色が染まる時計がまわる -夏-

三男の佳紀のある夏のお話。

色が染まる、時計が回る。より。
次男の恭悟の春の話もあります。そちらもよろしくどうぞ。

1

太陽が、地球に近付いてるのかもしれない。
そうも思うほどに日差しは眩しくて強い。被った麦わら帽子でなんとか前を向けるけれど、服からはみ出た自分の手足からは湯気が出ているように見える。

佳紀は、夏休みに入り毎日をもてあましていた。
長男の明穂は仕事だし、次男の恭悟は先週から旅行にいっている。したの双子達は楽しそうに野球をしに行った。
中学生になり、部活だってあるし友達だっているし、別に寂しいわけではない。ただ、夏休みという特別なこの期間に、どうにか特別なことをしなくてはいけないと思うのだ。

住んでいる街は、所謂田舎というやつだ。
色のあせたジーンズに、白いTシャツをきてサンダルをつっかけて自転車に乗る。麦わら帽子は明穂のを借りた。恥ずかしい気もしたけれど、この麦わら帽子も佳紀にとっては夏休みのアイテムだ。


今日は久しぶりに部活が休みだから、一人で昼食を食べたあとに外に出た。すこし遠くにあるレンタルショップでDVDでも借りようかな。
近くの古い電気屋を通っておばあちゃんに挨拶をする。
「ばあちゃーん、こんにちはー」
「あー、佳紀君。げんきだねぇ」
「暑いね!ばあちゃん。ちゃんと水分とるんだよ!」
「はいはいどうも」
ここで買った扇風機は、実は一度も壊れていない。何年前に買ったかは覚えていないけれど、佳紀が前の扇風機を思い出せないくらいには前のことだ。


汗が、頬を伝う。
暑くて肌が焼けるような夏が、佳紀は好きだ。だからそのなかでも夏休みなんてものは格別に好きだ。
特別なことをしたいな、と思っていた。
特別なこと、とはいえないけれど、特別な出会いだったとは思う。



「にゃあ」



「え?」
き、っと自転車をとめる。レンタルショップの看板がもうすぐそこに見えている。
横には田んぼが広がっているが、そこから何やら聞き慣れぬ声がした。
「ねこ?」
「にゃあっ」

小さな段ボールの中、ではなくてそこから這い出たように緑の雑草に小さな生き物を見つけた。
特別な出会いだった、と思う。

2

「なんだこれ」

アイスをくわえた志織が、段ボールを見下ろしている。
小学生ながらに生意気な志織は、炎天下というやつが嫌になって帰ってきたらしい。双子の茂人は日に焼けて帰ってくるくせに、志織はまだ肌が白い。

「田んぼの、土手のとこにね、いたんだよ!」
「ねこ?」
「そうそう!ちっちゃいよね!!」
「うわぁ、なに食べるのかな」

嫌そうな顔をしながらも、膝をおってのぞきこんでいる。日差しをよけて、すこし快適になったのか子猫も段ボールの中で歩き回っている。
牛乳は、あげてはいけないときいたことがあったからとりあえず水をおいておく。
目やにがたくさんついているし、毛も汚ない。病院にいった方がいいのだろうか。しかし、お金がかかるとしたらそんなものは用意ができない。

とりあえず、明穂が帰ってくるのを待つしかなさそうだ。

「志織、ねこすき?」
「えーわかんねー」
「すげー可愛いじゃん!俺飼いたいなぁ」
「きょうごくんが、許しますかねぇ」
「だめかなぁ」


だってこんなに可愛いのに。
一軒家に住んでいるし、特に誰かが動物嫌いという話もきいたことがない。たしかに、恭悟は頭が固いからすんなりとはいかないかもしれない。けれど明穂ならば許してくれそうだ。
柔らかく微笑んむ明穂が容易に想像できて、自分までにやにやしてしまう。
名前は何にしようか。

3

「なんじゃこりゃ」
誰かが帰宅すれば、必ず同じ台詞が玄関から聞こえた。
茂人がグローブをもちながらのぞいていれば、買い物帰りの明穂が袋をもったままそれを見ている。おかげで旅行帰りの恭悟が家の中に入るスペースが無かった。

「あきちゃん!病院につれていってあげたいの!」
「そうだなぁ」
「お前どこで拾ってきたんだよ」
「うわー、猫だ!」
「俺が帰ったら、もういたんだよ」

とりあえず、この子猫は話題の中心となった。
まだ近所の動物病院がやっているらしいので、連れていくことになった。一番兄弟で難しい言葉の使える恭悟についてきてもらうことにする。明穂が恭悟にお金を渡したのをみた。なんだか、そこで少しだけ現実を見た気持ちになった。気持ちになっただけだ。
恭悟は、その兄の明穂に比べて慎重だし小心者だし、簡単にいえば怖がりだ。だから、新しいことをやりたがるというよりも、慣れたもので確実に物事を進めていく。しかし、頭はとてもいいので、新しいものをその頭で理解さえすれば取り入れ合理的に生きている。
猫はどうだろうか。
動物園には、いったことがあるけれど。

段ボールを抱える自分に猫を預けて心配もしない。と思えばきちんとずれたタオルを直してやっている。
どうやら、猫は恭悟とっては怖れる対象ではないらしい。

「きょうちゃん、猫へいきなんだねー」
「こんな小さいんだもん、そりゃ可愛くみえるだろ」

そうかぁ、とおもった。
自分は、あまり弟たちの誕生のときを覚えていない。しかし、この年の離れた頭のいい兄は覚えているだろう。
自分が今感じるような気持ちになったのだろうか。

4

病院でノミをとってもらい、きれいになった猫は段ボールの中で眠っている。その顔はとてもあどけない。
幼稚園に通っていたころの双子たちだって可愛かったけれど、小さな手を伸ばして口を開けている猫というのはもっともっと可愛い。
「佳紀、いつまでそこにいんだよ」
「明日朝から部活だろ」
「ほら、こんなに口が悪くなっちゃって」

悲しい顔で双子を見やれば、ムッとした顔をする。口から出てくるものは憎たらしいけれど、単純で扱いやすいのがこの二人のいまの可愛さだろう。
「なぁ、その猫どうすんの?」
「えー、うちでかうよ」
「ふーん」

茂人は少し嬉しそうにした。好奇心が旺盛だから、きっと猫だってずっと眺めていたいのだろう。一方でクールな志織が横にいるから格好をつけているだけだ。
「勝手にきめんなよ」
「まあ、そのうちね!」

呆れたような顔の志織の頭を撫でて、二人を部屋に連れていく。茂人と志織の野球の話を聞きながら、電気を消した。
部屋に入る前に、明穂が自分の部屋から顔を出してきた。
「おやすみー」
「おやすみ!あきちゃん!」


そういえば、あきちゃんがきょうちゃんに渡したお金は、ほとんどおつりがこなかった。

5

昔から、動物は好きだ。
小学校にいたウサギにキャベツをやるのが楽しみだったし、隣のおばあちゃんちの犬の散歩にもついていった。動物園はあまりいったことはないけれど、猿をみるのが好きだ。
好きなだけだから、誰でも似たようなものだとおもう。けれど周りからすれば、動物も佳紀にはよくなつくようだ。

朝起きれば、恭悟が寝間着のままで猫に餌をあげていた。その顔はにこにことしていて、志織のいっていた心配は無さそうに思える。このままさりげなく、この猫をうちの住民にしてしまう作戦だ。さりげなく、溶け込め。
「おはよぉ。ごはんできてるぞー」
「顔洗ってくる!」

キッチンから明穂が出てきて、パンをトースターにいれた。
夜布団の中で考えた名前を思い出していく。病院に連れていくことで、猫が雄だとわかった。
みけ、たま、これじゃメスだろうから、タロウ、ポチ、これじゃ犬か。
思い出していっても、そういえばいい案は浮かばなかったと気付いてやめる。だんだんパンの焼けるいい香りがしてきた。

「佳紀くんやい」
「なぁに?あきちゃん?」
「あのねこは、どうするの?」
「え!」
さりげなく、作戦はどうやら早速失敗に向かっているらしい。恭悟も猫を抱いてこちらをみている。
あきちゃんをみれば、いつもどおり垂れた眉毛で優しくこちらを見ている。明穂は、いつも優しいのだ。

「おれ、飼いたいなぁ…………」

明穂はいつも優しいから、そうかそうかと頷いてくれるだろう。そう思っていた。けれどいつまでたってもその返事はない。どきどきしてきて、なんだか悪いことを言った気分だ。
「さとおや、さがさない?」

長男の発言は、絶対だ。
こういうととても恐ろしいことのように感じるけれど、うちでは自然とそうなっている。恭悟も二十歳をすぎたけれども、働いているのは明穂だけだ。それに、明穂は自分の意見を貫き通すというよりは、誰かの意見を尊重する人だ。だから、皆が揉めても長男の一言でおさまってしまう。
そういう人だ。


さとおやさとおや。里親。

6

うまく言葉をのみこめなくてぼけっとしていると、明穂が目尻にしわをつくってにっこり笑った。
「おばあちゃんに、きいてみよう」
「おばあちゃん?」
「うん。電気屋の、ばあちゃん」
昨日あった、あの電気屋のおばあちゃんのことだ。
彼女は小さい身体で背中を丸めて店番をしている。昨日は団扇をパタパタとあおいでいた。話し相手になると美味しい飴や煎餅をくれるもんだから、小学生のころはよく通っていた。
その電気屋の主人は、何年か前に亡くなった。おばあちゃんよりも8つもうえのおじいちゃんだった。こちらはおばあちゃんと違って少し近寄りがたかったけれど、二人がとても仲良しなのは幼い自分にもわかるほどだった。
「いいね!!」
「おれも、いいと思うな!」
「じゃあ、帰りに話してくるな」
ばあちゃんも、一人じゃ寂しいだろうから。
ぽつりと明穂が呟いた言葉は、自分にも恭悟にも聞こえていた。優しさが核にあってそこから性格ができているイメージという点では明穂もおばあちゃんも同じだった。

猫は段ボールの外が気になるようで、なにやらうるさくなっている。おばあちゃんに、飼われるなら、幸せになれるだろう。

帰ってきた明穂によると、おばあちゃんは猫が大好きらしい。明穂の手には、買い物袋とは別のビニール袋があった。中身はほとんど煎餅だ。
それを5人で食べながら、猫を囲む。
「煎餅食べさせるなよー」
「きょうくん、さすがにそれはわかるよ」
おばあちゃんは、完全室内飼いができるかはわからないがトイレも餌いれも昔のがあると言っていたらしい。前も何匹か飼っていたのだそうだ。
猫を拾ってきてからまだ2日ほどしかたっていないが、猫とは案外頭のよいものだとわかってきた。表情も豊かだ。鳴き声も色んなパターンがある。こうして無条件に愛情を注ぐことができるのは、家族のほかにいるだろうか。いただろうか。
そう考えると、とても不思議な気持ちになる。
本来なら、人間の愛情なんてなくてもいい生き物なのに。


その日の夢は不思議なものだった。
周りはとても騒がしい。人の話し声にも聞こえるし、蝉の音かもしれない。皿が割れる音にも聞こえたし、車のクラクションも混ざっていたきがする。とりあえずそんな時に自分は海に飛び込んだ。そうしたら途端に音は消えた。
静寂か。
水の音もない。ぱったりと音が消えて、日に照らされた水面を見上げながら沈んでいくのがわかる。
涙が、海水と混ざって滲んでいく。

絵本でみた動物は、皆言葉を使っていた。そこに疑問はなかったし、陽気なライオンや象たちといつかお喋りしたいとおもっていた。昔は、もしかしたらわかっていたのかもしれない。自分も犬や猫と話をしていたかもしれない。でも、今はもうわからなくなってしまった。人の言葉で頭を埋め尽くされてしまったから。

今はなにも聞こえない。
夢の中ならば、また話すことができるだろうか。

7

それから2日後の 夕方、志織と茂人とともに電気屋にいった。昼間に比べれば涼しくて、もうお店もしまっているからだ。
「おばあちゃーん、きたよー」
「おや、おちび達も」
「こんにちは」
外から見ると、埃っぽいようにみえていた。けれど、実はこまめに掃除されており、大型家電良品店でも扱っているような品物もある。品数が多いとは言えないが、それでもずっとつぶれずに経営しているということは、つまりはそういうことなのだと思う。
サンダルをつっかけて、猫のいる箱をのぞきこむ。
「おや、元気そうな子だね」
「よくなくんだ」
「よしきみたいに、うるさいよ」
「おい志織!!」
「冷やした水羊羹があるよ。おあがり」
店は、そのまま家と繋がっている。いつもあけっぱなしの扉過ぎると右手に台所があって、そのまま進むと広い居間があった。

しばらくしておばあちゃんが水羊羹を4つと、缶をもってきた。水羊羹はとても冷えていて舌触りもなめらかなとても上品な味がした。あまり家で買ってたべることがないからだとも思うのだが、水羊羹がこんな風に美味しく感じるのは初めてだった。
水羊羹とは別の缶は、猫に与えるものだった。
「前の猫がすきでね。ついまた買ってしまったよ」
食べるかねぇ、と段ボールをのぞきこんで猫とじゃれているおばあちゃんは、なんだかとても可愛かった。
笑っていつもよりも皺が増えていたし、お土産のお菓子もなかった。
それでも心の底から、これでよかったと、思った。

さいご

帰ると、明穂と恭悟が玄関先で待っていた。
「よしき!」
「しげ、しぃ」
志織はすぐに明穂のもとに駆け寄って、茂人も嬉しそうに手を振った。
もう時間は7時を過ぎていたのに、まだ夜とは言えない。影がのびる夕暮れが、なんだか猫との別れに似合いすぎてて笑ってしまった。
夏休みの、特別な出会いは一瞬だった。ほんの2、3日同じ家で過ごしただけだった。けれど、佳紀はそれでいいと思った。この5人以外がいることが、今更だが違和感があるのだ。例えそれが人ではなく猫でも。

「ねこ、かわいかったね」
明穂が家と入りながらぼそりという。独り言かと思ったが、顔をあげれば目が合う。
「おまえらが、うまれたときを、思い出したんだ」
横の恭悟がそれにくすりと笑った。

ぶわり、まるで鳥肌が立つようだった。嫌悪感でも恐怖でもない、わからないけれどそれと似たようなものだと思った。そして、急に安堵が襲ってきた。
最近背が伸びてきて、たまに関節が痛い。ご飯の食べる量も増えて、少しそわそわしてきた。
自分でもわかる、変化している。


「もう、佳紀もいろんなことを考えるようになったんだな」
明穂と恭悟が目を細めて微笑んでいた。
よくわからないけれど、胸のあたりがきゅっとして苦しい。誤魔化すように明穂に抱きつく。そういえば、昔はたくさんだっこしてもらった。もっと、見上げていた気がした。
いつか、こんな風に自分も大人になっていく。
猫の声が聞こえなくなって、夏の蝉がいつなきやんだのかわからなくなって。それでも、きっとあの幼い猫を、忘れることはないだろう。

色が染まる時計がまわる -夏-

中学生の子供らしい気持ちで、
あまり深く考えないように単純にを心掛けたら
単純すぎて中身が奥ふかくに埋まってよくみえない。

それに、夏はおわってるな。


千尋

色が染まる時計がまわる -夏-

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-12

CC BY
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CC BY
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