所謂、そんな関係
双子の妹と幼馴染みの男の子の話。
ありきたりな話かと思いますが、少しでも楽しく読んでいただければ幸いです。
「俺、彼女ができました」
学校からの下校途中、少しばかり頬を赤らめながら唐突に報告してきたのは...、俺、高橋薫の幼馴染みである瀬川悟だ。
少しの沈黙···
その沈黙を真っ先に破ったのは、俺の双子の妹の香織だった。
「は?どうしたの?何の冗談なの?」
頭でも打ったの?と、ボソリと付け足し呟く妹の辛辣な言葉に兄である俺もたじろぐ···
「打ってねぇし、冗談じゃなくてマジだから」
顔を少し引きつらせて胸を張って見せるその様子から、嘘を吐いているようには見えない。
だが、香織は疑いの眼差しを向けたままだ。
「本当だって。」
苦笑いをしながら、その彼女が1年生で堀田さんという名前なのだと聞かせてくれたが、香織はそっぽ向いて歩きながら、ふぅーん。と一言。
「何だ?香織、ヤキモチか?」
と、悟はニヤニヤとしながら、香織の前に早足で先回りをした。
その瞬間、ピタリと香織の足は止まり、悟は不思議そうに顔を覗き込んだ。
そんな二人の様子を少し後ろから、これからどうなるかが容易に予想できた。
香織は未だに顔を下に向けたままだ。
そんな様子を相も変わらず、悟はニヤニヤとしながらその反応を楽しんでいた。
ただ、香織はヤキモチか。と聞かれて、そうだ!と言うタイプでも、仮に図星をつかれて、恥ずかしげに頬を染めてうつむくようなタイプでもない。
強いていえば···
ベチッ―
「、ッテ!」
音がした方を見てみれば、香織の掌が悟の額を打っていた。
「誰がヤキモチだって?寝言は寝て言いなよね」
「スミマセン···」
そんな二人を見守るのが日常。
この二人には甘酸っぱい展開などないのだろうか...
そろそろ俺も会話に混ざろう。
「彼女が出来たのはわかったけど。そしたら日曜のお祭りは彼女と行くんだろ?」
「まぁ、付き合いはじめて初のイベントだしなぁ。」
そんなに大きなお祭りではないが、今まで幼馴染みである俺達は毎年3人で繰り出していた。
「え?何それ···」
うん。香織はそういうと思ってたよ。
でも悟は、人生初の彼女になるわけだし、ここは俺達は遠慮しようよ。
俺も今まで付き合ってきた子は何人か居た。
が、俺は妹とこの幼馴染みを二人にしておくとケンカしかしなさそうなのが心配で、彼女よりこの関係を優先させてきた。
そのおかげか、長続きしたためしがない。
それは俺が勝手にそうした事で、二人はその事を知らない。
でもそういう事を経験してきているからこそ、悟には同じ思いをさせたくない気持ちがあった。
「まぁまぁ、悟にも彼女が出来たんだし、俺達が独占してちゃ彼女さんに悪いじゃん?」
俺は明らかに不機嫌になった妹を宥めるように、諭すように頭を撫でながら言う。
それが通用するとも思えなかったが、言わないわけにはいかなかった。
「別に独占なんかしてないじゃない。今までずっとそうだったから今年もそうだと思ってたの。それが日常だと思ってたの!」
香織は俺の手を払い、視線を下に向けた。
今にも泣き出してしまうんじゃないかと思うくらいに、唇を噛む姿が見えた。
今度は俺とは違う掌が香織の頭に置かれた。
「我儘言うなって。今までそうでも今後もそうしなきゃいけないわけじゃないだろ?」
「―、ッ!」
更に、その手を叩くように払い除けて、悟を睨んだ。
「何よ!彼女が出来たくらいで私の日常を壊さないでよ!」
「かお、」
香織は泣きそうな顔をしながらその場を走り去った。
あんな顔をした香織を見たのは久しぶりだった。
香織は滅多に泣かない。
だけど、傷付きやすいとも思う。
いつまで経っても、俺が香織の世話を焼いてしまうのはそんな所をたまに見てしまうからだろうか。
「何だアイツ···やっぱりヤキモチか?!」
驚きを隠せないのだろう。
目を見開いて、香織が走り去った方を見ては、俺に向き直り突拍子もないことを言う悟に俺は静かに息を吐いた。
悟と別れて、家のドアを開けると、玄関には脱ぎ散らかされたローファー。
俺はそれを揃えて上がり、まっすぐ部屋に向かった。
本当は香織の部屋に行きたいところだが、今行っても枕やらクッションやら、酷い時は目覚まし時計でさえも投げてくるであろうことを想像すると今日は放っておこう。と思う。
きっと、嫉妬に似た感情なのだろう。
こればかりは仕方ないのだ。
日曜日の昼下がり、香織はソファーに寝そべり。
面白くもなさそうなバラエティ番組を見ていた。
「香織ー!今日のお祭りの浴衣どうする?」
そう言って、香織の目線に合わせるようにして前にしゃがんだ。
香織はどうでも良さげに、んー。とだけ言って、テレビを見続けていた。
「ほら、選べって」
「行かないよ」
急かすように問えば、余りにも無情な答えが返ってきた。
俺は肩で一度息を吐いた。
「何でだよ?お兄ちゃんと行こうぜ」
香織は黙ったままうつむいてしまった。
こんな風にさせたい訳じゃないのにな。
「だって、お祭り行ったら悟に会っちゃうかもしれないじゃん」
さすがに気まずい···
と、少しずつ小さくなっていく声を俺は何とか聞き逃さずにいた。
「悟はいつも私の先を行っちゃうんだよね···、でも悟はきっと、今幸せなんだよね。なら私もその方が幸せだもの。受け入れなきゃ。私はこのままでいいの」
妹の言葉にハッ、とした俺はやっと気付いた。
妹は俺が思っていたよりも、幼馴染みを想っていて、それでも尚、そいつの幸せを願おうとしているのだ。
双子なのにわかってやれてなかった。
好きなんだな。悟のこと。
でも香織はこのままでいいと言う。
きっと今まで“日常“に固執していたのは、自分なりの悟との関係を保つために必要なものだったのだろう。
彼女は器用ではない。
むしろはっきり不器用だと言える。
そんな彼女なりの密かな恋心。
俺はぷっ、と吹き出し、香織の頭をぐしゃぐしゃと掻き撫でた。
「大丈夫だよ。俺達は何も変わらないよ」
安心させるように思いきりの笑顔で、また頭を今度は優しく撫でてやる。
そしたら、控えめな綺麗な顔立ちで妹は笑った。
「ありがとう、薫」
香織は、浴衣は濃紺。帯は黄色で、普段はおろしている髪も結い上げて、着付けも完璧に出掛ける準備を済ませた。
「薫、行こうか!」
浴衣を着付けてやると、すっかり上機嫌になった香織は早く、早く!と俺を急かす。
家を出て、香織はすぐ隣の部屋のドアを見つめたが、すぐに歩き出した。
マンションの外に出たところで、ひとつの影が揺れた。
「···よぅ」
「悟?どうしたんだお前?彼女は?」
悟だと認識したところで疑問を投げかければ、悟はバツの悪そうな顔をして頬を掻いた。
「えっと···フラれた···」
その言葉にギョッ!として、声も出ず後退った。
「俺もさ。やっぱり、お祭りはこの3人がいいな、って···思ってさ」
聞くと、幼馴染みとお祭りに行きたいと彼女に話したところ、彼女より幼馴染みだなんて!と憤慨させたらしい。
結局、俺と同じ道をたどるのか、コイツも。
「私は······」
それまで口を開かなかった香織が漸く口を開いた。
「不謹慎だろうけど、この日常が戻ってきてくれて嬉しい。私はこの日常があればそれでいい。ずっとこのままがいい···」
そういうと、下を向いた香織の頬をつたって、顎先から雫が零れ落ちた。
泣いている。そう思った時には既に······
「俺は、このままでいいなんて思ってない!」
涙を流す香織を抱き寄せて、声を絞り出すように、震えながら悟は腕に力を込めていた。
「さ、と···っる···」
「もう強がるのはやめる。···············好きなんだ、香織が···」
消え入りそうなのに、でもしっかりと聞こえる悟の声。
その瞬間、音を立てて、空に火の花が咲いた。
俺はどんなドラマでも、こんなに綺麗なワンシーンは見たことがないと思った。
俺の大事な愛する人たちが結ばれた瞬間だった。
悟の言葉に対しての香織の、私も。という言葉は花火の音で俺には聞こえていなかったが、悟には届いたのだろう。
より一層、抱く腕に力を込めて、幸せを噛み締めていた。
花火は暫く、まるでふたりを祝福するかのように鳴り止まずにいた。
こんなにも幻想的に見えていたワンシーンも、香織が悟を殴り付ける音で一気に現実へと引き戻された。
「っにすんだよ!」
「いつまでもくっていてないでよ!鬱陶しいなっ!」
あーあ。台無し···、と思いつつも、香織を見てみるとしっかりと頬を赤らめていた。
素直じゃないな。とフッと笑みを溢して歩み寄ってみると、香織は俺の後ろに隠れた。
その様子には悟も面白くないようだが、これくらいは兄の特権として。
可愛い妹よ。幸せになれ。
所謂、そんな関係
双子の兄目線で書かせていただきました。
薫はいわゆるシスコンな訳です。
でも、自分のエゴは押し付けないし、妹の世話が焼けるだけで十分だったりするんです。
妹があまりにも不器用なあまり、めちゃくちゃ器用なんです。
そういうのもあって、めちゃくちゃモテるんだけど、妹がやっぱり心配なんです。
香織は美人さんなんだけど、性格はキツくて、完全に薫とは正反対のイメージ。
悟のことは好きなんだけど、彼女も少しブラコンで、やっぱり3人で過ごしてたいんです。
色恋より安らぎです。ある意味お子ちゃまなのです。
悟はごく平凡な感なのです。
何かに特別秀でてる訳じゃなく。
そんな自分のことも理解してて、香織を好きなのにそういう感情で見てもらえるとは思ってないから、現状維持させてたんだけど、告白されたことに舞い上がっちゃってOKしちゃったのです。
ここら辺はよくある話しかと思います。