今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。 【スピンオフ2】
~ 好きなアノ子は完全無欠? ~
駅前10時。
白シャツにグレーのシンプルカーディガン、カチっとしすぎないテーパードパンツには
ベージュスエードブーツを合わせ、黒のスタンダードコートを羽織るダイゴは元々
上背もある為まるでモデルのようだった。
サツキと初めてデートをする今日。
気合はキャパオーバーで溢れてダダ漏れするほど、入りまくっていた。
サツキの卒業式に長年の想いを打ち明け、どさくさに紛れて唇まで奪いキスに関しては
まぁ怒られたのだけれど、なんとかデートに漕ぎ着けたのだ。 張り切らないはずもない。
告白の翌日、母親に頼みまくって小遣いを前借りし駅前デパートに勝負服を買いに行った。
ファッションには全く以って疎いダイゴ。
店員に勧められるがままに頭から爪先までコーディネートしてもらい、完璧に仕上がっていた。
(サツキ、いっぺんに惚れんじゃねえか・・・? 俺んこと・・・。)
キョロキョロと想い人を探しながら、今日の自分のいで立ちを見てなんと言うのか
ワクワクする気持ちが抑えきれず、ひとりで待ちぼうけながらも口許は緩んでいる。
(やっぱデートだから、サツキもスカートとかかな・・・。)
すると、待合せ時間3分前にその姿が見えた。
スラっとしたその美しいはずの脚はいつものロールアップジーンズにボーイッシュな
エンジニアブーツ、ざっくりとダッフルコートを羽織りもふもふのマフラーは口許まで
隠してしまっている。
艶々の黒髪ストレートヘアはバナナクリップで緩くまとめていて、その姿はデートと
いうより近所のスーパーに買い物に行くようなお気軽さ。
『ダイゴ・・・
どうしたの? その格好・・・ なんかモデルみたい!』
超普段着でやって来た本来は麗しい顔立ちのサツキに驚かれて、ダイゴは途端に自分の
張り切り具合が恥ずかしくなってしまった。
『いや・・・ あの、コレ・・・
母ちゃんが、なんか勝手に買って来ててさ・・・
着ろ着ろってうるせーから、今日着てみた、だけ・・・
俺もすげー ヤなんだけどさ・・・ ハハハ・・・。』
慌てて真っ赤になって、うそぶいたダイゴ。
すると、すぐさまサツキは言った。
『えー、 なんでー・・・?
モデルみたいで、すっごいカッコイイよ?
私、こんな格好で来ちゃって、一緒に歩くの恥ずかしくない?
・・・スマン・・・。』
サツキに変に気を遣わせてしまった事に、慌てるダイゴ。
『え! 全然・・・ 全っ然、普段着だってなんだってサツキは可愛いから!』
真顔で真剣にまっすぐそんなこと言われて、驚いた顔を向けながらもサツキは笑った。
”可愛い ”なんて、知合ってから随分経つけれど言われた事などなかったのだから。
『んじゃ、行く? バッティングセンター・・・』
ダイゴがその方角を顎で指すと、サツキは嬉しそうに大きく頷いた。
土曜のバッティングセンターは学生らしき姿が多く、やはり男子ばかりで女子でバットを
振るのはサツキぐらいだった。
ダイゴの ”カッコイイ・デートプラン ”では、ばんばんホームランを打ちあげるダイゴを
後ろの金網にしがみ付くようにうっとり眺めるサツキ。
その勇士に頬はピンク色に染まり、目は潤み、無意識のうちに『カッコイイ・・・』 と呟く。
そんなイメージは、脳内で完璧に出来上がっていたの、だが・・・
カキーーーーーーーン
サツキ、見事なホームラン。
バットを振る姿も惚れぼれするほど美しく、ただの野球部マネージャーだったとは
思えないその完璧なフォーム。
一方、ダイゴはモデルのようなファッションでバッターボックスに立つぐらいだから
さぞ腕に自信があっての事だろうと周りの注目を集めるも、元々サッカー少年。
空振り・空振り・三振・空振り。
『くそっ!!』 バットをへし折りそうな勢いだった。
『だって・・・ ダイゴ、サッカー少年だもんねぇ~?』
ダイゴの空振りも三振もなにも気にしていない風で、サツキはただただ愉しそうに
口角を上げている。
その横顔を見ていたら、不甲斐ない自分へのイライラが消えてゆく。
(サツキが愉しそうだから、まぁ、いっか・・・。)
仕舞には、金網にしがみ付きサツキの勇士をうっとり目を細め頬を染めて眺めた。
『昼メシ・・・ どうしよっか?』 ダイゴはそうサツキに問い掛けながらも、しっかり
お洒落なカフェを散々下調べしてきていた。
THE・デートという感じを醸し出せる数店をチェックし、メニューや値段や雰囲気まで
バッチリ頭に入れていたのだ、が・・・
『駅前のラーメン屋行きたいんだよね!』
(ラ、ラーメン・・・ デート、なのに・・・?)
