すーちーちゃん(8)

八 遠足の十一月

 みんながバスに乗り込む。今日は遠足だ。行き先はM山。あたしたちの小学校からバスで約二十分。学校からも見える。頂上の展望台からは、海や市内全域が見渡せる。芝生広場や遊具もあり、一日中遊べる場所だ。
これまで、あたしはお父さんやお母さんに連れられて、お弁当を持って、遊びに行ったことがある。アスレチックフィールドや市内で一番の滑り台などもある。何が一番なのか、よくわからないけれど。
 バスが坂道を登っていく。左手には市民病院が、右手にはお墓と老人ホームが見える。全然違う施設だが、何かが通じているような気がする。
「あたし、ここに来たことがある」
 ふいに、すーちーちゃんがしゃべった。
「えっ、ほんと。誰か、入院していたの?」
「ううん。お墓の方」
 すーちーちゃんは転向してきたばかりだ。そう言えば、どこから来たのか聞いていなかった。お墓があるのならば、この市の出身なのか。
「ううん、そうじゃないの。パパやママの仕事の関係よ。あたしも一緒に着いてきただけ」
 すーちーちゃんが説明してくれた。すーちーちゃんのお父さんは神主で、お母さんは巫女さんだから、何か関係があるのだろうか。
 あたしは、三月、お盆に、九月、お正月の年四会、お墓参りに行っている。お父さんやお母さんに連れられて、あたしが生まれる前に死んだおじいちゃんのお墓だ。そのお墓は山を切り開いたところにあり、何百、いや何千もの、同じようなお墓が建てられていた。
 お墓参りに行くのはいいのだけれど、会ったこともないおじいちゃんのお墓の前で、手を合わせても、おじいちゃんの姿は目に浮かんでこない。ちょっと複雑な気持ち。だから、形だけ、手を合わせている。
 ここのお墓は、おじいちゃんが眠っている場所よりも古い。背の高いお墓や先がとんがったお墓、苔が生えたお墓、今にも崩れそうなお墓などが、寄り集まっている感じだ。
 バスはお墓の横を通り過ぎると、山道をくねりながら登っていく。道路沿いに家が立っている。ここに住めば見晴らしがいいだろうけれど、学校に通うのは大変。行きは楽々、帰りは疲れる、だ。
 座席から振り返ると街のビルや家が小さく見える。あたしの横ではすーちーちゃんがすやすやと眠っている。
「着きましたよー」
 先生の声であたしたちはバスを降りた。あたしたちは先生の後を続いた。階段を登ると、緑が広がっていた。芝生広場だ。
「わー」
 清水君たちが走り出そうとした。
「まだですよ」
 先生からは日程が示された。まずは、古噴の見学だ。この山には多数の古噴がある。石を山のように積み重ねたものだ。昔の人のお墓だ。バスで登ってきたお墓とは違う。
「さあ。ここに亡くなった人を葬ったのよ」
 石積みの古噴に横穴があった。みんな、中を覗く。暗い。やんちゃな清水君も直ぐには中に入ろうとしない。
「さあ、中に入りますよ」
先生の指示で、二人一組になって、お墓の中に入っていく。あたしはすーちーちゃんと同じペアだ。
次々と、クラスメイトたちが入っては、出ていく。笑っている顔もあれば、真っ青な顔もある。あたしたちの番が来た。すーちーちゃんが平気で入っていく。
「すーちーちゃん、怖くないの?」
 あたしは思わず声を掛ける。
「怖くないよ。さやかちゃんもいらっしゃい」
 すーちーちゃんが手招きをする。魅力的な八重歯が暗闇の中できらりと光る。人間懐中電灯だ。何か目に見えない力に引っ張られるかのように、あたしは穴の中に入った。
「まっ暗ね」
「そうよ。まっ暗ね」
 あたしは心細いので、すーちーちゃんの手を握る。あったかい。穴の中がひんやりしている分、すーちーちゃんの手がより一層温かく感じる。
「あたし、前に来たことがある」
 すーちーちゃんがぽつりと言った。すーちーちゃんは古噴に興味があるのか。それとも、お父さんやお母さんに連れられて来たのか。
