空虚な夢
脳みそに延滞していた何か。
夢の中の君は主役の君
眼前には、どこまでも続く灰色の空があった。体を起こすと、びっしょりと濡れていて、体に注ぐ雨も染み込まないぐらいぐしょぐしょに濡れていた。
そこは冷たい雨に降られた薄暗い駐車場。
奥には簡易的なコンビニエンスストアがあり、周辺には飛行場があって、何人かの空港作業員が作業をしていた。近くには荷物を積んだ20tトラックが数題待ちぼうけしている。長いことそういうふうに使われてきたんだろう。アスファルトの地面が少し凹んでいて、そこに大きな水たまりができている。
どうしてこんなところで目覚めてしまったんだろう。こんなところで寝た覚えは全くない。
とりあえずコンビニの中に入ってみようとしてみたが、自動ドアが壊れているのか、反応してくれない。そこにトラックの運転手が通りかかる。するとドアは開いた。それに続いて中に入って、おにぎりと飲み物を持ってレジに置いた。しかし店員は反応してくれない。
「あの…」
声をかけても無反応だ。そこにさっきの運転手が弁当を持ってきた。すると店員は愛想よく弁当を手に取り「温めますか?」と男に聞いた。なるほど。この世界では、僕の存在が認識されていないらしい。
運転手に続いてさっきと同じように外に出ると、雨が激しさを増していた。入口の傘立てに、透明のビニール傘があった。ひとまず借りるだけだと自分に言い聞かせて、傘を差した。ボツボツと傘を叩く雨の音が妙に懐かしく感じた。
飛行場付近に歩いていくと、スポット内に立ち入るためのゲートがあった。数人の警備員がいたが、僕の存在はその人たちにも認識されてないようで、すんなりと飛び越えることができた。
スポットというのは航空機が止まって、貨物の入ったパレットや、コンテナを搭載したり、積み降ろしたりするところだ。ここは一般の人が立ち入れることはまずない。ランパスという空港職員の証であるICチップを組み込まれたカードを持ってないと入れないからだ。
スポット内ではTT車がパレットドーリーを引いていたり、警備会社の専用車が通ったりと、忙しそうだった。そこを僕は歩く。
しばらく歩くと、貨物上家についた。そこには僕とおんなじように透明のビニール傘を差した女の子がいた。女の子はじっと上家を見つめて動かない。上家の中ではかなりの人数が動いていて、コンテナに貨物を積み込んだり、パレットの上に組んだりしていた。
「あの」
何故か声をかけた。聞こえるはずもないのに。
「何を見てるんですか」
どうせ周囲の人には聞こえないんだからと、少し声を張った。すると、女の子がゆっくりと振り返った。
「…あなたは誰?」驚いた顔で聞いてきた。「あなた…私が見えるの?」
「うん。見えるよ」僕は頷いた。「君も僕と同じか」
「どういうこと?」
「気がついたらここにいた。誰にも自分の存在は認識されない。その傘はコンビニからパクってきた。だろ?」
「…」女の子はゆっくりと頷いた。
「僕も全く同じだよ。気が付いたらここにいたんだ。そして何かに導かれるようにここに来た」
よく見るとこの女の子には見覚えがあった。名前までは思い出せないが、身近な存在だった気がする。
「あなた名前は?」
「わからない。君は?」
女の子は首を振る。
「そっか」
そこまでで、僕と彼女の距離が少し短くなった。お互いに一歩踏み出したらしい。
「なるほど。どうやら自分の意志で体を動かせてるわけじゃないみたいだね」
「そうみたいだね」
そして僕たちは、二人で上家の中に進んでいった。
中に入ると、傘がぼろぼろになって消えた。ここでは必要ないようだ。
「あ、みて」女の子が指をさす。「私だ」
確かにそこには彼女そっくりの女の子がいた。作業着を着て、髪を後ろで束ねてせっせと働いていた。そこで体に自由が戻った気がした。
「ほんとだ…。でも見てよ。世界に絶望したような顔をしてる」僕は彼女の顔を見比べながら言った。「今の君とは大違いだ」
「そうね」
女の子はじっとその様子を見ていた。自分が子供の頃に撮られたホームビデオでも見るみたいに。数秒後、涙が頬をつたった。
「どうしたの?」
思わず声をかけた。
「なんか笑えちゃってね。笑おうとしたら代わりにこれが出てきた感じかな」
泣きながらも女の子はいたって冷静だった。
「私ね、絵描きになるのが夢だったんだ。今風に言えば漫画家かな。でも夢を諦めて…違うな、追うまでもなくここに来た」
「どうして?」
「だってそんな夢叶わないし、叶ったとしてもお金にならないから」ポロポロと流れ出る涙を拭きながら言った。「それじゃ、食べていけないから。人生お金が全てだから」
そして涙も止まった。
「そうは思わない?」
問が投げかけられたが、僕は答えなれない。それに対する最適解がないから。それは肯定も否定もできない。個人の価値観だ。
「僕には答えられない」
「なんで」
「答えを知らないから」
「違う」
強い口調で遮られた。
「違わない」
「あなたはそれを否定したい人だ」
「知らない。僕には何も言えない」
頭を抱える。
「今の私だから言える。逃げた先に行き着いた地獄を知ってるから」気が付けば目の前に彼女はいた「諦めんな。夢は叶えるためにある。金になるまで必死に努力するべきだ。楽しいことに全てをぶつける人生にすべきだ。あなたは、そう言う。だってあなたも私も、主人公だから」
周りの景色がグシャグシャになり、黒になった。頭を抱えたまま、僕は口を開く。
「…そうだよ。僕たち人間は逃げのスペシャリスト達さ。最も最適な答えが妥協だと勘違いしているんだ。志望校に落ちても、すべり止めに行ければいいや。どんなに頑張っても無理だから、平均的な学力で、適当に就職して、15万くらい貰えればいいや。そうして楽な選択肢を選び過ぎた結果僕たちは…」
『灰色の大人子供になった』
二人は声を合わせていった。
景色はまた灰色の駐車場に戻る。
「今日はありがとう。いい話ができたよ。主人公さん」
「こちらこそ。またどこかの心の世界で会いましょう。私たちの叶わなかった未来で」
空虚な夢
ぼんやりと書けた気がします。これで合ってるんだと思います。