誰かが………。

誰かが………。

社会人になりたての若者4人が事件に巻き込まれながらも、何とか困難を打破していく様を描いた話である。

高校生の同級生、寺田努、佐良さえ、黒木太郎、木良れのんの4人はある雨の日、卒業式を迎えていた。雨は容赦なく、高校生の気分など、お構いなしに、降り続けている。
卒業式は高校の体育館で行われているが、4人の頭には高校生活の楽しかった思い出や辛かった思い出が頭を掠めていて、雨の音とそういう気持ちが重なって、校長の訓辞が身にしみて聞こえていた。
4人は卒業証書を貰う時などは涙が出るということはなかったが、特に寺田は胸に熱いものが込み上げてきて、頭がクラクラして、校長から大丈夫かと声を掛けられる程だった。黒木はそんな寺田を見て、可笑しく思いながらも、密かに共感する思いだった。
佐良と木良はそんな2人には気づかなかったけれども、これからのことに思いを馳せ、不安と期待が入り交じる気持ちでいた。
卒業式が終了して、皆体育館を出ようとしている時、寺田と黒木が鉢合わせをしてしまった。
黒木は言う。
「寺田、校長から何か言われなかったか」
「うん。恥ずかしいんだが、卒業証書を貰う時、頭がクラクラしてしまって、倒れそうになってしまったんだ」
「そうだったのか。俺の知らない所で、何かしでかしていたんじゃないかと見ていて、思ったよ」
「そんな訳あるはずないだろ。俺は今までの高校生活を思い出して、ジーンと来ていたんだ」
黒木は言う。
「俺の隣の人がそんな寺田を見て、クスクス笑っていたよ」
「誰だ、そいつは?」
「寺田の知らない人だよ」
「探し出して、凝らしめないといけない」
「はい、はい」
皆教室へ向かっていて、2人だけ取り残されたような形になったので、慌てて、2人は皆の後を追って、教室へ向かった。

卒業式から1週間後、4人はファミレスに集合して、食事をしながら、将来のことについて、相談していた。
店内はガヤガヤとしていて、騒々しい。家族連れやカップルや若者が連れだって、屯している。
木良れのんは言う。
「俺達めでたく4人共大手企業に採用されたんだが、これからどうなると思う?」
佐良はすかさず言う。
「どうなるも何も、頑張るしかないじゃない」
寺田は言う。
「俺ちょっと不安なんだ。勉強もスポーツも出来る方じゃなかったし、人付き合いもそんなに上手い訳でもないし」
木良は言う。
「俺は自分がすごく不安なんだ。高校時代も一度クラスメートと喧嘩になって、迷惑を掛けたことがあったじゃないか。それが社会に出てからも、迷惑を掛けることがあるんじゃないかと。ほら、俺世間知らずだろ、だからさ」
黒木もここぞとばかりに気持ちを打ち明ける。
「俺は正直これからのことを考えると、夜も眠れなくなる。元々プレッシャーに弱い体質だから、不安に押し潰されそうなんだ」
佐良が頷きながら、言う。
「それは仕方ないよ。あたし達も世間知らずだし、失敗もするかもしれない」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