 暗闇に目が慣れてきた。うっすらとだが、石積みが見えてきた。昔の人はすごい。何人いや何十人、何百人もの人が、機械を使わずに、人の力だけで、石を積み重ねていったのだ。すーちーちゃんの手が離れた。その時、奥から何かが飛んできた。
「きゃあ」
 あたしは大声を上げ、穴の中から飛び出た。
「鈴木、大丈夫か」
 座り込んでいるあたしに清水君がかがみこんで来た。
「何かが飛んできたの」
「こうもりだよ」
「こうもり?」
「うん。こうもりが穴の中から飛んでいったよ」
「なんだ。こうもりか」
 と、言ったものの、苦手だ。こうもりは、近くの神社、そう、すーちーちゃんが住んでいる神社にもいる。薄暗くなると、あたしの家の電信柱の周囲を飛んでいる。あたしはこうもりを見ると、すぐに家に帰り、部屋のカーテンを閉める。あたしの方が体は大きいことはわかっているけれど、こうもりに連れて行かれるんではないかと怖いのだ。
 そう、こうもりと言えば、すーちーちゃんはどこ?あたしは、すーちーちゃんを置いてきぼりにして逃げたんだ。
「すーちーちゃんは?」
「龍野子なら、あそこだよ」
 清水君が指差した先にすーちーちゃんは立って、葉が生い茂った高い木を見上げていた。
「お腹減ったね」
「うん。お腹減った」
 あたしたちのクラスは、芝生の端の滑り台に近い場所に陣取った。あたしとすーちーちゃんは横に並んだ。
 あたしはお弁当を開ける。海苔の巻いたおにぎりが二個、黄色い卵焼きにオレンジ色のウィンナー、茶色いミニハンバーグ、赤いミニトマトに緑の野菜、色とりどりだ。あたしがお母さんに注文したものだ。
「おいしそうね」
 すーちーちゃんが横から覗きこんだ。
「ひとつ食べる?」
 あたしはおにぎりを差しだそうとした。
「ありがとう。でも、あたしはあたしの分があるから」
 すーちーちゃんもバッグからお弁当を取り出した。
「ほら」
 すーちーちゃんのお弁当の中身は、赤いトマトに、赤いイチゴ、赤いピーマンに、赤いケチャップ、そして、赤いマグロの刺身に、赤く血もしたたらんばかりのレアなお肉。白いごはんの上にはピンクのでんぷんが乗っている。まさに、赤づくしだ。そう言えば、お弁当箱も赤、お箸も赤、お弁当を入れた袋も赤だ。
「いただきます」
 二人合わせて、ごはんを食べ始めた。あたしの口の中には、様々な色の食べ物が入り、すーちーちゃんの口の中には、赤一色が入る。あんまり急いで食べたものだから、口の中がいっぱいだ。慌ててお茶を飲む。ふと、すーちーちゃんのお茶を見る。真っ赤だ。紅茶なのか、トマトジュースなのか。すーちーちゃんは目を細めて、赤を吸収していた。
「すーちーちゃん、その飲みのものは、トマトジュース?」
 あたしは尋ねた。
「の、ようなもの」
 すーちーちゃんはほっぺを真っ赤にして、ちゅうちゅうしながら飲みものを啜る。口角からは溢れ出た赤い液体がたらりと落ちる。その液体を長く伸びた真っ赤に染まった舌がペロリとすくった。ペコちゃんだ。不二家のお菓子のトレードマークだったっけ。すーちーちゃんが笑った。魅力的な八重歯は、今は赤く染まっている。
お弁当が終わった。午前中は、古噴の見学や植物・小鳥を実際に見て、観察をした。午後からは自由時間だ。芝生広場から歩いて十分のところに、はにわ公園がある。
はにわの形をした滑り台やシーソー、うんてい、ターザンごっこなどの遊具があるから、はにわ公園と名付けられた。古墳群のある山だから、はにわが似合う。
「すーちーちゃん。行こう」
「うん」
 あたしたちは、はにわ公園に着いた。もう既に、山崎君や柴野君、清水君たちが遊んでいた。
「鈴木、遅いじゃないか」
 清水君が滑り台から滑ってきて、最後の所で大きくジャンプした。
「みんな、何しているの」
「鬼ごっこだよ。ルールは、このはにわ公園から外に出たらいけないんだ。鈴木も龍野子もやろうよ」
 ルールは、遊具の設置場所には芝生が植えてあり、周囲は垣根があった。垣根の外側は道だった。道に出たらアウトだ。
