あの冬の話
雪を見ると、高校3年生の冬をよく思い出す。
私の生まれ育った街は毎年大雪が降った。その年も例外ではなく、毎日、空から降る雪を横目に見ながら受験勉強に打ち込んでいた。
高校3年生のとき、私には好きな人がいた。同じクラスの男の子だった。彼はとても頭がよくて、サッカーが上手で、生徒会の副会長をやっていた。みんなの人気者で、周りにはいつも人がいた。先生からの評判もよくて、私の憧れだった。
そんな彼は、1月のある日、朝から珍しく青空が広がったその日に、あっけなく死んでしまった。住んでいたマンションの屋上から飛び降りたらしかった。彼の死を知ったとき、私は泣くことが出来なかった。いっそ泣いてしまいたかったけど、私の意思に反して、涙は一粒もこぼれてこなかった。
そんな冬から5年が経って、私は東京に就職し一人暮らしをしている。
有難いことにいい縁にも巡り合えて、最近は一人暮らしというより、半同棲の状態になっていた。
「何考えてるの」
「んー?今日の夜ご飯どうしようかなーって」
「ハンバーグがいいな」
「優也、ハンバーグ好きだよね」
「うん。理沙の作るハンバーグ美味しいからね」
彼、窪塚優也は、東京の出身だった。田舎の雪国で育った私とは正反対の環境で育った彼は、よく私に雪国での生活の話をねだった。その度に私は、意識的に高校3年生のときの思い出を避けながら彼に色々な話をした。
その日は、珍しく朝から雪が降っていた。
朝早く目覚めた私はカーテンを開けて、柔らかな陽射しに照らされながら降る雪を見て、18歳で時間を止めた彼が浮かんだ。
「竹田、くん…」
彼が時間を止めた日もこんな天気だった。青空がとても綺麗で、世界がゆっくりと動いていた。
私は裸足でベランダに出る。気持ちがいい。部屋の中を振り返ると、優也が気持ちよさそうに布団の中で寝ている。ごめん、優也。お別れみたい。
こんなにいい天気なんだ、時間を止めてしまいたいと思うのも仕方のない気がする。
涙がこぼれた。
あの時どうしても流せなかった涙だった。
羽織っていたカーディガンから手を離して、ゆっくりと手すりに足をかけた。
あの冬の話