あの日の涙
卒業してからまだ1度も会っていない。だけど、俺の頭にはあの日のあいつの泣き顔が焼き付いて離れないんだ…。
出会った時、俺達はまだ学生だった。
クラス委員長で皆をまとめるのが凄く上手な、そんなしっかりした姿に惹かれて彼女に近づいた。
「いーいーんちょっ!」
「っ!びっくりしたー…どうしたんですか?」
「ノート、重いでしょ?持つよ、貸して。」
「別に大丈夫……わっ!?」
「女の子にこんな重いもの持たせるなんて担任もひでぇよなー。」
「別に…私は委員長なので、仕方ないですよ。」
「流石だなー。どこまで?持ってくよ。」
「あ、ありがとうございます。」
30人分のノートを運ぶのが辛そうだったから、軽い気持ちで声をかけた。
そのまま職員室まで運んだのが初めての関わり。
敬語だったけど、俺のことちゃんと知ってて流石だなって感じた。
その日からは副委員長でもないのによく手伝って、とうとう担任に特に何もしない副委員長と交換させられた。
それからは手伝ってた頃より一緒にいる機会が増えて、告ったのは文化祭の最終日だった。
片付けが終わって、もう俺らしか残ってないって。方向同じだし、途中まで一緒に行こうぜって手を繋いで歩きだした時に告白して、運良く付き合えた。
高校3年で進路とか色々大変な中で、俺は委員長と同じ大学に行くためにひたすら勉強した。これも運良く合格できて、ほんと恵まれてんなーって思った。
大学決まってからはデート三昧。彼女に頼られたくてデートも頑張って考えて引っ張ろうとした。結局どっかで必ず失敗して、助けられてばっかだった。
凄いありがたくて、大好きで…ずっと好きで、ずっと一緒だって。自分で約束してたんだ。
だけど、大学入ってすぐだった。
「わりぃ。先帰ってもらっていい?部活で遅くなる。」
「うん、わかった。」
盛り、だったんだろう。
大学には可愛い子が沢山いて、俺も別に顔は悪くなかったから拒否られることもなく、彼女を先に帰して女と遊んでたんだ。
今思えば本当に屑だったけど、それがバレた時俺は自分が悪いと思いたくなかったんだ。
「なんで!?なんで、こんな…。」
「…お前に関係ねぇだろ。」
「…え…っ?」
「…お前に告ったの、冗談だったんだ。俺顔いいじゃん?真面目な委員長でも落とせるかなって試してみただけ。別にお前のこと好きじゃねぇから。」
呆然と立ちすくむ彼女を置いて、その場を立ち去った。
同じ委員会だったから、話さないといけない機会は多かったのに、俺は話しかけてくれる彼女を無視していた。
その時にはもう気付いて良かったはずだったんだ。彼女がどれだけ優しくて、俺がどれだけ最低だったか。
でも、俺はその優しさをうざったく思ってしまった。だから、もっと彼女を苦しめた。
「ねぇ。」
「あ、はい。なんでしょう?」
「あんたさ、もうあいつに近付かないでくんない?」
「えっ?」
「あんた、あいつの弱み握って脅して付き合ったんだって?最低だよね。」
「なっ…!私そんなこと…!きゃっ…!」
女には女だと思った。
俺のことを好んでくれている女1人に、脅されて付き合ったと言っただけで、あとは彼女達が勝手に動いてくれた。
最初は女子トイレ。掃除したてでまだ濡れている床に押し倒されたらしい。帰りのロングホームルームで彼女は制服を袋に入れて、ジャージを着ていた。
でも泣いたりしない彼女は、その後も俺の取り巻きからいじめられ続けた。
俺はそれを他人事のように知らないふりをしていた。
だけど、ある日また俺は彼女と2人で遅くまで残ったんだ。
「……。」
「…あの、すみませんでした。」
「あ?」
「脅してしまって…。」
「は?」
その時初めて気づいた。
彼女がただひたすら優しいことに。
俺がとても残酷な仕打ちをしていたことに。
誰も俺の言ったことに疑問を持たなかったのは、きっと彼女が否定しなかったこともある。
彼女は当たり前のように俺に謝罪してきた。
「お前、なんで反論しねぇの?」
「あなたが私を嫌になったのは、私があなたを満足させてあげられなかったからでしょう?どちらにしろ私のせいよ。」
彼女は優しさの塊で、強さの塊。それは周りの人間や、付き合いたての俺が感じていた彼女。
だけど本当は、そういう人ほど脆いことを…彼女がとても弱いことを、俺は知っていたのに…なのに、忘れていたんだ。
「お前、損するな。」
「そうかもしれませんね。」
「なぁ。」
「はい?」
「泣けよ、辛いんだろ?」
「…いいえ。」
泣けと言ったとき、彼女は笑った。
でも、やっぱりもう限界だったんだ。
「なぁ…ありがとな?」
「…え…?」
「助けられたよ。ありがとう。」
「…ぁ…ぅ…っく…。」
初めて泣き出した彼女を見て、俺はそっと手を握った。
小さな手。小さな肩。その小さな体に俺は重たいものを持たせすぎたんだ。
震える手を握りしめて、2人で泣く。
誰もいなくなった学校に響く泣き声。俺達はそのままずっと泣いていた。
「ふっ……はぁ、ごめん、なさい。」
「…落ち着いた?」
「うん…。」
「じゃぁ帰ろうか。」
俺達はそのまま手を繋いで途中まで歩いた。
この手は俺達の始まりで…終わり。
俺達を繋ぐ細くなってしまった糸だった。
「ここでいいよ。送ってくれてありがとう。」
「いや、俺の方こそ。ありがとな。」
「うん…。じゃぁ、さよなら。」
切なそうに笑う彼女に、俺はまた付き合おうなどと言う気はなかった。
だって俺は彼女に謝罪をしていないから。そんな馬鹿げたことを言う権利はない。
だから、まだ終われないんだ。
「なぁ!」
「何?」
「また…。また明日な!」
「…!うん…。うん!また明日!」
あの日の涙