思い出

 三年前の四月、あれは僕がまだ大学を卒業してから一年が経った頃の、就職活動で苦労して内定を勝ち取った広告代理店の仕事にも慣れ始めた時期のことだった。大学時代の知り合いの由香里ともたまたま縁があって付き合い始め、お互い日々連絡を取り合い、休日には二人で過ごすことが多かった。それまでは仕事や人間関係のトラブルを抱えていたが、ようやくそれらから解放され、あの頃は日々の生活が充実したものに感じていた。桜の木にはピンク色の花が咲き始め、特に冷え込んだこの年の冬の寒さが過ぎ去り、ようやく厚着をしないでも外に出られるような温かさが訪れていた。そんな時、僕が生まれた時から関わりのある、子供の頃にはよく遊んでもらった祖母が亡くなったという知らせを受けた。
 祖母は僕の実家から新幹線で三時間ほどの日本の南の方に位置する県に住んでいた。祖母の住んでいた街は海に面していて、祖母の家に行った記憶を思い出すといつも海岸から見る海の景色が真っ先に浮かんでくる。子供の頃からよくその街に行っていたので、大人になった今でもそこへ行くと、故郷へ帰ってきたと時のような懐かしさを感じた。小学校に入学して以来、僕が祖母と会えるのは夏休みや冬休みなどの長期休暇の時だけだった。そんなときいつも家族で祖母の家に遊びに行き、新幹線の席に僕、妹、母の順で三人掛けの席に並んで座った。三つ年下の妹と僕は新幹線の中ではしゃいで母親から静かにするよう毎回とがめられていた。それでも静かにしない僕達に向って、母親は「静かにしないと家に帰るよ」と決まりごとのように言っては、ようやく僕達は大人しくするのだった。新幹線の座席で祖母の家に行くのを今か今かと心待ちにしながら、目まぐるしく変わっていく窓の外の景色を眺めていた。
 祖母は僕が大学二年生の時に県内でも比較的大きな病院に入院した。その時の病名を母親から聞かされたが、片仮名のどこかの外国人の名前の入ったような難しい名前の病名だったということしか覚えていない。

思い出

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-27

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