桜の花は散り、温かい季節がやってきた。それは梅雨前の穏やかな気候だった。木々には緑色の葉が生い茂り、太陽の日差しは強く日焼けをするほどだった。その頃の綾はいつもと特に変わらないように思えた。啓太は会社での仕事を終えると、真っ先に自宅に戻った。啓太の自宅は二つの部屋とリビングの付いた一人暮らしにしては少し広い部屋だった。携帯電話から綾の登録してあった連絡先を探し、すぐに電話を掛けた。外は時折車が家の近くを通る音がするくらいでとても静かだった。綾は数回の着信音の後に電話に出た。綾はその日の仕事のことを話し、最近どんなことがあったのか事細かに啓太に話をした。啓太はそんな綾の話を聞きながら時折自分の意見を言ってそれについて話し合った。そんな風にして彼らはお互い離れたところに住みながら日々連絡を取り合っていた。
 季節は少しずつ移り変わって行き、やがて雨がよく降るようになった。洗濯物をベランダに干しても中々乾かなくなった。仕方がないので部屋に干していたが、それでも乾くには二日かかった。この頃、綾は体調が悪いという理由でよく会社を休んでいた。綾は啓太に最近体がだるくて何もする気が起きず、食欲もないことを告げていた。啓太はそんな綾の話を聞いて「きっと今によくなると思うよ」言った。
「そうだといいんだけど」と綾は不安そうに言った。
「大丈夫だよ」
 啓太はそれほど綾が深刻な思いをしているとまでは考えていなかった。綾は背が高くて体は日焼けしていて少し黒く、体はすらりとして引き締まっていた。見るからに健康的な容姿をしていたし、これまでにも特に重い病気になったことはなかった。

 啓太と綾が付き合い始めたのは大学生の頃で、当時はお互いに気楽な学生という身分を満喫していた。文系の比較的楽な学部だったせいもあってか、さほど授業に出ることもなく、テスト前には友達から見せてもらったノートで勉強をし、苦労なく単位を取っていた。就職活動が始まる間際に、二人は共通のゼミに入って知り合った。啓太は綾と話をしていくうちに彼女に惹かれていった。綾も啓太に好意があるように見えた。二人はその日のゼミが終わると一緒に帰るようになった。たまに近くの最寄駅で食事をしてから帰ったり、都会へ出て買い物をしたりした。
 啓太は夏休み前に就職を決め、綾もその後しばらくして就職先を決めた。二人はお互いに地元を離れ、遠くに行かなければならなかった。今までは仲のいい友達という関係だったが、徐々に卒業が近づいていくにつれ、仲は深まっていった。
 冬がやってくると風は冷たく、厚着をして外にでるようになった。啓太は休みの日に綾を誘って二人でデートをした。映画を見に行き、カフェで話をして、夜にイタリアンレストランで食事をした。帰りに二人は近くの大きな公園へ行った。夜の公園には人が少なく、辺りを覆い尽くす木々が風に揺れる音しかしなかった。
「大事な話があるんだ」
 啓太は綾とならんで歩きながらそう言った。
「大事な話って?」
「実は出会ったころから綾のことが好きなんだ」
 綾は突然の啓太の告白に恥ずかしそうな素振りをしていた。啓太は綾が次に何を言うのか緊張しながら待っていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-19

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