4人は入社式が終了してから、かねてからの打ち合わせ通り、密に連絡を取り合って、相談しながら、会社での人間関係やら、仕事などを進めていた。
高卒で新入社員ということと、年齢が18歳ということがあって、思っていたより、事が簡単に運んだので、彼らは拍子抜けする程だったが、気がかりな点はいくつかあり、不安材料だったが、4人は重要視していなかった。
そのうち彼らは憂さ晴らしに、飲み会を重ねるようになり、派手な服も着込んで、街中に繰り出して、大手企業という肩書きを皆に見せびらかすように、通りを闊歩しながら、休日を謳歌していた。
しかしそれは長く続かなかった。
ある飲み会の日、いつものように4人は賑わいながら、友人達の噂やら、出来事などを肴に、ワイワイ、ガヤガヤ、しゃべっていた。
宴が酣になってきた頃、前々から隣の席で6人の男達が騒々しくしていたのは気がかりだったが、肉体労働者らしい服装で、そういう人達なんだということと、居酒屋のことなので、あまり気に留めていなかった。
ところがしばらくしてから、6人の男達のうちの1人が彼らに話しかけてきた。
「こんばんは。楽しんでますか」
えらく陽気に話しかけてくる。リーダー格らしく、他の男達は何も言わず、固唾を飲んで、見守っている。寺田達は一瞬驚いたが、振り向きもせず、話し続けた。
その男は構わずに言う。
「そんなに冷たい態度取らないで、俺達と一緒に飲みませんか。男6人でむさ苦しいんですけど」
6人の男達のうちの1人が止めに入ろうとするが、別の男が、慌てて、制止する。
寺田が言う。
「失礼じゃないですか。俺達は俺達で飲んでるんですから。この店の店長を呼びますよ」
木良は言う。
「なんだ、お前らは?なんで俺達がお前らと飲まなくちゃならないんだ。冗談も程々にしてくれ」
その男は一向に気に掛けるようでもない態度で、涼しい表情をしていたが、しばらくしてから、生ビールのジョッキを手に持つと、寺田達のテーブルに生ビールをこぼした。
「何をするんだ」
寺田が思わず叫んだ後、木良も遅れながらも、立腹して、言った。
「何なんだ、お前は。俺達に何がしたいんだ」
黒木と佐良は男を不審な表情をしながら、睨み付け、テーブルから離れて、席を立ち上がった。
「ああ、ごめんなさい。わざとじゃないんだ」
「おーい、誰か来てくれ!」
寺田は店員に向かって叫ぶ。しばらくして、店員が怪訝な表情でやって来た。
「どうしました?」
寺田は男を指差して、言う。
「この人が突然話しかけて来たと思ったら、自分達のテーブルにビールをこぼしたんです」
店員は男に向き直って言う。
「本当にそんなことしたんですか」
「………」
男は口を開かなかった。店員は、
「お客様、ここを動かないでください」
と言って、奥へ走っていったかと思うと、店長を連れて戻って来た。店員は状況を店長に耳打ちして、後ろに下がった。店長は男に向き直って言う。
「あなた、この状況をどうするつもりですか?」
「すいません。酔っぱらっていたものですから」
「謝って済む問題じゃないですよ」
「すいませんでした」
「警察を呼びます。ここを動かないでください」
店長は寺田達と6人の男達に向き直って言う。
「あなた達もここで待っていてください」
しばらくして警察がやって来て、寺田達は事情を聞かれたが、起こったことをありのまま話して、解放された。木良は最後まで男に対して、不平を言い続け、寺田達が店を後にする時、木良は大きな音を出して、ドアを閉めるのを忘れなかった。男はそれには気にも留めない表情で、佐良はそれを見ながら、あの男誰なんだろうと不審に思わずにはいられなかった。そして男はまだ警察に事情を聞かれていた。

翌日寺田は会社に出勤すると、昨日のことが会社にばれていないかと肝を冷やしたが、普段通り、挨拶して、挨拶されて、それがばれている様子はないので、安堵して、仕事を開始した。何事もなく、今日は仕事が終わり、佐良に連絡してみると、彼女も寺田と同じような不安を抱いて、出社したのだが、いつも通りの日で何事もなかったと言い、彼女は木良、黒木に連絡したようだが、彼らも何事もなかったと言われたようである。
「昨日はびっくりしたよ」
寺田は言う。
「あたしも」
と佐良は応じる。
「あいつ誰だったんだろうね」
「知らない」
「あいつ、俺達の事、何か知ってるんだろうか」
「そんなことないと思うよ。酔っぱらいだよ」
「そうかな、そうだといいけど」
「あの人ずっと涼しい表情していたね」
「自分がいけないことをしているという自覚がない」
「でもリーダーみたいだったけど、他の人にあまりよく思われていないみたいだった。1人が止めようとしたけど、もう1人が制止していたから」
「えっ、そんなことあったの?」
「うん」

