。
 ふむ。こうやってキェーンを上手く利用すれば色々と役に立つのかも知れない……いや、それでもあいつがああやってマジックアイテムを好き勝手いじれることなんて……
 しばらく机に向かい続け、気が付くと終礼の鐘が鳴る時間になっていた。
「おいキェーン、いったん教室に行くぞ。終礼の時間だ」
「わかったわ」
 そう言うとキェーンは我先にと教室に向かって行った。ゴーレムのくせに生成者を置いていくとは……
 やれやれと思いながらキェーンがいじっていた窓を試しに開閉してみると、
「――おっ」
 窓は実にスムーズな動きを見せた。立て付けの悪さはキェーンによって完璧に直されていたのだった。

 終礼後、タンケルと話してみるとこいつもすでにレポートの作成に入っているようだった。
「なーんだ。ターロももうレポート書けてるのかよ」
「ああ、たぶんタンケルと同じくらい進んでると思う」
「キェーンちゃんの能力ってどんなもんなの?」
 タンケルは俺でなくキェーンに直接聞いた。
「ふっふっふっ。聞いて驚かないことね! アタシはなんと――マジックアイテムを自由自在に扱うことができるのよ!」
 キェーンは椅子の上に立ち上がり堂々と言った。
「へえ。すごいじゃないか!」
「えっへへ。まあねえ」
「よっ! 手先が器用な美少女ゴーレムなんて、色々期待しちゃうぜ!」
「言葉の意味はわからないけど褒められてるのはわかるわ! もっと言って!」
 タンケルにおだてられ照れた様子を見せるキェーン。二人共ノリノリだ。
「ダーリン! 早く部屋に帰ってレポートの続きをやろうじゃないか! さっさと終わらせて私とダラダライチャイチャと過ごすんだ!」
 その光景が気に食わなかったのか、クローブがタンケルの背後から覆いかぶさった。
「うわあ――やめろっ! 離れろぉ!」
「あんたらさっきからうるさいのよ!」
 バンっと何かを叩く音と大声がした。発生源は俺の後ろの席に座るユリィだった。
「ここにはまだ作業中のクラスメイトがいるんだから、少しは配慮しなさいよね!」
 ユリィにそう言われて教室を見回すと、本を片手にゴーレムと睨めっこしていたり、友人同士でノートを見せ合っている生徒が何人もいた。
「あんたらみたいにさっさとゴーレムの能力が判明した人ばっかじゃないんだから……」
 ユリィはそう言うとガシガシと頭を掻きながら本に向かった。その隣では彼女のゴーレムが何やらオタオタとしている。
 黄土色の大きな球体に、同じく黄土色をした人間と同じ形の腕が生えているという奇妙な見た目をしたゴーレムは、言葉は発していないようだが生成者であるユリィがイライラしていることが心配な様子だ。
 ああ、イライラの原因ってやっぱり――
「なに? ユリィはまだゴーレムの能力わかってないの?」
 げっ、タンケルの奴あっさりそんなことを言ってしまった。
「ああそうよ! 悪かったわね。まだわかってなくて!」
 ユリィは顔を真っ赤にしてこちらを睨みつける。不用意な発言をしたタンケルだけでなく、俺に対しても怒りを露わにしているみたいだ。
 それは仕方ないかもしれないな。なにせ、授業に対していつもやる気を見せていない俺が順調にレポートを進めていて、いつも真面目な自分が行き詰まっているなら気分が良くないのは当たり前だろう。
 とはいえ、それで不機嫌になられても俺だって困るけど。
「ダーリン。もう少し級友を気遣う発言をした方がいいんじゃないか?」
 クローブはタンケルをそう諭す。さらに続けて、
「すまないなお嬢ちゃん。ダーリンは思ったことをすぐに口に出してしまう素直な性格なんだ。しかし、そこが魅力でもあるわけで……ともかく今回は勘弁してやってくれないだろうか」
「――わかったわよ。なんか、あんたらといると調子狂うわね……」
 ユリィは少し顔を引きつらせてから本を閉じ、席から立ち上がった。いつもはガンガン言ってくるユリィも、クローブを相手にするといつも通りとはいかないみたいだ。
 しかしユリィの浮かない顔というのもなにか見ていて……
「そうだユリィ。ユージン先輩に相談してみたらどうだ? あの人、俺達にゴーレムで困ったことがあったら何時でも相談に来いって言ってたぜ」
 どこかいたたまれなくなった俺は、そんな言葉を投げかけて見た。
 すると、立ち去ろうとしたユリィの動きが止まる。そして、再びこちらを向く。
「その手があったわあっ!」
 この時ユリィが見せた表情と発した声は、さっきまでとは全然違っていたのだった。
「んん――でも、いざ相談に行くとなると恥ずかしいわ……けど、これを機会にさらに先輩と仲を深めるチャンスかも知れないし――あっ! 相談に乗ってもらったお礼も今から考えておかないと! 頑張れユリィ!」
 教室で自問自答し始めたユリィ。そのテンションは異様に高い。
「あんたもたまには冴えてるじゃない! そういえば、ユージン先輩っていつもはどこにいるっけ?」
「あの人、基本的に自由人だからなあ。よくゴーレム科の格納庫にいるって聞くけど……」
 格納庫とは教室や寮に入りきれない大きなゴーレム等を保管しておくゴーレム科の施設だ。そこの地下には国から預かった軍用ゴーレムが大量に保管されているとか、神を宿した禁断のゴーレムが眠っているとか眉唾物の噂が絶えない場所でもある。
「おっしゃあ! 行くわよ、パクチ!」
 ユリィはさっきまでとは打って変わって上機嫌で教室を出て行った。あと、どうやら彼女のゴーレムの名前はパクチというようだ。
「やれやれ……」
「ユージンってあのでっかいゴーレムの?」
「ああ、そうだよ」
 自室に戻る準備を始めた俺に、キェーンが少し不機嫌そうな顔で聞いてきた。
「なんか気に入らないのよね。あの男……」
「そんなこと言うな。あの人はむちゃくちゃ優秀で頼りになる先輩だぜ? あの通り、ユリィもばっちり惚れちゃってるし、非の打ちどころがない人だ」
 横からタンケルが口を挟んできた。
「そうなんだよなあ。こう言っちゃなんだけど、ゴーレム科にいるのが不思議なくらいだもん。あの先輩ならクエスト(探求)科にも楽勝で転科できたと思うんだけどなあ」
 まったくだ。こんな不人気学科にいるより、エリート学科の俗称を持つクエスト科で専門研究に打ち込む方がよっぽど似合ってると思うんだが。
「人にはそれぞれ事情があるんだよダーリン。ところで、クエスト科とはなんだ?」
「この学校にいくつかある学科の中でも限られた優秀な生徒しか入れないとこさ。自分の興味関心がある分野をとことん研究する学科で、卒業が他の科の生徒より遅れることもあるくらいだ」
 クローブに聞かれてタンケルが答える。そう、クエスト科はそんな優秀な生徒しか入ることができない俺達には無縁の学科だ。転科試験を受ければ他学科の生徒も入れるそうだが、先輩なら楽勝で通れただろうに。
 さて、他人のことはこれくらいにして俺は部屋に戻ることにしよう。タンケルから借りた本を読んでみないといけないし。
「じゃあな。とりあえず俺は部屋に戻るわ」
「おう。夕食の時にまた会おうぜ」
「ダーリン。夜くらい学食から持ち帰って部屋でゆっくり食べようじゃないか! 二人でまったりと! そしてイチャイチャと!」
「お前はゴーレムだから飯はいらないだろ!」
「じゃあ、私があーんってやって食べさせてあげよう! 食べ終わったお口も拭いてやるぞ! もちろん食後のデザートはわた――」
「だあああっ! 俺の口を拭く前にお前は自分の口を塞げ!」
 タンケルとクローブって実はすごく似た者同士なんじゃないか……
 そんな二人を見つつ、俺は教室をあとにする。その後をキェーンは無言で追いかけて来た。
 あいつ等に比べ、俺達は全然似ていないなあと思うのだった。

 部屋に戻ると俺は机に向かい、『ゴーレムの性格と容姿における心理反映説』を読み始める。専門用語の連発や文章自体が難しいこともあって読み進めるのに苦労をしたが、読むほどに俺のケースもこの本に書いてある説に当てはまっているように思えてならなかった。
 ゴーレムの容姿や芽生える性格に加え、ゴーレムが持つ能力もその生成者の心理に影響を受けたものになることがあると、この本には書かれていた。
 さらには、生成者の人生における挫折、傷心の経験などにより生じた負の部分も反映されてしまうケースも見られるという。
「まいったなあ……まんまじゃねえか」
 キェーンの能力、俺の人生の間で生まれた負の部分――もろに影響し合っている。
 俺の実家はマジックアイテム店を営んでいる。自宅兼店舗はマジックアイテム店が多く立ち並ぶ街の一角にあり、お役所や軍からの受注、市民のための日用品販売までガンガンこなす評判の店なのだ。
 親父は代々その店を受け継いできた腕利きの職人で、当たり前のように俺に後を継がせようとしていた。
 だが俺は、幼い時に経験したある事件がきっかけで別の道に進みたいと常日頃から思っていたのだった。だから、親父が直接マジックアイテムに関することを教えようとしてきても俺はそれを避けて来たのだ。
 今でもよく思うが、親の決めた道を進めさせられるということへの反発心もあったかもしれない。
 魔法に関する基礎知識と極初歩的な実技を学ぶ初等魔法学校を出たら、マジックアイテム職人ではなくそちらの道に進みたいと両親に言おうとしたのだが、それを言い出すことは叶わなかった。
 親父が掲示して来たのはエクスペリオン高等魔法学校のマジックアイテム科。マジックアイテムに関することを学ぶこの学科への進学以外は認めないと俺が言い出す前に言われてしまったのだった。
 親父の頑なな態度に、俺は仕方なく夢見ていた道を諦めて親の決めた道を進んでしまおうと決めたのだった。
 さらに、結婚前は役所の事務員をしていた心配性の母親は、マジックアイテム科一本の受験では心細いから一応の保険としてゴーレム科を併願で受験しておけと進言し親父もこれを了承した。
 
 そして――マジックアイテム科、ゴーレム科の入学試験を連日受けた結果は、第一志望のマジックアイテム科は不合格。ゴーレム科は合格というものだった。

 この結果を受け、親父は俺を進学させずに自分の店か知り合いの工場で修業させることを考えたが、母親との相談の末にゴーレム科への進学を選択してもよいと俺に言って来た。
 ――この辺のことは思い出したくもない。
 あれだけ避けていたマジックアイテム店を継ぐこと。
 それの下準備と言われて受けさせられたマジックアイテム科への入学試験が不合格。
 小さな頃からの夢を捨て、不本意ながら現実の道を進もうと決めた後での不合格通知は、俺みたいなちっぽけな人間にとっては、あまりにも強烈な一撃だった。
 選択を迫られた俺は、エクスペリオン高等魔法学校ゴーレム科への進学を決めた。
 もう、マジックアイテムを扱う道のことなんて考えたくもないと思ったからである。
 ゴーレム科にこうやって今いるわけだが、もちろん前向きな気持ちでいたいわけでなく――うん、ここは逃げ道でしかないのだ。
 そんな逃げ道でやる気が出るわけないし、そう思いながら過ごしている自分が嫌でしょうがないという気持ちもあり――
「で、そんな俺の前に現れたのがこいつってわけか……」
「あん? なんか言った?」
「なんでもねえよ……」
 俺の生み出したゴーレム――キェーン――はマジックアイテムを自由自在に操るという能力を見せつけ、ちっぽけな俺のどうしようもない心の傷を刺激しやがった。
 そして、思ったことをすぐ口に出し、気に入らないとすぐ意志表明する性格についても考えさせられてしまう。いつまでも、ウジウジしている生成者の俺に比べて、このゴーレムときたら……
 そんなキェーンは今も俺のベッドに堂々と陣取り、手の中でマジックアイテムを遊ばせている。
「あっ! そういや、昼間の賭けであんたに勝ったからこのベッドはアタシの物よね!」
「――げっ、忘れてた……」
 そういや、そんな賭けに乗ってしまったんだった!
「ここで『そんなの取り消しだ!』とか言ったら、最高に格好悪いわよ?」
「う、うぐぐ!」
 悔しい。反論しようとしても、言葉が出てこない。
「わかったよ! 男に二言はない! 第一、生成者がゴーレムに舐められてたまるかよ」
 ちっぽけだ。最悪だ。あまりに格好が悪いぞ俺って……
 歯ぎしりしながらも俺は毛布を引っ張り出して、それにくるまって床に寝転んだ。
 そうして、何もかも頭から排除するために眠りに入る。そういえば、夕食のこともこの時はすっかり忘れていた。

 翌朝。猛烈な空腹を大盛りの朝食セットで満たし俺は教室に向かう。
 昨夜のこともあり目覚めはいまいちだったが、教室に入るといきなりその何もかもが吹っ飛ぶような事態に遭遇した。
「な、な、な……」
「え? うそ? なにこれ?」
 驚きのあまり声も出ない俺の横で、同行していたキェーンも目を皿のようにしていた。
「おはようさんです! 本日は快晴で、朝から気分がいいですな!」
 手を上げ、軽快な口調で挨拶をしてきたそいつは、教室にある俺の席に座っていた。
「ああ、そうですよね。やっぱり驚きますよね! あはは、しょうがないことですよ。
 おっ、そちらはゴーレムの……えーと、名前はキェーンでしたっけ? おはようキェーンたん!」
 そいつの表情は実に明るい笑顔。しかし、どこかで見た笑顔でもあった。
 ――ていうか、俺の顔をしている!
「何者だてめえ!」
「おお。実に的確なお言葉ですね。何者かと言われましたが――ボクとあなたはもう何回かお会いしているのですよ」
「え? もう会ってる?」
 俺と同じ顔をした奴から返ってきた答えは、ますます俺を混乱させた。
 よく見ると、背や体格も俺と全く同じみたいだ。
 違うのは服装で、全身がタイル模様みたいな艶のある服で包まれている。そのせいで余計不気味に感じるわけだが。
「あーはっはっはっ! ターロったら本当にわかりやすい反応ね」
 大笑いしながら俺に向かって言ってきたのはユリィ。その近くでは、タンケルとクローブもニヤニヤと笑っている。
「ユ、ユリィの仕業か? なんなんだよこれは!」
 俺がそう怒鳴ると、自信満々にユリィは答えた。
「これぞ、私のゴーレム――パクチの能力なのよ!」
「はい。そうなんですねこれが。ボクはこちらにいらっしゃるユリィ・ドルフーレン様によって生成されたゴーレム、パクチと申します。ユリィ様がおっしゃったように、今ボクはボク自身の能力によってターロさんに姿を変えているわけなんですね」
 俺の姿をしたそれは、どうやらユリィのゴーレムのようだった。
「能力によって姿を変える?」
「そう! 昨日、ターロに言われた通りユージン先輩を見つけて相談したんだけど、見事に私のゴーレムの能力はこれだって導いてくれたの! その間二人っきりで!」
「まあ、人間に限って言えば二人でしたがねえ。できればボクのことも忘れないで頂きたいです。あと、ユージンさんのゴーレムのペッパード六式殿もいましたし」
「わかってるわ――よっ!」
 横から口を挟んできたパクチの頭を笑いながらユリィが叩いた。
「あ! お前、よくも俺の頭を……」
「何言ってんのよ。これは私のゴーレムの頭ですけど?」
 俺は抗議したが、ユリィは見せつけるようにしてまたパクチの頭を叩いた。
 これは……叩かれているのは彼女のゴーレム、パクチではあるのだが……
「目の前で自分が叩かれているみたいで気分悪いんだよ! だいたい、なんだよその服は! 全身ぴっちりな上にテカテカ光ってて、俺だったらそんな格好絶対にしたくねえ!」
 そうだ。パクチの着ている服は体型にピッタリとフィットした感じの異様な服。
 いや――服というか光沢を放った怪しげな素材が全身に張り付いているというか……
「先輩がくれた物にケチ付ける気? これはユージン先輩がくれた魔導素材を使ったスーツよ。どんな体型にもフィットする魔法のスーツで、これがないとパクチが誰かに変身したらその人の裸が――あっ!」
 説明している途中でユリィが急に言葉を詰まらせた。
 そして、顔がどんどん赤くなっていく。
「ほほう。その様子だと、もう誰かの裸を見てしまったみたいだな」
 ニヤリと笑ってそう突っ込んだのはクローブ。
 それを聞いてユリィはますます顔を赤くした。
「とにかく、先輩のくれた物を悪く言うんじゃないの! 
 パクチ! 戻りなさい!」
 ユリィは慌てて指をパチンと鳴らし、パクチに指示を出した。
「はいはい!」
 鈍い光を放ちながらパクチの体がぐにゃぐにゃと歪む。
 これもちょっと……俺の姿がむちゃくちゃになっていくみたいで見ていて辛い……
 しばらくするとパクチの見た目は昨日見たのと同じ球体になっていた。
 全身は黄土色ではなくあの奇妙な服と同じ色や模様だ。所々に切れ込みがあり、人間に変身するとこの切れ込みから頭や手が出るわけか。
 そして、あれだけ饒舌だったのに元の姿になると一転おとなしくなってしまった。なるほど。変身中しか言葉を発せられないわけだな。
「おーい、先生が来たぞ!」
 そうこうしているうちに担任が来た。
 今日は簡単な連絡だけで、本日も自分のゴーレムの能力を張り切って探しましょうとだけ言って朝礼は終わってしまった。
 俺もタンケルもユリィもだいたい自分のゴーレムの能力についてはわかってきたため、午前中はレポート作成に徹した。いかに創意工夫したかの脚色も忘れず、昼前にはあらかた書き終えてしまった。

 本日の昼食も学食のテラス席。俺とタンケルでの昼食になるかと思いきや、クローブが席取りをしている所にユリィがちゃっかりと入ってきてしまった。
 こうして、三人と三体のゴーレムでのいつもより騒がしい昼食となった。
「私のパクチは、変身しないと喋れないみたいなの」
「ふうむ。生成者との信頼を深める上でそれはちょっとどうだろうな。まあ、私ならダーリンとは言葉に頼らない、より素晴らしく本能的というか官能的な方法をとれるわけだが――」
「やめろっ!」
 すっかりお馴染みになってしまった、クローブがタンケルに絡み付く光景。毎度のことながら目のやり場に困ってしまう。
「ゴーレムとの信頼関係ねえ……」
 揚げた鶏肉を口に運びながら、俺は自分のゴーレムに目をやる。キェーンはパクチが身にまとっている服をひっぱって遊んでいるようだ。
 ああ、そういえばパクチのこれもマジックアイテムに分類されるんだろうな。
「ねえ、あんたはどうなのよターロ」
「なんだ?」
 キェーンを見ていた俺に、ユリィが話しかけてきた。
「あんたはゴーレムと上手くやってるの?」
「……」
 俺は答えられない。関係は最悪だとしか言えないからだ。
「能力がわかるだけじゃダメなのよ? ゴーレムは生成者と上手く連携を取ってこそ真価を発揮するって習ったでしょ」
 ユリィはペラペラとまくし立てる。
「まあな……」
「もしかして、あんな可愛いゴーレムができちゃって戸惑ってるわけ? あんたなら有り得そうねえ……」
 ふざけるなと言いたい。
 確かにキェーンの見た目はちょっと浮世離れした美少女だ。
 しかし、こいつは俺の魔力と血の混じったゴーレムである。異性として見るというのは少々戸惑う……
 例えれば――それは家族、それも妹辺りというか――いや! 家族、それも妹ならそれはまた愛おしい存在であるはずだ! いや、俺には実際妹はいないが……
 ともかく、俺はキェーンにそれに近い感情などこれっぽっちも抱いていない。
 第一、家族と違ってまだこいつとは数日しか生活を共にしていないわけだし、おまけにこいつは俺の心にある嫌な気持ちを刺激する最悪の存在なのだ。
「キェーンちゃんはこいつのことどう思うの?」
 ユリィの奴、俺が答えないからってキェーンに振りやがった。
 キェーンはパクチの服を引っ張るのをやめ、こっちを向いた。
「うーん。簡単に言えば、パッとしない奴って感じかな。それで、最初にアタシの生成者だってわかった時はこんな奴の所に生まれちゃって嫌だなあって思った」
「おお! 言うねえ!」
 キェーンは続ける。
「で、どんな奴か観察を続けてたけど、どっか心に引っかかりを感じながら過ごしてるのかなあって何となく思えてきたの。でも、それを心にしまってるみたいな?
 何か不満があるなら、行動に移せばいいのになあとアタシは思うわ」
 ――そこまでわかっているのか。とそれを聞いていた俺は呆れてしまっていた。そして、次の瞬間、俺は周囲の反応などお構いなしに、ブチ切れていた。
「心だって? ふざけんじゃねえよ! てめえは人間じゃなくてゴーレムだろ!
 それなのに心とか笑わせんな!
 ゴーレムはしょせんゴーレムで、心なんかあるわけないんだよ!
 ――ああ、俺は不満を抱えまくってるよ! それも、山ほどな。
 その不満の中で現在第一位に光り輝いているのは、てめえみたいな反抗的なゴーレムが生まれちまって、一緒の部屋で生活しなきゃならないなんて状況についてだ!
 ああ、最悪だよ。本当に最悪だ!」
「な……」
「おいターロ、落ち着けって!」
 俺は椅子が倒れるくらいの勢いで立ち上がっていた。タンケルに袖を掴まれるが、振り払い全速力で学食を後にした。
 そして、自分の部屋に戻り、鍵を閉めてベッドに倒れ込む。
 ああ、もう本当に、正真正銘に最悪だ。

3.

