モミの木と小鳥
町はずれの小さな家に、とても仲の良い兄と妹が住んでいました。
幼いころに両親を亡くしてからというもの、兄は森や野原で獲れたものを町に運んで売り歩き、妹は兄のために毎日おいしい食事をつくります。二人は睦まじく暮らしていましたが、やがて兄は町の娘と結婚することになりました。
兄からそれを聞かされた妹は、ぽろぽろ涙をこぼしました。
「おまえもぼくらと一緒に町で暮らそう。家族が増えて楽しくなるよ」
兄がどんなになぐさめても、妹はいやいやと首を振るばかり。やがて食事にも手を付けず、毎日を寝床で泣いて過ごすようになりました。
とうとう婚礼の日になっても、妹はいっこうに部屋から出てきません。心配になった兄がのぞいてみると、寝台に妹の姿はなく、一羽の小鳥が近くの窓辺にちょこんととまっているばかりでした。
若者は鳥に尋ねました。
「小鳥や小鳥、ぼくの大事な妹がどこへ行ったか知らないか」
すると小鳥はきれいな声で歌いました。
あなたの小さな妹は
遠いところへ行ってしまった
あの子を愛する人にしか
見つけるなんてできやしない
クルティール、クルティール
あなたになんかとても無理
若者はびっくりして言いました。
「あれを愛する者といったら、このぼくしかいないじゃないか。だってぼくらはずっと二人きりで暮らしてきたのだもの」
若者は町の婚約者のところに行って告げました。
「ぼくはこれから、妹を探して遠いところへ行かなきゃならない。結婚式は旅から帰ってからにしておくれ」
娘は泣いて引き止めましたが、若者はそれを振り払い、道案内の小鳥を連れて旅に出ました。
長い長い旅の果てに、若者は大きくて暗い森にたどりつきました。
「小鳥や小鳥、ぼくの大事な妹がこの森にいるのかい」
すると小鳥は歌いました。
あなたの小さな妹は
森の人食い鬼にさらわれた
あの子を愛する人にしか
助けるなんてできやしない
クルティール、クルティール
あなたになんかとても無理
人食い鬼と聞いて若者は身震いしましたが、
「無理なことなんてあるものか。あの子を助けられるのは、このぼくしかいないのだから」
森の一番奥には、四方が崖となった大きな岩山がそびえていました。登る手がかりになりそうなものといったら、たった一筋垂れ下がっている棘だらけの蔓草のほかありません。すると小鳥が歌いました。
あなたの小さな妹は
この岩山の上にいる
あの子を愛する人にしか
崖を登るなんてできやしない
クルティール、クルティール
あなたになんかとても無理
「無理なことなんてあるものか。ほら、助けを呼ぶあの子の声が、山の上から聞こえるようだ」
若者は蔓を握り締め、切り立った崖を登り始めました。棘に肌を引き裂かれながらも、歯を食いしばって登り続けました。
ついに頂上へたどりつきましたが、どこを探しても、妹どころか人食い鬼の姿もありません。
「このちっぽけな鳥め、おまえはぼくをだましたな。大事な妹はどこにいる」
すると小鳥は、楽しそうに歌いながら遠い空へ飛び去っていきました。
あなたの小さな妹は
兄を恨んで死んでしまった
あの子を愛する人なんか
この世にだれもいやしない
クルティール、クルティール
あなたもはやく死ねばいい
若者がとぼとぼと故郷に戻ると、婚約者だった娘はとうに別の男のお嫁さんになっていました。
若者は荒れ果てた自分の家に戻りましたが、悲しくて淋しくて食べ物ものどを通らないまま、やがてほんとうに死んでしまいました。
そのなきがらも兄妹の家もひっそりと朽ち果てたころ、そこから一本の若木がするすると伸びて、緑の葉が輝くモミの樹になりました。
するとどこからかあの小さな鳥がやってきて、美しく広がった枝にとまり、うれしそうに歌いました。
わたしの大好きな兄さんは
すてきなモミの樹になった
わたしはあなたの腕の中で
ずっと歌をきかせてあげる
クルティール、クルティール
ずっと一緒にいてあげる
【おわり】
モミの木と小鳥