炭素君
全てとつながっている
彼はいつもボクをそばにおいてくれる。
そして温もりに包まれ、持ち上げられたとおもうと、ボクをデコボコした地面に滑らせていくんだ。そのスピードにはもう慣れたんだと思う。初めは何事かと驚いちゃってポキポキ折れてたんだけど。そのうちスムーズになってきて、ボクの体はうまくそのデコボコに引っかかり、一枚一枚綺麗にめくれていくようになった。ボクの剥がれて落ちた形跡をときどき上空から眺めるときがある。ホバリングしているようにとまっているときは、よく見えるんだ。
なにやら彼がボクを滑らした跡が、ボクと同じ色になって残っている。彼は時折、「かきたいのはこれじゃない」とか、「くどい」とか、言ってる。そのあとはたいてい、その地面は地震を起こすんだ。全てを綺麗さっぱり落として。
どうやらそのデコボコと僕が呼ぶ地面は、“紙”という名前で、ボクは“シャーシン”という名前らしい。
その紙君と滑ったあとのくっついたボク自身は、同じ顔が数珠つなぎに繋がっていて、はじめ見たときは驚いた。だって体が削られていっていると思っていたし、同じ顔がずらーっと並んでるんだよ。そりゃ、表情はどれも違うけど、いってしまえば仮面が並んでるようなんだ。そして、へぇボクの顔ってあんなのなんだと二度びっくりする。
そしてずっと引っかかってたことなんだけど、その“紙君”をなにか遠くない近いものを感じるんだ。ボクみたいに小さくないし、黒くもない。広大な大地のようで、デコボコはしてるけど柔らかいのに、何か通じるんだ。“紙君”はたまに僕がつまずいて捲れたりするけど、通常はボクがめくれ削れていくし、だから性格の全く違うのに何か近く感じるんだ。
そのことを紙君に、彼がボクを近づけたときに聞こうとするんだけど、ボクはしゃべれる唯一の平面をどんどん削られていくから、しゃべる余裕なんてないんだ。頑張って発した声なんかもごちゃごちゃになってるから、紙君には伝わってないと思う。
それに紙君はどこが耳なのか、ボクにはさっぱりわからないしね。
そんなことを思い続けていて、彼がボクを就寝のために横にしてくれたとき、本当に一度しかあったことないんだけど、ボクと同じ顔をしてる仲間に会ったんだ。
それはボクと同じ顔だけど、ボクよりも二十倍くらいおっきい顔で、その周りには、硬そうなマントをぐるっとまとっていた。そのマントはなぜか紙君を思い起こさせたんだ。だから出会った瞬間にボクは仲間だと思ったし、直ぐに聞いたんだ。
「君はボクなのかい?」って。そしたら「僕は君だけど、君より先に生まれた血筋だ」って、それに続けて「君は“シャーシン”といわれるんだろ。けど僕は“えんぴつ”って呼ばれてる。君と違うところは、大きさと僕が身に纏っている“木”というマントだけさ」とこたえてくれた。ボクは少し期待してこう聞いたんだ。
「じゃあえんぴつ君、君はボクの親になるってことかい?」えんぴつ君は親切に優しく答えてくれたけど、どこか悲しそうだった。
「そうだけど、そうじゃないよ。僕は君らシャーシンより先に、えんぴつと呼ばれる恰好で生まれただけなんだ。それだけなんだ。そしてどうやら僕ら“えんぴつ”は衰退の一途をたどってるようだ。一緒に生きた同族はもうみんな消えていったよ」
「寂しくないの?」
「そりゃ少しはね。けどそれが当たり前だからそんなに。それにさっきもいったように、僕は君で、僕らの血は消えることはないんだ。むかし出会った墨さんの受け売りだけどね」
ボクは“スミさん”とは誰なのか聞き返そうとしたけど、えんぴつ君は彼につかまれていって、聞けなかった。
それっきり、聞けずじまいに毎日が過ぎていった。
こうやって思い返すと、えんぴつ君がまとっていた“木”というマントと“紙君”は、ボクとえんぴつ君のような仲なのかもしれないって、最近思うようになってきたんだ。
そんなとき、ボクは偶然にも紙君の上で横になることができたんだ。ボクはラッキーだった。ボクも残り少ないと自分で分かっていたからね。だからこのチャンスを絶対に逃さないぞと思った。
どこに向かって話せばいいのか分からなかったけど、とにかく大きな声で問いかけてみたんだ。
「紙君、紙君、なぜかボクは君が全くの他人とは思えないんだ。聞いていたら、もししっていたら、そのわけを教えてくれないかい」
けど紙君に反応という反応はなかった。ボクは広々とした紙君の上で、少し寂しくなった。こんなに広大じゃどうしようもないのもあったし、それにいつも親しくしていたから、余計に。
途方に暮れていたら、はかりしれない大きな地響きが急に鳴り始めた。ボクの芯を震わせるほど、おおきな声だった。
「私の中にも君がいるから、それが君の共感を誘うんだよ。だからそんな哀しい顔をすることはない。君は私とも、昔の私とも常につながっているのだから」
ボクはじんじんする胸を抱えて、やっとのことで一度だけ聞き返した。
「これからもですか?」
「ああ、そうだとも。もっと耳を澄ませてみなさい。そうすればきっと、君は全てと繋がりがあることに気づくはずだよ」
そして紙君は地鳴りが終わる頃には、また元のように閑静な風体に戻っていた。ボクはじんじんするこの胸を抱えたまま、ありがとうと呟いた。
そしてまた彼の温もりに包まれて、ボクは紙君の上を滑っていく。ボクは刻々と捲れ削られながらも、感じていた。この彼とも繋がりがしっかりあることを。
炭素君