「すーちーちゃん、どうする?」
「いいよ」
「よし、決まりだ。みんな。鈴木と龍野子も鬼ごっこに参加だ。よし逃げろ」
「待って。鬼は誰?」
「山本だよ」
「どこ?」
「滑り台の上だよ」
 はにわの滑り台の上には山本君がいた。今からこちらに滑り降りてきそうだ。
「逃げようよ。すーちーちゃん」
「うん」
 あたしたちはターザンに向かう。ひもにぶらさがりアアアーンと声を出せば、地面につかずに反対側に行ける。
 まずは、あたしが飛び乗った。両手で自分の体を支える。痛い、手がちぎれそうだ。地面に足がつきそうだ。でも、なんとか、向こう側についた。急いで、滑車をすーちーちゃんがいる側に戻す。鬼の山本君が滑り台から降りて、ターザンに向かっている。すーちーちゃんが危ない。
「早く。すーちーちゃん」
 すーちーちゃんは、ターザンのひもにぶらさがる。山本君の手が伸びる。滑車が動く。するするする。山本君の手は大きく空振り。すーちーちゃんは滑り出した。でも、地面に足がつきそうだ。足がつくと、鬼になる。
「すーちーちゃん。足が着きそうよ」
 あたしが大声を上げる。すーちーちゃんは、にこっと笑って、魅力的な八重歯を剥き出しにすると、ロープを噛んだ。そして、歯だけで、するするとロープを登っていく。
「すごいな、龍野子」
 運動神経抜群の清水君も口を開けたまま、見つめるだけだ。すーちちゃんはロープの一番上まで体を上げ、ふわりと台の上に降りた。まるで鳥が飛んだかのようだ。でも、ロープは山本君の元に戻った。鬼の山本君はロープにぶら下がって、こっちに向かって来る。
「すーちーちゃん、逃げよ」
 あたしはすーちーちゃんの手を握った、だけど、すーちーちゃんは全てをわかりきっているかのように微動だにしない。山本君がこっちに向かって来る。到着しそうだ。捕まる。その時だ。
ギリギリギリギリ。
 大きな音がしたかと思うと、ロープが真っ二つに切れかかった。ロープを見つめる山本君。急いで手を伸ばし、上の方のロープを掴もうとするが、地球が、地面が、山本君を愛していた。山本君は、そのまま、お尻ごと地面に不時着した。残念ながら、山本君はパラシュートを広げていなかった。そのままお尻から煙をだした。
あっちっち。
 山本君は鬼であることを忘れて、水、水、水と叫びながら手洗い所に向かう。火事の一歩手前なのか、土埃なのかわからないけれど、お尻からは、カチカチ山のたぬきのように、白い煙を出している。
「さあ、逃げよ」
 すーちーちゃんにせかされて、あたしは別の場所に逃げた。恐るべきすーちーちゃんの八重歯。
 あたしとすーちーちゃんは、鬼の山本君から逃げて、展望台にやってきた。ここは、この山で一番高い所だ。展望台から眺めれば、海が見え、街が広がっている。
「ここまで逃げれば、大丈夫よね」
 あたしはすーちーちゃんに話しかけた。すーちーちゃんも頷いた。 その時だ。
「おねえちゃん」
 どこからもなく声がした。どこかで聞いた声だ。でも、思い出せない。横を向いた。すーちーちゃんの顔が引き吊っている。
「ごめん、ちょっと待っていて。ちょっとトイレ」
 すーちーちゃんがあたしに微笑んだ。でも、目は笑っていない。怒っている。すーちーちゃんは一人で、展望台の階段を下りていく。あたしは街の景色を眺める。残念ながら、ここからはあたしの家は見えない。家は反対側の南の方だ。この市の方角はわかりやすい。北が海で、南に山がある。どこかに行くにも、海の方か、山の方かある程度の目安をつけておけば、迷うことはない。その海には島々が浮かんでいる。その島の間を、船がゆっくりと行き交う。船は動いているのだろうが、遠くから見ると、ピンで海に突き刺ささっているかのようだ。時間が止まっている。すーちーちゃんも時間が止まったかのように、戻って来ない。
「なんで、あんたがいるの」
