星屑ロンリネス
一条優輝から見た彼女
誰もがきっと違うモノに憧れを抱く。
アイドル・スポーツ選手・パイロット・漫画家・町のケーキ屋さん……。
それは種として当然のことなのだろうと思う。
生活環境、人間関係、人生経験、それら全てを形作る何かに辟易とし、自らを取り巻く全てから逃避したくなる。
他でもない俺、一条優輝はそう思っている。
勿論、最初からこんな考えには思い至った訳ではない。だが、集団生活というものに溶け込めず、異端者の良き例となることばかりの人生を送ると、自ずとそういう考えに至る。
自らの格好を憎み、イケメンがいたら妬み、美少女がいたら頭の中で憶千ものラブロマンスを繰り広げる。ただ、そんな意味もないことの繰り返し。地球の自転レベルの堂々巡り。
いや、うるう年がある分、地球の方が俺よりも高度な思考能力を持ってるらしい。
そんな俺の人生を簡潔に語るなら『不毛』という言葉がしっくりくるだろう。それ位にはつまらない人生を送ってきた。
かの文豪。太宰治の名作『人間失格』ではこのような文がある。
ーーー恥の多い生涯を送ってまいりました。
少なくともこの物語の主人公は自らの人生を恥だと断じる程度には優秀なおつむをしている。
では、俺は?俺はこんな人生であったのに、それを一度も後悔はしていなかった。
それなりには楽しかったのだ。
異端者も異端者なりに友達はいたし、遊びにもでかけた。誕生日を親から祝ってもらったりもした。その点では凡庸な人生を送ってきたのだ。
では、何故俺は違うモノに憧れるのか。
少なくとも、際限無き幸福の探求者とかでは無い。
きっと俺は、太宰が眼にも止めなかったモノだったのだ。
自分の立場を弁えず上を見すぎて足元が空っぽな小心者だったのだろう。
「一条。集中しろ。テスト前だぞ何をボケッとしている」
教卓の上から叱咤が飛んできた。
どうやら、意味の無い事を考えているうちに怒られるくらいには馬鹿な顔をしていたらしい。
とりあえず、見た目だけは体裁を整えるために、筆箱にしまってあったシャーペンを取り出すと、ちらりと横を見る。
そこには相変わらず屹然とした姿でノートを取っている少女がいる。その横顔に、垂れた髪を直す仕草につい口を開いて固まってしまう。
人は変われない。でも、憧れを覚えることは自由にできる。
だから今だけはーーーー無相応な恋に夢を見てしまってもいいのだろう。
きっと、それ位なら彼女も許してくれるさ。
俺は再び思考を授業から切り離した。
彼女は所謂『クラスの人気者』だった。
容姿端麗な上に社交的で愛想がよく、勉強もできる。運動は苦手なようだが、それも彼女が愛される要因と昇華している。
「ねぇねぇ。双海さんは次の休み暇?」
「双海さん宿題教えて!」
「佳奈。本返すわ、ありがとうな!お前が薦めるだけあるわ!すっげぇ面白かった」
休み時間には、少し耳を傾けるだけでそんな会話が聞こえてくる。
因みに今、本を返したちゃらけた奴は、絶対本を読んでない。ああいう手合いは話したい口実作りのためだけに、本を借りたりするのだ。ほら、話を振られて困っている。
それにしても……【よだかの星】か。中々渋い本を読む。
久しぶりに読みたくなった。昼休みにでも図書室で借りよう。これくらいの接点は作りたい。あわよくば彼女なら同じ本を読んでると「えっ、一条君も読んでるんだ!」みたいに声をかけてくれるかもしれないしね!
……我ながら気持ち悪い幻想だと思う。
よだかの星は一体どんな話だったのだろうか。ストーリーはほとんど頭から抜け落ちてしまった。でも、最後よだかは、生きることに絶望して死んでしまう事だけは覚えている。
彼女はーーーーーどうしてこの本を薦めたのだろう?
気が付いたら今日の授業とHRは終わっていた。また寝ていたらしい。よく注意されなかったものだ。 家で練習した『シャーペンを持って、考える人の格好をしながら寝る』という作戦は無事成功に終わったらしい。日頃の努力は必ず実を結ぶね!