それから1ヶ月程経った、ある日、寺田達はファミレスで食事する約束をしていて、寺田、佐良、黒木はもう店に到着していて、テーブルについていたが、木良は定刻になっても来ていなかった。
店内は今日も混雑していて、3人は喋っていたが、周りの声に掻き消されて、話し声が聞こえないでいた。
「あいつ遅いな」
「まあ、いつものことだから」
「それにしても今日は遅すぎないか」
と皆時計を気に掛けていた時、木良が到着した。隣には何故か女の人がいて、一緒にこちらに歩いてくる。美人という程ではないが、身なりがきちんとしていて、高貴な雰囲気を漂わせている。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」
「それはいいんだが………、こちらは?」
「彼女はS会社の合田さんだ」
彼女は澄ましていて、無愛想だが、挨拶した。
「はじめまして」
寺田と黒木は慌てて、挨拶した。
「こんにちは」
「こんにちは」
佐良は言う。
「座ったら?」
すると木良が言う。
「ごめん、今日は彼女と急にデートすることになっちゃって、電話だけでキャンセルするのは気が引けたので、直接来て、話すことにしたんだ」
「それはいいよ。俺達が食事するのはいつものことなんだから、気にせずに、彼女とデートすればいいよ」
寺田はすかさず言うと、黒木も応じた。
「俺達のことはいいから、楽しんでこいよ」
木良は笑みをこぼして、
「ありがとう。じゃあ、今日はこれで失礼するよ」
「うん」
木良は手を振りながら、店を後にしていったので、その時3人も一緒になって、笑顔を送りながら、手を振っていった。
彼女はまだ澄ましていて、不機嫌な表情のまま、笑みを少しこぼして、店を後にしていった。
「木良の奴、いつの間に彼女とか作ったんだろうか」
寺田が言うと、黒木は、
「俺は全然知らなかったよ」
と言った。寺田と黒木は自然と佐良に視線を送ると、佐良は、
「あたしは知ってた」
と言った。寺田は言う。
「いつからそうなってたの?」
「2週間ぐらい前かな、急に木良君から電話があって、俺、彼女出来たからと言って来たんだ」
佐良はそうこぼす。黒木は興味深そうに、聞いてくる。
「後は彼女について、何か聞いていないか」
「何でも彼女は一流企業に勤めているらしいよ。その他の事はいくら聞いても教えてくれなかった」
「そうか」
黒木は感慨深そうに、溜め息をついた。
佐良は悪戯したくなって、
「黒木君、残念そうじゃない」
と言った。
「そんなことはないが、ちょっと羨ましくてね」
「黒木君も気づいていないだけで、そういう人がいるかもしれないよ」
寺田は言う。
「俺達の間に、彼女が出来たというのは、嬉しいのは山々なんだが、何か、こう、しっくりこないなぁ~」
黒木も頷く。
「そうだな」

その後黒木は年配の会社の同僚と仲良くなり、お互いの事を色々話すようになった。ある時その同僚の、こぼした言葉に反応した。
「黒木君、何か社長と繋がりでもあるのか」
「えっ、どうしてですか?」
「俺もちらっと聞いただけだが、社長が黒木君のことについて、ある同僚が聞かれたと言っていたから」
「ええ~、自分は何も失敗なんかしてませんよ」
「詳しくは知らないんだけど、知り合いとか、そういうのじゃないかな」
「社長とですか?全然ピンと来ないですね」
「そうか、俺もちょっと聞いただけだから」
「会社に入社する前、何かしでかすんじゃないかと不安だったんですけど、的中したのかな」
「そんなんじゃないと思うよ。多分朗報だよ」
「そうだといいんですけど……」
その日の夜、黒木は不安になって、両親に何気に同僚との話をすると、父親が言う。
「実はお前の会社の社長は俺の同級生なんだ」
「えっ、そんなこと一言も言ってなかったじゃないか」
「気づいてはいたんだが、彼とは、学生時代は一緒だったんだが、社会に出てからは、全然交流がなくなっなていて、噂では聞いていたんだが、今度お前がその会社に入社すると聞いて、考えたんだが、やはり何も言わないで、黙って、そのままにしていようと思ったんだ」
「そうだったの」
「そうか、まだ覚えているのかな?」
「詳しくは知らないんだけど」
「心配するな。彼とは別に仲違いした訳じゃないから、悪いようにはしないはずた。安心しろ」
「だといいんだけど」
黒木があまりにも心配そうな顔をしているので、父が言う。
「俺を信じろ」
「そんなこと出来ないよ」
黒木は何気に言ったつもりだったが、父親はキツかった。
ある休みの日、黒木が外出先から帰宅すると、父親が待っていて、当惑の表情を浮かべている。母親も傍らで、不安な面持ちで、息子の帰宅を待ち焦がれていた様子である。
「ただいま」
と黒木が言うと、父親が言う。
「太郎、社長が来たぞ」
「えっ、なんで?」
「俺のこと覚えていたらしい。新入社員に黒木の名前があるので、びっくりして調べると、黒木さんの息子ということがわかったから、住所を調べて、久しぶりに黒木さんに会いたくなって来たと言っていた」
「ええ~、社長が………。父さん何話したの?」
「俺も突然だったものだから、あまり対応出来なくて、相変わらずですねと言われた」
「やっぱり」
「やっぱりとは何だ。でも社長、俺が息子のこと宜しくお願いしますと言ったら、喜んで承諾してくれて、これからは色々目を掛けておきますと言ってくれたぞ」
「ええ~、それは喜んでいいのかどうか」
「喜ぶべきことじゃないか」
「そうなんだけど………」

