同調率99%の少女(4) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(4) - 鎮守府Aの物語

=== 4 学校の日々1 ===
合同任務から帰還した那珂たち。しかし帰還と同時に新たな問題が発生。那珂の新たな戦い・奮闘?が始まる。

早朝の帰還

早朝の帰還

 護衛艦が日本本土の港に到着したのは午前3時過ぎだった。乗り込んでいた鎮守府Aの艦娘6人と隣の鎮守府の6人は退艦し、海上自衛隊の港湾施設の一角に降ろされて集まり、荷物をまとめて帰りの身支度を整えた。

 人には言えない理由で頭痛がする那珂、五十鈴、天龍の3人、そして他の面々はそれぞれの鎮守府に帰るため6人ごとに集まっている。
 ほぼ全員眠い目をこすりながら、帰宅するまでが遠足(or 旅行 or 仕事)であるというどこかで誰かが言っていたような文言を必死に思い返して、睡魔と戦っている。

 鎮守府Aの面々が集まっている場所では……。
「みんな~……これから帰りますよ~。眠いけどあと少し頑張りましょ~。」
 すさまじいまでの眠気により、普段に輪をかけておっとりしたしゃべり方と空気になっている旗艦五月雨が必死に号令をかける。彼女が5人を見回すと、普段はしゃきっと真面目な五十鈴や、友人の時雨までもぽけ~っとしている。そして那珂に至っては目をつむっている。本気で寝ているわけではないことだけはその様子から読み取ることができた。

「那珂さん、五十鈴さん。どうされたんですか?普段ならこういうときでもその……しっかりなさっている気がするんですが。」
 普通に心配して声をかける五月雨。

「え?あぁ~気にしない気にしない。さすがのあたしでも朝は弱いんだよぉ~」
「同じく。ちょっと頭痛いからそっとしておいてくれると助かるわ……」
 目をつむったまま手を目の前で振り、問題ないことをアピールする那珂と、片手で頭というより額を抑えている五十鈴。
 そんな二人を見て五月雨は?がたくさん浮かんだ顔になっていた。

「はぁ……。ところでどうやって帰ります?同調して海渡って帰ります?それとも歩いて鎮守府までか、タクシーに来てもらうか……」

 出撃回数が一番多い五月雨は出撃後の振る舞いに少々慣れているのか、皆に提案をする。

「さみ〜、さすがにここから歩いてはありえないっぽい!」
「あはは…そっか、そうだよね。」
 夕立が適切なツッコミをいれる。それに続いてしっかり者の時雨がその提案に反応した。

「さみ、僕は艤装が壊れてて調子悪いから、できればタクシーか何か別の方法がいいかな。」
 艤装が中破~大破している時雨は艦娘として当然の移動方法を拒否する。それは艤装が大して壊れていない他の面々も、疲れと眠気で賛成だった。
「でも、この時間って公共機関まだやってないんじゃないの?」時間的に当然の指摘をする村雨。
「うへぇ~、あたしもうクタクタで歩けないっぽい~ それに同調してない艤装持っていくの重くて嫌~」
 夕立は目をこすりながら愚痴る。


 中学生組のやりとりを惚けながら見ていた那珂は頭をふらふらさせながらふと隣の鎮守府の面々の方を見てみた。するとなんと、天龍達6人の前に自衛隊の車両らしき車が停車し、それに乗り込もうとしていた。
 隣で同じ光景を見ていた五十鈴が一言口にした。

「隣の鎮守府ってああいうコネだかなんだかがあるのね。大所帯な鎮守府のところの艦娘たちはいいわねぇ……」
「自衛隊の送迎付きですか~。うちじゃありえないねw」
 羨ましさが迸る五十鈴の一言に激しく同意した那珂。那珂は五十鈴の一言に頷いて失笑した。
 そして気を取り直すかのように五月雨らの方を振り向いて音頭をとる。


「ま、いつまでもここにいたら怒られちゃうし、みんなで分担して艤装運ぼ?今日も学校だし早く鎮守府帰ろう~」
「ホントよ。泊まり込みの出撃は学校ないときにしてほしいわね。」
 文句を言いつつも高校生という年長者らしく、思考の切り替えはしっかりさせる那珂と五十鈴。頭が冴えてきたのか表情からは眠気は消えている。
 一方の中学生組の五月雨たちは、那珂と五十鈴が何気なく言った最後の一言に、疑問を顔に浮かべた。
 五月雨が質問した。

「あれ?那珂さんたち今日学校なんですか?私達は今日お休みなのでゆっくりできるんですよ。」
「え?マジ!?創立記念日かなにか?」
「いえ。学生艦娘には認められてるお休みだそうです。泊まりを伴う出撃や遠征任務の次の日は代休がもらえるんです。だから私達みんな、ね?」

 五月雨が時雨たちに同意を求めると、時雨たちは3人共、ウン、と頷いた。
 那珂は五月雨たちの説明を聞き目を点にして呆けた。五十鈴も知らなかった様子を見せ、口をパクパクさせて声が出せないほど驚いた様子を見せている。その様子を見た時雨は確認する。

「もしかして……那珂さんたち知らなかったんですか?」
 時雨の一言に那珂と五十鈴は言葉なくコクリと頷いた。

 そしてトドメは村雨が刺した。
「那珂さんと五十鈴さんって……普通に採用された艦娘なんでしたっけぇ?」

 その一言で五十鈴は声を荒げて言った。
「……そうよ!私達二人とも、普通に採用された艦娘よ!悪い!?」
 なぜか逆切れをする五十鈴に村雨たちはハッと驚いた後苦笑いするしかなかった。

「あたしたちそのあたりのこと、提督から教えてもらってないよ~」と那珂は半泣きになる。

 時雨と村雨たちが告げたその事実に、那珂と五十鈴は唖然としたり半泣きになったり激昂したりと忙しい反応をあたりそこらに示して喚き散らす。そして普通の艦娘にはそんなデメリットがあるのかと、声にこそ出さなかったが、悔やむことしかできなかった。

「とにかくぅ!あたしと五十鈴ちゃんはマジで帰らないとまずいから急いで帰ろ!?」
 那珂は艤装を装備し始め、同調するのも忘れて駆け足になる。五十鈴も似たような状態になりつつあった。
「そうね。……そうね。ええと。この時間ここからだとどうすれば……!?」

 つまり、二人とも混乱していた。
 普段は冷静だったり、着任時からすごい判断力と発想力で鎮守府Aの面々を驚かせた那珂と、最初の軽巡担当である五十鈴の慌てようを見た五月雨たち中学生組は、普段とは立場が逆になっていることになんとなく優越感を持った。

「あたしたちはの~んびりかえろ、さみ、時雨、ますみん。」
 無邪気に発言する夕立だが、急いで帰る必要がある高校生二人組の話は別としても、夜明け前の深夜に、年若い少女たちが関東の南西の端にある海上自衛隊の基地から帰る足に困っている事実は変わらないのだった。

艦娘から日常の少女へ

艦娘から日常の少女へ

 那珂と五十鈴が焦りを感じて率先して帰ろうと五月雨たちを引っ張って帰ろうとすると、海上自衛隊の基地の正門を通って、駐車場を突っ切って進んでくる一台のワンボックスカーを見かけた。その車は駐車場脇の歩道を歩いている那珂たちの近くで止まり、運転手と思われる人物が顔を出した。

 それは、6人全員が知っている人物だった。その人物は助手席の窓を開け、身体を伸ばしてその窓から外を見る姿勢で6人に声をかけた。

「よぉ!無事帰還してるな。遅れてすまない、迎えに来たぞ。」

「「「「「「提督!!」」」」」」


 眠気と疲れにまみれていた6人全員の顔が一斉にほころんだ。艤装を手に持っていたり、わざわざ同調して背負って歩道を歩いていた那珂たちは知っている顔を見つけたので取るものも取り敢えず、提督の車が留まった駐車場のところまで、歩道との間にある草地を駆け抜けて駆け寄った。

 同調して自身の艤装と、時雨の代わりに壊れた艤装を腕に抱えて持っていた五月雨も駆け寄っていた一人だが、草地を駆け抜ける最中に足を取られて転びかけた。

「きゃっ!」
 五月雨が片手に担いでいた時雨の艤装は五月雨の腕からすっぽ抜け、提督の車めがけて宙を舞った。

ドスン!!

