すーちーちゃん(9)
九 クリスマス会の十二月
今日は、あたしが入っている子供会のクリスマス会。小学一年生から六年生までが小学校の体育館に集まる。あたしの子供会は、全員で三十人程度。もちろん、すーちーちゃんも会員だ。あたしは家を出て、学校の側の神社に向かう。すーちーちゃんの家だ。神社の社殿の前に立ち、鈴を鳴らす。
二礼二拍手一礼。
今月のお小遣いがなくなってしまったので、一円玉だけを賽銭箱に投げ入れた。ギーという音がして、社殿の扉が開いた。すーちーちゃんのお母さんだ。真っ黒のドレスを着ている。いつ見ても、妖艶だ。思わず吸いこまれてしまいそうな雰囲気を持っている。
「さやかちゃんね。呼びに来てくれて、ありがとう。ちょっと待っていてね」
お母さんは社殿の中に引っ込んだ。しばらくして、再び、社殿の扉が開く。中から出てきたのは、すーちーちゃんだ。真っ白な服を着ている。肌が白いので、全身がまっ白に染まっている。
「さあ、行きましょう」
すーちーちゃんが社殿から下りてきた。
「僕も行く!」
元気よく飛び出してきたのは、弟の竜太郎君だ。
「あんたは、小学生じゃなく、保育園児でしょ。今日は、小学生だけよ」
すーちーちゃんが言い放つ。
「だって、ママがいいって言ったもん。ほら、このチラシに、「小学生以下の、弟や妹も参加可能です」、って、書いてあるよ」
竜太郎君がポケットから、何回も折られたクリスマス会のチラシを取り出した。すーちーちゃんは、チラシも見ずに、「なら、いいよ」と言うと、すたすたと歩き出した。
「やったあ」歓声を上げた竜太郎君は、すーちーちゃんの前に駆けだした。
取り残されたあたしは「待って」と叫んで、すーちーちゃんの横に並んだ。
クリスマス会が始まった。司会者が舞台の上から、挨拶している。あたしたちは、床の上に、体育の座りをして、司会者のお母さんから、今日のイベントの内容を聞いている。
まずは、鬼ごっこだ。体育館を全部使っての鬼ごっこ。最初、鬼は一人だけど、鬼にタッチされると鬼と手をつなぐ。鬼がどんどん増えていき、横に広がるわけだ。
「鬼になりたい人、手を挙げて」
運営のお母さんが尋ねた。
「はい」
六年生の堺君が手を挙げた。あたしたちの小学校で、一、二の足の早さだ。気をつけなければ、すぐに捕まってしまう。
「ピー」
笛が鳴った。競技開始だ。
「いち、にい、さん、・・・」
鬼の堺君が数を数え始めた。十を数え終わったら、動き出す。それまでに、酒井君から少しでも遠くに離れないといけない。みんな、一斉に散らばって、体育館の壁にひっついた。体育館の真ん中では、鬼の堺君が数を数えている。
「くう、じゅう。それ」
サンタクロースの帽子を被った堺が走り出した。
「きゃあ」
「逃げろ」
体育館の片隅に固まっていたあたしたちは、散らばる。
「タッチ」
堺君の声。
「アウト」
審判員のおかあさんの声。
まず、狙われたのは、同じ六年生の合田君だった。
「チェ。俺から狙うのか」
「それよりも、早く、みんなを捕まえるんだ」
審判員がタッチされた合田君に赤い帽子を被せた。
「タッチ」「アウト」「タッチ」「アウト」
タッチとアウトの声が体育館全体に交互にこだまする。見る見るうちに、サンタクロースが数珠つなぎになる。赤い帽子だらけだ。サンタクロースの鬼たちは、へびのようにくねりながら、あたしたちを追い掛ける。
「タッチ」
誰かの手があたしの体に触れた。
「アウト」
審判員が宣言した。あたしもとうとう鬼に捕まった。サンタクロースの仲間だ。へびの仲間は嫌だ。
「はい。手をつないで」