黒木、木良の事と並行して、寺田の身にも出来事が降りかかってきた。寺田は会社に入社する前に自宅にネットを開通させていて、折に触れて、ネットで遊ぶようになっていた。出会い系サイトは危険だと思っていたので、友達検索みたいな事をしていたら、寺田も充分理解していないままに、ある青年とネットの交流をすることになり、当惑しながらも、その青年との交流が始まった。
しかしその青年というのが、自分は芸能人の端くれだと自称していて、寺田はその事をどう処理していいのか、困惑しながらも、メールでのやり取りが続いた。
しばらく交流を続けていくうちに、その青年は芸能活動みたいな事を延々とメールで書き送って来ていたが、段々それが根拠のない出鱈目だったり、それらしきものを誇張したりして、自分の日常生活を嘘のものに塗り替えていたのが理解出来てきて、寺田は馬鹿らしくなってきながらも、溜め息交じりに、苦笑いをこぼさざるを得なかった。
寺田は一度その青年に悪戯してみたくなって、直接会う事を打診すると、青年は拒絶して、自分はネットの仮想空間を堪能していて、それを現実のものにしようとは思わないと返事され、寺田はその考えが理解出来なかった。

佐良の身には不幸な出来事が起こった。彼女は他の3人を見て、羨ましく思いながらも、自分にはそんな余裕はなく、生活に対する不安の方が大きかったが、それが的中して、父親が突然死した。
佐良は最初何が起きたのか、理解出来ず、唖然としながら、父親が倒れて、救急車で病院に搬送されて、手術して、死亡するまで、固唾を飲んで、見守るしかなかった。
その後通夜、葬式が粛々と行われ、最近まであんなに元気な姿を見せていたのに、死亡して、葬式が終了するまでの間はあまりにも呆気ないので、佐良は茫然とするしかなかった。
他の3人が小まめに連絡をくれたので、幾分かは安心して、その点は助けられた。
その後普段の生活に戻り、会社勤めを再開したが、あまり元気が出ず、ブルーな生活を送っていると、寺田が気を利かしたのか、寺田が今交流を続けている青年の話をしてくれて、それを面白可笑しく話すので、心が大いに安らぎ、段々心の隙間が埋められるようだった。

そんなある日木良が交通事故を起こした。信号のない交差点で、木良の視界の及ばない脇道から車が突進してきて、木良の車と衝突してしまった。木良は一瞬訳が分からず、茫然となったが、我に返って、相手の車に近づくと、相手も車から降りてきた。木良は相手の顔を認めると、のけ反る程驚いた。相手は以前に居酒屋で狼藉を働いてきた人物で、信じられない思いで、相手を伺った。
木良は思わず叫んだ。
「あなたは………」
相手は驚いているものの、涼しい表情をしているとしか見えなかった。居酒屋の時と同様、事故を起こしているにも拘わらず、詫びれる様子は全く見受けられなかった。
「すいません。いつの間にか脇見をしていたみたいで、気づいたら、衝突していました」
木良は何も言葉が出てこないものの、精一杯表情を動かして、男を睨むのを忘れなかった。しばらくしてから、何とか言葉が出てきて、
「とにかく警察に電話します」
と言った。
相手は素知らぬ風を装っているが、別段木良の顔を見ても驚く風でもない。2人は車を脇に停めて、警察の到着を待った。
その間何台も車が通り過ぎていったが、何人もの人が珍しそうに見ていき、木良は不愉快で仕方なかった。
そして警察官が来て、事後処理を行った。木良は起こった事をありのままに話して、解放されたが、相手は内容までは聞こえないが、警察官と押し問答をして、話が長引いている。
そのうち男の声が聞こえてきて、警察官に何とか自分の正当性を訴えようと躍起になっているのがわかり、木良は段々男に対して不快の念が増していった。
結局事後処理が終わり、警察官が2人にこれからはくれぐれも気をつけるようにと釘を差して、木良も解放された。