「うわぉ! あぶねぇ!!」
「ぎゃーー!?」
「あっ、提督、ゆうちゃんゴメンなさい!!」

 時雨の艤装は提督の乗ってきた車スレスレの場所に落ちていた。あやうくぶつけそうになっていた状況に五月雨だけでなくその場にいた全員があっけにとられる。提督は車の中から冷や汗をかいていた。それから我先にと駆け寄っていた夕立も艤装が近くに吹っ飛んできたために、同じく人一倍冷や汗をかいて呆然としていた。
 夕立は五月雨に文句を言った。

「さみってば!同調しながら陸でコケないでよぉ!! こんなもの飛ばして危ないっぽい!!」
「ゆうちゃん~ゴメン~!」

 五月雨の必死の謝罪を聞いてもなおプリプリ怒っていた夕立だったが、すぐに興味が移り変わり、提督の乗ってきた車と提督の方を振り向いて提督に話しかけた。

「まぁいいや。それよりもてーとくさん、お迎えありがとー! その車行きとは違うっぽいけどてーとくさんの?」
 夕立は飛び跳ねて喜んで助手席の窓に顔を突っ込み、提督に顔を近づけた。
「いや、親の借りてきたんだ。俺小さいのしか持ってないし、今回はトラック借りられなかったからさ。でもまぁ、これくらいの車なら6人全員乗れるだろ?」

「私達はいいですけど……私や時雨、夕立の艤装は大きいから乗せられますか?」
 村雨が夕立の後ろから車を覗き込みながら、艤装のことを気にして尋ねた。
「詰めればなんとかなるだろ。まぁ少しの間だ。」
 軽く答える提督。それに対して夕立がゆったり乗られなくなるなどブチブチ文句を垂れるが、提督は夕立の扱いに慣れているのか軽く頭を撫でてサラリとスルーする。
 夕立は途端にエヘラエヘラと顔をにやけさせておとなしく下がった。
「狭くなるけどちょっと我慢してくれ。さ、俺積み込むからみんなは乗ってくれ。」
「「「「「「はーい。」」」」」」

 提督は車を降りて艦娘たちの艤装を車に積み始めた。村雨の心配したとおり、3者の艤装はかなりスペースを取ったがパズルのように詰め込み、座席は前から2・3・2人になることでなんとか全員・全部車に入った。
 艤装と同席になるという割を食ったのは、夕立と那珂だった。

「いやまぁ、じゃんけんで負けたからいいっちゃいいんだけどさ、花の女子高生が鉄の塊に頬ずりしながら座ってるってどういうことなのさ?」
 最後尾から静かに文句を垂れる那珂。それに助手席に座っていた五月雨が助け舟を出す。
「あの……、私代わりましょうか?」
「いいよいいよ!五月雨ちゃんに座らせるくらいならあたしは艤装に頬ずりしつづけるさぁ!!」
 おどけつつも五月雨を気遣って言葉を返した那珂。深夜~早朝のためかいつもよりテンションがおかしいことに他の6人はなんとなく気づいたが、皆あえて突っ込まずに苦笑いだけしてスルーした。

 同じく艤装に頬ずりしそうな形になっている夕立はすでにうとうとしかけている。
「ふわぁ~むにゃむにゃ……あたしは気に…しないから平気っぽぃ……。」
「うんうん。ゆうはもう寝ちゃっていいよ。」
 夕立の前の座席に座っていた時雨は夕立をあやしながら彼女を一足先に眠りに誘った。

 その後数分間はワイワイ雑多な事を話していた艦娘たちだったが、
「さ、行くぞ。みんな寝てていいぞ?鎮守府着いたら起こしてあげるから。」
の一言により、先に眠りについていた夕立に続いて残りの5人も、それぞれの席で思い思いの眠りにつくことにした。

 提督が車を動かして、海上自衛隊の基地の正門に戻る頃には、艦娘たち6人はスヤスヤと寝息を立てていた。
 少女たちの寝顔をミラー越しに見ていた提督は、6人を起こさないような小声で労いの言葉をかけ、車の運転に集中することにした。

「フフッ。よっぽど疲れてたんだな。安心しきった寝顔だわ。みんな、ご苦労様……。」


--

 提督の運転する車が進むこと50~60分ほど。早朝の道路は空いていてスムーズだったが、それでも海上自衛隊の施設のある地から鎮守府Aのところまではそれなりに距離があるため、そのくらいはかかっていた。
 鎮守府Aに着く頃には午前5時を回りそうな時間帯になっていた。
 安心しきって爆睡していた6人を提督はそうっと起こし、車から降りるよう促す。6人は寝ぼけまなこで車を降り、しばらくその場で頭をふらふらさせながら棒立ちしていた。

 提督は艤装をのせたまま車を工廠まで動かし、そこで荷降ろしした。提督とともに夜勤をしていた整備士の数人は提督が来たことに気づくとすぐに近寄り、提督から艦娘たちの艤装を受け取って運びだした。

「時雨の艤装はほぼ大破か。夕立のと村雨の艤装は魚雷発射管がない。五月雨のは…なんだこれ?内部に少し浸水してる? みなさん、詳しいチェックお願いできますか?」
 見た目でざっと判断した提督は整備士にその後のメンテナンスを任せることにした。整備士たちは「はい。」と快く返事をしてそれぞれの艤装を運び入れて工廠内に戻っていった。
 なお、工廠長たる人物の姿は、まだなかった。



--

 先に鎮守府の本館の前まで戻ってきていた那珂たちは、やっと(物理的・精神的に)重荷がおりたことで安心している。

 が、のんびりしていられない二人がいる。那珂と五十鈴だ。提督が本館の前まで戻ってきたので二人は駆け寄って行って提督に話をした。

「提督。五月雨ちゃんたちは学校休めるって本当なの?」
「ん?あぁ、そうだよ。学生艦娘は出撃任務のあとは学校の授業半日免除か、泊まり込なら全休できるんだ。あ!お前たち……!」
 那珂たちに説明しながら、提督はハッと気づいた。

「そうよ。私達は普通の艦娘としているから休みなんてもらえないのよね?」と五十鈴も確認する。
「あちゃーそうか、そうだったわ。普通の艦娘にはそんな待遇ないんだよ。職業艦娘と学生艦娘はあるんだけどな。君たちも相当疲れているだろ? 休みたいよなぁ……」
 五十鈴の確認に提督は答えつつ、那珂と五十鈴の体調や気持ちを心配し始める。

 提督は那珂こと光主那美恵、五十鈴こと五十嵐凛花の着任の形態について簡単に説明した。
「普通の艦娘の人だと、職場や学校、親御さんに言う権利とか権限は俺にはないんだよ。だから本人が学校や職場に相談してやりくりしてもらうしかないんだ。」
 提督の権力ではどうにもならないことがわかると、五十鈴も那珂も休めるかもという一筋の希望はすぐに諦め、今日いかにして学校に行くかという思考に切り替える。

「まぁ、仕方ないです。私は普通に学校に行きます。一度家に帰りたいけど、電車が……」
「あたしは割と近いからいいけど、五十鈴ちゃんどうするの?」
「いやまぁ、普通に電車でしょ。」

 3人が思案してあれこれ話していると、その様子が気になったのか五月雨たちが話しかけてきた。
「あの……提督?もしかして那珂さんたちって。」
 五月雨が想像したことを口にすると、提督は正解とばかりに頷いた。五月雨は那珂と五十鈴のことを自分のことにように心配し始めた。

「お二人これからおうちに帰るにしても、まだ電車動いてないんじゃないですか?」
「そ~そ~。それが問題なんだよねぇ。」
 那珂は五月雨の心配に頷いて問題点をハッキリとさせた。

 
「とりあえずご両親にはそれぞれ連絡してくれ。始発がまだ始まっていないから途中まで俺が二人を運ぶよ。」
 提督は那珂と五十鈴にそう言うと、五月雨の方を向いて頼み事をした。
「五月雨たちは学校休みだから、まだ鎮守府にいられるだろ?」
「はい。」
「じゃあ俺二人を送ってくるから、その間4人で留守を頼む。」
「わかりました。お任せ下さい!」

 五月雨の元気な返事を聞いた提督は彼女らの喜ぶ補足をした。
「そうだ。待機室の冷蔵庫に全員分のジュースとお菓子とパンを買ってあるんだ。」

「えーー!?てーとくさん優しぃー!!大好き!!」
夕立は手をパタパタさせてはしゃいで喜びを全身で表した。隣にいた時雨は夕立をなだめて落ち着かせて提督に感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます提督。あとでいただきます。」

「喜んでもらえて何より。那珂と五十鈴の分のジュースを誰か取ってきてくれないか?二人はこれから帰るから、せめて飲み物だけでも、な?」
 時雨たち全員に向かってお願いをしつつ、手前にいた那珂と五十鈴に対しウィンクをした。

「あ、じゃあ私取ってきますぅ。」
 そう言って素早く本館に入って行ったのは村雨だ。

「提督は優しいね~。これから帰るあたしたちにもくれるなんて。ありがと。」
「ありがとうございます、感謝するわ提督。」
 那珂はわざとらしく腕を組んでおどけながら最後は素の声質で感謝の言葉を伝える。五十鈴は提督の仕草と優しさに照れまくったのち、横髪をクルクルいじくりながら冷静を装いながら感謝を伝えた。

「まぁ、ホントは全員鎮守府で休憩して各自適当な時間に解散するものだとばかり思っていたんだけどな。那珂たちの事情まできちんと考慮できていなかった俺が悪いといえば悪いんだ。次このような出撃任務があるときはきちんと考えてあげるよ。」

「いやぁ、あたしたちも着任時の注意事項とか制度のことちゃんと見てなかったのが悪いんだし、提督のせいだけじゃないよ。もうあたしたちも気にしてないから、提督もあまり考えすぎないでね?」
「あぁ、そう言ってくれると助かるよ。」

