ゼダーソルン 神のつかい

ゼダーソルン 神のつかい

 あらかじめお断りしておきます。
 この章では大きな水害うんぬんなくだりがありますが、この作品のあらすじは東日本大震災前にすでに決定しています。
 また水害は地震や津波によるものではありません。

神のつかい

 空からの光に照らされて白く輝く散歩道は、工夫を凝らした水場やテラスも設えられた豪華版、ため池にそって街を一周できる造りになってるそうだ。いくつもの公共施設が建ちならぶ大通りには、広々とした歩道と輸送航路があって、上にはシュノーカが滑走するための陸橋もある。アープナイムの宙空都市とは造りがちがうけど、十分にりっぱな街だ。にもかかわらず、まるで活気を感じない、人の姿もすくないないし。
「がらんどう?」
「いまだけだからっ。国家非常事態宣言が発令されるまでは、たくさんの人と露店が集まるステキな場所だったんだから。本当よ」
 そのようすを見せてあげられなくってとっても残念、そう懸命にうったえるトゥシェルハーテは、よっほどこの街が好きなんだろう。
「政府に不満をうったえる大人たちがひどくって。それでむこう岸の行政特区とつながるあたりは人が近づかなくなってしまったの。でも今日は特別。明日の神和ぎ祭の主役が挨拶にくるからって、みんなこの先の公園に集まってるはずだもの」
「挨拶って、主役は神さまじゃないの?」
「神さまもだけど、一番の主役は人と神さまのあいだに立って、両方の言葉を聞き伝える巫子役よ。今回巫子役に選ばれたのは、『神のつかい』とよばれて人気のコルトリーの男の子、トゥシェルハーテよりひとつ年下だって聞いているわ」
「コルトリーって?」
「国家統一前の、どの都市国家にも属していなかった人たちのことをそうよんでいるの。得体が知れないからってよく思わない人が多いのだけど、今回は生まれより実力だからって、喜んでる人のほうが多いのですって。えっと、そこ、そのビルの角を曲がってね」
 ふうん、さっきの大通りでもいくつか目についたけど。
 曲がった先に続く街並みのところどころにも、壊れた外壁や塀、ひび割れた階段があるのが見える。このようすを見るかぎり、さっきの『大人たちがひどくって』は、大人たちが暴動を起こしたってことなんじゃ。だから人が近づかなくなったんだ。
 もったいないな、せっかくりっぱな街なのに。
「つぎの十字路を曲がった突き当たりにあるのが公園の正面玄関。そこから中へ入るわ、待ち合わせてる友だちと合流するの」
「なんだよ、それ? ぼくは本を読めばいいだけなんじゃなかったの」
「それはもちろんだけど。ただ本を読んでもらうためだけなら、ムリしてこっちにまで連れてなんかこなかったわ」
 それは、ちょっと、ずいぶん話がちがってやしないのか。


「我らが守護神と全国民の祝福を受けてその場に立ったはずのポウラウラ・ヨマ・レンヤがいまだ法王の座を引き継げずにいる、これが天啓でないとだれが言い切れましょう! 私たちはこの事実を見逃してはなりません! そしていまだ次期法王選出の見直しに首をふり続ける、法王庁と元老院らを即刻糾弾すべきなのです」

 甲高い声を張り上げ、大げさな身振り手振りで、道ゆく人たちに政治的な言葉を投げかける大人たちがいる。かと思えば、

「いまどきの必須アイテム、どんな災厄もよけつけないバタマ印のお守りがたったの二百リトンだ。それも伝説の御三家、ロップ、ジドゥル、ダーザインの家紋(エンブレム)入り限定品とあっちゃあもう買わないってほうはねえ。さあ、どうよ。ああ、そこのねえさんも、ちょっとよって見ていってちょうだいよ」