木良は今日が休日でよかったとそれには安堵して、とりあえず他の3人に連絡して、状況を話すことにした。最初佐良に電話した。
「今日事故ってしまったよ」
「えっ、事故?ひどいの?」
「たいしたことはないんだが、事故の相手がね」
「相手?」
「うん、実はこの前居酒屋で絡んできた男だったんだ」
「えっ、なんで?」
「俺も知らないよ。顔を見て驚いたよ」
「それはびっくりしたでしょうね」
「うん」
「あの男、どんな表情をしていた?」
「全然気にしていないみたいで、ずっと涼しい表情をしていたよ」
「なんかムカつくね」
「うん」
次に寺田に電話してみると、
「えっ、あいつが……」
「うん、何かあるんだろうか?」
「あいつ、お前の事、嗅ぎ回っているんじゃないか。ストーカーだったりして」
「そんなに脅かすなよ」
「事故の時は他にも何人かいたが、事故の時は他に誰かいたのか?」
「他にはいなかったようだ」
「お前何故そいつに何も言わなかったんだ」
「びっくりして言葉が出てこなかったんだ」
「それじゃ駄目だぞ。だからありもしないことをほじくられるんだ」
「そう簡単に言うけど………」
「居酒屋の時は大層文句を吹っ掛けていたじゃないか」
「あの時は皆がいたから」
「今度は事故だからな。何も言わない方がいいのかもしれない。仕方ないか」
次に黒木に電話してみた。
「木良か、久しぶり」
「おう」
「実は事故ったんだ」
「えっ、いつ?」
「今日」
「怪我とかはなかったの?」
「うん、俺も怪我はなかったし、相手も怪我はなかった」
「それじゃよかった。じゃあ、話はもう済んだんだろ」
「済んだのは済んだんだけど、相手がちょっとね」
「もしかしてヤンキーとか?」
「まさか、実はこの前居酒屋で絡んできた男だった」
「えっ、あいつ、なんで?」
「俺も知らないよ」
「それは……、木良、気をつけろよ」
「黒木もこれは何かあると思うか」
「わからないけど、気をつけるには越したことはない」
「何か対策とか、した方がいいと思うか?」
「うーん、警察にはちゃんと処理してもらったからな」
「そうだな」
「もう一度警察に連絡してみるのはどうだ?」
「でも何て言う?」
「………」

