色とりどり
あの人は青。あの人は桃色。
そんなの誰が決めたんだろう。
思春期って難しい。
何をしようにもうまくいかなくって、もどかしい。
様々な色を持った二人の少女が大人への一歩を踏み出そうとしている…。
そこには
「あら、まだ帰っていなかったのね」
担任の先生に一瞥された。
私と千春は体を一瞬こわばらせ、それから荷物をまとめ始めた。
「こんな時間まで勉強するのは関心だけど…わざわざ学校でやらなくても」
担任は更に圧をかけてきた。
「もう帰るので」
千春はそれだけ言うと、鞄をもって私の手をひいた。
教室から出たところで、私はこう言った。
「千春…あの担任、やっぱ私無理」
千春はくるりと私の方を向いて、頷いた。
「うん、私も。普段は勉強しろとか言うくせに、放課後学校で勉強するのはやめろ、なんてさ」
私は足を止めて、千春の顔を見た。
「そうだよね。やっぱ教師って理不尽かも」
私は胸の内に渦巻くこの気持ちを、端的に述べた。
しかし、千春は私の意見には賛成してくれなかった。
「そうかな。私だってあの担任は無理だけど…。でも、堀内先生とかは優しいから。教師全員理不尽ってわけじゃないと思うけど」
堀内先生というのは、千春のお気に入りの先生であり、千春の好きな人でもある。
千春が自ら堀内先生のことを好きだ、といったことはないけれど、なんとなく千春の行動からわかってしまう。
「ん…。そっか」
気づけば私たちは歩を進めていて、玄関まできていた。
「夕焼けだあ」
千春が気の抜けるような声で言った。
私は昇降口から見える綺麗な夕焼けに、思わずみとれてしまった。
「こんな綺麗な夕焼け…最後にみたのはいつだろ」
私が呟くと、千春は小さく頷いて、
「思い出せないくらい、小さい頃…。私、こんな綺麗な夕焼け見たんだよね」
と言った。
千春の顔が、赤い夕焼けに照らされて、随分と大人びて見えた。
きれいだった
いつもと変わらない朝。
私は重い瞼をこすりながら起き上がった。
「あら、おはよう華奈」
母がもうすでに起きていて、朝食を用意してくれている。
「あ、今日小テストがあるんだった…」
私が呟くと、母は真剣な面持ちで
「ちゃんと良い点とるのよ?」
と言った。
私は「はあい」と間延びした返事をして、朝の支度を始めた。
制服に着替えて鞄を背負い、靴を履きかけた時。
「やっばい、遅れる~!!」
大慌てで弟が玄関にやってきた。
「何かあるの?」
私がのんびりと聞くと、弟は息を切らしながら言った。
「今日、朝練なんだよ。すっかり忘れてた。やばいやばい…いってきまーす!!」
弟の朝は、随分と忙しそうだ。
外に出ると、いつもと何ら変わりない世界が広がっていた。
毎朝、挨拶してくれる近所のおばさん。
どこかの家で飼われてる、白い猫。
都会には不似合いな青い空。
私は学校へのルートを機械的に進むだけ。
「華奈」
ふいに、私の名前を呼ばれた。
「…誰?」
私の喉から絞り出された声は、青い青い空に吸い込まれていくようだった。
きれいな入道雲を一瞥し、静かに私は学校へのルートを歩き始めた。
学校につくと、まず上履きに履き替える。
「おはよう」、「昨日のテレビ、見た?」、「ほら、TwitterでRTされてて-…」
朝の玄関は、びっくりするほど賑やかだ。
しかし、その賑やかさにはだいぶ慣れた。
私はまっすぐまっすぐ、教室へと向かう。
教室に入り、真っ先に目に飛び込んでくるのは…千春だった。
おはようの挨拶をしなくては…そう思い、千春の方へ歩き始めた、その時だった。
「おっはよ、千春!ねえ、みた~?このタレント、浮気してたんだって!」
横から割り込むように、別のクラスメイトが千春へと駆け寄っていく。
もちろん千春は私になんて気づいていないから、私に声をかけることなくクラスメイトと他愛もない話をしている。
私は深い溜息をつき、自分の席に座った。
誰も私になんて話しかけてこない。それもそうだ。私は千春みたいに明るくないし、話だって面白くない。
そんな一般人よりも価値のない私を、クラスメイトが受け入れてくれるはずがなかった。
(あぁ…そういえば、中学の時もそうだった。中学が一番辛かったな…)
私は不意に、中学の時、仲のよかった友達から言われた一言を思い出した。
「華奈!!!」
「わっ…!」
思わず驚いてしまい、声が漏れる。
「華奈~…なんで返事してくんないのよ~!嫌われたかと思っちゃったじゃんか!」
千春が困り顔で笑いながら言った。
私は千春の目を見ながら、にっこりと笑っていった。
「ごめん、ごめん。ちょっと考え事しちゃってて」
それから、つい、と目をそらす。
「華奈の悪い癖じゃん、それ。ちゃんと私に話してくれればいいのに…」
千春は頬を膨らませながら、私を可愛い顔で睨む。
「話がまとまったら、話すよ。まだ全然まとまりそうもないけど」
私が笑い混じりに話して、教室を見回した。
女子が数人固まって、ちらちらとこちらを見ながら話している。
「…華奈?」
千春がただ事じゃないと思ったのか、私の目をじっ…と見据えた。
「華奈、どうしたの?」
私は教室を更に見回して、耳をそばだたせた。
「え…千春、今さっきまで私と話してたのに…なんであんな暗い子のほういっちゃったんだろ」
「千春、物好きだし?」
「物好きって言い方よくないって~!お人好しなだけだよ」
「あはは、そうだね。でもわざわざ暗い子のところに行く意味がわかんないんだよなぁ」
私に聞こえるように、一語一語はっきりと話すクラスメイト。
千春の耳にも届いたのか、千春はぐっと唇を噛み締めて、悔しそうな表情をした。
「千春」
私の喉から絞り出された声は、千春の耳に届くのがやっとだったようだ。
千春は、ハッと私の目を見た。
「ごめんね、私…暗いから…千春まで何か言われちゃうよね」
私は俯いてそういった。
千春は穏やかな声で言った。
「ううん、そんなことないよ。大丈夫だから」
私はパッと千春の顔を見上げた。
そして、そのまま体が固まってしまった。
千春の声は随分と穏やかだったのに、千春の顔は明らかに動揺していて、焦りがみえていたのだ。
私の体が静かに硬直していくのがわかった。
「…ごめん」
私はそれだけ言い残すと、弾かれるようにその場を去った。
私の背中に、千春の声がぶつかってきたけれど、振り向かず、ただひたすら校舎を走り回った。
何色なのか~千春side~
むくり、と起き上がる。
朝日が差し込む窓に目をやり、それから時計へと視線をうつした。
時刻は午前6時39分。
まずまずの時間帯。
私はベッドから離れて1階へと移動した。
「おはよう」
母がにこり、と挨拶をした。
「おはよ」
私は短く返してから、ダイニングテーブルに座った。
「ごめんなさいね。まだ朝ごはんできてないのよ。先に身支度を整えていらっしゃい」
母はテキパキと朝ごはんの準備をしながら、私に言った。
「うん」
またもや私は短く返事をして、ダイニングテーブルから立ち上がり、洗面所へと向かった。
なんだか母の声を聞くと目がすっきりと覚める。
それと同時に、心の奥底からじわじわと黒いものがこみ上げてくる。
私はその黒いものをかき消すように、顔に水を思い切りかけて、念入りに洗顔した。
制服に袖を通し、再びダイニングテーブルの方へ移動する。
母のむかいに座り、箸を手に取り「いただきます」と言ってから、ごはんを食べ始める。
「そういえば、今日小テストなんですって?聞いたわよ、健一くんのお母さんから」
母がそう言ってから、私の顔をじろじろと眺める。
「…小テスト、だけど…」
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。その言葉は、本当によく私を表していた。
「あなた、勉強しているの?昨日なんてずっと部屋に閉じこもっていたけど。本当にちゃんと勉強していたの?」
母の口調はどんどんと強くなっていく。
実際のところ、昨日は小テストのことなんて忘れて、華奈とずっとLINEしていた。
「千春。スマホをいじっていたわけでは…ないわよね?」
きっ、と母は私を睨む。
私は何も答えられず、ただただ身をこわばらせるだけだった。
「千春!なんとかいったらどうなのよ!もういいわ、スマホ、私が預かるわよ。これで成績下がったらどうするつもりなのかしらね」
母が私のことをどなりつけながら、スッと右手を差し出した。
スマホを渡せ、という意味か。
それを理解すると、私は鞄を持って玄関へと走り出した。
朝ごはんを食べる前に、身支度全てを終わらせておいて、よかった…。
後ろから、母の喚くような、甲高い声が聞こえる。
「スマホまでとられちゃったら…」
ぎゅっと目を瞑り、それから玄関の扉を勢いよく開け放った。
通学路を歩きながら、何度も後ろを振り返る。
…さすがに、母親がここまで追いかけてくるということはなさそうだった。
「スマホ…」
私は鞄からスマホを取り出そうとした。…が、手で探っても見当たらない。
「あ、あれ?忘れてきたかな…!?」
もう一度探してみると、鞄の奥底に、スマホがあった。
「よかった…」
私はスマホを何度かなでてから、ホッと溜息をついた。
どうして私がここまでスマホに執着するのか。
理由は簡単だった。
私の母は勉強にうるさく、いわゆる教育ママだった。
幼い頃からテレビは一切禁止で、ひたすら勉強、勉強、勉強…。
気づけば周りの子たちと話が合わなくなっていた。
中学生に進学するとき、私は母に何度もねだって、挙句の果てには父の助けもかりて、スマホを買ってもらった。
今、このスマホがとりあげられれば周りの子たちと話せなくなってしまう…。
たったそれだけの理由で、親とそんな喧嘩する?と思われるかもしれない。
でも、私にとっては重大な問題なのだ。
大切な大切な、中学校生活がかかっているのだから…。
やっとの思いで学校の玄関にたどりつく。
はぁ、と大きくため息をつきながら上履きに履き替える。
その時だった。後ろからポン、と肩を叩かれる。
振り向くと、そこにはクラスメイトがにこやかに笑いながら立っていた。
「おはよ、千春。今日は早いんだね」
私はおはようと挨拶を返して、そのクラスメイトとたわいもない話をしながら教室に向かった。
教室に入ると、わっと女子が私の周りに群がる。
「千春!おはよ!昨日のさ、みた?浮気してたんだってさ」
クラスメイトが口々に新しいニュースのことを話し始める。
私はみたよ、と答えてからスマホを取り出した。
「これでしょ?TwitterでRTされてたから、気になってネットで検索までしちゃったんだよね」
私は笑いながら、Twitterの画面を開き、友達にみせる。
「そうそう、それそれ!イケメンだとは思ってたけどさ、浮気するとか許せないよね」
だよねー、と適当に同調しておき、ちらりと教室の入口を見る。
そこには、私の友達、華奈がいた。
「華奈!」
私は華奈の方へと向かい、歩いていく。
華奈はほっとしたような、不思議な表情を私に見せた。
「おはよ」
笑顔で挨拶すると、華奈も笑顔で挨拶を返してくれた。
その時、後ろで不意に声がした。
クラスメイトが、私たちのことを噂しているのである。
「ち、千春…」
華奈が不安そうな声で私に助けを求める。
助けを求められても、どうしようもない。
次々と、クラスメイトの口から情もない言葉が出てくる。
どうしてお人好しだのなんだの、言われなきゃならないのだ。
私は華奈と一緒にいると色々楽だから、華奈とつるんでいるのだ。
じゃなければ、こんな明らかに暗そうな華奈とつるむメリットがない。
「千春」
華奈に再度名前を呼ばれた。
なんだか体に電気が走ったように、むずがゆさが私の体を駆け巡った。
「何?華奈」
私が華奈に顔を向けると、華奈は非常におびえた顔をした。
途端、華奈ははじかれたようにその場を立ち去った。
「華奈!?ちょっと!」
突然のことで頭が追いつかない。
華奈は人であふれている廊下を走り、やがて人ごみにまぎれて見えなくなった。
「千春、どしたのよ」
クラスメイトが面白そう、というように私に近づいてきた。
「なんか…普通に話してただけだったのに、逃げちゃった」
精一杯の笑顔を作りながら、私は答えた。
「あー、やっぱああいう根暗って何考えてるかわかんないんだよね」
クラスメイトが笑いながらそういった。
「そう、だね」
私は曖昧に笑って返事をし、その場をやりすごした。
始業のチャイムがなっても、華奈は教室に顔を見せなかった。
そんな色
全力疾走なんて久しぶりだった。
私は運動部に入っているわけではないから、普段走ることと無縁なのだった。
ああ、きっと明日、私の足は筋肉痛になっているのだろう。
どうでもいいことを考えながら、私はただただ長い廊下を走った。
もうすぐ始業のチャイムが鳴るから、廊下には生徒の姿はなかった。
けれど、教師達の姿は、ある。
不思議そうに私の顔を見るけれど、何も言わずに横を通り抜ける教師たち。
挙句の果てには、担任ですら私のことを一瞥して横を通り過ぎる。
生徒が必死の形相で走っているのに、なぜ誰も止めないのか。
私は目の奥がぐっと熱くなるのを感じ、思わず下を向いた。
その瞬間、体に大きな衝撃が走った。
私の体は軽々と無防備なまま放り出され、そのまま腰を打ち付けてしまった。
「大丈夫か!?」
荒々しい手つきと声で、私の腕をぐい、と引っ張る人がいた。
私は反射的に顔をあげ、その人物を確かめた。
「怪我、してないか?随分激しく腰うちつけたみたいだが…」
私とぶつかった人は、堀内先生だった。
千春の好きな、堀内先生。
胸が締め付けられた。
「い、え、あの…大丈夫、ですからっ」
私は息を切らしながら喋り、腕を振りほどいて再び走り出そうとした。
けれど、堀内先生の力の強いこと。私は腕を振りほどくこともできず、ただ立ち往生した。
堀内先生はしばらく経ってから、息を吐いて、何も言わず私を個室へ連れ込んだ。
連れ込まれたのは、相談室だった。
ここでは、心に悩みを抱えているいる生徒達が定期的にカウンセリングを受けられるのだ。
私はあまり相談室とは縁のない生活をしてきたから、ほんの少し好奇心が沸いてきた。
「そこ、座りな」
先生に合図され、私は側にあった、簡素な布がかけられてあるソファに座った。
「あの、」
私が言いかけると、堀内先生は私の口を指で塞いだ。
よくある少女漫画の1シーンみたいだった。
「始業はもうなってる。なぜ廊下を走っていた?」
尋問、というよりかは、小動物を優しく撫でて語りかけるような問い方だった。
先生は、ゆっくりと指を私の口から話した。
「…友達と、喧嘩をしてしまって」
それだけではないけれど、私は説明するのももどかしく、端的に答えた。
「なるほどね。…じゃあさ」
先生は、さっきまで私の口に押し付けていた指を、ぺろりと舐めた。
私の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。
「おれ、この時間授業ないんだよ。でもさ、他の先生はほとんど授業なんだ。驚きでしょ。まあ、先生が多くたって、ここカウンセリングの為に作られたから学校の端にあるから、大きい声出してもバレないんだよね」
色とりどり