そこはいわゆる ”家系 ”と言われるムサくるしい男ばかりの、背脂こってり山盛りの
ラーメンが特徴のチェーン店で、サツキのような華奢な女子が食べに行ったところで
絶対食べきれないし、その前にまず殆ど女子なんかいない。
(サツキが食べきれずに残したのを、俺がカッコよく平らげるか・・・。)
そんなダイゴの思惑も、
『ごちそーさまでしたー!!』
その細い体のどこに入ったのかと思う、見事な完食っぷり。丼は空っぽ。1滴の汁も無し。
『あっつぅ~』 白魚のような手をひらひらと翳して、顔に風を送っているその横顔に
ダイゴは呆気に取られていた。
(さ、さすが・・・ サツキだ・・・。)
満腹で込み上げるゲップを堪え、ダイゴは涼しい顔をして言う。
『この後、どうする・・・?』
問い掛けながらも、次は近くの大きな公園に行こうと決めていたダイゴ。
そこは有名なデートスポットで、大きな池がありボートがあった。
サツキが希望を口にする前に、すかさず言う。 まるで今、思い付いたかのように。
『あ! 公園行かね・・・? ほら、近いしさ・・・。』
『いいね!』 サツキが嬉しそうな顔を向ける。
眩しいほど輝くその麗しい笑顔。
ダイゴの胸は、ときめきに容赦なく熱を帯び痛みを生じる。
サツキの笑顔に、何度でもぎゅっと掴まれる胸。
(これからだ・・・
これから、カッコイイとこバンバン見して、俺に惚れさせねば・・・。)
公園へ向かう道中も、ダイゴはあわよくば手をつなごうと躍起になった。
チラチラ チラチラと隣を歩くサツキを盗み見るも、サツキはダッフルコートの
大きなポケットに手を突っ込み、鼻歌まじりにご機嫌に歩いている。
(手・・・
手ぇ・・・ 手ぇ出せよ、いい加減・・・。)
サツキの白魚の手は公園に着いても尚、ポケットにすっぽり隠れたまま。
そして、予定通りボートに誘い出すことに成功したのだが・・・
『うわぁぁあああ!!!
おもしろーーーーーーーーーーーいっ!!!』
サツキが、オールを操っていた。
『けっこー、キツいし。 危ないって!』 なんとかダイゴがイニシアティブを握ろうとするも
『やだやだ! 漕ぎたい漕ぎたい漕ぎたい漕ぎたい!!!』
ボート乗車乗り場でジタバタと駄々をこね中々乗り込まないふたりを、貸出係のおじさんが
呆れて見ていた。
全く思い通りにいかない計画にほとほと困り果てながらも、駄々をこねるサツキも可愛くて
やっぱりサツキは可愛くて、結局オールを握りどのボートより華麗に水上を進ませるその顔も
可愛くて、ニヤニヤしながら見とれていた。
そして、気付く。
(俺・・・ 全然カッコイイとこ見せれてねぇ・・・。)
すいすいスピードを上げてボートを漕ぐカノジョの目の前で、ただ膝を抱えて座り
ニヤけるだけの服装だけは格好つけた男、というこの構図。
『サツキ!!!
