覗かないでください
老夫婦の元に、あのツルが戻って来た。以前、自らの羽根を抜いて布を織った為に地肌が見えていたが、その代り筋骨隆々な姿になっていた。
「おまえ、随分たくましくなったねえ」
媼にそう言われると、ツルはニッコリ笑って力こぶを作って見せた。
「羽根が足りない分、筋力で飛ばなければなりませんので」
「しかし、よく帰って来てくれたね。もう会えないかと思っていたよ」
媼は目頭を押さえた。
「まだまだ、恩返しが済んでいませんから」
横で聞いていた翁が首を振った。
「いや、もう充分だよ。おまえの織ってくれた布を売り、何とか暮らしている。もうこれ以上、おまえの羽根を減らす必要はない」
「いえ、心配ご無用です。もう機織りはいたしません。ご夫妻の元を去ってから、特技を身に付けてきました」
「特技?」
驚く老夫婦をまあまあと宥め、ツルは例によって「絶対覗かないでください」と言い残して、離れの部屋に入って行った。
夜通し何か音が響いていたが、翌朝、老夫婦が離れの部屋の前に行ってみると、二人が今まで見たことのない、金属製の四角い大きなものがあった。
「何じゃ、これは?」
すると、その四角いものの窓のようなところが開き、ツルが顔を出した。
「これは自動車というものですよ、おじいさん」
「じどうしゃ?」
「そうです。これからの時代、何をするにしろ、まず自動車が必要です。では、ちょっと試運転を兼ねて、ドライブに行ってきます」
ツルは老夫婦のために、食料品などを買ってきてくれた。
その夜も、ツルは離れの部屋に入った。
「絶対覗かないでくださいね」
また、夜通し音が響いた。
次の日、老夫婦が様子を見に行くと、離れの前に平べったい真四角なものがあった。
「今度は何じゃろ?」
「これは液晶テレビですよ、おばあさん。これで毎日が楽しくなりますよ」
さらに、翌日には冷蔵庫、次の日には洗濯機と、次々に家電製品が増えていった。
さすがに老夫婦も心配になり、離れの部屋を覗いてみた。
すると、寝そべったツルが、ネットオークションで次々に品物を落札しているのが見えた。
(おわり)
覗かないでください