 しばらくして那珂と五十鈴の分のジュースの缶を持って村雨が戻ってきた。村雨は那珂たち二人に缶を手渡し、別れの挨拶を交わした。

「気をつけて行ってきてくださいね。」
「うん、ありがとね村雨ちゃん。」

 そして提督と那珂、五十鈴は本館の玄関口から離れ、正門に向かって歩き出した。数m離れたところで提督は大きめの声で再び五月雨たち4人に念押しした。

「それじゃあ、留守を頼んだぞー!」

「はーい!いってら~」
「わかりました。」
「お疲れ様でしたぁ。」
「3人ともお気をつけてー!」
 夕立、時雨、村雨、五月雨はそれぞれ返事をした。

帰宅

帰宅

 鎮守府に戻る最中よりも人が少なくなった車中、わずかな道のりだが提督はお互いの眠気防止に那美恵に戻った那珂、凛花に戻った五十鈴と雑談しながら二人を始発の電車が始まる時間に間に合うように駅まで送っていった。

 那美恵は多少遠慮したのか、駅につく手前で提督に声をかけた。
「提督、あたしはここまででいいよ。もうそろそろ始発始まるし、家まであと少しだし。凛花ちゃんを送ってあげて。」
 提督はミラー越しに那美恵を見て言葉を返す。
「そうか?だったら光主さんこそ家まで送ってあげるのに。」
 提督の案に凛花が乗った。
「そうよ。私こそ電車で行ったほうが確実だもの。あなたこそ提督に送ってもらいなさいよ。」

「ていうか提督に自宅の場所教えてないし。知られたらはずいなぁ~ってw」
 わざとらしく照れたあと那美恵は反論した。
「あんたね……そんなこと言ったら私だって。あっ、でも知られて嫌とかそういうわけじゃなくて、あの…お部屋片付けてないから恥ずかしいってだけで……!」
 那美恵の思いをふくらませて受け取って展開する凛花はだいぶ勘違い気味の恥ずかしさを示す。
 面白いくらいに真っ赤になって慌てる五十鈴を見て那珂はクスクス笑う。提督は頭に?を浮かべてポカーンと見ている。

「凛花ちゃ~ん。まさか提督を家まであげること考えてたのぉ~?大胆な女子高生じゃのう~!」
「!! そ、そんなことあるわけないじゃない!!」
 キャイキャイとお互いを茶化しあってはしゃぐ二人を見て、女子高生に囲まれるおっさんのいづらさを味わいつつ提督は二人に催促をした。

「おーい二人とも。ホントにどうするんだ?」

 うーんうーんと唸り声を上げて悩む那美恵。そして出した答えは。
「じゃあ間をとって、二人とも電車で帰ろー。提督だって今日会社あるんでしょ?」
「残念でした。俺今日は午前休もらってるから、半日は自由なんだ。」
「う~ずるいぞ~社会人~」
「私達も気軽に休みたい……」
 二人がふざけてうらやましがって文句を言っていると提督は車を止めた。駅前のロータリーに着いたのだ。

「ほらほら。さっさと電車乗れって。間に合わなくなるぞ?」
 提督は手を払って早く改札を通るよう促す。
 五十鈴も車を降りて、那珂と一緒に朝の駅の改札口へ向かう。その最中、那珂は提督の方を振り向いて叫んだ。

「そーだ提督。あとで鎮守府行った時、話したいことがあるから時間ちょうだい~」
「あぁ、わかった。別に無理して今日でなくても明日でもいいぞ?」
「はーい。その時は連絡しまーす。」
 提督は二人に手を振り、那珂と五十鈴は提督に向けてお辞儀をしてお互い別れた。

 そして那珂こと那美恵は自分の家のあるとなり町の駅で降り、五十鈴こと凛花は自宅のある駅まで電車を乗り継ぐ。
 那美恵は学校のある駅を過ぎ、自宅のある街の駅で降りることにした。
「それじゃあ凛花ちゃん。またね。」
「えぇ。お疲れ様。」
「おつかれ~。うっかり寝過ごすなよ~。」

 扉が閉まる直前に凛花を茶化す那美恵。電車の中にいる凛花は手でシッシッと言うかのように払って返事とした。
 二人とも自宅に戻り、遅刻ギリギリだったが無事に登校できた。

カミングアウト

カミングアウト

 無事に家についた那美恵は、時間を見るとすでに6時を回る頃だった。事前に連絡を入れていたおかげか、那美恵の母は那美恵が念のためドアのチャイムを鳴らすとすぐに出てきて娘の顔をマジマジと見つめた。娘が仕事とはいえ朝帰りをするなどと、心配に心配を重ねた表情でもって那美恵を抱きしめた。

「お母さん~あたしは大丈夫だから。心配しないでって言ったでしょぉ?」

 いくら国(の末端の機関)の管理が行き届いたとされる職場とはいえ、怪物と戦う艦娘になって、夜通しで戦っている娘を心配しない親など絶対にいない。前日に提督から連絡を受けた那美恵の両親も、しぶしぶながらも了承した一家のうちの一つなのだった。
 とはいえ那美恵の両親、特に父親はそれほど心配していなかった。
 那美恵の父は昔歴史に名を残しかけた偉大な母親に育てられた息子であり、母親の性格をしっかり遺伝して無駄に明るくお調子者、それでいて母親を超えるなんでも出来るまさに"出来る男"だ。社会に出て、子供ができて脂の乗った年代になった彼は、今や仕事も家族サービスもバリバリこなすダンディなおじさまを地で行く人物となっている。
 那美恵は偉大な祖母、明るくお調子者で何でもできる父親の影響を多大に受けて育った。お調子者で気楽な性格、何でもそつなくこなしてしまう才能の遺伝のため、母親の心配などぞどこ吹く風な態度でこれまでの17年間過ごしてきた。父親はそんな娘の性格や能力をわかっているがゆえ、無駄な心配をしないで那美恵を信じて自由にさせている。

 これまで那美恵の母親は心配事といっても、せいぜい学校の行事で遅くなったり、休日に地域のボランティアなどで遠出するときにするくらいであったが、娘が艦娘になってからのこの3ヶ月近く、今までとは比べ物にならないほどの質と量の心配をすることになった。今回の泊まりでの出撃任務で、母親の心配は最高潮に達したのである。
 とはいえ娘が頑として譲らずやろうとしている艦娘の仕事を無下に反対するほど子供の意志を尊重しないわけではない。むしろお国のために働いていることが将来安定した生活の構築につながるかもと密かに期待をかけている。決して娘である那美恵には明かさないでいるが。

 親の役目としてとりあえず口をすっぱくしてクドクドと心配を口にする母親に那美恵はハイハイと適当に聞き流しつつ、家に入りサッとシャワーを浴びてまだ少し早い時間のために一眠りすることにした。
 今更娘のやることに反対はしないが、今日び戦死するなどという一般人の生活からはありえない死に方をしないでほしい、それだけが心の底から常にする最大限の心配であった。それから女の子であるので大変なところに傷をつけて将来に影響を残さないでほしいとも。

 一方の那美恵は朝の僅かな時間ではあるがすでに寝息を立てていた。護衛艦内での眠り、提督の車の中での眠りとは比較にならないほどの安心した眠りであった。
 そのため、普段学校へ行く時間ギリギリになっても起きてこないことを心配した母親がたたき起こしに来てようやくうっすら目を覚ますくらいである。

 完全に安心しきって深い眠りについていたため母親からうるさく言われても半分くらい眠っている那美恵。朝ごはんをのんびり食べながら、時計を見ると、普段なら家を出てだいぶ経つくらいの時間になっていることにようやく焦りを感じ始めた。まだしていなかった登校の準備を慌ててして学校のかばんを持ち、ボタンを留めきってないブレザーを羽織って家を飛び出していった。

 那美恵の家からは、地元の駅より電車で2駅のところが学校である。

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「会長、今日はギリギリの登校でしたね。どうしたんすか?」

 お昼休み、生徒会室でヘタっている那美恵を見て男女二人いる書記のうち、男子生徒が尋ねた。彼は教室の窓際から、走って登校してきた那美恵を見ていたのだ。
 彼は三戸基助、書記だ。軽い口ぶりと態度でひょうひょうとしたところがあるが、那美恵からの信頼は厚く、気を許す男子生徒の一人だ。

「うん。ちょっとね~昨日から泊まりで艦娘の仕事でさ。今朝帰ってきたの。」
「え!?会長艦娘やってるんすか!?」
「そーだよ。」
「よくなれましたね……あれなれる人少ないって聞きますけど?」
 三戸が質問をした。

 世間一般的な認識はそうなのか、と那美恵は思った。実際艦娘の試験を受けに行くと、試験が難しいから競争率が高いというよりも、最終試験である艤装との同調のチェックで、波長が合わずに合格できない受験者がほとんどなために競争率が高いという結果となる。
 ただ、世間ではどのみち競争率が高い職業・仕事・イベント事と認識されているのだった。

 実情を事細かに話そうと思ったが、疲れていたのでその場では適当な返事だけして、那美恵は机の上でへたり続けた。
「……うん。まぁね~。でも面白いよ~。いろんな人と出会えるし、ストレス発散になるしいろいろ優待もらえるし。まぁ戦うのは大変だけどね……」
「ストレス発散になるっていってるわりには今の会長疲れてるじゃないっすかw」

