今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。 【スピンオフ】

今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。 【スピンオフ】

~ 君はオレの太陽だ ~

 
 
 
レトロな雰囲気の柄が描かれた赤とネイビーの袴姿の北高・生徒会長が、こそこそと
まるで逃げるように校舎の中を駆け回っている。
 
 
その手には卒業証書の入った賞状筒。

袴に合わせてハーフアップしてかんざしでまとめ、サイドから左右に少し垂らしている
長い黒髪が駆けるリズムに合わせて小さく踊る。
 
 
 
 『サツキ先輩ーーーー!!!』

 『最後に一言おねがいしまーーーーす!!!』

 『サツキ先輩の持ち物、なんか下さーーーーい!!!』
 
 
 
 
3月。 北高、卒業式。

生徒会長であり式では答辞の大役を務めあげたサツキは、集まって来た後輩から
もみくちゃにされながらも最初は丁寧に対応していたのだが、段々エスカレート
してゆくそれにお手上げとばかり、一瞬の隙に脱兎のごとく逃げ出していたのだった。
 
 
何処に隠れようか悩みながら、生徒会室がある本館校舎の廊下を慣れない草履で
耳障りな擦る足音を立てながら駆けていたサツキ。

すると突然、生徒会室のドアが開きそこから伸びた腕にぐっと引っ張られて
半ば強引に室内に引き摺りこまれた。
 
 
驚いて声も出ないサツキ。

尻餅をつくように後ろ向きに倒れ込むと、その腕を引いた人物が床に転倒するのを
防ぐかのように下敷きになって守った。
 
 
慌てて振り向くと、そこにはダイゴがニヤっと笑っていた。
『ダイ・・・』 声を上げかけたサツキに、ダイゴは口に人差し指を当てて『シッ!』
とポーズすると、静かに生徒会室のドアを閉めた。
 
 
 
 『わりぃ・・・。』
 
 
 
そう言って強引に腕を引っ張った事を謝ると、寄り掛かったままのサツキを起こしたダイゴ。
 
 
 
 『追っ掛けられてんの見えたからさ・・・。』 
 
 
 
そして、『灯台下暗し。 ココなら誰も来ねーんじゃねぇ?』 悪戯に笑った。
 
 
よろけた時に少し袴に付いた汚れを手の平で軽く払うと、サツキは不思議そうな顔を
してダイゴを見る。
 
 
 
 『2年は今日は学校休みでしょ・・・?

  どうしたの・・・? なんでココにいるのよ・・・。』
 
 
 
すると、後ろ手に隠していたそれをサツキに差し出し、なんだか困ってるような
照れてるようなしかめっ面でまっすぐ突きつける。
 
 
 
 『お、おめでとう・・・ 卒業・・・。』
 
 
 
それは、オレンジ色のガーベラが華やかなミニ花束。
カスミソウやアイビーのグリーンで明るくやさしい感じが漂っている。

生まれてはじめて女の子のために花束を買った。
花屋の店員に鬱陶しがられる程しつこく質問責めをして、やっと出来上がったそれ。
ダイゴの顔は真っ赤に染まり、照れくさ過ぎて目は潤んでいた。
 
 
 
 『・・・ぇ。 わざわざこの為に来てくれたの・・・?』
 
 
 
キョトンとした顔を向け、せわしなく瞬きをするサツキはそれをやさしく手に取ると
そっと顔に近付けて香りを嗅いだ。

そして目を細めて微笑むと、『ありがとう・・・。』 嬉しそうに口角を上げる。
 
 
『すっごいイイ匂いするよ、ほら!』 花束を持つ手をダイゴに差し出したサツキ。
 
 
ダイゴは、やわらかく微笑むその顔に瞬きもせず魅入っていた。
心臓が狂ったように猛スピードで打ち付けて、無意識のうちに息を止める。
 
 
 
 
 
  どきん どきん どきん どきん どきん ・・・
 
 
 
 
咄嗟にサツキの背中に少し震える汗ばんだ手をまわすと、その華奢な体をぐっと
引き寄せいきなりキスをした。
 
 
   ほんの一瞬触れただけの、臆病すぎるキス。
 
 
そして、唇を離すとそのままぎゅっと抱きしめる。
 
 
 
目を見開いてかたまったサツキ。
あまりに突然の、唐突の、予想外の出来事になにが起こったのか頭がついていかない。
 
 
サツキを抱きしめる腕に更に力を込めるダイゴは、頬も耳も首まで真っ赤になりながら
緊張しすぎて強張る喉から、震えながらか細い声をしぼり出す。
 
 
 
 『サツキ・・・

  俺。 ずっと・・・ もうずっと前から、好きだったんだ・・・
 
  
  サツキがウチに・・・

  マドカんとこに、はじめて遊びに来た中学ん時から、ずっと・・・
 
 
  サツキが北高行ったから、

  俺も・・・ むちゃくちゃ、死ぬほど勉強してココに来たし・・・
 
  
  サツキが野球部のマネージャーやってたから、

  俺も野球部入ったし・・・

  つか、俺・・・ 

  ずっとサッカーやってたから、野球全然ダメだったけど・・・
 
 
  ほんとは、大学も追っかけていきたいんだけど・・・。』
 
 
 
『女子大だから・・・ ねぇ?』 やっとサツキの喉から声が出た。
 
 
そして、静かにダイゴに抱きしめられている体を離す。

呆れ果てたように俯いて眉尻を下げ少し笑うと、サツキは照れくさそうに
細くて白い指先で前髪を引っ張り、ジリジリと熱くなっている顔を隠そうとした。
 
 
 
 『・・・まぁ、ダイゴの気持ちは、

  気が付かなかったといえば・・・ 嘘になる、けど・・・
 
 
  だって・・・

  中学の時から、いっつも振り返ればダイゴがこっち見てたし・・・

  ジュニアのサッカー教室まで通ってたのに、急に野球部に来るし・・・
 
   
  でも、別に、今までなんにも言ってこないから・・・

  そうなるとコッチとしても・・・ どうしようも、ないし・・・。』
 
 
 
ダイゴが真っ赤な顔でサツキの二の腕を掴み、詰め寄る。
オタオタと慌てふためきながら、言葉に詰まりながら。
 
 
 
 『俺・・・ じゃ、ダメ・・・?

  マドカの弟としてじゃなくて・・・ 

  出来れば・・・ 男として、見て・・・ ほしいん、だ、けど・・・。』
 
 
 
そのまっすぐ必死な眼差しに、サツキは思わず目を逸らしてしまう。

ダイゴの目の中にはサツキしか映っていない。
そのサツキは、自分が思っているよりもずっと頬が染まっていて直視出来ない。
 
 
 
 『別に・・・

  今までだって、

  ダイゴのこと嫌だって思ったことなんか無いよ・・・
 
 
  でも、

  なんか・・・ 

  ダイゴは ”ダイゴ ”っていう生き物、みたいな・・・?』
 
 
 
するとダイゴが更に身を乗り出した。
その表情は真剣そのもので、少し目を眇めるようにサツキを見つめる。
 
 
 
 『俺・・・ 好きにさせるから!

  絶対・・・ 絶対、サツキに俺のこと好きにさせてみせる。
 
  
  ・・・俺、がんばる!!』
 
 
 
サツキが顔を上げ、少しはにかみながら口を尖らす。
 
 
 
 『ちょっと・・・ さすがに、さっきのは強引だったけどね・・・。』
 
 
 
『ご、ごめん・・・。』 途端に泣き出しそうな顔を向けた。

長年秘め続けた想いが一気に決壊するように溢れ、強引にキスをしてしまった自分に
ダイゴ自身頭が真っ白になり、パニックになっていたのだった。
 
 
 
 『あ、あのさ・・・

  取り合えず・・・ あの・・・
 
  ・・・今度の土曜って、ヒマ・・・?
 
 
  ふたりで、どっか・・・ 行かね・・・?』
 
 
 
モジモジする典型のような、俯いて無意味に指先を絡めたり爪をはじいたりしている
ダイゴのその姿に、ぷっと吹き出したサツキ。
 
 
 
 『ん・・・ いいよ。』
 
 
 『え? まじで?! ほんとにほんとに・・・ いいのっ??』 
 
 
 
目を見張り落ち着きなく何度も繰り返し確認する、その大きな図体をした
子供みたいなダイゴに、サツキはケラケラただ可笑しそうに笑っている。
 
 
 
 『どこ行きたい?? サツキ、どっか行きたいトコ・・・ある??』
 
 
 
興奮気味のダイゴは目をキラキラさせて、息継ぎも忘れてしまったかのように
まくし立てる。
 
 
 
 『ん~・・・ バッティングセンター!』
 
 
 『・・・色気ねぇな。』
 
 
 
サツキらしい飾らない感じに、ダイゴは頬を染めて嬉しそうに笑った。

あまりにサツキの笑う顔が眩しくて、愛おしくて、思わず再びぎゅっと抱きしめた。
拒絶されるかもしれないというほんの少しの不安を抱えながらの、そのハグ。

しかし受け入れられている事にホっとするダイゴは、あわよくばと・・・
 
 
 
 『調子にのりすぎ。』
 
 
 
2度目のキスを目論んで唇を近付けようとして、サツキに阻まれた。
おでこをピシャリと叩かれる。
 
 
『・・・すんません。』 小さくぼそっと呟いて、

『まったくぅ・・・。』 サツキが呆れ笑いをし、一瞬油断した隙に・・・
 
 
 
 『ダメだってば!!!』
 
 
 
二度あることは三度ある。
三度目の正直。

唇を突き出して顔を寄せてくるダイゴに、呆れ果てて可笑しくて可笑しくて
笑ってしまいながら、サツキは手の平で遮ってタコのようなその唇を押し遣った。

『・・・ごめ~ぇん。』 ダイゴも自分のしつこさに吹き出してしまって、
その謝罪にはなんの重みも価値もなく、ふたりの笑い声に瞬時にかき消された。
 
 
 
いつまでもいつまでも、ふたりで肩を震わせて笑っていた。

その時、サツキを探して廊下を駆ける足音が聴こえ、ふたりはドアの前にしゃがみ込んで
身を潜めクククと声を殺して笑い合う。

キスは断られたけれど、手をつなぐのはセーフらしい。
隠れんぼするふたりの手は、まるで知恵の輪みたいにしっかり繋がれていた。
 
 
 
 
 
その日の夜。

風呂からあがったマドカ。 部屋着姿で頭にはバスタオルを巻き、キッチンで水を飲んで
いると母親が言った。
 
 
 
 『アンタのケータイ、鳴ってたよ・・・

  部屋に戻るなら、ダイゴにさっさとお風呂入れって声かけて。』
 
 
 
『んぁ~。』 気怠く返事をし、リビングのテーブルに置きっ放しにしていたケータイを
掴んで2階へ上がってゆくマドカ。
 
 
ケータイにはメール着信の表示。

それを開いて読もうとしつつ、ダイゴの部屋の前で立ち止まり拳をドアに叩き付け
ようとして寸での所でその手を止めた。
 
 
 
   ”ダイゴと付き合うことになったよ。

    これからもヨロシク、おねーさん。”
 
 
 
あまりの衝撃メールに驚き声が出ないマドカ。
目玉が落ちそうなくらいに見開き、2度見・3度見する。

さぞかしダイゴは浮かれまくっているのだろうと、マドカはニヤける顔を堪え切れず
再度ドアをノックしようとすると、その扉1枚挟んだ奥からわずかにくぐもった声が聴こえた。
 
 
 
 
 
   それは、ダイゴの泣き声。

   すすり泣くような、うれし泣きの声が小さく小さく響いていた。
 
 
 
 
そっと目を伏せ頬を緩めたマドカ。

今までサツキだけを想ってきた不器用な弟の背中をふと思い出す。
なんだか、胸がじんとして無意識のうちに視界がほんのり滲む。
 
 
すると、マドカは踵を返して1階へ戻りキッチンの母親に声を掛けた。
 
 
 
 『なんか、お風呂は後でいいみたいよ・・・

  ・・・今、取り込み中だから放っといてあげた方がいいかも・・・。』
 
 
 
マドカは再びケータイに目を落とすと、メールを打ちはじめた。

そして嬉しそうに送信ボタンに指をかけた。
 
 
 
 
  ”ふつつかものの弟ですが、

   サツキへの愛は並大抵じゃないからさ。
 
 
   どうぞ末永くヨロシク (〃艸〃)ムフッ ”
 
 
 
 
                         【おわり】
 
 
 

今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。 【スピンオフ】

今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。 【スピンオフ】

『今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。』のスピンオフです。 高3のサツキが卒業式を迎えた。 淡い想いを秘めつづけるダイゴはこっそり会いに行き、ついに気持ちを伝えようと生徒会室でふたりきりに・・・ 【本編 今夜も、あの月あかり照らす歩道橋で。】と【番外編】も、どうぞご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-20

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