 鐘の音が少し前に聞こえたが、時間的にあれは終礼を知らせるものだったに違いない。
 あれからずっとベッドに倒れて塞いでいたのだが、その間頭の中で黒い靄が渦巻き続けた感じだった。
 もちろん、キェーンは戻って来ない。あれからあいつはどうしたんだろうか。
 いや、あいつのことなんかもう知らないし、来られても今の俺なら確実に追い返す。
 俺って本当にちんけな人間だなあと自嘲しつつ、ベッドの上で体勢を入れ替える。
「いてっ!」
 背中の辺りに硬い感触がした。
 それは、実家から持ってきたマジックアイテム、柄の伸びるホウキだ。
 これはキェーンに渡した物だったし、あいつがベッドの上でいじって放っておいたのだろう。
 手に取ってそれをまじまじと見ると、やはり沸いてくるのは嫌な感情だ。
「マジックアイテムか……くそっ!」
 部屋の壁にそれを投げつけてやろうと振りかぶったその時、部屋のドアを叩く音がした。
 キェーンか? それとも、終礼をさぼったから担任が怒りに?
 考えている間に、またドアは叩かれる。
 俺は無言でゆっくりと、ドアの方へ近づいていくことにし――
「ぎゃっ!」
「おお、すまないな少年。反応もないし鍵もかかってるし、仕方がないから蹴り破ることにしたんだ。ん? 少年?」
「――あ、クローブか……」
 覗き穴で確認しようかなと思った瞬間、なんとドアの方から俺に近付いてきたのが見えて、気が付くと俺はドアの下敷きになっていた。
 それをやったのはクローブ。またも俺の部屋のドアをぶち破ったのだった。
「なんの用だ? あれ、タンケルがいないな……」
 やって来たのはクローブ一人だった。これは予想ができなかった展開だ。
「ダーリンから頼まれて二、三伝えることがあってな。来たのは私だけだよ」
 そう言うとクローブはひょいとドアを拾い上げ、適当に壁に立てかけた。
「これ、借りるぞ」
 クローブは俺の椅子にどっかりと座り込む。そして、こちらが何か言う前に話を始めた。
「終礼のことなんだが、少年のことはダーリンの機転により作業中に気分が悪くなって部屋で休んでいるということにした。担任も特に気にしている様子はなかったし、ここはダーリンに感謝すべきだろう」
「ああ。ありがとうな……」
 さすがタンケルといったところだろうか。
 ――そして、クローブは語調を変えることなく次の話に移った。
「さてさて、次は少年が昼食時に激怒して走り去った件だが……」
 緊張が走る。何かこう、背中に嫌な汗が出る感じがした。
「まずはそうだな……ユリィとかいうお嬢ちゃんだが、あれから急におとなしくなってしまってなあ。私が話を振ったせいだとか言っていて、相当気にしている様子だったぞ」
「そうか。あのユリィが……」
「まあ、ここは後で軽くでもいいから謝っておくのが正しい選択だろうな」
 それは悪いことをしてしまった。前から俺はあいつに悪態をつかれていたが、それは俺の方にも問題があったからなのだ。
 自分は家業のためにやる気満々でゴーレム科で授業を受けているのに、その目の前の席で俺みたいにまったくやる気のない奴が視界に入っていたら何か言いたくもなるだろう。
 今度、担任に言って席を変えてもらうか……
「さあ、次は少年のゴーレムのことだが――」
 いよいよ来たか。俺は床に座っていた状態からベッドに移り、クローブと向かい合うようにして座った。
「ん? 何か少年から先に言いたいか?」
「いや、いい……」
「うむ。まず言っておくが、あのお嬢ちゃんは午後の間はずっとダーリンの部屋で過ごした。ダーリンと私と一緒にな」
 なるほど。たしかに、それが一番予想できそうだ。
「ダーリンが図書館から借りた本に興味を示したり、ダーリンの部屋のドアの開閉をスムーズに直したり、元気にやっていたから心配しないでくれ」
 心配って……え? 元気にしていた?
 それを聞いてちょっと驚いた。
「なんだ。落ち込んだりしてなかったのか?」
 あれだけ感情を露わにして俺は怒鳴りつけてしまったんだ。あいつも少しは応えているのかなと思っていたんだが……
「フッフッフッ。少年よ、あのお嬢ちゃんを甘く見るなよ?」
 クローブはキッとこっちを睨んだ。
 その迫力に俺は一瞬凍りつくが、クローブはニヤッと笑みを浮かべてから続けた。
「部屋でやることがなくなった時、心の優しいダーリンは昼食時のことで落ち込んでないかお嬢ちゃんに聞いてみたんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」
「――すまん。わからない……」
 クローブはもう一度笑顔を見せてから俺に言った。
「『あのウジウジ野郎が、ちゃんと思ってることをぶち撒けたなんて見直した』だとさ。
 私もダーリンも、まさかそんな返答が来るとは思わなかったよ」
「あいつ……」
 俺は言葉が出なかった。
 キェーンの奴、どこまで前向きなことを言えるんだ。
 こんなに情けない俺が怒りのままに言葉をぶつけたのに、それを見直しただなんて……
「おっと、でもその後はちょっとうつむき気味になったかな。
 ――これには私も同感だったがな……」
 クローブの言葉が止まった刹那、俺の視界に何かが飛び込んできた。
 速過ぎて何か確認できなかったが、止まって初めてわかった。
 それは、クローブの拳だった。顔に当たる、ギリギリのところで止められていた。
 クローブは一瞬で、椅子から立ち上がりざまに踏み込み、拳を放ったのだ。
「少年、君はお嬢ちゃんに対し、心が無い――と、言ったな?」
 クローブの語調は変わらないが、拳は突き付けられたままだ。
 恐怖のあまり言葉を出せなかった俺は、首を縦に二回振った。
「うむ。これにはお嬢ちゃんも少し参っていたぞ。
 付け加えさせてもらうが、同じゴーレムとして私も少し傷付いたな」
 それだけ言うとクローブは拳を収め、椅子に戻る。
 そして、俺が落ち着くのを待ってからまた話を再開した。
「ゴーレムにも心はある、と私はゴーレムながら思うし、お嬢ちゃんもそれは同じに思っている。それなのに、少年にゴーレムに心があるわけないと言われて、さすがのお嬢ちゃんもショックを受けたみたいだったぞ」
「こ、心か……」
 生成者の血と魔力が混ざって生まれたゴーレムは、そのほとんどが生成者と言葉なりなんなりで意志の疎通が図れる。その性格もそれぞれだ。
 だが、それを人間と同じように心を持っているのかと言われたら、高名なゴーレムの研究家達の間でも意見は分かれるらしい。
 土と薬品と生成者の血と魔力が、決められた術式により様々な形になりゴーレムという存在になり、それは言葉を話したり感情を表現したりする。
 しかし、ゴーレムはただ作られた存在に過ぎず、その言葉や感情も精巧なだけでまた作られたものだという説が否定派の代表的な考えにある。
 この話が授業で出た時、俺はそうなんだろうなあと思いつつ、難し過ぎてわからないと流していた。
 だが、今思うと。キェーンとのやり取りを思い出すと……
 むかつくんだけど、俺の気持ちを刺激する……
「ん? 少年、どうした?」
「――心、あるよな」
 クローブの声に、俺は自然とそう答えた。
 俺なりのちっぽけな頭で考えた、精一杯の結論をそのまま口に出したのだった。
「あいつの言葉に、態度に、俺は心を揺さぶられたよ。――主に怒りの方へだけど……
 俺はこれでも人間だ。その人間の心を、心が無い奴が揺さぶられるはずかない」
「言うねえ……」
 実際、そうだったのだから仕方がない。
 あいつは気に食わないことはすぐにどうにかしようとする。
 それも、感情剥き出しでだ。
 生まれてまだ数日。あいつなりに、自分を生んだ人間のことを見ていて、その心の中で色々と考えていたんだろう。
「まあ、私達ゴーレム自身も自分達の存在を完璧にわかってはいないさ」
「そんなの人間だって同じさ」
「フッフッフッ。そうなのか」
 俺は自嘲気味に笑う。クローブも笑った。
「それでも、心ってのが私の中にはあるとは信じたいな。自分の思うこと、感じることが本物であると信じていたいさ」
 クローブはまた立ち上がり、その豊満な胸を押さえてそう言った。
「ああ。クローブのタンケルを思う気持ちは本物だろうよ」
「おっ! そこをわかってもらうと一番嬉しい!」
 クローブは俺を軽々と抱きかかえ、ぐるぐると空中で回し始める!
「うわああああ!」
「少年、君はダーリンの次に立派な男だ! 今ここで認定しよう!」
「わ、わかったから降ろしてくれええええ!」
「おっとすまない」
 クローブは俺をベッドの横に立たせると、ドアの方へ向かった。
「さて、じゃあ行くとするか」
「え?」
「何をとぼけている。ダーリンの部屋にいる、お嬢ちゃんを迎えにいくのだよ。もちろん、少年も一緒にだ」
「え……それは……」
 かなり恥ずかしいな……いったい、俺はどんな顔をしてあいつに会えばいいんだ?
「恥ずかしがることはない。少年はすでに、私に向かって心がどうだと散々恥ずかしいことを言ったんだ。自身を持て!」
「恥ずかしいって思ってたのかよ!
 うわあ、そう言われると今になって急に恥ずかしくなってきやがった!」
「冗談だ。ともかく、早く行くぞ。
 お嬢ちゃんを部屋に連れ帰ったら言うことやすることがいっぱいあるだろ?」
「することって……」
 まあ、部屋に戻る前にちょっとは言うつもりだけど――
「あっ!」
 部屋を出る時、何かに気付いた。
「どうしたんだ」
「あいつが戻ってきたら、まずやってもらうことがあるんだった!」
「ほう。何かな?」
 俺はクローブの目を見てこう言った。
「お前に壊されたドアを直してもらうんだ」
 彼女は愉快そうに笑った。少なくとも、その笑顔は人間のそれと寸分違わないと、俺は思った。

 もう夕食時になっていて、寮の中に人通りはあるがあまり人とすれ違わない。みんな、学食に行っているのだろう。
 タンケルと俺の部屋は階が違って、俺が三階でタンケルは一階だ。
 階段に差しかかった時、急に出て来た人影にぶつかり俺は倒れた。
「いってえ……」
「あいたあ……」
 ぶつかったのは女生徒。その隣にも誰かいるみたいだ。
「あーっ! ターロ? なんでクローブと一緒に?」
 その女生徒とはユリィだった。当然、その横にいるのは彼女のゴーレムのパクチ。
 ここは男子寮のはずだがどうして?
「俺は今からタンケルの部屋に行くんだよ。それより、お前がここにいる方がおかしいだろ!」
「うっ! それは……」
 日が完全に沈んで以降は、異性の寮を出入りすることは固く禁じられている。
 今はまだその時間ではないが、それでも異性の寮を行き来するのは魅力的なことではあれどあまり教師達からは感心されない。
「ははーん。お嬢ちゃん、少年に謝りに来たといったところか?」
「――なっ! ちょっ! ち、違うわいやっ!」
 クローブの一言にユリィは顔を真っ赤にして反論した。いや、何を言っているかわからなくてちゃんと反論になってない。
「なら今は急いでいるので失礼するぞ。少年の言ったように、私達はダーリンの部屋に行かなきゃならないのだ」
 クローブと俺が立ち去ろうとすると、慌ててユリィが駆け寄ってきた。
「私もついてくわ!」
 もう、勝手にしやがれ。
「ん? なんだあれ?」
「どうしたの?」
 それからは特に言葉もなく階段を降りていくと、踊り場にある窓からおかしな光景が見えた。
 ここから見えるのはサモン科とゴーレム科の寮の間にある中庭なのだが――
「げっ!」
「なにあれ……やばくない?」
 中庭に、しっぽの生えた毛むくじゃらの生物が走り回っている!
 その数は三匹……いや、四匹か?
 あまり大きくない生物だが、生徒達はそいつらから逃げ回っている。
「おーい! 大変だあ!」
「タ、タンケル?」
「おお、ダーリンか。いったい何があったというんだ?」
 タンケルが慌てた様子で階段を駆け上がってきた。
 その後ろには――キェーンの姿もある。
「あれ? なんでユリィがここに? ――って、今はそんなことじゃなくて! 大変なんだよ! 大変だ!」
「なんか、サモン科ってところで事故が起きたみたいなの! 人が少なくなったのをいいことに、こっそり召喚魔法を使った奴がいたらしくて!」
 上手く説明できないタンケルだったが、そこにキェーンが割って入った。
「サモン科で事故ぉ? またあそこなの?」
 それを聞いて声を上げたのはユリィ。
 だが、俺もまったく同じことを思った。
 サモン科は、この世界、もしくはまだ完全にわかってない異世界から召喚獣を呼び出す召喚魔法、そして呼び出した召喚獣を使役することに特化した授業が中心の学科だ。
 近年人気を博している学科なのだが、元々難しい魔法であることと生徒の増加が質の低下を招いている影響もあるのか、事故が多い学科という印象がある。
 サモン科が起こした事故であの生物達が暴れているということは、あの猿のようなやつらも召喚獣なのだろう。
「ちょっと! どうするの?」
 キェーンが俺に、というかここにいる全員に対して声を張り上げた。
「ど、どうするって?」
「だって、目の前であんなことが起きてるのよ? 黙って見ているわけにはいかないでしょ?」
 あんなこと……
 猿に似た毛むくじゃらの生物はいまだに中庭で暴れている。木によじ登ったり、植え込みを破壊したり……うっ、よく見ると怪我人らしき人も……
 たしかに緊急事態だが、俺達に何かできるっていうのかよ? こういう事態は普通、学校の治安を守る腕っこきの警備員がどうにかするはずだが……
 もしかして、夕食時で不在だとでもいうのか?
「そうよね! どうにかしましょうよ!」
 そう言ったのはユリィだった。
「ふむ。あの生物達を放置していたら、いつこの寮に入ってくるかわからないな。
 その場合、ダーリンに危害が及ぶ可能性がある……」
 ユリィに続いたのはクローブ。実に神妙な面持ちで窓の外を見つめている。
「ダーリンを襲い得る危険は、さっさと排除しておくとするか」
 彼女もまた、どうにかしようとする側のようだった。
「ど、どうするって言ったって、いったいどうするんだよ?」
 俺が言おうとしていたことをタンケルが代弁した。
「私がやる。――主に腕力を使ってな」
 クローブは即答する。
「私達はゴーレム科の生徒! だったらゴーレムを使ってこの場を収めるのが当然のことよ」
 ユリィも意気揚々と答える。
「それは頼もしいことだがお嬢ちゃん。お嬢ちゃんのゴーレムに戦う力はあるのか?」
「ふふふん。大丈夫、私のパクチならばっちりよ」
「よし。ならば行くとしようか! ダーリン、許可を!」
 クローブは生成者であるタンケルに召喚獣の暴れる現場へと向かう許可を得ようとした。
「わ、わかった。お前の怪力ならどうにかなるだろうし、行って来い!」
 タンケルは多少戸惑いながらも許可を出した。
「パクチ、いよいよあんたの活躍の時が来たわよ!
 コースケット先輩の姿になりなさい!」
 ユリィは自分のゴーレムであるパクチに命令を出す。
「よしっと。さて、行くとしますかね。ユリィ様、ボクってばちょっとわくわくしちゃってます!」
 パクチは見慣れない男性の姿に変身し、軽快な口調で生成者の命令を引き受ける。
 そして、俺は――俺とキェーンの場合は、
「ちょっと! アタシ達も行くんでしょ? まさか、逃げるとか言わないわよね?」
「――お、おう!」
 ゴーレムに叱咤され、生成者は恐怖を感じながらも現場に行くことを決めてしまった――
「よしっ! じゃあ面倒だからここから一気に行くわよ!」
 そう言うとキェーンは、自分の髪の毛を一本、指でつまんだ。
 人間のそれとは質感がまったく違う、銀色をした髪の毛だ。
 つまんだ一本をぷつんと引き抜くと、それは長い針のように見えた。
「はああああ!」
 キェーンは小さな身体をいっぱいに動かし、その髪の毛の先端で踊り場の窓枠をなぞる。
 そして、キェーンが最後に窓をちょんと押すと、窓がガタンと音を立てて外れてしまった!
「ええええ? なんだそれえ?」
「説明は後で! さあ、早くここから!」
 キェーンはそう言うと窓が外れた所から飛び出た。
 ここは二階から一階への踊り場だし、飛び出しても大丈夫ではあるが……
「お先に!」
「ああ、ユリィ様! 危険ですからゴーレムが先に行きますのに!」
「ダーリン、見ていてくれ!」
「お、俺も行くぞ!」
 みんな次々に飛び出して行き、俺も仕方なく続いた。
 ――さて、中庭の召喚獣達は窓が外れたことによる音と、自分達に向けられた敵意で、俺達に気付いた様子。
 ばっちりこちらに注目をしているようだ。
「ふーむ。野生の本能という奴かな? すっかり臨戦態勢といったところだ」
 クローブは不敵な笑みを浮かべながら言った。
 召喚獣の数は四匹。体長は俺よりも少し小さいくらいだが、異常に発達した手足は見るからに怪力を有してそうで、ギョロリとした真っ赤な瞳も異様だ。
「まずは一番対抗できそうな私が向かおう。こちらが合図したら――そうだな、お嬢ちゃんのゴーレムが来てくれ」
「パクチですってば。覚えてくださいよクローブ姉さん!」
「わかったわ。コースケット先輩になったとはいえ、腕力はクローブの方がありそうだもんね」
「き、気をつけろよな……」
 ここで指示を出し始めたのはクローブ。みんな、それに次々と呼応する。
「ちょっと! アタシはどうすればいいのよ!」
 キェーンだけ特に指示は出なかった。いや、何もすることがないのは俺も同じだが……
「そうだな。お嬢ちゃんは――むっ、来たか!」
 クローブが考えている間に召喚獣がこちらに向かって来た!
 それに反応したクローブは逆に一気にやつらとの距離を詰める!
「ウキャアッ!」
 飛び込み様の蹴りで召喚獣のうちの一匹が吹っ飛び、木に激突した。
 さすがクローブ。予想通り、いや予想以上の攻撃力である。
「そらっ!」
 クローブは続けてもう一匹に拳を振るうが召喚獣も俊敏で、回避されてしまった。
「クローブッ!」
 タンケルがそう叫ぶのと同時に、彼女が殴ろうとしたのと別の召喚獣がクローブに体当たりをした。地面を転がるクローブ。
「ええい、いてもたってもいられない! ユリィ様、ボクも行きますよ!」
「よし、頑張ってきなさい!」
 今度はこちらからパクチが召喚獣に向かって行った。
「おいユリィ。パクチって戦えるのか?」
 パクチの背中を見ながら、俺はユリィにそんなことを聞いた。
「もちろん。あの姿をしていれば大丈夫よ」
 ユリィは堂々と宣言する。
「どういうことだ?」
「私のパクチの変身能力って、見た目以外にも変身した人と同じ能力を得ることができるの。
 魔法は唱えることはできないみたいなんだけど、身体能力や戦闘におけるセンスはばっちりコースケット先輩のものよ」
 ユリィの説明の途中でコースケット先輩の名を聞いたことがあるのを思い出した。
 そう、彼は――
「マジックファイター科二年生で五本の指に入る凄腕、あのコースケット先輩か!」
「そうよ!」
 パクチに噛み付かんと飛びかかる召喚獣であったが、パクチはスライディングで避けた。
 そして、召喚獣の後ろに回り尻尾を掴み、
「ギャオオッ!」
 そのまま振り上げ、召喚獣を地面に叩き付けた!
 一方、クローブの方はすでに起き上がり戦闘を再開していた。
「はあっ!」
 拳を召喚獣の腹部にめり込ませ、続けざまに顔面への膝蹴りを放つクローブ。荒々しくも、凄まじい威力のありそうな攻撃の連打だ。
「よーし、もたもたしてたら獲物がいなくなっちゃうわ!」
 他のゴーレム達の活躍を目の当たりにして刺激を受けたのか、我がゴーレムのキェーンも召喚獣に飛びかかろうとする。
「キェーン! お前、本当に大丈夫なのかよ?」
「愚問ね。アタシがやれないわけないわ!」
 俺は走って行くキェーンに呼びかけるが、正直不安が絶えない。
 あいつのマジックアイテムを扱う能力は確かにすごい。しかし、それ以外の身体能力などは並の人間以下といったところだろう。
 だって、俺に押し負けるし……
「きゃあー!」
 戦闘が行われている現場では、クローブが二匹、パクチが一匹の召喚獣を相手にしており、すでにクローブによって失神させられ動かないのも一匹いる。
 キェーンときたら、クローブが相手にしているうちの一匹に向かって行ったのだが、眼前で尻尾を一振りされたのに驚いて転んでしまったのだった。
「お嬢ちゃん、君は少し下がっていろ!」
「くっ……」
 戦闘中のクローブに一喝されるキェーン。
 ああ、こいつ本当に弱いな。威勢だけかよ……
 我がゴーレムながら情けなくなるが、それでもキェーンは立ち上がるとまだ何かやる気だった。
 服の下に手を入れ、何かを取り出す仕草を見せた。
「ん? あれって……」
「武器?」
 それが目に入ったのか、自分のゴーレムの戦いを見守っていたユリィが声を出した。
 黒い色をした細長い物体。一見すると剣の柄のように見えるのだが……
「ぐっ! しまった――お嬢ちゃん、逃げるんだ!」
 クローブが召喚獣を一匹押さえつけている間に、もう一匹がキェーンに向かって行く!
「キェーンッ!」
 俺が叫んだ瞬間、キェーンが持っていた武器らしき物を掲げた。
 ――その刹那、視界が真っ白になった。
「ウギャオゥ!」
 しばらくして視界が戻ると、顔を押さえて転がる召喚獣の姿があった。
「おいおいおい、なんだあ今のは? 閃光魔法でも使いやがったのか?」
 野太い声と共に槍を持った中年の男性が現れた。
 あっ、この人うちの学校の警備員さんだ。
 警備員さんの言う通り、俺の視界を真っ白にしたのは強烈な閃光だった。
「なっ、くそっ! おとなしくしなさいコラッ!」
 キェーンは転がる召喚獣に駆け寄り、またも服の下から取り出したロープで拘束しにかかった。
 あのロープ、俺があげたマジックアイテムだ。
「なんだよ。騒ぎを聞いて駆け付けたら、もう終わってるじゃねえか……」
 警備員さんは中庭を見渡しそう言った。
 たしかに、戦闘は終了していた。
 クローブは召喚獣をボコボコにし終えたみたいだし、パクチも組み合っていた召喚獣の首を絞めて気を失わせた模様。そして、キェーンも気が付けば拘束を完了させて歓喜の小躍りを始めている。
「お前らゴーレム科の生徒か。つーことは、あれはゴーレムなのね」
「あ、そうです……」
「お手柄だったけど、危ないから今度からは手を出さない方がいいぞ。
 えーと、怪我人は二人で、今サモン科の先生達も来るし――」
 警備員さんは状況を把握したみたいで、やっと仕事に取りかかったみたいだ。
 さらに、騒ぎの収束と共に人がどんどんと集まって来た。
「このままいたら面倒なことになりそうじゃね?」
「ああ……」
「ちょっと! 私達は化け物を退治したんだし、賞賛の声を浴びるべきでしょ?」
 俺とタンケルはどちらかといえばこの場から早く離れたい気持ちだが、ユリィだけは違うようだ。
「賞賛もされるが、確実に怒られもするけどな。先生の中には、状況がどうであれ生徒が無許可で戦闘を行うことを許さない人もいるし」
 抗議するユリィの後ろから、警備員さんがそう言ってきた。
「ええー? そうなんですかあ?」
「おう。下手したらこの後事情聴取かもな」
 げっ、それは本当に面倒くさそうだ。
「今回は見逃してくれませんかね? お願いします……」
 そう言ったのはタンケル。
「むっ。ダーリンがそう言うなら私からもお願いする」
 タンケルが頭を下げたのを見て、クローブも続いた。
「うはっ! お、おうよ。しょうがないなあ……
 そこまで頼まれたら俺だって鬼じゃねえ。今から来る先生達には俺が上手く言っておくから、お前らのことは出さないよ!」
 クローブの姿を見た警備員さんは少し目のやり場に困った様子でタンケルの申し出を受けてくれた。ああ、クローブの色気にやられたか。
「もうっ! 仕方がないわね」
「しょうがないんじゃないですかね。ユリィ様はいつも真面目ですし、こんなことで名を売らなくてもいつか周りが認めてくれますよ」
 ユリィもこの場は引く様子。すかさずパクチが絶妙なフォローを入れるのだからいいコンビだ。
「まあ、変に名前覚えられるよりはよかったかも……警備員さん、ありがとうございます」
 ユリィはそう言って警備員さんに手を差し出した。
「ん? ああ、どういたしまして」
 二人は握手をした。が、警備員さんはなぜ握手を求められたのか不思議な様子。
「あと、よろしかったらお名前教えてくれますか?」
「コジュロウ・クルスニック。主にゴーレム科、サモン科の施設を担当する警備員だ」
「ありがとうございます!」
 さらに名前まで警備員さんに聞いたユリィは、足早にその場を去って行った。
「なんだあいつ……」
「おいターロ。俺らもさっさと行こうぜ」
 そうして、俺達もコジュロウさんにお礼を言ってからそれぞれの部屋に戻った。
 
 そして、当たり前の話だが――キェーンと二人きりという状況になったのだった。

 部屋は沈黙に包まれていた。
 キェーンはベッドの横に座り、無言。
 俺は机に向かう振りをしてちらちらとキェーンの様子をうかがうという状況。
 ――気まずい。
 召喚獣の騒動が起こったことでうやむやになってしまったのだが、俺はタンケルの部屋に向かってキェーンを連れ帰るつもりだった。
 しかし、それからどうするかはろくに考えてなかったのだ。
 一応キェーンに謝るつもりではいたのだが、いざこうやって二人になると……
「――ねえ」
 思考中の俺の耳に声が入ってくる。もちろん、その声の主はキェーンだった。
「ねえってば!」
「な、なんだ?」
 俺は慌てて返事をする。
「い、今、作業中?」
「作業中って……」
 机に向かってはいるが作業などしていない。何をしているかといえば、キェーンに話しかけるタイミングを探っていたところだが――あ、こいつ……
 もしかして、俺と話したがっている?
「いやっ、もう終わった! な、なんか用か?」
 俺は白々しくそう答えた。
 まさか、キェーンの方から話しかけてくるとは思わなくて――
「ん? なんだそれ?」
 よく見ると、キェーンは手に本を持っていた。
 しかし、俺に指摘され、キェーンはそれを後ろに隠してしまった。
 そういえばこいつ、部屋に戻る途中にタンケルの部屋にもう一度寄っていたな。
 クローブもタンケルが借りた本にキェーンが興味を示したとか言っていたし、その本なのかもしれない。
 本を隠してからまたも沈黙が続いてしまうが、キェーンは意を決した様子でつかつかとこちらに向かってきた。
 そして、後ろに隠していた本を――
「ふぎゃっ!」
 俺の顔面に押しつけやがった!
「て、てめえ何すんだ――って……」
 その本の表紙を見て、俺の中の怒りがかき消された。
『入門・初めてのゴーレムとのコミュニケーション。――エクスペリオン魔法学校ゴーレム科推薦教材――』
 その本はゴーレム科の一年生向けの本で、初生成により生み出したゴーレムとの信頼を深めるための方法が、わかりやすく簡単な言葉で説明されているのだった。たしか、うちのクラスの担任がかなり推していた本だったから覚えている。
 とはいえ、今まで真面目に授業を受けていなかった俺は初めて読む本だ。
 俺は自然とキェーンからその本を受け取り、パラパラとめくる。
 そして、しおりの代わりにしたのか知らないが、銀色の長い髪が挟まれているページが目に付いた。
「『あなたのゴーレムが言葉を理解し、また、あなたと同じ言葉を発することができるのならば、会話をしてみることが一番です。ゴーレムというのはあなたによって生み出されたものではありますが、あなたのことをよく知っているわけではありません』……」
 俺は無意識にそのページに書かれていた文を音読していた。
「『ですから、あなたのことをゴーレムに話してあげましょう。人間同士のコミュニケーションと同じです。まずは自己紹介から始めてみるといいと思いますよ』……ね」
 ――この銀色の髪、お前が挟んだのか?――なんてことはもはや聞く必要がなかった。
 いくら俺でも、そこまで鈍感ではない。
「――話してよ」
「え?」
「あんたのこと、話してよ!」
 怒鳴るような感じではない。しかし、力強い口調でキェーンはそう申し出て来た。
 俺が口を開くより先に、キェーンは続ける。
「今日の昼のこと――あれは悪かったと思ってる」
 バツが悪そうな顔をしてキェーンはそう言った。
 語調は弱まり、いつものキェーンらしくない面持ちだ。
「アタシ、あんたのことをよく知らなかった。あんたの血と魔力が注がれたゴーレムなのにね。
 それで、あんたのこと見て思ったそのままを、あの時言っちゃったの……
 それで、それで、それで……」
 キェーンの顔はくしゃくしゃになる。ゴーレムは涙など流さないが、キェーンの黄金色の瞳の輝き具合が変化していたため、俺にはどこか泣いているように見えたのだった。
「いや、当たってたさ」
 俺はそう答えた。
 こいつはあの時俺のことを、心に引っかかりを感じながら、それをしまったまま過ごしていると評した。
 そして、それが図星だったため俺は激高したのだ。
「――だから、お前が気にすることはない」
 今度は俺の方からキェーンが言葉を返すより先に続けた。
「図星指されて、俺が勝手にキレただけだ。
 その、俺の方こそ酷いこと言って悪かった……ゴメンな」
 言ってやった。
 ゴーレムに対して、生成者が謝った。
 しかし、今はそれを恥ずかしいことだとは感じない。
 俺はしっかりと、こいつに向かい合ってやらないといけないって、腹を固めたからだ。
 自分の思ったことをすぐ行動に移すキェーンの性格に、俺は打ちのめされていた。
 後ろ向きな気持ちで学校生活を送っていた俺は、常に前を向いているキェーンのことを心のどこかで眩しいと思ってたのかもしれないな。

 ――そろそろ、俺も前を向かないといけない。

 そのためにまず、キェーンが知りたがっていることを話してやろう。
 俺がこいつを生成するに至るまでのこと。
 そして、両親にすら打ち明けなかった、俺が抱えていた夢のことも大サービスで教えてやることにする。
「よし、キェーン。今からお前の生成者様の生い立ちを語ってやるから、心して聞けよ」
「いいわよ。来なさい」
 ――おっと、その前にキェーンにしてもらうことがあった。
「始める前に、あれ……」
「あっ、そういやまた壊れてるわね」
 俺は部屋の入り口を指差した。
 なんせ、クローブに蹴り破られたドアを直してもらわないと落ち着いて話せないものな。

「なるほどねえ……」
 俺の生い立ちと、このゴーレム科に入るまでの経緯についてあらかた語り終えた。
 俺は椅子に、キェーンはベッドに腰掛けている位置で、きちんと向かい合って話した
 その間キェーンは興味深く聞いてくれて、笑顔すら見せている。
「じゃあ、あんたがマジックアイテム科に合格してたらアタシは存在していないんだ。
 アタシ的には不合格万歳って感じね!」
「簡単に言ってくれるよなあ……」
 傷をえぐるようなことを言われてしまったが、不思議と今は怒りは沸いてこない。
「たしかにゴーレム科に入らなかったらゴーレムを持つわけないし、お前も生まれなかったな」
「そう! それに、タンケルやユリィにクローブやパクチにも会えなかったのよ?
 あんな面白い連中と出会えないなんてつまらないに決まってるわ!」
「ははは。それもそうだ」
 こいつ、本当に前向きに考えるなあ。
 でも、実際にタンケルはいい奴だしゴーレム科で一番の友人だ。
 ユリィも口うるさいが元気で可愛い同年代の女の子。うん、嫌いじゃない。
 そのゴーレムであるクローブもパクチも、いいキャラクターを持っている。
 なんだかんだで、あいつらのおかげでつまらないはずだった学校生活もそうじゃなくなってるのかもしれない。
「――ところでさ、あんたの言ってた夢ってなんなの? ほら、小さい頃のことがきっかけでそれからずっと憧れてる存在とかいう」
「ああ、それか。これは最後に話そうと思ってな……」
「へえ、もったいつけちゃって。そんなに深い話なの?」
 キェーンはベッドから立ち上がり、黄金色の瞳でこちらを覗き込んできた。
「いやあ、そんなたいしたことじゃねえさ。
 ただ――」
「ただ?」
「こうして面と向かって話すとなると、恥ずかしいだろ……」
 小さい頃から誰にも言えずにいた夢のことだ。そりゃあいざとなったら話しにくいさ。
「よしっ! なら、ここに座って!」
 そう言うとキェーンはバンバンとベッドを叩いた。
 俺は言われるがままにそこに座り――
「で、アタシはこうすると!」
 そして、俺の横にキェーンがちょこんと座った。座ったというか飛び乗ったという具合で、俺の袖を引きながらこう言った。
「これなら面と向かってじゃないわ! でも、声も聞き取りやすくて一石二鳥!」
 うわあ……これはこれでかなり気恥ずかしいものがあるが……
「――わかった、それなら聞いてくれ。
 あれはまだ、俺が五歳の頃だったかな」

 ――これは他人が聞けばもったいぶるような内容ではないと思うだろう。
 しかし、本人にとっては鮮烈で、間違いなく人生を変えた大事な思い出だったのだ。

 俺は五歳の頃、両親と共にマジックアイテムの市に出かけた。
 出かけるといっても、馬車に揺られて一日かけて市の開かれる街に向かうという俺にとっての生まれて初めての遠出だった。
 父親の職人仲間が主催者側にいたので招待されたらしく、俺は初めて来た大きな街に興奮していた記憶がある。
 そんな中、ある事件が起こったのだ。
 市の商品、もしくは売上金を狙ったのかは覚えていないが、ともかくそれを奪って逃走する強盗を俺は目の当たりにしたのだ。
 手に持った片手剣と怒声で通行人を払いのけ、その刃の輝きと決死の形相が幼い俺にはとても怖かった記憶がある。
 両親は俺を連れて早くこの場から去ろうとしたのだったが――
「まったく……家族の楽しいひと時があんな輩のせいで台無しですね。
 少々お待ちください。すぐに排除しますから――」
 その人は、この場面に合わない呑気な口調と共に現れた。
 おそらく二十代とそこそこの、細面の男性だった。
 その人は俺に手を振ってから強盗のもとへ駆けて行った。
 その手には何も持っていなく、片手剣を持った男に向かって、切りつけてくださいと言わんばかりに右手を伸ばした。
「て、てめえ!」
 強盗が自分に向けられてきた手に剣を振るい、その刀身が男性の指を跳ねようとした瞬間、
「ひぎゃあ!」
 強盗の剣の刀身が、消失した。
 男性の拳から沸き上がった炎に触れた途端に、蒸発をしてしまったのだ。
 それに驚いている隙に、炎を収めた拳の連打を食らい強盗は地面に伏した。
 強盗がもう片方の手に持っていた袋を男性が拾い上げると、周囲から歓声が上がる。
「いやあ、はははは……」
 その人は照れ臭そうに笑いながら、袋の中身を確認した後にこちらへと歩いてきた。
「やあ。悪い奴はお兄さんがやっつけたから、もう怖がる必要はないよ」
 そう、俺に言ってくれた。そして俺の頭にポンと手を置いてから男性は去って行った。
 わざわざ歩み寄ってそんなことを言ってきてくれたなんて、俺はよっぽど怖がっていたのだろうか。
 しかし、俺の中での恐怖はそう言われる前に消えていたのだ。
 俺は、男性が強盗に走って行ってからの動きにすっかり心が奪われていて、恐怖などどこかに行ってしまっていたのだった。
 あの時起きた一瞬の出来事は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
 あとから親に聞いた話だと、彼は市の警備を任されたマジックファイターだったらしい。

「ふーん。それでマジックファイターに憧れてたんだあ」
「おう。いつか俺もあんな風になれたらなあと思ってたよ」
 マジックファイターは、その名の通り魔法を用いて戦う戦士のことだ。
 このエクスペリオン魔法学校にもマジックファイター科が存在しており、ここで優秀な成績を修めた生徒は国からスカウトされる可能性も高く、一発狙うならここにしておけという学科である。
「でも、あんたの親はマジックアイテム店を継がせる気でいたし、そんなこと言い出せなかったわけね……」
「ああ、それとな……俺には才能がなかったんだよ」
「才能?」
 そう。俺はただ憧れているだけでなく、実際マジックファイターになるための努力をしたのだ。体力作りや木の棒を持っての素ぶりなんかは、一時期は毎日のようにやっていた。
 だが、魔法に関しては本当にダメだった。
「体に流れる魔力を感じ、コントロールすることはできたんだよ。つーか、それができなきゃゴーレム科にも入れなかったしな」
 そこまでは、今の高等魔法学校に入る前の初等魔法学校で習得できた。
 しかし、魔力を感じてもそれを用いて魔法を発動させることは苦手なのだ。
 これは今でもそうで、あの時のマジックファイターが見せた炎を発生させるなんて芸当はもちろん、簡単な傷を癒やす魔法や物を浮かす魔法すらろくにできない。
「自分の中に流れる魔力を身体の外に出すことはできるから、マジックアイテムを操作したりゴーレムの生成をしたりはできるんだけどなあ……」
「へえ……」
「そんな俺がマジックファイター科を仮に受けても間違いなくダメだったろうな」
 魔法一つできないんじゃマジックファイターになれるわけがない。
 俺が幼い頃に抱いた夢を諦めたのには、そう言った理由もあったのだ。
「どうだ、情けないだろ? とにかく――これで、俺の昔話は終わりだ」
 さて、キェーンはどういう反応を示すだろうか。
「ん? どうしたんだキェーン――」
「ああっ! 本当にもうっ!」
 隣に座っていたキェーンが、突然飛び上がった。
 ベッドの上で仁王立ちし、俺を見下ろす体勢になる。
「そうやって、自分はダメだって決めつけるからダメなのよ!」
 キェーンは俺を怒鳴りつける。その黄金色の瞳の奥に、メラメラと燃える炎すら見えそうだ。
「じゃあ、なに? あんたはマジックファイター科の試験に合格して、卒業して、周りから『これでターロ君も一人前のマジックファイターの仲間入りですねえ』って言われたかったの?」
「え、それは――」
「あんたは、子供の時に見た強盗を退治した人の姿に憧れてたんでしょ?
 誰かを守るために戦った人の姿に、釘付けになったんじゃないの?」
 キェーンの言葉には、今まで交わした中で一番熱がこもっていた。
「ああ、そうだ。そうだった」
 俺は、短く返すことしかできない。
「だったら、マジックファイターの称号を得るのが一番の目的じゃないじゃない。
 魔法を使いこなせるようにならなくたって――」
「誰かを守ることが、できるっていうのか?」
 俺はキェーンの言葉を遮り、逆にキェーンに聞いた。
「そうよ!」
 キェーンは、自信満々に答える。
 そして、ローブの下から何かを取り出した。
「それって……」
 それは、キェーンが先ほどの召喚獣との一戦で手に持っていた物体だった。
 その正体はよく見るとハンディライト。俺が実家の両親に持たされた、マジックアイテムの一つだった。
「アタシはこれで、あの獣と戦ったわ。くやしいけど、アタシはあのクローブみたいに力持ちじゃない。それでも、これを使ってどうにかしてやったのよ」
 キェーンの物言いは実に堂々としていた。
 そうか。あの召喚獣をのけ反らせた閃光の正体は、俺がこいつにあげたハンディライトだったのか。
「大事なのは、行動に移す勇気! そして、どうにかしようとする努力よ!」
 キェーンは吠えた。
 俺は、頭をツルハシで殴られたような衝撃を感じた。
 それくらい今のこいつの言葉に震えてしまうものがあったのだ。
「わかったよ。つまりそれって……」
「『心』の有り様よ!」
 キェーンという名の、俺が生成した『ゴーレム』はそう言い切った。
「――ありがとうな」
 そして、俺の口から勝手にそんな言葉が出てしまった。
 さらに胸が熱くなり過ぎて、キェーンを抱き寄せまでしてしまった。
 それをした直後には自分でもどうかと思い、すぐさまキェーンを手離したが……
 ああもう、今日はなんなんだ。色々と、熱くて青臭くて……
 今の気持ちは最悪――ではないのは確かだが。

 俺とキェーンは暗くなった食堂の前に立ちすくんでいた。
「参ったなあ。夕飯はどうしようか……」
 気が付けば、学食の営業時間は終了していたのだ。
 ずいぶんと話し込んでしまったなあとさすがに後悔をする。
 仕方なく寮に戻ることにするが、寮の入口付近で怪しい人影を見つけた。
「ユリィ――か?」
 それは間違いなくユリィだった。横にはパクチもいる。
「なんだよ。逃げ出した召喚獣がまだ残ってたかと思ったぜ」
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!」
 ちょっとからかってやったが、案の定ユリィは激怒した。
 あれ? そういえばこいつ、召喚獣との戦いの前にも男子寮に入ってきてたよな……
「なんだよ。学食が終わって飯も食えなくて困ってるんだから、お前の相手をする気なんかないぜ」
「なっ! ちょ……ああ、もう!」
 ユリィは言葉を上手く出せない様子。人間の姿に変身していないため喋れないパクチは、何やら慌てている。
「お、お腹が減ってるならこれでも食べて足しすれば?」
 キェーンはそう言うと俺に向かって何かを投げてきた。
 顔面に当たる前にキャッチしたが、それは紙袋。
 その中を覗くと――
「これって――食い物?」
「マフィンよ!」
 言われてみればマフィンだ。袋を覗いた瞬間に甘い香りが鼻をくすぐり、中には美味しそうなマフィンが四個ほど入っていた。
「明日のおやつにと思ったけど、あんたにあげる。
 そ、それは――お詫びよ!」
「お詫び?」
 ユリィの言った意味がわからなかった。
「ほら、私がお昼ご飯の時に……」
 わかった。クローブが言っていたことの中にあったな。
 ユリィの奴、俺が怒鳴ってその場からいなくなった事態を引き起こした原因は、自分にあると落ち込んでいたんだ。
「ああ、だからあの時俺達の寮に入ってきたんだな」
「なるほど。謝るタイミングを逃したから今度は寮の前で張ってたのね」
 俺の後にキェーンも理解をしたのか続けて口を開いた。
 ん? じゃあ、もしかしてユリィはずっとここで待っていたのか?
 なら、俺がさっき学食に足を運んだ時に出てくればよかったのに……
「――とにかく、昼間は悪かったわね。ごめんなさい!」
 怒声に近い感じでユリィは謝罪の言葉を述べた。その横でパクチもペコリと体を傾ける。
「もう気にしてないから、ユリィも気にしなくていいって。それより、あんま大声出すと他の奴にバレるぜ?」
 そうだ。ここは寮の目の前である。
 特に一階の部屋にはタンケルもいることだし、ここで誰かに見られて変な誤解が生まれるのは面倒だ。本来ならこの時間は異性の寮の行き来は禁止になっているし、より誤解されやすい。
「あっ! そうだったわね! じゃあ、私は行くことにするわ。
 この後、まだまだやることがあるんだから!」
 そう言うとユリィは足早に去って行った。その後ろにパクチが続く。
「うーん。やっぱり、ユリィは面白い子ね」
「ははは。微妙に上から目線だな」
 ともかく今はこれで空腹を満たそう。
 今のを誰かに勘付かれていないかを気にしつつ、俺はキェーンと自室に戻った。

「そういや、あのハンディライトなんだけど……」
 マフィンを口に運びながら俺はキェーンに話しかける。
「これがどうかした?」
 キェーンはくるくるとハンディライトを回しながら言った。
「それ、あんなに激しい光は出ないはずなんだけどな」
 俺が両親から持たされたハンディライトは日用品レベルのマジックアイテムだ。
 光を放つ魔法石もそこまで上等な物ではないし、あんなに強い光は出ない。
「それはアタシが調整したからよ。アタシの能力を忘れたの?」
「あ……」
 そうだった。こいつはマジックアイテムを自在に操ることができるのだった。
 とはいえ、性能を飛躍的に向上させることまでできるとは驚きだ……
「あっ! じゃあ、あの踊り場の窓を外した時に見せたのは?」
「あれって……ああ、あれね」
 キェーンは髪の毛をふわりと撫でた。銀色の、輝くような奇妙な質感の髪の毛。
 そのうちの一本を引き抜き、それを使ってキェーンは寮の窓を外してしまったのだ。
「んー、なんて言えばいいのかしら。そもそもアタシの髪がああいう風に使えるって知ったのは、今日タンケルの部屋でクローブとふざけてたからなのよね」
 キェーンは髪をいじりながら語り出す。
「クローブに髪のことを褒められて、気分が良くなって触らせてみたら――あの女、力の加減を知らなかったみたいなの! 触ってるうちにぷつんって抜いちゃったのよ!」
 ああ、なんか想像ができるなあ。
「それで、抜けたアタシの髪をタンケルが急いでクローブから奪い取ろうとしたのよ」
 あいつ……何をやっているんだ。
「そうしてクローブとタンケルが揉み合っているうちに、タンケルの枕元にあったニワトリ人形ってのに抜けた髪の毛が当たったの。するとね――」
 ニワトリ人形って、学校の朝一の鐘に反応して音を出す人形のことだな。
 購買部に売っている安いマジックアイテムで、早起きに自信のない生徒がよく購入をしているのを目にする。
「触れた瞬間に、ニワトリ人形がバラバラに分解しちゃったの。どうやら、アタシの髪の毛は引っこ抜くと手と同様にマジックアイテムに影響を与えるみたい」
「へええ。なんかすごいな……」
 それは驚いた。こいつ、まだそんな力を秘めていたのか……
「アタシも自分で毛を抜いて試してみたけど、見事にそれを使ってタンケルのニワトリ人形を元の形に組み直せたわ! うん、手だけじゃ厄介な細かい作業にはピッタリみたい」
「どれどれ……」
 それを聞いた俺はキェーンの頭に手を伸ばし、そっとの髪の毛の一本を引き抜いた。
 俺はキェーンの生成者として、その力を試してみることにしたのだ。
「うわっ! 何するのよ!」
 引き抜いた髪はピーンと張り詰めてまるで細長い工具のように思えた。
 先ほどキェーンが持っていたハンディライトを俺は持ち、髪の先端を当ててみる。
 よし。とりあえずこれを分解してみるか……
「ちょっと返しなさいよ、アタシの髪とライトを!」
「うるせえな。俺にも試させろ――って、うわあ!」
 手に持った髪の毛がハンディライトをなぞった瞬間、ポンという音と共にバラバラになってしまった。
 しかもそれは、パーツごとに分解したというよりも単純にぶっ壊れたという感じ。
 光を放つ魔法石も粉々になってしまった!
「ああーっ! 何やってんのよあんたは!」
 キェーンは怒りと共に俺から髪の毛を取り上げた。そして、それを頭に戻す。
 あっ、抜けたのはまた元に戻せるのか。
「もう……これはアタシの髪の毛なんだから、たぶんアタシしか上手く使えないのよ」
「え、俺はお前の生成者なのに……」
「そんなの知らなーい」
 キェーンはベッドに飛び乗り、ゴロンと寝転がった。
「今日はもう寝るわ。なんか疲れちゃったし……
 あと、勝手に髪の毛を抜いた罰で、今日もベッドはアタシに明け渡すこと!」
 そう言うとキェーンは枕を抱えて顔をうずめた。
「あっ! てめえまた……」
 俺はキェーンに掴みかかろうとしたが、その手を止めた。
 ――まあ、今日くらいは許すか。
 俺はマフィンの残りを腹に詰め込み、寝る準備に入る。
 今日は本当に色々あったもんな。俺だって疲れている。
 そして、色々気付かされて少し前向きになれた気がしたし、おかげでちょっと気持ちよく眠れそうな気もするのだった。
「しかもそれは――」
 キェーンのおかげなのだろうけど。
「あん? なんか言った?」
「なんでもないよ。おやすみ、キェーン」
 俺は灯りを消して、毛布にくるまった。
「うん。おやすみ、――ターロ」
 あっ――初めて、こいつに名前で呼ばれた。
 まったく、今日は最後の最後まで驚くことばかりだ。

4.

 色々とあった日も終わり翌日。この日はゴーレムの能力を調べる課題の最終日だ。
 俺はすでに提出するレポートは書き終えてしまったため、今日は一日ゆっくりするつもりだ。
 購買部の横にあるベンチで、俺とタンケルはゴーレムを加えて会話を弾ませていた。
「はあ……今日はゆっくりできるからいいけど、あと何日かすれば『グループワーク』ってのが始まるんだろ?」
「ああ、けっこう厳しいスケジュールだよなここって……」
「ダーリン、そのグループワークというのはなんだ?」
 俺とタンケルがぼやいた内容に、クローブが首を突っ込んできた。
「そういやまだ教えてなかったな。ゴーレム科では、生成者とゴーレムが力を合わせて色んな課題に挑戦する『グループワーク』って名物行事があるんだよ。泊りがけで、けっこう大変な行事なんだぜ」
「ほうほう。それは楽しそうだな」
 周囲の評判を聞くには、どうやら楽しいだけのイベントではないみたいだ。
 一年生から三年生まで、各学年から数名ずつで一つのグループが作られ、それぞれのグループには課題が与えられる。その課題を、班のメンバーやゴーレムと力を合わせて達成することで生徒同士、またはゴーレムとの結束力が高めるのが目的だという。
 うん、正直大変そうだ。
「ところでターロ! お前、今日はやけに機嫌がよさそうだな。なんかあったのか?」
「ダーリン、きっと少年はお嬢ちゃんと上手く仲直りできたのだよ。
 それによりゴーレムとの絆が深まったというなら、それは気分もよくなるさ」
「うーん。うらやましいなあ……」
 こいつら、また勝手に言ってやがる……
 だが、あながち間違っていないんだから困るんだよな。
 昨日のキェーンとのやり取りが、俺の心のモヤモヤを払ったような気がしたのだ。
「そういえば――今日はユリィを見かけないけど、どうしたのかしら?」
 キェーンが唐突にそんなことを言った。
 ああ、たしかに言われてみればそうだ。今朝の朝礼でも姿を見せなかったし、どうしたんだろう。
 まさか――
「おかしいな。ターロとユリィもなんだかんだで仲直りしたと思ってたんだけどな」
「そうだなダーリン。不器用ながらも微笑ましいやり取りをしていたのだし、まさか今更顔を見せるのが恥ずかしいなんてこともないだろうに」
「うわっ! もしかして、お前ら見てたのか?」
 昨夜、寮の前でユリィと会ってたのをこいつら見てたのかよ! 
「まあ、俺の部屋は寮の一階だし、そりゃあ見ようと思えば……」
 最悪だ……
「ああいう初々しい光景を見ていたら私の胸もキュンキュンしてしまうぞ。
 ダーリン、私達もがんばろうじゃないか!」
「頑張るって何をだっ! うわっ、どこを触って――」
「ちょっと! 今はユリィの話をしてるんでしょ!」
 キェーンが一喝をした。これにはクローブもぴたりと動きを止め、おとなしくなる。
「――すまなかった。
 じゃあ、話を戻すがな。私は、たかだか朝礼を一回休んだくらいでそこまで気にすることはないと思うぞ。女には女の都合という物もあるし、それの前では学校のルールなど……」
 クローブは朗々と語る。たしかに女子の中には、しばしば理由を付けて遅刻をしたり無断で欠席したりするのもいるけどなあ。
 とはいえ、クラスでもユリィは真面目な方だし………
「ねえ、ターロ。心配だからユリィのところに行ってみましょうよ!」
 思考中の俺に、キェーンがそんなことを持ちかけた。
「おいおい。行くって、どこにだよ?」
「ユリィがいるところ! わかんなきゃ探すの!」
 胸を張ってキェーンは答える。
 思ったことをすぐ口にするキェーンらしい言い方だった。
「――よし、探すか! 今日はどうせ終礼まで暇なんだ。お前の思い付きに乗ってやるよ」
 俺はそう言ってキェーンの頭に手を置いた。そして、ベンチから立ち上がる。
 不思議と、今はやってみようと思ったのだ。
「なんだなんだ? ターロもキェーンちゃんも行っちゃうのかよ」
「ダーリン、せっかくだから私達も少年とお嬢ちゃんに付き合おうじゃないか。
 級友との付き合いは大切にしたいものだろう?」
「まあな。昨夜のやり取りを覗き見した以上は俺も関係者だ! ユリィを探すの、手伝ってやるよ」
「さすがダーリンだ! 最高に格好いいぞ!」
 どうやらタンケルとクローブも付き合ってくれることになった。
 こうしてユリィの探索が始まったのだった。

 まず一番いる可能性があるのは、ゴーレム科女子寮のユリィの部屋だ。
 しかし、そこまで行くというのはなかなか難しいものがある。
 日が沈むまでは異性の寮に行くことは許可されているが、年頃の俺達にとってはいささか抵抗のある行為だ。
 特に、男子が女子の寮に行くとなると、個人的にその重圧に耐えられそうにない……
 基本的にお気楽なキャラのタンケルも、それは同じだったみたいだ。
「なによあんたらは! そんなのいちいち気にしてたらこの先どうするの!」
「まあそう言うなお嬢ちゃん。ダーリン達は複雑なお年頃なんだ」
 ゴーレムにいいように言われてしまっている俺達。
 しかし、次にクローブがこんな提案をしてきた。
「ならば、私とお嬢ちゃんの二人で女子寮に入ろうか?
 私達の見た目は女なのだし、問題はないだろう。何か聞かれても、ダーリンや少年の名前は出さないから安心してくれ」
 なるほど! それは名案だ。
「ありがとう、クローブ。是非お願いするよ。
 キェーン、お前にも頼めるか?」
「任せときなさいよ!」
 キェーンはどんっと胸を叩き即答。
 こうしてキェーンとクローブはゴーレム科の女子寮に潜入することに決定。
 俺とタンケルは、学食や実験場、格納庫などの寮以外でゴーレム科の生徒がいそうな所を回ることに決めた。
 
「うへえ……疲れたな……」
「おまけにユリィは見つからないし……」
 俺とタンケルは色々な場所を当たったがユリィを見つけることはできなかった。
 広大な学校内を急いで回ると本当に疲れる……
 一通り回ったら女子寮の前に行って、キェーンとクローブに合流しお互いの成果を教え合うことに決めていたので俺達はヘトヘトになりながらも向かった。
「おっ、いたいた」
 キェーンとクローブが女子寮の近くに立っていた。ユリィの姿はない。
「よう少年、そしてダーリン」
 クローブの声のトーンは低かった。そして、その横にいたキェーンの顔もどこか浮かない。
「こっちは見つからなかったけど、ユリィは寮にいたのか?」
「――ああ、いたよ。あのお嬢ちゃん、自室に閉じこもっていてな」
 やはり、クローブはどこか引っかかった感じで答える。
「クローブ、なんかあったのか?」
 タンケルがクローブに聞くと、クローブは仕方ないといった感じで寮のドアを指差した。
「それを知りたいなら、中へ行こう。はっきり言って、彼女に直接聞かないときちんと把握できない問題が発生している」
 問題が発生? いったい何があったっていうんだ?
 俺とタンケルは無言でうなずくとキェーンとクローブの後に続いて女子寮へと足を踏み入れた。

 女子寮の内装は男子寮と変わらないものだった。しかし、どこか甘い匂いが全体に漂っているのがムズムズ感じる。
 そんなことを思いつつ、周りの目を気にしながらも四階の奥に到着した。ユリィの部屋はここにあるようだ。
 クローブはドアをノックし、
「お嬢ちゃん、私だ。開けてくれるか?」
 そう優しく呼びかけるとしばらくしてドアが開く。
「何? また来たの――って、なんであんた達がいるのよ!」
 ユリィはクローブの姿を確認した後、その後ろにいた俺とタンケルの姿に驚いた。
「さっき言っただろう。ダーリンと少年もお嬢ちゃんのことを心配していたと。
 だから、ダーリン達にも例のことを教えてやってくれないか?」
 ユリィは少し戸惑った様子を見せた後、こくんとうなずいた。
「わかったわ。入って……」
 いつもとは違うどこか弱ったか細い声で、ユリィは俺達を招き入れる。
 部屋のカーテンは閉められ、昼間から薄暗い状態……
 やばい。これだけでかなり不安だ……
 薄暗いながらも確認をするが、ユリィの部屋は小ざっぱりしていて、あまり女の子らしさを感じさせるものではなかった。
「――いてっ!」
「なにキョロキョロ見てんのよ!」
 部屋を見回す俺の背中をキェーンは叩いた。
「悪い……」
 部屋の隅には、コースケット先輩に変身しているパクチがいた。
「どうも。ユリィ様のお部屋へようこそ」
 いつもの軽快な口調にもどこか勢いがない。
 ユリィは部屋のドアを閉めた後に、神妙な面持ちで口を開いた。
「まさかあんたらが来るとは思わなかったけど……
 まあ、いいわ。今は誰かに少しでも話しておきたい気分だし。
 いや、話すのは危ないかな……アハハ」
 それは弱り切った感じで、非常に投げやりな物の言い方だった。
 こんなの、いつものユリィじゃない。
 いったい、昨夜俺と別れた後に何があったって言うんだ?
「――かまうもんかよ。いいから話してみろって。
 いつも俺に突っかかってズケズケ言ってるお前らしくねえぞ」
 俺がそんな風に言ってやると、ユリィは苦笑する。
「あーあ。ターロにそんなこと言われるなんてショックね。
 わかった。昨日、あんたと別れてからのことを話すわ」
 一瞬、ユリィの目にいつもの精気が戻ったように感じた。
「男子寮から自分の部屋に戻る前、格納庫の横でユージン先輩に会ったの。
 驚いて話しかけたら、ペッパード六式の調整を忘れてたから急いでやってたんだって先輩は言ったわ。本当なら、もうあの時間は格納庫への出入りは禁止のはずなのにね」
 なるほど、あの後ユージン先輩に出くわしたのか。
「でも、先輩って基本的に自由な人だから、そんなことしょっちゅうなんじゃねえの?」
「私もそう思ったわ。それで、こんな夜に偶然会えてラッキーって感じながら私は部屋に戻ったの。――その思いもよらず会っちゃったのが悪かったのかなあ。
 私ったら、部屋に戻ってからドキドキが止まらなくてさ……月明かりの下で見た先輩ったらいつもよりちょっと雰囲気が違ってて……」
 ああ、そういえば。ユリィはユージン先輩に思いを寄せているんだったよな。
 あの人の前だといつもの勝ち気な態度から一変、急に猫を被るんだった。
「だから私は、パクチを先輩に変身させちゃったの」
 そう言うとユリィは、うつむいて黙ってしまった。
「なあ、ターロ」
「なんだ?」
「俺ら、なんかすごい話聞いてるんじゃね?」
「いや……うん」
 俺とタンケルはそんな内緒話をした。
「――ここからはちょっとボクが説明しましょう」
 うつむいたままのユリィをフォローするように、横からパクチが出て来た。
「突然ですが、ボクの変身能力の詳細についてまず話させてもらいます。
 これは、ユリィ様がこの二日間で丹念に調べ上げた成果とも言えますね。
 ――おっと、それには例のユージンさんの手も借りましたが……」
 そんな軽快な口調で、時折寒いジョークをかましつつされたパクチの変身能力の説明を要約すると次のようになる。
 
 パクチが誰かに変身するための条件は、パクチの生成者であるユリィが顔を認識しており、一度でも触れたことがある人間に限られる。
 変身時には、ユリィが変身させたい人物の名前を呼んでその人に変身するようにパクチに指示をしなければならない。ゆえに、対象の名前を知ることも変身の条件に加わる。
 変身をすると、その人物と同じ身体能力を発揮することが可能。ただし、魔法を使用することはできない。
 変身時、再現されるのは人体の部分のみで、服飾品や装飾品は再現されない。なので、周囲への配慮のためユージン先輩からもらった特殊な素材の服が必須。

 こんな感じだった。うーむ、これを二日で調べ上げたのか……たいしたもんだ。
「なるほど。で、それでユージン先輩に変身したらどうなったんだよ」
 俺がそう聞くと、パクチは一瞬置いてからこう言った。
「はい。それで変身したわけですがね――再現されなかったわけですよ」
「再現されなかったって、人体以外の部分がだろ?」
 ユリィの体がピクッと動いた。
「ええ、人体以外の部分……なんでしょうねえ。服が再現されないのは他の方の時と同じでしたが、先輩の場合それ以外の部分もですね……」
「――それって?」
「両腕と両脚です」
 部屋の中の空気がピーンと張り詰めた。
 え? なんだそれ?
「具体的に言いますと、腕は肩口から先がなく、脚は太ももの半分を過ぎた辺りで――」
「もうやめてっ!」
 パクチの説明の途中でユリィが叫んだ。
 それはとても悲痛な叫び声だった。
 うん、よっぽどショックだったのだろう。憧れの先輩の姿を呼び出してみたら、手足のない姿で現れたというのだから。
 俺なんか話を聞いただけで、すでに理解の範疇を超えてしまっている。
 しばらく誰も声を出せずにいたが、キェーンが沈黙を破った。
「これはもう普通の状況じゃないわよ。ユリィ本人がいるのにこんなこと言うのはなんだけど、ユージンって奴は絶対に裏があるわ」
 キェーンが断言する。たしかに、なんとなくそう思えて来たが……
 ――ちくしょう。ユージン先輩って本当に何者なんだよ?
「なら、あの青年の素性を調べるなんてのはどうだ? 他にも格納庫を見張るとか何かやれることはあるだろう」
 そんな提案をしてきたのがクローブだった。
「いいわね! それ、やりましょうよ!」
 キェーンとクローブは意気投合した様子だがユリィは相変わらずうつむいたまま。
「ちょっとユリィ、あんたが関わっちゃった問題ならあんたが立ち向かうしかないのよ?」
「う――」
 ユリィは答えられない。
「とりあえず、今日はもう勘弁してやってくれませんかね。ユリィ様も精神的にまいっているのです……」
「うーん。それはそうかもしれないな。クローブ、もう今日はやめておかないか?」
「ダーリンが言うならそうしよう」
 俺もタンケルのように意気込むキェーンを諫めることにした。
「おい、今日はもう部屋に戻るぞ。これからどうすればいいか考えるなら、俺達だけでもできるだろ」
 俺はユリィの方に目配せをしつつそう言った。少しはユリィの胸の内を察しろと思ったのだが――
「ああああ! もうっ!」
 キェーンが返答するより先に室内で大声が上がった。
 叫んだのはユリィ。立ち上がり、わなわなと握った拳を震わせている。
「ユ、ユリィ様?」
「もう耐えられないわ! そりゃあ私は落ち込んでたわよ? でもね……
 こうやって周りから心配され通しなんて無理っ!
 怒りが悲しみを凌駕したって状態よ!
 いいわ――ユージン先輩の秘密、暴いてやろうじゃないの!」
 何事かと駆け寄ったパクチを振り払うと、ユリィは顔を真っ赤にさせてそのようにまくし立てた。
「お、おお……いつものユリィに戻ったんじゃないの?」
 タンケルが俺に耳打ちしてきた。
「ああ。そうかもな……」
「ふんっ。あんたらなんかに気を使われるなんて私のプライドが許さないだけよ!」
 憎まれ口まで戻りやがったか……
「よーし、ユリィがやる気になったなら早速話し合わなきゃね!」
「ふふふ。女の決意は固くて強いな」
 
 こうして俺達はユージン先輩の素性を探るための作戦会議を終礼の直前まで行った。
 その後、本日提出となっているゴーレムの特性に関するレポートを終礼の時に提出し各自の部屋に戻る。
「今日はまず、タンケルとクローブが動くのよね?」
「ああ。あいつらの報告を聞いたら、早くても明日の昼にはスタートだ」
 部屋に戻ると俺とキェーンは作戦についての確認をする。先輩の素性を探る作戦の内容はほぼ決まっているのだ。
 そのためにも今日は早めに寝て、明日以降に備えないとな。
 なにせ俺達は明日、ゴーレム科の資料室に忍び込むのだ。
「よし。夕飯は学食からテイクアウトしたのがあるし、これ食べたら――」
「ぐう……」
 キェーンはすでに眠っていた。もはや言うまでもなく、俺のベッドで……

 翌日。午前中は普通に授業を受け、昼休みにタンケルの部屋に集まった。
「コジュロウさんは夕方以降の担当みたいだから、終礼が終わったらすぐに作戦スタートだ。みんな、準備はできてるか?」
「なんであんたが仕切ってるのよ!」
「いやあ。なんとなく……」
 作戦司令官のごとく振る舞ったタンケルにユリィが突っ込みを入れた。
「お嬢ちゃんよ。ダーリンと私が仕入れた情報なのだからダーリンが説明するのは当然だろう。そして何より、お嬢ちゃんとお嬢ちゃんのゴーレムの準備ができていることが本作戦において重要なのも事実だ」
「う……それなら抜かりはないけど」
 ユリィにそう釘を刺したのはクローブだ。その堂々とした態度から、彼女こそ作戦の指揮者に相応しいのではないかと思ってしまう。魅惑の女指揮官といったところか……
 たしかにクローブの言う通り、ユリィとパクチにちゃんとしてもらわないと今回の作戦に大きな穴があくことになる。
 この作戦では各々のゴーレムが順番に活躍していく予定になっている。
 その目的は、ゴーレム科資料室に忍び込みユージン先輩の学籍情報を知ることだ。
 ちなみに資料室に無断で立ち入ることは厳禁で、バレたらどんな罰が待ち受けているかはわからない……
 さらに、目的達成のための最大のネックはゴーレム科資料室のある建物を見回る警備員だ。
 先日の召喚獣暴走の時に俺達が出しゃばったのを見逃してくれたコジュロウさんを始め、腕利きのマジックファイターがこの学校には雇われているわけだから、その目をかい潜って資料室に入ることは困難だ。
 この警備員を突破するための妙案を、俺達は昨日必死に話し合ったわけだが――
「よし。まずは私とダーリンの最強コンビに任せておくがいい。
 フッフッフッ。放課後が楽しみだな」
 不敵に笑うクローブは、そんな警備員突破の第一手なのだ。

「いたっ! クローブ、どうする?」
「ダーリンが行けと言えばいつでも行くさ」
 放課後。俺達は売店の前でパンを食べているコジュロウさんを見つけた。タンケルとクローブが昨日の内に接触を図っており、よくここの売店を利用していると聞いておいたらしい。
 さらにタンケル達は、それとなくコジュロウさんの警備を担当している場所と時間を聞いておいたのだ。
 その結果、彼は夕方以降にゴーレム科資料室のある建物の警備を担当していることがわかった。
 だが、俺達は今日、それをさせない。警備員不在の状況を作り出し、資料室に忍び込むためである。
「よし。タンケル、心の準備はできてる?」
「大丈夫だよキェーンちゃん……俺の活躍、見ていてくれ」
「活躍するのはクローブだけどな……」
 タンケルがクローブを引き連れてコジュロウさんのもとへ向かって行った。クローブはおもむろに羽織っているボロ布を外し、その豊かな胸を最大限に強調できる状態になる。
 これにより、いよいよ作戦開始となったのだった。
「おじ様! 何をされているのですか?」
 まず、クローブは強烈な笑顔と共にコジュロウさんに声をかける。
 彼女の姿が目に入ったコジュロウさんの表情は途端に緩む。いや、緩むというか鼻の下がこれでもかというくらい伸びたというか……
 ――やはり腕利きのマジックファイターであっても男だ。コジュロウさんは召喚獣暴走の件で出会って以来、クローブの魅力にやられてしまっている。
 俺達は、今回そこを突かせてもらうことにした。
「おおう。クローブちゃんじゃないか! 相変わらずいい体をしているね」
「おじ様こそストレートな物言いで好感が持てますね」
「はっはっは!」
「フッフッフッ……」
 目のやり場に困りながら鼻の下を伸ばして喋る男性と、その外見的魅力に加えわざとらしいくらいの猫なで声で喋る美女の姿をしたゴーレム――少し異様だ。
 その様子をうかがっていたキェーンとユリィはなんとも言えない表情をしている。
「まったく男って……」
「男ってやっぱり肉付きが良い異性を好むものなの?」
「いや、それは人によるが……」
 俺はキェーンの問いにそう返した。まあ、大多数の男は当てはまるのだろうが――
「あんな光景を見ている場合じゃないわね。そろそろ交代の時間が来るんじゃない?
 行くわよ!」
 キェーンがはっと気付いたようで俺達に命令する。
「そうね。パクチ、次は私達の出番よ!」
 ユリィの声に、まだ誰にも変身していないため球形をしたままのパクチが無言でうなずく。
 こうして、俺とキェーン、ユリィとパクチはゴーレム科資料室のある建物へと向かった。
 作戦は第二段階に移行する。
 
 建物が見えて来ると、俺達は物かげに隠れてパクチを囲んだ。
「パクチ――コジュロウさんの姿に!」
 ユリィがそう指示をするとパクチの体がぐにゃぐにゃと歪み出す。
 パクチの姿はたちまち我が学校の警備員、コジュロウさんに変化した。
 そう。コジュロウさんに化けたパクチを今警備を担当している警備員と交代させることで、建物周辺に警備員不在の状況を作り出すのだ。
 これにはコジュロウさんに関してパクチの変身のための条件を満たしている必要があったのだが、先日の召喚獣の件の時にユリィはすでに満たしていたというのだから驚きだ。
 ともかく、この警備員突破法は、各警備担当の場所に警備員は一人というこの学校の警備のシフトと、何より本物のコジュロウさんをクローブが足止めしていることがあるからできる芸当なのだ。
「早くこれを着なさい!」
 続いてユリィはパクチに服を着せる。購買で購入した成人用の作業着で、これによりパクチのことがより怪しまれずに済むだろう。なんせ、パクチが普段見に着けているのはピッチリした魔導素材の服なのだから……
「あっ! あれって警備員じゃない?」
「本当だ! パクチ、行くのよ!」
 キェーンは物かげから顔を出し、建物から出て来る人物の姿を発見。
 それは夕方までの担当の警備員さんらしく、ユリィは急いでパクチを向かわせた。
「おおい! 交代に来たぞ」
「あれ? 先輩じゃないっすか」
 コジュロウさんに化けたパクチは、コジュロウさんよりもだいぶ若く見える警備員さんに声をかけた。
「先輩ってば、まだ交代までちょっとありますよ? 珍しいっすねえ」
「いや、ほらな……たまには早めに来るのもいいかと思って……」
「そうっすか――ん? 先輩、その服って――」
 やばい! さすがに購買で売っている作業着じゃまだ怪しいか?
 よく考えればマジックファイター科やマジックアイテム科の生徒が買って行くものだったし……
「そんな生徒向けに売ってる服着ちゃって……いくら警備員とはいえ、もう少し服装には気を使わないと女の子にモテませんよ!」
「えっ? あ、ああ。そうだな……
 とはいえ、女生徒にモテたからってそれに応じたら問題だろ! 学校にバレたら即クビだぞ?」
「ははは。そうっすねよえ。それに先輩ってば、もっとムチムチのお姉様がタイプですもんね! なのに生徒達じゃねえ……」
 うーん。どうやらバレなかったようだ……そのコジュロウさんのタイプに合ったムチムチのお姉様ゴーレムと今本人は会っているわけなのだが……
「じゃあ、自分は先に宿舎に帰らせていただきますね。失礼しまっす」
「おう。真っ直ぐ帰れよ」
 こうして、警備員さんが警備員宿舎に帰って行く姿を確認し、俺達は建物に向かって走り出した。
「急ぐぞ!」
「ええ。パクチ、御苦労さま!」
「へへへ。だいぶ焦りましたよ……」
 こうしていよいよゴーレム科資料室の中に入ることになる。
 どうやら、その前に俺とキェーンの出番になりそうだが……
 いよいよ作戦は最終段階に入る。

 幸いなことに資料室周辺に他に人はいない状況だった。この建物自体、資料室以外の部屋も用具室などがほとんどなので人の出入りが少ないから助かった。
 俺達はゴーレム科資料室のドアの前に集まり、まずはキェーンがそのドアを丹念に調べる。
「これは魔導式の施錠ね。ドアに向かって特定の魔法を唱えてから鍵の解錠をする必要があるみたい」
「すごーい。あなたってそんなことがわかっちゃうの?」
 ドアにかかっていた鍵はやはり魔法による特殊なものだった。
 しかし、これもマジックアイテムに精通する能力を持つキェーンには構造は丸わかりのようだ。
「で、開けられるのか?」
 俺がそう聞くとキェーンはニヤッと笑う。それはとても自信に満ちたものだった。
「余裕の――よっちゃんっ!」
 意味はわからないが、これまた自信たっぷりな口振りでキェーンは自分の髪を一本引き抜いた。
 キェーンは例によって引き抜いた髪の毛でドアの縁をなぞる。先端が触れた所からパチパチと何かが弾けた音と火花なようなものが見え、なぞり終えると今度は髪の毛をドアの鍵穴に差し込んだ。
「よっし!」
「まさか――」
 ユリィが懐疑の声を口にした直後、キェーンは髪の毛を鍵穴から抜くとドアノブに手をかけた。
 ドアはキィーっと音を立てて開いた。施錠は見事に解かれていたのだった。
「さっ、とっとと入りましょ。あの色女が時間を稼いでいるとはいえ、あんまりのんびりしてられないもん!」
 広い資料室の奥へキェーンが入って行き、俺とユリィもそれに続く。
「ちょっとターロ。あれ、悪用しちゃダメよ?」
「――しねえよ」
 実の所は、ここまでできるなら色々と使い道があるんじゃないかと一瞬思っていた俺だった……