 三戸の鋭いツッコミに那美恵は彼の肩を軽く叩き、少し甘えた感じでぐずって返す。
「う゛う~!昨日今日は特別なの!正しい手順踏んどけばホントなら今日休めるはずだったのに~!完全にあたしのミスだよぉ~。 三戸くんあたしを癒やせよ~!」
普段に輪をかけてボディタッチをしてくる生徒会長たる那美恵につっつかれてドギマギする三戸は反応に困りつつも、
「ははっ、触り返していいなら触っちゃいますけど?」
と言い返し、那美恵からの無言の自発的な拒絶を得た。

 那美恵はその後もう一人の書記、女子生徒に向かっても愚痴を漏らした。
「ねぇわこちゃんどー思う!?あたし今の生活続いたら過労死しちゃいますよ?」

「はぁ、そう言われましても……そうなんですかとしか……。」
 向かい側に座っているわこちゃんこと、もう一人の書記兼会計で女子生徒の毛内和子は前頭部につけた髪留めあたりの髪を撫でていじりしつつ、適当に相槌を打った。三戸と同じ書記の彼女は物静かな性格だが、仕事などやるべきことに関してはキビキビ動く少女だ。三戸と同じくらいに那美恵の信頼は厚い。

「それにしてもミスって言いますけど意外っすね。会長なら艦娘というのになっても完璧にバリバリ活躍して周りの人巻き込んで引っ張っていってるイメージありますけど。」
「あ、さりげなくひどいこと言われてる気がするー。三戸君から見てあたしってどういうイメージなの~?」
「いやいや。会長はミスとは無縁な人なのに何かあったのかなっていう心配をしてまして……。」
 三戸は照れながら那美恵をフォローするかのように返す。

「あたしだってミスの一つや二つするよ~。今回のはミスっていうよりも、あたしの努力が足りなかったからで……あ、となるとやっぱりミスでいいのかな?」
 那美恵の言い訳と自己問答をなんとなくただ眺めている書記の二人。那美恵は時折クネクネと身体をひねったりしかめっ面をするなどして、傍から見ると何を考えてやっているのかわかりづらいアクションを起こしている。三戸と和子も会長である那美恵を最初見た時は頭の弱い人か!?と思ったが、それはまったく的外れの感想であることをすぐ後に知った。
 二人は生徒会に入り、那美恵の巧みなまでの仕事っぷり・人さばきを目の当たりにして、一瞬で考えを改めてさらにそれを飛び越えて那美恵の性格や振る舞いにも心酔するようになった。あの性格や振る舞いも、慣れれば別段鼻につくわけでもなく、本気でイラッとするわけでもない。きっと天才であるがゆえの表裏一体の行動なのだろうとあきらめにも似た感覚を覚えたのだった。

「ホントに何かあったんですか?私達で良ければ伺いますよ?」
 と和子は心底心配そうに那美恵を見つめる。
「おぉ!?マジ~?」
「完璧な会長が見るからに弱気を吐いていれば、どうしても気になります。」

 最初はあの会長のことだから、特に話半分で聞いていてもいいだろうと和子はなんとなく思っていたが、ガチでやるときと普段のおちゃらけのどちらなのか判別がつかなかっため、気になってきたのだった。
 それはもう一人の書記の三戸も同じ様子だった。
 二人が興味を向けてきたのでシメシメと思い、那美恵は話を持ちかけてみた。

「せっかく艦娘やってるってカミングアウトしたんだし、ちょっといいかな、みんな。放課後時間ある? 話したいことあるの。」
「俺は別にかまいませんよ。」
「私もです。どのみち生徒会室には来ますので。」
 那美恵の提案に快く承諾する三戸と和子。
「あとは副会長かぁ~。ま、同じクラスだからあたしの口から言っておくよ。二人はじゃあちゃんと放課後、お願いね。」
「「わかりました。」」

 約束を取り付けると那美恵は再びぐったりとだらしなく机に突っ伏した。その様子をみた和子は無駄とわかってはいたが一応注意してみた。

「会長…そんなふうに机にビッタリ頬を当ててるとだらしないですよ。それから顔に跡ついちゃいますよ。」
 和子の心配は一応受け取りつつ、突っ伏したまま手をひらひらさせて適当な相槌を打った。


--

 その日の放課後、生徒会室には那美恵の他、副会長の女子生徒と書記の二人という4人が集まっていた。その日は生徒会の仕事はなく、付き合いのある別の友人と帰ろうとしていた副会長の女子生徒だったが、会長からのお願いということでその友人には断りを入れ、しぶしぶながら生徒会室に姿を現すことになった。

 一番最後に入ってきた副会長の女子生徒はバッグをテーブルの足元に置き、一息ついたのちに口を開いた。
「で、話ってなに?」
 副会長の女子生徒がぶっきらぼうに質問する。それに対しタイミング良く連続で頷きながら那美恵は答えた。

「うんうん。実はね、書記の二人には話したんだけど、あたし実は艦娘やってるんだ~」
「ふぅん……って!?なみえあんた艦娘やってるの!?」
 副会長は那美恵を名前で呼んで素で驚く様子を見せた。

「清々しいまでの驚き方ありがと~みっちゃん!実はそうなんだよぉ。」

 那美恵がみっちゃんと呼んだ副会長の女子生徒は、実は那美恵の親友である中村三千花という名の少女である。想定通り驚いてくれた彼女に対して那美恵はペロッと舌をだして親指を立ててグッ!のポーズをし、軽くツッコミ混じりの返事を返した。

 親友の那美恵から艦娘という存在の名を聞いた三千花。決して全く知らないわけではなく、三戸や和子と同程度の認識であったため、物珍しいと世間的には評価される艦娘に親友がいきなりなったことに本気で驚いたのだった。しかしそこは那美恵のことを知ってる親友である。すぐに友人としての納得の様子に反応を切り替えた。

「よく艦娘なんてやれるわね……ってなみえなら不思議でもなんでもないか。でもなんで?どうして急に?」
「急ってわけでもないけど、始めてからもうすぐ2ヶ月経つよ。」
「私に相談もなしに……少しくらい打ち明けてくれたっていいじゃないの。」
 親友である那美恵がこの2ヶ月近く、自分に黙って物珍しい艦娘として活動していたことに心配の気持ちを多分に含んだ憤りの念を抱いて三千花は那美恵に食って掛かった。
 それを受けて那美恵は両手を合わせてオーバーリアクション気味に謝るポーズをした。

「ゴメンって。これから話してあげるから許して~。」
「はぁ……。今回呼んだのは艦娘のこと話したくてしょうがなかったのね?」
 三千花が那美恵の気持ちを察するかのように発言すると、那美恵は特に口を開かずコクリと頷いて肯定した。

 その後那美恵は事の発端と、これまでの艦娘としての活動をかいつまんで3人に説明しはじめた。

「ふーん、なるほどねぇ。艦娘って人たちが戦ってるとはなんとなくわかってはいたけど、そういう風になってるんだ~。」と三千花。

「海が危険だとは結構前から言われてましたけど、海なんてめったに行かないし普通に俺らには影響なかったから知らなかったっすね。」
「そういえばうちの母が以前言ってました。20年位前とは比べ物にならないほど海産物の値段上がってるって。私達の生まれてない時代からだから……。これも深海凄艦という化け物のせいなんでしょうか?」至極真面目に状況を分析する和子。

 三千花と三戸、和子は三者三様の反応を示したが根本の驚き様は一緒だった。彼女らは那美恵という身近に艦娘になった存在を通して、改めて昨今の海の状況とそこから影響してくる日常生活について思い知ることとなった。

「あの、会長。艦娘らしいなんか格好とか活動?の様子の写真見せてもらえないっすかね?」
「おぉ!三戸くん乗り気だね~。実はあるんだよぉ~。」

 三戸は艦娘としての那美恵の様子を知りたくてたまらなかった。那美恵はもともと見せたくてたまらなかったため、三戸の反応は想定していた通りの嬉しい反応なのである。つまりお互いの欲求が一致したのだ。
 那美恵はその言葉待ってました!と言わんばかりに早速携帯電話を取り出し、今回の出撃の際に依頼元の東京都と隣の鎮守府の艦娘から出撃の記録としてもらっていた写真や動画のいくつかをスクリーンに映しだして三戸たちに見せた。

「はい。これがあたしの艦娘としての格好だよ。それからね~こっちは同じ鎮守府っていうところに所属している娘たちで、こっちは今回一緒に活動した隣の鎮守府出身の艦娘。○○高校の人で、同学年の子だったんだよ。すっかり仲良くなっちゃった。」
 那美恵は次々に写真を見せる。三千花・三戸・和子はそれを興味津々に覗きこんで食い入るように見つめた。

「へぇ~艦娘ってこんな感じで活動してるんだ~。なみえカッコいいじゃん!」
「会長かっけぇ~!あ、それとこの娘かわいいっすね?この娘も……」
「会長の着てるのって艦娘の制服なんですか?かっこ良くて可愛いです。私は一番好きかもしれません。」

 三千花、そして書記の二人はそれぞれの反応を見せた。おおむね好印象だ。携帯電話に映しだされる写真に見入る3人の様子に鼻高々にして少しふんぞり返り、控えめな主張しかしない胸を強調して那美恵は誇らしげな顔をした。

