野田版『研ぎ辰の討たれ』

野田版 『研ぎ辰の討たれ』

作=木村錦花

脚本・演出=野田秀樹

配役

守山辰次=勘三郎

粟津の奥方=福助

宿の客・姉=福助

宿の客・妹=扇雀

平井市郎衛門=三津五郎

役人・和尚=橋之助

平井九市郎=染五郎

平井才次郎=勘太郎

芸者・金魚=芝のぶ

なんといっても今回の歌舞伎観劇のお目当てはこの『研ぎ辰』なんだ?!!(^^) 数年前に勘九郎さん主演で大評判を取ったこの作品を生で観られるなんてこんな嬉しい事はない!

舞台は薄い幕の向こう側で赤穂浪士が吉良邸に討ち入り大勢の人が斬り合っている影絵が見えているところから始まった。だがその薄い幕がサッと上がるとそこは粟津場内の道場に早変わり、家臣達が剣術の稽古に励みながら赤穂浪士の敵討ちの話に花が咲いている、と其処へ殿様によって研ぎ師から引き立てられ今は侍になっている守山辰次があらわれ、赤穂浪士の悪口を散々言った挙句に一番の馬鹿は殿中で刀を抜いた浅野匠守だと言い放つ。勘三郎さんは迷彩柄の袴に竹で編んだような面を付けて現れた?(^^ゞ  そんな所へ家老の平井市郎衛門が現れ武士の死に様について辰次と議論になり、「武士は脳卒中では死なん!」言い切った事が後の事件に結びついていく。この場面で家老の息子達が剣術の型を見せる場面が有るが、染五郎さんと勘太郎さんの殺陣は従来の歌舞伎の型にはまったゆったりとした殺陣ではなく、まるで新感線の舞台を観ているような激しい打ち合いだった(笑) そんな家老に辰次は稽古をつけて欲しいと頼んだが元より素人の辰次が敵うわけはなく散々に打ちのめされ、口惜しくて何とか仕返しをしたいと職人達に、からくりを作って家老の髷を切ってやろうと企んだが、なんとそのからくりに驚いた家老は脳卒中で死んでしまった?!  だが共の者達は脳卒中で死ぬのは武士として不名誉な事だと家老の背中に切り傷を付け、其処へ駆けつけた家老の息子・九市郎と才次郎に守山辰次に切られたと嘘を言い、すぐに敵討ちに出発して家名を挙げよと二人を送り出す。 この舞台装置は歌舞伎ではめったに、いや初めてかもしれないと思われる金属製に見える無機質な大きなまわり舞台・・・、階段あり坂道ありそして二階部分が平らになっていて場面に応じて色々に使い分けられている。

仇・辰次を追って国を出てからもう二年、二人は四国・道後温泉までやってきた。だが其処には辰次が逗留していて二週間前から宿賃を払わないと客として役人の取調べを受けている。宿帳に出鱈目の名前を書いた事の言い訳に、自分は身分を隠して親の敵を探していると九市郎・才次郎の名前を挙げ二人が親の敵だと申し述べると宿の客達は敵討ちが始まると大喜びで、辰次は忽ち英雄になってしまう。

旅籠で兄弟とバッタリ出会った辰次は咄嗟に行灯の日を吹き消すとあたりは闇に包まれる・・・、そこで暗闇を歩くだんまりのような仕草が始まり、次第に辰次を先頭に九市郎・才次郎の兄弟がすぐ後ろに、そのあとに旅籠の客達が一塊になったかと思うと、三味線の伴奏に合わせて全員が揃って腰を屈めて指鳴らし・・・、ピッチン・パッチン・ピッチン・パッチン・ヒョイと足を上げる(^^ゞ  映画「ウエストサイドストーリー」のポスターにもなったあのシーンの再現だ?!!(爆) 勿論ポスターほど足は高くはなくてヒョイ!と横に上げるという感じだけど、もう客席は大爆笑! だがこれがウエストサイドのシーンだと何人の人が知っていたかな・・・?(^^)

闇に紛れて逃げる辰次、追う兄弟はやがて山の中へ・・・。九市郎と才次郎が辰次の赤い腰紐を捕まえて上手の袖に追って入りかけるとその赤い襷は一本の長い紐になり上手から下手へ向けて一直線に引っ張られると同時に花道からは白い紐が引っ張られて舞台下手で交差する。これは四国の険しい山道に架けられた「ふいご」という人や物を運ぶものを現しているらしい。辰次はそれに乗って逃げようとするが追ってきた民衆はまだこの時点では辰次が敵討ちをするものと思い込んでいて、声を揃えて仇は後ろだ!「戻せ?!戻せ?!」の大合唱が起き白い紐はバックし始める(^^) 