審判員から声を掛けられ、赤い帽子を被る。残されたのは、すーちーちゃんと竜太郎君だ。鬼が手をつなぐと体育館の端から端まで広がった。すーちーちゃんと竜太郎君を追い詰める。ぐるっと円で、二人を囲んだ。
竜太郎君があたしに向かってきた。あたしは右手を出した。
「タッチ」
「ガブ」
竜太郎君があたしの右手を噛んだ。
「痛っ」
「こら」
すーちーちゃんが走って来て、竜太郎君の頭をポカリと殴った。
「いて」
「痛いのは、あんたじゃなくて、さやかちゃんでしょ」
「ごめんなさい。つい、いつもの癖で」
竜太郎君が謝る。
「何が癖よ。バカ。相手を噛んでも、タッチされたことになるのよ」
「ポカリ」
もう一度、すーちーちゃんが竜太郎君の頭を殴る。この間に、すーちーちゃんも鬼にタッチされた。
「ピー」
笛が鳴った。
「全員タッチされたので、サンタクロース鬼ごっこは終了します」
審判員のお母さんが宣言する。
「さやかちゃん。大丈夫?痛くない。本当に、ごめんね」
すーちーちゃんは竜太郎君が噛んだ手を握る。
「あっ、血が出ている」
「えっ、ほんと?」。
あたしは右手を見る。うっすらとだが、竜太郎君が噛んだ歯の跡に血がにじんでいる。
「舐めちゃえばいいのよ」
すーちーちゃんがあたしの手を掴んだ。
「ええ?舐めるの?ばっちいよ」
「ばっちくないよ。自分の血だもの。それに、栄養素の塊りだよ」
「でも・・・」
あたしは怪我をした時、水で洗ったり、消毒したりするけど、自分の血を舐めたことはなかった。それに、血が栄養の塊りという発想はなかった。
「大丈夫よ」
すーちーちゃんは、いきなり、あたしの右手を掴むと、舌でペロリと舐めた。
「ずるいよ、ねえちゃん。ねえちゃんだけ、いい目して」
あたしの手を噛んだ犯人の竜太郎君が目ざとく見つけ、怒っている。何がいい目なのか。あたしは、人に手を舐められたのは初めてだから、何だか恥ずかしいような、気持ちのいいような気持ちだ。
「どう?」
あたしの手を舐めたすーちーちゃんがあたしの顔を上目づかいに見る。
「どうと言われても・・・・」
眼が合った。何だか気恥ずかしい。
「これで、大丈夫。血は止まったから」
すーちーちゃんはあたしの手を離した。
「ありがとう」
あたしはすーちーちゃんの唾液がついた手を元に戻した。手を服で拭いた方がいいのか、それともこのまま乾かせばいいのか、迷った。でも、手を振って乾かすことにした。手を服で拭くなんて、すーちーちゃんに悪い気がしたからだ。
クリスマス会もいよいよ終わりに近づいた。
「さあ、皆さん。プレゼント交換の時間です。自分のプレゼントを出してください」
司会者の声で、それぞれが体育館の隅に置いてある袋から、包装紙に包んだプレゼントを持ってくる。あたしのプレゼントは、文房具セットだ。すーちーちゃんに尋ねる。
「プレゼントは何にしたの?」
すーちーちゃんは笑って、「ひ・み・つ」と答えた。
「輪になってください」
司会者を中心に、輪になる。
「さあ、プレゼント交換しますよ。自分のプレゼントを右隣の人に渡してください」
音楽が鳴った。クリスマスソングが体育館中に鳴り響く。あたしはあたしのプレゼントをすーちーちゃんに渡した。すーちーちゃんは、あたしのプレゼントを弟の竜太郎君に渡した。次々と回ってくるプレゼント。左から右へと手渡して行く。
「ピー」笛がなった。
「今度は、反対に回してください」
司会者の合図で、あたしたちは、左から右へとプレゼントを手渡して行く。
「ピー」また、笛が鳴った。今度は、右から左へとプレゼントを手渡す。何回か、笛が鳴り、その度ごとに、プレゼントを渡す方向が変わった。
「ピー」
「今度は、一人飛ばしで、渡してください」
