恋愛コマンド

恋愛コマンド

このお話の冒頭には恋に対する偏見が含まれており、人によっては気分を害してしまうことがあると思います。
他に微量ながらに同性愛表現もあるので、何でも許せる方向けとなっております。
私がとにかく自分で想像したのを書いたので、誤字脱字、おかしな日本語が含まれますのでご注意を。
一章一章、短かったり長かったりしますがご容赦を。

1.Y先輩の心理は読み取れない

恋と言うものは誰だってするものだ。
逆に、恋をしないと言う者も居るだろう。
価値観が人それぞれ、好みも人それぞれであるように、恋の仕方も実に人それぞれなのである。
恋をする相手も、人それぞれ。
御縁に恵まれずに一生を過ごした人も居れば、死ぬ寸前まで青春を謳歌した者もきっと世界のどこかに居る。
指で一人一人数えれば、それこそもう一生使い果たすのでは?というほど世界に人間がすんでいる。
例えを上げ出したらキリが無いくらいには、恋という言葉に様々な言葉が付いてくるもの。
世界には何故だか、男と女が恋をし、子供を作り、生涯を共にするという固定概念が根強く残っている。
ある国では、男が数人の女性と交わり、ある国では、それを批判する。
いやもしかしたら、男ではなく女が数人の男性と交わっているのかもしれない。
そしてそれを批判する者。
既に心通わせた二人に、一人横入りをして、所謂略奪愛という、圧倒的に否定される恋の仕方もある。
想いすぎたあまり、恋い焦がれる相手を独り占めする恋も。
あまりにも行き過ぎた場合、それは人の人生を無断で本人の許可無く取り上げた場合は、罪にも問われる。
親子の域を越えてしまい、色恋に走ってしまう家族だっている。
血の繋がってる兄弟に恋してしまうこともある。
自分よりも遥かに年下な少年少女に恋することもある。
人間ではなく、喋ることが出来ない『物』に恋することだってあるし、体の造りも全然違う他の動物に恋することも。
運命ともいえる何かに手繰り寄せられ、幼い頃からの友達と恋をしたりもする。
先輩後輩という上下関係を振り切って、歳の差が有りながらも恋する人だっている。
想いが溢れて、犯罪に手を染めてしまったりもする。
行き過ぎては、咎められる。
踏み出さなければ人生に華がなくなる。
『恋』と簡単に口だしていたものだが、加減の分からない者には毒にも成り得てしまう。
蜜と毒は紙一重。
美しく甘い蜜だと分かって近づけば、予想以上に自らを苦しめる毒へと早変り。
恋を例えるならば、その言葉がシックリくると私は考えた。
間違えてしまえば犯罪に。
それじゃあロクに恋も出来やしないじゃないか!と声を荒げたくもなるが、自分が犯罪と問われる羽目になるのは、誰かに迷惑がかかったということになる。
誰が恋をしてはならないと決めた?
全然自由で我が道のまま、猪突猛進で貫いたって良いじゃないか。
自滅しても自業自得。
それが自分の人生であり、生き方だと悟ればいいだけだ。
悟らず、そこからまた突っ走って人様に迷惑がかかることこそ悪者だと囁かられるのだ。
前置きが少々長くなってしまったが、要するに今からする話とは、そう言った事であると察して頂きたい。
恋に決まったルートはなく、皆は枝分かれしたような沢山の道を、それぞれ進んでいくのだ。
少し前に挙げた男女、異性同士こそが恋をする、といった事。
本当に世界には同じ人が二人居ない。
だから、同性同士で恋をするケースも極めて少なくはない。
だからどうした、という話だが、果たしてこれを見ている貴方は同性愛を醜いもの、汚れたものだと、心の奥隅で思ってないと決め付けることができるのだろうか?
同性愛は醜くもないし、汚れてもいないと“一個人”の私は思う。
好きになった相手が同じ性別だったなんて、いつ自分が体験したって、面白可笑しい話でもないのだ。
性別抜きで、相手の行動、性格、発言、または容姿に惹かれた。
それが男性でも女性でも、惹かれて恋したなんて、汚れたものと言い切れない。
醜いもの、というのは寧ろ決め付けた者自身では?と偏見含みながらも思い続けている私がいる。
逆にそう言うジャンルを好む者もいる。
批判はしない。
偏った意見を持たない恋というのも、美しいと言えるのだろう。
これからする話のこと。
もしかしたら、異性に恋したいのに同性に目が行ってしまう人もいるかもしれない。
此方に興味を沸かせたくて、意中の女性が恋する相手を取ってしまうかもしれない。
関係が拗れに拗れまくって、取り返しの付かないくらいぐちゃぐちゃになった糸のようになるかもしれない。
もしかしたら、最後の最後になってから、皆仲良く幸せになるのかもしれない。
漫画や小説に出てくるような、世の中にはきっとないだろうという、実にありふれた話だ。
最後にもう一つ二つ程、言葉を残しておこうか。
取り決めた恋など一つもない。
全て違うからこそ恋なのである。

