くたびれた顔つきの男が一人、都会のさびれたビルの横の細い路地に入って行った。男は偶然そこを通りかかった時、その細い道の先に何かがあるんじゃないかという直感が働いた。辺りはコンクリートの壁に覆われていて、視界は暗く、後ろの方から電灯の白い明かりが差し込んでいるだけだった。通りの先に何があるか徐々に興奮を感じながら進んで行くと、そこには若い女が一人ビルの壁に背中をもたせかけて、しゃがみこんでいた。辺りは暗くやっと女の顔が判別できる程度だった。女はその男の方を振り向くと、怯えたようなそぶりを見せた。声を上げられたらたまらないと思いながらも、後ろを振り向くとそこには誰の姿もなく、とてもここまで人が来そうには思えなかった。
 男は一歩一歩その女に近づいていった。女は咄嗟に立ち上がり、通りの奥の方へ走って行った。女のヒールの足音が響きわたり、ビルに挟まれた路地の中で反響していた。男は女の走って行く方を眺め、ゆっくりと歩きながら後を追った。ここで女を逃がしてしまうかもしれないと思ったが、その男には女を走って追いかけるほどの気力もなかった。するとその女が立ち止まり、困惑したように右往左往しているのが見えた。女の先はフェンスになっていて、金網が行く手を遮っていた。とても上って飛び越えられるようなものではなかった。辺りは静寂に包まれ、風が通りを抜けていく音しか聞こえなかった。男が女に近づいていくと、女が小さな声を出しながら荒く呼吸しているのが聞こえてきた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-25

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