夏の終わりを見ていた

夏の終わりを見ていた

やっぱりもう会えないと分かっていても、どこかで人は期待してます。
そう簡単には忘れません。

思い出の中にずっといたんだ

時刻は午後6時。 それと同時に、お祭り開始の花火が打ち上がった。
俺は財布と携帯と昔彼女から貰ったお守りを持って家を出た。

この町で育って今年で18年。来年には町を出て都会に就職するから、今日のお祭りが一応最後の祭りになる。
『40回目のお祭りは何かが起こる。奇跡を描く大花火祭り』
これが今年の祭りのコンセプト。850の投稿から選ばれたらしい。それにしても今年で40回目なんだな。初めて知った。
普段は全く人の通らないこの道も、今日はそれなりに人が歩いていた。薄いピンクの花が描かれた浴衣を着て歩く親子や、夏らしい私服を着たカップル。みんな楽しげだ。
まず俺が向かったのは神社。入り口には鳥居があって、御堂と賽銭箱があるだけの小さな神社。ここにはよく彼女ときて、いろんなことをお願いしたのを覚えてる。俺が願ったのは大体君のことだ。一年間風邪をひきませんようにとか、怪我しませんようにとか、ずっと一緒にいられますようにとか。大体の願いは叶った。でも叶って欲しい願いが叶わなかったんだ。
『ずっと一緒にいられますように』がね。

彼女が──ユリカが死んだのは3年前。高校の入学式の帰りに交通事故で死んだ。それから俺の人生は180度変わった。明るかった性格は暗くなって、いつまでたっても立ち直れない俺を見兼ねて友達も離れていった。残ったのは幼稚園からつきあいがあるタマリぐらいだ。タマリはずっと待っていてくれた。俺が普通に会話できるくらいに回復するまで。でもそんなタマリも高2の夏に転校してしまい、俺は一人になった。それから今までずっと一人。恐らく、環境が180度変わるまで、ここではずっと一人なんだろう。

神社を後にした俺は、寄り道をしながらゆっくりと会場まで歩いていく。二人で通った学校の帰り道を通ったり、いろんな花が咲いてる河川敷を通ったり、迷路みたいに入り組んだ住宅街を通ったり、なるべく早く着かないように歩いた。それでも19時10分には会場に着いてしまって、なかなかのゴールデンタイムぶりに嫌気がさした。
町は小さいながら、お祭りは盛大だ。この辺の地域ではそれなりの規模と言えるんじゃないだろうか。
色とりどりの提灯が等間隔に並んで光を放っている。お祭りはどこか独特の雰囲気があって、屋台の色とか、舞台の照明の色とか、会場全体の空気感はそれそれ違うのに、どこにいても祭りなんだなと感じられる。
そうだ。実を言うと、この祭りに来るのは3年ぶりなんだ。どうしても楽しい気分にはなれなかったから、今年まで行かなかったけど、最後ということで今日は来た。このまま誰に会うこともなく、終わってくれればよかったんだけどな。やっぱりそうはいかないよな。

俺はこの祭りで、3人の懐かしい人と出会ったんだ。その一人は俺が舞台前に座って、たこ焼きを食っている最中に話しかけてきた。
「マヒル…だよな。久しぶり」
整った顔立ちの青年が僕に笑いかける。ぱっと見た感じでは全然わからなかったが、名前を聞いてピンときた。
タカヤさん。この人はテニス部でお世話になった先輩だ。俺が疲れてるときとか、悩んでるときとか、試合で負けたときに毎回ご飯に誘ってくれた人。
「お前…またやつれたな」
俺はまたやつれたんだろう。自分ではよくわからないけど、言われてみて確かにと思った。
「まだ立ち直れないのか?」
「そうっすね。まだまだかかりそうですよ」
久しぶりに笑顔を作ってみたが、うまく笑えているかすらわからない。
「…あっちの屋台に、美味しいラーメン屋があるんだ。久しぶりに飯食おうぜ」
「いいんすか?じゃあ、いただきます」

ラーメン屋の暖簾をくぐったら、ラーメン屋独特の匂いが広がっていた。そしてこのラーメン屋の暖簾には見覚えがある。確か小さい頃に親父がハマったラーメン店で、週3ぐらいで通ってたら脂肪肝になったんだっけ。そのときに親父が食べてたのが『元祖味噌ラーメン』だった気がする。俺と先輩は同じものを頼んだ。
「マヒルが辛いのはわかる。でも、いつまでも立ち直れずにいると、ユリカに怒られるぞ」
「分かってますよ。俺も分かってはいるんです。でも、もうこっちの俺の方が本当の俺になってしまったらしくって、今更元気に駆け回るようなのはキャラじゃないんですよね」
「…そうか」
そこで店長らしき人がラーメンを持ってきた。
「はい!元祖味噌ラーメン二つね」
立ち上る湯気の匂いにノスタルジアを感じた。大きめの味玉に、大きなチャーシューが2枚。メンマ、海苔、ネギ。全てにそれを感じる。
一口すすってみると、風味と食感も麺の硬さもあの頃のままのような気がした。
「確かに…そう考えると悪い気がしてきたよ」
何かを考えていた先輩が箸を置いて言う。
「どう考えるとですか?」
「それが普通のマヒルなのに、今更元気なマヒルに戻れっていうのは悪いなって。今のマヒルが今のマヒルなんだよな。ならそれでいいな」
言い終えて、またすすり始める。
やっとわかってもらえる人が一人できた。俺はこういう人の存在を待っていたのかもしれない。少しだけ祭りに来て良かったと思った。

「ごちそうさまでした。ほんと、高校のときからいつも奢ってくださり、ありがとうございます」
「いいんだよ。気にすんな。奢れるのは先輩の特権だよ」
そう言って笑う。
「それじゃあ、また」
「あぁ。またな」

ラーメン屋をあとにした俺は、改めて入り口に戻る。この祭りでしかやってない風習というのかな。それを行うための紙をもらいにいく。
「こんばんはー!」
受付の中学生が元気よく挨拶をする。大きなイベント以外はボランティアの彼らが大体の役をこなしている。
「今年は記念すべき40回目のお祭りなので、一人でも、友達とでも、たくさん楽しんでくださいね!はいこれ!これが今年の“願い紙”です」
手渡されたのは、糸と極端に長方形の紙。これに願いを書いて、会場の奥にある展望台の願い箱に入れれば願いが叶うという風習だ。
「それではたのしいお祭りを!」
中学生に手を振られながら門をくぐると同時に、俺はあいつを見つけた。まさか来ていたとは。
「タマリ!」
思わず大きな声を出してしまった。タマリも含めて、数人の人がこちらを見た。それにあたふたしている俺を見て、タマリが笑う。
「何やってんだよ」
「すまん…。俺も久しぶりにあんな大きな声が出たよ」
俺も少し笑う。
「タマリ…ほんとに久しぶりだな…!ちょっと感動したよ」
「確かにな。なんだ、ちっとは吹っ切れたかよ。ユリカのこと」
「全然だよ。吹っ切れてはないけど、多分もう大丈夫だ」
「そうか。お前がそういうなら大丈夫なんだろうな」
タマリはこういうやつなんだ。あんまり深くは言わないし、聞かない。そこがいいんだ。
「タマリの方こそ、元気にしてたか?」
そこでタマリが声を出して笑った。
「まさかお前に心配されるとはな。大丈夫。俺は相変わらず元気なバカ野郎で通ってるよ」
「だよな」
「だよなってなんだよ」
二人で笑う。
それからしょうもない話をしながら、タマリと歩いた。タマリの友達もきてるみたいだが、俺がいるからと気を使ってくれた。ほんといい奴だ。
「そういえばさ、お前願い紙もらった?」
タマリが言う。
「あぁ。もらったよ」
「そうか。じゃあこれどうすっかなぁ。俺も貰っちまったんだよ」
「書けばいいだろ?」
「お前これやったことあるのか?」
「あるよ。中学一年の時からユリカと毎年やってた」
「まじかよ。俺これやったことねぇんだ」
ポケットから願い紙を取り出すタマリ。
「だからこれ、マヒルにやるよ。俺の分まで願っていいぞ」
「いや、いらねぇよ。一枚で十分」
「いいからいいから」
そう言って俺のポケットにねじいれる。
「わかるだろ?俺は願い事とか神頼みとかそういうの嫌いなんだ。自分の力で願いは叶えたいからさ」
俺はそこで少し笑った。
「ハハッ…。ほんとに相変わらずだな」
「だろ?今までだってそうしてきたからな。今更曲げられねぇよ」
そこでタマリの携帯が鳴る。
「あっと…すまねぇ。ここまででいいか?」
着信画面に女の子の名前が表示された気がした。
「おう。行ってこいよ」
「すまねぇ!またいつか会おうぜ!次はお互いビッグになったらな!」
「おう!またな!」
そのままタマリは携帯を耳に当てて走って行った。

時刻は20時30分。祭り終了まであと1時間。大体のところは回ったし、あとは花火を見て帰るだけだ。だけだったんだ。
けどそれは、あのキャッチフレーズが許しちゃくれなかった。
『40回目のお祭りは何かが起こる。奇跡を描く大花火祭り』

舞台前の椅子でたこ焼きをつついていると、急に祭りの音が止んだ。俺は顔を上げるてさらに驚く。周りは動いているのに全く音が聞こえなかったからだ。
“シャン…シャン…”
呆気にとられる間も無く、後ろから鈴の音が聞こえた。ゆっくりと振り返る。その瞬間、俺の時間も止まった。これはあくまでも比喩的な表現だけど、俺が見た光景があまりに非現実だったからそう思ったのかもしれない。ゆらゆらとスローモーションで動く一般人の中を、それより少し早い速度くらいでそいつは歩いてきた。甚平柄の浴衣を着て、狐のお面を顔につけたそいつは、後ろ髪を結んでいる髪ゴムについた鈴を鳴らしながら、俺の目の前で止まった。
そこまでで音が帰ってきて、スローモーションも解除された。
声も出せず狐面を見つめる俺。
「ん、ぐぐ…ぶっ!あはっはっはっ!なにその顔」
狐面が笑う。
「はぁー…お腹痛い。もう。笑わせないでよばか」
狐面が手を差し出す。白くて細くしなやかな指。今起きている現象に脳ではついていけてなかったが、俺の体はついてきていた。訳もわからないまま手を握る。
「よし!じゃあ、行こっか」

そして俺たちはまた門をくぐりなおす。

「見て。金魚すくいあるよ!」
狐面が無邪気に言う。
「なぁ…」
「あ!見て!綿菓子!」
「なぁ…」
「あんな所に橋巻き──」
「ユリカ!」
俺は懐かしい声と雰囲気に影響されて、ついその名前を呼んでしまった。俯いて考える。違うんだ。違うはずなんだ。ユリカは…。ユリカはもう3年前に死───

「お祭りは、楽しむためにあるんだよ」

俯いていた俺は、ゆっくりと顔を上げた。たこ焼きの屋台。橋巻きの屋台。綿菓子屋。金魚すくい。フライドポテト屋。お好み焼き屋。それらの屋台が左右に並んだ展望台へと続く一本道。
その真ん中に立つ、狐面を外したユリカ。
「3年前の今日、言ってたよね?」
そう言って笑う。
「泣くのも、聞くのも、全部最後。今は…お祭りを楽しもう」
そこで俺の涙は止まる。そしてゆっくりと頷いた。

3年ぶりの金魚すくいは、金魚達の成長とポイの脆さを改めて知った。3年ぶりの綿菓子は、ほっぺたが落ちるほど甘かった。3年ぶりのりんご飴は、小さいのもあってびっくりした。
2人は、3年ぶりに祭りに溶け込んだ。
そこでアナウンスがなる。
『さぁ!みなさん!お祭りもいよいよ最後です!今年はお祭り40周年ということで、いろんな花火を用意しました!』
ワァっと歓声があがる。
『それではカウントダウンいきましょう!10!9!8!7!6!5!4!3!2!1!…ゼロオオオオ』
その声とともに一発目の花火が大きな音をたてて打ち上がった。
バーンッ!
まさにそれは空に咲く火の花。赤と青と緑の花々が次々と空に咲いていく。
展望台へと手を繋いで歩いていく俺とユリカ。3年ぶりに繋いだ手も、3年ぶりの君の横も、手の感じすらもあの日のままだ。
「なぁ、ユリカ」
「何?」
「これはその…夢か?」
「夢だとしたらやけにリアルじゃない?」
クスッと笑うユリカ。
「確かに。夢のときに感じる雰囲気じゃないな」
「でしょ?それに夢だったら私がやだよ」
「そうだな。俺もやだ」
二人の手は、より強く繋がれた。