「話も聞いたしあんたの活躍もわかった。けど、それだけじゃないでしょ?」
「さっすが副会長兼親友のみっちゃん。わかってくれてる~?」
 阿吽の呼吸のように反応のやりとりをする三千花と那美恵。二人の様子を見て三戸と和子はワンテンポ遅れて「え?え?」とキョロキョロして二人の様子を確認した。

「長年友人やってりゃわかるわよ。あんた、お願いごとしたいんでしょ?」

 書記の二人も決して那美恵とは浅い関係ではない。生徒会メンバーとしても、普通の先輩後輩の関係として健全で、わずかな付き合いではあるが頻繁に接するためかなり密な関係だ。しかし三千花と那美恵は10年来の友人関係であるため雲泥の差。
 三千花は那美恵の行動が何を表すものなのか、察しがつきやすい。


--

「うん。実はさ、鎮守府Aとうちの学校を提携させて艦娘部を作りたいの。」
 ストレートに内容を伝えた那美恵。
 その一言で済ませた内容を聞いて、どう反応すべきか3人は途端に困って黙りこむ。数分とも感じられた約1分の沈黙の後、副会長の三千花が口火を切って指摘してきた。

「部活ねぇ。普通に先生に許可もらって作ればいいだけなんじゃないの? なんでそこで鎮守府っていうのが関わってくるの?」

 またしても想定したとおりの反応を三千花がしてきたので那美恵は勢い良く頷いた。

「その言葉待ってました!このあたりのこと、簡単に説明するね。」
 那美恵は改めて調べておいた、学生艦娘の制度について説明をした。

・学生艦娘制度自体について
・普通の艦娘、職業艦娘それらと学生艦娘の違い
・鎮守府や国にとって学生艦娘を取ることのメリットとデメリット
・学校側のメリットとデメリット
・学生(生徒)のメリットとデメリット

 那美恵はこれらを簡単にまとめて三千花らに説明した。泊まりの出撃任務の翌日および朝慌てて登校してきて一切準備をしていない那美恵だったが、何も知らない一般人になんとなく知ってもらえる程度の説明は出来たと心のなかで自負した。

「……という感じかなぁ大体。出撃から帰ってきたばっかりで全然資料ないから、今度提督に相談してもっと詳しく教えてあげるね。」

 本当にざっと説明しただけだが、三千花たちはなんとなく理解できた様子を見せた。確認するように三千花は内容を反芻し始める。
「なるほどね。学生艦娘ねぇ。国から艦娘専用の装備が出てるからおいそれと勝手に人を増やしても行き渡らない。自由に艦娘を増やせないのね。だから鎮守府が学校と提携して、まとめて人を採用したり適切に人数を調整するってことなのね。」
「そうそう、そんな感じ。」
 那美恵は頷いた。

次に和子が質問してきた。
「ところで……高校生はなんとなくわかるとしても、中学生が戦うってどうなんでしょう? それに深海凄艦という化け物と戦うことって、会長も含めてみなさん怖くないのでしょうか?」
 和子は艦娘自体の年齢・年代のことや深海凄艦の怖さを気にしている。
 那美恵は彼女の質問に対して、自身の体験も交えて答えた。

「その辺の艦娘の年齢問題は、私達がまだ生まれてない頃の艦娘制度の初期に結構論争になったらしいよ。どう解決したかはあたしは知らない。今度提督にもっと聞いておくよ。それから艤装つけてるとね、不思議とそういう怖さがなくなるんだぁ。あたしも他の艦娘から聞いたときはにわかに信じられなかったけど、実際体験すると確かに怖くなくなったの!」

 机に身を乗り出してその時のいわば不思議体験を力説する那美恵。3人がビクッとしたのに気づくとすぐに座席に戻り、普通のテンションと口調に戻って言葉を続けた。
「ま、別に接近戦するわけじゃないし、遠くから砲雷撃するっていう環境のおかげもあるんだろうけどね。」
 語りながら、その怖さが減る・なくなるという感情の操作について気にかかるものがあるが、今は触れるべきではないとして心のなかで思うだけにしておいた。

「ふぅん。他の人も?」
「うーん。ま、そこは人それぞれだと思うな。」

 三千花の一言の疑問にも答えると、那美恵は再びその場に立って机に両手を付き、前のめりになるように乗り出して3人に、自身の目的を改めて語りだす。今度は先程よりも勢いを弱めに立ち上がった。

「それでね、私が所属してる鎮守府Aってまだ出来て間もないの。別にそれだけってわけでもないんだけど、とにかくそこに協力してあげたいの。」
「それが、部を作ってその鎮守府っていうところと提携結ばせたいってことなんすね?」
 書記の三戸が確認してきたので、それに頷く那美恵。

「なんとなく興味持ったから始めてみた艦娘だけどさぁ。有名になって目立てるんだよ?それに今なら自分たちが鎮守府の運用に大きく関われるって、なんかワクワクしない? ただの学生がだよ、国や世界を守る鎮守府に大きく役に立って、世界的に有名になれるかもしれないんだよ?」

 熱をあげて語る那美恵だが、三千花の反応は思わしくない。
「理想が高いなぁ。なみえ自身はそれでいいかもしれないけど、他の人を誘うんだったらもうちょっと砕けないとみんなついていかないと思うよ。」

 決して全て否定されたというわけではないが、自身もまずいと感じている点を親友に突かれたのは痛かったので、那美恵は少し弱めに出ることにした。
「うん、それは自分でもわかってるの。だから協力してほしいの! 別にみっちゃんとか書記のあなたたちに一緒に艦娘になってほしいとかそういうことは言わないよ。強制するものでもないし、これは完全に私のわがままだから生徒会本来の仕事とは関係ない。ぶっちゃけ私利私欲のために生徒会を利用しようとあたしがしてるだけだから、無視してくれてもいいよ。」

 那美恵は何段にも重ねて断りを入れてさりげなく協力を求めた。
 そんな那美恵に対して先ほどの三千花とは違う反応を見せたのは和子だった。
「でも、学外の団体との協力っておもしろそうです。生徒会の活動としても、うちの学校の名を広める、課外活動の一環としては良いんじゃないでしょうか。バックに国が関わってるということなら、その鎮守府っていうところも信頼できるでしょうし。私個人としては会長に協力したいです。」

 書記の和子は少し協力的な方向に向いてきた。しかし見つけた問題点も指摘してきた。
「けど、このことをどうやって学校に伝えて説得して、なおかつ生徒にもわかってもらうかですよね。」

 那美恵は和子の指摘することにウンウンと頷く。
「そうなんだよ~。前に鎮守府Aに見学に行った後ね、教頭と校長先生に提督とじかに会って話してもらったんだけどさ、その時はダメだったんだよね。」
 那美恵が最初の説得に失敗していたことを暴露すると、まさかと思った想像を三千花は口にして確認する。
「あんたまさか一人で校長に話しつけに行ったんじゃないでしょうね?」
「うん、そーだよ。」
 さも当然かのように返事をする那美恵。三千花は右手で額に手を当てて呆れた様子をする。

「さすがのなみえでも単独で教頭と校長相手は無理よ……。なんでその時せめて私に話してくれなかったの?」
「うーん、その時はまだ艦娘着任前だったし。正直みっちゃんに話しても状況変わると思わなかったから話さなかったのよ~」
那美恵は対親友であってもサラリと悪びれもなく言い放つ。
「……あんた、変なとこでものすごくクールに振る舞うよね……まぁいいけど。」
 三千花は親友のそんな態度に深くツッコむのを諦めて、彼女の次の言葉を待った。

 那美恵は気を取り直し、空気を変えるために3人に目的のためすべきことを語った。
「ともかく。あたしがやらなきゃいけないことは2つあるの。一つは校長の許可を取り付けること、それからもう一つは艦娘になってくれそうな生徒を2人以上集めること。」
 三千花らはやることと言われた2つのことを聞いて相槌を打った。

「その2つの問題はわかるけど、生徒を集めるのって言っても普通に集めてたんじゃダメなんでしょ?」
 三千花が改めて問題点を確認する。

「うん。艦娘になるには同調のチェックで合格しなきゃいけないの。なりたいって思ってもなれるわけじゃないし、その逆だってありうるんだ。だから、数撃ちゃ当たるやり方で、なるべく多くの人に興味をもってもらって、とにかく大勢の人を集めなきゃダメだと思う。」

「なんか……聞く限りだと艦娘になってくれる人集めのほうがめちゃくちゃ大変じゃないっすか?」
「うん。そうだと思うよ。」
 那美恵は三戸の感想に頷いた。

「相当運というか相性が良くないとってことですよね?」
「そーそー。あたしはほんっと運と相性がよかったってことなんだと思う。いわゆるラッキーガールってやつ?」

 和子の感想にも頷いて真面目に肯定する那美恵。最後におどけてポーズを取りながら言葉を締める。3人ともサラリとスルーしたことに那美恵は少しだけグサッとキた。
 コホン、と咳払いをして那美恵はお願いの言葉を口にする。

「無理強いはしないよ。でもどっちかだけでも協力してくれたら、嬉しいな。」

 腕を組みながら数秒間誰にも聞こえないくらいの唸り声を発して考えこむ三千花。顔を上げて那美恵の方をまっすぐ見た。その表情は、那美恵がこれまで何度も見てきた表情だった。

「仕方ないわね。親友の頼みじゃあ無視なんてできないわよ。それに面白そうだし。」
 那美恵のやることに度々振り回されてきた三千花だったが、そのたびに彼女のやることに間違いはなくむしろ正しく、そしておもしろい経験ができていたことを思い出したのだ。
 今回も口では渋りながらもやる気を見せて彼女に協力することにした。

「みっちゃん~!」
 ぱぁ~っと顔をさらに明るくして素直な喜びを見せる那美恵。


 那美恵の話を聞いて少し考え込んでいた三戸がふと提案してきた。
「あのー会長。その試験って鎮守府でやらないといけないんすか?」
「およ?どーいうこと?」
 三戸の質問の意図がつかめず聞き返す那美恵。三戸は那美恵の反応を見た後説明し始める。

「えーっとっすね。たとえばその鎮守府ってところの人に学校に出張してもらって設備とか持ってきてもらって、興味ある生徒に受けてもらうとか?」
 妙なところで機転の利く考えを発する三戸。それに賛同したのは和子だ。
「あ、それいいと思う。もしそれができるなら、チラシ作って学内に貼れば自然と人集まるかもしれないし。会長、いかがですか?私も三戸君の案に乗ろうと思うんですが。」
 チラリと三戸の方を見て頷いた後、賛同の意を表した。

 那美恵もその案は頷いた。しかしそれと同時に気になる問題があった。
「確かにその案いいね~。だけどそれができるかどうかはあたしじゃ判断つかないなぁ。今度鎮守府行った時に提督に聞いてみる。」

 三戸の最初の案は保留になった。そのため三戸はさらに別のことを提案した。
「……となるとあとやれることは、俺たちで先にチラシでも作っておきましょうか?」
 それには副会長の三千花が冷静に答えた。
「いえ、まだしないほうがいいと思う。どう転ぶかわからないし、私達今なみえから艦娘の話パッと聞いただけだもの。もうちょっと情報ほしいわね。」
「あー確かにそうっすね。」
 三千花が書記の三戸の先走ろうとする案に待ったをかけ、自身らの持つ現状の問題点を挙げる。三戸はそのことに納得した様子を見せた。



--

 そこで那美恵は3人に提案した。
「ね、ね!みっちゃん! それに三戸くんと和子ちゃんも、まずは一度鎮守府に見学しにこない?百聞は一見にしかずだよ!」
「えー!私達が鎮守府に!? ……部外者だけどいいの?」
 突然の那美恵の提案に、三千花が当然の心配をする。
「マジっすか!?ホントにいいんっすか!?」
 三戸は急にハイテンションになり聞き返した。

「だって、ここまで話したんだもの。みんなにも実際の鎮守府とか艦娘とか見てもらわないと協力する実感湧いてこないでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど。」なおも良い反応をしない三千花。
逆の反応をするのは三戸だ。客観的に4人を見ても、テンション高く反応しているのは三戸だけだ。
「ほぉ~! 直接色々見せてもらえるなら最高っす。生艦娘とか、くぅ~!ワクワクだ~」
 あまりにテンションが変わっているので和子が一言でツッコミを入れた。
「……変な考えてますね?」
 三戸の(男としてはある意味当たり前な)反応を、和子は敏感に察知してギロリと睨みをきかせた。

 3人を代表して三千花が改めて那美恵に返事をした。
「提督って人や艦娘の皆さんのお邪魔にならないんであれば、行ってみましょうか。ね?」
 三千花は三戸と和子に視線で同意と確認を求めた。二人は「はい。」と返事を返した。

「じゃあ今度鎮守府に行った時に、あなたたちの見学のことも話しておくよ。それまではこの話はこのメンバーだけの秘密ね。いいかな?」

「わかったわ。」
「了解っす。」
「はい、わかりました。」


--

「はぁ~。疲れた~。」
 3人から賛同をもらった那美恵は緊張の糸が途切れたのか、昼間のように力なく机に突っ伏すようにへたり込んだ。それは、同じ学校内でようやく協力者を得た喜びと安堵感、そして今朝方まで出撃任務で外出していたがゆえの疲れが複合的になったものであった。
 親友の様子を見るに、本気で疲れているのだと気づいた三千花はねぎらいの言葉をかける。

「本当につらそうね。お疲れ様。そんなにハードワークだったの?」
「いや~今回は特別だったんだよぉ。昼間三戸くんと和子ちゃんにも話したんだけどさ、ちゃんと手順踏んで学生艦娘になっておけば、今頃は家でゆっくりのんびりお休み中でしたってことですよみちかさんや。」
「なみえが弱音を吐くなんて……なんというか珍しいわ。でも嫌ではないの?」
 三千花の質問に那美恵はテーブルに突っ伏しながら口をわずかに動かして答える。
「嫌じゃないよ。むしろ好き。なんだかんだで楽しいもん。学校外のいろんな人と出会えるのがいいかなぁ。」
「へぇ~。」
 疲れを見せてはいるが、本気で嫌ではなく表情や態度の端々で肯定的な様を見せる親友を見て、三千花は静かに興味をたぎらせるのだった。


 その後30分ほど生徒会室でおしゃべりしあう4人。最初に三戸が帰り、次に和子が友人と帰り、最後に那美恵と三千花が残った。

「お~いなみえ。本気で寝ないでよ!そろそろ帰ろうよ?」
「う~~~ぃ~~~~。」
「コラっ!女の子がヨダレ垂らしながら唸り声出すな!」
 しゃべるのも億劫になっていた那美恵は気づいていなかったが、声を出してなんとか反応を示そうとしていたら、よだれを少し垂らしてしまっていた。三千花はそんなだらしなくなっている親友にピシャリと注意をして彼女を起こした。

 普段の那美恵の行動の仕方を知っている三千花が怪訝に思うくらいの動きでその後もダラダラと歩いて那美恵は生徒会室を出る。鍵を閉めて三千花と二人で帰路につくことにした。

 下駄箱までの道のりも那美恵の足元はふらふらとしている。
「ねぇなみえ。ホントに大丈夫?なんだか飲んだみたいに千鳥足になってるわよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。別に飲んでるわけじゃないよ。疲れてるだけだって。」
「…にしても急にあなたフラフラになってない?身体大丈夫?」

 親友のしつこいくらいの心配の言葉に那美恵は普段の調子で三千花の背後に周り、髪の毛を引っ張って茶化す。
「ちょ!なみえ!何すんのよ!」
「心配性のおじょーさんはこうするとやわらかーくなるんだよねぇ~そりゃ!」
「ふぁ……!あっ……やめっ!」
 校門を出るまでの道のり、那美恵は三千花をいじってイチャイチャしながら進む。一瞬三千花は小走りになるが、那美恵は歩幅を合わせないでわざと歩き、彼女の髪を指と指の間に挟み込んでサラサラっと撫で回す。校門までの間は部活動をしている生徒くらいしかいないので人は少ない。その寂しげな空間に三千花の嬌声が一瞬響いた。
 似合わぬ声を上げてしまったと気付き、三千花は那美恵の方を振り向いて割りと強めのげんこつで彼女の頭を小突いた。

コツン!

「……いったぁ~。ぐーはやりすぎじゃないですかね、ぐーは……みちかさんや。」
「人がせっかく真面目に心配してあげてるのにそんなことするからよ。」
「それにあたし疲れ気味なんですが。」
「そんだけ元気なら心配ないわね。」
 親友の突き放すような態度に本気ではない怒気を含んだ声で言い返す那美恵。当然、三千花はそれを見破って、あくまで冗談を諌めるように言い放った。

「ふぅ……ゴメンねみっちゃん。」
那美恵は一息ついたあと、ふいに真面目に返す。

「まぁ、冗談は置いといて、疲れてるってのはホントだよ。」
「ほらやっぱり無理してる。ふざけてないで真面目に帰りましょうよ。」
「うんまぁ、それだけじゃないんだけどね。なんだかさ~、安心しちゃったってもあるかなぁ。」
「安心?」

「うん。今までいろんなことやってみっちゃんには助けてもらったけど、今回のこの艦娘のことだけは、きっと今までとは比べ物にならないくらい大きなことになる予感がしたから、言い出せなかったんだ。」
 急に真面目に返されて三千花は内心慌てたが、表面上は冷静に返した。
「……にしたって、ずっと付き合いのある私にもわからないくらいに黙ってるなんて。いくらんなんでもやりすぎよ。」
「ゴメンって。みっちゃんは常日頃真面目だし変に心配症なところあるから、余計な心配かけたくなかったの。でも今回打ち明けられてよかったよ。ずっと黙ってるなんてやっぱあたしには無理だわ~。話せて、安心したってこと。」

 真面目に三千花に話していたかと思うと、途端にいつもの調子に戻る那美恵。顔と上半身は進行方向に戻っていた。

「まぁ、なみえにはなみえの事情とか考えあるのわかってるし、私達に打ち明けたんだから今まで溜めこんでた分、これからは私達を頼ってよ?」
 眉をひそめた心配顔から、表情を解きほぐす三千花。彼女は那美恵が急に疲労困憊になった理由がなんとなくわかった気がした。
 普段茶化されているので、たまにはと思い三千花は那美恵の頭に手を伸ばして軽く撫でてみた。