ぼくにはわからないけど、意味信な呼びこみで客引きをするいくつもの露店が、歩道の両端に陣どっていて、うるさいくらいににぎやかだ。人通りもぐっとふえて、ここまでくれば街の人たちの特徴もわかりやすい。一番に目につくのは肌の色だな。トゥシェルハーテのようにうすいピンク色した肌や、カラフルな色の耳を持つのは少数派。茶色っぽい肌や地味色の耳を持つ人のが多いみたい。それでかな、特に女物の肩衣やワンピースは、あざやかな色づかいのものばかり。
「怒鳴ってた人もいたけど、露店もあって活気がある。もっと切羽詰まってんのかと思ってたけど、みんな笑顔で楽しそうだ」
「言ったでしょう、今日は特別。それだけみんな明日の神和ぎ祭に期待しているの」
「ふうん? ところでさっきの伝説の御三家の家紋入りってやつ、限定品って言ってたワリには、ほかの露店でも売ってるみたいなんだけど」
「露店の半分は別の街からきた行商人のもので、行商人の半分はガラクタやニセモノを高い値段で売りつけにきてるのよ」
「ニセモノなの? おもしろそうなのに」
「まって。マシャライを見つけたわ」
 そう言って、公園のメインゲートを駆け抜けていったトゥシェルハーテが声をかけたのは、彼女よりすこし背が低いやせ型の男の子。茶色っぽい肌に金茶色の頭髪があるから、トゥシェルハーテとは別の人種なんだろう。それはいいとして、問題はあの子の格好だ。身につけた袖なしシャツとズボンはくしゃくしゃのよれよれ、ありゃあどう見てもただの小汚いガキってやつだな。なによりドレス姿のトゥシェルハーテとは差がありすぎる。
「遅いよ、トゥシェルハーテ。一か所寄り道するだけだから遅刻はないって言ってたじゃないか」
「ごめん、マシャライ。ちょっと手間取ってたの。それで着替えは持ってきてくれたかしら? このドレスだと目立ってしまいそうで気になって」
 なんだ、だったらやっぱりそうだったんだ。
 姿形のちがいもあって、ずっとコスプレみたいだと思ってたトゥシェルハーテのロングドレス姿。ここがアープナイムとは別の異文化圏だと聞いて、だったらこれもありなのかと思い直してみていたものの。やっぱり本人が気にする程度にふつうじゃない、この格好は特別なものだったんだ。
「サスラフィータのを借りてきてやったぜ。けど中はすごい人で、すぐにも挨拶がはじまりそうなんだ」
「それじゃ着替えるヒマはないのね」
「そこなんだけど。さっきカンタがイタズラするフリしてひとつだけ、野外ステージ横の防犯カメラを壊してくれたんだ。修理は挨拶が終わってからにするって係員が話してたから、その格好でもいけんじゃねえ? 前に立つ大人たちがジャマになるけど、そこはなんとかできると思うし」
 男の子は声も甲高くって。アープナイムで言えば、初等部の一、二年生くらい、社会の規則にこだわるような年齢には見えないから、警戒する必要はないのかも。
「とにかくステージんところに急ごうぜ。神のつかいの挨拶、ぜんぶ聞いておきたいんだろう?」
 それでも身分証をもたないどころか(彼らにとって)非干渉世界生命体(パルヴィワン・イム)のぼくとしては、二人の会話に入っていきにくい。だからってこうして一人でつっ立ってるのも気まずいし。
「そうだわマシャライ。後ろにいるあの子なんだけど」
 あの子って。
「ああ、さっきから俺らの後ろにくっついてきてるヘンテコな兄ちゃんな。このクソ暑いときに、なんだってチャミフなんかかぶってんだ? へっ、トゥシェルハーテがかぶせたの? そんでどっから湧いてきたんだって」
 湧いてって、失礼な。
「湧いたんじゃない。トゥシェルハーテにさらわれてきたんだ」
「はっ? 兄ちゃんは自分より体の小さなトゥシェルハーテにさらわれてきたってえのか」
 うっ、さすが小さな子どもなだけあって容赦がない。そう言えばトゥシェルハーテもそうなんだよな、これってこの街の子どもの特徴なんだろうか。
「まって、奥で歓声が上がってる。きっと挨拶がはじまったんだわ」
「わかった。そんじゃ兄ちゃん、自己紹介はあとにしようぜ」
 ぼくの返事を待つこともなく、トゥシェルハーテたちが駆けこんだその先にはなにもない。あっ、ちがった。三十段ほどある階段を下りた先に、ずいぶん大きな野外ステージ場があったんだ。観客席が用意されてないおかげでステージ前は大混乱。大勢の観衆で埋め尽くされてすさまじい騒がしさだ。
「数千人くらいは集まってるはずだから。しっかり俺の後ろについて、絶対に迷子になってくれんなよ? って、ちがうっ、こっちだって兄ちゃん! なに聞いてんだよ、ったく、まわりの与太話に耳貸してんじゃねえっての」
「うん、ごめん」
 とは言っても。
 人はまだまだ集まってきてて。そのだれもがぼくが知らない、いかにも異文化らしい話で盛り上がってるとなれば、聞き耳を立ててしまうのはしかたがない。それに。
「そうそう、『神のつかい』であるあの子にたのめば、どんな願いも神さまに伝えてくれる。本当に願いごとが叶った人も大勢いるって、えらい人気だって話じゃないか。となりゃあ期待しないやつはいねぇわな」
「災害続きで国中が迷走、人々の不安は増すばかりで。この流れを変えるためにもいまは天啓が必要なのですわ」
「インチキなんだよインチキ。大体俺らに守り神なんかいるんかい」
 ほらね。興奮して元気はいいものの、みんなが不安と不満を口にする。こんなときはとかく事態が悪い方向へ流れやすいんだ。それでなくても、人が集まる場所ではまわりをよく見て、そこそこ警戒をおこたらないのが都会で暮らす者の常識なんだって。
「こっちだ、トゥシェルハーテ。兄ちゃんも、あのでっかい噴水んところが終点な」
 すこしの遠慮もなしで観衆をかき分けてくトゥシェルハーテたちにはひやひやしたけど、ようやくぼくらの目前に、大人の背丈より上をいく建造物らしきものが見えてきたぞ。
 へえ、これは。
 水盤と彫刻がいくつも組み合わさってできた噴水だ。会場が壁泉に囲まれてるのは階段上からも見えたけど、この噴水にまでは目が届いてなかったな。位置としてはステージから斜め横の突き当たり、そこそこ距離があるし死角もありそうだけど、水に浸かってしまっても噴水の中へ入ろうって大人がいないぶん、どこよりも空き空間が広くて居心地がよさそうだ。そのうえ防犯カメラを壊しておいてくれたとなれば、目立ちたくないぼくらにとってはものすごくつごうがいい。
「ねえ、マシャライ。たしかに水さえなければ、登るのにはいい場所と思うけど」
「ヘイキだってトゥシェルハーテ。水の流れがない端んところをつたって、その先のでっぱりに足ひっかけて上へ上がるんだ。さっき試したらすんごく見晴らしよくってさ。あっ、けど、そのスカートじゃ上がるまでに濡れちまうな。そうだ兄ちゃん、下からトゥシェルハーテを押し上げてやってくれよ。先に俺が上に上がって引っぱるからさ」
 だから、なんだってトゥシェルハーテはロングドレスなんか着てんだよ。
 体が大きいんだから当然だけど。肩に寄りかからせて持ち上げたトゥシェルハーテは妹のラウィンよりずっと重い。いくらぼくらが子どもで大人より体重が軽いからって、ぼくの足の下の細工が壊れやしないか心配だ。それに、うっく、ドレスがジャマで押し上げにくい。踏み台にされた肩も痛いのなんのって。
「俺の手つかんで。いっち、にいのさん! よしっ、上がった」
 やった、トゥシェルハーテの足が肩からはずれたぞ。
「本当、ここまで上がるとステージのようすがよく見えるのね。前にいる大人たちの頭もジャマにならないわ」
 それはよかった。
「さあて、そんじゃいよいよ霊験あらたかってウワサの『神のつかい』の御尊顔を拝ませてもらうとしようぜ。さっきからステージのまん中で固まっちまってる、あの白い服着た子どもがそうなんだよな。うん? よく見るとヒョロヒョロでチビっこい、まるで女の子みたいなんだけど」
「そんな悪口言っちゃダメよ、ちゃんと男の子じゃないの。それから、ねっ、あなたも上へ。挨拶のようすを見ておいてほしいの」
 それは、ここまできたらぼくもそのつもりなんだけど。二人が立つ場所に空きはないから。
「後ろのほうへ登ってみるよ。けどちょっとだけまって、なんだか体が熱くてさ」
 喉もカラカラで苦しいかも。あれっ、なんだって顔面大量の汗がふき出てるんだよ。
「やだっ、すごい汗。アープナイムとちがってこっちは暑いからよけいなんだわ。よかったらそこのお水を飲んで、すこしはラクになるんじゃないかしら」
 そう言やこの街はずっと暑いままで。服は着替えたからいいけど頭が暑い、それでこんなに汗がでるんだ。っと水口は、ああ、ずっと上にあるんだな。しかたがない、流れてくるのを手ですくって飲むとするか。
「おいっ、トゥシェルハーテ。足元を気にしてる場合じゃないみたいだぜ」
 げっ、この水生あったかい。それにすっごくさらさらで、なんだよ、ちっとも手にたまらないんじゃないか。指のすきまからどんどん零れ落ちていっちまう。
「本当、これはちょっとまずいわね」
 まずいって言うか、アープナイムの水とはちがいすぎるって言うか。
「うわっ、止めに入った係員をなぎ倒しちまった。ったく、興奮した大人ってぇのは手に負えたもんじゃないな」
 なぎ倒し、大人って。あっ、それって水の話じゃない?

