私が暖めてあげるよ
いつか出逢ったその場所で、今度は私が貴方を見つめた。
石段に座る貴方の横顔が少し笑う。
陽が堕ちる手前、空が薄く白んだその下で私は貴方より一つ上の段に立って貴方を見おろした。
「戻らなくて良いんですか?お仕事、途中なんでしょう?」
「良いんだよ別に。俺が居ようが居まいがプロジェクトは進む。」
珍しい、とふと思った。
「そんなもんですかねぇ?」
「そんなもんだよ。」
何も聞かなかったのは聞かれたくないだろうと思ったからか、聞いて嫌われるのが怖かったからか。
短い沈黙を破ったのは貴方だった。寒さに冷たくなった手で手首をグイッと引っ張って。それは階段から落ちる程強い力じゃないけど、消して逃げられない強さ。
一つ、階段を下りた。
「淋しいんですね。」
一人分の隙間を空けて同じ段に座ると、その間に吹いた風に髪が靡いて、捕まれた手首には少し力が加わる。
「君もでしょ。」
「そうですね。どこに居てもどこにも居場所がないから淋しい。隣に居ても誰も私のものじゃないから虚しい。だから私は貴方が好きなんです。」
隠そうとする小さな表情も気付こうしてからは随分解るようになったけれど、こうして解らない事も多い。
楽しそうに嬉しそうに、でも淋しそうに貴方は笑う。
「それは、見下せるから?」
俺の方がずっと独りで"可哀想"だから?と問いかける貴方の眼は本当に、黒く澄んでいて綺麗。
それでも未だにこんな風に傷つけ合って傷を舐めあって、それが無性に悲しい。
貴方は毎日私がこの道を通ることを知っていてふらりと現れるくせに、干渉はして欲しくないという風に見えない線を勝手にひいて。独りだと孤独ぶって、互いの存在を知らぬ内に否定し続ける。
「…はい。」
いつか肯定出来るだろうか。出来ると良いなと思う。
捕まれた手首が放されて、その手で私の少し伸びた髪を緩く引いた。飴色の光の中で、その指の動きはやけに優しくみえた。
それから小さく口を開く。
「君はいつでも僕を見つける。」
過去か未来か事実か願望か、彼自身かそれとも別の何かをなのか…貴方の言葉は時々とても難解だ。けれど私と貴方は似てるから、何を求めているかはなんとなく解る。
私の髪を弄る手に手を重ねる。冷たい二つの間に、少しだけ熱が生まれた。
私が暖めてあげるよ