一期一会

 惑星フローラに単身赴任することになって一番落胆したのは、園田本人より妻だった。
「あんなド田舎の惑星に左遷されるなんて、あなた、いったい何をやらかしたの?」
「別に思い当たることはない。単に順番だろう」
「そんなことあるもんですか。ああ、もう。ご近所の奥様たちに、明日からどんな顔して挨拶すればいいのよ」
 園田の会社では、小惑星を丸ごと買い取って社宅にしている。家賃が安くていいのだが、こういう時は困りものだと、園田も思った。

 出発の日、当然のことながら妻は見送りにも来ず、宙港に来たのは非番の部下一人だけという、淋しい状況だった。
 しかも、フローラへは直行便がなく、途中で乗り換えが三回もある。乗り換えるたびに宇宙船が古く汚くなっていき、園田は先行きが不安になった。
 園田の任務はフローラに営業所を作るための下調査だが、場合によっては計画そのものの中止を進言しなくてはならない。念のため、事前にフローラの情報を仕込んでおこうとスターペディアで検索してみたが、驚くほど記載が少なかった。珍しく植物系の知的生物が支配している惑星のようだが、人口が1となっていて、単位が出ていない。田舎の惑星だから、せいぜい100万人(1ミリオン)だろう。
 園田の乗ったオンボロ宇宙船はようやくフローラに到着したが、この惑星には宙港すらなく、広場のようなところに直に着陸した。ここで降りる乗客は園田一人である。
 降水量が少ないらしく、ところどころにヒョロヒョロした灌木が生えているくらいで、荒涼とした惑星である。文明の存在を示すようなものが何もない。現地人の出迎えもなく、これからどうしたものかと園田が周囲を見回すと、立札のようなものを見つけた。そこには銀河系標準語で、次のように書いてあった。
【フローラへようこそ。そのまま真っ直ぐお進みください】
 しかたなく、そのまま10分ほど歩くと、次の立札があった。
【ここから右に曲がってください】
 さらにしばらく歩くと、石造りのドームのような建物が見えた。扉はなく、園田はそのまま中に入った。床もなく、下はむき出しの地面だ。
 ドーム状の天井に何ヶ所か明り取りの天窓が開いていて、中は結構明るい。広さは小学校の体育館ぐらいだろうか。中はガランとして何もない。
 いや、中央に直径1メートルぐらいの、レンガで丸く囲った場所があった。中には柔らかそうな土があり、花壇のようである。近づいてみると、その横にまた、小さな立札があった。
【御用のある方は、建物の外にある井戸から水を一杯汲んできて、花壇の中に撒いてください】
「なんでおれがそんなことをしなくちゃならないんだ」
 園田は腹立たしいのを堪え、井戸から水を汲み上げてその花壇に撒いた。
 すると、突然、土がムクムクと盛り上がり、植物の双葉のようなものが生えて来たかと思うと、アッという間に園田の身長ぐらいに成長した。さらに、天辺に大きな蕾ができ、パカッと開いて大輪の花が咲いた。その花から、プンと甘い香りが漂ってきた。
「まるで手品みたいだな」
 園田が感心していると、建物の外からブーンという大きな音が聞こえ、天窓からハチのような虫の大群が入ってきた。
「うわーっ、何だこりゃ」
 あわてて壁際に張り付き、様子を見ていると、ハチのような虫たちは一匹ずつ順番に花に留まっている。まるで、何かの儀式のようだ。それが済むと、虫たちはまた天窓から出て行った。
 何事が起きているのかわからず、園田が呆然としていると、いきなり、その花が銀河系標準語でしゃべり始めた。
「ご面倒をおかけしました。わたくしがこの惑星の女王、フロリア第十万四千二百六十七世です」
 花の中央部分に巨大な気孔のような穴があり、声はそこから出ていた。園田は面食らったが、挨拶されている以上、返事をしなければならない。
「えー、自分は園田五郎です。通達があったと思いますが、わが星空商事がこちらに営業所を作ることになりまして、そのための現地調査に参りました。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。さて、先代までの歴代の全情報は先ほど虫たちから受け取りましたので、状況は把握しています。これから、園田さまのことを虫たちに伝えます。尚、今後の交渉はわたくしに替わり虫たちがやってくれます。言葉は喋れませんが、言うことは理解しますので」
「えっ、お仲間はいないんですか?」
「残念ながら、太古からの掟で、一度に生存できるフローラ人は一人だけと決まっているのです」
 なんということだ。百万人どころか、住民は一人しかいないのだ。
 また、プンと甘い香りが漂ってきた。再び、建物の外からブーンという大きな音が聞こえ、天窓から虫の大群が入ってきた。虫たちは順番にフロリアに留まり、それが済むと直ぐに天窓から出て行った。
「これで大丈夫です。今、虫たちに伝言をお願いしました。園田さまがお知りになりたいことがあれば、いつでも虫たちにお尋ねください。キーボードの操作はできますので、簡単なことなら返事ができます。さて、わたくしは園田さまにお会いすることができ、本当に幸せな一生でした。また、ご面倒をおかけしますが、後で土に埋めてください」
 それだけ告げると、アッという間にフロリアは枯れてしまい、黒い大きな種だけが残った。
 一人きりになってしまい、園田は少し不安になった。
 やがて戻って来た虫たちが、運んできた草木で、ドームの中にベッドやテーブルなどを作りだした。一通り出来上がると、今度は食料品を運んできてくれた。腹が減っていた園田は、それをありがたくいただいた。
 虫たちに質問すると、空中に◯やXの形にホバリングしたり、パソコンのキーボードに体当たりして文章を打ってくれたりした。それでも、すぐに退屈してしまった。
「ちょっと、話し相手が欲しいな。うーん、そうだ、いいことがある」
 園田は再び井戸から水を汲んできて、花壇に撒いた。
 土がムクムクと盛り上がり、植物の双葉のようなものが生えて来たかと思うと、アッという間に園田の身長ぐらいに成長した。さらに、天辺に大きな蕾ができ、パカッと開いて大輪の花が咲いた。さらに、そこからプンと甘い香りが漂ってきた。建物の外からブーンという大きな音が聞こえ、天窓からハチのような虫の大群が入って来て、順番に花に接触すると出て行った。
「わたくしはこの惑星の女王、フロリア第十万四千二百六十八世です。園田さま、先代が大変お世話になりました」
(おわり)

一期一会

一期一会

惑星フローラに単身赴任することになって一番落胆したのは、園田本人より妻だった。「あんなド田舎の惑星に左遷されるなんて、あなた、いったい何をやらかしたの?」「別に思い当たることはない。単に順番だろう」「そんなことあるもんですか…

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-11

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