無剣の騎士 第2話 scene2. 謁見
原作者様からのリクエストにお応えして、ラブラブなシーンを書いてみました。が、結果はご覧の有様です……。
アストリア王国が、リヒテルバウム及びウィンデスタールとそれぞれ協定を結んだ歴史的な日から、数日が経った。
リヒテルバウムより帰国したフェリックスとオークアシッドは、協定の調印がつつがなく終わったことをエドワードに報告した。彼らに随行した護衛の長リチャードをも伴って、二人は城の大広間でエドワードに謁見していた。
「叔父上も義父上も、大役をよくぞ果たしてくださいました。父上には余から報告しておきます。お二人とも今宵はごゆるりとお休みください。長旅でお疲れでしょうから」
「うむ」
「それでは、私共はこれにて」
供の者達を引き連れて二人が退出した後、残されたリチャードに改めてエドワードは向き直った。
「さて、リチャードよ。例の件だが……、何事も無く帰国したことから察するに、特に動きは無かったということか?」
「はっ」
リチャードは騎士らしい機敏な動作で頭を下げた。
「某、常にフェリックス殿下のお傍に付いておりましたが、取り立てて怪しげな動きは見られませんでした。……或いは、某が傍にいたので動こうにもお動きになれなかったのやもしれませんが」
「そうか……」
エドワードは頬杖をついたまま少し目を細めた。
「して、義父上の方は?」
「オークアシッド候ですか……」
リチャードは少し言い澱んだ。フェリックスの場合とは違い、オークアシッドには四六時中張り付いていた訳ではない。しかし、オークアシッドがリヒテルバウムの者と接触したとの情報は、リチャードのもとには上がってきていなかった。
(ここで殿下を不安にさせてはいかん、某が自信を持って答えねば)
リチャードは玉座のエドワードを見上げた。
「そちらも、特にご報告すべき動きは見られませんでした!」
リチャードの自信に満ちた表情を見て、エドワードは安心したように頷いた。
「相分かった。この件に関しては、リチャードを信じよう」
* *
リチャードが大広間から退出した後、代わって招じ入れられたのは二人の近衛騎士だった。
一人は、まだ幾らか幼さの残る少年――アーシェル。
もう一人は、リチャードによく似た壮年の男。それもそのはず、彼はリチャードの息子であった。
絨毯の上を歩いて玉座の前にまで来た二人は、跪いて頭を垂れた。
「王太子殿下直属近衛騎士団々長メルキオ、御前に参りました」
「同じく近衛騎士ヴァーティス、御前に参りました」
このような時はアーシェルのように姓を名乗るのが通例だが、メルキオの場合はリチャードと姓が同じなので、区別の為に名を名乗ることが許されていた。
「うむ。二人とも顔を上げよ」
二人は跪いたまま、エドワードを見上げた。
「私共に何の御用でしょうか?」
「実は、アーシェに頼みたいことがあってな」
「僕に、ですか?」
「そうだ。
先日、我が国とウィンデスタールが協定を結んだことは、二人とも知っておるな?」
「はい」
その協定の中に、脈玉入り武器とその加工技術をウィンデスタールへ提供するという条項があった。技術供与の一環として、脈玉加工の職人を養成するアストリアの専門学校へウィンデスタールから留学生がやってくる。
「その留学生達に、脈玉入り武器が実際どのようなものか実演できる者を派遣して欲しいと、校長から要請があった。ついてはその役を、アーシェ、そなたに任せたい」
「……僕で、よいのでしょうか」
アーシェルは伏し目がちに答えた。
「そうですよ、殿下、脈玉入り武器を使いこなせる者なら我が近衛騎士団にいくらでも居ります。何故、最年少のアーシェルを……」
「もっともな疑問だ」
エドワードは椅子に座り直すと、前で指を組んだ。
「確かにアーシェは余の近衛騎士団の中で最年少であるし、戦闘経験も少ない。だが、今回求められているのは騎士としての経験ではない。脈玉の霊力を引き出す力、そして余を守るために戦うという強い思いが大切なのだ。その点で、アーシェは大人の騎士にも負けない、良いものを持っていると余は信じている。武器自体も、元はと言えば余から与えた剣であるしな」