最初から最後まで決められる物語以上、つまらなくて退屈なものは無いだろう?

あぁ、あの子の脚、スラーッとしてて綺麗だな。
あっちにいる子のヘアアレンジ、すごく凝っていて可愛すぎるな。
いや、此方にいる女の子も・・・
と、こうしてる内にも時間は刻々と進んでいくものだった。
女児アニメを見始めた幼稚園の頃から、どうやら私は男の子よりも女の子に興味があったらしい。
魔法少女が悪役を倒す際に、魔法少女に憧れを抱いたりするのではなく、倒された悪役を羨ましがっていたそうだ。
母曰く、悪役が魔法少女の必殺技を受けるときこそ食い入るように画面を見つめ、こう言い放っていたらしい。
『私も必殺技受けたい』
幼稚園児でこの発言は色々マズい。
心配症の母親は、同じような類いの発言を十回ほど私がしたところで、脳外科医に連れていって検査させた。
危ない発言をするだけで脳には何ら問題はなかったのだが、母親は飽きたらず、更に五軒ほど病院を巡ってから安心したのだという。
娘を何だと思ってるんだと言うより、幼い私にツッコミをいれたかった。
今も女児アニメは好んでるが、悪役になりたいとは思わない。
そこから小学校中学校と、アニメにのめり込んで行き、遂には高校で同人イラストも描き始めた。
自作したサイトにイラストを投稿していると、絵に関する依頼が増えていき、知らぬ間にネット上でイラスト関係の仕事をすることになっていたのだ。
大学入学後もそれは続き、自分のイラストで食っていけるようになってしまった。
卒業後に絵を描く仕事に携わり、もっと資料として女の子の画像や観察が増え、今や男に興味が全く無くなってしまった。
この状態はかなりヤバイと思ってる。
思わない方こそ可笑しい。
ま、それが自分自身なのだから素直に諦めようか。
手に持ってたスマホをテーブルに置き、此方へ走ってくる親友へとにこやかに微笑んだ。
今日は親友の仕事も休みなので、ショッピングモールへと買い物に行こうと提案してきたのだ。
数少ない機会は逃したくないし、断る理由も無いので午前からこのショッピングモールに居る。
十二時過ぎにお腹すいたと意見が一致し、フードコートにて昼食を食べることとなり、現在に至るわけだ。
「ごめんっ!待ったでしょ?凄く混雑してて」
「全然。もっとゆっくり来ても良いくらいだよ」
親友である琴江心優は右手にイチゴクレープ、左手にバナナチョコクレープを持っていた。
お昼御飯はクレープ屋より混んでて、先にデザートを食べて、お昼御飯はまた後程となった。
心優は私の向かい側の椅子に座り、私が頼んだイチゴクレープを差し出してきた。
「はい!これ、結の」
「ありがとう、本当に並ばせちゃってごめん」
「大丈夫だし、いいよ?」
「じゃ、いただきまーす」
「いただきますっ!」
それぞれが頼んだクレープを頬張り、美味しいと言おうにも「んんっ~~!」と声にならない叫びになる。
まあそれほど美味しいと言うことだ。
程よい甘さの苺を惜しげ無く使われ、くどすぎないクリームをふんだんに盛られ、生地は端がパリパリしていて、食べ進めるにつれてモチモチとした感触になる。
要するにこのクレープはアタリ。
心優も同じこと思ったのか、クレープから離して、私にニヤッと笑ってきた。
私も同じようにした。
「美味いね」
「アタリアタリ。結の勘は頼りになる」
実を言うと、クレープ屋さんにしようと決めたのは私なのだ。
外観と行列で判断したけど、本当に美味しいクレープ屋さんで良かった。
不味いことはないんだろうけど、一番困るのが普通と表現されてしまうこと。
次また行くときもクレープ食べよう。
「お昼御飯何処にする?」
「基本何でも食べれるよ。雑食だし」
「同じく」
雑食というのは、辛いもの甘いもの、肉魚野菜等で好き嫌いが特になく、ほとんど同じくらいで食べれると意味。
あと、私はアニメ漫画が大好きで、俗に言うヲタクと言うものらしく、色んなジャンル限りなく好むので、そういうのも雑食といえる。
心優も私と同じで、私たちはヲタク友達なのだ。
「うどんとかは?」
「夏なのに?」
「豚丼」
「良いね。それにしよう!」
適当に挙げていって心優が決める。
出かけて店を巡る時は大抵その決め方で通ってる。
クレープに関しては、二つクレープ屋さんがあったので、私が見て決めただけ。
不味かったらドンマーイといったノリだったので、クレープが美味しいと言うことが実は運が良かったと思ってしまってる。
「また私が注文してくるから、遠くで見れるか分かんないけど決めれる?」
「ん、ごめんね。ここからでも大体見えるよ。普通の豚丼とオレンジジュースがいいな」
「おっけー」
私は片手でバッグを開けて財布を取り、中から千円札を出して心優の前に置いた。
私が店に並んで行けないのは、ただ面倒くさがり屋で心優に任せているわけではない。
一昨日、イラストレーター仲間とで、山頂に美味しいスイーツがあるからと、山登りをしていて、階段を上っている時のこと。
山は雨が降ったり晴れたり安定しない気候で、土は湿ってて階段もツルツル滑りやすくなっていた。
滑って転げ落ちないようにと注意をしていたのだが、葉っぱに気づかずにつるりと滑り、かなり後ろまで転げ落ちてしまったのだ。
一番後ろで良かったのだが、おかげで右足複雑骨折。
頭蓋骨もヒビが入った。
脳に異常はないことがせめてもの救い。
歩き方がまだ不安定な私が並ぶよりも、心優が並ぶ方が他人に迷惑がかからないし、松葉杖でつきながら歩くので、何となくそれを不愉快に思う人もいるかもってことで、心優が並んだり注文をとることになった。
そもそも心優とお出かけしようとなったのは、山登りした日より前だったので、断るにも断れないし、まあ何とかなるべ!と心優が家に帰れ帰れと言いながらも今ここにいる。
「美味しかったっ!」
「ごちそうさまでしたー!あ、心優の分のごみ捨てるよ」
「ありがとっ!じゃあ私は注文とりに行くね」
「行ってらっしゃーい」
ゴミ箱は近くにあるので、そのくらいはしなくてはならない。
クレープを持つのに包んでた紙を小さく畳み、右手に持って立ち上がった。
傍に掛けてある松葉杖の上に脇を置き、持ち手をつかんで松葉杖をつきながらゴミ箱の前に行く。
一週間も経ってないから、転んだりしたらそれこそ治るのが随分先になってしまう。
細心の注意を払いながら行かなくては。
ゴミ箱はペットボトルとプラスチックと紙と飲み残しと、それぞれコーナーが分けられており、ここで食べた飲んだものでゴミがでて、ちゃんと分別出来るようになってる。
迷わず紙のところにゴミを捨てた。
まぁこんな簡単なことはできる。
戻って心優が帰ってくるのを待っていようと振り返った。
「うわっ!?」
つい目を見開き、言葉にして叫ぼうとはしてないのに、叫んでしまった。
幸い、フードコートは話し声でうるさいので、私の叫びはすぐに掻き消された。
叫んだ理由としては、すぐ後ろに長身の男性がいて、距離は十センチにも満たないほどだったから、彼氏もいない私にとって、男性が近いことにかなりビビってしまうのだった。
「あっとすみませ・・・ん?」
その男性は反射的に謝りたかったのか、言いかけると私の顔を凝視した。
クリームでもついてるのだろうか、だとしたらすぐに立ち去りたい。
私の目線では顔が見えていなかったけど、この人結構顔のパーツが整っていらっしゃる。
絶対に美人の彼女とかいるよね。
完璧×完璧とか短所がない同士ってある意味最強。
「あれ、香月?久しぶりだな!」
「ん?ん、え?」
私を名字で香月と呼ぶ人は限られる。
中学高校の男子のクラスメイトか、先輩か。
一応男友達もいるが、名字ではなく普通に名前かあだ名で呼んでくれる。
ただのクラスメイトだったら一々声はかけないし、先輩で親しかった先輩といったら一人しか思いつかない。
「大宮先輩?」
「そうだよ、懐かしいな~香月が高三になってから会う機会無かったし」
あ、この人は本当に大宮先輩だ。
今は25歳くらいだろうか?
確かに先輩がテニス部を引退し、高校卒業してからも差し入れ持って遊びに来てくれていたが、私が三年生になる頃には大宮先輩は多忙で、会うことはめっきり無くなり、私が大学に通うことになってから会うことはゼロだった。
「そうですねお久しぶりです!」
「久しぶり。パッと見て香月じゃね?って思ったんだよ。やっぱりそうだった」
「私、全くわかりませんでした」
「マジか、ちょっとショック。てかその足と頭どうした?」
数年ぶりにあった後輩の頭と足が包帯でぐるぐる巻きになっていたら、疑問を抱いても無理はない。
山道で滑って転んで折りましたなんてドジなこと言えない、けど嘘をつく理由もないな。
笑われる覚悟で事情を説明しよう。
「山登りしていたら、足を滑らせて転げ落ちて複雑骨折に」
「うっわ痛そ。ドジすぎ」
「うっ・・・分かってます」
素直に物申すのが大宮先輩で、マイペースで物腰柔らかな人格だと思われがちだが、隠れドSである。
部活にいるときはよくいじめられた。
アイス奢れと言ってきたり、マネージャーじゃないのにジャージ押し付けてきて洗濯させてきたり、チビって言いながら私の頭を膝置きに使ったり。
大宮先輩は他にも後輩いじめをしてるが、周りを見ても私が一番酷い気がしたこともあった。
いじめられたとしても、大会で負けたらジュース奢ってくれるし、タオル渡してくれることもあった。
良い先輩だけど、ドSだ。
「そーいえば、最近やっと携帯買った」
「え、やっとですか?私なんてだいぶまえひゃらもってまひゅ」
「うるせ」
むにーっと両頬を左右に伸ばされ、上手く喋ることができず、やった本人が変な顔と言って大笑いしている。
先輩はこのご時世で携帯を持っていなかったのだ。
絶滅危惧種とも言われてた。
大抵連絡するときは家の電話か公衆電話で、物凄く連絡に不便だった。
「香月も持ってるだろ?よくチラつかせてたし」
「あーひょうでひゅね」
「なにいってるか分からない」
「り、理不尽!」
大宮先輩は私の頬から手を離し、ジーパンのポケットから携帯を取り出して見せてきた。
最近、よくCMで見る最新型の携帯で、先輩が本気出せばバキッと簡単に折れるんじゃないかってくらい薄い。
ケースはブラックで、シンプル・イズ・ベストを貫き通してる先輩らしい、何の装飾もないケースだ。
「ってめっちゃアプリ入ってますね」
「あれも便利これも便利って思ってる内に増えてた」
「なんかお爺ちゃんみたいな・・・」
「ん?なんか言った?」
「何でもないッス」
先輩の言うとおり、携帯の画面には私も知らないアプリのアイコンが背景画像を埋め尽くしている。
アイコン、フォルダ作って纏めること出来るんですよって言ったら、余計なことをっていって怒るから止めておこう。
まだ操作に慣れていないだけなんだ。
先輩は理解力があって、花札を教えたら、十年以上やってる私を苦しめるほどすぐ上達する。
そのくせに説明書は読まない主義らしいので、纏めてないのも、調べていないと思われる。
「ま、いっか。とにかくメアド教えて」
「え、いや」
「んー?」
「全然嫌じゃないです。むしろ大歓迎!ウェルカム!」
パーカーのポケットに入れておいた携帯を取り出す。
プロフィール画面を開き、先輩にメアドを見せた。
「さんきゅ」
「でも先輩。携帯なら赤外線で交換できるのでは」
「やり方分かんないから」
「え?」
「分かんないから」
「あっはい」
これ以上は何も言うなと、言われなくても分かってしまう。
先輩は最近携帯買ったとは思えないくらいの早さで私のメアドを打ち込み、電話帳に登録した。
同じように私も先輩のメアドを電話帳に登録した。
赤外線なら簡単なのにと言いたかったが、何も時間が惜しいってわけでもないから先輩のやり方に従った。
「俺、連れ居るからもう行くわ。後でメールしてみる」
「そうですか。さようなら」
「ばいばーい」
後ろを振り向いて、人がいるのに危なっかしく此方に手を振ってきてくれた。
いま、お婆ちゃんと衝突しそうになっていたが大丈夫なのだろうか。
フードコートの奥の方へ走っていき、姿が見えなくなったところで私は自分達が座っていた席に戻ることにした。
松葉杖を持ち直し、荷物を置いてある席を見ると、既に心優が豚丼を持ってきたとこだった。
そんなに話し込んだ気はしなかったけど、お店も少し空いていたのだろう。
私の方の席には、豚丼と味噌汁と漬物が置かれたお盆とオレンジジュースがおいてあり、それらは心優が持ってきたということが分かる。
出来立てなのか豚丼に湯気があがってて、美味しそうな匂いがする。
オレンジジュースは私が好きな瓶のタイプのジュースで、栓抜きで開けられていた。
瓶のオレンジジュースは文句無しに美味いと言える。
レストランや定食屋でも、100%のオレンジジュースが主流になってて、瓶のジュースは大体が20%くらいで甘くて美味しい。
早く召し上がりたいと思い、心優の反対側に座る。
「あれ、どこ行ってたの?」
「高校の先輩と会った」
「へーじゃ、冷めない内に食べよっか」
「いただきまーす!」
ほんの少し遅いお昼御飯。
箸で一口、お米の上に豚肉をのせて食べてみる。
「ん!?美味い!」
「やばいね」
そう、美味い。
美味すぎる。
これは全国で何店舗か建っていてもおかしくない。
ていうか建っていて欲しい。
比較的子供舌の私が美味いって言うんだ、きっと小、中学生も好む味。
心優は逆に子供舌ではないので、大人も好む味。
よってこの豚丼を作ったお店は後々口コミで広まるだろう。
いや私が広める。
Twitterで呟いてやる。
「この豚丼のお店って何て言うの?」
「んー『翡翠鳥』」
遠目で見ていたし、眼鏡持ってきていなかったからよくわかんなかった。
ましてや翡翠なんていう画数の多い漢字じゃあ潰れてるようにしかみえない。
名前も分かったとこで、Twitterでここ美味しいですよと呟いた。
「もっと有名になって欲しいな」
「美味しいもんねっ!」
「うん、美味しい」
また一口頬張ると、やっぱり優しい味がした。
何処か懐かしいな気もする味で、やみつきになってしまいそうだ。
・・・そういえば、先輩は何をしにゴミ箱の前に来たんだろう。
正確には私の前に、だが。

自分は一生恋をする事はないって決めつけていた。
どうやら、それを決め付けるのには少しだけ速かったようだった。

月曜の夜。
私は仕事用のイラストの締め切りに追われていた。
ノートパソコンに繋げたペンタブレットの上に専用のペンを滑らせ、描いた絵の上から更に色を塗り続けるが、終わらない。
なんというか、シックリ来ないのだ。
出来としては申し分ないが、このまま出してしまうのも申し訳ない。
描いてるのはライトノベルの新刊の表紙であり、挿し絵は既に出来たが表紙だけは、今日の夕方まで構図が決まらず、やっと七時頃になって下書き完成。
そこからご飯も食べずに描いてるのだ。
そこそこ人気で、今の女子高生の中で流行ってる小説だから、もっと良い絵を描かなければならないと、変なプライドが私にあった。
やっとしっくりきたといったとこで、小説のロゴをイラストの上に貼り、フォルダに保存。
そのまま出版社に送った。
半ばやっつけになってしまっていたが、バレないことを祈るしかない。
今日は夕飯の買い出しも行っていないし、冷蔵庫にあるものを食べるしかないか。
のろのろとパソコンをシャットダウンさせて、片足だけでジャンプしながら冷蔵庫の前に行き、開く。
中にはビールと昨日の残りの肉じゃがと、タッパに入れといた白米、ほとんど空の牛乳パック。
食えるとしたら肉じゃがと白米だが、肉じゃがからは変な臭いがするし、白米もそれほど多い量じゃない。
神はこう言ってるのだろう。
「買い物に行け」と。

近所のスーパーに行くだけで、化粧をしてお洒落する人がいる。
変な人だなと日頃から思っているが、逆にド素っぴんでだらしなくジャージを着て行くのもどうかと思う。
私はその中間地点にいる。
ジャージは流石にご近所さんと出会すと恥ずかしいので、ラフに半袖のパーカーとカーゴパンツ。
素っぴんのままは嫌なので、軽く化粧する程度に。
髪がありえないくらいボッサボサだったので、ブラシとドライヤーで梳かし、シュシュで結った。
動きづらいし、大丈夫。
財布と鍵と携帯だけもって家を出てきた。
夜道は本当に暗く、油断してたら人とぶつかりそうだ。
少し周りをキョロキョロ見回しながらスーパーに着いた。
松葉杖をつきながら、店内の商品を物色していると、とんとんと二回肩を叩かれた。
「何ですか・・・って先輩?」
「ヤッホー、香月って俺の家の近くなんだね。こんな遅くにスーパー?」
「仕事で買い物出来なかったんですよ・・・‼」
私の今住んでる家は、大学入学すると同時に住み始めたから、会う筈なんだけれど。
先輩もきっと夜働いてて、昼間は家からでないのかも。
十時半過ぎで人も少ないから、いつもこの時間帯に先輩は買い物をしてるのだろう。
夕方くらいに買い物してるので、偶然会ったという感じか。
「ふーん、松葉杖ついてんのに不便じゃないの?」
「まぁ・・・何とかなってますから」
「おれ、これから帰るんだけど送るよ」
「そうなんですか?荷物持っていただけると、とっても助かるのですが」
「ちゃっかりしてるね。俺は最初から荷物持ちするつもりで話しかけたんだぜ?」

「香月!このこんにゃく安いから買っておこう」
今からこんにゃくで何作れって言うんですか。
「なあ香月香月!一人一袋の砂糖二つ買えるから買っとこう!」
や、私はそんな甘党じゃないです。
ストックもあるから、二袋も要らないです。
「一人一パックの卵買えるぜ」
それは買っておきます。
卵大好きなので、結構な頻度で卵料理しているので、一度に二パックは有り難い。
「パン!パン買おう」
朝はお米派で文明開化する気はさらさらないです。
スティックパンだけ買います。
「スポドリ」
もうテニス部引退して何年経ったと思ってんですか。
スポーツドリンクなんて買いません。
「まあ、このくらいで良いですかね!」
「俺の意見ほとんどスルーしたな」
「いや、別にそこまで食べたいわけじゃないんで・・・」
買い物カゴのなかには、お米とお茶と数種類の野菜、肉、卵、スティックパン、ビールが入ってある。
尚、重たいからとカゴは大宮先輩が持ってくれた。
女の買い物とは信じたくないが、大半はビール。
別に飲もうとしたわけではなく、大宮先輩が知らぬ間にホイホイ入れていたのを勝手に会計へ通されていた。
今更、間違ったので戻しに行きます何て言えない。
「合計、12830円でございます」
よくよく見たらバレないようにか、したの方におつまみも入ってある。
え、この人もしかして私の家で晩酌するつもりでいるのか。
飲まないビールの分も払わなくてはならんのかとショボくれながら、財布から一万円札と五千円札を取り出そうとしたとき
「二万円、お預かりします」
「は!?」
つい声に出してしまった。
後ろを振り替えれば、高級有名ブランドの財布から万札取り出してきた大宮先輩。
隙間からは何人か数えきれないほど諭吉さんが居らっしゃる。
一体何の仕事しているんですか先輩。
「俺が払うから、香月ん家行かせろよー」
「は、はい」
もう既に会計が終わってて、絶対に断ることができない。
わざとやってんのかこの人。

スーパーから真っ直ぐ私の家に。
多少は片付けてるものの、客人をもてなすのには相応しくない部屋。
お世辞にも綺麗とは言えないが、大宮先輩は良いから良いからと圧しきって入った。
「仕事終わりで汚いんですが」
「別に良いよ。香月って下戸?」
「どっちかっていうと左党です」
成人式が終わったあと、居酒屋をはしごして浴びるほど酒を飲み、一緒にいた心優を潰したと、その場にいた友人が語ってた。
その日以降も酒を飲むことはあったが、周りが潰れても、酔いながら飲むくらいには強い。
酔ったらひたすら酒を飲ませるらしいので、よく酔うなと言われ、酒の代わりに水を出される。
「左党なら安心だ。おら飲むぞーーっ!」
「明日も仕事・・・」
先輩はさっそく缶ビールをあけ、一気に飲み干す。
明日は次回の小説の表紙についての話し合いがあるから、絶対に寝坊したくはないんだけど。
作家さんと会ったことないから尚更怖い。
ちびちび飲んで、さっさと先輩にかえってもらおう。
このまま私の家で寝られるのは本気で勘弁してほしい。
「つか気になったんだけど、香月は今何の仕事してんの」
「ああ、私はまだ端くれですがイラストレーターやってます」
有名って程でもないけど、イラスト投稿サイトではブックマーク数が10000を越えてるイラストもあるから、見てくれてる人は多いと信じたい。
1ヶ月に依頼は数件入るし、印税が・・・何でもない。
「食っていける?」
「初めの方こそバイト掛け持ちでしたが、安定した収入が入れば、そこそこ普通に暮らせます」
目立った贅沢さえしなければ、生活はキツくはない。
収入が乏しくなっても、大学生の頃にいくつか資格も取ったし、コネだが親戚に自営業を営む人もいるから働くのには困らないだろう。
好きな絵も描けるし、今のところは苦しく思える職業ではないのだ。
「良いね絵描くだけで儲かるって」
「そんなことないですよ。長時間パソコンとにらめっこは正直目が痛い」
先輩が三缶目突入に対し、私はまだ一缶目でちびちび飲んでる。
ごくごく飲んでるふりしているので、バレたらシめられる。
高校でも、大宮先輩が美味しい美味しい言ってるお菓子がクソマズで、えづきながら食べてたら後ろ手いされて、無理矢理口の中に突っ込まれたことがあった。
お酒でも同じだったら・・・と考えると背筋が凍る。
「そういう先輩は何やってんですか?」
昼間はやらない仕事とは何だろう。
先輩も室内でやる仕事なのか。
テニス上手かったし、コーチとか?
「んー教えらんない仕事」
「密偵?」
「んな仕事じゃねーよ。言うならやましいしご」
先輩がすべて言い終わる前に、私は傾けていたビールの缶を思いきり斜めにしてしまい、かなりの量が口の中に入りこみ、更に変なとこに吸い込んでしまった。
缶をテーブルに置き、思いきり咳き込んだ。
「ゴホッゴホッ!」
やましいってなんだ。
先輩は夜の世界の人間なんでしょうか。
大人になって何をやる仕事についてしまったのですか!!??
や、先輩ならあり得るかもしれないな。
高校時代、後輩の中でも広まるくらいのプレイボーイらしく、男をもたらしこんだとか・・・信じたくはないけど。
「や、やま、やましいって!?え!?」
「なに、生娘みたいな反応してんだよ」
ハハッおかしいのって言って笑われる。
いや23歳で生娘は何もおかしくないし。
一応憧れの先輩が、やましいなんて言葉を出してきて、憧れていた後輩が動揺しないわけない。
この人とは住む世界が違うのか?
たった数年見ないうちにこうも変わるものなのか?
「・・・マジなほうか」
「生娘ですけどなにか・・・」
自分のものとは思えないくらい低い声がでた。
生娘で何が悪いんだ。
口を手で覆って笑い声抑えてるんだろうけど、肩が揺れてて笑ってるのバレバレだ。
「てっきり非処女かとおもったわ」
「そういう先輩は卒業なされたのですね」
すべてぶっ飛んで中学生で既に卒業しても、怪しむことができない。
今まで何人もの女性を手にかけたのか・・・。
って、なんで非処女と思われていたんだ。
そこまで喪女のオーラを漂わせているのか私は。
「俺が聞いた話だけどさ、お前結構三年に狙われてたんだぞ?」
「そんな冗談、当時の三年生が可哀相ッス」
狙われてたとは、とどのつまりは目の敵にされていたということか。
うん、確かにマネージャー不在の時に代わりに仕事をしようとしても、ボールをいれた籠をひっくり返してそれを踏んですっ転んだり、ドリンクが何故か上手く作れずに激甘になり、飲んだ瞬間部員全員が一斉に噴き出したり。
思い当たる節がありすぎて怖い。
知らないところで私は先輩方に嫌われていたのか。
卒業した今ではもう傷つきはしないが、ちょっとショック。
「あー香月ってそういう奴だった忘れてた」
「え、そんなに私って不器用でした?」
「は、何のことだよ」
まあまあそれはともかく、本当に先輩の職業は何だろう。
内緒にされると、もっと気になる。
先輩、高校の時と違って髪染めてメッシュ入れてるし、ピアス付けているし、服装だって本人は気づいてないんだろうが、超目立っている。
嗅ぐつもりは毛頭無かったけど、男物の香水の匂いがする。
歯も綺麗で真っ白で、精一杯笑顔を振り撒くことができるのだろう。
・・・なんかこういう人見たことある。
「分かりました‼」
「え、なに」
「先輩!今はホストクラブで働いてますね!?うん、そうに違いない!」
夜に街に出掛けたときに、よく客寄せしている人がいる。
しつこく言い寄られたことがあったので
『私、男です!男に興味ないです!』と大嘘をついてやったことがある。
ドン引きしながら諦めてくれたので、勧誘を断る方法として有効だ。
でも、相手のホストさんとはもう目も合わせたくない。
大宮先輩の格好は、ホストクラブに居ても違和感が全く以てないくらいチャラい。
触れてはいなかったけど、スーパーで隣を歩いてる間の視線はこれ以上ないほどに痛かった。
言われてなくても、お前は大宮先輩と釣り合ってないと、言われている気分が否めなかった。
と、言うことがあり、大宮先輩はホスト!
「違う。俺を勝手にホストにするなよ」
「え!?うそだ」
「何を根拠に」
「チャラいです!派手です!」
意味わからん。
先輩はそう言って私の頭に顎を置いてきた。
そのままグリグリと押し付けられる。
痛い。
絶対にホストだと思ったのに、違ったのか。
先輩がホストクラブで働けば、No.1とか余裕で取れそう。
客の言い分も聞かずにドンペリ追加しそう。
いやいや憧れの先輩(仮)に悪印象は抱いてはならないだろう。
「もっと負担がない職。いつか香月にも教えてあげるよ」
けらけらと軽く笑った。
どこか消えてしまいそうな、そんな気がした笑顔だった。
「そこまで興味あるわけではないですけども」
「へーーーーん。てか香月、全然飲んでないな」
ギクッと声に出して言いそうになった。
現在、大宮先輩は缶ビール十本、私は二本飲んでいた。
遂にちびちび飲んでることがバレたか。
その前に、大宮先輩のペースが早すぎる。
ワクなのかこの人。
水のように飲んでるよ。
恐ろしいよ。
「おら、飲め飲め飲め飲め」
「明日仕事なんですが」
「良いんだよおら!」
ビールを取り上げられ、私の口に当てて傾けさせ、強制的にビールのませてきた。
空になったと思えばすぐに新しいのが目前に表れ
いつになったら解放されるか本気で不安になってきた。
ほんのり頬を紅潮させてるから、やっぱり少し酔っているのだろう。
酔っぱらいの相手は一番面倒くさい。
「あーもう先輩もうかえ」
「まだ帰んないぞ?はいもういっぽーん!」
「もう無理で、アガッ!」
話してる間にガツゥと缶が唇に思いっきり当たった。
この先輩マジで容赦ない。
死んでも居酒屋とかに誘いたくない。
いくら左党でも次から次へと飲ませられては持たない。
本来ならこの時間はもう寝ている時間なのだ。
当然睡魔は襲ってくるもので、先輩の手は止まらないもので。
「ね、ねむい」
「まだまだ!」
謎にテンションが上がってる先輩を止めることは最早不可能。
薄れゆく意識の中で、ただ先輩だけが楽しそうに笑っていた。

恋愛コマンド

ここまで見てくださりありがとうございました。
不定期ですがマイペースに書いていきたいと思います。

恋愛コマンド

周りは若くして結婚していくも、焦燥感は感じない、女の子が大好きな若手のイラストレーター香月結(23歳)。 一生独身同盟を組んでいた親友の琴江心優(23歳)も、遂には恋人が出来る。 そんな香月に、すっかり大人になってしまった中学時代の先輩、大宮結城(25歳)がある日突然、恋を買わないかと持ちかけてきた。 香月の過去に出会った許嫁等も取り巻く純愛恋愛小説。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-29

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

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