暗礁はそこにも
館長挨拶
大多数の人間はそう、自分がどこまでも続いている平面の上を行っていると思っていることだろう。彼もまた、その一人に違いない。
ここでの道は何も、土壌を塗り固めてできた街路でも、草々とした山道でもない。敢えて無粋な物言いで表すのなら、人生という名の航路のことである。嗚呼、心配せずともこれは単なる比喩で、海原に歩き進めることのできる路面があるだなんて述べているわけではない。
幻想的な世界観で読者を魅了することを良しとするファンタジー小説なら、それも有りだろう。しかしこれは違う。どちらかと称せば現実味に溢れる物語であるのだ。白雲の、その更に天上から白い一張羅の老人が下界を見下ろしている、なんて陳腐な物ではない。
在りもしない、もしくは在るかもしれない、なんて曖昧な尺度の物事を綴ったのなら、それは須く読者をシラけさせる未来を創作するだろう。他人の妄言や妄想など、この世で最も関心を寄せるに値しない愚物であるだから。故にここでは、それを避けることにしよう。
言いながらも、長たらしい前口上で濁し切った茶を振舞ってしまった非礼、もしも許そうと心込む寛大な御人がこれを読んでいらしたとしたのなら、先ずは感謝を。そして、これよりお聞かせする他愛のない物語をとくとお楽しみ頂きたい。
それではまた、しばし後で。
暗礁はそこにも
アーノルド氏は秘書に言いました。
「ロマンを追い求めしが男の甲斐性ならば、女は如何程の甲斐性を持ち合わせる?」
唐突にして久しいその問いに秘書はしばしの深慮の末、応えた。
「男の甲斐性に理解を据え、それを支えることではないでしょうか」
成る程、と蓄えた顎髭で手持ち無沙汰を解消するアーノルド氏だったが……。