「確かにアーシェルの剣は、近衛騎士団の中でも最高級品の一つではありますが……」
「それにこの提案は、メルキオ、そなたのことも考えてのことなのだぞ?」
「――と仰いますと?」
「騎士団長であるそなたに、留学生教育の手伝いへ赴くほどの暇があるのか?」
「そ、それは……」
「他の、脈玉入り武器を扱える騎士達についても同様だ。経験豊富な者達ほど、多くの任務を抱えているであろう? その点、まだ責任の軽いアーシェなら自由が利く」
エドワードはアーシェルの方に顔を向けた。
「かような訳なのだが、承諾してくれるだろうか?」
エドワードの顔には、既に笑みがあった。
「……仰せのままに」
その時、大広間の正面ではなく玉座のある後方、玉座に座る者が出入りするための扉が大きな音を立てて開いた。
「やはりアーシェじゃったか! 久しぶりじゃの!」
喜々として入ってきたのは、シェリアだった。
「騒々しいなシェリー、どうしたのだ」
「部屋の窓から、メルキオ殿とアーシェが歩いて来るのが見えての。長らくアーシェとも顔を合わせておらんかったから、会いに来たのじゃ」
「……やれやれ」
政務の場に乱入してきたシェリアにエドワードとメルキオは呆れ顔だったが、アーシェルはいつの間にか頬を赤く染めていた。
「……シェリア妃殿下自ら会いに来てくださるとは、光栄です」
「まあ、エドワード殿下のお話は今ちょうど終わったところでしたから」
「それは良かったのじゃ」
シェリアはつかつかと歩いて入り、エドワードの隣の座にちょこんと腰を下ろした。
そうして四人はそのまま暫くの間、気軽に談笑を楽しんだ。
* *
「ふぅ。よく喋ったのじゃ」
メルキオとアーシェルを見送ったシェリアは、満足げに大きく息を吐いて背もたれに倒れ込んだ。
「満足したか?」
うむ、と頷いた後でシェリアは少し顔を曇らせた。
「ただ……、昔に比べてアーシェの態度が変わってしもうたのには、未だに慣れぬ」
「それは余とて同じだ。だが、余の配下の近衛騎士という立場上、それなりの礼儀をわきまえねばならぬのは致し方のないことだ」
「それはそうなのじゃが……」
頭では分かっていても、心から納得はできない。そんな表情だった。
「わらわ達と疎遠になった分、他に友人はできたのじゃろうか?」
「学校の同級生に貴族の友人がいるとは言っていたが……」
そこでエドワードは一旦言葉を切ると、シェリアの方を向いて片目を瞑ってみせた。
「実は、今回アーシェを専門学校に派遣するのは、あやつに友を作らせるためでもある」
「?」
エドワードが専門学校の校長から聞いたところによると、脈玉入り武器の実演を行なう過程で実演者は留学生達とそれなりに交流せざるを得ないことになるらしい。
「留学生の中にはアーシェと同年代の者も多いと聞く。きっと、良い友ができるであろう」
「…………」
そんなことまで考えて、アーシェルに白羽の矢を立てたのか。いつものことながら、この人には感服させられる。シェリアは感心してエドワードを見つめた。その大きな瞳を開いて、尊敬の眼差しで。
「……賢くて、友達思いのエドが好きじゃ」
突然の告白にエドワードは一瞬固まったが、すぐに微笑みを浮かべるとシェリアにこう返した。
「余も、素直で純真なそなたを愛しておるぞ?」
そしてシェリアの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「政務の場に考えなしに飛び込んできたりするのが、玉に傷だがな」
「……馬鹿」
二人の顔が、段々と近付いていく。
「その政務の場で、こんなことをしていてよいのかや?」
「構わぬ。今日の仕事はもう終わった」
そうして二人は静かに唇を重ね合わせた。
無剣の騎士 第2話 scene2. 謁見
次回予告:ウィンデスタールから訪れた留学生。アーシェルとの出逢い、そして密かに回り出す運命の歯車。
⇒ scene3. 邂逅 につづく...