 資料室内ではキェーンの能力に頼るようなことはなく、様々な資料が棚や箱に納められている。色々な所に目が行きがちだが、目的通りユージン先輩の学籍情報が書かれた紙を探すことにした。
「三年生の――あった!」
 しばらく探している内に、ユリィが遂に「ユージン・ハーリンク」と書かれている紙を発見した。二つ折りにされたそれには、生徒の今年度春の時点までの情報が書かれていた。
「えーと……」
 俺達は食い入るように紙を見る。正直、身長や体重、出身地などの個人情報で何かがわかるとは思わなかった。が、そこに書かれたユージン先輩の情報で気になったのは次の点だった。
 ユージン先輩がエクスペリオン高等魔法学校に入学した時に入った学科はなんと、今のゴーレム科ではなくマジックアイテム科だったのだ。そして、そこで抜群の成績を収め、一年の終わりに、より高度な研究を行うエリート学科、クエスト科への転科を教師から勧められ了承する。
 しかし、二年の初めに自主的に休学届を出して一年間の休学――理由は「一身上の都合」とのことだ。
 その休学明け、今度はゴーレム科への転科を自ら申し出る。こうしてゴーレム科を二年生からスタートし現在に至る……
「こ、これはいったいどういうことなの?」
 ユリィは一人で考え始めるが、俺は読み進める。
 そして、次に生活面での特記事項が書かれている所に目が行った。
「規定時間外の施設の利用で一回口頭注意を受けてるな。あと、本人は否定したそうなんだけど、警備員からの報告で深夜に無断外出をした疑いがあるんだってさ! どっちもゴーレム科に入ってからのことらしい! それ以外の生活態度や授業態度、成績なんかでは全く問題はないからそこまで注視するものではないとか書かれているけど……」
 学校はこんなことまで生徒のことについて記録しているのか、そして優等生は得だなあと思いつつ、俺は頭の中で色々と今までのことが浮かぶ。
「――ふーん。前にアタシの部屋を夜に訪れた時とか、ユリィが夜に会った時のことを考えると、やっぱり何かあるわよね」
 俺が頭の中でまとまったこととほぼ同じ内容を、キェーンが先に口に出した。
 それを聞いて、ユリィはますます険しい顔をする。
 確かに――キェーンを生成した日の夜に、ユージン先輩は夜空を飛びながら俺の部屋に訪れた。あの後先輩はどこに行ったのか――付け加えるが、来たのは「俺の」部屋でありキェーンが言った「アタシの」部屋ではない。あの部屋の所有者は俺である。
 そして、ユリィがユージン先輩に出くわした夜、先輩がいた場所はゴーレム科の格納庫だ。あの時間、格納庫の利用は規定時間から外れていた……
「先輩はやっぱり何度も深夜に外を出たり、禁止されている時間に格納庫を利用したりしている……うん、これは確実だ」
「それに、よくわからない理由の休学と転科……」
「本っ当に何なのよあの男は!」
 俺もユリィもキェーンも、全員資料室内で頭を抱えた。
「と、とにかく今はタンケル達と合流しないか? そろそろコジュロウさんを引き止めるのも限界だろ!」
 このままではらちが明きそうにないので俺は資料室から出ようと切り出した。
 ユリィもキェーンもそれには同意して、部屋の中を急いで元に戻して外へ出る。
「どうも。みなさんが中に入っている間は誰もこの建物には来ませんでしたよ」
 コジュロウさんの姿のままをしたパクチが出てきて早々にそう報告してきた。コジュロウさんの姿と声で丁寧に応対されると少し変な気分だ……
 ユリィはパクチの作業着を脱がせた後、変身を解かせた。そして、外を出てから周囲を今一度確認しタンケル達の所へ向かった。

「そうだよなあ! ゴーレムにもハートはあるよなっ! じゃなきゃ俺もここまでぞっこんにならないって……」
「フッフッフッ。そう言っていただけると嬉しいですよ」
 コジュロウさんを引き止めるのも限界ではないかと思っていたが、そんなことはなかったようだ。二人で大いに会話を弾ませており、コジュロウさんの顔はもはやとろけているといった感じだった。
 いくら俺達の差し金で引き止められているといえ、警備担当の時間はとっくに過ぎているわけだし……こんな警備員に学校の治安を任せていいものだろうか。
「おーい。タンケル、クローブ!」
 そう呼びかけると、クローブは気付いてこちらへ手を振った。
「おじ様。楽しいお話をまだ続けたいのですが、ダーリンの級友がダーリンを迎えに来たようです。残念ですが私も行かなくてはいけません……」
「おおっ! そりゃあ残念だが仕方がない……でも、またお話ししようぜ。
 できれば今度は二人っきりが――」
「それでは、失礼します」
 心底残念そうな顔をしたコジュロウさんを残して、タンケルとクローブはこちらにやってきた。タンケルはあまり会話に参加していなかったようだが、やけに疲れた顔をしている。
「お疲れさん」
「ああ……キェーンちゃん、俺をもっと癒してくれよぉ」
 労いの言葉をかけたキェーンにタンケルは抱き付きにかかった。
 過剰なまでに色気を振りまきながら話すクローブと、それに骨抜きにされた中年の会話に延々と付き合わされたのだから……
「おいダーリン! そういうのは私の役目だろう? ん?」
 クローブはタンケルの首根っこをつかみ、キェーンに抱きつく寸前で止めた。
「ううう……なんで……」
「それに、私の活躍に対してご褒美を与えてくれ」
 そう言いながらクローブはタンケルの頭をその豊満な胸の中に埋めてしまう。
「ふ、ふぐぐっ! ぐぐー……」
 ああ、これでタンケルはグラマーなお姉さんが苦手じゃなかったら天国のような生活だろうに……
「今はそんなことしてないでまた報告会よ! こっちも滞りなく進めたんだから!」
 ユリィはクローブを怒鳴り付ける。この後は夕食を買い込んでからまたタンケルの部屋で報告会だ。資料室で得たユージン先輩の情報を元に、先輩について更に考察をするのだ。
「わかった。ならばちょっと待っていてくれ」
 タンケルを地面に下ろしたクローブは、パクチが持っていた作業着を奪い取り、どういうわけだか警備担当の場所へ歩いて行くコジュロウさんの方へと走って行った。
 そして、クローブは作業着をコジュロウさんに手渡す。そうするとコジュロウさんは飛び上がって喜んだ様子を見せ、なんとその場で服を脱ぎ出し作業着に着替えはじめてしまった!
 作業着に着替え終えたコジュロウさんは大きく手を振った後、今度こそ仕事へと向かっていったのだった。
「これで今回の作戦はほぼ完ぺきだな」
 戻ってきたクローブは満面の笑みを見せる。
「なんであれを渡したの?」
 キェーンがそう聞くと、クローブはやれやれといった表情を見せてから答えた。
「あの作業着を偽おじ様に着せたのだろ? だったら他の警備員との交代の時にその姿を前の警備員に見られたわけだから、戻る時にあの作業着姿でないと怪しまれる可能性があるだろう。一応、最後の最後まで気を抜けないからな。
 これは前日にお嬢ちゃんのゴーレムとも打合せ済みだったさ」
「そうよね。パクチがコジュロウさんになれるって時点ですぐに考え付いたわ」
「なるほど。そこまで考えていたのか」
 俺は素直に感心してしまった。
「私からのプレゼントだと言ったらおじ様ってば大喜びだったぞ。できれば目立つからその場で着替えるのはやめて欲しかったがな。フッフッフッ……」
 クローブはタンケルを抱き寄せながら不敵に笑う。
 ううむ。彼女は魅惑の――いや、魔性のゴーレムだ……
「さーて、さっさとこの問題も終わらせますか!」
 俺は横を歩くキェーンの体を下から上までさっと見る。
 ――はあ……こいつはクローブに比べて小さいな。色々と――
「いてっ! お前、何すんだよ?」
 キェーンの姿をチラチラと見ていたら蹴りを入れられた。
「なんか悪意のある目つきでこっちを見てたでしょ?」
 そう言ってキッとこちらを睨みつけて来るキェーン。
「悪意ってなんだよ悪意って! 濡れ衣はやめてもらおうか」
「いーや。アタシとクローブを見比べて何か考えてたでしょ? それで、アタシに対して落胆していたわよね?」
 うっ。なんでそんなに鋭いんだ……
「あーあ。仲が良さそうでうらやましいなあ」
 後ろからタンケルのそんな声が聞こえたが全くそんなことはない。
 そう否定したかったが、キェーンの追撃を捌くのにいっぱいいっぱいな俺だった。

 途中で学食に寄りテイクアウトのメニューを受け取り、俺達はタンケルの部屋に集合した。
 まずは、俺とユリィが資料室で見てきたユージン先輩のこれまでの経歴を他のメンバーに詳細に話す。
 ユージン先輩がマジックアイテム科、クエスト科、ゴーレム科を転々としていることについて初めて知ったタンケルは、やはり驚いたようだ。
「この学校でそんなに多くの学科を渡り歩いた生徒はいないんじゃないか?
 何か目的があってのことなんだろうけど、その目的がわからないんじゃ……」
「ダーリン。その目的というのが、あの青年の両腕両脚に関わっているんじゃないのか?
 いや、目的と言わずとも確実に関係があるとしか思えないのだが……」
 ここでクローブが口を開いた。パクチによって再現されなかった――つまり通常の人体とは違うユージン先輩の体のパーツがやはり関係していると彼女は考えたようだ。
 正直言って、俺達の中で一番こういった考察が得意そうなのはクローブだ。クローブ以外のメンバーは皆、彼女に注目する。
「ん? ああ、私にさらに意見を言えと? よろしい、ではご期待に応えよう――
 仮にあの青年の目的が両腕両脚を非人体化することだとしよう。その目的をいつ持ったかはわからないが――少なくとも現在はそれを達成している状態なわけだ。
 しかし、あれだけのことをやるには少し時間が必要なのではないか? どうやったかは知らないが、こっそりと学校生活の合間を縫ってやれることではないと私は思う」
 うん。それはそうだろう。
「ああっ! つまり――」
 俺の横にいたユリィが声を上げた。何かわかったみたいだ。
「察しがいいなお嬢ちゃん。あの青年は二年生に上がった直後から一年間休学をしていたというじゃないか。その期間中に自分の腕と脚に何かを施したと考えられるだろう」
 さすがはクローブだ。資料室で知った時には混乱してしまった俺だが、彼女の推測を聞いて頭の中がすっきりした。
「ちょっと待ってよ! じゃあ、あれはどうなるのよ?」
 今度はキェーンが声を上げる。さっきまでタンケルのベッドに寝そべりながら聞いていたのだが、ぴょんと飛び降りて声を荒げた。
「あいつは今も黙って外に出たり学校内でコソコソやってるんでしょ? あれはなんの目的があってのことよ?」
 そうだった。生活態度への特記事項にもあったが、ユージン先輩は無断で夜間に学外に出たり利用時間外を過ぎた施設に一人でいたりする。これも充分に怪しいのだが……
「だな。先輩のまだ怪しい部分はそこだ。クローブ。それについてはどう思う?」
「ふーむ……」
 俺がそう振ると、クローブは深く考え込んでしまった。
「すまないが、あまりこれ以上は言いたくないな」
「クローブ。それでもいい、頼む」
 タンケルが横から口を挟む。するとクローブはタンケルに目配せをした後、話を再開した。
「ダーリンがそう言うならそうしよう。
 あの青年には特殊な腕と脚を得た後にまだ別の目的があるのでは? ということはみんなでもわかるだろう。
 あの腕と脚は第一段階で、今周囲に隠れてやっていることが本番というのも考えられる……
 自分の両腕両脚を異常な物に変える――それと繋がる第二の目的があるとしたら――何か危ない雰囲気がするじゃないか?」
 クローブが話し終えると部屋の空気が一気に重くなったような気がした。
 彼女の発した内容がやたらと説得力があり、俺達に恐怖を与えるものだったからなのだろう。
 少なくとも俺は、形容しがたい不安に襲われている状態だ。
「これは女の勘というやつだが、これ以上関わりたいという気持ちにならない。
 私の身というより、ダーリンの身に何かがあったら嫌だからな」
 クローブはそれだけ言うと黙り、俺達に意見を求める体勢に入った。
「危ない――よな?」
「うん。私もそう思えてきた……」
 タンケルとユリィが口々にそう言った。
「ですよねえ。ボクもあの方からはただならぬ雰囲気を感じていましたし、クローブ姉さん同様ボクの身よりユリィ様のことを考えると……」
 コースケット先輩に姿を変えていたパクチもそう続く。
 次に俺も「ここは何も知らなかったってことにしてこの件は終わりにしよう」と切り出そうと口を開こうとしたが、一人だけ違う意見の奴が怒鳴りあげそれを邪魔した。
「じゃあ、綺麗さっぱり忘れてこのまま普通の生活に戻れっていうわけ? 
 一度知っちゃった異常を見て見ぬ振り? そんなの我慢できないわよ!」
 キェーンはそう言うと俺の体を揺すった。
「何よ! どうにかできそうもないから逃げるの? そんなんじゃいけすかない顔したあの男に負けを認めてるようなものじゃない!」
「じゃあどうしろ――」
 俺は反論をしようとしたが、キェーンの手をクローブがつかみそのまま持ち上げた。
「お嬢ちゃん。少し落ち着け」
「何よ! クソッ、離して!」
 キェーンは宙づりのまま抵抗するが、今度はクローブに強めに抱きかかえられて完全に動きを封じられてしまった。
「あの青年に直接喰ってかかっても無駄だ。ここは学校だし、教師等に頼る手もあるが――あの青年のことだからそれを嗅ぎ付けたら姿をくらましてしまうだろうな。
 どうにかしたい気持ちはわかるが、私達に有効な手立てはないのだよ」
「うっ……」
 キェーンは閉口する。そういえば、初生成の日にキェーンはユージン先輩に為す術もなく押さえ込まれてしまったんだったな。そんなことがあって、すでにあの人への敗北感のようなものを一度味わっているのかもしれない。
「とにかく、下手に動くのはよくないと思う。それに、グループワークがそろそろ始まるわけだし、今やるべきは先輩の謎を追うことじゃない! 俺達は俺達のすることを片付けなきゃダメだろ!」
 俺は部屋にいた全員を見回しながらそう言った。
 そう。俺達はエクスペリオン魔法学校ゴーレム科で勉強をする生徒なのだ。
 我ながら勢いで変なことに首を突っ込んで余計なことを知ってしまったと思うが、ここらが潮時だろう。
 二日後にはゴーレム科名物のグループワークが始まり、ここの学校生活で初めての学外での活動が待っているのだ。危ないことに手を出さず、生徒としての課題に取り組むべきではないだろうか。
「へえ。いつもなまけてるターロが真面目なこと言うじゃない」
 ユリィはそう言って、タンケルやクローブが愉快そうな顔をする。しかし、キェーンだけは不機嫌な顔をしていた。
 結局、今日はこのまま解散となり、ユージン先輩の疑惑については保留となった。
 誰もがこのままでいいとは思っていなかっただろうが、そこは誰も口に出さなかった。
 そうだよな。しょせん俺達はただの生徒とただの生徒の手で生成されたゴーレムだ。
 それにユージン先輩だって、本当は不幸な事故にあって望まずに手足が今の状態になっているのかもしれない。
 仮に先輩が悪いことをしていたとしても、俺達は正義のマジックファイターでもあるまいし、悪い奴をどうにかするなんて役目は負っていない。

5.

 あっという間に二日が過ぎ、いよいよグループワーク当日となった。
 明け方すぐに正門前の広場に集められ、グループワークの心構えと班分け、そして各班で取り組む課題の発表がされた。
 ――担任が普段の学校での様子を見て気を利かせたのかは知らないが、なんと俺とタンケルとユリィは一緒の班になってしまったのだ!
「うわあ。またあんたらと同じなの?」
 ユリィはあからさまに嫌な顔をしてそう言った。
 一昨日まで学校には絶対に知られてはならない作業を行っていた面々がまた一緒か。
 その後上級生とも顔合わせをし、一年生は俺達三人、二年生は男女の先輩が一人ずつ、三年生は男子の先輩一人という六人構成の班に決められていたようだ。
 そして課題は、薬草を山に行って入手すること。その薬草とは、ゴーレムを生成する時にこねた土に混ぜ込む薬品の原料となる草らしい。
 これを班のメンバー、そしてゴーレム達と力を合わせて行うというのだ。
「よろしくね。私は二年のミチカット・グラスよ」
「こちらこそ! 私は一年のユリィ・ドルフーレンっていいます」
「ターロ・アレクシオです。よろしくお願いします」
 女子の先輩から挨拶を受ける。ミチカット先輩は見た目も話し方も穏やかな人で、なかなかの美人だ。
「あーあ、去年の町での奉仕活動の方が全然よかったよ……」
「えっ? そうなんすか?」
「おう。いわゆる大自然の中での作業系はどこもキツいって評判なんだよ。来年以降のために覚えておいた方がいいぜ」
 二年の男子の先輩は俺達と顔を合わせるとすぐにディアゴと名乗り、軽いノリの人だが悪そうな人ではない。すでにタンケルと話を弾ませていて、意気投合している感じだ。
 そして三年の先輩は――
「よし、積み込み完了だ。あっ、君達のゴーレムも早く載せちゃいなよ」
 身の丈は俺達の三倍はありそうな大型のゴーレムを魔法でコンパクトサイズにし、荷台に乗せていた。彼はトミオ先輩といって、ゴーレム科三年でも上位の成績を誇る優等生だ。
 トミオ先輩の指示で俺達は自分のゴーレムを大きな荷台に乗せた。真面目そうな先輩で、班のリーダーにはぴったりである。
 こうして俺達の班は、四足獣の形を模し脚部が車輪となったゴーレム三体に荷台を引っ張られ、学校を出発したのだった。

 目的地に着くのは昼頃になるそうなので、俺達は揺れる車内で会話をしていく。
 まずはトミオ先輩が今回の課題の詳細と注意点の書かれた紙を読み上げ、簡単な打ち合わせのようなものを行った。この紙は、三年生の生徒が班の発表をする時に教師から渡されたものだそうだ。
「まあ、薬草の採取以外の部分はキャンプと思ってもらって構わない内容だね」
 トミオ先輩の言う通り、今回の課題は薬草を明日の昼までに各自が袋いっぱいになるまで採取することで、それ以外は山中で一夜を過ごすという点ではキャンプと同じだ。
「でも、学校から支給されたのはテントと鉄の鍋とパンと塩だけですよね? あとは簡単な生活用マジックアイテム数個だけって」
「そこがグループワークなんだろ。水源や野菜、木の実の類は現地にあると紙には記されているし、僕達でどうにかしろってことだな」
「うえー。面倒くさいなあ……」
 トミオ先輩の説明をあらかた聞き終えると、ディアゴ先輩は不満を口に漏らした。
「そうっすよね。俺、食事なんかろくに作ったことないっすよ」
 ディアゴ先輩とすっかり仲良くなったタンケルもそれに続く。
「だっさいわねえ……私なんか昔っからこういうことには慣れっこだし、現地では私の指示に従ってもらうわよ?」
 タンケルの言葉を聞いて、ユリィが呆れ口調でそう言った。
 ユリィの実家は魔法石の採掘業、通称「掘り屋」だったんだよな。魔法の儀式やマジックアイテムの材料に使われる、魔力を含んだ鉱石である魔法石の採掘を生業とし、それを業者に売って生計を立てているのが掘り屋なわけだ。中には採掘場から採掘場をあちこちと移動しながら生活している人もいるらしく、ユリィもそういった移動生活を続けてきたのだろうか。
「ドルフーレンさんは頼りになりそうね。私なんか女だけど人並みにしかできないわ」
「いやあ。強制的に手伝わされてたんですよ! 母さんが怖い人で……」
 きっとユリィに似ているんだな。と、口から出かけたが寸前で止めておいた。
「まさか、一年女子の中でも抜群に可愛いって評判のユリィちゃんと同じ班になれるとは嬉しいね。あらためてよろしく頼むよ」
 ディアゴ先輩はずいと体を乗り出してユリィに迫った。
 そういやユリィは、同学年だけでなく先輩達からもよく声をかけられてるんだよな。
 いざ接してみるとキツい性格に圧倒されると思うのだが、まったく理解に苦しむ人気っぷりである。パクチをマジックファイター科のコースケット先輩の姿によく変身させているが、この人気を利用して何人も変身のストックを増やしていると思うと少し怖い……
「あら、ディアゴ君。さっきは美女ゴーレムと一緒で最高だ! とか言っていたじゃない」
「うぐっ! それは言わないでくれよ……」
 ミチカット先輩の突っ込みにディアゴ先輩はたじろぐ。
「美女ゴーレムって――ああ、クローブのことか」
 俺は思わずうなずいた。一年の間でもその美貌と素晴らしいボディラインで注目を集めるクローブだが、どうやら上級生の間にも知れ渡っているみたいだ。
「俺のゴーレムってそんなに知られてるんですか? いやあ、まいったなあ」
「見た目が人間と寸分違わないゴーレムはやっぱり目を引きやすいからね。それで美しいときたら話題になるのもしょうがないさ」
 戸惑うタンケルにさらりとそう投げかけるトミオ先輩。
「――だから、ターロ君のゴーレムの話もけっこう耳に入ってくるよ。タンケル君のゴーレムとはタイプの違う美少女ゴーレムだってね」
「そうそう! 背が小さくって、銀色の綺麗な髪をしたあの子! あっちもじっくり見てみたいなあ……」
「ディアゴ君は見境がないのね」
 うわ。キェーンの奴も話題なのかよ。そして、ミチカット先輩は一見穏やかそうだが容赦が無い人だぞ……
「いやいや。あいつ、ゴーレムのくせにすごく反抗的で困るんですよ。生成者である俺を最初の頃は『お前』とか言ってきたし……」
 今では少し落ち着いてきたが、それでも俺に対する敬意などまったく持っていそうもないのがキェーンというゴーレムだ。
 俺がため息を吐くと、トミオ先輩がこう言ってきた。
「僕のゴーレムも最初はなかなか言うことを聞いてくれなかったよ。喋ることはできない代わりに、無視したりそっぽを向いたりで大変だったものさ。でも、気持ちを込めて接すれば次第に通じ合うようになるもんだよ」
 優等生と名高いトミオ先輩が言うと説得力があるように思える。しかし、あのデカいゴーレムが反抗的だったなんて、よっぽど大変だったんじゃ?
「へえ。あの美女ゴーレムの名前はクローブっていうのか! よし、現地に着いたら早速俺のことを紹介しろよな!」
「いいっすけど……でも、俺はあいつの見た目に関しては好みじゃないけどなあ。なんでみんなそんなに良いと思うんだろ?」
 さすが美女より美少女のタンケルだ。あのクローブの大人の魅力たっぷりの美貌も、こいつにはむしろ苦手な部類に入るのだった。
 しかし、傍から見たらうらやましい限り。贅沢を言い過ぎだと引っぱたきたくなるのも事実である。

