クレーの翻訳
「野原のリズム 1931」
なつかしい異国の野原で眠りましょう。
羊雲を追いかけて
ここまで来たあなたも
草にからまって
花にうもれて
夢をみましょう。
そして私は
すぐとなりへ座り
あなたが獣におそわれないよう
ずっと番をしていましょう。
*
「北海の絵 1923」
あまく色のとける海に
私は鳥を見た。
舟を見た。
雲を見た。
夕陽を見た。
三日月を見た。
変化するすべての空が
まざりあうのを見た。
*
「つなわたり 1923」
鳥の仮面は泣いている。
神様がかけた細い細い糸の上を
彼は音もなく歩いている。
弱虫な彼はなんどもうしろを振り返る。
けれど
勇敢な魂はそんな彼にはおかまいなしさ。
ふるえる足を操って
ほほえみ待つ神様のみもとへ
近づいてゆくんだ。
*
「星の同盟者たち 1923」
きみはどこからきたんだい。
きみとぼくのおどりはどこかにているね。
ぴか ぴか
ちか ちか
信号をかわしてさ。
でたらめな歌だっておくりあいたいんだ。
*
「天体のある海の風景 1920」
僕の影は黒い。
僕の手も黒い。
僕の胸も黒い。
海に建つホテルで
制御不能の太陽をあおぎ
焦げるばかりの黒い僕を
白い波へ捨てようかと
思案する。
*
「魔法劇場 1923」
幕があがっておりるまではほんの一瞬さ。
いびつなブリキの月と星の歯車を廻せば
巨大で奇怪で複雑な魔法が動く。
竜の牙をかわして
断首の刃をくぐりぬけ
矢印の方向へ進め。
魔法劇場
一瞬の隙間を狙うのさ。
*
「隠者の住むところ 1918」
鍵は手にいれましたか。
思い出の沈む青の世界に
黒い太陽はのぼりました。
泡を吐いてささやきあう森。
あなたの来訪を隠者へ告げる聲の
その先へ
奥へ
始まりへ。
扉の前で仮面をはずす
あなたは隠者の顔を
きっともう
知っています。
*
「壁画 1924」
足をうしなった絵描きを鳥が訪ねる。
屋根という屋根
窓という窓
橋という橋。
すべてを歌う鳥の言葉。
瞼を閉じてまたたくは記号と化した鳥瞰模様。
色をかさねて線を引き
見えぬ街を構築する。
そして最後に絵描きは鳥の足を白く塗り
街へ落としてサインとした。
「これはきみとぼくの街だからね」
*
「青い眼の青年の頭部 1910」
光のこどもがちいさな手で
あのひとのほっぺたにさわってる。
おはなをつねって
あたまをなでて
おおきなくびに抱きついてるね。
光のこどもがみんな溶かそうとしても
あのひとは
怒らずに
泣かずに
笑わずに
空がつくった湖みたいな眼で
百年先の風景も
みつめているね。
*
「創造主 1934」
ただ
踊りたいように踊り
吠えたいように吠える。
迷路じみた衣のひだの間から
ほろほろこぼれた
ちいさな星
こまかな命。
なんの気なしに振ったその手が私を打ち払う。
私は幾層にも塗りこめられた絵具のどこかへまぎれ
その最も上で踊るあなたにふるえている。
クレーの翻訳
参照:
「クレーART BOX-線と色彩-」
編者 日本パウル・クレー協会
発行 講談社 2006