あおぞら
明日は休み。だから今夜は夜更かしを決めた。
だって、ずっとみたかった映画がたまっていたから、今夜こそ絶対みよう!と決め、ソファーにすわる。ソファーの前に小さなテーブルがあり、そこにお気に入りのワイングラスを置いた。グラスの中に赤いワインを注ぐ。いい香りが広がる。
映画は少年たちの物語だ。
夏休みの物語。映像の中からいい風が吹いてきそうな景色がテレビの画面にひろがっている。どこかなつかしさを覚える風景だ。
私が住んでいた所もこんな片田舎だった。何もなくて、あるのは私の家族の住む家と、友達たちの家、みんなの集まる公園、神社、ザリガニをつかまえる小さな池、田んぼ、畑、バス停、山、みんながしってる秘密基地、小さな駄菓子屋さん、あの場所には知らない人も、場所もなかったっけ…。
何もなかったけど、毎日走り回って遊んでいた。春も夏も秋も冬も。
「三人とも起きなさーい!」
朝の六時半すぎ、お母さんの声が響き、私と弟二人はたたきおこされる。
急いで歯を磨いて、顔を洗って、近所の公園に全力で走る。
公園につくと、もう、みんなが集まっている。
そう、今日から待ちに待った、夏休みの始まりなのだ。
私の住む町内では、夏休みの間、毎日朝の七時からラジオ体操がはじまる。
参加すると、カードにスタンプを押してくれる。
夏休みは特別な時間だ。朝起きることも楽しい。
程よくからだを動かして、一日がはじまっていく。
家に帰ると、夏休みの特別番組のアニメが放送される時間になる。これも特別な夏休みの一部だ。見おわると朝ごはんの時間。
ごはんを食べ終わり、また公園に行く。ここぞとばかりになきわめく蝉の声もジリジリと照りつけるような、眩暈のするほどの暑さも関係ない。
特に遊ぶ約束をしているわけもなく、だけど、みんな公園にあつまって、いつの間にか遊びがはじまっていく。
そう、夏休みは夢のような日々。
「ねぇ、なにしてあそぶー?」
誰となくいいだす。
「鬼ごっこ」
「かくれんぼ」
「陣取り」
口々に案がでる。いつのまにか公園にいたみんなが参加する。年齢も関係ない。男の子も女の子も、みんなが一緒にあそぶ。
今日は陣取りゲームにきまった。鬼をきめ、陣地を決める。そこに鬼が捕まえた人を連れて行く。つかまってない仲間は陣地にはいって捕まったひとを助け出す遊びだ。
みんな必死で走りまわる。木に登って隠れていたり、茂みに隠れていたり、時には変装したり、とにかく全力で遊ぶ。
勝ち負けが決まる頃、正午を知らせるサイレンが鳴り響く。山仕事のひと、畑仕事をしている人たち、みんな食事の準備にはいる。
建設現場のおじさん達に時々スイカをもらったりする。家で食べるよりも、格段においしく感じてしまうのも不思議だ。そして、それぞれの家にごはんを食べにかえり、また遊びだす。力の限りを使って遊んでいた。毎日、毎日、遊んでいても、飽きることはない。遊ぶことも山のようにある。
時々、ケンカになったりもある。すると、なぜか男女に分かれて、作戦をたてる。作戦がたつ頃には、ケンカしたことなんて忘れて、また、遊びになっている。
遊ぶこと、楽しむことのできない場所なんてなかった。
それから、時間は過ぎて、いつの間にか三十五歳になっている。
今は、私もみんな仕事に育児に家庭に必死だ。当たり前といえば、あたりまえだけど。
そんな事思いながら映画をみていたら、携帯がブルブルと震えだした。美樹からだった。美樹とは幼馴染で、家族に近い存在だ。彼女が三年前に結婚してからは、頻繁には会えなくなったが、連絡はとっている。
映画をみている途中だったので、一瞬だけ躊躇したが、やっぱりでた。
「今いい?」
「いいよ。どうしたの?」
「あたしね、離婚しようか迷ってて…」
言葉を聞き間違えたのかと思ったがそうではなかった。酔ってるのだろうか、いつもと、声の感じがちがうし、舌ったらずはなしかただ。
「なんで急に?仲良かったじゃん。」
「なんかさー…すごく好きなんだけど、毎日ケンカばっかだし、すれ違いだし、一緒にいる意味あんのかなーって思うし。もう、なんかあたし、グチャグチャなの。」
美樹の声は今にも泣きだしそうな声だった。
なんて声をかければいいんだろう。結婚をしていない私には難しい問いかけだ。だけど、疲れているんだろうな。美樹は結婚しても仕事を続けている。勝気な性格だから、人に弱みを見せる事もないだろう。会社の部下達は、泣きだしそうな姿なんか想像できないと思う。世に言う中間職というやつだ。そりゃストレスも溜まるだろう。
「好きなのに離婚するの?」素朴な疑問を投げてみた。
「だって…」それ以上何も言わなかった。好きなのに離婚なんて変だ。
途中までみてた映画を思い出した。
何で大人になると、思いっきり遊ぶことをしなくなるのだろう。嫌なところはたくさん見えてくるのに。あんなに何でも、どんな場所でも楽しんでいた心はどこに消えるのだろう。子供だけに許された才能なんだろうか。
いや、ちがう。楽しむ事を怠けてるんではないだろうか。忙しい、面倒だ、そんな言葉を理由にして。歳を重ねるごとに腰が重くなる。いつでも遊べる体勢ではないのだろう。そのうち、世界は狭くなってしまうんだ。人の心も見れなくなるんじゃないか。
もっと、楽しもうよ。なんで、辛いこと選択すんの?心の中で呟いた。
「ねぇ、夏に連休とれる?」
「とれるけど、なんで?」
「幼馴染同士、水入らずで夏休みしよう。そんで、いっぱい遊ぼう。みんな集めて陣取りしよう!」
「やだ、なにそれ!この歳で?」
「いいじゃん。やろうよ。絶対楽しいって。子供に負けないくらい遊ぼう。」
美樹の声は少し元気になっていた。
青空の下を一緒に全力で遊ぼう。必死で楽しんで生きよう。そう心に決めた。
あおぞら