「おねえちゃんだけ、ずるいよ」
「あたしは学校なの。あんたは保育所でしょ」
「今日は休みだよ」
「ずる休みでしょ」
「保育所は義務教育じゃないから、休んでも大丈夫」
「そういう問題じゃないの。あんたがここにいることが問題なの」
「姉弟は、仲良くしなさいって、ママがいつも言っているんじゃないか」
「今は、そういう時じゃないの。早く帰りなさい」
「いやだ。ねえちゃんと一緒にいる。僕も鬼ごっこがしたい」
「見ていたのね」
「見ていたよ」
「ママに言いつけてやる」
「ねえちゃんだって、本性を出していたよ。ママに言うよ」
「あんたに何がわかるの」
 すーちーちゃんが誰かと話をしている。相手は弟の竜太郎君の声に似ている。でも、竜太郎君は今頃、保育所のはずだ。お母さんと一緒に、来ているのか。
 あたしは展望台を下り、「すーちーちゃん、どこ?」と二人の声のする方を探す。
「竜太郎。もう、帰りなさい」
「いやだよ。あっかんべー」
 バサバサバサと羽ばたく音がしたかと思うと、木の陰にすーちーちゃんが立っていた。
「すーちーちゃん。誰と話をしていたの?」
 あたしが尋ねても、「うううん。誰とも。鬼が来ないか見張っていたの」と答えるだけ。
「さあ、みんなのところに戻ろうよ」
 すーちーちゃんが山道を駆けていく。あたしも続く。バサバサバサ。再び、羽の音がした。あたしが音のする方に顔をやると、黒い鳥のようなものが飛んで行った。
「あれ、何?」
 あたしが尋ねても、すーちーちゃんは素知らぬ顔で、「さあ、急ぎましょう」とどんどんと坂道を下りていく。
「待ってよ」あたしはすーちーちゃんの後ろから離れないように後を追った。
 遠足は終わった。
「さあ、バスに乗りなさい」
 先生の合図であたしたちはバスに乗り込む。座席は来た時と同じ場所だ。すーちーちゃんが窓際で、あたしは通路側だ。
「おい。お前たち、どこに隠れていたんだよ」
 清水君があたしたちの横を通りながら尋ねた。
「展望台よ」
 あたしが答える。
「展望台か。展望台は境界外だよ」
「そうなの。知らなかったわ」
「まあ、いいよ。もう、終わったことだし」
 清水君が立ったままだ。
「清水、早く座れよ」
 山本君が清水君の背中を押す。
「おっ、悪い。じゃあ、またね」
 清水君や山本君は一番後ろに座った。バスが動きだした。はにわ広場で鬼ごっこをしたので、体が疲れた。バスの揺れがゆりかごのようにあたしの眠りを誘う。隣のすーちーちゃんを見る。すーすーすー。寝息をかいでいる。あたしの瞼もその誘惑に負けた。しばらく眠ったのだろうか。
 コン。コン。コン。コン。
 音がする。あたしは目を開けた。何か窓にいる。その何かが窓を叩いている。何かは真っ黒な鳥、じゃなく、コウモリだ。
 あたしは思わず声を出しそうになったが、唾を飲み込み、コウモリを凝視した。あたしの異変に気付いたのか、すーちーちゃんが目を覚ました。まずは、あたしの顔を見て、視線の方向の窓に目をやった。そして、ふんと、怒ったように、片手でバンと窓ガラスを叩いた。あまりに強烈な平手打ちだったので、コウモリはガラス越しの振動で窓から落ちた。でも、態勢を立て直すと、再び、窓に近づいてきた。
「しつこいんだから」
 すーちーちゃんは、もう一度、窓ガラスを叩いた。そして、何もいないかのように、無視して、目を瞑った。 コウモリはあきらめたのか、羽の先の手で目のあたりを触った。まるで、あっかんべーをしているみたいだ。そのまま、バスから離れて、学校の方角へ飛んでいった。

すーちーちゃん(8)

すーちーちゃん(8)

ある日、転校してきた少女は吸血鬼だった。八 遠足の十一月

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-30

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