生まれる前の世界があるのなら、そこに早く僕を帰して

生まれる前の世界があるのなら、そこに早く僕を帰して

猟奇的表現注意

PLESS-PALLAS 2話

「死んだあとの世界をやたら議論するけど、生まれる前の世界の話はあんまり聞かないね」
ベッドに入って、今突然苦しんで死んだら誰も助けてくれない、気づかないなということをずっと考えていた。
そのうち身が震えだして手足の脱力感を感じ始め、心臓が動くのも恐ろしく思えてきた。
しかし一周回ってか「死んだ後の世界があると仮定するならば、生まれる前の世界もあるのだろう」と、生まれる前――死後よりはよっぽど希望に溢れる――その話題が頭を巡りだした。

死ぬのは怖いこと、暗いこと。
生まれるのはいいこと、明るいこと。
光に包まれて、祝福されながら胎内に宿っていくのだと、勝手に夢想している。



少女、名前を沖谷那最(おくがや なゆた)という。
思春期にありがちな生死観の深淵に嵌って、毎晩 悩鬱としていた。
目が覚めて日光を沐浴すれば、晩の辛気も溶けていく。
久しぶりに気分がいいので、昼間のファッションストリートへ繰り出すことにした。

前々から入りたいと思っていたアクセサリーショップ。店員は若いハンサムなお兄さん。彼は、初めての客にも気さくに話しかけてきてくれた。
少女は寡黙なので、鸚鵡返しでしか反応できなかったけど。
会話が成立しないので、気まずくなってか、お兄さんは色々な仕草を繰り返してゆっくり離れていった。
心惹かれる(イミテーションの)宝石を眺めているうちに、他にも客は入ってくる。
母親と、その子供。元気でヤンチャな男の子。
「綺麗ね」
「キラキラ光ってる!」
他愛もないであろう会話だと思っていた。
「ぼくね、こんな感じで光ってるのに、前に、いっぱい会ったことあるよ!」
男の子は拙い言葉でその概要を話し始めた。
どうやら胎児の頃の記憶と、その前の生まれる前の世界の記憶があるらしい。
「光ってる建物があって、その中で光ってる人が地球の上に連れてってくれて、それで地球をいろいろ見てたらママがいたんだよ。
ぼくがママのところに行きたいなーって言ったらね、光ってる人がいいよ、って言ってくれて、それで、パーってなったら、暗くなった。暗いときはママの声がした」
「暗いときって、ママのお腹の中ってこと?」
「そうだよ」
「ねえ、その生まれる前の世界の前って、覚えてる?前世っていうの」
「?覚えてない。で、その世界は真っ白ですごかった。ぼくみたいな子が他にもたくさんいたよ」
男の子は一気に話しきったかと思うと、さっきまでの神秘さは霧散して、ただのヤンチャに戻った。
母親は少し気味悪がりながらも、普段の様子に戻ったことに安心して、陳列棚を眺め始めた。
「あ!これかっこいい!」
しばらくして母親から離れて行動していた男の子が、中にたくさんのアクセサリーが詰め込まれたバケットを持ち上げて、駆けだした。
「ねえ!ママ見てこれ!」
しゃがんで物色していた那最にぶつかって、はじけるようにアクセサリーが散らばった。
かき集めるのを手伝っていると、店員のお兄さんと母親が心配して向かってくる。
「・・・本当、小さい子が走ってるんだから、すこしくらい気をつけてくれればいいのに・・・」
店員のお兄さんのほうをチラと見ると、その母親に同意したように「あー、ちょっと傷ついてますねー。」と、ため息をついていた。
手元に集められるアクセサリーの輝きが、虚しく思えた。

いやぁ、母親のお前が注意して見てろよ。
そんなことを思っていたら見透かされたのか、「母親もいつも子供見てなきゃいけないから大変なのよね。子供は地域のみんなの子供なんだから、みんなで見守るべきなのに」なんて抜かす。
店員のお兄さんも、さっきの会話で那最を陰鬱な奴だとうっとうしがっていたので、はけ口を少女に向けた。
ハンサムでもこんな男は嫌だ。
男の子は「痛かった」だの「だって見えなかったんだもん」とごめんなさいの一言も言わなかった。
いい子だと思ったのに。
無言でアクセサリーをかき集めていく。
時折聞こえてくるため息と、向けられているであろう冷たい視線に身を強張らせながら。
やっと片付けが終わって、もうたくさんだと那最はとっとと店を出て行こうとした。そのとき
ピピピピピピピピピピ!
出入り口のブザーが鳴った。ギョっとして振り返った瞬間、店員が「万引きだ!」と声を上げて走ってきた。
さっき散らばった小さいアクセサリーが、那最の服にひっかかっていたのだ。
「どさくさに紛れて」「やっぱり変な奴だと思ってた」
なぜこんなに自分だけ・・・
掴れた手を払いのけ、服についたアクセサリーをぶん投げて、那最は一目散に家に走った。