 揺られ続けて森の入り口に到着。荷物と各自のゴーレムを後ろの荷台から降ろすと車は自動で去って行った。さすが魔法立国のゴーレム車だ。
「うむ。君達が今年の生徒か」
 入口には小屋が建っており、ここら一帯の山を管理する中年の男性が中から現れた。
 このおじさんは国から山林の管理を任された人間らしく、学校行事にここら辺の土地を利用する際も学校側は彼に生徒を任せるらしい。もっとも、よっぽどの一大事でない限りこのグループワークの間は一切の手出しをしないそうだが。
「ここをしばらく歩くと、川原に辿り着く。そこを拠点にするといいよ。
 では、気をつけてな」
 おじさんから出された昼食を小屋の中で食べてから、いくつかの注意を聞いて俺達は出発した。ここからは徒歩で川原へと向かうが、トミオ先輩の大型ゴーレムは魔法で宙に浮かせ、木の上の飛びながら後ろをついてくることになった。その背中にはテントとその他の荷物がまとめて積まれている。
「先輩、俺らも先輩のゴーレムの上に乗って行くのってダメなんですか?」
「そうしたいのは山々なんだけど、荷物一式を持たせるので限界みたいなんだ。あいにく、僕の魔力じゃそれが限界さ」
 トミオ先輩がゴーレムを飛ばしているのはゴーレム自身の能力ではなく先輩が唱えた魔法によるものだ。俺達一年はまだ習っていないが、ゴーレム科ではゴーレムを扱う上で必要、または便利な魔法をいくつも覚えることになっている。
 魔法が苦手な俺としては、これから苦労をしそうで気が重くなるが……
「わあ! アタシも飛べるようになるわけ? じゃあ、頼むわよターロ!」
 キェーンは目をキラキラとさせてそう言いながら、俺の背中を叩いてきた。
「飛べるのか……いつかは大空のデートと洒落込みたいものだな」
 クローブはそう言ってタンケルにすり寄った。うーむ……
「うらやましいぜ」
 そうぼやいたのはディアゴ先輩だった。先輩の後ろには、灰色の甲冑で全身を包んだといった感じのゴーレムが三体もついてきている。
 そして、しばらく歩くと森が開けてきて川原が姿を現した。

「おーし、こんなもんかな?」
「ダメ! 一見きちんと形になっているようだけど、風が吹いたら倒れるわよ!」
 テントは二人から三人用のが三つで、俺とタンケルのテントを張り終えたが横からユリィが口を出してきた。
 よく見ると、彼女とミチカット先輩のテントは俺達のに比べて綺麗に張られている気がする……
 ダメ出しを食らいながら何度か張り直した後、俺達はトミオ先輩から採取する薬草について話を聞くことにした。
 ダンデーラ草と言われるその草は他の木に絡み付くツタ状をしており、これをすり潰した後に煮詰め、さらに魔法による処理を行うとゴーレムの生成に使われる薬品の材料として使えるらしい。
 つまりは、キェーンやクローブがあるのもこの草のおかげなのだ。
 そのダンデーラ草のサンプルをトミオ先輩が見せてくれたのでよく見た目を覚え、俺達は森の中へと入りいよいよ薬草探しが始まる。
 なるべく固まっての行動を取り、しばらく森の中を歩くと次第に木々に緑の紐のような物が絡まっている姿を散見できるようになった。それが、ダンデーラ草だった。
「これはラッキーだね。いきなり群生地帯と呼んでいい場所にぶち当たったようだ」
 トミオ先輩がそう言うと、キェーンやユリィの元気組は急いで木に駆け寄って行った。
「おっしゃあ! 採るわよお!」
「うりゃあああ!」
「元気だなあ。あいつら……」
 
 採取作業は順調に進み、雑談をしながら可能なくらいであった。
 俺は近くにいたトミオ先輩に話かける。
「よく考えたら、この課題って生徒を使って薬品の材料を手っ取り早く集めるってことなんすよね?」
「まあねえ。でも、僕達の班が集めたダンデーラ草の量ではゴーレム一体分に使う量しかできないよ。三年になると生成用の薬品も作るからそこはよくわかる」
「うへえ……」
 ゴーレム科の生徒は薬草まで扱えるようにならなきゃダメなのか……
「僕は卒業したらゴーレムを生成したい人用に生成用の薬品を売る仕事をしようと思ってるからね。その時は贔屓にしてくれよ」
 マイナーな商売になりそうだから在学中に少しでも名前を売っておかないとね。と、先輩は苦笑しつつ続けた。
 さすがは三年生。もう卒業後のことを決めていたのか……
「ターロ君はどんな道に進もうか考えているのかな?」
 俺は一瞬、手が止まってしまった。
「いや、今は、その……ははは」
 すぐにまた手を動かし始めるが、先輩への返事はそんな曖昧なものになった。
 ――なんてことはない。ただ、俺はその答えを持っていなかったからだ。
「さーて、薬草採取以外にもまだやることはあるよ! 日が暮れるまでに袋いっぱいにしないとね」
 俺の心境を察したわけではないだろうが、トミオ先輩はポンと俺の肩に手を置いて元気にそう言ってくれた。
「うおりゃああああ!」
 少し離れた場所ではクローブが見上げてしまうような高さの木に向かって飛び上がり、一気に木に絡まったダンデーラ草を引き剥がしている。タンケルや先輩達は唖然とするばかりだ。
 ユリィはコースケット先輩に変身させたパクチを木に登らせ、普通では手の出せない場所に生い茂っているものをむしらせている。
 そして、俺のゴーレムのキェーンは――
「んしょ。よいしょ……」
 地味にプチプチと手摘みをしているだけだった。

 夕日が眩しくなってきた頃、俺達は森を出て川原に戻る。スタンド式の照明をセットし、次の作業に移ることにした。
 これからすることといえば、夕食の支度である。
 ミチカット先輩とユリィ、パクチが薬草採りを途中で抜けて夕食で使う木の実や野生の野菜を採ることに精を出してくれたので、これと持参した鍋と塩でスープが作れるわけだ。
「おらあ! 均等な大きさで切らないとダメでしょうがあ!」
 俺とタンケルは調理班だが、後ろからユリィにどやされながらの作業となった。
 一方、川辺の方も何か騒がしかった。
「本当に獲れるの?」
「お嬢ちゃん。少し黙っていろ」
 ボロ布と腰巻を外して刺激的な格好になったクローブが、川に足を浸けて水面と向き合っていた。
「――きた」
 その刹那、彼女は水面に拳を振り、続けざまに水を弾き飛ばした。
 いったい何を――
「うわあっ!」
 川辺から何か飛んで来たのかなと思ったが、気が付くと俺達が野菜をきざんでいたまな板の上に生きた魚が跳ね回っていたのだ!
「お、ちょうど少年のところへ飛んで行ったか。もう五、六匹獲るからちゃっちゃと調理してくれ」
 クローブはそう川の方から声を上げた。さ、魚を素手で獲っていたのか……
「おいターロ。俺、魚なんて捌けねえよ……」
 タンケルは飛んできたもう一匹の魚を掴みながらそうつぶやいた。俺だってそんなことはできないし、第一魚はまだビクビクと動いている……
「だらしないわねえ。ちょっと貸しなさい! 私がやるからどいてっ」
 横からユリィが手を伸ばしてきて、タンケルの持っていた魚を奪い取った。
「うわあ……」
 魚をまな板の上に押さえつけたユリィは、手にした包丁でドンと魚の頭を胴体から切り離す!
 そして今度は素早い手付きで魚の腹を開き内臓を――
「もういいわよ。あとは私がやっとくから、あんたらは鍋の準備をしてなさい」
「わ、わかった……」
 俺とタンケルは言われるがままにその場から離れ、次の作業に移った。
 俺は手頃な石を積み上げカマドを作り、そこにタンケルが拾ってきた乾いた枝を放り込む。
「上出来ね。次は火だけど――」
 そこに水と具の入った鍋を置いたユリィがやってきた。辺りを見回し、着火しようとするのだが着火装置が見つからないようだ。
「これでしょー」
 キェーンが黒い筒を片手に駆け寄ってきた。その後ろには数匹の魚を手にしたクローブもいる。
 先端からシュボッと炎が出たその筒は、炎の魔法を放つ魔法石を埋め込んだ万人用の着火装置だ。棒の中間にあるスイッチを押すと手のひら大の火球が発生するという仕組みで、広く流通しているマジックアイテムである。
「おおー!」
「アクが出たらちゃんと取らないとね」
 カマドに具材が入った鍋を置いた後に着火。グツグツと音を立てて、いい感じに今日のメインディッシュが出来上がっていく。
 その横ではもう一つ作ったカマドでクローブが獲ってきた魚を焼く。真っ直ぐな枝に突き刺してから軽く塩を振り、こちらも実においしそうだ。
 口やかましいが腕はたしかなユリィ、素手で泳いでいる魚を捕まえてしまったクローブの活躍もあり、今日の夕食は予想以上に満足行くものになりそうだ。
「いただきまーすっ!」
 みんなでカマドを囲む形で座り夕食が始まった。
 食事を取らないゴーレム達は少し離れた所で遊んでいるようだ。トミオ先輩の大きなゴーレムの体にキェーンやクローブが飛び乗って大はしゃぎである。
「ミチカット先輩のゴーレムは一番変わってますよね。蝶々の姿をしているなんて」
「ええ。私のゴーレムのタイムは、ああやっていつもパタパタ飛んでるの」
 そのゴーレム達が遊ぶ光景を見ながらの食事となったので、自ずと食事中の会話の内容も互いのゴーレムの話題となる。
 ミチカット先輩のゴーレムは両手のひらでも余るくらいの大きさをした蝶々のような姿だ。
 羽根の模様は大きな目のように見え、少し不気味でもある。
 先輩がすうっと手を伸ばすと、羽をキラキラと光らせながら指先に止まった。
「そして、こういう力もあるわ」
 指先から飛び立ったタイムは俺達の頭上を飛ぶ。すると――
『私の心の声を、こうやって羽ばたきに乗せて送ることができるのよ。
 あと、タイムと視覚を共有することもできるからとっても便利』
 ミチカット先輩の声が、直接頭の中に響いたのだった。
「すげえ! 色々使えそうじゃないですか」
「あの目って本当に物を見てるのか……」
 俺達の反応にミチカット先輩はクスクス笑う。
「悪用はしていないから安心してね。でも、私って昔から内気で、思ったことを口にする勇気が持てなかったらタイムがこういう能力を持っちゃって最初は戸惑ったわ……」
「あ――」
 もしかしたら、俺やタンケルと同じように、先輩のゴーレムも心理反映説に当てはまるのかも知れないな。
「けれど、タイムの能力を使っているうちに自然と言いたいことを言えるようになってきているのかも……なーんてね」
「しかも毒舌の才能が芽生えたみたいだけどな――うっ! すまん、なんでもない……
 だからそんな声を送って来ないでくれ!」
 しんみりと語ったミチカット先輩にディアゴ先輩がそう茶々を入れると、タイムがディエゴ先輩の頭の上を旋回。すると、ディアゴ先輩は急に縮こまってしまった。
 いったいどんな心の声を送り込まれたんだ……
「そういや、ディアゴ先輩のゴーレムって同じ見た目のが三体もいますよね。いったいどんな能力を持ってるんすか?」
 タンケルが魚をかじりながらそう聞くと、ディアゴ先輩は頭上のタイムを気にしながらこう答えた。
「あれは、二年の授業で作る汎用ゴーレムさ。生成者の血を混ぜないで、決まった形の物を生成するタイプなんだ。甲冑風の人型は汎用ゴーレムの基本形だから覚えておくといいぜ」
「へえー。勉強になります」
 ああ、汎用ゴーレムか。そういえば教科書とか校内で同じようなのを何回か見たことがあったかもしれない。ディアゴ先輩の言った通り、汎用ゴーレムとは大別した二種類のゴーレムの生成方法のうち、生成者の血を混ぜないで作るゴーレムのことだ。その姿形は決まった形をしていて無個性、キェーンやクローブのように基本的に人格が芽生えることもない。しかし、型通りに作れるため応用が利き、生成した人間でなくても使役できる点が大きいとか。
「あれ? じゃあ初生成で作ったゴーレムはどうしたんすか?」
 タンケルが続けて聞くと、先輩は少し表情を曇らせた。
「一年の二学期にぶっ壊れちまったよ。まあ、俺の不注意でな……」
 一瞬気まずい空気が流れたが、ディアゴ先輩は笑って続ける。
「ウサギみたいな姿して人間の言葉話せるゴーレムだったんだけど、機動力上げる魔法かけてやったら勢いよく資材置き場に突っ込んで……修復不能なくらい壊れたんだよ。
 俺も魔法を覚えたてで加減ができなくて、あいつもゴーレムのくせにかなり調子に乗る性格だったからなあ」
 それだけ言うと先輩はスープをズズっと飲み干した。
「あの、なんかすいません……」
 先輩の表情を見たタンケルは、辛いことを思い出せてしまったと感じ取ったのか謝罪の言葉を述べた。
「だっはっは! 気にすんなって」
 先輩はスープのおかわりをよそってまた食べ始めた。
「でもよ。その代わりに俺は、一年の内から汎用ゴーレムを作り始めたんだけど、これが予想以上にハマっちゃってさ。将来は汎用ゴーレムの製造工場で働くのもいいかなあって思っちゃったり? ハハハ」
「いーっすねえ。そういや先輩、汎用ゴーレムって――人間そっくりな容姿にできます?
 例えば、自分の好みに……その――」
「おう。すげえ高度な生成技術がいるらしいけど、できるみたいだぞ。金持ちが超美形の汎用ゴーレムをオーダーメイドしてるとか聞くし」
「やっぱりできるんっすね? おーっし!」
 タンケルはガッツポーズを見せた。そういやこいつがゴーレム科に入った目的は美少女ゴーレムのハーレムを作ることだったんだよな。
 その夢が実現可能なものだと確認できて、大喜びみたいだ。
「まあ、お前らも初生成で作ったゴーレムは大切にした方がいいぜ。
 特に、キェーンちゃんやクローブみたいな美し過ぎるゴーレムならなおさらだ!」
 そう言われると、俺はふとキェーンの方を見た。
 大切に――か。
 キェーンはディアゴ先輩の汎用ゴーレムをぺしぺし叩いていた。汎用ゴーレムはそんなことをされているのに無反応だ。たしか、汎用ゴーレムは命令を受けなければ動かないんだったな。
 もちろん、話すようなこともないし、まさに心を持っていないゴーレムだ。
 それに比べキェーンは、ディアゴ先輩の言葉を借りればたしかに唯一無二の存在だ。
 生成者に対して反抗的で、寝床を強奪までするゴーレムなんてキェーンしかいないだろう。おまけに、生成者が命令をするより前に突っ走ろうとすることまであって……
「ん? どうしたんだよターロ。そんな顔して」
「なんでもない」
 俺はタンケルに聞かれたのを誤魔化すかのように夕食を詰め込んだ。
 
 ゴーレム科での三年間に俺は目的を持っていない。そんな俺が、キェーンを大切にして――そして、キェーンと共にどんなことをこの先やろうというのか。
 くそっ。ちょっとは前向きになれたかと思っていたが、根本的なところは変わっていないのだ。
 俺は結局、ゴーレム科にいる意味を見出していない。
 ここは逃げ場所、不本意ながらいる場所で……
 そんな事実が頭に浮かぶと――
「いてっ!」
 魚の骨が口の中に突き刺さった。最悪だ。

 夕食後、後片付けを終えてしばらくした頃に、ディアゴ先輩とトミオ先輩が何やら神妙な面持ちで話し合いを始めていた。
「足場の悪い所に引っかかって動けないとか?」
「まさか。転んだりしても人間と同じように起き上がれますし、障害物も取り払うようにできてますもの!」
「だよね。だとしたら――」
 途中からミチカット先輩も呼ばれて話に加わり、遂に俺達一年も輪の中に入る。
「えっ? 先輩のゴーレムが?」
 事情を聞いたが、ディアゴ先輩が汎用ゴーレムのうちの二体を食事の間に周囲の見回りを命令していたそうなのだが、そのうちの一体が戻って来ないということらしい。
「どうしてだよ……そこらの獣に負けることなんてねえのに……」
 先輩の汎用ゴーレムは、武器等を装備してはいなくともかなりの戦闘能力があるそうで、危険を察知すれば対応できるようになっているそうだが――
「少し調べてみようか。ディアゴ君は残りのゴーレムを連れて、僕もこいつを頭上に飛ばしながら森へ入ることにしよう。ミチカット君と一年生はここに残って――」
「いーえ。アタシも行くわっ!」
 トミオ先輩は、ミチカット先輩と俺達一年にはテント付近で待機するように命じようとしたのだが、キェーンが大声で拒絶した。
「おい、キェーン。やめろって!」
 前に出るキェーンを俺は抱きかかえて止めるが、それでも体をバタつかせ反抗する。
「しかし、不測の事態を考えてここはまず上級生が行くべきなんだ。特に一年とそのゴーレムは何かがあった時の対処もまだほとんどできない! わかってくれ」
 温和なトミオ先輩もさすがに声を荒げた。
 だが、キェーンはその倍以上の大きさで吠える。
「あの子は――本当に短い時間だけど一緒に過ごした仲間よ! 仲間の姿が見当たらなかったら探すのが当然じゃないの? それは人間もゴーレムも同じでしょ?」
 トミオ先輩はキェーンの言葉に気圧されてしまったようで、何も返せない。
 『あの子』とは森に消えたディアゴ先輩の汎用ゴーレムのことだ。
 自らの意志を持たない汎用ゴーレム――しかし、キェーンにとっては自分と同じゴーレムであることには違いないのだろう。
 『仲間』という、キェーンの放った言葉がそれを裏付ける。
「――しょうがない。ただし、上級生である僕かディアゴ君から離れず、ちゃんと指示を守るように頼むよ」
 しばらく考えた後、トミオ先輩は折れたようだ。そして、苦笑しながらも先輩はこう漏らした。
「それに今の彼女の言葉、ゴーレム科の生徒として考えさせられるものがあってね。
 君のゴーレム……言ってくれるよ。ははは」
「いえ。なんかすいません……」
 キェーンが森へ向かうとなると、その生成者である俺も行かざるを得ないだろう。
 食後の運動と思えばいいのかもしれないが、面倒が増えてしまった……
 一方、他の一年生はというと、
「ふーん。そうね、私も行こうかしら。私達の班で起きた問題なら、私も解決に協力するわ」
「ユリィ様がそうおっしゃるなら喜んで同行しましょう」
 ユリィは乗り気な様子。
 そしてタンケルは――
「クローブ、俺達も行くよな? 俺、キェーンちゃんの言葉にちょっと感動しちゃったし……」
「うむ。ダーリンがそれを望むなら私が従わないわけない。
 何かあった時にはダーリンの身を一番に考えて行動するから安心してくれ」
 どうやらキェーンの言葉に触発されてしまったようだ。
「――私も行くしかないみたいね。タイム、こっちに来なさい」
 そしてミチカット先輩も自分一人が残るのも嫌だということで捜索に加わることになった。
 結局全員の参加が決まり、トミオ先輩の指示で俺達は二手に分かれて森に消えた汎用ゴーレムの捜索が始まった。

 俺達のチームは俺とユリィとディアゴ先輩、キェーン、パクチ、ディアゴ先輩の残りの汎用ゴーレム二体という編成で森の奥へと進んでいる。
 夜の森はやはり気味が悪いが、明かりの心配はなかった。持ち運びできる照明マジックアイテム、ハンディライトを各自で持つことに加え、頭上には光を放つ球体、ライトボールを浮かせているため足元は明瞭だ。
 だが、風で揺れる木の音や、どこからか聞こえる獣の鳴き声は気になってしまう……
「やっぱ、森の獣にやられたんじゃないですかね? ほら、今もなんか聞こえたし……」
 俺はそんな風にディアゴ先輩に聞いてみたが、先輩はいーやと首を振った。
「自慢じゃないけど、俺の作った汎用ゴーレムは大型の猛獣にだってやられはしないぜ。
 こっそりサモン科の奴に頼んで召喚獣と戦わせたことあるんだけど、五勝無敗のレコードをなめてもらっちゃ困る」
「うへえ。先輩ってばそんなことやってるんですか!」
 そういや、この学校ではゴーレム科の生徒が遊びでゴーレム同士やゴーレムとサモン科の生徒の召喚獣を戦わせているって話を聞いたことがあるが、本当だったのか。
 もちろん、事故の元であるため遊びであってもゴーレムや召喚獣を戦わせることは校則で禁止されているのだが……
「でも、そうなるとなんで戻って来ないのかしら……」
 その会話を聞いていたユリィが横から口を挟んできた。
「ちきしょう……俺のメンテナンスが悪かったのかなあ」
 先輩は頭を掻きながら他の二体の汎用ゴーレムに目配せをする。二体はそれに反応し、進路上で邪魔になっている木の枝をすぐさま払いのけた。
 俺が見る限りでは、先輩のゴーレムのメンテナンスは問題ないと思うのだが……
「――ん?」
 俺達の進む右手から大きな蝶々――ミチカット先輩のゴーレム、タイムが現れた。
 タイムはトミオ先輩達のチームから連絡がある時にこちらへ来ることになっているのだが、向こうの方で何かあったのだろうか?
『こんばんは。えーと、ディアゴ君のゴーレム、こちらで発見しました……』
 タイムの羽ばたきを通じて聞こえるミチカット先輩の心の声は、どこか焦燥感を無理に押し殺しているように感じた。
「ど、どういう状態だったんだ?」
『結論から言えば、無茶苦茶に――壊されていました。トミオ先輩の見立てでは、普通の動物がやったものにはとても見えないそうで、具体的に言うと強烈な一撃で押し潰されたような……』
 ディアゴ先輩が慌てて聞いたのに対し返ってきたのはそんな心の声だった。
「な――」
 思いもよらぬ事態に空気が凍った。ディアゴ先輩のゴーレムが魔法で?
『とにかく、すぐに合流して今後の対応を……
 きゃああああああああ!』
「な、なんだあ?」
 今度はミチカット先輩の心の声が大きく乱れた。それと同時にタイムがふらふらと地面に落ちてしまう。
 そして、目の前で起きた事態ばかりにかまってはいられない。今度は遠くから轟音が聞こえ――
「次から次へと、なんなんだいったい?」
「ターロっ! 慌ててる場合じゃないわ!」
 慌てふためく俺の服をグッと引っ張り、キェーンは音のした方を指さす。
 ここはやはり駆け付けろということだろう。
 ――そうだ。どう考えてもミチカット先輩の連絡中の異変とさっきの轟音は関係あるはずだ。
 ミチカット先輩やトミオ先輩はもちろん、タンケルもそこにはいて――
「わ、わかった! 先輩、ユリィ。早く音のした方に!」
 どうやら本当に慌てている場合ではない。俺は柄にもなく周りのみんなに大声で呼びかけた。
 先輩とユリィはうなずき、汎用ゴーレム二体とパクチが俺達の周囲を守り固めるような陣形で俺達は夜の森を駆け出した。

 キェーンがタイムを拾い上げてはみたが、走っている途中もミチカット先輩の心の声は発せられていない。
 やはりタンケル達の身に何かあったのは確実なのだろう。
 ――一瞬、最悪の事態が脳裏をよぎってしまったが――次に目の前に飛び込んできた光景がそれを全て吹き飛ばしてしまった。
「やあ、こんばんは」
 俺達の目の前に現れてそう挨拶をした人物は、爽やかな笑顔を見せ、とても穏やかな口調をしていた。
 何よりその人は、俺の良く知っている人であった。
「ユ、ユ、ユ、ユ……」
 ユリィはカタカタと震えながらも必死に声を絞り出そうとしたが、言い切れなかった。
 俺は高鳴る鼓動を無理矢理抑えるようにしてその人の名前を呼んだ。
「――ユージン先輩」
 月の光とライトボールの放つ光に照らされながら、宙を浮いてこちらを見下ろしているその人物こそ、ゴーレム科三年のユージン・ハーリンク先輩その人だ。
 俺とユリィとタンケルが、グループワークの始まる前に素性を調べていた対象が、今こうして姿を現しているなんて予想ができなくて当たり前だ。
 最早慌てるなんてもんじゃなく、とてつもない恐怖が俺の体を襲っている。
「せ、先輩……ど、ど、どうしてここに?」
 声の震えを抑えることもせずに俺は先輩に尋ねた。
「ほら、誰かが僕のことを調べているって情報が入ってね。で、そういうことをしている人とゆっくりお話できる時を待っていたのさ」
 そんな! 俺達が先輩のことを探っていたのがバレていたのか?
「う、うそ……ど、どうやってそんなこと……」
 俺と同様に、先輩の姿を見て恐怖に打ちのめされているユリィはすでに錯乱寸前だ。
 そのくらい、今のユージン先輩は不気味な威圧感を俺達に与えている。
「どうやって? ユリィ君、君のゴーレムの能力を見つけることを手伝い、プレゼントまで渡したのは僕だってことを覚えていないかい?」
「あ……」
 そうだった。パクチの変身能力の解明を手伝い、自在に伸縮する特殊素材のスーツを提供したのはユージン先輩だったのだ。
「へっ? キェーンたん、こんな時に何を――」
 気が付くとキェーンがパクチの着用しているスーツに手をかけていた。
「あった……これだわ!」
 キェーンが袖口から小さな破片のようなものを引きちぎった。
「キェーンたん、なんですそれ?」
「あんた、自分の着ているものなのにわからなかったの?
 これ、遠隔透視をするマジックアイテムよ。小さいながら、周囲の風景と音がわかる仕組みになってるわ。なるほど、これならアタシ達が何をしていたか筒抜けってわけね」
 そうだったのか……
 キェーンはマジックアイテムを触れただけでその構造を知ることができる。そのため、すぐさまユージン先輩の仕掛けたそれを見抜くことができたのだ。
「ご名答。ターロ君、ずい分役に立つゴーレムを手に入れたみたいだね。
 うん、そのマジックアイテムは、ユリィ君のゴーレムの変身能力がわかった時、それが僕が隠したいとことを明かすことにつながる可能性があると思ったから、後で渡したプレゼントに付けさせてもらったんだ」
 ユージン先輩はにこりと微笑んでそう言った。相変わらず、その表情は普段と変わらない。
「ちょっとちょっと! 三年のユージン先輩がどうしてこんな所に?
 つーか、ターロ達と訳ありなわけ?」
 ここでディアゴ先輩が割って入った。そういえば彼は事情を知っていなかった。
「え……それは……」
「僕もグループワークの途中だったんだけどちょっと抜けてきてね。他の班員には眠っててもらっているのさ。
 あ、そうそう。ここら一体の山林の管理人さんにも面倒がないよう同様にね」
 ユージン先輩は混乱気味のディアゴ先輩にそう説明した。
「え? だから、なんでそんなことをしなくちゃならないんですか? それに先輩、どう考えてもそれってまずいっすよ……」
 今のディアゴ先輩の声からは警戒心を感じられた。
 そして――
「いやあ、はははは……」
 ユージン先輩は小さく笑いながらこちらに手をかざす。
 その刹那――俺達の目の前に影が飛び出した。
 そして爆発音が耳を襲い、気が付くと俺は地面に倒れ込んでいた。
「ユ、ユージン先輩、あんた――」
 見上げるとわなわなと震えているディアゴ先輩の姿が見えた。そして、先輩の足元には大小様々な灰色の塊が転がっている。
「さっ、立ってください!」
 俺はパクチに手を引かれ起き上がった。
「パクチ……何が起きたんだ?」
「ユージンさんの腕が光りまして、光弾が発射されたんです。ボク達めがけて飛んで来たのを、ディアゴさんのゴーレムが盾になってくれて……」
 つまり、ディアゴ先輩の近くに転がっているのは先輩のゴーレムの残骸ってことか。
「ゴーレムがバラバラって……そんな魔法を俺らに向かって……」
 ユージン先輩――俺らを、殺すつもりか?
 まさか、自分の秘密を知ってしまったから?
「い、いや……た、た、助けて……」
 パクチの後ろではユリィが頭を抱えて恐怖に縮こまっていた。
「今のでだいたい理解できたかな? うん、君達にはここで消えてもらうつもりなんだ。
 おっと、ターロ君とユリィ君にとっては言わずもがなだよね?
 課外授業中に六名の生徒が行方不明――ふーむ。ちょっと厳しいかなあ……」
 ユージン先輩はいつも通り、いや、学校で話した時よりも幾分明るい口調でペラペラ語り始める。
 俺は背中に冷たいものを感じた。この人、本気でヤバい……
「ざけんなよ先輩。あんたがなんでここに来たか俺にはわからんが、むざむざ殺されてたまるかってんだよ!」
 ディアゴ先輩の怒声が響く。先輩は臆することなく目の前の人間を「敵」と認知し、立ち向かうかのようだ。そして、俺に目配せをして――
「一年は逃げろ。少しなら時間を稼げる」
 そう、小声で言った。そんなディアゴ先輩の膝は、よく見ると震えていた。
「最後の一体は覚えたての魔法でやってやる! かかってきやがれ!」
 ディアゴ先輩はそう叫んだ後、最後の汎用ゴーレムに手を当て呪文を詠唱する。
 すると先輩のゴーレムは全身に淡い光を帯びる。
 そうか。これは魔力を直接汎用ゴーレムに注ぎ込んで強度の上昇とより細やかな命令を下せるようになるという、ゴーレム用の強化魔法というやつだ。
「ディアゴさんの決意、受け止めてあげましょう! さあ、走って!」
 パクチはそう言うと泣きじゃくるユリィを抱きかかえ、駈け出した。
「ちょっと! アタシも戦うってばー!」
 俺もその場に残って戦うと言い張るキェーンを小脇に抱えパクチの後を追う。
「とりあえずタンケルさん達を探しましょう!」
「おう。いててっ、キェーン! 暴れんじゃねえよ!」
「ふぎー! ここで逃げちゃダメなのよー!」
 ディアゴ先輩の無事を祈りつつ、俺達はタンケル達を逃げながら探すことにした。
 ――俺達が戦うって? 情けないが、とてもじゃないがそんなことはできそうにない。
 それが現実だ。

「あの音の正体はユージンさんのゴーレムの仕業だと思います」
「だろうな。すると、タンケル達はあのペッパード六式に襲われたってことか……」
 俺達がユージン先輩に遭遇する前に起きた異変、悲鳴と共に心の声が途絶えたミチカット先輩と、その直後に起きた轟音。あれはユージン先輩のゴーレム、ペッパード六式がタンケル達を襲った時のものだろう。
 ゴーレム科トップの成績を誇るユージン先輩のゴーレムがあっちには行っているわけか。
 身の丈は俺の三倍以上はあり、変形機能を搭載したゴーレム科の全ゴーレムの中で最強と名高いペッパード六式が……
 しかし、向こうにはこれまた優等生として知られるトミオ先輩がいる。あの人のゴーレムと、俺もよく知る美しくパワフルな女性型ゴーレムであるクローブがいればすぐに負けることはないのではないか?
 ――くそっ。必死に走ってる時に限って、どうしてこう頭が回るんだ!

 しばらく森の中を走っていると連続で何かがぶつかり合う音が耳に入って来た。
「まさか、戦闘中とか?」
 キェーンにもそれは聞こえていたようで、真っ先にその音が何かわかったようだ。
 慎重にその音がする方に向かって行くと、木々をなぎ倒しながら二体の大きなゴーレムが激突しているのだった。
「タ、ターロ! お前ら、大丈夫か?」
「こっちが言いてえよそれは!」
 俺達に気付いたタンケルが声をかけてきて、無事がわかったとなると思わず笑みがこぼれた。
「少年。いよいよあの青年がしかけてきたというわけだな……」
「ああ、こっちにはユージン先輩が直接お出まししたよ。今はディアゴ先輩が足止めしてくれてるみたいだけど……」
 クローブはやはり冷静だった。その後ろにはミチカット先輩が倒れている。
「大丈夫。彼女は気を失ってるだけで、目立った外傷はない。
 ――うおっと!」
 話している途中で巨大な枝がこちらに飛んできた。クローブはそれを打ち払い、戦闘中のゴーレムの方を見やる。
「私は班長の青年から頼まれ、こうして非戦闘要員を守る役目を担っている。直接の戦闘を担当しているのは彼だ」
 クローブが指差したのは、ペッパード六式を殴りつけているゴーレムから少し離れたところで呪文を唱えているトミオ先輩だった。
「ペッパード六式とかいうゴーレムも相当強いが、現在生成者の指揮下にはいない。
 片やこちらはゴーレムをサポートする魔法を使える青年が、フルにそれを駆使して戦いを行っているし、戦況は互角以上と見ていいだろう」
 なるほど。クローブの分析は確かに的を得ているといえる。
 いかに強いゴーレムでも、やはり生成者のサポートがあるのとないのとでは全然違ってくると授業でも習ったが、いま正に目の前の戦闘でそれを再確認した気分だ。
「いけえ!」
 ペッパード六式よりさらにわずかに大きいトミオ先輩のゴーレムのパンチが、クリーンヒットした。
 のけ反るペッパード六式にトミオ先輩のゴーレムはパンチの連打で一気にたたみかける。
「おお! 勝てるんじゃねえの?」
 タンケルがそんなことを言った矢先、ペッパード六式が不気味な紫色の光を放った。
「――ヘンケイ、コウゲキトッカモード――」
 とても生物のものとは思えない声をペッパード六式が放つと、ショルダータックルでトミオ先輩のゴーレムを突き放した。
 そして、隙が出来たところでペッパード六式が宙に浮き、変形を始めたのだった!
 脚部が本体から外れ、右脚は右腕に、左脚は左腕にそれぞれ寄りそう。
 脚のパーツがいくつかに分かれると、まるで武器のようにそれぞれの腕に装着された。腰の部分がスライドし背中に移ると、ペッパード六式はその武装された片腕をトミオ先輩のゴーレムに突き出した。
「――ガードだ!」
 生成者の咄嗟の指示で、その大きな手のひらを重ねトミオ先輩のゴーレムはそれを受け止めた。
 だが、まるで掘削されるかのようにしてゴーレムの両手のひらは貫かれたのだった。
「くっ! 回り込め!」
 トミオ先輩は慌ててゴーレムに指示を送り横に逃げるように言ったが、その動きに合わせて腕を振るわれトミオ先輩のゴーレムは上半身と下半身をぶっちぎられた!
 そうか、ペッパード六式の脚部パーツは防御特化モードの時に結界を放つ。これは初生成の日に見たことがある。
 攻撃特化モードではその結界を攻撃に転じさせるために腕部に脚部パーツを装着するわけか。
 いや、感心している場合じゃないぞ! 頼みの綱のトミオ先輩のゴーレムが負けたら俺達はどうすりゃいいんだ! また逃げろっていうのか?
「みんな、急いで離れろ!」
 トミオ先輩はそう叫ぶ。魔法で上半身だけの自分のゴーレムをまだ動かし、戦わせるつもりだ。
 とは言っても、腕も破壊されたためもはや体当たりくらいしか攻撃方法はないんじゃ――
「少年。私があの青年に加勢するから、少年達だけで逃げろ。
 ――ダーリンのことを頼むぞ」
 クローブは突然そんなことを言い出す。
 そして、次にタンケルの肩に手を回し、落ち着いた口調で続けた。
「ダーリン。私はダーリンのゴーレムであり、基本的にダーリンを徹頭徹尾愛する存在だ。
 しかし、ゴーレムはただ愛するだけではなく生成者を守らなくてはならない。そして今は、私の全存在を懸けてそれを実行する時になる」
「クローブ……」
「言うまでなく、それでわが身果てようとも、だ。こんな私の武運を、ダーリンが祈ってくれるなら、それはもうゴーレム冥利に尽きるというもの――」
 クローブはそう言うとタンケルから手を離し、羽織っているボロ布を外した。これまでに何度も見た、クローブの戦闘モードだ。
「ちょっとクローブ! アタシも戦うわよ? あんただけ格好つけるんじゃないわよ!」
 そんなクローブにキェーンが声を張り上げる。
「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんの生成者を、全存在をかけて守ってやるんだ。
 そして今は、その時じゃない。ここは私の出番だ」
 クローブはそれだけ言うとキェーンの頭にポンと手を乗せる。
 さすがのキェーンもこれ以上は言い返せなかったようだ。
 キェーンだけでなくパクチも、そしてゴーレムだけでなくこの場にいた人間までもが彼女の想いのこもった言葉に圧倒されてしまっていた。
「よし、それじゃあ私は行ってくる。ダーリン達も行くんだ」
「――おう」
 タンケルはクローブに言われるとすぐに後ろを向いて走り出した。
 俺達もそれに続き、クローブを背にして逃げ出す。
 パクチはユリィとミチカット先輩の二人を抱えることになるかと思いきや、ユリィはもう大丈夫だと降りることにしたようだ。そして、
「あんな女の意地を見せられちゃ、いつまでもウジウジしてる私が馬鹿みたいよ」
 そう涙を拭きながら吐き捨てた。
 そしてタンケルは、クローブから離れた時から溢れる感情をグッとこらえているのか、余計なことを話そうとしない。その目には、少しでも気を抜いたら一気に溢れ出るんじゃないかというくらいに涙がたまっていた。

 しばらく走ると川原に戻ってきた。本当ならここらの山林から逃げたいところだが体力が持ちそうにない。
「しかし、ここは周りに何もなくて目立ち過ぎてしまいます。やはり森の中を逃げた方がいいのではないでしょうか?」
「そうね……」
「ああ。その方がいい」
 パクチの提案に俺を含め他のメンバーも乗る。だが、キェーンだけは違う意見だった。
「アタシはここでユージンの奴を待つわ。一騎打ちを仕掛けてやる!」
「馬鹿かお前! 勝てる見込みなんかねえだろ!」
 俺がそう言うと、キェーンはギロリと睨みつけてから堂々とこう返した。
「他のみんなも勝てるかどうかなんて無視して立ち向かっていったわ。そう、勝つためなんかじゃなく――みんなを守るために戦っているのよ!」
「キェーンちゃん……」
 タンケルは遂に大粒の涙を両の瞳からこぼした。
 無理もない。彼のゴーレムはまさにそれを実行したわけだから。
「戦おうと思えば、立ち向かう気力を持てば、腕力がなくたってなんとかできる!
 大事なのは――」
「心の有り様だろ?」
 キェーンが言い終わる前に、俺が先に言ってやった。
 ちょっと前に、俺の後ろ向きな気持ちに喝を入れたのと同じ言葉だ。だから、自然と口に出てしまったのだ。
 そして今俺は、こいつの言葉にまたも打ちのめされて、このままじゃダメだと決意させたのだ。さらに、その決意は幼い頃から抱きながら、自分の中で捨てていた夢にどこか結びつくことでもある。
「俺も残って、あの人に立ち向かうよ」
「そんな! あんた何言って――」
「悪い、決めちまったんだ。その代わり、ユリィ達はこのことを誰でもいいから大人に伝えてくれ」
「でも、でも……」
 いきなり馬鹿を言い出した俺のことをユリィは必死に止めようとしてくるが、タンケルがそれを制した。
「ユリィ、ここは任せよう。今のターロは、クローブと同じくらい頼もしく感じるんだ」
 そう言うとタンケルは俺の方を見て笑顔を見せた。
 さすが。やっぱりこいつは俺の親友だ。
 
「あんたがあんなことを言い出すなんて意外だったわ」
「うるせえ……」
 タンケル達が森に消えてしばらくした後、俺とキェーンは夕食時に作ったカマドに再び火を付けて煙を上げる。少しでもユージン先輩の目を引こうという苦肉の策だ。
 こういう考え方は嫌だが、ディアゴ先輩がやられてしまったとしたら再び先輩は俺達を探して回るだろうし――
 俺は、長くそこそこ頑丈そうな木の棒に夕食を作るのに作った包丁を紐でくくり付けて即席の武器を作って手に持った。こんなの、どこまで役に立つかわからないけど。
 刃の先端を不安げに見ていた俺に、キェーンはこんなことを聞いてきた。
「でも、ちょっと見直したかも。どういう風の吹き回しよ?」
「さあな。なんとなく何もしてない自分が嫌になったというか……」
 ここに残りユージン先輩と戦うことを決意した理由の大部分はそれである。
 ディアゴ先輩が、トミオ先輩が、そしてクローブが、みんなのために自らの身を犠牲にして目の前の敵に立ち向かっていったのに対し、俺は甘えっぱなしではいけないと思い始めていた。
 それに、俺は今の状況をこれまでの自分の人生そのものとダブらせていた。
 ――いい加減、逃げてばっかじゃ、ダメなんだ。

 逃げてしまえば、安全だ。
 目を閉じてしまうのは、楽だ。
 割り切るのは、容易い。
 言い訳すれば、落ち着く。
 しなくていいなら、それを選択したい。

 でも、そればっかじゃいけない気がする。
 少なくとも、今の俺の横には、そんなことを許さない困った奴(ゴーレム)がいるのだ。

「おやおや。煙を焚いているようだけど、これって何の真似かな?」
 どれくらい時間が経っただろうか。ユージン先輩はふわりと俺とキェーンの元へ飛来した。
 目立った傷はなく、するとディアゴ先輩はやられてしまったのだろうか……
「ユージン先――」
「うりゃあああ!」
 キェーンが身を低くしながら獣のようにユージン先輩へと走っていった。その手に黒い筒のようなものが握られている――って、この馬鹿! 考えもなく突っ走るな!
「おっ?」
 キェーンは飛び上がり黒い筒の先端をユージンに向けた。
 そこから飛び出たのは、巨大な火球だった。
「えええええ?」
 火球はユージン先輩の上半身を丸々飲み込み、轟々と燃え上がる。いったいキェーンは何を使ったんだ?
「ダメじゃないかターロ君。ゴーレムのしつけが全然なっていない……」
 その身を包んでいた炎を、まるで上着を取るかのようにユージン先輩は振り払った。
「ちっ、やっぱり日用品レベルじゃいくら強化してもダメか……」
 俺の横に戻ってきたキェーンは手に持っていたものをマジマジと見る。それは、夕食の準備で使用した着火装置だった。
 そうか、召喚獣と戦った時と同じように、マジックアイテムの出力を上げたのか。
「しかも、そんな物騒な物を持っているなんてますます感心ならないね」
 ユージン先輩はそんなことを言いながら消し炭になった上着を手で払う。その手は、不気味な赤銅色をしていた。
 パクチが変身した時に再現しなかった両腕と両脚――それが今、露わになったのだった。
「先輩、その腕っていったい……」
 普通とは明らかに質感の違うその腕を指差し、俺は聞いてみた。俺達が調べてみたが結局辿り着かなかったその正体が、遂に目の前に現れたとあっては教えてもらわなければ我慢ならない。
 身構えながらも、俺はユージン先輩が口を開くのを待った。
「研究熱心な後輩のためなら喜んで教えてあげるよ。だから固くならずに聞いてくれたまえ。――この腕は、ゴーレムさ。うん、ターロ君の横にいる子と同じ方法で作ったゴーレムのパーツを移植したんだ」
「な――」
 俺は絶句した。この人、何を言っているんだ。
「普段はバレないように人工皮膚で隠しているんだけどね。あーあ、人工皮膚は高級なマジックアイテムだったのに君のゴーレムのせいで服と一緒に焼けちゃったよ」
「い、移植って……」
 おののく俺に対し、ユージン先輩は笑みを浮かべながら近付いてきた。
「腕を切り落とし、その切り口にゴーレムの腕をくっ付けた。それだけの話さ。
 おっと、もちろんこの両脚も同様にね」
 そう言い放った後にニコリと微笑むユージン先輩。
「狂ってる……」
「そう言いたくなる気持ちもわからなくはないかな。人体にゴーレムの体を移植すること、またはその逆の行為は禁術とされているからね」
 その通りだ。魔法に関係する禁忌を指す「禁術」――ゴーレム関係においては、ユージン先輩が自分の体に施しているそれは間違いなく禁術として指定されているものだ。
 その禁術が施されたユージン先輩の体を目の当たりにし、俺はそれが放つ不気味な迫力を感じて、恐怖でその場から動けなくなってしまった。
「ちっくしょおおお!」
「キェーン!」
 俺にさらに近付いてきたユージン先輩に、キェーンは横手から奇襲をかける。その手にはやはり着火装置が握られているのが見えた。
「ふむ。さすがに二回は食らわないよ」
「きゃああああああ!」
 キェーンが着火装置の先端をユージン先輩に向けた瞬間、先輩は手のひらを盾のようにかざす。そこから光が発せられ、着火装置の先端から飛び出た火球をかき消してしまった。
 そして、もう片方の手がムチのようにうねり、キェーンの足元をキェーンごと吹き飛ばしてしまった。
「キェーンっ!」
「いいからいいから。ターロ君にはこうなったら僕の話をゆっくり聞いて欲しいんだ」
 先輩は地面を吹き飛ばした方の手をこちらに伸ばし、俺をその場に硬直させる。
 もう、心臓はバクバクだ。
「自慢じゃないけど、僕は一年の時から成績が抜群に良くてさ。知っての通り、マジックアイテム科に入学したわけなんだけど、夏休みになる頃にはあらかやりつくした感があってねえ……
 平たく言えば、この学校で過ごす意味を見出せない状態になったというか……」
 先輩は噛み締めるように自分のことを語り出した。
 恐怖の中にあってもその内容はしっかりと聞き取れたが――
 優秀過ぎて学校にいる意味を見出せないだって?
 俺と似てるようで全然違うじゃねえか。
 俺の場合は、夢を諦めた上、親に決められた本命の学科に落ちたという経緯のおかげで、学校生活に目的を見出せないというわけなのだが……比べるだけで惨めさに潰されそうになる。
「で、そんな僕は学校の外で刺激的なことを探し出したのさ。それが、この禁術ってわけなんだよ。ほら、この通りっ」
 先輩はそう言うと、俺に向けて伸ばした左手を剣のような形に変形させた。
「そ、それをやったのが二年の始めにした一年間の休学期間ってわけですか……」
「正解。さすが僕の経歴を資料室に忍び込んで調べただけのことはあるね」
「すいませんね……あと、ついでに聞きたいことがあるんですけど」
 そう。調べた中で唯一未だにわかっていない部分がある。
 それは――
「先輩、夜に学外に出たり格納庫に入ってたりしてるそうじゃないですか。あれはどんな目的が?」
「ああ、それか。それは協力者さん達との関係でちょっとね。禁術に関わっていくうちに非合法なことをしている人達と知り合って、互いに協力し合うことに決まったりしてね……なんてことはない。ゴーレムをよく使う強盗団の方達だよ」
「な――」
 先輩はそれだけ言うと自分の――いや、自分の腕と呼んでいいのだろうか。赤銅色のゴーレムの腕を震わせ、夜空を見上げた。
「禁術のために必要な施設や道具を提供してもらう代わりに、ゴーレム科の格納庫に隠された軍用ゴーレムをこちらはあげなきゃいけないんだよ。生徒達の間では強力なゴーレムが格納庫には隠されているって噂があるけど、本当の話だったんだよね……
 ――よし、おしゃべりはこれくらいにしておこうか」
 目線が空から俺へと移る。その瞳の奥底に何かどす黒いものを感じ、俺は再び恐怖に打ち震えた。
「あ、あ、あ……ああああああ!」
「最後まで足掻く気か。まあ、それも悪くないかもね」
 俺はその恐怖を吹き飛ばすかのように、即席の武器を振りかざした。
「ふむ」
 だが、包丁を括り付けた木の棒は、剣に変化させた先輩の左手の一振りで上半分が斬り落とされる。
「そこそこに腰の入った振りだったね。ただ、得物があまりにもお粗末だ……」
 先輩が何を言っているかはよく聞き取れなかった。
 俺は、斬り口を確認し、あと一歩踏み込んでいたら俺もこの武器と同じようになっていたと直感し背筋を凍らせていたのだった。
「ほほう、逃げるのか。うん、よく考えればそれが一番だよね」
 ああ、その通りだ。俺は木の棒を捨て、ユージン先輩から一目散に逃げ出そうとしていた。本能が、そうさせたのだった。
「あ――キェーン!」
 そして、先ほどの一撃で倒れ込んでいたキェーンのことも抱きかかえた。近くに落ちていた着火装置もついでに拾い上げ、一気に走り出す。
 キェーンは気付いたようで、俺に抱えられたままの体勢で話しかけてきた。
「ターロ……降ろしてよ。アタシ、戦うわ」
「あんなの無理に決まってるだろ! 今は逃げるしか――」
「いーえ。あいつにやられた時、見えたものがあったの。それを上手くやれれば……」
「なんだよそれ?」
 川原から森へまた入ろうとしたところで、ユージン先輩が俺の頭上を飛び越して目の前に着地し、進路を妨害した。
「ターロ君、あきらめたまえ」
「うわああああ!」
 ユージン先輩が手をかざした瞬間、手にしていた着火装置から火球を先輩に放つ。
 先ほどと同じように火球と先輩の放った光がぶつかり合い、爆発が起こる。
 俺とキェーンは吹っ飛び、川原に張ってあったテントに激突してしまう。
「ううう……」
 全身が痛い。だが、意識は飛ばずに済んだ模様。吹っ飛んだ先にテントがあったのは不幸中の幸いか。
「ターロ、お願い。一瞬だけ時間を稼いで!」
 キェーンは吹っ飛ばされる前に何か活路を見出したようなことを言っていたが、まだそれを試そうとしていた。
 しかも、俺に協力をしろとまで言ってくる。
「頼むわ! 何もしないでやられるより、精一杯抵抗してやるの!」
 相変わらずのキェーンの言い様。
 ――仕方がない。やってやるか……
「おや、まだ抵抗するのか」
 こちらにゆっくりと歩み寄るユージン先輩の声のトーンは低く、さすがに苛立ちを見せて来たようだ。
 俺はテントの骨組みに使われていた棒と投石用の石をそれぞれの手に持ちユージン先輩を睨む。
 その斜め後ろでキェーンが身構えている。
「うっし! ――行くかっ」
 渾身の力で石を投げつける。
 先輩はそんな石など楽々と手で払い落とすが、俺はそんなのお構いなしに棒を一気に振りかぶって突撃する。
「ふう……」
 先輩は手のひらからまた光弾を放つ。
 頭めがけて振り降ろされた棒は、放たれた光弾により半分が消え去ってしまった。
「うわあっ!」
「無駄なことを……」
 怯まずに半分の長さになった棒で突きを見舞おうとするも、足払いで俺は転倒する。
「今度こそ本当に――終わりだ」
「おりゃあああっ!」
 倒れた俺にあの光弾を放つ手がかざされた時、キェーンの雄たけびが聞こえた。
「くっ! 邪魔だっ」
 キェーンは体当たりをするようにユージン先輩に向かっていった。しかし、蹴りを見舞われ派手に転がされてしまう。
「非力なゴーレムがいくら向かってきても僕には――
 なっ、なにぃっ?」
「あ……」
 再び光弾を放とうとした時、先輩の腕がボトリと落ちたのだった。
 唖然としたのは先輩本人だけでなく俺もそうだったが、キェーンが上げた声で体勢を立て直すことが出来た。
「ターロ、それ拾ってこっちに来て!」
 「それ」って――この腕か?
 ともかく俺は言われた通りに赤銅色のゴーレムの腕を拾い上げ、キェーンのもとへ走る。
「くそっ、どうしてこんなことがっ!」
 ユージン先輩が初めて見せる焦りの表情。口調も先ほどまでとは違いかなり荒っぽくなった。先輩は落ちた腕の境い目を見た後にこちらを睨みつけてくる。
「キェーン、お前何したんだ?」
 それは俺も知りたい。聞いてみると、キェーンは手元をちらつかせた。
「マジックアイテムよ。
 ユージンとかいったっけ。あんた、人体とゴーレムのつなぎ目にマジックアイテムを使ってるでしょ? このマジックアイテムがあることでゴーレムの部分を自分の体のように動かせるって寸法ね」
 さっき見抜いたと言っていたのはそれのことだったのか!
 キェーンは指の間に銀色の髪の毛を挟んでいた。なるほど、これでマジックアイテムの部分を狙ったというわけか……
 よく見ると、赤銅色の腕部の端に一部だけ質感の違う黒い部分がある。これがマジックアイテムなのだろう。
「ふざけやがって……たかが一年のゴーレムが……!」
 残った腕で激高したユージン先輩は攻撃をしてきた。もう片方の腕は形状を自在に変えることができる特性を持っているのだと思われるが、案の定鋭い槍のような形に変わりこちらに向かってくる。
「うわあっ!」
 俺は咄嗟に持っていたゴーレムの腕を盾にした。
 槍はゴーレムの腕を貫き、粉々になってしまう。
「ナイスよターロっ!」
 キェーンはガッツポーズ。
「くっ……やってくれるっ!」
 ユージン先輩は伸ばした腕を元に戻し、苦々しい顔をする。
「よーし、この調子でもう一本の腕も落としてあげるんだから!」
「お、おう……俺も頑張ってみるぜ」
 キェーンは再び引き抜いた髪を指で挟んで構えた。
 俺は石を拾い、投げる体勢に入る。
「調子に――乗るなよ!」
 ユージン先輩は腕を空に掲げた。
 ――すると、巨大な物体が突如川原に落下してきた。
「あれは……」
 ユージン先輩のゴーレム、ペッパード六式だ。
「ちっ、予想以上にダメージをもらったみたいだな。まあ、変形に支障はないか……」
 ペッパード六式がここに現れたとなると、こいつと戦っていたクローブはどうなってしまったのだろうか?
 そんな不安が頭をよぎるが……
「ん? なんだこれは」
 そう言ってユージン先輩はペッパード六式の体に刺さっていた枝のような物を引き抜いた。
「ああ、君達のお仲間の一部か」
 ――え? ユージン先輩はそれをこちらに放り投げて来た。
 それは腕、だった。すらりと長くて引き締まった女性の腕――それはクローブのものに違いなかった。
「ク、クローブ!」
 キェーンは悲鳴のような声でクローブの名を叫んだ。
 クローブのやつ、相手の体に突き刺さるくらいの打撃を放っていたのか……それでも、ペッパード六式には敵わなくて……
「おっと。次は君達がこうなる番だ。
 ペッパード六式――武器化だ」
 その一声でペッパード六式の体が折りたたまれるように変形していき、立方体を模したような形になる。そして、するすると立方体の角の一つから柄のようなものが伸びた。
「――ブキカ、カンリョウ――シュツリョク、モンダイナシ――」
「よしっ」
 ユージン先輩は満足げに柄を握りその感触を確かめた。先端の立方体は、トミオ先輩のゴーレムを破壊した時と同じ紫色の光を帯びている。
「これがペッパード六式の切り札、武器化だ。モデルは神話に出て来る邪神が手にしていた、あらゆる希望を叩き潰すといわれる大槌でね……僕の腕を落とした罰は、この一撃で受けてもらうよ」
 神話なんか知ったこっちゃない。だが、トミオ先輩のゴーレムを無慈悲に破壊したペッパード六式が武器になったというのだ、それが生半可な威力なわけがない!
 やばい! あんなものを振るわれたら今度こそお終いだ!
 隙を突いてキェーンの髪で攻撃するとかそういうことをやってる場合じゃ――
「では、行かせてもらおう」
 ユージン先輩は空高く飛び上がり、急降下して武器となったペッパード六式を振り下ろしてきた。
「うわああああああ!」
「きゃああっ」
 直撃はしなかったものの、ペッパード六式が叩きつけられた部分が大爆発を起こし爆風に俺達は飛ばされてしまった。
「――いっ! ちくしょ……」
 自分のいる場所が木の下であることに気付いたのと同時に、全身に激痛が走っているのもわかってしまった。うう……これはやばい。どこか骨が折れているのは確実だ……
 少しぼやけた視界には、川原があった。
 川原の一か所には巨大な穴が開いているが、それはユージン先輩が振り下ろしたペッパード六式の一撃によるものなのだろう。
 そして、そのユージン先輩の姿も見えた。武器化したペッパード六式を肩に担ぎながら、ゆっくりとした歩みだが何かを追っているように見える。
「キェーンっ! あっ……いててて……」
 ユージン先輩が追っている対象がキェーンだとわかった瞬間、俺は思わず声を上げた。そして、それが痛めた個所に響いて辛かった。
 キェーンのやつ、もう立ち上がることはできないのか、地面に這いつくばりながら逃げようとしている。
 そしておそらく、ユージン先輩はキェーンが速く逃げられないのをわかっていてわざと余裕たっぷりにそれを追っているのだろう。最悪に性格が悪いぞ……
 どうする? 助けに行くのか?
 いや、でも――

「行くしかないだろ」

 突然、そんな声が聞こえた。
 しかし、俺の周りには誰もいる気配はない。
 一体誰がそんなことを――
「――ああ、なんだ。俺が言ったんじゃねえか」
 よく考えたらすぐにわかってしまった。
 行くしかないと言ったのは、他ならぬ俺だったのだ。
 俺はこの時、キェーンを守りたいという想いに体を支配されていたのだろう。
 気が付くと体は立ち上がり、各部の痛みもまったく感じないというわけではないが、さほど気にならなくなっていた。
 手には拾った太めの木の棒を握る。もうこんな物が役に立たないことはわかっていたが、それでもこれが唯一の武器になりそうだ。
 そんな頼りない装備と、傷だらけの体で、俺は川原へと歩いて行った。

「やれやれ。片腕しかないから体のバランスが上手くいってないのか……
 まさか外れてしまうとはね」
「残念でした……ざまあみやがれだわ……」
「でも、一気に終わらせずにじっくり破壊していく楽しみができたからよしとするよ」
「くっ……」
「待てっ!」
 ユージン先輩――いや、ユージンの足がキェーンを踏み付けんとした時、俺は叫んだ。
「驚いたな……そんな体でまだ向かってくるとはね」
 ユージンは苦笑する。俺は睨みを利かせたまま微動だにしない。
「ターロ……あんた、歩けるなら逃げればいいのに……
 バカ……」
 キェーンは消え入りそうな声でそう言った。それは聞こえるか聞こえないか、ギリギリの大きさだった。
「何言ってんだ。俺はお前を助けに来たのに、そんなこと言われる筋合いはないぜ。
 安心しろ、なんとか守ってやるから」
 キェーンは俺の言葉に唖然としてしまったようだ。
「ふはははは! 生成者がゴーレムを守るだって?
 たしかに彼女の言う通り、君は大馬鹿だな」
 ユージンは大笑い。俺はその隙を狙い一気に距離を詰めた。
「くっ! ――なにぃ?」
 勢いに任せてユージンに木の枝で殴りかかる――のはフェイントだ。
 枝を振り抜く寸前で横に転がり、ユージンの足元にいたキェーンを回収する。
 ユージンは反応はしたようだが、攻撃はできなかった。
 よし。武器化したペッパード六式は強力だが、人間のサイズにしては巨大なため小回りが利きにくい。まして、ユージンは片腕を失っているため余計に執り回しに支障が出ているようだ。
 キェーンを片腕に抱いたまま、木の枝をいったん地面に置いて投石に切り替える。
 命中の有無を問わずに、二回ほど投げたらすぐに木の枝をまた持って横っ跳び。
 ここでユージンのペッパード六式が振り下ろされたらアウトだったが、どうやらユージンの顔面に石がクリーンヒットしたようで、ひるませることに成功したみたいだ。
「あっ、ターロ。あそこに行って!」
 するとキェーンが何かの残骸がある所を指差した。
 とりあえず言われるがままに俺はそこに向かうと、キェーンはそこから白い破片を拾い上げた。その時のキェーンの手は小刻みに震えており、ダメージが大きいことがあらためてわかった。
「くそおおおお! お前達、今度こそぶっ潰してやるからなあああ!」
 血を流しながら、怒りに震えるユージンが頭上でペッパード六式を振り回す。
 どういう仕組みなのか、振り回すごとにペッパード六式が帯びる光が強くなっていく。
 その攻撃からは、ユージンが怒りと片腕を失ったことで体のバランスが崩れていることが幸いしているのか、なんとか逃げられている。
 走りながら、俺はキェーンに聞いてみた。
「キェーン。そんなの拾ってどうするんだ?」
「ヘソの少し上よ」
「えっ? ヘソ?」
「ユージンのヘソの少し上の辺りに、マジックアイテムが埋め込まれているわ。たぶん、ゴーレムの部分の制御を統括するマジックアイテムだと思う」
 キェーンはほぼ一息でそう言った。続けて、
「今拾ったのは照明に使われていた魔法石の破片。これを目くらましに使うから――」
「俺がマジックアイテムを叩けってか?」
「そう――髪、使っていいわよ」
 そう言うとキェーンは頭をくくっとこちらに傾けた。俺はそこから一本引き抜き、拳に巻き付ける。
「なるほどね……」
 キェーンの髪の毛をキェーン以外の者が持ってマジックアイテムに触れると、マジックアイテムはぶっ壊れてしまう。それを、利用するわけだ。
 そんな提案をした後、キェーンは最後に一言漏らした。
「ターロ、頑張って……」
「任せろ」
 俺はそれだけ答えて、逃げるのをやめた。
 そして、向かってくるユージンの方へ踵を返した。

 俺は幼い頃から抱いていたマジックファイターになる夢を、誰にも言わないうちに諦めたことがある。
 受験では、親の指示により第一志望で受けたマジックアイテム科が不合格。併願で受けた不人気学科のゴーレム科に合格してそこに入ってしまった。
 言わずもがななダメっぷりだし、そもそも俺には魔法の才能がほとんどない。
 手持ちの武器は、キェーンの髪の毛を巻き付けた木の棒。正直、これであのペッパード六式と張り合えだなんて……

 ――しかし、気持ちだけはある。
 目の前の敵を倒そうという気持ちが、
 そして、キェーンを守りたいという気持ちがあるのだ。
 そんな心の有り様で挑めば、きっとできると俺は確信していた。
 根拠はないが、そう思った。魔法をろくに使えない、マジックファイターじゃない、ただのゴーレム科の生徒が――

「くたばれえええええ!」
 ユージンが少し宙に浮き、重厚な紫色の光を帯びたペッパード六式を振りかざした。
 確実に俺達に直撃するように、飛翔は先ほどより控えめだ。
「ターロ、投げるわよ!」
「――わかった!」
 その刹那、キェーンの投げた魔法石の破片が強烈な閃光を放った!
「ぐあっ!」
 俺は目を閉じて、さらに顔を背けたことで光をやりすごしたが、ユージンは閃光をまともにくらってしまったようだ。
 今だっ!
 拳を思いっきり振り、キェーンの髪が巻き付いた部分をユージンのヘソの少し上の辺りめがけて叩き込む。
 たしかな手応えを感じた後、ぶつんぶつんという鈍い音がした。
 すると、ユージンは白目をむいて地面に倒れ込んでしまった。
 手からはペッパード六式が離れるが、それは地面に落ちても爆発はしなかったようだ。
 
 うん、よかった……たぶん、これで、俺達の……勝ちだ……よな……

6.(END)

 結局あの後に俺は、その場に倒れてしまったそうだ。
 キェーンもボロボロだったらしく、俺の横に同じく倒れていたらしい。
 失神状態から目を覚ましたミチカット先輩がタイムを使って大人達を呼んだそうで、連絡が付き次第すぐさま国お抱えのマジックファイターや捜索隊が俺達の所へ向かったそうだ。
 怪我人は多数だが、死者は出ていないのが不幸中の幸いだった。ゴーレムにもかなりの被害が出たみたいだが、キェーンとクローブは無事だったらしく、ゴーレム科三年の優等生や専門の研究家達の手で綺麗に回復してもらっているらしい。
 ユージンも重症のようだったが、犯罪者として回復したら国にしょっぴかれてしまったそうだ。ユージンから引き出した情報により、近々付き合いのあった犯罪組織を叩く予定だと聞いたが、これ以上は俺には関係のない話である。
 あと、国からは今回の事件での活躍が認められ感謝状が後日送られるとのこと。
 しかし学校の方は容赦がなく、たとえ名誉を上げたとしても入院の分を穴埋めする補習が用意されている。ゴーレム用の回復魔法を覚えるという内容の講義が待っているそうだ。
 ――とまあ、そんなことを俺は病院のベッドの上で聞いたのだった。
 怪我人の中で唯一俺だけが入院が必要とのことで、まあ、自分でもよく死ななかったと思ってはいるが……
「んにしても、あの人はなんで……」
 ユージンの背後にあった犯罪組織なんて、俺にはどうでもいい話だ。
 しかし、ユージンがなぜそんな連中と付き合うような道に走ったのかについては、色々と考えさせられるものがあった。
 経歴を見ても超が付くほどの優等生がなぜ――いや、そんな人だからこそ、自らの体をゴーレムとすげ替えるなんていかれたことに手を染め、黒い付き合いを始めてしまったのかもしれないな。
 あの人もあの人で、学校生活の中で不満を募らせていたんだよな。少なくとも、学校にいる目的を失ったとか言っていたし。
 そして、そんな中で目をつけた先にあったのが、非合法な道で――
「いや、やっぱしそれはいかんだろ。ともかくそんなことはダメに決まってる」
 色々頭を働かせてみたが、結局俺が行き着いたのはそんな単純な結論だった。
 考えることに疲れた俺は、不気味なくらいに清潔で真っ白な病室を見回す。
 ここはエクスペリオン高等魔法学校付属扱いで、全学科中最も特殊な位置にいるホーリー(神聖)科の管轄にある魔法病院である。
 将来神職に就くことを目的に過ごす生徒がほとんどのホーリー科の施設というのだから、俺みたいな人間には空気が合わないかと思っていたが、病室は個室だったのでそこまで不満もなかった。が、
「あー、やることがねえ……」
 ともかく入院中は暇だった。
 
 こうして俺は、授業が休みの日に退院の日を迎え、午前中のうちに全ての手続きは終わらせ、久しぶりに寮の自室に戻ることになった。
 寮の前にはユリィとパクチが待っていた。
「ほら、ユリィ様! 恥ずかしがらないで!」
「うっさいわね! 変身解除!」
「ああ、そんな――」
 パクチはコースケット先輩の姿をしていたが、変身前の卵型に戻されてしまった。
 ユリィは紙袋を手にしていて、無言でこちらに歩み寄ってくる。うっ、凄い形相だ。
「な、なんだよ?」
「これっ! 退院祝いだから――それだけっ!」
 それだけ言うと紙袋を押し付け去っていった。
 中を開けるといつぞやのマフィンがまた入っていた。
 そして、メモも同封されていた。
『少し見直した。補習さぼるなよ』
 あいつ……
 でも、好きな先輩をあんな形で失った割には元気そうでよかった。
 そして何より、あいつ自身が無事でよかったと素直に思う。
「フッフッフッ。戻ってきて早々に青臭い光景を見せつけてくれるじゃないか。
 困ってしまうよなダーリン?」
「ああ。まだ昼飯食べてないのにお腹いっぱいだぜ」
「タンケル! それに――クローブ!」
 そんなことを言いながらひょっこり姿を現したのはタンケルとクローブだった。
 タンケルは何回か見舞いにきてくれていたが、クローブは久々にその姿を見る。
「クローブ、無事だったんだな」
「おかげ様でな。この通り千切れた腕も元通りになったよ。
 腕が良いのに加え、下心全開の連中が手厚く直してくれたのでな」
 そう言ってクローブは元通りになった腕をグルグルと回す。
 そして、不敵ながら魅力的な笑顔は健在だった。
「よし、ダーリン。今から私達も二人で祝勝会をやろうじゃないか。
 主な内容はそうだな……ゴニョゴニョゴニョ――」
「うわわわわわ! クローブ! お前よくそんなことを口に出来るな!
 あと、離れろ!」
「いいじゃないかダーリン!」
 クローブはタンケルを抱き締めて耳元で何やら囁いたようだが、俺には一部が聞き取れなかった。タンケルは相変わらず全力でクローブの熱烈な愛情表現から離れようとしている。
 ああ。これで巨乳、大人の女性が苦手とか本当にかわいそうだ……
「じゃあ、俺は部屋に行くから」
「そうだ少年。二人っきりの祝勝会なら、少年も開くべきだと思うぞ。
 なんせお嬢ちゃんってば、少年が入院中の間はずっと落ち着かない様子だったからなあ」
「キェーンが? まさかそんなこと……」
 ホーリー科の病院はホーリー科の厳格なルールの下で運営されているため、普通のお見舞いにも制限が厳しく、他の学科のゴーレム、マジックアイテム、召喚獣等をホーリー科の管轄内に持ち込むことが禁止されている。
 それ故、俺は川原で意識を失って気が付いたら病院のベッドに寝ていたという感じだったので、しばらくキェーンに会っていないのだ。
 キェーンのことだから、俺がいない間はやりたい放題暴れていたと思うのだが……

 そんなことを考えていたらあっという間に部屋の前に着いた。
 どれ、中にキェーンはいるかな――
「――ぬあっ! な、なによ! いきなり帰ってきたら驚くじゃないの」
 ドアを開けたらキェーンが床をホウキで掃いていた。俺が実家から持ってきたマジックアイテムのホウキだ。
「ま、まあともかくっ! その、お、お帰り……」
「ただいま……」
 そんな挨拶の後、部屋は沈黙に包まれた。
 あれ? 会話が続かないぞ?
 本当は俺の方からもなんか言ってやろうかと思ってたのだが、上手く言葉が出てこない。
 俺、照れてるのか?
「あー、そうだ! ほら、これこれ! これの話をしないとねっ」
 キェーンは突然何かを思い出したようでベッドの上に飛び乗った。
 ベッドと言っても、今まで俺の部屋にあったベッドの隣に設置されたピカピカの新品である。
 そういえば、すっかり忘れていたがこれは国からの今回の件に関するご褒美の品らしい。本当は様々な品の中から選んでよかったそうなのだが、ユリィが俺とタンケルの分はベッドだと強引に決めてしまったらしい。
 なんでも、タンケルの部屋を訪れた時にベッドが一台しかないことに唖然とし、さらに俺の部屋もそうであると知って「不潔だから!」との理由だそうだ。
 俺は入院中でほとんど連絡が取れなかったため、知らず知らずのうちにそう決まっていたというのだからひどい話だ……
 それでいて、タンケルは二台目のベッドを歓迎していたというのだからなあ……あいつはクローブと今までどんな夜を過ごしてきたのだろうか……
 まあ、俺としても二台目のベッドが来ること自体は歓迎だ。
 キェーンとの生活が始まって以来、色々な理由を付けられてベッドを追い出され床で寝ていたわけで、それが無くなるなら喜ぶべきことである。
 それに、新しいベッドは見た目にもそれまでの物よりグレードが高そうで寝心地もよさそうだし――
「新品のベッドはアタシがもらうわよ!」
「えっ?」
 キェーンのやつ、信じられないことを口走ったぞ。
「だってユージンをやっつけたのはアタシの力のおかげじゃん?
 なら、そのご褒美をもらうのはアタシってことになるでしょ!」
「はあああ? 最後に決めたのは俺なんだよ! 俺がいてこその勝利だろ!」
「なによー!」
「うるさい! もっとゴーレムらしく振る舞え!」
 こうして俺とキェーンは、またも掴み合いの喧嘩となってしまった。
 ――もしかしたら、これが一番俺とキェーンの間においては自然な状態なのかもしれない。
 喧嘩はするが、それもこいつとの生活の一部であって、本当は不快じゃないのだ。
 
 キェーンという名の、俺が生成してしまった生意気なゴーレム……
 こいつのおかげで、俺はゴーレム科で学ぶ意義を見つけ出せるのかもしれない。
 そう思えてならないのは、今回の一件をキェーンと共に乗り切れたからなのだろう。
 
 ――うん。明日からの補習、真面目に受けないといけないな。
 だって、自分のゴーレムくらい自分で治せるようにならなきゃいけないだろう。
 え? 俺には魔法の才能がないから大丈夫かって?
 そこは問題ない。やる気を持って挑めばなんとかなる。
 大事なのは、心の有り様だ。
 〈了〉

魔法学校ゴーレム科

魔法学校ゴーレム科

1年と少し前、ライトノベルの新人賞に応募した作品です。(ファンタジア大賞、最終選考落選) 公開にあたり、原稿は投稿時から最低限の誤字・脱字の修正を除き、ほとんど手をつけていません。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC