帰路の途中で

-この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません-

 自転車での登校。
 毎朝、三十分以上も漕ぎ続けないといけないこの行為も、一年以上続けていると習慣になってしまう。
 入学したての頃は、近所の友人と待ち合わせをしていた。しかし、時が経つと各々の予定
は合わなくなり始める。部活や委員会、クラスでの友人関係。生徒の時間を乱すものは様々だ。
 気が付けば、待ち合わせという約束は無くなっていた。まぁ、自然の流れと言えば、それまでだろうけど。 いつからか、俺は一人での登校が多くなった。これは高校生活に慣れてきた周りの奴らを見ても、同じことが言えると思う。
 ところが、放課後はどうだ。
 友人たちと半ば強制的に授業を共にし、ある程度の時間を共有した後の状態となる。誰かと一緒に帰宅するという人は、多いのではないだろうか。
 事実、朝よりも待ち合わせはしやすい。所属している部活や、帰宅する時間なども関係して、友人と共に帰ることが容易だ。そう考えると、校内で生まれる友達グループというのも、「帰宅」を基点に出来上がるのではないかと思う。
 そして、朝は一人の多い俺も、放課後には一緒に帰るやつが自然と出来た。
 何を隠そう、生徒会のメンバーだ。
 現在、四人で構成されている生徒会は、その中でさらに二つのグループに分かれる。自転車組と電車組で、二対二。
 現在は、他の理由も合わさってこのような分かれ方だが、初めの頃から変わっていない。周りから見ても自然な分かれ方だろう。
 俺はいま、帰路の途中にいる。先の話の通り、帰る仲間はもう一人いた。

 隣には、俺と自転車を並べて走る女子がいる。
 背が小さく、高校の制服を着ていないと中学生と間違えられそうな生徒会副会長、紫畑駒萌(しばたこまめ)だ。
 体格の差も関係しているだろう。少しだけ漕ぐ速度の遅い駒萌にスピードを合わせて、俺は自転車を漕ぐ。
 横断歩道へと差し掛かると、ちょうど赤へと変わるタイミングだった。交差点で止まっていた自動車が動き出す。
ブレーキをかけ、俺たちは地面に足をつけた。
「光樹、ちょっと寄り道したい」
「もう暗くなるぞ」
「お店は閉まらないもん」
 ごもっとも。
 駒萌からの、突然のお誘い。喜ばなかったと言うのは嘘になる。仲の良い女子から受けたお誘いに、嫌悪感を持つような男子がいたなら、そいつは健全ではないだろう。……特に、好意を寄せている相手からなら、なおさら。
 しかし、両手を離し素直に喜んだ、というのもまた嘘になる。
 時間も時間だ。正直なところ、面倒臭いという感情が横切ったのは事実であった。
 こうなると、行くか行かないかを決める判断材料は、その内容だ。
「どこに行こうとしてるんだ?」
「駅前」
「駅前って、今から遊ぶつもりか」
「……今日、家に親が居なくてさ」
 駅前と言えば、遊び場の定番。もし遊びたかったのなら、肯定した方が話はスムーズに進んだ。でも、駒萌はそれを肯定しなかった。そして、家に親が居ない話をしたということは何か意味があるのだろう。駒萌の狙いは別にある。
 親が関係してくるとすれば、……ご飯かな。
 俺は家に帰ればご飯が用意されている。だが恐らく、駒萌はこのまま帰ってもご飯が無いのだろう。
 きっとこれだ。まぁ、一人で食べるのは寂しい。
「わかった、行こう」
 幸いここからなら、まだ遠回りにはならない。
「ありがと」
 駒萌の横顔しか見えないが、笑顔になっているのがわかる。
 信号が青に変わる。本来、真っ直ぐに行くところの道を変え、俺たちは右の方へと進んで行く。
 さっきの笑顔が見られると始めから分かっていたなら、理由が何であれ、駒萌の用事に付き合っていたのかも知れないなと、ふと思った。

 辿り着いた先はファストフード店。俺たちは各自ハンバーガーセット(俺はテリヤキ、駒萌はチーズ)を頼み、席を探している最中だ。
「思ったより混んでたね」
「まさか席が空いてないなんてな」
 まだ半分くらいしか席を見て回ってないが、人の多さから空席を見つけられる可能性は低いと感じた。周りにも同じように、何人かキョロキョロしている人がいる。
「どうしよっか」
 周りを見回しながらも、前に進んで行く駒萌。俺も駒萌の後ろに付いて歩き、顔を動かしながらゆっくりと前に進む。普通に探しても、座れないだろうな。先を歩く駒萌は、何を探しながら歩いているかわからないが、俺は空席を探すのを諦めた。
 別のモノを探す。
 慎重に、座っている人の動きを観察する。一瞬の機会を逃せば、他のキョロキョロ団に席を取られてしまうからだ。
 ちょうど目に入ったところに、目的の行動をしている人を見つけた。雑踏に紛れるように、小さな音でパチンッと指を鳴らす。
 俺は女性の二人組に声をかけた。
「すみません。ここ空きますか?」
 突然、座っている人にこんな質問をしたら失礼に見られるだろう。しかし、そんな無礼なことはしない。ちゃんと考えてからの行動だ。
 相手側も怪訝な顔はせず、優しく対応してくれる。
「空きますよ。ちょっと待ってくださいね」
「すみません、ありがとうございます」
 ニコッと女性達は笑顔を浮かべ、席を譲ってくれる。
「駒萌、こっちだ」
 俺のやり取りに気付いていなかったようで、駒萌は一人で奥へと進んで行ってしまっていた。
「ほら、空いたぞ」
「すごい、よく見つけたね」
「まあな」
 せっかく席を取ったのだ。立ち話しても仕方ないので、俺はさっさと席に座る。つられて駒萌も席へと腰を下ろした。
「ちょっと席を譲って貰ったんだ」
「え、座ってる人に?」
「そう」
 俺としては、何も悪いことはしたつもりは毛頭無い。だから、素っ気なく答えた。
 しかし、駒萌は不審な目を俺に向けてくる。
「……無理矢理どかせたの?」
「いやいや、違うぞっ!」
 俺は慌てて否定をする。
「帰ろうとしている人から、譲って貰ったんだ」
 そう言うと駒萌は安心したのか、俺を見る目は元に戻った。
「でもわたしが見てたときに、立ち上がろうとする人はいなかったよ?」
「立ち上がる人を探してたんじゃないからな。帰りそうな人を探していたんだ」
「帰りそうな人?」
「ヒントは、カバンだ」
「カバンと、帰りそうな人……?」
 駒萌は口の前に、丸く握った手を当てる。考えるモードになったようだ。
 俺はセットに付いてきたポテトをひょいっとつまみ上げ、口の中へと運ぶ。

「......うぅ、わからない!」
 身体を投げ足すように、駒萌は椅子へ体重を投げた。
「答え教えて。光樹」
 隠すようなことでもない。簡単に説明することにする。
「帰ろうとする人は、まず帰る準備をする。当然のことだな。そこでだ、帰る準備と言ったらなんだ」
「荷物をまとめる。とか」
「そう。その行動の中で、カバンを持ち上げるってのが解りやすいだろう」
「でも、カバンから何かを出すだけかもよ? トイレに行くだけの人も、カバンを触るよね」
 確かに、それらの可能性は大いにあり得る。
 しかし、だ。
「もしその行動を、席にいる全員が同時に行ったら、どうだと思う」
「あ、なるほど」
 駒萌の表情が変わった。俺の説明が、理解出来たのだろう。
「その人たちが、席を離れるって分かるね。一人も残らないなんてあり得ない」
 俺は、指をパチンッと鳴らす。
「ビンゴ。その通りだ」
「それで、光樹はこの席を見つけたんだね」
「他のキョロキョロ団に取られる前に、席を譲って貰ったのさ」
「キョロキョロ団?」
 これについては説明を省いてもいいだろう。
 俺はハンバーガーを手に取り、周りについている紙をはがした。
「まぁ、食べよう」

 俺たちは無事に、夜ご飯を食べ終わる。
 店の中は未だに混んでいたので、早々に席を離れることにした。
「はぁ、おなかいっぱい」
「満足出来たようで」
「食後の紅茶が飲めたら、最高なんだけどね」
 駒萌は無類の紅茶好きである。生徒会室にも自前でティーセットを用意し、俺たちへと注いでくれるレベルの、だ。今となっては、駒萌が紅茶を淹れる風景も日常と化していた。
「紅茶ねぇ」
 帰路の途中、誘われた時に感じた面倒臭さも、ここまで来るとどうでも良くなってしまう。理由はともあれ、今は駒萌と二人だ。もう少しだけ長く一緒に居たいと思ってしまうのは、俺だけだろうか。
 小さな勇気を振り絞り、今度は俺が誘ってみた。
「……紅茶のある、……喫茶店とか行くか?」
「えっ、今から?」
 なんだろう、立場が逆のデジャブ。
「うーん。家で飲むからいいや」
……さいで。
 所詮、俺たちの関係はこんなもんだ。少しでも期待した俺が間違っていたのだろう。
「でも、」
 駒萌の声に、俺は顔を向ける。
「また来ようね」
 笑顔でそう言ってきた。
 何て言うか、コイツはズルいな。結局、この台詞と笑顔に振り回されるのは俺だけだ。
「……今日は帰るか」
「うん」
 向かう先は、自転車置き場。
 こんな感じで、今日も終わる。何も無かったように、俺たちは帰路へと戻った。

帰路の途中で

:あとがき

 どうも、猫かぶりです。

 最後まで読んでくださった方、心からありがとうございます。
 まだ読んでない方、よろしくお願いします。

 今回、自分の中でイメージを固めるために書いた「帰路の途中で」。シリーズ印象補完っていうのはそういうことです。
 初心者丸出しなのに、いきなりシリーズ化させようとしているあたり、察してください。アホなんです。
 こんな感じで、この子たちをもっと動かせたらいいなと思っています。良かったら温かく見守ってください。
 そんで、仲良くしてね。

 Pixivにも投稿しています。そちらもぜひ。

 機会があれば、またどこかで。

帰路の途中で

-光樹と駒萌の帰り道。ちょっとした寄り道- ハンバーガーショップに行き、席の空いていない状況。 そんなピンチを救った、光樹の行動とは……? ・・・・・・ シリーズ印象補完。短編。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5