最後だけは俺の行きたいトコ、行かしてっ!!!』
顔の前で手を合わせ ”お願い ”するスタイルで、デカい図体のダイゴは懇願する。
サツキだって別にダイゴの計画を台無しにしようとしている訳では決して無い。
ダイゴの必死感に首を傾げつつ、ダイゴに促されるままそこへ向かった。
それは、街が一望できる展望タワーだった。
今は夕暮れ時で、本当は夜景が見せたかったのだけれど夕景でもこの際、善しとしよう。
最上階へ向かうエレベーター前で一瞬ひるんだサツキになど、余裕がないダイゴは
気付けるはずもなく、半ば強引にサツキの背中を押してエレベーターに乗り込んだ。
最上階に到着すると、そこはカップルの姿ばかりだった。
みな一様に手をつなぎ、360度街を見渡せるオレンジに燃えるパノラマを寄り添い
ながら眺めている。
(コレだ・・・! コレだよ、俺が求めていたものは・・・!!)
目をキラキラさせながら勢いよくサツキを振り返ると、なんだか様子がおかしい。
『ん・・・? どした??』 覗き込むように少し背を屈めると、サツキはどこか
苦い顔をして俯いている。
『ぁ・・・ もしかして・・・ 高いトコ苦手だった・・・?』
すると、サツキはコートのポケットからそろりと手を出すと、ダイゴのコートの裾を
ぎゅっと握った。
そしてその途端、目をつぶって肩に力を入れ固まる。
『手・・・ つかめば? コートじゃなくて・・・。』
目をつぶったままコートを握りしめるサツキの手を、そっと掴んだ。
すると、両手ですごい力で握り締めてくる。
『ごめんな、サツキ・・・。』
ダイゴがしょぼくれた声を出した。
格好いいどころか、最後の最後にこんな事になってしまった。
すると『ううん。』 と首を横に振ったサツキ。
『ダイジョーブだよ・・・
でも、怖いから
ダイゴの後ろに隠れて、景色は見ないけど・・・ ごめんね?』
大きなダイゴの背中にすっぽり隠れて高所の景色から逃れたサツキ。
しっかりと両手で掴んだその華奢な手は、ただひとつ信頼できるダイゴの大きな手に
充分すぎる程のぬくもりを伝える。
展望階の一角の、景色に背をむけたベンチに腰掛けたふたり。
サツキがまだしっかり手を握っているから、勿論それを離しはしないダイゴ。
ダイゴの計画の中では、この素晴らしい景色の中でキスをしたかった。
しかし夕焼け空が藍空に変わり月が顔を出す頃になると、夜景目当てのカップルが
どんどん多くなっていき、そんな甘いチャンスの可能性は限りなく低い。
それでも諦めきれず、ダイゴはチラチラと落ち着きなくまわりを見渡していた。
全然、人波は途切れない。
途切れたと思った瞬間、エレベーターの扉が開いてまた次のカップルがやって来る。
サツキがそんなダイゴを横目にぷっと吹き出した。
『どうしたの? なんでさっきから落ち着きないの・・・?』
ダイゴが慌てる。 『ぇ・・・ いや、別に・・・。』
『言ってごらん? ほら、正直に・・・。』
『いや、あの・・・ ぇ、ん・・・。』
『正直者にはイイコトあるかもよ?!』 サツキが必死に笑いを堪える。
しかしまごついてモジモジと大きな体を縮込めるダイゴに、我慢も限界とばかり
サツキは大笑いした。
そして、隣に座るダイゴの肩に手を置くと、少し身を乗り出してその日焼けした頬へ
チュっとキスをした。
予想だにしていなかったサツキからの、ほっぺにチュゥ。
ダイゴは今サツキの唇が触れた頬をゴツい手で押さえると、呆然と目を見開きかたまる。
『今日、愉しかったから・・・ そのお礼。』
みるみる真っ赤になっていく服装だけモデルのようなダイゴに、サツキはケラケラ笑って言った。
『生徒会室での、あの積極性はどこいったのよ~?』
すると、
『も・・・ もっかい!!!』
唇を尖らすダイゴに、『ダメ!』 サツキは手の平でその唇を押して制した。
『じゃぁ・・・ ほっぺ・・・ ほっぺに、もっかい!!』
『もう時間切れ。』
空はすっかり暗くなり、見事な満月と星が顔を出していた。
ふたり、しっかり手をつないだまま月あかり照らす夜道をいつまでも笑いながら
仲良く歩いて帰った。
【おわり】
今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。 【スピンオフ2】