「あら、お帰り」
待っていたのは、最近知り合った中永遊祗(よしなが あそぎ)という自称探偵の女の子。
年の頃は那最とあまり変わらないが、生き字引であり頼りになる少女である。――犯罪の方向に。
つまり共犯者なのだ。
那最は唯一、彼女にのみ流暢に会話できた。
「さっきアクセサリーショップにいたんだけどさ、窃盗犯扱いされたよ」
「あんた殺人犯なのにね」
遊祗がニヤリと笑うと、那最もつられて笑った。
事の顛末を話して、ついでに自分がどれだけ辛い思いをしたかも切々と語った。憎い、あんなのは人非人だ、殺してやりたい、ということも。
「いいわ、協力するわよ。殺人現場まではついていかないけどね」

まずは店員を思いっきり嬲り殺して、もう見たくもないこの店に火をつけた。行きがけの駄賃とばかりに。
那最のポリシーは「事故死や自然死なんかに見せかけない、立派な殺人事件を展開すること」である。当然、焼死だと終わらせないように、遺体は少し外れに遺棄してある。
そして、どうやってか知らないが親子の家を突き止めてきた遊祗の指示通りに歩く。
そこは新興住宅街だった。
那最は、無邪気に遊ぶ子供たちの間を抜けながら、これからあのクソガキを殺せるんだと心が華やいで止まなかった。
クソガキを、あの憎たらしいガキを。そして能無しのクソババアも。
例の家の庭に侵入し、開かれた窓の桟に手をかける。騒ぐ血を抑えることはできず、そのまま飛び越えて部屋を物色していった。
例のガキは、ゲームに夢中で、背後につくまで気がつかなかったらしい。
口を押さえて風呂場まで引きづり、風呂桶に溜まった水の中に頭を沈め、数秒したら引き上げさせる。それを繰り返していくと、沈める手そのものが悪魔に思えてくるらしく、ガキは少女の手のみをひっかき続けた。
酸欠状態でぐったりし、抵抗しなくなるのを確認すると、カミソリを手にして肉眼に切れ目を入れた。
声を上げないように濡れたタオルを口に突っ込む。
弱弱しく振り払うそぶりをみせるも、かなわない。少女はさらに深く目を裂いた。
ガキがショックで失神すると、今度はカミソリで目をほじくってみようと試みた。
なかなか上手くいかない。奥の神経やらを切らないと、目玉は落ちてこない。何度も挑戦したが、結局目玉がぐちゃぐちゃに崩れ、奥に沈んでいくだけだった。
飽きて、もうひとつの目玉も取る気になれず、眼窩をカミソリでなぞるに終わった。
もう、ガキの息がないと気づいて興味も失せてしまったのだ。もっとじわじわ苦しませれば良かったな。そう、わずかに後悔した。
ガキの腹部に勢いよく飛び乗って内臓を破裂させて遊んでいると、
「ごめんねー、遅くなっちゃた。お風呂で何してるの?」
と、例のクソババアが買い物袋をぶら下げて帰ってきた。

驚く隙も与えないよう、すばやく飛び掛る。
ふと、買い物袋の中に人参が転がっている。サッと掴みとり、ひるんでいるババアの目にグリグリとねじ込んだ。
口には適当な野菜を窒息ギリギリまで詰め込む。
パァン!と眼球が破裂し、液体がとろりと垂れていく。そのまま人参を眼窩にはめ込む。
下腹部をカミソリで裂いて、ガキの死体(頭も入らないけど)を押し込む。ガキは内臓の破裂が原因か、股間から血が滲んでいた。
もう、ババアも失血死していた。
「胎内回帰だ。さあ、死んで、死後の世界と生まれる前の世界を見てきてよ。その両方の世界に境があるのか知らないけど」


「はい、お帰り」
自称探偵の女の子、遊祗は那最の家でくつろいでいた。
「すごいね、どうやって家見つけてきたの。キミは見たこともない親子だってのに」
遊祗は「秘密」と、那最の口元に人差し指を軽く押し当てた。
人中にちょうど嵌るように、狙いを定めて。
「知ってる?鼻と口の間の溝が何故あるか。それは「生まれてくる前のことは内緒だよ」って天使と約束をしたからよ」
しーっ、とまた人差し指を当ててくる。
「そうか。約束を破った子には、当然お仕置きが必要だよね」



ベッドに入って、また余計なことが頭を巡る。
生まれる前の記憶なんかまったくない。でも、なんとなく明るくて、守られてる気がして、温かくて・・・。
いつかまたその世界に帰れるといいな、なんて夢想しているうちに、穏やかな心で眠りに就けるようになった。

生まれる前の世界があるのなら、そこに早く僕を帰して

第3話→【http://slib.net/52835

生まれる前の世界があるのなら、そこに早く僕を帰して

死んだ後の世界の話はよく聞くのに、生まれる前の世界の話はあんまり聞かないね。PLESS-PALLAS第2話

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-08-31

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