展望台に着くと、ありえないぐらいに静かで、観客のいない舞台のように思えた。正面に設置された台の上に置いてある願い箱が寂しそうにしている。
「願い箱…。マヒルはこの風習を信じてる?」
展望台の柵に手をつきながらユリカが言う。
「そうだなぁ…ユリカと一緒に書いてた時期は信じてた」
「今は?」
「うーん…今は…あんまりかな」
そっか、と空を見上げるユリカ。しばらく流れる沈黙。
「あのさ」
それを俺が破る。
「今のユリカって何なんだ?」
ユリカはピクッと肩を上げ、一瞬目を大きく開いて、すぐ閉じて俯いた。聞いてはいけないと分かっていながら聞いたのは、聞かなければいけないという運命に逆らえなかったからだ。
「私はね、3年前に止まった時間の欠片を集めて作った『あの日の私』そしてお祭りの終わりと一緒に消える」
ユリカの目がまた少しずつ開いていく。
「おばけでも何でもないよ。私はあの日の私」
ニコッと笑った。
俺は恐らく普通の人が体験できないことを体験しているんだろう。死人が目の前に現れる。納得のできる説明ではなかったけど、ユリカにまた会えたんだからよかった。
「俺も実は…変わってないんだ。3年前から時間は進んでない。俺もそういった意味じゃ『あの日の俺』だよ」
「ごめんね…急にいなくなって」
「いいよもう。仕方がなかった。ユリカは悪くない」
「でもマヒルを一人にした」
「ユリカだって一人になってただろ?」
ゆっくりと抱きしめる。
「二人とも悪くはないんだよ。悪いやつなんていないし、いい人だっていないよ」
クスッとユリカが笑う。
「本当にあの日のマヒルだ。変わってないね」
「もちろん」
頭を撫でる。
「ねぇ、願い紙もらった?」
「うん。貰ったよ」
「じゃあ私にちょうだい?最後のお願い事書きたい」
いいよと、ポッケから紙を取り出した俺は、もう一枚の願い紙の存在に気付く。これも祭りの起こした奇跡なんだろう。
「いろんな縁があってね、二枚持ってるんだ。一枚ずつ書こう」
一枚をユリカに手渡す。
「ありがとう!」
「どっちが最初に書く?」
「あー…マヒルは?もう願い事決まってる?」
「うん。もう決まってるよ」
「じゃあ、先に書いていいよ」
「ありがとう」
願い箱の横に置いてあるボールペンで、紙に願い事を書いた。
「はい。次はユリカ」
「うん!ありがとう」
ペンを受け取ったユリカが、俺に見えないように願い事を書いた。
「よし!書いた!」
「じゃあ、入れよう」
二人はそっと願い箱に願い紙を入れた。

展望台から見る花火は格別だ。遮るものが何もないから、花火そのものを楽しめる。さすがは40周年というような花火が次々と空に咲いていく。
「そろそろ終わっちゃうね…。お祭り」
俺の肩に頭を預けているユリカが悲しい顔をしている。
「…そうだな」
俺もきっと同じような顔をしているんだろう。
「これから先もさ、たまにでいいから私のことを思い出してくれる?」
「当たり前だろ。小さいときからずっと一緒にいたんだ。忘れられるわけないよ」
「…うん。ありがとう」
ユリカが微笑む。
午後9時28分。花火はもうじき終わって、祭りも終わる。そしてユリカも消える。
それを察したのか、ユリカが俺に強く抱きついた。花火も最後のプログラムに移って、よりいっそう強く咲き出した。
「あのね…あのね…本当はもっとマヒルのそばにいたかったよ…。ずっと同じ時間を進んでいたかったよ…。もっといっぱい笑ったり、泣いたりしたかったよ…マヒル…マヒル…」
泣き崩れるユリカ。
「俺もだよ。俺も…俺も一緒にいたかった。ユリカがいない時間は俺にとって無なんだ。この3年間でわかったよ。大げさかもしれないけど、何をするにしてとユリカじゃなきゃだめなんだ。一緒に笑うのも、楽しいことするのも、泣くのも、喧嘩するのも…ユリカじゃないと…嫌なんだ」
俺も涙が溢れる。
「大好き…大好きだよ…マヒル…これからもずっと───」
「ユリカ…俺もだよ。忘れないよ…。変わらないよ。これからもずっと───」

『大好きだよ』

ヒュゥゥゥ……。
最後の花火が上がる。それと同時にユリカの体がキラキラと光る。
バンッ……パラパラパラ…。
大輪を咲かせたその花の後に、小さな花たちがパラパラと散らばるように咲いた。そして俺が抱きしめていた光も、消えた。
静寂に包まれた空。空間。大地。まるで時間が止まったかのようなその時間がいつまで続いたかは分からないが、お祭り終了の拍手とともに、いつの間にか消えていた。
改めて見下ろした会場は、いろんな人でごった返していた。少しずつ消えていくあかり、人、音。
午後9時半を回って、静かになった夜空の下。長かった夏を見送るとともに俺は───。

夏の終わりを見ていた。

夏の終わりを見ていた

夏の終わりをみていた。
まさにそれといった物語がかけた気がします。

夏の終わりを見ていた

夏が終わるその瞬間に起きた奇跡。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-30

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