日直の生徒の取って付けたような挨拶がすむと後は楽しい楽しい放課後タイムである。部室でお茶でも飲みながら楽器を弄りたいね!楽器なんか弾いたことも無いし、部活にすら入ってないけど。
普段なら寝起きで働かない頭を醒ませながら、ゲーセンにでもしけこむのだが。今日の俺には予定があった。
図書室で『よだかの星』の確保である。
どうして確保何て言葉にしたかって?そんなの決まっている。双海佳奈(ふたみかな)が読んでいたからだ。彼女が読んでいたーーーそれだけでどんな本でも大人気の名作に変わる。それが例え辞書でも喜んで読破してしまうそんなレベル。
実際俺と同じ様な事を考える奴は多いだろう。
普段は話しかけることすらできない、クラスカースト下の奴ほどこの傾向にある。
隣の席だから話す機会沢山あるだろうが。あんたバカァ?とか思う人もいるだろう。俺も隣の席になるまでそう思い、厳選なる神の気まぐれ(くじびき)で御方の隣に座る幸福を手に入れた奴を呪おうとも考えた。
だが、それは大きな間違いだった。
学年のアイドル的存在の隣の席の奴が、クラスカースト最下位な上に、陰キャラだったらどうなるだろうか。答えは一つだ。ーーーいない者にされる。
授業中以外は小休み時間でさえ、席を占領され、昼休みに至ってはチャイムが鳴るまで他で過ごすようになった。決して無言の圧力に屈したわけではない。本当本当俺ウソつかない。
隣の席という状況は、日常生活に支障をきたす上に、言葉の一つも交わせないというデメリットにしかなってないのだ。見かけ美味しそうで味は酷い料理みたいだった。詐欺かよ。
まぁ、根本的な問題として、俺は彼女と普通に話せるかすら怪しいのだが。一人で居るのをぐうぜん見かけても、見なかったふりして通り過ぎるだろう。
……大分話が脱線したが、簡単な話、何かを共有したかったのだ。
それが今回は『よだかの星』だった。それだけの話だ。
きっと、今週一杯は図書室から『よだかの星』は姿を消すことになるだろう。文学少女何かではなく、下心100%のむさ苦しい男共に回し読みされるであろうよだか君に黙祷。
「おっと、ここにあったか」
いの一番に図書室に駆け込んだのが功をそうしたのか、無事に『よだかの星』の確保に成功した。宮沢賢治コーナーに無かった時は焦ったが、今週お勧めコーナーで見つけた。流石は情報通で知られる図書委員である。
うちの学校は本を借りるときに名前を図書カードに書いて、受付の還暦間近のおじいちゃん用務員に持っていく必要がある。ここで一つ注意することがある。
その図書カードは受け付け横の貸し出しコーナーに置かれるのだ。つまり、不特定多数の人の目に誰がどの本を借りたのか分かってしまう。このシステムはどうかと思うが、過去借りパクやら色々あったらしいので仕方ない措置なのかなとも考えられた。
そんなわけで偽名安定である。
おじいちゃん用務員は、年のせいか本さえ戻ってきたら良いという放任主義。悪く言えば適当なので、偽名がばれることはまず無い。さらに偽名にすることにより不要なトラブルに巻き込まれることも無い。つまり偽名最高。
慣れた手付きで図書カードに「足長手長」と書き込む。偽名が名前のレベルですら無いって?本はちゃんと返すんだから妖怪の名前でもいいだろう。事実この名前でも受付は通るんだから困ったものである。……ちょっとここの警備ガバガバですねぇ。
後はこの本を受付に持っていくだけだ。さぁ行こうよだか君!
肩を捕まれたのはその時だった。
「やぁ、君。面白い本持ってるね」
背筋の凍るような寒気を感じた。
振り返りたくなかったが、観念して振り向く。案の定そこにはクラストップカーストのチャラチャラした軍団がいた。
「単刀直入に言うけどさぁ。その本、譲ってくんね」
「俺らもたまには文学に親しみたいって言うかぁ」
「宮沢賢治好きなんだよねぇ」
ニヤニヤした含み笑いを込めた声で話しかけられる。あれ?今日部活無かったの?と、疑問が口を出かかるが、痛恨のミスに気付く。
時期は六月中旬。ーーーテスト前部活禁止期間。
そういや朝のHRで言っていたなと今更になって思い出すが、時すでに遅し。最悪の状況に巻き込まれてしまった。
この口の軽い奴等の事だ、俺が『よだかの星』を借りてようとしていた事を様々な気持ち悪い尾ひれをつけて吹聴するだろう。それが意味することは高校生活の死だ。じきに俺の密かな恋心も彼女に伝わるだろう。
…………あぁ。詰んだな。
飛車角と金を全て取られた盤面が脳裏をよぎる。
い、いや、まだだ!まだ銀がある!「つーか、これあれっしょ。抜け駆けって事だよね。教育が必要じゃね?」……銀も敵の手に落ちましたね。
肩に置かれていた手が、襟に寄る。そして胸ぐらをつかまれる。
「それ置いて早く出ていけ」
一言に込められた色々な意味を察する。これは最終警告なんだと。
俺は、素直に棚に本を戻して。図書室を逃げ出すように去った。閉めたドアの向こうからは、負け犬をバカにする笑い声が響いていた。
アニメの主人公みたいに喧嘩で勝てる訳でも、突然誰かが助けてくれる訳でも無い。これが最適解なのだ。
今までもこうして自分の居場所を理解して、最適な回答ばかりを選んできた。今回もそれと変わらない。
でも今回はーーーーー少し悔しかった。
もっと力があったらと嘆いた。顔を上げずに廊下をトボトボと歩く。目から漏れそうなのは涙何かではなく自信への怒り。握り締めた手に力が籠った。
「フフフ……君は何て顔してるの……っ」
ぞわっとした。先の奴等みたいな人をバカにしたような声音ではなく、心底面白いものを見たみたいな。愉悦の笑い声が目の前から聞こえた。
ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない
何で彼女がここにいるーーー
「普段の君の顔も面白かったけど、今の君の顔はさいっっっこうに面白いよ……!」
彼女の顔を間近に見たのは初めてだった。
「知ってるとは思うけど…私は双海佳奈宜しくね。ハシビロコウ君」
彼女の顔は、今まで見たこと無い程の笑顔に包まれていた。
星屑ロンリネス
なろうでチマチマ書いてる奴のまとめ版です。多くの人の感想を聞きたいので、ご意見お待ちしています。