それから4人は日常生活に戻り、このまま何もないように思われたが、居酒屋で絡んできた男の影が見え隠れしてきた。
まず黒木の前に姿を現した。
ある日黒木が街角をぼんやり散策していると、向こうから男がくわえ煙草をしながら、歩いてくる。無礼な奴だと思って、目を細めていると、段々男の輪郭がはっきりしてきて、黒木は最初は何処かで見覚えのある顔だなと伺っていると、居酒屋で絡んできた男だとわかって、なんでこんな所を、しかも俺の近くにいるんだろうと言いようのない不安を覚えた。
「こんにちは」
男は黒木に対して、長年の友人であるかのように挨拶してきたので、黒木は男に対して、居酒屋の件、事故の件を想像して、胸苦しさを感じてきた。
「お前は誰だ?」
黒木は思わず、そう叫んでいた。
しかし男は何事もなかったように、涼しい表情をしながら、通り過ぎていった。
黒木はぶつけようのない怒りを覚えたが、どうすることも出来ずに、ただ空を見上げるしかなかった。
しかし生来の不安体質のため、気持ちが治まらずに、煙草を取り出して、一服した後、腹立ち紛れに、電信柱を蹴りあげた。
自宅に戻ると、木良に電話した。
「もしもし」
「黒木だ」
「どうした?」
「実はあの男に会った」
「居酒屋の男か?」
「うん。俺が街角を散策していると、あいつが向こうから歩いて来て、挨拶したかと思うと、すぐに通り過ぎていった」
「何故黒木の前に姿を現すんだ。しかもどうやって黒木の場所を特定したんだ」
「それはわからない。あいつの顔を思い出すと、不気味になってきたよ」
「俺と事故ったのは偶然と思っていたが、もしかするとどうやったのかはわからないが、わざと俺の車に衝突してきたのかもしれない」
「でもそれはあり得ないだろ」
「そうなんだが……」
「一体あの男は誰なんだ?木良、何か心当たりあるか?」
「いや、ない」
「………」
「この前連れてきた女性が何かあるのかもしれない」
「えっ、そういえば彼女とはあれから進展はあったのか」
「あれから2、3回デートしたんだが、それからは連絡が取れない」
「何か怪しいな」
「うん」
「………」
「………」

次は寺田の前に姿を現した。寺田は例のネット青年と実際に会って遊ぶようになっていて、最初は頑なに拒んでいたのが、徐々に態度が軟化してきて、まずスマホの番号を交換して、通話するようになり、しばらくすると待ち合わせをして、喫茶店でコーヒーを飲むようになっていた。
ネット青年は実際に会ってみると、意外に気さくな人で、喫茶店で長い時間楽しむ事が出来た。でも話を聞いてみると、自分は人見知りが激しくて、仲良く出来るような人は限られてしまうということだった。
そこに理由はわからないが、あの男が割り込んできて、侵入してきた。
まずネット青年が仲間に加えたい人がいるから、寺田君も一緒に会ってくれないかと言い出したことから始まった。
寺田はもちろん喜んで承諾したものの、内心不審に思っていた。
その当日ネット青年が連れてきた男を見ると、不安が的中して、居酒屋での、あの男だった。
寺田はもちろん不安が的中したとは言うものの、最初はあの男が来るとは思わず、不審に思っていたのは、あまり良くない男が来るとだけ、想像していたのだが、姿を現したのは、あの男だった。
ネット青年にその事を言わねばと思い、頃合いを伺っていると、男は寺田には見向きもせず、スタスタとネット青年の許へ駆けていき、喫茶店へ行く算段を取り付けた。
店に到着して、席を確保すると、3人は向かい合った。
寺田は何か言わねばと思い、身構えていると、気勢を削がれて、男はネット青年にずっと話しかけていて、寺田に対して見向きもせず、ネット青年も男が話しかけてくるので、その会話に夢中になり、寺田に構うことを全然しなくなっていた。
寺田は置いてきぼりを喰らわされたような気分になり、塞ぎこんでいると、突然男はこれから別の用事があり、行かねばならないと言って、席を立つと、そのまま姿を消した。
ネット青年はあまりにも突然のことだったので、茫然としていた。
「彼は何処に言ったの?」
寺田はネット青年に話し掛ける。
「よくわからない。最初は会話が弾んでいて、楽しかったけど、段々自分は誰かと友達になる資格はない、みたいなことを言い出して、最後は自分は用事があるからと帰ってしまったんだ」
「彼とはどういう知り合いなの?」
「ネットで知り合ったんだけど」
「初めて彼とは会ったの?」
「うん」
「………」
ネット青年は我に返って、
「寺田君、あの人に気に触るようなこと言ったんじゃないの」
「えっ、そんなことあるはずないじゃないか。君達ずっと2人で喋っていたじゃないか。俺は置いてきぼりにされて、不愉快だったんだ」
「ごめん」
「それにネットで知り合った人なんてそんなものだよ」
「せっかくまた友達が出来たと思っていたのに」
ネット青年はかなり落胆している。
「そんなに落ち込まないでいいよ。なんなら俺が見つけて来て、良さそうな人を連れてくるよ」
「そう簡単に出来ないよ」
「そりゃそうだけど………」
ネット青年は肩を落として、帰って行った。
寺田は自宅に戻ると、すぐに木良に電話した。
「もしもし」
「あの男が姿を現した」
「何処に?」
「自分の友達が連れてきたんだ」
「えっ、どうして?」
「何でもネットで知り合ったらしい」
「ええ~、実は黒木の所にも姿を現したらしい」
「えっ、いつ?」
「昨日電話が掛かってきて、そう言っていた」
「何故あの男は俺達の前に姿を現すんだ。しかもどうやって俺達の行動を把握しているんだ」
「わからない。謎だ」
「どうすればいいんだろう?」
「………」

木良は考え込んでいると、そう言えば、佐良からはなんの連絡もないことに思い至り、佐良に電話してみた。
「もしもし」
「佐良の所に、居酒屋で絡んできた男が来なかったか?」
「あたしの所には来てないよ」
「そうか」
「何かつけられてるみたいね。黒木君と寺田君から電話があった」
「うん。どうしてかはわからないんだけど」
「そう言えば、事故の事で、何か保険会社から連絡はあった?」
「手続きのことについては連絡はしたよ。それ以外のことについては何も言って来ないよ」
「1回事故の相手が友達の所に来るんだけど、何かあるんでしょうかと言ってみれば」
「そうねぇ~」
木良はその意見に納得して、早速保険会社に連絡してみた。
事故の担当者に繋がったが、木良の言うことは一蹴されて、証拠もないのに、そんなこと言うと、訴えられますよと言われて、木良は愕然として、ぶつけようのない怒りを覚えたが、思わず、相手に直接電話させてくださいと言ってみると、それも一蹴されて、あまり変なことばかり言うと、自分の立場を悪くするだけですよと言われて、どうすることも出来なかった。

しばらくすると突然事故の相手から連絡があり、色々と難癖をつけてきた。自分は相手に連絡出来ないのに、どうして相手は自分に連絡出来るんだと担当者に内心怒りを覚えたが、そんなことを考えても、どうしようもなく、仕方なく、自分も相手に難癖をつけて、応戦したが、すぐに電話を切られてしまった。
すぐに保険会社に連絡してみると、担当者が出てきたのはいいものの、口を濁すだけで、態度を明かにせず、うやむやにするだけだった。
かなり時間が経過してから、保険会社から支払いの明細書が来たので、目を通してみると、金額が明示されていて、機械的に処理されている。不満が募る一方だが、明細書は冷然と結果を現している。
夜、保険会社から連絡があり、支払いは完了しましたと冷たく報告された。木良は言う。
「相手は何か言ってましたか?」
「最初自分は全然悪くないと言ってたんですが、私がちゃんと事故の状況やらは保険についての規則などを説明すると、わかってくれましたよ」
「あの男はそういう奴じゃない」
「あなたはまだそんなこと言ってるんですか。いい加減わかってくれてもいいんじゃないですか」
「そんなこと言いますけど、この前は直接自分に連絡をしてきて、難癖をつけてきたんですよ」
「それは自分の正当性を訴えたかったんでしょう」
「自分もそうしたいですよ」
「あまり我が儘を言わないでください」
「………」
「これからはちゃんと気をつけて運転してください」
と電話は切られた。
それ以降寺田も黒木もあの男の姿を見ることはなくなったと言い、木良も何の音沙汰もないと言い、状況は決着したかに見えた。
寺田と黒木はもう何の不安も抱かなかったが、木良は情緒不安定みたいになり、それでも負けてなるものかと強い決意をして、生活していると、ストレスは溜まるものの、その分元気も出てきて、なんやかんやで日常生活を送っていた。
それから偶然ひょんなことから、木良の知り合いで、詐欺紛いの被害にあったという人がいるという話を聞いて、それを段々聞いているうちに、木良はとりあえず尋ねてみた。
「その詐欺を働いた奴の名前は?」
「伊木だけど、それが何か?」
それがあの男の名前だった。
木良は胸くそが悪くなり、話を切り上げて、その場を後にした。
4人は伊木との件が終わってから、今まで通り会社勤めを続けて、しばらくそうしていると、段々軌道に乗ってきて、社会人らしくなってきた。

誰かが………。

誰かが………。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted