舞踏会の夜

 哲也は週に2回ほどSCのアルバイトをしている。SCというのはサービスクリエーターの略とのことで、要は、ホテルや結婚式場などの配膳係のことである。
 確かに、フリーペーパーに「配膳係募集」と書くより、「君もサービスクリエーターの仲間にならないか?」などと載せた方が応募が多いのだろう。
 名称はともかく、コンビニなどより時給はいい。その代わり、一回の仕事は4時間と短く、その中に30分の食事休憩も含まれる。弁当持参でなければ食費を引かれるわけだが、哲也のような親元から離れて暮らしている学生には、むしろ、ありがたいくらいである。
 その日の仕事は、ホテル主催の舞踏会だった。ホテルの宴会場というのは元々何もない空間だから、会場の設営から始めなければならない。他のSCたちと一緒に作業をしていた哲也は、会場の責任者から呼ばれた。
「受付担当の女性が急に休んじゃってさ。ピンチヒッターを頼めないかな」
「え、でも、ぼくはまだ新米で」
「大丈夫さ。エレベーターの右が女性更衣室、左が男性更衣室だ。お客様が来られたら、まず更衣室にご案内する。着替えを終わられたら、チケットの半券をもぎり、会場の中にご案内する。単純な仕事だろ」
 軽く言われたが、今日の参加者は確か100名を超えているはずである。それを哲也一人で捌くのだから大変だ。
「ぼくにできるでしょうか」
「大丈夫、大丈夫。もしもの時は誰か手伝わせるからさ。頼むよ」
 やむなく引き受けたが、予想以上の忙しさに目が回りそうになった。
 だが、忙しいこと以上に哲也が驚いたことがある。
 舞踏会という言葉の響きから、なんとなくシンデレラの世界をイメージしていたのだが、当然のことながら、現実はずいぶんと違っていた。
 まず、全体的に年齢層が高い。それも、相当に、だ。多分、哲也の祖父母とあまり変わらないのではないだろうか。
 それから、スタイルの問題。みんな日本人の典型的な体型、というか、ハッキリ言えば胴が長く、足が短いのだ。
 さらに、更衣室から出てくる人々の服装を見て、ド肝を抜かれた。上記のような年齢・スタイルの女性たちが、それこそシンデレラのような、フリフリがたくさん付いたド派手なドレスを着て次々と現れたのだ。中には、あられもなく背中が腰の近くまでパックリ割れていたり、目のやり場に困るほど胸元が開いていたり、日常生活ではめったにお目にかかれないようなドレスも多い。
 それに比べれば、男性は基本的にタキシードなので、それほど違和感はなかった。
 一通り落ち着いたので、哲也がそろそろ受付を閉めようとしているところへ、今日一番の高齢者と思える老人がやって来た。
「ああ、ダンスホールはここかね」
「いえ、ダンスホールというわけではありませんが、舞踏会の会場になります。あ、お待ちください。先に更衣室でお着換えください。まもなく始まりますので、どうかお早めにお願いします」
「うんうん、わかったわかった」
 ところが、10分以上待っても老人が更衣室から出てこない。
 心配になって哲也が更衣室の中を覗くと、老人はすでにタキシードに着替えており、大きな鏡の前でうっとりと自分自身の姿に見惚れていた。
(おわり)

舞踏会の夜

舞踏会の夜

哲也は週に2回ほどSCのアルバイトをしている。SCというのはサービスクリエーターの略とのことで、要は、ホテルや結婚式場などの配膳係のことである。確かに、フリーペーパーに「配膳係募集」と書くより、「君もサービスクリエーターの仲間に…

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-06

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