「おぉ!?みっちゃん!?どしたの突然?」突然のことにビクっとしてのけぞる那美恵。
「なんとなくね。たまにはあんたを労ってあげる。」
「んふふ~。みっちゃんに頭ナデナデしてもらうのすんげー久々。」
 ニンマリと笑顔になった那美恵は、三千花のするがままに上半身を少しかがめて三千花のするがままにさせた。ただその表情は隠しきれていない疲れもあってか、普段より硬いものであった。

 お互いの酸いも甘いも知っている二人は、基本的には那美恵がまず何かを思いついて突っ走り、三千花がその後を追いかけて周囲を気にかけフォローをし、時には突っ走りすぎた那美恵を諌めるというパターンでともに過ごしてきた。那美恵は三千花がいるからこそ、必ずいつかは現れてくれると信じてるからこそ突っ走る事ができ、三千花は那美恵がそういう性格だったからこそ、そんな親友を制御できる出来る人間になろうとし那美恵に近い成績や運動神経の良さ、そして人間関係を手に入れてきた。
 二人の行動パターンはもはや何物にも代えがたい関係を築き上げていた。


 その後二人は学校を出て駅へと向かい、電車に乗る。歩幅が狭くなったりと安定しない那美恵を気遣ってか、三千花はペースを常に合わせて歩く。
 家は同じ駅で降りて改札口を出て、別々の方面だ。那美恵の様子を心配に感じ続けていた三千花だったが、那美恵がどうしても一人で大丈夫と言い張るため、不安を残したままであるが駅前で別れた。

 那美恵は確かに疲れてはいたが、俄然やる気になってきた。一人ではどうにもならない。協力してくれる仲間がいればやれる。その限界は限りなく広がる。それは生徒会の活動を通してもわかっていたが、今回改めて思い知った。
 今の自分の生活もこのまま泊まり含めた出撃任務があるとさすがに辛くなる。それはこれから部を作って艦娘になってもらう生徒も同じはずだと那美恵は思った。
 だからこそ、鎮守府と学校の提携はきちんとせねばならない。自分が実情を体験して初めて提携することの大切さを理解したのだ。

幕間:那珂の休日

幕間:那珂の休日

 翌日、那美恵は学校を休んでしまった。緊張が解けたからなのか彼女は突然ドッと疲れが出始め、朝起きるには起きたが、とても学校へ行って何かをできる体調ではなかった。その後半日以上も熟睡してしまった。

 昼過ぎに起きた那美恵は、ようやく体調がかなり回復したのを感じた。まだだるさは残っているが、起きてご飯を食べる・シャワーを浴びるくらいはできそうだと。
 那美恵の母親はパートを休んでいた。娘の看病をするためだ。那美恵が1階の居間に姿を現すと、「おそよう」と茶化した言葉を口にして、お昼ごはんを用意し始めた。
 その間にシャワーを浴び、頭を完全に目覚めさせた那美恵は気分が乗ってきたのか、鼻歌と、その流れで流行りのアイドルグループの歌を口ずさみ始めた。気分ノリノリでお風呂タイムを満喫している。体調はほとんど回復していた。

 テレビ番組を見ながら少し遅いお昼ごはんを食べ始めた。那美恵の母親は娘のスタミナを復活させるために肉を使った料理を出した。普段は比較的小食な那美恵だったが、長時間の睡眠と疲れが取れた後だったためか、この時ばかりは普段の倍近くもぺろりと平らげた。

 その後居間にあるソファーでゴロ寝しながら携帯電話を見ると、三千花からメッセンジャーアプリで通知が来ていたのに気づいた。それを開くと、真っ先に心配の言葉が飛び込んできた。那美恵は返事を出して無事を知らせる。
 ふとメールアプリのほうを見ると、なんと五月雨と五十鈴から来ていた。鎮守府にいる艦娘のたちとは仲良くなってすぐに連絡先を交換していたためだが、仕事で普段会っているのでメールやメッセンジャーを出す機会をこれまで逃していたのだ。

 五十鈴こと五十嵐凛花からは次のような文面で届いていた。
「こんにちは、那珂さん。そっちはどう? 私は昨日はあの後学校に行ったのはいいけど、あまりに疲れていたので早退してしまったわ。私が艦娘してることを知ってるのは友人2人だけだったから、他の人にうまく言い訳してもらうのに大変でした。今日は言い訳を手伝ってもらったお礼に友人にお昼をおごっているところです。」

 メールの受信日時を見ると、12時24分と、だいぶ前だと気づいた。
「凛花ちゃんも大変そ~だなぁ。ってかメールでは口調丁寧だしw ちょっとおもろ~。」
 凛花からのメールに返すことにした那美恵は寝っ転がっていたので打ち込むのが面倒くさくなり、電話で話し合うかのように音声入力で3~4文喋って入力した。
「凛花ちゃんこんちは~。あたしは昨日は頑張って放課後まで出たよ!んで今日は疲れちゃったからお休み。また今度鎮守府でね!」

 五十鈴からのメールに返信し終わると、那美恵は次は五月雨からのメールを開いて見始めた。
「那珂さnおはようございます。昨日はあのあと大丈夫でしたか?私達は昨日はあのあと提督がお昼をごちそうしてくれたんですよ!エヘヘ~嬉しかったですよ。それからですね・・・」
 那珂の心配というよりも、自身らの先日のその後の行動を長々と書き連ねていた。ところどころ誤字誤変換があるなど、うっかりミスは彼女らしいと那美恵はニンマリと萌えながら画面に表示された文面を眺めていた。

 五月雨や時雨たち、五十鈴たちとは艦娘という仕事上の付き合いではあるが、お互い学生という立場上どうしても仕事というよりも学校という垣根を超えた学生同士の仲の良い関係という感覚を那美恵は感じていた。
 艦娘としての付き合い、隣の鎮守府の天龍が言っていたことを思い出した。プライベートで知り合いや、よっぽど仲の良い間柄でない限り、基本的には艦娘同士は付き合わないと。
 鎮守府Aはまだ人が少ない。それゆえ那美恵は全員と仲良くしたかった。今後人が増えたとしても、その思いは変わらないだろう。せっかく自分が加わって活動している艦娘の活動の場所たる基地、鎮守府にいるのだ。他の鎮守府とは違う演出をしたり、関係性を築きたい。那美恵はここまでの体験を思い返してそう考えていた。

 五月雨のメールにはやや返事を書きづらかったため、適当な挨拶を2~3語含めるだけにしておいた。

 ひと通りメールやメッセンジャーの確認が終わると那美恵はまた一眠りつくことにした。その後休んではいたが普段通りの生活をし、夜になりふと提督に話したいことを思い出したので、提督にメールを出すことにした。

「西脇さんへ。この前ちょっと言った、お話したいことがあるので明日鎮守府で聞いてもらってもいいですか?」
数分後提督から返信が来た。
「OK けど夕方会社戻るから早めに。」

 あっさりとした返信に那美恵は苦笑した。
「タハハ。提督ったらそっけない返信~。長文書くの苦手なのかな?」

 (学校外の)男性とメールやメッセンジャーをやりとりするのは那美恵は初めてだったので、大人の男性ってこんなものなのかとなんとなく思い、返信はしないでその時のやりとりを終えた。

見学に向けて

見学に向けて

 次の日、学校は時間割が少ない日のため早く学校を出ることができた。前日に提督にメールをしたところによると、その日は夕方までは鎮守府におりそれ以降は会社に戻るという。那美恵は授業が終わると生徒会室への顔出しは適当に済ませ、都合に間に合うようにすぐに鎮守府へと向かった。

 那美恵が鎮守府に到着すると五月雨たちがすでに来ていた。彼女たちは本館の玄関の付近の掃除をしていた。学校の体操着やジャージを着て掃除に取り組んでいる。
 那美恵に気づいた五月雨と時雨が離れたところから会釈をした。

「あ、五月雨ちゃん。提督はまだいる?」
那美恵が尋ねると五月雨はすぐに軽やかに返事をした。
「はい。いますよ。でももうすぐ会社に戻られるそうです。何かご用事ですか?」
「うん、ちょっとね。ありがと~」

 玄関付近の掃除をしている五月雨たちの間を通り過ぎ、那美恵は本館に入って脇目もふらずに提督のいる執務室へと向かった。執務室に入ると、提督はすでに出る準備をしていた。
「あ、提督!もう出ちゃうの!?」
「あぁ、ゴメンな。話あるんだっけ?」
「うん。あのね。今度学校の生徒会の人を鎮守府に招待したいんだけどいいかな?見学させたいの。」

 提督は会社へ戻る身支度を整えながら那美恵の相談に答える。
「あぁ、いいよ。一般人の見学とかそのあたりは五月雨に任せてるから彼女に話をつけておいてくれ。日にちは……工事の打ち合わせとかもあってバッティングするとまずいから、こっちで候補日を決めてあとで知らせるけどそれでいいか?」
「うん。そのあたりは適当にお願い。あ、あとね?」
「すまん!もう出ないと本当に会社に間に合わないんだ。続きはまた今度な!」

 那美恵はさらにお願いをしようとしたが、提督は会社へ戻る時間がかなり差し迫っている様子で、那美恵の言葉を遮って急ぎ足で執務室から出て行った。

「会社との兼務って大変そ~。ま、あたしたち学生もそーだけど……」
 那美恵は提督が閉め忘れた執務室のドアをぼんやりと眺めつつ、ぽつりとつぶやいた。



--

 玄関先に戻ると五月雨たちは掃除をまだしていた。まだ小さく狭い施設や敷地とはいえ一般的に見ればそれなりに広い。五月雨たち中学生4人ではそう早く終わるものではない。その様子を見た那美恵は五月雨に見学の話を話す前に、彼女らの仕事を手伝うことにした。

「みんな!あたしもお掃除手伝うよ?」
「那珂さん!那珂さんが手伝ってくれるなら鬼に金棒っぽい!」
 まっさきに夕立が振り向き反応したので、那美恵は逆に言葉を返した。
「それを言うなら夕立ちゃんに魚雷ってところでしょ~?」
「那珂さんお上手ですぅ~!」と村雨がヨイショする。
夕立は
「那珂さん魚雷っぽい?むしろあたしが魚雷になって突撃したいっぽい!」
などとよくわからないノリ方をしてその場の笑いを誘った。


 その後那美恵は制服の上着を脱ぎ、セーターとYシャツ、そしてスカートだけになった状態で五月雨たちから掃除用具を借りて掃除に加わった。

「じゃあ那珂さんはむらさんとお願いします。」
 掃除の音頭は時雨が取っていた。
「村雨ちゃんだね。おっけ~。」

那美恵は村雨とともに、時雨から任された範囲の掃除を始めた。しばらくして那美恵は何気なく感じた疑問を投げかけてみた。
「ところでさ、いつもこういう活動のときは4人の中では時雨ちゃんが仕切ってるの?」

「学校では、ホントは白浜さんっていうもう一人友人が僕達を仕切ってることが多いです。」少し離れたところにいる時雨が答えた。
「あ~確かそっちの中学校の艦娘部で一人だけまだ着任できてない娘だね?」
 那美恵は以前聞いたことを口に出して確認すると、五月雨・夕立・村雨たちは苦笑いをしながらもコクリと頷いた。

「別に着任してなくたって来たっていいんじゃない?どーせ人少ないんだしあの提督なら怒らないでしょ?」
「提督というよりも彼女に問題がある気がします……。一応誘ってはいるんですけど、彼女意地っ張りなところがあるから何度誘っても来ないんです。だから僕達早く彼女に会う艤装が配備されないかなぁ~って待ってるんですよ。」
 那美恵は何気なく思ったことを述べ、時雨がそれに答える。五月雨たちはというと、白浜という子のことをよく知っているのか、彼女のことをワイワイと語りはじめた。

 雑談が多くなり始めたことに少し危機感を覚えた那美恵は掃除が終わらなくなるといけないと思い、適当に盛り下がってきたところで一声号令をかけ、自身らは先程の時雨の指示通りの分担で掃除をしながら、件の同級生のことを引き続き聞いた。
 五月雨たちが評価するその白浜という娘の人となりも気になった那美恵だが、それよりも彼女らの中学校の艦娘部の有り方や、白浜という娘の置かれた状況のほうが気になっていた。これから艦娘部を設立するために調査し、活動するにあたって参考になるかもしれないと考えていた。

 那美恵が加わって数分後、玄関まわりとロビーの掃除を終えた5人は掃除用具を片付けてロビーの一角で休憩をすることにした。
 提督という男性はいるがその場には女しかいなかったため、五月雨たちはロビーの端っこで堂々とジャージや上着を脱ぎ、学校の制服に着替えた後のんびりし始めた。
 那美恵は4人からは1テーブル隣のソファーに座って髪を整えたり携帯をいじっていた。タイミングを見計らい、五月雨に声をかけた。

「そーだ五月雨ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「はい?なんですか?」
 コクリと飲みかけていたお茶のペットボトルを置いて時雨たちのほうから那美恵のほうに振り向いた。
「あのね。うちの学校の人達に鎮守府を見学させてあげたいんだけど、いいかな?」
「えぇ、いいと思いますけど、提督はなんて?」
「提督は五月雨ちゃんに任せるって。」

 提督から任されてるという信頼感に五月雨は顔を少しだけほころばせたがすぐに真面目な顔になり、那美恵からの見学の相談を快く承諾した。
「わかりました。一応誰が来るか来たかメモしてますので、あとで一緒に執務室に来てください。」
「りょーかい!」

 休憩を終えた5人は時雨・夕立・村雨は艦娘の待機室へ、那珂と五月雨は執務室へとそれぞれ向かった。那美恵は見学の人数、見学メンバーの名前や学校名などを書類を書こうとしている五月雨に伝える。

「……っと。はい。OKです。日にちは?」
「日にちは提督が都合の日を伝えるから待てって言われたの。」
「そうですか。じゃあ私からはここまでです。提督から連絡もらったら、お伝えしますね。」
「うん。お願いね~。」

 その場でできることを済ませた那美恵はその日はそれで終わった。翌日提督は鎮守府へ出勤してきたときに五月雨と話し合い、自身と五月雨の都合が良い日を決め、それを那美恵に伝えた。



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 翌日、日中にメールで日どりの連絡を受けていた那美恵は放課後に生徒会室に行き、見学の日取りの候補日を早速三千花ら生徒会のメンバーに伝えることにした。

 生徒会としての本来の作業があったため、それらをひと通り片付けてから話を持ち出すことにした。那美恵は全員の作業の手が落ち着いたのを見計らって大きめの声で注意をひくように口を開いた。

「みんな、作業は落ち着いたかな?」
「はい。俺は大丈夫っす。」
「私も…この書類を確認し終えたら大丈夫です。……はい。」
 三戸と和子が返事をした。
 三千花は少し離れたところで生徒会顧問の先生と話しているため那美恵はすぐには声をかけられなかった。しばらく3人で三千花のほうを見ていると、ようやく話が終わったのか三千花は会釈をして先生から離れて那美恵たちの方に近づいてきた。顧問の先生は三千花との別れ際に、職員室に戻っているからとそれだけ伝えてサッと生徒会室から出て行った。

「おまたせ。」
「うん。鎮守府見学の件なんだけど、○日と○日、それから○日がOKなんだって。何日がいい?」
副会長の三千花、書記の三戸と和子は特にバラバラに異なる日にちをいうことなく、3人共同じ日にちで都合が付くことを那美恵に伝えた。

「日にちは問題なしだね~。じゃあ提督にメールしちゃおう。」
 自身らの都合がよい見学希望日を早速提督と五月雨に伝えることにした。その場で自身の携帯電話で提督と五月雨にメールをする。

 その30秒後には提督からxx日了解、という5文字だけのメールが届いた。
「提督返信はやっ!」
「もうOK来たの?」三千花が尋ねる。

「うん、○日で行けることになったよ。じゃあみんな、その日土曜日だから午前の授業終わったら生徒会室に一旦集まって、それから行こう~!途中でお昼食べたりもしよっか?」
「あー、まあそれは適当にしましょう。」
 那美恵のついでの提案をさらっと受け流す三千花。


 一応生徒会の公的な課外の交流活動の一環としての参加にするため、那美恵は書記の二人に指示を与える。

「そうそう。三戸くん、和子ちゃん。課外活動の報告書の作成、お願いね。ガッツリしっかりと!それを先生方への説得材料にするんだからね。」
「わかりました。」
「了解っす。」

 那美恵の指示を受けた三戸と和子は承諾した。気を利かせた三戸は那美恵に報告書についての提案をする。
「そうだ会長。どうせ報告書作るなら、写真はもちろんだけど、動画録ってそれも資料に含めましょうよ。そのほうが説得力増すんじゃないですかね?」

 三戸の提案を聞いた那美恵はなるほどと感心した。ただし自身では判断つかないことは付け足しておいた。
「うん、そうだね。艦娘の訓練の様子とか、あとは提督から説明受けてる様子とか録ればいいかも。ただ一応国の組織に関するところだから、録っちゃダメってところもあるだろうし、そこは確認しておくよ。」

 見学時の学校側としての役割を決めた那美恵は、その日は艦娘関連の話題は終わりとして、各自自由に話したり友人を待たせているからとサッと帰ったりした。


 こうして数日後、見学日を迎えることとなった。

同調率99%の少女(4) - 鎮守府Aの物語

世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing

挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52481149

Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1ALBsWahuMrxJfcVWA-nisXWJsZMtlvw8iNgfhCYhMCk/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(4) - 鎮守府Aの物語

それは、艦娘となる人間たちの物語。 那珂がうちの鎮守府(仮名:鎮守府Aとしています)に着任した頃の話。 合同任務から帰還した那珂たち。しかし帰還と同時に新たな問題が発生。那珂の新たな戦い?が始まる。 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-11

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 早朝の帰還
  2. 艦娘から日常の少女へ
  3. 帰宅
  4. カミングアウト
  5. 幕間:那珂の休日
  6. 見学に向けて