切羽詰った辰次が赤い紐を切ると兄弟は危うく松ノ木に引っ掛かって助かるが其処で大衆に自分達の仇が辰次だと言うと今まで辰次が仇を討つ英雄だと追いかけて来た姉妹は掌を返したように九市郎・才次郎に言い寄る始末・・・、人の心は誠に移ろい易い・・・(笑)ついに兄弟と辰次は大師堂で出会うが、此処を汚しては恐れ多いと九市郎は辰次に当身を食らわせ堂の外へ運び出す。

ここで舞台は一転、壁一面に目にも鮮やかなオレンジ色の紅葉に囲まれた場面へ変る。辰次は言い訳を始めるがここでアドリブ・・・、と思ったがアドリブじゃなかった(笑)染五郎さんに向かっては最近の阿修羅のようなご活躍・・・、と「阿修羅城の瞳」に触れ、勘太郎さんには何故かお兄様よりあなたの事は良く知っております、と笑いを取ったり、もう立て続けに喋るは喋るは・・・(笑)だがあれやこれやと理屈をつけて何とか逃れようとする辰次に野次馬と化した大衆は早く討たれろとはやし立て、辰次はそんな野次馬に向かってあなた方に討たれるような気がするという。其処へ良観和尚が砥石を入れた桶を持って現れ辰次に兄弟の刀を研ぐように勧める。辰次は刀を研ぎながら「生きてぇよう?!死にたくねぇよう?!」と泣きべそをかいて訴えている。そんな辰次を見て和尚は刀を研ぎ終った時が討たれる時、念仏を唱えるように百万遍も研ぎなされ、そして兄弟には出来ることなら助けておやりなされ、と言い残して去っていく。迷った挙句に兄弟は辰次を残して走り去ると野次馬達や姉妹はもう此処では敵討ちは見られないと、次の仇討ちを探しに散らばっていった。助かった?!!と喜んだ辰次だったが誰も居なくなったのを見定めて兄弟が駆け戻り、あっという間に討たれた辰次は舞台中央に長々と横たわっていた。ライトが落ちて廻りが暗くなるとブルーのスポットライトが辰次の姿を浮かび上がらせ、そのライトの中を紅葉の葉が一枚ヒラヒラと落ちてきた。

歌舞伎ではカーテンコールは無いと思っていたら有ったよう?!(笑) 

この作品は赤穂浪士に代表される仇討ちは武士の誉れという侍の世界を皮肉り、それを持て囃した大衆の感情が如何に流されやすく、いい加減なものかをわかりやすく表現していてとても面白かった。辰次は決して悪人じゃない。少々お喋りは過ぎたが何処にでも居るような見栄っ張りで小心者の町人なのに運悪く仇と狙われる羽目になってしまった悲哀のようなものを感じた。

歌舞伎としては、なにもかも異例尽くめの『研ぎ辰』だったが、この作品は勘三郎さんでなければ出来なかっただろうと思われるほどの当り役だったなぁ?!!

役者としては背が低い方だし、顔だって特別ハンサムというわけじゃない。でもそれがそのまま辰次に重なり、汗だくで動き回り、しゃべりまくり観客を大いに笑わせながらも節目節目で台詞も表情もピシッと決めるのはやはり伝統を受け継いでいる歌舞伎役者、観客の心をぐいぐいと引き込むその熱さは、唯スゴイッ!、の一言に尽きる。 染五郎さんはいつ観てもキリッとして舞台栄えのする良い顔してるよなぁ?!!(笑)ハンサムだし、役も良いし、動きも良いし、今回の公演ではコンビを組んでいる勘太郎さんも頑張ったけどまだまだ染五郎さんには及ばない。いくらDVDを見ていても生の舞台に勝るものはないと痛感した。 歌舞伎の伝統を其処此処に残しつつも、演劇との垣根を取り払ったようなこの『研ぎ辰』は本当に素晴らしかった!  いや?満足満足(^^ゞ

野田版『研ぎ辰の討たれ』

野田版『研ぎ辰の討たれ』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-01-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted