うた、詠い
「俺は医者になるぞ!みんなを助けるんだ!」
「じゃぁ、俺は、うたをうたうよ」
二人で笑いあったのは、遠い昔のこと。
いったい、何年前のことだったか、もう思い出せないほど昔。それでも、今でも切なくて淡くて儚い想い出。
「俺はずっとずっと詠うよ。お前のために。」
―――――――・・・・・・。
小さな小さな村。そこには、とても有名な医者がいた。それが俺の親友で幼馴染の男だ。幼いころから勉強バカで、医者になるって言葉が口癖だった。今日もまた患者の元に行く。そんな彼は眩しくて、憧れる。ぼんやりとそんなことを思いながら、俺はいつも通り、気の赴くままに、ただ河原に寝そべって、うたを口ずさんでいた。
ふいに俺の顔に影が差し込む。
「また、ここで、うたっていたのか、お前は。」
「んー・・・、ここが一番気ままにうたえるから」
どうやら幼馴染は仕事の合間に俺のところに寄ったらしい。俺の隣に座ると、んんっと伸びをして肩の力を抜いた。
「おつかれさん」
労いの言葉をかけると、彼はゆるく笑った。それは、俺にうたえという合図でもあった。少し息を吸うと、俺はうたを紡ぎ始める。
俺の幼馴染が少しでも仕事の疲れを癒して、また仕事が頑張れるように。
そんな想いを込めて、小さく、けれどしっかりとうたを紡ぐ。
少し経って、うたい終わると彼は無言で立ち上がり、俺の頭をぐしゃぐしゃにかきまわして、また仕事に戻っていった。彼のその行動が、俺にとっては気恥ずかしくもあり、立派な幼馴染と対等な立場にいる気がして嬉しかった。
でも、そんな穏やかな日は長く続かなくて・・・俺の幼馴染は、突然死んだ。
なぜ、?どうして?なんて考える暇もなくて、彼の部屋に入って、俺はようやく彼の意志を理解した。いや、なんとなく分かっていて、その予兆もあったのだろう。でも、俺には止められなかった。長く隣にいて、気づいた時にはお互いを失うことなど考えたことはなくて、誰よりも理解してくれると知っていたから、彼は死んだのだろう。
彼は自分の実験に巻き込まれた。・・・違う、死ぬために実験していたといってもおかしくない。いつからかどこからか彼は狂い始めた。医者になって人を助けたかった彼は、救えない者に苦悩した。昔から勉強バカで努力家でまっすぐだったから、突き進むことしかできなかった。それは、彼にとって絶望に変わっていった。ただ、それだけだった。
だから、こんなバカなことをした。どこまでもまっすぐだった。
机の上には一つの本が無造作においてあった。たくさんの付箋と書き込み・・・。そこには、「愛するモノに癒しの力を」とだけ綴ってある。
自分の身体を魂を犠牲にしてまで、人を助けたかったのかとは思ったけれど、最愛の親友が望んだことなら、俺が引き継ごう。この声で、このうたで、どれだけの人を救えるのかなんて分からないけれど、それでもお前が望むままに満足するまで、何十年でも何百年でもうたい続けよう。
そうして、俺は今でも彼のために、彼が望むがままに、うたを紡ぐ。
この声が死んでしまうまで、永遠に。
うた、詠い
あれ?なんか切ない終わりになった?本当は、立ち上がるための小説にしようと思ったんだけどなぁ