花火の町

夜に家族でドライブをしていたら、花火大会の町を通りました。
ただそれだけの話、一箇所を切り取った話です。
ひたすら暗いです。たぶん。

他サイトとの重複投稿になります。

花火の町

         ドン!
 車が坂道を下った瞬間、大きなオレンジ色の大輪が、目の前の空に見えた。
 「あ、花火!」
 母親と二人で後部座席に座っていた娘が、身を乗り出して、指を差して言った。
 「ホントだ。こりゃあ、一等席の眺めだ」
 運転している父親が言った。
 「明日から学校始業式なのに、この町は今日が花火大会なのね」
 「だから今日なのかもしれない」
 母親の言葉に返すように父親が言った。

   ドン!   ドン!   DON!
 オレンジ・黄色・緑、色とりどりの花火が立て続けに上がる。
 「きれい」
 娘は花火に魅了され、釘付けになって見ている。
 「ああ、綺麗だな」
 「ホント」
 夫婦も眺めながら口々に言う。
 坂道が終わり、車は平坦な道を走る。
 両脇に家が並ぶ。
  ドン!   ドン!
 花火の音はするが、建物の所為で良く見えない。
 娘は脇の窓から音のする方を探す。
 「見えなくなっちゃた」
 寂しそうな声で言う。
 「もう少し行くと開けるから、また見えるさ」
 運転しながら父親が言った。

 暫く行くと、道路際一杯に並ぶ家は無くなり、店舗の駐車場等でまた空が見える様になった。
 駐車場には数十人の人々が立って夜空を眺めていた。
 その中には、中学校の制服を着た子供数人と、先生らしい大人の姿も見えた。
 この町では数年前、長雨による土砂災害が起きていた。
 人も十数人死んだ。
 この場にいる中学生の中にも親を失った子がいた。
 先生は夜空に上がる花火を見ながら生徒達に言った。
 「生きてさえいればいい事もあるんだ。お前らも、いつかあの花火みたいに人生に大輪の花を咲かせる時が来るんだ。だから下なんか向かず、いつも花火を見る様に、上を向いて生きろよ」

  ドン! ドン!  ドン!
 音に合わせて花火が次々に花開いて行く。
 「音と花火にあんまりズレがないから、近いんだな」
 車を運転している父親が言った。
 娘は向きが変わり、横の窓から見える花火を、窓に手を付け、食い入る様に眺めていた。
 「きれい・・・」
 「本当。パーンと大きく綺麗に広がって、直ぐ消えちゃうの、誰かさんみたい」
 母親が言った。
 「やめろよ。聞こえるだろ」
 父親の言葉に母親は娘の方を見る。
 娘は窓にくっ付いて、花火に夢中だった。
 「大丈夫よ。聞こえてないから」
 父親は室内ミラー越しに娘を眺め、そして母親の方を見た。目が合った。
 「悪いと思ってるよ。だから一人で逝こうと思ってたんだ。保険金で借金は棒引き、寧ろ幾らかは残る。それでお前達は生活を再建出来れば」
 「何度も言ってるでしょ。考えたけど考えられなかった。皆で逝こうってしか思えなかった」
 母親はそう言い諦めた様な薄ら笑いを浮かべると、花火を見ている娘の方を眺めて、また言った。
 「きっと、花火とか見に来ている人達は、幸せなんでしょうね。明日や明後日なんて事を考えてたら、空なんて見上げてられないでしょう」
 「皆が皆そうとは限らないさ。今すぐどうとかじゃなくても、数週間先、数ヶ月先の事で困っている人はいるかも知れない。自分達だけが特別とか、不幸だとか思っちゃいけないよ」
 「あなたが言わないでよ」
 「ごめん・・・」

 車は花火の脇を通る様に進み続けた。
 「世の中には私達みたいな人もいるのかなあ」
 母親が言った。
 「そりゃーいるさ。一億人いるんだぜ。今まるっきり同じ状態の人だって、日本中に三人位はいるだろう」
 「一億分の三」
 「まあ、そう」
 「そう考えても全然連帯感沸かないわね。何処かの誰かの話だし。逆に私達家族の孤独感が募っちゃう。あ~あ、あんなに友達とかもいたのにな。この子の友達のママとかも。でも今は、誰にも会いたくない」
 「悪いな、ごめん」
 「しつこかったわね。いいの、私が未練がましいの。一緒に逝くって決めたのに。こっちこそごめんね」
 母親は少し涙目になり、そう言った。

    ピュルルルルルルルー
 「あ」
 窓から外を眺めていた娘が声を漏らす。
     ドドーン
 地鳴りの様な音が響く。
     パラパラパラ・・・
 火の粉が空を漂い落ちて来る。
 「今のすごーい!」
 娘が驚いた様に声を上げる。
 「今のは大きかったなー。尺玉かな」
 父親が言った。
 「ホント、音が大きくてビックリしちゃった」
 母親が言った。
 「尺玉上がったんじゃ、そろそろおしまいだな」
 「ええー、もう終わりなのー」
 父親の言葉に娘が言った。
 「ああ、どうせもう直ぐ町を抜けると見えなくなる。この先は田んぼとか山ばかりだ」
 「ああ、つまんないなー」
 「何だって、いつかは終るのよ」

 程なく車は町から遠ざかり、花火の音も聞こえなくなった。
 車は夜の道を山の方へ向かって真っ直ぐ走った。
 後ろのトランクに練炭を載せて。


       おわり
 

花火の町

読んで頂いて、有難うございます。

花火の町

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-24

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