「ええええ」
参加者からはとまどいの声。
「ピー」
「今度は、二人飛ばしです」
さらに、訳がわからなくなった。あたしのプレゼントはどこへ行ったのだろう。最初は、あたしのプレゼントを目で追っていたが、目まぐるしく他の人のプレゼントが、人間ベルトコンベアーに運ばれてやってくるので、それどころじゃなくなった。
「ピピピピピ」
大きな笛の音が鳴った。
「やめてください」
もう、めちゃくちゃだ。誰が誰のプレゼントかわからない。あたしは、白い包装紙に、ピンクのリボンがついた箱を持っていた。どこかで見た箱だ。隣のすーちーちゃんを見た。
「それ、あたしのプレゼント」
あたしもすーちーちゃんのプレゼントを見る。
「それ、あたしのプレゼント」
偶然にも、あたしとすーちーちゃんは、お互いのプレゼントを持っていた。こんなことなら、わざわざゲームをしなくても、お互いに手渡していればよかった。
「さあ、開けてください」
みんな、その場で、プレゼントを開けた。
「わあ」
あたしはびっくりした。プレゼントは人形だった。それも誰かに似ている。そう、すーちーちゃんだ。その、すーちーちゃん人形の肩に乗っているのが、竜太郎君だ。
「すごい。似てる」
「ありがとう」
すーちーちゃんがにこっと笑った。
「自分で作ったの?」
あたしが尋ねる。
「うん。あたし、人形を作るのが好きなの」
「へえ。芸術家なんだ」
「そんなにえらいもんじゃない」
照れたすーちーちゃんは可愛い。八重歯がきらりと光る。
「その人形は、夜中に動き出すんだぞ」
竜太郎君があたしたちの会話に入って来た。
「動くわけがないじゃないの」
すーちーちゃんが竜太郎君の頭にグーを落とした。
「いて」
竜太郎君が頭を撫でている。
「それに、その人形のエサは、人間の血だから」
「ホント?」
あたしは人形を突き出しながら、聞き返した。
「ホントなわけないじゃない」
すーちーちゃんがもう一度、竜太郎君の頭にグーを落とした。
「いて」
再び、竜太郎君が頭を撫でる。
「その人形、あたしだと思って、大事にしてね。さやかちゃんのプレゼントは何?」
「あたしのは、自分で作ったんじゃなくて、お店で買ったの」
すーちーちゃんが包装紙を開ける。
「あら、いいじゃない」
シャープペンシルと消しゴムと筆箱、ノートの四点セットだ。全て、赤色だ。すーちーちゃんに当たるかどうかはわからなかったけれど、すーちーちゃんの好きな赤色を選んだのだった。、
「おっ、これ、すげえや。コウモリのマークが付いている」
隣の竜太郎君が覗きこんだ。
「コウモリ?」
あたしは、自分が買ったのに、コウモリのマークがあることに気づかなかった。色のことばかりに気を取られていたからだ。
「ごめん。コウモリのマークがあることに気づかなかったの」
「ううん、いいの。あたしの大好きな赤色だし、コウモリもあたしは好きよ。あたしの家の神社にもコウモリは住んでいるから。ありがとう、さやかちゃん」
「ねえちゃん。僕にもコウモリマークをくれよ」
「あんたは何が貰えたの?」
すーちーちゃんが竜太郎君に聞いた。
「僕はこれ」
竜太郎君が差し出したのは黒いマントとステッキ。
「どう、かっこいい?」
竜太郎君は首にマントを巻き、ステッキを右手に持つと、「ブーン」とヒーローになったつもりで、体育館を走り出した。
「バッカみたい」
その後ろ姿を見て、あたしとすーちーちゃんは二人で笑った。
こうして、無事かどうかわからないけど、クリスマス会が終わった。あたしのベッドの横には、すーちーちゃんと竜太郎君の人形がいるけど、夜中に動き出すことも、人間の血を吸うこともない。
すーちーちゃん(9)