海と本

僕は海辺で本を読んでいた。

僕は海辺で本を読んでいた。水着も着ていたし、海も穏やか、気温も高く絶好の海日和だった。一緒に来た多くの友人たちは、みんなにぎやかな海で遊んでいた。それでも僕は、本を読んでいた。ちっとも読み進まない、その本を。

顔を挙げるとすぐに、探してもいない君の水着姿が目に飛び込んできた。「あっ」とだけ思った。しまった。見てしまった。君の初めての水着姿。もう君は僕のものではなかった。

つい昨日、別れたのだ。お互い、泣きながら。

冬の寒い夜も、君と二人で温めあった。
この暖かさだけは、どんな北風にも負けないような気がしていた。

桜が散る春は、君と深く愛し合った。
その淡い淡い香りに。その美しい髪を撫でながら。

まもなくすぎる夏は、幻想的なホタルの光のように短く輝いた。
君は錦冠の花火が大好きだった。

君は笑っていた。
「ねぇ、私がみんなの前で水着を着たら、あなたは怒る?」
「怒っちゃおうかなぁ」僕も笑っていた。


その日まで、まぁ今日までってことなんだけど、僕たちは続かなかった。
ちょうど13時間前に。

独りで考えてしまう。
本当に好きなのかわからなくなった。

彼女はたしかにそういった。
ごめんね、って。

最初は強がって笑えてた。大丈夫、わかった。
また好きになってくれたら、戻っておいで。

次の言葉は出なかった。
口をつぐんでいないと、弱いのがばれてしまいそうだったから。

そしてなにも考えなくなった。
口はずっと閉じたままだったけれど、涙が出てきた。
なにも、考えてなかったのに。

二人で泣いた。その涙は二人に答えを一瞬見せてくれたけど、
同時にその答えをまた見えないところまで押しのけてしまった。


彼女は水着を着ていた。
僕は本を読んでいた。

この本、ちっとも進まない。

海と本

海と本

淡い恋の、ちょっと苦いお話

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-16

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