「そんなっ、ぼくが住むウェシュニップだって水につかってしまっているのに!」

 叫ぶような子どもの、女の子、いや、男の子の声。ステージ側から聞こえたからには、あれが『神のつかい』の声なのか?
「そうだ、俺もそう聞いてる。あっち側はほとんどの街と村が水没しちまったって話だぜ。おかげで陸路がつかえなくなったから、いつもは航路に含まれないウェシュニップへもラグブーンの臨時便がでてるくらいで」
「それじゃちがうな。恨みでもあるならともかく、わざわざ自分が住む村を壊すようなことをするワケがないからな」
 『神のつかい』と大人が言い争い? わかんないな、一体なにが起こってるんだろう。ぼくが居場所を確保できないでいるうちにも、どんどん話が進んでしまって焦るけど、こう足場が悪くちゃ登るのが大変で。
 よし。ちょっと水しぶきがかかるけど、トゥシェルハーテたちのすぐ後ろに立つことができたぞ。へえ、たしかに見晴らしいいな。それでステージ上の白い服の男の子って、ああ、いた、あれだ。細かなところまでは見えないけど、頭髪がある色白の子がステージのまん中にいるのが見える。まわりにはそれぞれの持ち場につく数人のスタッフが、ステージと観衆を隔てるための空きスペースに入り込んでる数人の大人たちは、えっ、ふたつに分かれた片一方がもう片一方の腕や肩をつかんで外へ連れ出してるみたいだぞ。
「しかしコルトリーの子が我らが守護神のつかいだなんて絶対におかしいだろ」
「あの子がつかえる神がそうとはかぎらないじゃないか。大体怪しいと言えばシャパロ・ダーザインだってそうだ。あいつ、伝説の御三家の一人セブ・ダーザインの養子のクセして、街の警邏隊に国賊の嫌疑をかけられ拘留されたって話だぜ」
「なんですって?」
「バカなっ、シャパロさまにかぎってそんなはずが」
「それより次期法王ポウラウラ・ヨマ・レンヤのほうが問題ですわ! なんと言っても最初の異変はあの女の即位式の最中に起こったのですから」
 あーあ、もうメチャクチャだ。ステージ側をムシして、みんなあちこちでケンカ腰の言い争いをはじめちまったぞ。
「まるで討論会の会場みたいだな。これはこれでおもしろいけど、あいつはダメ、まるっきしダメダメだ。『神のつかい』なんて大げさに持ち上げられてっから、どんな肝のすわったやつなのかと期待してたのに、ステージのまん中でオロオロしてるだけなんじゃんか」
「でもマシャライ、辺境の村の子だって話だし、きっとこんなに大勢の人を前にしたことがないのよ。それより人が多すぎて音の聞き分けがちっともできないほうが大問題。このままじゃあの子のことをなにひとつつかめそうにないわ」
「へっ、トゥシェルハーテでもそうなのか? やっ、ってか、人種がちがう俺なんかは全然だけどさ。けどそりゃまずいだろ。なんだかんだで大人たちが動けなくなっちまったからには、俺たちががんばんないとって言ったのトゥシェルハーテなんだせ?」
 なにひとつわからないけど。
 これってぼくがトゥシェルハーテにさらわれてきたことと関係があるんだよな?
「わかってる。とにかくシャパロのことだけでもなんとかしなくちゃいけないんだから、あいつのたくらみはなにもかも、徹底的に叩きつぶすわ。見て、ようやくのお出ましよ」
 なんだ、会場中がざわつきはじめたぞ。ステージ奥から姿を見せた、ここから見てもわかるくらいに大振りな首飾りや腕輪をつけた大人に皆が注目してるみたいだけど。
「おい、あれイーブラさまじゃねえか?」
「本当だ、ありゃアバン・ヨマ・イーブラだ。今回の神和ぎ祭は街じゃなく、国の政府の企画だって聞いてはいたけど」
「まさか、本当に?」
「しっ、だまって」
 ステージのまん中一歩手前で立ち止まり、丁度まん中に立つ『神のつかい』に手をさしのべてかばうように引きよせたけど、あれはちょっと強引だったな。あの子、二、三歩もよろけたぞ。
「まず、この場に集う皆の願いが」
 いかにも演説慣れしてそうな、ずいぶんしっかりした男の声だ。頭髪がないせいか、ここから見たかぎりだとずいぶん歳とってそうに見えるんだよなあ。けど背筋はちゃんと伸びてるから、意外とぼくの父さんよりちょっと上なくらいだったり。
「この街と国に、さらなる厄災をよびこむことにはあらず、あくまで現状の改善を望む方向にあるものと推察するが、私は間違っておるだろうか?」
 ざわついてた会場が静まりかえってく。さっきまで物騒な会話を繰り広げてたトゥシェルハーテたちまでもが一言もしゃべらずにあの男に注目してる。そう言やさっき『イーブラさま』ってよんでる声がいくつも聞こえた、そんなに偉い人なのかな。
「また明日の神和ぎ祭開催にあたっては、日ごろは元老院に席をおくこの私、アバン・ヨマ・イーブラが提案、尽力したものである。ああ、いますこし静粛に。よって『神のつかい』と評判の、このイシュー・カフルカを呼びよせたのも私でな」
 元老院、また知らない言葉。
「あのっ、そのことについてはぼくに話させてください」
 へえ、あの子。よろけてたし、イーブラに引きよせられてからはうつむいたままだったから、ずいぶん気が小さいやつなんじゃないかと思ってたのに、そこそこ力強い声がでるんじゃないか。イーブラも一歩後ろへ下がったってことは、あの子『神のつかい』にしゃべらせるつもりがあるんだな。
「その。ぼくは辺境にある小さな村の生まれで、いつもはその村、ウェシュニップから外へ出ることがありません」
 落ちついた、女の子のようなやさしいしゃべり方。
「ほかの街や村のウワサも耳に入ることがなくって。だから今回のことは、ぼくの村が水につかったことのほかはなにも知らなかったんです。でも、それが本当はとても大きな水害で、いくつもの田畑、街や村が水に浸かって作物が不足、飢えや流行病でたくさんの人が亡くなったのだと聞きました。いろんな悪いウワサが流れて、ささいなことで諍いが起こるようにもなって。いまもたくさんの人がもとの生活にもどれず、悲しみに暮れているのだと」
 なんだよ、それ。
「そんな大変なときに。ただ言葉を聞き伝えるだけで、ほかにはなんの力ももたないぼくなんかが、みなさんのお役に立てるとは思いもしなくて。でもイーブラさまから巫子役のお話をいただいて、ぼくだからこそお役に立てることもあるのだとわかったから。だからどうか、ぼくがぼくにできる精いっぱいを尽くす機会を与えてはもらえないでしょうか」
 わからない部分が多いのはあいかわらず。
 それでもとんでもない一大事が起こったために、みんなが困ってるってことくらいはぼくにだってわかる。そうか、だからこその『国家非常事態宣言』。きっとこの街は水害をまぬがれて、だから元気な人ばかりがいるけど、そのぶん不安や不満を爆発させてしまう人が多いんだろう。その結果、暴動が起こったんだとすれば、トゥシェルハーテから聞いた話ともつじつまが合う。
「なあ、トゥシェルハーテ。どうもあの子、本気っぽくねえ?」
「そうね、なんだかすごく必死。一体どういうことなのかしら? 明日の神和ぎ祭にあの男がからんでるって聞いたときは、絶対にインチキだと思ったのに」
 インチキ、トゥシェルハーテはそれが気にいらなくて? けど、それとぼくとはどういったつながりが、あの本のことも関係してるはずなんだし。
 うーん、なんかぼく。
 ぬけられない穴の底へ、段々と落ちていってやしないのかな。そのうえまたひとつ、面倒ごとが走ってきた気がするんだけど。
「えっ、シーヴァン? どうしてここにいるの」
「なんだよお前、カメラ壊して逃げたカンタについて、いっしょに帰ったんじゃなかったの?」
 やっぱり。ぼくらの目の前、まさにいま噴水の外んところで立ち止まった男の子、この子もトゥシェルハーテと関わりがあったんだ。カメラを壊してって聞こえたけど。それじゃトゥシェルハーテのというよりは、マシャライって子の友だちなのかも。二人よりさらに体が小さいせいか、堂々と水盤に足をつっこんで、水ん中を歩いてきちまったぞ。
「うん、カンタはちゃんと帰ったよ。そのあとで、ぼくだけエイシャさまのつかいって人につかまっちゃったんだ。それでトゥシェルハーテに用事があるって言うからさ」
「だからってお前一人で。まあ、俺といっしょに帰ればいいんだけど。けど、どうする? それってトゥシェルハーテが屋敷を抜け出してきたのがばれたってことだろう」
「明日の神和ぎ祭が終わるまで、おうちへもどるつもりがなかったんだからちっともかまわないわ。それにエイシャにだったらトゥシェルハーテも聞きたいことがたくさんあるのだし」
 それって、要するにトゥシェルハーテは家出中ってこと? と言うことは、あー、…………うん、なんかもう考えたくない。ってか、考えるのはやめだ。そしてなにかあったときには、いかに自分がトゥシェルハーテにさらわれてきたかをうったえよう。信じてもらえるかどうかはわからないけど、それでも信じてもらえるまでうったえよう。だってぼくはなにも知らないしわからない、言ってみれば、トゥシェルハーテにのせられてここにいるだけなんだから。

ゼダーソルン 神のつかい

ゼダーソルン 神のつかい

明日の神和ぎ祭を控えて、いくつもの情報と思惑が絡み合う最中、トゥシェルハーテが疑いの目を向けたのは『神のつかい』と元老院アバン・ヨマ・イーブラだった。小学5年生~中学1年生までを対象年齢と想定して創った作品なので漢字が少なめ、セリフ多めです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-19

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著作権法内での利用のみを許可します。

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