奴隷商人

 山下は個人金融という名の闇金融の下で働いていた。仕事は貸金の取り立てであった。社長は暴力団員の男で、その下で舎弟たちが仕事をしていたが、山下は舎弟ではなかった。組員になるかと誘いを受けたこともあったが、組織に加わると色々と義務も生じるのでそれは丁重にお断りして、時々依頼を受けて取り立て仕事を呑気にやっていた。

 個人金融というものが会社だったのかどうかも定かではないのだが、社員でもなかったのであまり気にせずにいて、取り立ての成績も良くはなかった。「5万円を取り立てて来い」と指示されても、相手に「1万円しかありません」と言われれば、それで納得して帰って来るような仕事ぶりであった。ただ着服したりというようなことはしなかったので手が足りない時にはお呼びが掛って仕事は続いていた。

 ある中年女の元へ取り立てに行った時もそのようなことで、女は「今は返すお金がない」の一点張りだった。いくら山下でも手ぶらで帰るわけにはいかない。粘ったものの女は一銭も出さない。山下もさすがに諦めようと思ったが、中年女は妥協案のつもりなのかこんなことを言った。「娘がいて風俗で働いてもよいと言っている。仕事を紹介して貰えないか」と。女が奥の間に呼びにいくと陰気な感じの娘が出て来て、山下は何度もこの家に来ていたが中年女の独り暮らしだと思っていたので少し驚いた。

 娘というのは中学から不登校になり引き籠ったままで20代中ごろの歳になった女だった。本人に訊くと「母親の世話になっているのだから自分の出来ることであればやる」とのことであったので知り合いのデリヘル業者に紹介して面接を受けさせた。次の日から働くことになり、その後は貸金の返済も順調になった。

 その後も二人ほど「風俗で働いて返済する」という申し出のあった者を業者に紹介するということがあって、それならばと、そのような女達を登録しておいて業者からお呼びが掛れば声を掛けて仕事を世話するという人材派遣のような仕事を始めた。山下自身が手が足りない時だけお呼びが掛って取り立て仕事をするようなものである。取り立ての際に風俗で働いて金を返さないか、自分のところに登録すれば仕事を斡旋できるという営業も怠らなかった。

 派遣業は順調に成長し、件の中年女には経理事務を任せるまでになった。山下は高級車に乗れるような身分になって、表向きは人材派遣業の社長だと言ってうそぶいていたが、所詮自分は女衒だと思っていた。更に内心では人材派遣業なんて奴隷商人だと思っていた。

奴隷商人

奴隷商人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-01

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